瀕死のアガットを救うべく決死の覚悟でカルデア鍾乳洞に乗り込んだティータ達だが、肩透かし……もとい幸運にもゼムリア苔の番人たるオウサマペングーは先着の謎の
洞窟湖の主を退けた大男はブライト兄妹の同業者。名をジン・ヴァセックという。
東方のカルバード共和国所属の『不動』の異名を持つA級遊撃士。公式最高位(※実はその上にSランクもあり、二人の父親のカシウスがその位にいるが)の遊撃士なら、あの出鱈目な強さにも大いに納得だ。
王都で開かれる武術大会に出場すべく、ヴォルフ砦からリベールを訪ねてきた。態々地下洞窟に足を伸ばして伝説のヌシに喧嘩を売ったのも、大会本番前のウォーミングアップも兼ねてのこと。
出身地からもしやと思ったら受付のキリカとは同郷の知り合いで、ツァイス市に戻ってから一晩積もる話をした翌日、朝一番の定期便で性急に王都に旅立った。
その関係上、残念ながらエステル達とあまり面識を持つ時間が無く、仰々しい肩書の割に親しみやすい性格をした話の判るおじさんという印象を与えただけで、あれほどの大立ち回りを演じながらさしたるインパクトも残せずに一時存在を忘却されてしまう。
デカイ図体をして妙に影が薄い最後の導かれし者に再びスポットライトが当たるのは、二人の冒険の舞台が最後の修行場たるグランセル地方に移行してからである。
ピクセン教区長がゼムリア苔を処方したアルヴの霊薬によりアガットの症状も回復に向かったので、現在の最優先課題のラッセル博士捜索に全力で取り組むことにした。
◇
「と意気込んだものの、犯人の足取りが判らなければ進展させようがねえな。今回ばかりは王国軍の敷いた検問に賊が引っ掛かるのに期待するしかねえのかな?」
ツァイス支部のロビー、キリカを交えて方針を検討するが意見の出しようもない。行儀悪く机に両足を投げ出したエステルはお手上げのポースで両手を万歳するが、「実は博士の監禁場所は判明している」との義妹の言葉に懐疑の眼差しを向ける。
「おい、ヨシュア。お前の合理的な思考フレームの予知能力じみた的中率の高さは百も承知しているけどさ。空の彼方に消え去った飛行艇の行先に見当をつけるとか流石に無理がありすぎるだろ?」
「ふんっ、そいつは俺も同感だな」
エステルの疑惑に呼応するかのように、脇腹に包帯を巻いたアガットが入口に出没する。「まだ寝てないと駄目です」と取り縋るティータを引きずりながら、強引にエステルとヨシュアの合間の席に腰を割り込ませた。
「紅蓮の塔では敢えて目を瞑ったが、テメエは何を隠してやがる? まさか、黒装束の連中とどこかで繋がっていたりするのか?」
「待てよ、アガット! 内通者扱いとか、いくらなんでも勘繰り過ぎだろ?」
アガットの暴言に反射的にヨシュアを庇うが、そのエステルからして疑心を完全に捨て去れた訳ではない。黙って成り行きを傍観しているキリカでさえも瞳に好奇の色を称えている。
まあ、エステル達の不満も尤もだ。このような不協和音を奏でたままでは奪還作戦の決起すら覚束なく、秘密主義を貫くのもそろそろ限界のよう。ある人物を庇っているヨシュアはジレンマに陥るが、その当人が事態の改善に乗りだしてきた。
「ヨシュア君。俺のことなら気にすることはない」
「エジルさん? お好み焼き屋の方はどうしたのですか?」
「店にとっても大事な書き入れ時ではあるが、ラッセル博士の身命は市だけでなく王国の命運をも左右しかねない由々しき事態だからな。留守をカトリア君に任せて何か手伝えることはないか顔を出してみたが、俺の為に少し複雑な立場に置かれたみたいだね」
包容力のある笑顔で後ろめたそうに目線を反らすヨシュアの頭を軽く撫でると、机の上に腕時計を模したレーダーと複数の発信機を置いて事情を説明する。
