星の在り処   作:KEBIN

97 / 138
魁・武闘トーナメント(Ⅶ)

「私にはクローゼお兄ちゃんという将来を誓い合った旦那様がいるというのに、この胸の高鳴りは一体何なのかしら?」

 マーシア孤児院のオマセな幼女はオデコのタオルを取り替えると、瞳に好奇の色を称えてジョゼットの寝顔を至近距離から眺める。

 温室の薔薇のクローゼのような洗練された造形美とは全くの別物。アウトローの影を匂わせながらどこか世を拗ねた所があり、そういう背伸びした子供っぽい仕種が異性の庇護欲を擽るのね……などと十歳児とは思えない乙女思考に耽る。

「マリィ、これから包帯を取り替えるので手伝ってちょうだい」

「はーい、テレサ先生」

 コンコンとドアがノックされる。救急医療セットを抱えたテレサと他の子供たちが入室してきたので、マリィは殿方観察を一時中断する。

 ソファで横になっていたジョゼットが、ウツラウツラと目を覚ます。隣にいるキールとドルンも半身を起こす。

 ここはテレサの寝所。焼け落ちた施設を建て直した際にかつての部屋割りを忠実に再現した為、亡夫のジョセフ用と合わせて二つのベッドが並んでいる。更にリビングから来客用ソファを移動させて、三兄弟を看護する病室代わりにした。

 マリィがウキウキしながら、赤面するジッゼットのシャツを脱がしにかかる。クラム、ポーリィ、ダニエルのお子様トリオが包帯片手にドルンの巨体に纏わりつく。

 キールの相手を務めたテレサが寝間着と血で汚れた古い包帯を取り外すと、ブラをしていないので乳房が零れる。

 無頓着に上半身の肌が晒されるが、ここにいる殿方は血を分けた兄弟と精通前の園児だけ。特に羞恥を感じることもなく、前々から思っていた疑問を口にする。

「ねえ、院長さん。どうして、ここまでしてくれるの? 私たちがどういう身の上なのか判っているのでしょう?」

 兄姉二人はテレサとジョセフのお古(勿論巨漢のドルンはキツキツだが)を借着。ジョゼットはたまにお泊まりするクローゼのパジャマを着込んでいるが、ここに辿り着いた時の身なりは白黒ボーダー柄の囚人服。

 一般人なら即座に王国軍に通報していたが、テレサは重傷のジョゼット達を院内に運ぶと手当てと食事を施す。更にマノリア村の人達にも自分たちの所在を内緒にしている。

 お尋ね者など匿ったところで面倒事を招きこそすれ何らのメリットもない筈だが、テレサは優しい手つきで包帯を巻き直してまずは昔話から入る。

「こうして看病していると、十年前のことを思い出すわね。今のキールさん達みたいに庭のハーブ畑の前で倒れていた幼子を、ジョセフが見つけて保護したことがあるの」

 その子供がこの国の王子様だと知っても、互いの身分の隔たりに遜ることなく夫妻の対応は変わらず。クローゼは魂の故郷ともいうべき安らぎの場を手に入れ、ジョセフ亡き今も付き合いは続いている。

「どのような形であれ、困窮して敷地内を訪れた人間を拒む門はマーシア孤児院にはありませんよ」

 相手が王族だろうが脱獄囚であろうとも、人助けの基準に貴賤を設けるつもりは無いらしく、カプア家が領地を失った途端に掌を返した故国の貴族連中との落差に戸惑わざるを得ない。

(この女、本気でそんな絵空事を宣っているの?)

 得意の直感が婦人の言葉に嘘はないと告げている。今日までの一家の凋落を思い浮かべて惨めな気持ちに陥ったキールは、挑発的な態度で声を荒らげる。

「あたしらが飛行船をハイジャックして、百人以上の乗客を人質にした極悪非道な空賊一味だと知っても同じ奇麗事が言えるの、院長さん?」

 ボース地方を震撼させたリンデ号事件は世事に疎いテレサ院長も聞き及んでいる。一瞬、瞳に戸惑いを浮かべたものの、なぜか自嘲するように俯いた。

「私は駄目な保護者なので、人様の善し悪しを見極める慧眼などありはしません。つい先立っても私の至らなさが原因で、この子らを危険に曝してしまいました。こんな私に出会ったばかりの貴方たちの本質を語れる筈もないですが……」

