「お帰りなさい、ヨシュア。その出で立ちは、どういう心境変化の顕れかしら?」
つぶさな観察の成果か、はたまたキールのような女の勘か? ほとんど面識がないにも関わらずにナイアルのように妙に鼻が効く女性である。
「まあ、その姿でいてもらえるとキャラが被らなくて私もありがたい」
外国籍の黒髪ロング美人で武術の達人で人一倍頭も切れる。おまけにツァイス到着時のヨシュアは東方の民族衣装である
言われてみれば重なる部分が結構あるが、もしかしてキリカはギャグをかましたつもりなのか?
キャラクター的にそういうユーモアがあるようには見えないが、色んな意味で非常識なこの女傑は人物鑑定眼に優れるヨシュアをして読みきれない所が多々ある。場を和ませるジョークなのだと強引に自分に言い聞かせて、この街ではしばらくカリンの扮装で過ごす旨を伝えた上でエステルを名指しでクエストを申し込んだ。
「確かに承った。あなたなら
キリカのいうマッチポンプとは、BPが不足しがちな準遊撃士が実績作りに自らの懐を叩いて依頼を捏造することで、大抵はミラで雇った第三者を媒介にし自分宛のクエストを持ってこさせる。
歩合制の帝国の保険の勧誘員などが良く使う手口。所定の契約数に達しない時に架空の契約者をでっち上げる訳だが、己が身銭を切り続けるリスクの底知れなさは態々説明するまでもない。
「セールス業界はいざ知らず、ブレイサーの世界では無駄な努力と言っても差し支えない」
不自然に見習いを指定した依頼が増えて、怪しまないようなマヌケな受付はいない。浅知恵を働かせる暇かあるならもっと己を研鑽すべきとキリカはあっさり切り捨てたが、カリンはそういう遣り方もあるのかとむしろ感心する。
一見万能選手と思われがちだが、『出来ること』と『出来ないこと』の長短所が明瞭なカリンは特技を上手く応用し不得手科目を解消するのに意義があると思っている。
重い荷を運ぶ場合、不向きな腕立て伏せで半端な筋力をつけるより、得意の色香で脳筋男性を誑かしてアッシー君を作る方が遥かに運搬効率が良いので、殿方に取り入るのも実は弱点克服活動の一環である。
(多分キリカさんは己を曲げることなく王道的な能力で、人生のあらゆる難局を力業で捩じ伏せてきたのでしょう。その意味では私と同じく凡人の気持ちが分からないタイプの人間ね)
ヨシュアやキリカにしても絶望や挫折の体験がないわけではないが、常人がます躓く才能の壁に直面したことが皆無な以上、弱者に理解や共感を示すのはエステルが言うように単なる欺瞞であり、その潜在能力と居住する世界の違いを認めた上でカリンはエジルにお節介を焼くつもりだ。
「やっほぉー、キリカさん。トラット平原道の手配魔獣を討伐してきたから、クエスト報告を………………って、アレ?」
決してギスギスしていた訳ではないが、まるで抽象画家の描いた風景のようにグニャグニャに歪んでいた女丈夫二人を取り巻く異様な空間に空気を読まないノーテンキ者が乱入。世界は平常な形を取り戻した。
「何か妙に殺伐とした気配を感じたが俺の勘違いか? ところで、えらい別嬪さんがいるけど、もしかして依頼人?」
金髪碧眼の美女をジロリと一瞥したがヨシュアと気づかれることなかった。安堵すると同時に微妙な乙女心から落胆する。
エステルは思考よりも直感で生きている上に様々な窮地を切り抜けてきた野生本能的な第六感も基本的には身に類が及ばない限り発動しないので、未熟な観察眼でカリンの擬態を見抜けよう筈もないが、それでも奇跡を起こして欲しかったのが本音。
「あなたがキリカさんの紹介にあった準遊撃士のエステルさんですか? 実はあなたを見込んで頼みたいことがあるのです」
もちろん、そんな心中の不満はおくびにも出さず。営業スマイルとは別種の穏やかなカリンスマイルを献上しながら、プロ声優並に声色を変化させて、『やっちゃえ、食材ハンター』の依頼書を差し出した。
「ツァイス地方にいる獣系の魔獣食材を可能な限り調達してくる? こりゃまた、えらく風変わりな依頼だなあ」
エステルは腕を組んで首を傾げる。
期限は三日以内と緊急な上にこの地方には五十種類近い魔獣が棲息している。中々に骨が折れそうだが、クエストということであれば否応ある筈もない。
「ゼリータイプや蟲系の魔獣は無視して構いません。報酬は完全歩合制で一種類につき五百ミラの査定なのでジャンジャン狩り集めてきて下さい」