「まさか
基本物事に動じないキリカも素直に感嘆し、「私が強請りした所為でご迷惑をおかけしました」とヨシュアは更に恐縮した風で謝罪する。
「おじいちゃんは研究にのめり込むと、誰にも邪魔されない秘密の工房に気紛れに雲隠れすることもあるですよ」
そうティータから警告されていたので、ヨシュアは密かに発信機を取り付けておいた。その用心は博士の居場所を突き止める貴重な手掛かりになったものの、恩人の不法所持を発覚させてしまう。
「本来、やってはいけない法破りをしていたのは俺だから、これを機に教会に回収されたとしても自業自得でしかない。最後の奉公として博士の救助に役立つのなら十分報われたさ」
長い間、遊撃士稼業を支えてきた小道具に並々ならぬ思い入れを秘めながら観念したが、ここにいる面々は密告する気はなさそうだ。
「
「そうそう。豪竿トライデントみたいな例外もあるし、善良な市民から巻き上げるのは闇オークションでのさばらしている悪党どもを全部退治してからの話だろ?」
「けっ、あの泣き虫はともかく俺は無神論者だし、王家や宗教に助けられた記憶もねえ。エジルの件はどうでもいいが、実体のない神様を有り難がっている連中を喜ばせる気もないさ」
「アガットさんの身体を治癒したのは教会の…………はいはい。あくまで科学的なお薬の効能であって、信心による奇蹟や恩寵とは無関係ですよね。ところで、その優れ者のナビゲーター。二個あるみたいなので、もし良かったら片方だけ僕に預けて調べさせてもらえないですか?」
「済まない」
口下手なエジルは無骨に感謝の念を述べる。周囲の暖かい思いやりにヨシュアは柄にもなく目頭が熱くなるのを感じたが、クールビューティーを指標とする少女はそんな己の温い変化を誤魔化すように首を横に振る。
いずれにしても、博士の救助という目標に向かってギルドの心が一つに纏まった。議論を次の段階に進ませる為にヨシュアは左腕に嵌められたレーダーの情報を公開して、全員が覗き込む。
地形図は、ちょうどツァイス市全域を表示するように調整されている。△が現在地。カラフルな◎が発信機に対応している。△と重なっている赤色の◎がエステルに取り付けられたままになっていて、緑色の◎が博士の位置を示しているらしいのだが。
「おい、待てよ。リッター街道を北上したソルダー軍用路の先にあるのは」
「はうー、有り得ないですよー」
アガットとティータが困惑する中、身体中を弄ってようやく発信機を捜し当てたエステルはヨシュアと目を合わせると表情を引き締める。
カプア一家のキールが置き土産を託さなければ、二人も直ぐにはこの現実を受け入れられなかっただろう。
そうラッセル博士が現在いるポイントは、王国軍の重要防衛拠点『レイストン要塞』を指し示していた。
◇
中央工房の中心人物にも話を通しておく必要がある。お昼頃という時間帯も考慮して、一行は『エジルお好み焼き店』二階のお座敷を会議室に変更。エジルが焼奉行を務め、バイト経験のあるヨシュアが賄い役を担当しながら、ボースの空賊事件から始まったこれまでの経緯をかい摘んで説明する。
長年、王国軍と友好関係を築いてきたマードックら工房御三家やキリカ達遊撃士関係者も俄かには信じ難い話であるが、レーダーの精密さと素知らぬ顔を決め込んだ軍広報担当の不誠実な対応を天秤に掛けると、博士がレイストン要塞にいる理由は他に思い当たらない。
「ふん、どこぞの
バイタリティ溢れるアガットは、お好み焼きをワイルドに一呑みして体力の回復を図りながら、当然のように要塞潜入の強硬案を主張するが、ことはそう単純ではない。
『ギルドの国家権力に対する不干渉』などの面倒臭い法的な決まりごとは工房長の胸の内一つだが、導力センサーを含めた最新鋭の防衛設備と二十四時間体制の守備兵に守られた警備システムは完璧に近く、実務面から見ても侵入は困難。