 隣のベッドでは、ポーリィがドルンの膝上に無警戒に座り込み。クラムとダニエルが丸太のような両腕にヤジロベエ人形のようにぶら下がっている。これでは看護しているのか病症を悪化させているのか判らないが、無邪気にはしゃぐ子供らを見下ろす強面のドルンの瞳は実に優しそうだった。

「偽りの善意で私のような無知な大人は騙せても、隠された悪意を見抜く無垢な子供の目は欺けません。ドルンさんが本当の悪人であれば、この子達がこれほど懐く道理もないですし、許されざる凶行とはいえキールさん達にはそうせねばならない事情があったのでしょう?」

 テレサ自身も権力者の身勝手な悪意に翻弄された被害者の口だが、孤児院の窮地を救ってくれたのもまた円も縁も薄かった遊撃士兄妹の善意なのだ。

 だから世知辛い現実に何度裏切られようとも、彼女は自分の道を貫く。他者の真意を勘繰るよりも先に、困っている人あらば迷わず手を差し伸べるつもりだ。

「馬鹿馬鹿しい。何時か絶対に後悔するわよ、そんな甘い生き方」

 マザーテレサの菩薩の如き眩しさに目を焼かれて、キールはますます惨めになる。零れ落ちる涙の滴を隠す為に頭から布団を被りこむが、本当は既に悟っていた。

 生きざまを悔いているのは目の前の後光が射している貴婦人でなく、人としての道を踏み外した自分らの方である。彼女はこれから一家が進むべき方向を模索しなければならなかった。

 

        ◇        

 

「ジンさん、エステル。二人は最前線で敵を惹きつけて」

「おう!」「任せておけ!」

 手配魔獣(ダインダイル)と激突したジンチームは、前衛二名が揃って挑発クラフトを使い、空洋性の鰐軍団の注目を集める。

「オリビエさん。銃の方は敵の待機系クラフトを解除する時だけで、アーツでの攻撃と補助に専念して」

「ふっ、任せたまえ」

 壁役の二名が身体を張って魔獣の進軍を阻止している中に、後衛のオリビエが印を組んで詠唱態勢に入り身体を黄色に光らせる。

「さあ、行くぜ!」「応!」

 可能な限り手強い相手から潰すのが、バトルの鉄則。危険な即死能力を持つダインダイルを、その効果を発動させる前に前衛コンビの連携攻撃(チェインクラフト)で仕留める。

 取り巻きのワニシャーク数匹が宙を泳ぐように突進してくるが、オリビエの『アースランス』の詠唱が完了。近辺の地面がせり上がったので、二人は慌ててその場から飛び退く。次の刹那、魔獣の群は地べたから突き出た複数の鋭い土槍に串刺しにされ絶命する。

「あ、危なかった」

 もう少し逃げ遅れていたら両者とも巻き込まれて、モズの早贄のような悲惨な末路を遂げていた。エステルは心臓をドキドキさせながら、魔獣を貫いた棘の先端部分を指先で突つく。

「あらあら、私の出番は無かったわね」

 男衆を指揮した紅一点の司令塔当人にターンが回る前にあっさりバトルエンドとなるが、紙一重でスプラッターな犠牲者が出ていたことに気づいているのだろうか?

 ちなみにヨシュアの役割は中衛。メンバーへの戦術指示の他にも戦局全域のバランスを見回し臨機応変に介入する便利屋だが、こうまでパーティーの前後バランスが良いと何もする必要がなく手持ち無沙汰となるも、無精な少女は暇な境遇に満足しているようだ。

「最初の実戦の成果としては上々か。しかし、攻撃アーツは壷に嵌まると鬼強いけど、パーティーバトルだと今一つ使い勝手が悪いような」

 五匹もの魔獣を一網打尽にして鼻高々のオリビエを尻目に、エステルは一連の戦闘経過で明るみになった改善ポイントを指摘する。

 上手く弱点属性をつけば複数の敵を一撃で葬れる高火力の絨毯爆撃は、クラフトにはない導力魔法(オーバルアーツ)独特の魅力であるが、敵味方が入り乱れる混戦状態の戦場では範囲攻撃故に同士討ちの危険が常につきまとうも、参謀役はさほど問題視していない。

