年も明け、仕事が始まりだしたけれども、未だに寒い冬は続いている。
がたがたと窓が揺れ、その隙間からヒューと風が入り込んでくる。
……寒い。何故こんなにも寒いのだろうか。ていうかなんで冬という季節があるんだ……草木は枯れ、動物は食べるものがないから冬眠する。日常面でいえば雪が屋根に溜まるから落とさなきゃいけないことや、料理をするときも手が霜焼けになって痛いことなど、良いことなんてほぼ皆無だ。
雪合戦? 雪だるま作り? かまくら?
なんで雪でする必要があるんだ。泥団子でも投げ合えばいいじゃないか、土でだるまを作ればいいじゃないか、土でかまくらでも作ってればいいじゃないか! 雪で作ったところでいずれ溶けて水になるんだ。それなら年中ある土を使った方が利口的だ。
ていうかまずこんな寒い中、外で遊ぶ人達の気が知れない。炬燵でゆったりとしていた方が絶対いいでしょ。
「トオルー、そろそろ起きなさい」
「……ぅうん……」
と、僕の部屋をノックもなしに開けて入ってくる霊夢。
別にノックをしないことに対して怒るなんてことはしないよ。逆に蹴り破って入ってくるなんて事もしょっちゅうだし。
でも霊夢、そろそろ起きなさいって、今何時だと思ってるの?
「もうお昼よ。ご飯私が作ってあげたんだから早く起きてきなさい」
「……霊夢にしては珍しいね。なにか裏があるんじゃない?」
「ええ、あるわよ。ちょっと面倒な奴が来てるからあんたに相手してもらいたいの」
「ごめん、僕冬眠中だからこの場を動くわけにはいかないんだ」
面倒な相手って誰だろうか……霊夢の場合、誰に対しても面倒って言うから誰なのか見定めがしづらいんだよなぁ……だからって僕は相手にしないけどね。今言った通り冬眠中だからね! あ、冬眠ってのは正確にはずっと寝ているんじゃなくてなるべくエネルギーを消費しないように殆ど動かない状態の事を言うんだ。つまり僕が起きていて冬眠と言い張っても戯言じゃないって事だ!
「ほら、さっさとご飯食べて応対してきなさい」
「嫌だよ……昨日までの仕事で疲れてるんだ、霊夢が相手して来てよ。ていうか誰が来てるの?」
「新聞記者だそうよ。ほら、たまに取材に来てたでしょ」
「新聞記者?」
新聞記者……誰だったけ? そういえば霊夢が異変解決したときとかきていたような気が……
「ねえ、それって霊夢に用があって来てるんじゃないの? 取材とかでさ。少なくても僕に用事があるから来たって訳じゃないでしょ」
「それがそうでもないの。どうやらその記者、トオルのことも聞きたいそうなのよ」
「えー、姉なんだから霊夢が答えてよ」
「なんで本人じゃない私が答えんのよ……まあ、一応トオルのことについては色々話したけど」
「お、流石霊夢」
「でもこれじゃあおまけ欄にも入りやしない! って言われたわ。それなら帰れって言ったけど頑として帰んなくて困ってんの」
「弾幕ごっこで追い返してきて」
そう言って僕は毛布にくるまる。言うこと聞かないのなら暴力で屈服させるのが霊夢じゃないか。
「今お札切らしてるの。紙がないから」
あー、そういえば前に紙切らしてるから買ってきてって言われてたなぁ。完全に忘れてた。
「陰陽玉とお祓い棒だけで頑張れ!」
「流石にあれだけじゃ鴉天狗相手にはキツいわ」
「鴉天狗?」
「そう、鴉天狗。どっかの山に団体で巣を作って暮らしてる意地の悪い奴らよ」
新聞記者の鴉天狗、か。うん、面倒そう。会ったら十中八九面倒な目に遭う。僕の危機察知センサーがそう言ってる。
「霊夢」
「なに?」
「陰陽玉とお祓い棒だけで頑張れ!」
「無理っていってるでしょうが!」
~居間~
「嫌だ! 僕はお布団の中でゆっくりするんだ!」
「そんなこと言ったってもう無駄よ。だって着いたもの」
