星の在り処   作:KEBIN

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漆黒の福音(ⅩⅢ)

 ヨシュアの予期せぬ暴走により卓球勝負がお開きになったのと並行して、ポンブの修理作業が無事完了したようで、脱衣所先の湯船の方角から天然温泉独特の卵の腐ったような硫黄の臭いが滲み出てきた。

 エステルは尻込みしたが、女性陣二人は先の確執(※ドロシー側に覚えはないが)も忘れ目の色変えて女湯の暖簾に突撃する。

 さっそく美肌効果抜群と評判の温泉に浸かりにいくようで、そのパワフルさにエステルは感心する。

「良くもまあ、色薫とも賞味期限切れの牛乳みたいな風呂を浴びる気になるもんだ。美容に優れるとかの謳い文句はメスどもからするとそんなに魅力的なキャッチフレーズなのかね?」

「はいですよ。あと身体の血行が良くなって、闘気(CP)が最大値まで溜まるバトルマニアのお兄さん向けの効能もあるですよ」

「僕のSクラフトは弾数判定だから、あまり意味はないですけど、温泉は大好きですよ」

 そう付け加えながら、汗だくのティータがリラクゼションルームに飛び込んできた。

 呑気に球遊びで暇潰ししていた兄妹と異なり、きちんと独力で中央工房の依頼をこなしたティータの頭をナデナデして労を労いながらも、CP全回復という甘い響きに些か警戒心が芽生える。

 以前、義妹の口車に乗せられて、『地獄極楽鍋』の実験台に処され極度の衰弱症状に陥った苦い思い出が記憶を過ったからだが、ティータなど一日三回は温泉に入ると豪語しているので危険レシピと異なり副作用は皆無だろう。

 まあ、Sクラフト撃ち放題と謳っても、戦闘の度、浴び直しにくる訳にもいかないので、その場で大皿料理として食せる博打闇鍋ほど実用的ではなさそうだが、この後、オスとしてやらねばならぬ一大イベントが控えているので、ティータと一緒に男湯の暖簾を潜ったエステルは天然温泉を試すことにした。

 

        ◇        

 

「ふぅー、極楽、極楽。思ったより気持ち良いじゃねえか。身体の芯からじわじわっと温まるし、こりゃ病み付きになるぜ」

「そう言ってもらえると、マオお婆ちゃんも喜ぶですよ。僕も一端の温泉マニアとして、修復に勤しんだ甲斐があったです」

 ティータとエステルは仲良く肩まで浸かって、フフンフンと鼻唄を啜りながら、お猪口で乾杯する。

 二人とも酒を飲める年齢ではないので、湯船に浮かべた盆上のとっくりの中身はフルーツ牛乳で単なる雰囲気作りに過ぎないが。

 その後、洗い場に出た二人はエステルの逞しい背中をティータが流したり、逆にエステルがシャンパーハットを被ったティータの頭をグシャグシャ弄くってやったりと仲の良い兄弟のように洗いっこし、エステルがこの坊やに抱いていたえも言えぬ隔意意識も氷解していく。

 やはり男同士が親睦を深めるには、裸の付き合いが一番良いということだろうか。

 そういうフレンドリーな空気はティータにも伝わっているようで、エステルへの呼称を「お兄さん」から「お兄ちゃん」へと友好修正すると漢二名はどうでも良い四方山話に話を咲かせる。

「さてと、そろそろ行くとするか」

 適度に温まり闘気をマックスゲージまで貯め込んだエステルは、とっくりが空になったのを確認すると腰にタオルを巻いて湯船から立ち上がる。

「行くって、どこにですか?」

「決まっているだろう。女湯だ。近場で女人が裸体を晒しているのに覗かないのは、反って女性に対するエチケット違反なんだぜ」

 スケベ道を往くエステルは例によって無茶苦茶な持論を展開するが、ティータは特に驚いた様子もなくニコニコと微笑みながらお供を申しつかる。

「了解です、エステルお兄ちゃん。それじゃご一緒するですよ」

「はいっ?」

 常識的な引き止めリアクションを予測していたエステルは素っ頓狂な声を上げる。

 幼そうな外観によらず結構なマセガキだと慄いたが、「ヨシュアお姉ちゃんと緩そうなお姉さんに可愛がってもらうです」とワクテカしているあどけない表情は無邪気な期待感に溢れていて性欲の臭いがまるで感じられない。

