艦隊これくしょん ~絶望の海に盾は舞う~   作:主(ぬし)

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5-4 超えた 次の イベントを目指せ!!!


紅茶と珈琲

 満身創痍の金剛が、四方八方から接近する6発の魚雷を眺めながらポツリと呟く。

 

「最期に、美味(テイストグッド)な紅茶が飲みたかったネ……」

 

 紅茶を半分ほど注がれたお気に入りのカップとソーサーが、無性に懐かしかった。

 時は1944年11月21日午前3時6分。それは華々しい航跡を刻んできた彼女が辿り着いた、まさに終焉の時刻だった。金剛はそっと目を瞑り、全力で駆け抜けてきたこれまでの人生を振り返る。後悔はない、なんて口が裂けても言えない。この海域には傷ついた駆逐艦が何人もいる。雪風、浜風、磯風、浦風。軽巡洋艦の矢矧も頑張って先導してくれていたが、受けたダメージによってその速度は蟻が這うほどに遅くなり、もはやその姿は水平線に辛うじてしがみついているほどに遠い。駆逐艦の少女たちは、金剛という大先輩の存在を心の支えにして頑張っていた。だが、突然闇夜をついて現れた敵の潜水ヨ級に対して有効な対抗手段を打てずに右往左往している。浦風は特に酷く、意識のない彼女を背におぶって逃げ惑う磯風の眦には絶望の涙が光っている。無防備同然の彼女たちを残して沈むのは、誇りある戦艦として無責任極まる。だが、踏ん張ろうにも両足に力は入らず、艦体(からだ)は徐々に左舷側に傾いでいく。射撃指揮装置は大破、魚雷発射管も副砲も機銃も、まともに動かない。いくら機関(たましい)を燃やしても、足首まで浸る冷たい海水にわずかばかりの闘志すら吸い込まれていく。無力と化した金剛は、まるで肉体が空間の一点に固定されたかのようにその場を動けず、迫る魚雷を間抜けな顔を浮かべてじっと待っている。運命に追いつかれた(・・・・・・・・・)、という奇妙な得心に金剛はふっと諦観の息を吐いた。きっとここが、艦娘としての自分に割り当てられた役どころの最後の見せ場なのだ。それにしては、なんと情けない散りざまなのか。磯風の助けを求める視線を金剛は直視出来なかった。末路が決定した金剛など眼中になくなった潜水ヨ級はさらに数を増し、雪風と浜風も散り散りに追い立てられて闇夜に溶け込んでいく。この場に残されたのは、金剛と魚雷だけとなった。こんな醜態が自分の最後の姿としてあの人(・・・)に報告されるかと思うと、情けなさに身も心も引き裂かれそうだった。

 

相済みません(フォーギブミー)提督(テートク)。ずっとお側にいるという約束、守れなかったヨ)

 

 左手の薬指に視線を落とす。一瞬だけ雲間から覗いた月光が、シンプルだが美しい金の指輪を儚げに煌めかせる。

 そして、さらにその下、真下の海面下すれすれを突進する迎撃魚雷(・・・・)をもギラリと輝かせた。

 

「ホワット!?」

 

 背後から正面へ、足のすぐ下を見たこともないほどに高速の魚雷が次々と通り過ぎる。接近する魚雷と同じ数の魚雷がまるで糸で操られているかのように一点で三々五々別れたかと思うと、それぞれが意志でも持っているかのように各自の目標を見定め、そして真正面からぶち当たった。ドドドドドドーン。巨大な水飛沫の柱が6つ、大神殿の柱のように海上に突き立った。

 不意に、発生した霧で視界が遮られた金剛の鼻孔に、潮味とはまったく異なる、こんなところに絶対にあるはずのない焦げ臭い香りが感じられた。

 

「……珈琲(カフィ)?」

「イッエ~ス!」

 

 紅茶派の金剛が毛嫌いする、泥水めいた黒豆のとぎ汁(・・・・・・)。眉を顰めて訝しる金剛の背に素っ頓狂な女の声が投げかけられる。甲高い声質は金剛にかなり似ているが、英語発音の訛りは英国式(ブリティッシュ)というより米国式(アメリカン)だ。胡乱げに振り返れば、ベールのような霧の向こう側に、やはり背格好も容姿も金剛によく似た少女がいた。金剛型戦艦特有の『金剛装束』と呼ばれる巫女のような服がよく似合っているが、振り袖は灰色で、茶色のスカートは膝下まで伸びており、金剛たちよりも硬派な印象を意識している。だが、似ているのはそこまで。艶のない銀色の艤装はどれもこれも角ばっていて、砲塔はわずかに1基のみ。口径は金剛の副砲よりずっと劣る。見るからに頼りない武装の少女は、だというのにこれっぽっちも怖じる様子もなく堂々と仁王立ちをしている。先ほどの魚雷はおそらくこの謎の艦娘によるものだろう。あれほど正確無比な魚雷迎撃が出来る艦娘の情報など、金剛は見たことも聞いたこともなかった。警戒心を剥き出しにして訝しる金剛に、珈琲の香り漂うマグカップを携えた奇妙な艦娘はむしろ喜びを覚えてニンマリと笑み崩す。

 

「もう歳なんだカラ、無理しちゃノーよ、お母さん(マイマム)

「ま、マム!?」

 