「よっしゃあ、任せておきな、お姉さん。期限内に指定された魔獣食材をレオパレスビルまで送り届ければいいんだよな?」
危険で手間暇掛かる割にはなぜかBPが最低ランクという不思議なクエストだが、二十匹ほど収集できれば一万ミラにはなる計算。ヨシュアに内緒の小遣い稼ぎとしては申し分ない。
エステルは頼もしそうにビシッと親指の指紋を見せると、カリンから食材リストを受け取り、時は金なりということで休憩する間もなくギルドを飛び出していく。
今日半日だけで20000アージュは走破したのに、日が落ちるまでに可能な限りの魔獣をハンティングするつもりで、本当に呆れるばかりの底無しのバイテリティだ。
「ご協力に感謝します、キリカさん」
「礼には及ばない。現状ツァイス支部で最適なのはエステルに違いないから、贔屓目無しの人選だっただけ」
キリカは突慳貪としてそう答えるが、規定により同業者による依頼は最低BPと定められている。期限の短さとツァイス全土の広大さを考慮しても、正遊撃士がこんな割の合わないクエストに手を出す筈もなく、適任者は見習いのエステルしかいなかった。
「それにしても、随分と良いタイミングでギルドに依頼を持ち込んだものね。まるで、予めエステルの帰還が判っていたかのよう」
(ここまでくると、勘が良いというよりもほとんど超能力の域ね)
まさかアーティファクトの存在にまで気づいているとは思えないが、一連の流れのタイムラグの無さを偶然とは見做していないようだ。
当人もサトリの妖怪扱いされているが、あまりにエスパーモードを乱発すると他者に息苦しい思いをさせる場合があるのを『人の振り見て我が身を直せ』の諺通りに学習する。
しばらくはギルドに用はない。エジルとの約束までに済まさなければならない雑務が山積みなので、キリカに挨拶してカトリアの待つレオパレスビルに戻ることにした。
◇
「ただいま…………って、これは一体何事?」
ビルに足を踏み入れた刹那、別天地が開けていてカリンは唖然とする。
整頓作業は完了したようだ。粗大ゴミは全て室外に持ち出され、部屋の中はカリンの金髪のようにキラキラと光り輝いている。意地悪な姑のような仕種でつーっと窓のレールに指を這わせたが、指先には何も付着されなかった。
「塵一つ落ちてない。こんな短時間で、全部終わらせたというの?」
「お帰りなさい、カリンさん。私なりにお好み焼きを焼いてみたので、良かったら試食してもらえませんか?」
台所でいそいそと調理に勤しんでいたカトリアが両手を差し出すと皿の上にホッカホカのお好み焼きが載せられている。
チラリと厨房を覗き見すると、キャベツや小麦粉などの食材が散乱している。近所のベル・ステーションまで一っ走りして態々買い求めてきたみたいだ。
あまりのフットワークの軽さに突っ込みたい所は色々とあるが、それらは後回しにする。折角の出来立てなので、湯気が冷めない内に箸を伸ばした。
「即席で作ったにしては悪くない。あなたにはセンスがある」
同性評価に辛口の傾向があるカリンとしては、恐らく上級の賛辞。
実際に屋台村で食べ歩いた店舗と較べても遜色ないが、二人が模倣しなければならない味は遥か彼方。
「これが、この店で提供する予定のお好み焼きよ。昨日の夕飯の残り分だけどね」
戸棚の奥からラップされた二箱を取り出して、レンジの中へと放り込んだ。
「美味しい。これは、フィネルのカステラよりも手間取りそうですね」
劣化した作り置き分にして出来立てホヤホヤを大きく凌駕する絶品具合に潔くレベルの違いを認めながらも、決して心は折れることなく。どうやってこの味を再現しようかウズウズしているように見受ける。
「手子摺りそうって、カトリアさんは婚約者からレシピを受け取っていたのではないのですか?」
「まさか、秘伝のラーメン汁は一子相伝で一番弟子にしか伝授しないように、家族とはいえレシピを他人に公開する料理人はいませんよ」
カトリアは澄まし顔でそうはにかんだが、今はその笑顔がなぜか恐い。
見様見真似で独力で極上カステラのレシピを完成させたようだ。清掃に関する要領の良さや味を追求する貪欲さといい、ここまで手際が良いと頼もしさを感じるよりも逆に不安になってくる。
(フィネルさんみたいに、エジルさんのお店も乗っ取られるなんてことにはならないわよね?)