「今夜、資材を搬入する為に工房船『ライプニッツ号』がレイストン要塞に出向くのだが、クルー全員のボディーチェックはおろか積み荷も一つ残らずラッセル博士が開発した『生体感知器』で入念に調べられる」
グスタフ技師長が実物の生体感知器をお座敷の敷居の衝立越しにエステルに翳すと、ピコン、ピコンとオーブメントの先端部分が赤色に点滅する。
半円3アージュ以内なら、あらゆる素材の障壁を貫通し生命体を検知するとのこと。コンテナに紛れてという線も厳しそうだ。
「ヨシュア、お前ならレイストン要塞に潜り込めるか?」
「造作もない。コンテナ船を使うまでもなく、独力で外から忍び入るのも可能よ」
エステルの問いに、ヨシュアは自信満々にグスタフの前に立ったので、動力器をふくよかな胸に押し当ててみる。何故かセンサーが作動せずに、『生体反応無し』の緑色のランプを灯し続けている。
「あれっ、故障か?」
他の複数の人物にも試したが、普通に機能する。潜入工作時のステルスの有用性が改めて立証されたが、そのヨシュア当人が単独任務に異を唱える。
「王国軍が天敵のドロシーさんでも雇い入れていない限りは潜伏自体は容易。けど、ラッセル博士を連れて脱出するとなると華奢な私一人の手には余るから、やはり協力者が必要」
むしろ漆黒の牙の特異性を最大限に活かすには、本命の救助班を別に送り込んだ上で単体行動でサポートに徹する役割分担の方が成功確率が上昇すると訴える。ただし、常人にヨシュアの真似事は叶わず、その方策が手詰まりなので皆は頭を悩ませている。
「いっそ、博士以外の警備兵を全員抹殺する方が私的には簡単なんだけどね。よほど司令官が統率力に優れていない限りは目撃情報を残さないよう三十人ほど始末すれば、そのうち疑心暗鬼に駆られて内紛で勝手に自滅してくれるからね」
本気か冗談なのか、恐ろしく過激な意見が囁かれたか即行で却下される。
得体の知れないステルスモンスターに襲われて恐慌をきたした兵士たちが仲間同士で殺し合い鉄壁の城塞が内部から崩壊するとか、一体どんな群衆パニックものかホラー映画のシチュエーションなのやら。
レイストン要塞が情報部のみに占拠されているならまだしも、関所の一般兵の素朴さや親衛隊に濡れ衣を着せようとした一件からして、王国軍全体が悪に染まった訳ではない。後に禍根を残さない為にも兵士とのいざこざは極力避けるべきだろう。
「そういえば、ティータはどこに行ったんだ?」
話の最中、何時の間にやら姿を見えなくなったお子様にエステルは怪訝な表情をする。
我が強いティータが、今更機密事項天梃子盛りの会話に遠慮して、席を外すような殊勝さを備えているとも思えない。そのエステルの疑惑が具現化したかのように、妙な動力器を抱えたティータが汗だくになって二階に駆け上ってきた。
「はぁ、はぁ。グスタフさん。もしかしたら、ライプニッツ号の潜入工作が上手くいくかもしれないので、その生体感知器を僕にも使ってみて下さい」
内部構造が半剥き出しのスケルトン状態の手元の装置の配線を直に弄くると、心なしか半透明の光のバリアがティータを小円で包んでいるように感じる。求めに応じてグスタフが試してみると、先のヨシュアの時同様に無反応のまま。
驚く一堂に以前にヨシュアとの与太話で名を掠めた『生体感知器無効化オーブメント』について説明する。
ここ一月ほどティータが取り組んできた研究の成果。感知器の走査を妨害する導力場を発生させ生命体の存在を誤魔化せる。
これがあればヨシュア以外の面々もコンテナ荷物に紛れて要塞への侵入を果せるかもしれないが、試作品なので色々と不備がある。
