星の在り処   作:KEBIN

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漆黒の福音(Ⅵ)

「お久しぶりです、ヨシュアさん。最初に声を掛けられた時は首を傾げましたが、そのお姿はクエスト関係なのですか?」

「ええっ、そう思っていただいて結構です。あと、この恰好でいる時はカリンという源氏名で通しているので、そうお呼びください」

 ツアンラートホテルの喫茶店の一席。

 金髪碧眼の美女に誘われるが儘に向かい合わせの席に腰を落ち着けた妙齢の女性は、「何かスパイ映画に出演しているみたいで、ドキドキしてしまいます」とはにかんだ。

 営業スマイルを染みつかせたカリンと異なり邪念無しの自然体の笑みが零れており、「こういうのを笑顔の素敵なお姉さんというのだろうな」と内心で考える。

「その節はお世話になりました。あの後、彼からお聞きしましたが、定期船失踪事件を解決したのは本当は王国軍ではなく、ヨシュ…………じゃなくてカリンさん達ブレイサーだそうですね。フィネルの命を助けてもらって、何とお礼を申し上げれば良いか」

「頭を上げてください、カトリアさん。私やエステルはブレイサーとして当然のことをしただけですから」

 深々とお辞儀するカトリアを窘めながら、更に思考を巡らせる。

 彼女はボースマーケットでカステラ屋を営んでいたが、そこに至る経緯はやや複雑。元々その小店は空賊に拉致された婚約者が立ち上げたもので、生粋の商売人であるフィネルはカトリアが手塩に育てた屋台を引き継ぐのを潔しとせずに、新たな商売を興す為に王都に旅立った。

 短期間で極上カステラを習得した料理センスと彼氏の屋台を守りながら健気に帰りを待ち続けた芯の強さを兼ね揃え、更には裏のない微笑みで多くの男性客を虜にして店を繁盛させた実績もある。まさしくカリンが探し求めていた逸材ではあるのだが。

(さっきはつい柄にもなくはしゃいじゃったけど。冷静に考えてみれば、ボースにお店を持っているこの人が別の街でバイトする筈がないわよね)

 少しばかりトーンダウンしながらそれでも未練がましく「ツァイスにはご旅行でいらしたのですか?」と日常挨拶に一縷の望みを託して質問すると、「これからこの土地で仕事を探すつもりです」との出来すぎた回答に思わず机の下でガッツポーズを構える。

「実は私はツァイス市の出身で、実家がこの街にあるのです。女手一つで私を育ててくれた若い頃の無茶が祟って母はずっと伏せがちだったのですが、最近特に症状が優れなくなったので一緒に暮らすことにしたのです」

 母親は決して寝たきりという訳でもなく、ボースからでも定期船を使えば数時間の距離だが、やはり目の届く範囲で看取りたいという思いがあるのだろう。

「親孝行なのですね。それではマーケットの『カトリアのお店』は畳まれたのですか?」

「いいえ、溜まっていた屋台のリース料も払い終えたので最初はそのつもりだったのですが、毎日熱心に買い物に来てくださったお客様が「店は僕が守るので、何時が帰ってきて下さい」と受け継いでくださりました」

 そのガンツという常連客は彼女とのマンツーマン特訓の成果で辛うじて店頭に並べられるレベルのカステラを焼き上げられるようになり、赤字にならない程度の利益は出せていた。

「それにしても最初は玉子焼きも満足に焼けなかったガンツさんが血の滲むような努力でレシピを再現できるようになるなんて、あの人は本当にカステラが大好きなのですね」

「その男性が本当に好きなのはカステラじゃないと思いますけどね」

 少しばかり呆れた目線で、カリンは目の前の和み系の美人を見つめる。

 どうやら鈍いのはエステル一人の専売特許ではないらしい。自分みたいに相手の想いを理解して積極的に付け入るのと、彼女のように何らの悪意もなく結果的に利用してしまうのでは、どちらの業が深いのだろうか?