カトリア本人にヨシュアのような打算や裏心がないのは明白だが、穿った見方をすれば彼氏を店から追い出し片思いの男性に後始末を押し付けたと取れなくもない。色々と天然悪女の資質を秘めた女人なので、迂闊に命綱のレシピを手渡したりしないようにエジルに警告しておいた方が良さそうだ。
◇
「待った、エジルさん?」
「今来たところだよ、カリン君」
二日後の十六夜の夜。居酒屋ファーゲルのバーカウンターで、柄にもない正装にめかし込んでそわそわしていたエジルは無骨な表情を綻ばせながら取り繕う。既に食前酒を二杯ほどお代わりしており、約束の時刻から一時間近くは待たされていた。
決してカリンが時間にルーズなのではなく、焦らすのも全て計算の内。デート費用を全額受け持たせるのと男性より先に待ち合わせ場所には行かないのが、殿方を立てる女の甲斐性だと信じているからだ。
「もう一度再会出来て嬉しいよ。今日は俺の奢りだから好きな物を注文していいよ」
エジルとしては男女均等法に基づかないヨシュアの一方的なデート観を受け入れられた訳ではないが、周囲の酔っ払いが羨むレベルのボースで恋い焦がれた絶世の金髪美女とこうして巡り会えたのだから、多少の遅刻や出費は許容範囲内。二日仕事で稼いだ高額クエストの臨時収入もあることだし、大奮発して店の高級料理と最高級のワインを持ってこさせた。
(本日が悪巧みの総決算ね)
当人の与り知らぬ所で色々と好き勝手に話を進めてきたが、最終的にはエジル本人の了承を得なければどうにもならない。とはいえ、カリンからしてみれば実はわりかし難易度の低いミッションだったりする。
ボースでの一夜で、既にエジルの酒量と酒癖は完璧に見切っている。普段は寡黙な御仁が一定量を越えると自分語りを始める傾向がある。
案の定、ワインを二瓶程消費した頃からエジルの口数が多くなる。仕事に対する愚痴や将来への不安など、遊撃士としては不用心な発言が目立ち始めた。
このまま正体不明になるまで酔い潰して、全てを後の祭としてしまえば良い。
「ぷっはぁー、やっぱり大仕事を終えた後の一杯は格別だな」
「さっきから注ぐペースが早いけど、酔わせてエッチなことしようとか企んでいない?」
「はっはっはっ。ボースの時はいざ知らず、君みたいな酒豪相手にそんな大それたことは目論んでいないさ。今日は一緒に楽しく酒が飲めれば、それで十分満足さ」
(欲がないのね。そういう所はエステルとそっくりね)
「そりゃ俺だって、このまま終わるつもりはないさ。腕には自信があるし、もっと多くの人に俺のお好み焼きの味を知って欲しい野心もある。けど、銀行は担保無しじゃミラは貸してくれないし、ギルドを辞めても退職金が出るわけじゃないからな。にっちもさっちも行かない状況とはこのことだな」
「ふーん、なら店の営業資金を提供してくれる足長おじさんがいれば、問題ないわけね?」
「まあ、そんな奇特な奴がいるならな。中にはシェラザート君みたいに借金を踏み倒しまくる怪しからん輩もいるから、こういう時はブレイサーの社会的信用も今一つ当てにならないしな」
(そういえば、もう三万ミラ近くもシェラさんの飲み代を立て替えたけど、何時になったら完済されるのかしら?)
「………………うぃ…………ひっく。…………あれっ、カリン君が三人いる? 何時、対集団戦闘技の漆黒の牙を発動させて分裂したんだい?」
「やだなあ、エジルさん。カリンは何時だって一人ですよ。ささっ、ぐぐっともう一杯いきましょう……」
(大分、呂律が回らなくなってきたわね。後もう一押しといった所ね)
「………………ひゃい…………ひっ…………ひっく。よーし、こうなったらパパ、お好み焼き屋始めちゃおうかな?」
「きゃあー、頼もしいわね。それじゃ、この書類にサインしてくれる?」
「………………うっく…………ひっ……ひっく…………。うっぷっ…………これで良いのかな?」
「ええっ、これで明日から、あなたは一国一城の主よ、エジルさん」
「そうか、そうか…………。俺が一国一城のあるじ………………zzz………………・」
(よっしゃあー。今の発言はキッチリとボイスレコーダーに録音して言質は取ったし、もう言い逃れは出来ないわよ。予想以上にチョロイお仕事だったわね)
「ふうっ、終わったわよ、カトリアさん」
「とっても素敵な美人局でした、カリンさん。以前、フィネルと一緒に見た映画の一場面みたいで、ドキドキしてしまいました。まさに行きずりの女性に酒を飲まされて、一千万ミラの借金の連帯保証人に仕立て上げられた悲劇の主人公さながらですね」
「………………とりあえず、目が醒める前にレオパレスビルの方に運ぶわよ」
「了解です。この殿方が私たちの旦那様になるお人なのですね?」
