星の在り処   作:KEBIN

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魁・武闘トーナメント(Ⅵ)

「それでは、ジンさんの決勝トーナメント進出を祝って乾杯」

 グランアリーナでどうした事か存在そのものを失念していたA級遊撃士の雄姿を見掛けた刹那、最後の当たり籤を逃すまいと遊撃士の兄妹は試合経過そっちのけで、芸能人の出待ちのファンのように控室前通路で待ち伏せた。

 それから祝勝会と称して、居酒屋『サニーベル・イン』へと強引に引っ張っていく。二階のテーブルを陣取ると、エステルはコーラで、ジンとヨシュア(!)はミックスカクテルで祝杯を挙げる。

 目的は当然、空席が三つも存在するジンチームへの仲間入りだが、ヨシュアに思うところがあるのでその要望は伏せたまま、まずは与太話に華を咲かせる。

「ツァイスで出会った時は、本当に助かりました。ジンさんが洞窟湖のヌシをぶちのめしてくれおかげで、労せずゼムリア苔を採取しアガットさんも無事に峠を乗り越えられました」

「あの場は性急すぎて、身分を名乗り合うぐらいしか暇がなかったからな。あん時のお礼も兼ねてるから、何でも好きな物頼んで構わないっすよ」

「そうか。そういうことなら、遠慮なくゴチになるわ。正直、懐が心細かったこともあるしな」

 外観通りにおおらかで細かいことに拘らない大人物は、正遊撃士が見習いに奢られるのも深く気に止めずに、体型に相応しい胃袋を満たすべく店のコース料理を纏めて注文する。

 先行投資で多額の出費を予め覚悟していたので、バイキングに文句をつけるつもりはないが、ジンの物言いが少し引っ掛かった。

「あれっ、B級以上の遊撃士は副業無しで食っていけるエリートじゃなかったんすか?」

「リベールに入国した際には路銀はそれなりに持参してきたんだがな。キリカと再会した晩、借金の精算に有り金をあらかた巻き上げられてしもうた」

 借入金そのものは、たまたま手持ちを持ち合わせなかった時に夕飯代を立て替えてもらっただけの端金だが、「三日複利の二年分利息」というヨシュアを聖女と錯覚せんばかりの悪徳高利貸しも真っ青の法外な金利が上乗せされていた。

 英雄色を好むの格言通り、意外に別嬪女性に弱い御仁は同郷美人に頭が上がらず、常のような正論で抵抗することも叶わずに搾取されて憂鬱そうに溜息を吐いた。

 昔気質のジンはキャッシュやクレジットなどのカード類を一切利用しないポリシーなので、「これでは王都の滞在が成り立たない」と斟酌を乞うたが、「大会で勝てば問題ない」と突慳貪で返されたそうで、ホテルに宿泊する費用もなく仕方無しに大使館を宿代わりに利用している。

「武術大会の賞金システムが親の総取りだと知っていながら、無理難題を宣ってくれる」

 カクテルを豪快に一気飲みしたジンは、やれやれと云った風情で両肩を竦める。

 これはもしかしたら、ジンを経済封鎖で背水の陣へと追い込んで是が非でも優勝させようという厳しい愛情の裏返しなのかもしれないが、サトリじみたヨシュアに匹敵する洞察力を誇る受付嬢も個人戦から団体戦への鞍替えなど予測しようもないので、その愛の鞭は空振りに終わりそうだ。

「けど、ジンさんはレイヴンの四人に圧勝したじゃないですか?」

「あれは単に素人相手で、組み合わせ運に恵まれだけさ。もしストリートファイターペアとぶつかっていたら、多分俺の大会は今日で終わっていただろうしな」

 欠員チーム同士が予選で潰し合うことはないので無意味な仮定だが、個の限界を心得ているジンは強がることなく、彼我の戦力比を冷静に分析する。

 一対一で戦っても敗北する可能性がある達人を、二人同時に相手取って完勝すると自惚れるほど己を美化してはいない。そういう意味では、突撃騎兵隊という手頃な相手とぶつけられた所為で、彼らが内輪揉めで勝手に自滅したのは長い眼で見れば僥倖だ。