「あやや……これは登場早々インパクトのあるものを見せてくれますね」パシャッ
襟を捕まれ、無理矢理居間まで連れてこられた僕は、そこにいた人物をみて、初めて誰だったのかが分かった。
黒髪に紅い眼、尖った耳にいかにも天狗っぽい兜巾を頭に被っている。そして美少女。
幻想郷での実力者の殆どは女って事はもう僕の経験上分かってるから別に驚きはしない。
そんな彼女からいきなり写真を撮られてしまった。
彼女が持っているのは確か『カメラ』だったはず。森近さんの所で見たことがある。まあ、あのカメラは壊れてて、今のようにパシャッ! って音はしなかったけどね。
「この人が霊夢の言ってた……」
「そう、鴉天狗よ。確か名前は……文々丸文だったはず」
「射命丸文です! 文々。は私の新聞の名前ですから!」
と、霊夢の間違いを指摘する鴉天狗。
名前は射命丸文って言うのか……
「こんにちは、文々丸さん! 僕はトオルって言います!」
「射命丸ですって! なんで姉弟揃って間違えにかかってくるんですか……ていうかトオルくん、君わざと間違えたでしょ」
「素です」
「いや、わざとで……」
「素です」
「は、はぁ」
僕の経験上、こういう敵対心のない妖怪の場合は、下手にでない方がいい。妖怪だということで怯えた態度で接したらその妖怪の方も気分が悪くなり、あまり良い友好関係が築けなくなる。そうなれば軟弱な人間である僕にとってかなりの痛手だ。
今そこで困った顔をしている射命丸さんは間違いなく実力者だ。見ただけ分かる。
最近、僕は能力の使い方を練習をしており(冬はずっと家の中にいて暇だったから)、ちょっと注意深く見るだけで見た相手の力量を測ることが出来るようになった。
力量を見るといってもどれだけ脅威になるであろうという予測の数値だけど……だからどうしても敵対心のある者の方がない者よりも高い数値を示す場合が多い。
つまり僕の力量スカウターはまだ未完成だってことだ。いずれは脅威関係なく正確に力量を測れるようになりたいんだけど……
あ、でもその敵対心が感じられないというのに一目で実力者だと分かる射命丸さんはかなり強いのだろう。
とにかく、今この場に霊夢がいるとはいえ、射命丸さんの機嫌を損なうようなことを避けなければ!
「いつまで床に寝転がってんのよ」
「あ、そうだった」
そういえば今、霊夢に引き摺られてきたんだった。本当は布団の中で温もりたかったけど仕方ない。ここまで来たからには腹を括るしかないな。
そう決意し、僕は霊夢に掴まれていた手を払って立ち上がる。
床に引き摺られたことによる衣服についた埃をどうしようかとおもったが、そういえば4着ほど着込んでいたなと思い、その場でちゃんちゃんこを脱ぐ。
そしてその脱ぐ動作に呼応するかのように炬燵へと潜り込んだ。
「うぅ、寒い」
「霊夢さん、貴方の弟っていつもこうなんですか?」
「冬限定よ」
「なるほど、博麗の巫女の弟は寒さに弱い、と」
「そんなこと、メモ帳に書いてもなにもならないと思うんだけど……」
はっきりいって紙の無駄使いだね。僕が冬嫌いなのは紫姐さん譲りなんだから、僕のことではなく紫姐さんが冬嫌いって書いた方が何十倍も価値のある(?)情報になるだろう。
「んで、射命丸さん。貴方はこのくそ寒い中、わざわざウチに来た理由は何です?」
とりあえず本題に入る。こんな寒い中、相手に気を使うのは春夏秋の時に気を使うときの5倍は疲れるんだ。さっさと終わらせて帰らせよう。
「取材です! あ、あと文でいいですよ」
「は、はあ……それは霊夢から聞いたから分かるんですが……なんの取材をですか?」
「えぇ、そうですねぇ……」
と、考え込むように顎を擦る文さん。
…………あれ?