「ええっ、しばらくは養ってもらうから、そのつもりで……」
(この女、何か明らかに今の状況を愉しんでいない? 大の男を一人で肩で背負えるとか、見掛けによらず力もあるし)
◇
「………………んっ、ここは?」
小鳥の囀りと眩しい朝日の光に、エジルは目を覚ました。
「俺の部屋の筈はないよな……」
長年借りていた母屋は家賃の滞納が祟って、大家から叩き出されてしまった。半年前からギルドの仮眠室を根城としたシェラザードのような根無し草状態を続けているが、元々出張多寡で不在気味の仮宿にミラを払うのに疑念を感じていたので特に支障はない。
「それより、ここはどこだ? 昨晩はカリン君と飲み明かして、一国一城がどうたら言っていた気もするが。まさか、あのまま酔い潰れてカリン君と一夜を共にした…………なんて虫の良い話はある筈ないよな」
二日酔いでガンガンする頭を振りながら、徐々に正常な思考能力を取り戻す。
世間擦れしたエジルは、「寝ている間に七人の小人が難問を片づけたくれた」などの旨い話は信じない性質だ。まさか目が覚めたら本当に店主に生まれ変わっていたとは想像もつかなかった。
「おはようございます、店長。昨日はぐっすりとお休みでしたね」
カリンが三階の階段を駆け上ってきたが普段の真っ赤なセクシードレスでない。金髪をポニーテイルに結わいて白のトレーナーにミニのデニムスカートの上からエプロンを纏うという実に活動的なスタイルだ。
こんな庶民的なラフ姿でも溢れ出る色気は抑えられず。これはこれで目の保養だなと鼻の下を伸ばしながらも、聞き逃せない単語の意味を問い掛ける。
「ヨシュア君…………尋ねたいことは山程あるけど、とりあえず店長とは一体…………」
「やだなあ、エジルさん。この姿でいる時はカリンの源氏名でお願いします。それと店長は他でもないエジルさん、あなた自身のことですよ。昨晩の会話をお忘れですか?」
明らかに「してやったり」の悪戯っ子の表情で微笑むカリンに嫌な予感を覚えたエジルは必死に記憶の糸を探る。
うろ覚えながら、纏まったミラさえあれば店を開けるとヨシュア相手に管を巻いたので、意外に小金持ちの少女が気を利かせて開業資金を肩代わりしたということか?
エステルなら半日は自問自答しそうな結論にベテラン遊撃士らしい怜悧な思考で真っ先に辿り着いたエジルは、少女の思いやりに感謝しながらも常識人として一蹴する。
「いけないよ、ヨシュ…………いや、カリン君。気持ちは有り難いけど、そこまでしてもらう程の義理は…………」
「何を寝言をほざいているのですか、エジルさん。私は自らの利益の為にエジルさんを騙して型に嵌めただけですから恨まれはしても感謝される道理はないですよ。ほらっ……」
カリンはニコニコと微笑みながら、一枚の契約書をエジルに突き付ける。
既に何度も活躍した借用書。『
何と十日で一割の所謂『トイチ』という奴で、こんな暴利は今時裏社会の闇金融でもそうそうお目にかかれない。
「ヨシュア君。これは明らかにリベールの利息制限法を超越しているし、ご無体すぎなのでは?」
「カリンとお呼びください、エジルさん。まあ、確かに年率20%以上の利息を返済する法的義務はないですが、元金は別ですよ。既に五十万ミラは開店費用に全額費やされていますし、その証拠も揃っています」
カリンは更にいくつかの物証を仄めかす。
恐らくは七十七の特技であろうエジルの直筆と寸分も違わない偽造サインで契約されたレオパレスビルの賃貸契約書。『よーし、パパ。店開いちゃうぞ』の生声が記録されたある意味では法的証拠というよりも知り合いに聞かれたらイメージ的に不味い代物や、酔った勢いとはいえ偽りなくエジルが署名した借金の契約書など。これだけ物証が豊富なら裁判に持ち込まれても勝訴は余裕であろう。
「カリン君……」
エジルは諦観した表情で女詐欺師を見下ろす。
罠に嵌められたことに相違ないが、トイチ云々の儲け話が意外と性格が不器用な腹黒完璧超人の照れ隠しであるのを見抜けない程、エジルは愚鈍ではない。
何よりもここまで大胆な策で退路を断ってくれなければ、エジルも思い切れやしないだろう。
元々極めて人の良い先輩遊撃士はサラブレットの姉弟の出世を妨げないように、二人がツァイスで修行する間は副業稼業の方に精を出すつもりだったので、人生の賭けに出るには良い潮時なのかもしれない。
「やってみるか……」
そう覚悟を決めたエジルはカリンの頭を撫でて、金髪碧眼の美女は少しばかり表情を幼くして笑みを零した。
店が軌道に乗るまでの間、面倒見の良いカリンが手伝ってくれるのは疑いない。それは少女の別人格に複雑な情念を寄せるエジルにとっても決して悪い取引ではなかった。