「まっ、それは置いておいて、予選は一発で終わっちまったから、結構力が有り余っているんじゃないすっか? 料理が来る前の景気づけとして俺でよければつきあいますよ?」

「おいおい、こんな所で大立ち回りを演じるつもりか? 他の客に迷惑…………なるほど、そいつでか」

 エステルが好戦的な表情で片腕の袖を捲りジンは苦笑するが、テーブルの上に肘が置かれたのを見て彼の誘いを諒承する。

 シンプルイズストロングを地でいく単純明快な力比べで食前前の準備運動をこなそうというのだ。これならテーブル一つあれば事足りる上に二階の客席にはエステル達しかいないこともあり、周囲に騒動を撒き散らすこともない。

「なら、その挑戦を受けて立つとしようか」

 レイヴンへの紳士的な対応から伺えるように、ジンは決して粗野でも凶暴でもないが。態々地下洞窟まで足を伸ばし伝説のヌシに喧嘩を売りにいったみたいに、勝負事そのものは大好物。利き腕の籠手を外すと互いの両手の掌を組み合わせ、豪傑二人の丸太のような上腕二頭筋がクロスに交差する。

「所詮は余興だし、ブーストクラフトは無しでいこうか?」

「あれっ、俺が麒麟功を持っているのが解るんすか?」

「まあな、お前さんからは俺と同じ物理特化の臭いがするからな」

「それでは、これより腕相撲を始めます。お互いに構えて、レディーゴー」

 審判役務めたヨシュアの合図により、恐らくは大陸腕相撲選手権でも上位に入賞する力自慢同士による異例のアームレスリングが開始された。

 

「ジンさん、ウィンー」

「くうっー、負けたぁー」

 三分近い長時間の一進一退の攻防が続いたが、最終的にはジンが押し切って勝利し、ヨシュアが彼の片腕を高々と掲げる。

「いい勝負だったぜ、エステル。最後までどっちに転ぶか判らなかったし、楽しかったぜ」

 軽く額の汗を拭ったジンはテーブルにうつ伏したエステルを労うが、あながち謙遜でもない。

 ジンにしても単純なパワー対決で人間相手に本気になったのは久しぶり。彼の兄弟子以外にも膂力で真っ向から張り合える逸材が同業者にいたことに新鮮な驚きを感じている。

「やっぱり、世の中は広いわね。腕相撲でなら父さんにだって勝てるエステルが、純粋な腕力勝負で牛耳られたのは何年ぶりの体験かしらね?」

 ヨシュアが琥珀色の瞳に感嘆をこめて、前衛特化型のエステルの上位互換ともいうべき巨漢の偉丈夫を見つめるが、ジンは首を横に振る。

「武闘家にとって身体能力(フィジカル)は重要な要素ではあるが、実戦はそれだけでは勝てないぜ」

「そいつは十分身に沁みているつもりですよ、ジンさん」

 磨き抜かれたテクニックでパワーを相殺する(ことわり)の術者が世に存在するのを二人の肉体派は弁えていたからだが、その認識には若干ずれがあった。

 ジンは二人の父親である剣聖(カシウス)を指していたが、エステルにとっては目の前の華奢な義妹こそが親父越えの前に果さなければならない超克対象なのだ。

 そうこうしている間に、輝身ブイヤベースやホット海汁などの大皿料理が運ばれてきた。実は全身運動競技の腕相撲で程良くカロリーを消費した大食らい二人は、早速空っぽの胃袋を満たし始めることにした。

 

「ふうっー、食った。食った。腹一杯飯を食えたのは何日ぶりかなー」

 エステルと食欲を競うように大皿料理を十人前も食したジンは、満足そうにお腹まわりを撫でるとデザートのリフレッシュパイに齧りつく。

 つい先日までコーヒーハウス『バラル』で三人前分の大皿『匠風ライスカレー』を十五分完食で料金無料のチャレンジメニューが催されており、カレーのみの無銭飲食で食い繋いでいたのだが、そのラッキーイベントも満了し悲しい思いを味わった。