(1)何度かテストしたので効能の方は問題ないが、時間不足でまだ外部カバー部分とのボタン付けが完了しておらず、起動は内部の配線を直接繋ぎ直さないといけないので、実質ティータ本人にしか扱えない。
(2)EPタンクの容積が小さい故に出力不足で、フィールドの有効範囲は半円0.5 アージュと極めて手狭なので、潜入人数はティータも含めてギリギリ2、3人が限界。
(3)予算不足で冷却機構が未実装の為、起動して3分ほどでオーバーヒートを起こすので、生体感知器が使われるタイミングを見計らって上手く作動させる必要がある。((1)と合わせると尚更、起動者は手慣れたティータ以外には務まらない)
「勢い勇んで工房から持ってきたですけど、不足分だらけでほとんど欠陥品ですよね。おじいちゃんならきちんとした完成品を仕上げたでしょうから、僕は全然駄目駄目です」
「なあに、俺たちはまだ駆け出しだし未熟は当然さ。これから精進すれば良いだけさ」
「エステルお兄ちゃん」
自嘲したティータをエステルが頭をナデナデして慰めるが、マードック、グスタフ、トランスの工房関係者は実に居心地悪そうにリトルエンジニアを見下ろしている。
無知賢者のエステルは勘違いしたが、博士の残したラフ書きのみを頼りに手持ちの予算だけで前歴のないオーブメントを自作するなど見習いの技量を大きく逸脱しており、これでは正規技術者の立場がない。
この神童は将来ラッセル祖父母に匹敵する科学者となるやもしれないが、現在重要なのはこの少年の発明品を上手く活かし博士の救出に役立てること。
瞬間記憶能力を保持するヨシュアなら遣り方さえ教わればこの複雑怪奇なオーブメントを動かせるかもしれないが、彼女は別行動と既に決まっている。よって、ティータの参入は確定的となったか、粗野な外観に似合わず意外と常識人のアガットから苦情が飛び出した。
「おいこら、チビスケ。何勝手に話を進めてやがる? こんなやばいヤマに民間人のガキを連れていける……」
「なら、あなたが今回のクエストから降りるアガットさん? 幸いエジルさんも協力してくれるそうだから、潜入人員も余剰気味だし」
先の意趣返しという訳でもないだろうが、ヨシュアが突慳貪とした態度で横から口を挟む。アガットがギョロリと澄まし顔の少女をガン付けし、周囲をハラハラさせる。
「土壇場の不確定要素というなら、ティータよりもあなたの方が心配よ。切った張ったの真っ最中に、突然、弱い方に切り替わったりしないでしょうね?」
ピクリとアガットの眉が動き、益々表情に険しさを増す。『弱い方』というキーワードに何かに勘づいたティータから「泣き虫のお姉さんのこと?」と声が漏れる。
「てめえら、気がついていたのかよ?」
「まあね。というよりも、いくら雰囲気が違いすぎるからって、同一人物を一向に結び付けられないエステルが鈍過ぎるのだけどね」
「おい、お前ら、さっきから一体何の話をしているんだよ? 弱いとか泣き虫とかアガットから一番遠く離れた属性だろうが?」
「そうね、エステル。仲間内で隠し事はいけないみたいだし、実はアガットさんは二重…………」
「黙ってろ、小娘!」
またぞろ韜晦モードに突入した義妹をエステルが問い質そうとしたが、アガットに一喝される。
「ふん、俺の性質を知っても、お前はまるで驚かないんだな?」
ティータの参加を取引材料にした交渉であるのは明白。殺意の波動に目覚めたアガットは脅迫者を睨み付けるが、ヨシュアは能面を維持している。
レオンハルトと名乗った仮面の男もそうであるように、闇社会に深く関わった人間なら多重人格者などさして珍しい代物でもない。
物心つく前に娼館に売られて、自我を守るために複数の人格を生み出して、『痛み』を身代わり役の仮初めのキャラクターに押しつけ生き長らえてきた憐れな稚児もいたぐらいだ。