 艦齢は確かに長門より上だが、母と呼ばれるほどではない。当然の抗議をすべく口を開きかけた金剛の視界を再び霧が覆い隠し、一瞬の間を開けて潮風に吹き散らされる。

 気づけば、銀の艦娘の姿も一緒に消えていた。

 

 11月21日。その日を金剛は生き延びた。名も知らぬ、自身を母と呼んだ艦娘に助けられて。その後、金剛は戦いを生き抜き、姉妹と共に幸せに暮らした。助けられなかった駆逐艦たちのことを死ぬまで悔やみながら。

 70年後の同日、イージス艦『こんごう』から6発の07式垂直発射魚雷投射ロケットが消失したが、公にされることはなかった。救済の物語は、これで終幕(フィニッシュ)─――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ンな訳無いでしょ!!!」」

 

 

 

 安直な未来をばっさりと拒絶し、大破寸前の金剛が裂帛の気合いで前進を開始する。向かうは、逃げ惑う駆逐艦たちがいる海域だ。仲間を見捨てて己だけ生き残るなど、誇り高き戦艦の矜持が許さない。そして、その強靭な意志は彼女(・・)にも当然のように受け継がれている。

 金剛のすぐ後方、ゼネラルエレクトリック製ガスタービンエンジンの咆哮をあげて銀の艦娘が追随する。

 

「ヘイ、マム!射撃指揮は私がするネ!マムが()って!」

 

 その申し出に金剛は逡巡する。しかし、自身の射撃指揮装置は電探ごと大破しており、兵装は主砲35.6サンチ連装砲が一門残るのみ。深夜においては目を塞がれているも同然だ。選択肢は無い。

 

「――OK。けど、外したら承知しないヨ」

 

 凄みのある台詞に、銀の艦娘は不敵な笑みで返す。

 

「絶対に外さない。神の盾(イージス)の名は伊達じゃないネ」

 

 イージス?聞き慣れない言葉に眉を顰めたのも一瞬、鼓膜を叩いた複数の爆音に身構える。駆逐艦たちが戦っている音だ。複数ということは苦戦を意味している。

 

チクショウ(シット)……!」

 

 闇夜に阻まれて狙いがつけられない。頼りにしていた月光も陰ってしまった。戦艦の大砲は一撃必中を狙う兵器ではなく、夾叉砲撃によって徐々に狙いを絞っていくものだ。敵は複数、使える砲塔も残弾も残りわずかなうえ、仲間は危機的状況だ。夾叉砲撃などをしている暇はない。歯噛みする金剛の背後で突如紅蓮の光が沸き起こる。はっと振り返れば、銀の艦娘の角張った艤装が音を立てて展開し、無数の()が炎をあげて先端の突起を()り出していた。

 

「マム!旋回角85、俯角2度に全弾発射(フルファイア)して!そこに大物がいる!小物は私が片付けるネ!」

 

 仰角2度?ほとんど水平だ。そもそも、どうしてこんなに濃い闇の中で狙いをつけられるのか。温度や風力やコリオリの計算には熟練の砲手妖精だって時間がかかるのに、それをした様子もない。当たるはずがない。だが、金剛は信じた。こんな奇妙な艦娘、会ったことなどない。だが、信じるに足る何か(・・)を感じた。熱い()を、確かに感じた。

 

「「全砲門ッ!!」」

 

 35.6サンチ砲が唸りを上げて旋回し、砲門が闇に突き付けられる。銀の艦娘の艤装のVLSハッチが全て開き、獅子の如き咆哮が大気を揺るがす。

 

斉射(ファイア)!!」「発射(サルボー)!!」

 

 45口径640キロの砲弾が漆黒の闇をぶち抜き、次々と射出される無数の飛翔体が灼熱する砲弾に付き従う。今まさに雪風に迫ろうとしていた軽巡ヘ級は、予想だにしない真横からの強烈無比な砲撃を受けて考える間もなく四散した。飛翔体の群れは崩れ落ちる軽巡ヘ級に衝突する寸前で垂直方向に急上昇(ホップアップ)。空中で花火のように散開すると、駆逐艦たちに毒牙を伸ばすそれぞれの敵に直上から時速800キロで突っ込んだ。飛翔体は一発も狙いを外すこと無く深海棲艦の土手っ腹に命中し、全ての敵は一瞬の輝きを最後に海の藻屑と消えた。

 しばし呆然としていた雪風がハッとして砲弾が発射された方角に目を向ける。遥か遠方、晴れゆく黒煙の隙間に気高い白装束が見えた。間違いない。戦艦金剛だ。自身も大破寸前の身でありながら仲間の窮地を見事救ってみせた古強者の姿に、雪風は背筋が熱く泡立つのを感じた。

 

「あれ?」

 

 ほんの一瞬、雪風には金剛の背後にもう一人の銀色の艦娘(・・・・・)がいたように見えた。だが、次の瞬間には跡形もなく消えたため、見間違えだと判断した。事実、金剛もその艦娘のことは誰にも語らなかった。しかし、それまで嫌っていたはずの珈琲を嗜みだしたのは、その戦いの直後のことである。

 

 

 

 

 イージス艦『こんごう』。

 米海軍の技術供与により建造された本艦は、海上自衛隊初の高度戦術情報処理装置(イージスシステム)を備え、対水上戦闘において旧来艦とは一線を画す性能を有している。特に探知性能は極めて高く、例え漆黒の闇夜であろうと敵を見誤ることは決して無い。




これにて、この救済の物語は終わり!お付き合い感謝!!
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