「ところで相談があるのだが、しばらく王都で修行するのなら俺と一緒に武術大会に出てみる気はないか? お前さん達と組めば優勝を狙えるかもしれんしな」

 求道者たるジンは理不尽なルール変更を愚痴ることなく、単独でどこまで通用するか挑む腹だったが、先の腕相撲でエステルの実力を知って一部考えを改めた。

 王城潜入を目論む二人にとっては願ってもない展開だが、ヨシュアは内心の歓喜を押し殺して敢えて素っ気ない態度を貫く。

「エステルはともかく、私は足を引っ張るかもしれませんよ、ジンさん?」

「三味線引かなくてもいいぜ、ヨシュア。そりゃ戦闘能力は義兄に劣るかもしれんが、その分色んな裏技が使えるのだろう?」

「流石にジンさんは慧眼ですわね」

 洞窟湖で披露した隠密能力から、ヨシュアを特殊スキル持ちのバックアッパーと見做したようだが、それだけでは五十点だ。

 A級遊撃士の眼力を以ってしても、この細身の少女の内面に潜む魔性を見破るのは叶わなかったらしく、猫かぶりが大好きなヨシュアは満面の笑みで舌を出す。

「賞金が得られるのは優勝チームのみだから、山分けする前に敗退して只働きになる公算が高いが、それでも二人とも構わないか?」

「もちろんだぜ、ジンさん。腕試しにはもってこいだしな」

 任務の性質上、リタイアは許されないのだが、どうしてヨシュアが回りくどい真似をしたかは得心した。

 自分たちから助太刀を名乗り出れば、寛容なジンのことだから二つ返事で了承しただろうが分け前の要求がし辛くなる。

 けど、こうして勧誘を受ける側の立場となれば、堂々と二十万ミラの褒賞にたかれる訳で、勝てば二人頭で十万ミラもの大金をせしめられる勘定となる。

(他の連中と組む場合は賞金を放棄するって達観していた癖に、相変わらず抜け目がないというか守銭奴というか)

 そう呆れるも、マーシア孤児院絡みのクエストでミラの有り難みを痛感してもいたので、稼げるチャンスがあるなら貪欲にトライした方が次なる身内の危機が生じた時にも対処し易くなるかもしれない。

「けど、そうなると、後一人の欠員も埋めたい所ですね。優勝した時の取り分が減るのは正直心苦しいですけど」

 金銭関連の本音も隠さずに、ヨシュアがそう漏らす。導かれし者の二強(ツートップ)がタッグを組む上にエステル自身も足手纒いには程遠いので、三人でも戦力に過不足ない筈だが、裏を返せば追い詰められるまでは本気を出さない手抜き願望と受け取れなくもない。その怠け者の言葉を待ち構えていたかのように、突然、階下からジャジャジャジャーンとピアノの大音量が響いてきた。

「これは交響曲第五番『運命』?」

「ほお、俺は音楽は素人だが、かなりの使い手が演奏しているというのは理解るぜ」

「何か目茶苦茶嫌な予感がするんだが、この真下でピアノを弾いているのは、もしかして?」

 吹き抜けの一階部分をそっと覗き込むと、白い燕尾服を着た金髪男性が鍵盤上で十本の指先を忙しく動かし続けている。エステル達と目線が合うと白い歯をキラッと輝かせて微笑む。

「やっぱり、オリビエさんね。レイヴンの人達が陸に戻っていた地点で、ある程度予想出来たシチュエーションだけどね」

 二人の顔なじみの漂泊の詩人は一通りの演奏を終了させて周囲の客の拍手に応えると、スキップするような足取りで二階に駆け昇ってきて、ちゃっかりとヨシュアの隣の席に腰を落ち着けた。

「話は全て聞かせてもらったよ。天才音楽家で優秀なガンナーでもあるこの僕が無償で力を授けてあげるので、有り難く思いたまえ」

 ヨシュアに近い地獄耳で、二階の内緒話を盗み聞きしていたらしい。押しつけがましく助っ人役を売り込むが、マイペース男の生態を知るエステル達はともかくジンは多少困惑しているようなので、まずは双方向で手っとり早く自己紹介から済ませる。

「ほおっー、帝国からの旅のミュージシャンかい?」

「ふっ、そしてヨシュア君の未来の花婿でもある」

「マグロ漁船に売り飛ばされたのにまだ懲りてないのかよ、お前?」

 ルーアンでの酷い仕打ちに幻滅するでも恨み節を語るでもなく。愚直にモーションをかけるオリビエのひたむきさになぜかエステルは内心モヤモヤするが、追加注文で頼んだ海鮮パエリアがテーブルに置かれた途端、風来人の余裕がひび割れる。