渋々だがアガットは彼女本来の気質に反し、折れることにした。
もしレイストン要塞で黒装束達が隊長と敬う人物と遭遇した場合、ラジオ局DJが危惧した陶酔行動にアガティリアが走らないという保障は無かったが、幼子がこの作戦に参列する以上、価値観が異なる彼女たちが只一つ共有する『誓い』を果さなければならないからだ。
「おやっ?」
定員割れしそうな実働メンバーを博士に縁のあるエステル達に譲ることにし、空賊事件同様に裏方にまわることを決意したエジルはレーダーの変化を見て首を傾げる。
「博士についている発信機からの応答が途絶えた?」
◇
「おっと、失礼。ゴミが……」
エステル達が潜入を試みようとしているレイストン要塞中央の研究棟。アガティリアがレオンハルトと慕い、軍関係者からロランス少尉と呼ばれる多重の人格ではなく複数の名前を使い分ける仮面の隊長がラッセル博士の首筋を軽く叩いた。
「ふんっ、今更オベッカなどせんでも、お前たちの知りたい事は全部実演した筈じゃ」
実孫の身の安全を恫喝され、僅か半日あまりでゴスペルの制御方法を調査した気難しげな天才科学者は、煩わしそうにロランスの手を払いのける。
「ラッセル博士、本当に感謝致します。これでリベールに本物の安息を齎すことが叶います」
カノーネ大尉と黒装束の男たちを従えた金髪をオールバックに束ねた黒服の軍人が、博士の偉業を大袈裟に讃歌し、ラッセルは胡散臭そうな表情を隠せない。
この理知的で男前な中年士官が王国軍情報部指令のアラン・リシャール大佐。一連の事件の黒幕ということになるのだろうか?
上官に心から心酔するカノーネは熱っぽい視線をリシャールに注ぐ。
様々な行き違いがあったものの、ここまでは閣下の目論見通り順調に進んでいる。計画の障害の一つである王室親衛隊も王宮から追い払われる事態となっている。
(ほとんどの親衛隊員は捕らえられたようだけど、こんな小細工であなたの光を消せる筈もないわよね。わたくし達を止められるものなら遣ってみせてご覧なさい、ユリア)
同じ旗印に属しながら今では敵対する立場となるやも、些かも敬意が損なわれないかつての旧友に心中で発破をかけると、本来の副官の精神に立ち返る。
最終目的へと至る門が軍事クーデーターである以上、もはや情報部に後戻りは許されない。成功し王国の中興の祖として称えられるか無残に失敗し反逆者の汚名と共に散り逝くかのデッド・オア・アライブなのだから。
リシャールは腹心の内心の葛藤には気づかず、要塞の守備隊長であるシード少佐に向き直ると博士の事後を託す。
「さてと、白き翼が網に掛かったようなので我々はこれから王都に赴かねばならないが、君にはこれを預けておこう」
大佐は懐から戦術オーブメントを取り出す。現行品よりスロット数が一つ多い見覚えのあるアーキテクチャに博士は驚きの声をあげる。
「リシャール、それはまだ未配備の筈の新型の戦術オーブメント?」
「ええ、あなたも研究の一端に携わったエプスタイン財団の新製品です。まだ試作品ですが、私のツテで取り寄せました」
大佐からシード少佐へと手渡されて、茶髪で甘いマスクをした三十路の士官は恐縮して受け取った。
「王国軍の現役軍人で
「畏まりました」
なるだけ感情を表に顕さないように留意しながらも、少佐の視線は中央スロットのみ風属性で固定され六つのフリースロットが綺麗に一つの線で繋がれた新型独特のフォルムに注がれている。
「クオーツも全て実験品だから、もしかするとアーツを唱えたら壊れるかもしれんぞ?」
そう大佐は冗談めかしたが、仮に身体に反動をきたしたとしても、未知のオーバルアーツを試してみたいと血が騒ぐのは軍人としての愚かな闘争本能の成せる業か?