 いずれにしても、フィネルのカステラレシピは恋のリレーによって次々に新たな人間に引き継がれボースの地に根付いている。

「お姉さんも罪な人ですね」

「えっ?」

「いえ、何でもありませんわ。それではツァイスでも屋台村あたりでカステラ商売をするつもりですか?」

 ここまで会話が煮詰まれば次の返答は想像がつくが、社交辞令として一応そう尋ねると、「そこまでの資金はないので、バイトを探すつもりです」との期待通りのリアクションが齎される。

「といっても、私は無学な粗忽者で調理以外に何の取り柄もないですから可能なら引き続き飲食物関係のお仕事を…………?」

「なら、決まりですわね。是非とも一緒にお好み焼き屋で働きませんか?」

 机に身を乗り出さんばかりの勢いでカトリアの両手の掌を強く握りしめると、カリンは一枚の雇用契約書を差し出した。

 

        ◇        

 

「まあ、とても素敵な小ビルですね。ここで新しく店を開かれるのですか?」

 カリンに導かれて『レオパレスビル』を訪ねたカトリアは、営業予定店舗の内部を確認しキラキラと瞳を輝かせる。

「正規の業者に化粧直しを依頼するつもりですが、コストを抑える為に可能な限り整頓してもらえると助かります。お願いできますか?」

 まずは隅々にまで積った埃を綺麗に拭き取り彼方此方に散乱する調度品を使える物とそうでない粗大ゴミに仕分けなければならず、素人ならどこから手を着けて良いか判らずに思わず泣きたくなりそうな惨状だが。

「任せて下さい。炊事、お掃除、お洗濯、全て大好きですから」

 一から何かを築き上げる労力は他者の作り上げた基盤を引き継ぐ比ではないが、その分得られる達成感や充実度も格別。克服し甲斐を感じたカトリアは早速勤労に取りかかった。

「私はビルのお掃除お姉さん、モップを使って綺麗きれいするのー」

 学歴無しと謙遜したが花嫁修行の方は怠らなかったほんわかお姉さんは、三角頭巾にエプロンを纏いハミングを口ずさむ。掃除機で溜まった塵を吸い取り適度に調度品の配置換えを行いながら、破棄物を部屋の隅っこに隔離。ゴミ溜めで足の踏み場もなかった部屋がみるみる片づけられていく。

「カトリアさんに声を掛けた私の目利きは正しかったみたいね。この場は彼女に一任して私は次の実務に取り組みますか」

 そう独り言を囁いたカリンは、階段を登って三階の事務所に篭もると片っ端から電話を掛け捲くった。

 

「メイベル市長ですか? 私です。いえいえ、マーシア孤児院の再建の方はテレサ院長の要望を聞いてじっくり取り組んで頂いて構わないですが、急務で頼みたいことがあります。新しく店を開業するつもりなので、明日には動けるフットワークの軽い内装業者を市長さんのツテで紹介してもらえないでしょうか? いいえ、お寿司屋ではなくて、お好み焼き屋です。えっ? 私は鮨だけでなく関西焼きにもうるさいから、共和国での大口取引の帰りにでもヴェルフ砦経由でついでに店に寄らせてもらう? ええっ、お待ちしております。とりあえず手配の件をよろしくお願いします」

 

「あっ、フランツさんですか? お久しぶりです、ヨシュアです。はい、私もエステルも息災ですが、ティオは元気にしていますか? えっ? 最近居酒屋のバイトが忙しくて、農作業をサボり気味で困っている? その件には私も関わっているので心苦しいのですが、商談の方を宜しいでしょうか? この程、ツァイスに新しくお好み焼き店をオープンすることになったので、パーゼル農園と専属契約を結びたいのですが…………。本当に助かります。お好み焼きは粉を焼くのではなく実はキャベツを焼くものですから、パーゼル自慢の新鮮寒玉キャベツなら、尚更味が映えるというものです。それではこちらの住所宛に飛行便の速達でお願いします」

 

「あら、エリッサ。懐かしいわね。元気にしてた? あなたのお父さんに頼みたいことがあるんだけど、居酒屋アーベントで仕入れている宴会用の焼酎をこちらにも回して………………えっ、ツァイスにちょうど地酒を扱っている問屋があるから紹介してくれる? 助かるわね、それじゃそちらに連絡してみる………………何々? ティオが電話を代われって、凄い剣幕で喚いているですっって? 駄目よ、正遊撃士に昇格するまで、私は心の友には会わない…………そう胸中に秘めていたから、これで切るわ。じゃあねぇー」