「どうしたのですか、オリビエさん?」

「な、何でもないですよ、ヨシュア君」

 そう否定したものの、オリビエは目線を泳がせながら、ダラダラと脂汗を流している。もしかして、ピーマンみたいな嫌いな食べ物でもあるのか、御飯が盛り付けられた皿の中を覗き込む。

「えーと、海老にムール貝にあさりに蛸…………あら、王都でも品薄の真蛸が品目に加えられるようになったのね」

「「ヨシュア君。それを僕に近づけないでくれ」

 スプーンで蛸足入りのライスを掬い取ると、オリビエは忌避するように顔面を塞いだ左手を左右に降る。勘の良いヨシュアはピーンと来た。

「オリビエさん、もしかしてクラーケンにでも遭遇したのですか?」

「…………ハハハ。やだナア。よしゅあクン? くらーけんナンテコノ世ニ存在スルワケナイヨ?」

「…………声が完全に裏返っているけど、大丈夫か、お前?」

「そっとしておきましょう、エステル。海の上でつらい…………とても、つらいことが遭ったのよ」

「ブツブツ………………その巨大な触手で、僕を掴みあげるのは、やーめーてー!」

 レイプ目でフラッシュバックしたオリビエが、正常な状態に復帰するまで幾ばくかの時を必要とした。

 

「けど、真面目な話、クラーケンに襲われてよく助かりましたよね? 人魚の子守歌で退散するなんて出鱈目だと思ってたけど、本当に効果があったのですね?」

 古文書の内容を眉唾と察しながら、長老にオリビエを紹介したヨシュアの神経は相変わらず。流石のオリビエも一瞬青白んだが、直ぐに飄々とした態度を取り戻す。

「ふっ、僕には口先では連れない憎まれ口を叩いても、ピンチになったら必ず助けにきてくれる頼もしいツンデレの幼馴染みがついているからね」

 「く、悔しい、でも助けちゃう」とオリビエは頬を熱っぽくピンク色に染めながら、身体をビクン、ビクンと撥ね上げる。見ていてサプリーズを起こすぐらいに気色が悪い。

「随分と個性的な演奏家さんみたいだな。で、話を戻すけど、俺たちのチームに入りたいわけか?」

 一連のオリビエの奇行に全く動じずにパエリアにがっつくジンもまた只者ではないが、実弾が禁じられた大会で導力砲ならともかく、導力銃(オーバルガン)の火力が通じるとはエステルには思えなかったのだが。

「入れてあげてもいいんじゃないの、エステル。確かにオーバルガンだけなら心許ないけど、オリビエさんの真価はアーツの方にあるからね」

 ヨシュアがいそいそとオリビエの襟元を開くと、メイン中央スロットのみが幻属性で、他の五つが全てフリースロットで構成された戦術オーブメントが出現する。

「ほお、ワンラインか?」

 ラインが壊滅状態の物理屋二名は感心したように胸元を覗き込み、「責任取ってよね」と変態は潤んだ瞳で顔を背ける。

 中央スロット以外固定属性無しのオリビエの戦術オーブメントは、あらゆる属性クオーツの組み替えが可能。同じワンラインのクローゼよりも格段に汎用性に優れており、前衛過剰なジンチームとしては後衛の補強が叶う計算になる。

「なら決まりね。本戦までまだ三日あるから、その間にこのパーティーの陣形を煮詰めて…………って、済みません、ジンさん。チームリーダーを差し置いて差し出がましい口を挟んでしまって」

 赤面したヨシュアは今更ながらに恐縮するが寛大なジンは特に気分を害した様子もなく、「俺も基本的には猪武者だから、作戦を考えてくれるなら有り難い」と参謀役を丸投げする。

 個人競技と違って、団体バトルには集団戦術とチームワークが不可欠。己々が好き勝手に動いていたらどんどん勝利から遠ざかるのは、予選で敗北した武闘家らが身を以って証明してくれていた。

「よろしく頼むぜ、皆の衆。目指すはもちろん優勝だ」

「当然だぜ、兄貴。くううっ、燃えてきた」

「……楽できるの、希望」

「むふふふふ、豪華な晩餐会へのご招待。ギャルの視線を独り占め」

 

 一つの尊い目標に向かって、奇妙な多国籍軍が旗揚げされた。この寄せ集め集団が決勝の檜舞台まで勝ち残れるかは、まさしく(エイドス)のみぞ知る顛末であろう。

 

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