「その時は味方ごと纏めて薙ぎ払っちゃえばいいんじゃないの? うちの前衛はどちらもタフだし、より多くの敵を巻き込めたら黒字収支じゃない」

「ふっ、ヨシュア君の御命令とあらば、このオリビエ、心を鬼にする覚悟であります」

 後方担当の二人が何やら物騒な相談をしている。少数側による逆人海戦術を示唆する軍師の酷薄さに物怖じしないジンもタラリと冷汗を流す。

「そいつは勘弁願いたいな。俺もエステルも物理防御力(DEF)には自信があるから、物理攻撃ならある程度持ち堪えられるが、魔法防御力(ADF)は人並みだから、魔力(ATS)の高い楽師殿の高ランクアーツをマトモに浴びたら一撃でKOされかねん」

「そうだぜ、ヨシュア。お前自身はアーツがへっちゃらだからって、何でも自分基準で耐久力を図るんじゃないぜ」

 義妹の特異体質を皮肉りながら、作戦の見直しを促すエステルの意味深なニュアンスにオリビエが横から口を挟む。

「マイブラザー、それはどういう意味だい?」

「ああっ、ヨシュアは生まれつきADF値が高い希有なステータス持ちなんだよ」

 エステルは基本的に物理屋だが、稽古でヨシュアに討ち勝つ為に不得手のアーツに手を伸ばしてみたことがある。

 結果、小円時魔法(ヘルゲート)のダメージはゼロの上に、ご丁重に気絶の追加効果まで無効化される。逆にカウンターで喰らった下位ランクの単体時魔法(ソウルブラー)一発で体力の八割も削られてしまった。それ以降、普段は死にパラメタの魔法系数値(ATS/ADF)にも気を配るようにしている。

「なるほど、流石に裏技に特化しているだけはあるな」

 七十七の特技がまた一つ明らかになる。ジンは感心したように、彼の中でバックアッパーと位置づけた黒髪少女を見下ろす。

 それ以外にも回避率(AGL)はシャイニングポム並の上に、先例のようにアクセサリの補助効果抜きの生身で様々なステータス・状態異常への強耐性を誇るが、何分肝心要の物理防御が紙装甲ゆえに敵行動の八割弱を占める通常攻撃一発で即戦闘不能コースになるので、生傷が絶えない前衛以上に実は戦場での集中力維持に気を張っていたりする。

「それなら次の課題は、攻撃アーツの範囲内に敵だけを誘導するような前衛の位置取りについてかしらね」

 この場合、戦闘以外でスペース移動を繰り返す、所謂、オフザバトルの動きが重要になる。ただし、一朝一夕で叶う集団戦術でなく、時間をかけて錬磨する必要があるので、ブレイサーズ手帳を確認する。

 魔獣退治などの戦闘が絡むクエストは、まだ七つほど残されている。他の遊撃士チームは本戦前のアクシデントを嫌って手つけずなので、遠慮なく貴重な実戦訓練の場として有効利用させてもらおう。

 無論、演習で怪我でもしたら本末転倒なので、負傷率の高い前衛の体調管理には特に気を遣わねばならないが、本番までに即席チームで可能な陣形を一つでも多く編み出すつもりだ。

 

        ◇        

 

「ぷっはあ。やっぱり仕事の後の一杯は最高だな」

「おうよ、兄貴。身体を動かした後のヨシュアの飯は、また格別だぜ」

「ふっ、本当はヨシュア君本人を召し上がりたい所だが、それはまた次の機会かな」

 周囲が薄暗くなり本日の模擬練習を終わらせた一行は、遊撃士協会グランセル支部に帰参すると晩餐会に突入する。

 いい年こいた壮年者二名は不届きにも素寒貧。大会までの生活費は、未成年のエステル達の財布から賄われている。ただ、健啖家どもを居酒屋で好きに飲み食いさせたら出費が嵩むので、エーデル百貨店で食材を仕入れてギルドの台所で料理上手のヨシュアが自炊し、経費を削減している。

 爆釣対決の残り物を利用した魚料理の数々に一本気パスタ、仰天チーズリゾット、頑固パエリア、健康おやじ、究極肉鍋など旅の合間に身につけたレシピメニューを惜しまず投入する。エステルも含めて底無しの大食漢三人が相手だけに、大皿が次々と空になり追加注文が相次ぐ。

 戦闘中は陣頭指揮に徹し比較的楽ができたヨシュアも、引っ切り無しのお代わり要求に休む間もなく。ようやく三者の胃袋を腹八分(!)で満腹にさせた頃には、へとへとに疲れ切ってしまった。

 