 どうやらオマセさんどころか、想像以上に精神年齢おこちゃまのよう。普段も女風呂に忍び込んでもお咎め無しで若い姉ちゃんから髪を洗ってもらう大人羨望の光景がありありと目に浮かぶ。

「オリビエあたりが知れば、血涙流して悔しがること請け合いのスキルだな。そんな天衣無縫が罷り通るのもすね毛が生えるまでの子供の間だけだろうがな」

 一応、今年で十二歳になる筈だが脛毛はおろか彼処も含めて全身つるつるのティータのフルチン姿を眺めると、「そういえばヨシュアが生えたのは何時ぐらいだったけ?」としょーもない猥談を思い浮かべながら露天風呂に足を運んだ。

 

        ◇        

 

(意外に湯気が出ているな)

 屋外は濛々とした蒸気が視界を塞いでおり、相棒とは既にはぐれてしまった。

 任務の性質上、声を上げる訳にもいかないのでティータとの合流を諦め、水音を立てないよう留意して、プールのように駄々広い露天風呂を匍匐前身しながら捜索活動を継続し、ようやく前方に人影を発見する。

(ヨシュアか? うしっしっしっしっ。どれどれ、お義兄ちゃんが久方振りに義妹の性徴具合を確かめてやるとするか)

 変態思考丸出しのエステルはいやらしそうな手つきで両掌をにぎにぎしながら、後ろから獲物に急接近する。

 無論、ヨシュアなら柔術による反撃を喰らうだろうが、叩きつけられる痛みは一瞬。しかし、昇福の手触りの感触は永遠に残る。

 等値交換的に悪い取引でない……というか男性側の一方的な大勝利。万が一、人違いでドロシーだとしても、あの人なら笑って許してくれるだろうと普段は使わない脳味噌をフル活用して皮算用したエステルは、「ヨシュア、お義兄ちゃんでちゅよー」と変質者そのものの立ち振る舞いでガバーっと背後から抱きついた。

「あれっ? このサイズはちょっと只事じゃない?」

「きゃっ?」

 触感から義妹でないのを見抜いたエステルは慌てて胸から掌を離す。可愛らしい悲鳴を洩らした目の前の女人の正体が明らかになる。

「あれっ、あんたは?」

 赤毛のセミロングに黒の瞳。背が高く全身筋肉質だが、手先に伝わったヨシュアをも凌ぐ二つの天然果実の柔らかな弾力が紛れもなく女性であると自己主張している。

「確か……ジェニス王立学園で一度遭ったっけ?」

 図ったように白い湯気が胸元と股間周辺を彷徨い大事な部分は全て秘匿されているが、涙目になった女性が髪色さながらに羞恥で顔全体を真っ赤にしているのは視認できた。

(もしかして、これってやばくね?)

 肉親と間違えて狼藉を働いたという言い訳は通るのだろうか?

 またぞろ見習いの社会的信用度が下落しそうな絶対絶命の窮地をどう乗り切るべきか頭を悩ませたが、それよりも早く女性の口が動く。甲高い叫びで周囲に救助を請われ、変態覗き魔のレッテルが張られるのを覚悟する。

「ごめんなさい。男湯と間違えてしまいましたー!」

 なぜか被害者の筈の女性がそうペコリと頭を下げて謝罪すると、エステルに背を向けて湯気の奥に消えていく。

 エステルは唖然とするが、どうやら痴漢冤罪の嫌疑(?)は晴れたようで安堵した。

「やれやれ、暖簾の文字を間違えるとか、結構そそっかしい人みたいだな」

「そんな筈ないでしょう、エステル? あの女性は私たちの後にちゃんと女湯から入ってきたわよ。露天風呂が混浴だとは知らなかったみたいだけどね」

 聞き慣れた声色が後ろから聞こえてきてビクッと震え上がる。

 いつぞやの農園の時ように今の破廉恥行為も密かに監視されていたようだ。考えてみればドロシーはともかく、ヨシュアの背後をエステルが伺うなど能力的に有り得ない。

 まあタオル越しの義妹の肢体を鑑賞するのも結構乙だろうとマニアックに思い耽りながら、ゆっくりと半回転する。次の瞬間、エステルの視界に飛び込んできたものは。

「え、う、あ…………。わああああああああ……!」

 決して後ろを振り返ってはならぬという約束を破って腐敗したイザナミのおどおどろしいゾンビ姿を拝まされたイザナギの如き絶叫が、エルモ温泉に響き渡った。

 