「ふんっ、愉しい玩具を分け与えられて、あっさり懐柔されるとはな。お前さんは連中と違って気骨のある男と思っておったが、どうやらワシの見込み違いのようじゃの」
ゴスペルを懐に仕舞い込んだリシャール大佐は部下を引き連れて研究棟から退出する。少佐と二人っきりになったラッセル博士は軽蔑の眼差しで鼻息荒く息巻いたが、シードは新型の戦術オーブメントをじっと見つめ込んだまま無言を貫いた。
「ふふっ、ここに来るのか、ヨシュア? そして、アガティリアよ」
一団の最後尾に連なったロランス少尉は、左手に握り潰した発信機の残骸を特殊バイザーの奥に隠された両眼で愉快そうに眺めながら剥き出しの口元をシニカルに歪める。
リシャールを始めたとした情報部の誰一人として認識出来なかった極小のアーティファクトを目敏く発見するあたり、このマスクマンの尋常でない異能性を感じさせるが、なぜか博士に発信機が仕込まれていた事実を誰にも告げることなく更に小言を呟く。
「白面は俺の記憶は消していないとほざいていたし、今はまだヨシュアと顔を会わせる訳にもいかぬか。大佐をせっついて、早めにここを立ち去るしかないな」
そう決意すると、集団の先頭を歩くリシャールに何かを語りかける。二人の女遊撃士が危惧したアガティリアを目覚めさせかねない不安材料はレイストン要塞から退場するようだ。
ただし、アガットはおろか一切の過去が謎に包まれたヨシュアとも浅からぬ因縁を感じさせるロランス少尉を詐称するレオンハルトの目的が、本当にリシャール大佐ら情報部と同一のものなのかは誰にも判らない。
◇
「少し遅れたわね。急ぎましょう、エジルさん」
キリカが用意してくれたレイストン要塞の精密な見取り図の検証に時間を取られたヨシュアは、補佐役として同行してくれたエジルに声を掛けると、リッター街道をバイパスしソルダー軍用路に入り込む。
当初、発信機の反応が途絶えたのはゴスペルよる導力停止現象で効果が打ち消されたものと推測したが、その事象をヨシュアは既に五回も体験済み。遅くとも十五分後には再点灯したそうだが、今回は一時間近く待ってもレーダーに復帰する気配がない。
「これまで一度も対象はおろか第三者にも悟られたことはないから発信機の存在が露見したとは思い難いが、何らかの事故に巻き込まれて破損したのは確実だろう」
となると、ラッセル博士がレイトスン要塞から別の場所に移されたら追跡する手段は皆無。
幾ばくかの時が与えられれば、ティータは中央工房の協力の元に生体感知器無効化オーブメントを汎用的に改良できたのだが、もはや一刻の猶予も無い。今夜中に未完成品と共に潜入作戦を決行するしかない。
先行して潜伏しエステル達の仕事が遣り易くなるよう工作を施すのがヨシュアに課せられた使命。要塞へと続く軍用路を駆け抜けると、その途上を魔獣の群が通せん坊。「がるるっー!」と低い唸り声を上げて、こちらを威嚇している。
「おいおい、以前、俺がクエストで訪ねた時はこんな魔獣いなかったぞ?」
「多分、レイストン要塞へのお客さんを追い返す為に軍が解き放った番犬でしょう。よほど今要塞に来られたら困る事情があるのでしょうね」
五匹の魔獣の中にお馴染みとなった
ルーアンの市長亭で遣り合ったファンゴやブロンコと同系統の戦闘用魔獣のようだ。得意の全体Sクラフト『漆黒の牙』で取り巻き共々一網打尽にしても良いが、この後の展開を考えCP温存を図りたいヨシュアはSクフラトの行使を躊躇う。そんな少女の心中を見越したエジルが
「ヨシュア君、俺のSクラフトは攻撃範囲が狭いので、なるだけ魔獣を一ヶ所に纏めてくれるかな?」
「了解です、店長」
双剣を構えたヨシュアは、『挑発』クラフトを使って魔獣の注目を集めると、群の真っ只中に躍り出て愛犬と戯れるように野獣の牙と爪を躱し続ける。
俊敏性に優れるプレデターの波状攻撃をものともしない少女のずば抜けた身のこなしに軽く口笛を吹いた後、エジルは大斧を振り上げて出し惜しみなく大技を炸裂させる。
「いくぞ、獣斧魔斬!」