「ふうっ、食った。食った。どれも絶品だが、身近な品目でいえばお好み焼きの風味は一味違ったな」

 元々関西焼きの本場は東方人街にある。共和国出身者で味道楽のジンは多くの暖簾を潜ってきたが、歴代ベスト5に入る味付けと太鼓判を押す。

「お誉めに預かって恐縮です。あくまで有り合わせの安価な食材で作った模造品ですから、旬の高級食材をふんだんに使ったエジルさんのオリジナルはこの三倍は美味しいですよ」

 商魂逞しいヨシュアは王都に出張して尚、旧バイト先のコマーシャル活動を怠らず、カトリアの婚約者のフィネルに頼んで、彼の屋台に造り置きのお好み焼きを委託販売してもらっていたりする。

 本店は更に激旨格安との広告に興味を引かれ、ツァイスへと旅立つ王都の食通は数知れず。美食家のオリビエはもちろん、お好み焼き通のジンも本国に帰国する前に是非とも店に立ち寄ろうと心に誓う。

「それでは、俺達はそろそろローエンバウムホテルに引き上げるとするか。エルナンさん、後は宜しく頼むぜ」

「はい、お任せ下さい」

 アスコットタイを結んだ高級スーツを華麗に着こなしたエルナンが優雅にお辞儀すると、酒のボトルやカクテルグラスに(ロックアイス)などがズラリと並べられて、受付デスクがバーカウンターへと早変わりする。

 ドライジン、コーディアル、氷をシェイカーに纏め入れて、手慣れた手つきで十回ほどシェイクしてグラスに並々と注ぎ込むと、薄く切ったライムを添えギムレットを完成させる。

「どうぞ……」

 丸椅子(スツール)に腰を落ち着けた異邦人達は、軽くグラス同士をキスさせ乾杯するとカクテルに口をつける。

「うおっ、こいつは五臓六腑に染み渡るぜ」

「ふっ、市販品の安酒をここまで仕上げるとは、素晴らしい仕事ぶりだ」

 ワインでさえもソムリエの注ぎ方一つでコクの差は顕著。カクテル類などシェイク捌きの巧みさで、天と地ほどの味の違いが出てくる。

 二人の賞賛振りからも、エルナンのバーテンダー振りは十分に名人芸に達しているようだ。酒のつまみにフレシュモッツアレラチーズを用意したりと気配りにも一切隙はなく、これなら安心して事後を任せられる。

「ほら、子供はもう寝る時間だぞ、ヨシュア」

 唇に人指し指を当てて、目の前のカクテルを物欲しそうに眺める不良少女の手を強引に引っ張ると、夜通しの長期戦に挑む駄目な大人たちの面倒をエルナンに託して、ギルドを退出した。

 

        ◇        

 

「それにしてもエルナンさんって、何者なのだろうな? 受付業務に就く以前の勤務先で身につけた稚技とか謙遜していたけど、案外、帝国カジノのディーラーとかだったりして…………って、ヨシュア、眠っちまったのかよ?」

 幼子のように手を引かれたヨシュアは、歩いたまま器用に船を漕いでいる。エステルは軽く嘆息すると、仕方無しに義妹をオンブ抱っこする。

 相変わらず体重の概念が感じさせずに羽毛の如く軽量だが、それ以上に背中に押し付けられた二つの柔らかな肌触りにドキマキする。

「全くどうしちまったんだよ、俺は? 今更、乳房の感触一つで、ついこの間なんて裸を見たばかり…………」

 エルモ温泉で拝んだ神々しいオールヌードが脳内に鮮明に再現される。更にドツボに嵌まったエステルは、首をブルブルと横に降る。

「ええい、とにかく今は全て忘れろ、エステル。王都での修行を終わらせて正遊撃士に昇格できたら、もう一度この意味をじっくり考えればいいだろ」

 そう問題を先送りすると、ホテル・ローエングラムにチェックインする。202号室の鍵を受け取り、ヨシュアを隣のベッドに寝かせて自分も直ぐに床に就く。

 つい先日までは自然にこなせた兄妹間の微笑ましいスキンシップの数々を性的に過剰に意識してしまう自身の変化に戸惑いながらも、エステルは悶々とした想いを強引に捻じ伏せて何とか睡魔に身を委ねるのに成功する。

 

 仮に長い武闘トーナメントを無敗で乗り切り、博士の依頼通りにアリシア女王と面談が叶ったその後に義妹への持て余した感情に折り合いをつける術が本当に見つかるのか? 色んな意味で未熟なエステルには皆目見当がつかなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。