        ◇        

 

「はうっ、びっくりしたですよ、エステルお兄ちゃん」

「本当だよね。てっきり危ない人が侵入してきたのかと思ったよー」

 エステルの雄叫びを合図に一堂は再集結した。やはりというかドロシーは恥じらいの感覚もどこかズレている。ティータを生膝の上に乗せながら仲良く温泉に浸かっており、エステルが一瞥しても裸眼でホンワカとした笑みを返すだけで、肌を隠す素振りさえみせない。

 彼女の羞恥感覚は概ね予測通りではあるが、図らずもエステルの叫び声を誘発したのは隣の岩場で寛いでいるヨシュアの態度である。

 海水や硫黄に触れると後々手入れが面倒なので、髪を濡らさないようにターバンのようにハンドタオルを頭部に巻き込んで自慢の黒髪をガードしている以外は、ドロシー同様にバスタオルすら持ち込まずに全身すっぽんぽん。

 赤毛女性の時は規制が五月蠅い最近のアニメのように不自然に湯気が凹凸部分を覆い隠していたが、ヨシュアの出現と同時に霧が晴れるが如く視界が明瞭になり神々しい裸体が露わになる。

 陶磁のような白い肌はほんのりと桜色に火照り、三年前に較べて身体全体が一段と丸みを帯び、市長亭でも拝見したピンクの突起物は一段と映える。

 エステルと目線が合った時も顔色一つ変えずに直立不動の姿勢を維持しながら、琥珀色の瞳に値踏みするような色を浮かべてじっとエステルを見つめている。見違えるほど美しく成長した義妹のオールヌードが未だに目に焼きついて離れず、さっきから心臓がバクンバクンと早鐘のように波打っている。

「なあ、ヨシュア?」

「なあに、エステル?」

「露天風呂が混浴と知っていて、何でバスタオルを常備してこなかったんだ? ドロシーは何となく判るけど、お前はヤローに裸を見られて平気なのかよ?」

 今は半身を真っ白な湯船に沈めているが、ふくよかな乳房の上半分が水風船のように浮かんでいる。なるだけヨシュアの方を見ないように務めながら、最も根源的な疑問を問い掛ける。ヨシュアは軽く嘆息すると、今の態勢から態々両肩を竦める。その振動でポッチが水面に浮上し、エステルを更にドキマキさせる。

「そりゃ別の殿方がいるなら、私も肌は隠すわよ。けど、ここにいるのは精通前のお子様に家族だけでしょ?」

 「羞恥を感じる対象は存在しない」としれっと応えると、ヨシュアは立ち上がって湯船の中を歩きながら、両手の掌を器用に組み合わせて水鉄砲を飛ばしてドロシーらを攻撃。

「あっはははは。ヨシュアちゃん、酷いよー」

「はうー、やったですね、ヨシュアお姉ちゃん。お返しです。いきまーす、Sクフラト『ウォーター・インパルス』ですぅー」

 温泉のマナーとしてはどうかと思うが、目の前の裸族三人は実に楽しそうにお湯の掛けっこに興じる。この角度からだとヨシュアの艶かしい背中のラインから桃のように二つに割れた安産型のお尻まで丸見えだ。

 二十歳過ぎて社会常識と一緒に羞恥心をどこかに置き忘れてきた天才天然カメラマン。目の前にマッパの女性が二人もいるのに、その男子垂涎の境遇をまるで解さずに稚気全開で戯れ合う中央工房見習いの天才科学少年。童心に返ったかのようにかつてお風呂をご一緒した少年に、芸術品のような至高のヌードを惜しみなく披露する天才腹黒少女。

「もしかして奇怪しいのは、今の事態にパニくっている俺の方なのか? 俺が凡才だから天才たちの供宴を共感できないだけなのか?」

 意味不明な疎外感を感じたエステルは、自分自身に問い掛けたが答えは出てこない。

 先の気弱そうな赤毛女性の真っ当なリアクションを人恋しく思いながらも、この日を境にますます不思議少女を義妹ではなく性的対象として意識してしまい、エステルはかつての親友のクローゼ同様に眠らぬ夜を過ごす羽目になる。

 

 ※後日、世間で剣聖と持て囃されているヒゲオヤジがこの一件を聞きつけて、愛しの養女に久しぶりの混浴を哀訴するも、あっさり拒否られて号泣。『家族』の言葉の定義について深く思い悩んだらしいが、遠い未来の噺である。

 

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