 

「長老ですか? 私です。駄目元でお頼みしたいことがあるのですが宜しいでしょうか? 実はツァイスでたこ焼きとお好み焼きの店を始めることにしたのですが、イカはともかく蛸は大陸全体で不漁で価格が鰻登りですから、共和国から直輸入していたらとても商売にならないのです。築地でも不足気味なのは承知していますが、もし新たなルートを開拓出来ていたら………………。えっ? 実はとんでもない量の蛸のストックを隠し持っているけど、一気に放出したら折角跳ね上がった相場が値崩れを起こすので冷凍保存して市場に小出ししているが、嬢ちゃんになら特別に安値で分けていただける? わーい、おじいちゃん、大好き。へっ? その件に関しては、私が紹介したスチャラカ演奏家の功績だから別に恩にきることはない?」

(オリビエさんが役立ったって、しかも稀少な蛸が大量入手できた要因って、もしかしてクラーケンでも仕留めたのかしら? エステルが冗談めかしたように触足一本もあれば余裕で数年分の在庫になりそうだし…………って、まさかね。人力でどうにかなるサイズでないから、それこそ軍艦でも持ち出さなきゃ勝負にすらならないでしょうし)

 

「これで、大体の準備は整ったかしら?」

 野菜、酒、魚介類などの焼き物にかかせない食材を思いつく限りの最高級品で、しかも定価よりも格安で仕入れるのに成功。カリンの要望通りに明日には店の化粧直しを始められる手筈になっている。

 まさしく、こつこつと積み重ねてきた人脈の勝利であるが、まだ一つ心残りがある。

 それはキャベツと並ぶ具の主役である豚肉。エジルはカルバード名産の黒豚を使用しているが、共和国でしか飼育されていないこの高級肉はボース商人にすら仲卸が存在せず、関税その他の緒経費にお客様本意の良心価格設定を考慮すると利益がほとんど見込めなくなる。

「そういう採算度外視商法からはいい加減に脱却させないと、近い将来倒産するのは目に見えているわ。けど、安くて美味しいお好み焼きを多くの人に食べてもらうのがあの人の譲れない信念みたいだから、味でも値段でも妥協する筈もないし。何か黒豚の替わりになる安価な新食材を発掘する必要性があるわね」

 そう決意すると、左手首に巻いた腕時計に模したアーティファクトのレーダーを覗き込む。

 悪戯心でエステルに密かに取り付けておいた発信機が点滅。凄い勢いでトラット平原道を走破して、もうすぐ市街地に戻ろうとしている。

 どのようなメカニズムによるものか見当も及ばないが、レーダーには俯瞰から見下ろしたある程度の地形図が表示される。更には数段階に縮度を切り換えられて、最小で市街単位、最大だと何とゼムリア大陸全土という信じられない広範囲の性能を誇っており、その上で移動距離まで表示されている。

「…………今日一日だけで、20000アージュは走ったみたいね。本当に底無しの体力馬鹿というか……」

 他のクエストをこなす合間に例のストレガー社のスニーカーを張り切って履き潰しているようだ。ツァイス全土を一周するとちょうど42195アージュになる計算だが、この調子だとツァイス全域を三周ぐらいは駆けずり回りそうである。

「それにしても、このナビゲーション。アーティファクトとはいえ、ちょっと異常な性能よね。本気で買い上げようと思ったら百万ミラでも安い買い物みたいだけど、こうなると手離すのが惜しくなってきたわね」

「私が極悪人だったら紛失したと嘘泣きして強引に泣き寝入りさせる所だけど、私は天使のように清廉潔白な心の持ち主だからそんなあくどい真似はしないけどね」

 そうカリンは心中で嘯く。そもそも本当の紳士淑女なら、数百万ミラの翠耀石をクエストで運搬した時のエステルのように持ち逃げしようなどという発想自体芽生えない。

 もしかしなくても、エジル氏はレアアイテムを託す相手を間違えたのかもしれないが、きちんと有効利用は成されている。

 エステルが市内に入ったのを確認したカリンは、次なる布石の一手を打つ為にこれからギルドに顔出しする旨を告げる。整理整頓に精を出すカトリアに留守番を頼むとレオパレスビルから出ていった。

 

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