バルディッシュが地面に叩きつけられると凄まじい衝撃波が大地を伝わり、地割れが地響きをあげて魔獣の群目掛けて襲いかかる。
「やったか?」
「エジルさん、その台詞は
敵生存率100%を約束する禁断の負けフラグを口にしたエジルを、ヨシュアは慌てて窘めたが時既に遅い。瓦礫の山が吹き飛ばされて、手負いのブラディセイバーが咆哮する。
ただし、他の三匹は即死。残る一匹も重傷だが、真紅の魔獣は何故か瀕死の仲間に食らいつくと喉元を引き裂いて、滴り落ちる血を浴びるように飲み干す。
すると、ブラディセイバーの全身の傷口がみるみると塞がり、更には皮膚が鋼鉄のように強化される。対象の生き血を己が血肉へと直接取り込める吸血体質だ。
「苦しむ同胞を介錯した訳でなく、体力復元の肥しにしただけか。いかにも
「そうかしら? ヘルムキャンサーみたいに、物理攻撃が反射される訳でないし。単にタフなだけなら、回復させる間もなく一撃で仕留めれば良いだけよ」
そう大言壮語すると、CPを遣い果たしたエジルに替わりブラディセイバーの懐に飛び込む。
血塗られた獰猛な牙を敢えて紙一重で避けたヨシュアは、『真・双連撃!』と叫びながら両腕に装備したアヴェンジャーをクロスに振り抜く。次の刹那、ブラディセイバーの首が宙に吹き飛んだ。
断末魔の雄叫びが響き渡るが、強化を受ける仲間はもはや生存せずに虚しく宙に消え入る。
硬質の凶暴な手配魔獣を予告通りクフラト一振りで
◇
かつての百日戦役の反抗作戦の拠点となったレイストン要塞。その正面門がある橋手前十アージュ地点の草むらに二人は隠れながら様子を伺う。
エジルにとっては久方振りだが、重犯罪者も多く収容されている為、ハーケン門よりも強固な守備体制が敷かれたこの城塞にどう忍び込むのだろうか?
「それでは行ってきまー……うっ!?に……にがい」
ニガトマトの実を齧ってCPをフルチャージしたヨシュアは、口先を窄めながらエジルにウインクして別れの挨拶を済ませると、Sクラフトの
「もしかして、今のは生身で空間を転移したのかい? 何かどんどん人間の領域を踏み越えているみたいだし、最初から彼女一人いれば全て事足りそうなのは多分突っ込んではいけない
今回ばかりは少女の無謬性に畏怖せざるを得ないエジルは、常にその怪物とセットでの評価を余儀なくされる少年の心境に些か同情すると、ささやかなお手伝いの責務は果たせたので自分の店に戻ることにした。
「って、エジルさん、私のことを買い被り過ぎですよ。私は神でも悪魔でもなく、腕立て伏せが十回にも届かないか弱い普通の女の子ですから」
転移先の目測を誤り、八卦服のスカートが木の枝に引っ掛かって、上下反転したあられもない姿で宙ぶらりんになったヨシュアは苦笑する。
紺碧の塔で能力に目覚めてから、アルバイトの傍ら暇を見つけては、CP回復効果を持つニガトマトをお供にこの燃費の悪い移動系スキルを使いこなそうと試みた。転送距離と着地場所はある程度コントロール可能になったものの、まだ自分以外の他者を同時にワープさせられる確率は低いので博士を単独で助けるのは難しい。
「CP無限回復を約束するエルモ温泉に逗留していたら、一々この不味い果実のお世話にならずに効率良く修行出来たでしょうけど、世の中上手くいかないものね」
ポシェットの内部にギッシリと詰まったプチサイズの赤い球体を左手で弄びながら、クルリと半回転して態勢と視界を正位置に戻すと、枝の上に腰掛けて周囲の状況を確認する。
枝の合間をダイブし揺れ動いた衝突音は警備兵の耳にも届いた筈なのに導力センサーに反応がないものだから、風で揺さぶられただけと決め込んだらしく哨戒にすら来ない。
便利なオーブメント技術に頼りすぎて、色々と油断が生じている。これならヨシュア達にも十分付け入る隙がありそうだ。
同じ頃、エステル、ティータ、アガットの三人を乗せたライプニッツ号がツァイス発着場を出港し、一路レイトスン要塞を目指している。
難攻不落のレイストン要塞を舞台にした、ラッセル博士の救出作戦が今スタートした。