「まさか、なにかの取材があるって訳じゃないんですか?」
「は、はぁ……まあ、ぶっちゃけていうとその通りなんですよね。実は今回の新聞に枠が余っちゃいまして。その枠をどう埋めようかと思案してみたところ……手っ取り早くネタを仕入れることのできる博麗の巫女の所へ行こうってことになっちゃいました」
「はあ? 何いってんのあんた。それだけの理由で来るなんて迷惑極まりないわよ。こっちだって忙しいんだからさっさと帰れ」
確かに霊夢の言う通りだ。忙しいのは別として結局僕は引き摺られてそのまま来たせいで昼ご飯を食べていない。このままではお腹が空きすぎてお腹が痛くなる可能性がある。いや、でもだからといって僕も霊夢と同じく高圧的な態度に出てしまったら、さっき僕が決意したことが無駄になるから横暴な態度はとらないけどね。
「そうですか……実は私も迷惑なんじゃないかなぁって思ってたんです」
「ん?」
「仕方ありません。今回は引き返すことにします。そういえば以前に撮った写真がありましたのでそれを記事にしようと思います」
「そう、さっきは頑として帰らなかったくせに今度はやけに素直ね」
「ええ、この状況では有益な情報は得られないと思いまして」
そう言って文さんは炬燵からでて立ち上がる。
「それでは、失礼します」
そして、軽くお辞儀をする。
お辞儀なんてしなくていいのに……文さんって何気に律儀だなぁ……っと、思っていると、文さんの胸ポケットからある一枚の写真が台の上に落ちた。
「なっ!?」
「あー、今度の記事にする写真が偶然にも私の胸ポケットから落ちましたー」
「!!!」
そしてその写真は僕を驚愕させるには充分すぎるものであった。
その写真に写っていたのは、僕が霊夢に耳掻きをしてもらっている光景。
「……!」バッ
それを僕はすかさずとり、脱いでいたちゃんちゃんこの中に入れる。駄目だ、こんなのを記事にされたらこれから堂々と外を歩けなくなる。
「ん? トオル、今の写真何が写ってたの?」
「霊夢、この世の中には知らなかった方が良かったと思うようなことは巨万とあるんだ」
「だからなによ」
「これは見ない方がいい。これはあれだよ。人が妖怪にピーされてピーになった写真だよ」
「うわ……あんた、そんな写真を胸ポケットの中に入れてたの? 正直引くわ」
「なわけないでしょ!? トオルくん何出鱈目な事いってんですか!」
別にこの写真を霊夢に見られてもさして問題じゃない。
だってこの写真に写っている光景は霊夢が原因なんだから。
ていうかこの写真、いつの間に撮ったんだ? あのとき、人の気配なんて全くしなかったのに……
いや、そんなことを考えるよりもまずこの写真を出回らせないようにする方法を考えなければ。この写真をどういうふうに記事にするのかはわからないけど、こんな写真が人里にでも出回れば僕はたちまちシスコンやらお子ちゃまやら不名誉な称号を与えられるに違いない!
たぶん、僕が慌てるのは文さんの策略通りなんだろう。
わざとお辞儀をして、僕らに見えるようにあの写真を落とし、僕らに弱みを握っているんだぞと見せつけたんだ。
そうすれば早く帰れという感情を無くさせ、どう写真を処分するかという危機意識を持たせる。
そうすれば取材が上手くいくからだ。弱みを握られている今、下手に適当な事は言えない。
くっ、この新聞記者、やり手だ……! やってることは盗撮とか半脅しで屑物ばかりだけど!
「……文さんの言いたいことは分かりました。この写真を見れば僕を抱き込める腹積もりなんでしょ」
「……はて? なんのことやら」
しらばっくれてるのが丸分かりだ。いや、わざとそうしている可能性もあるな。
「はあ……分かりました。ちゃんと取材に応じます。代わりにこの写真は貰いますからね」
「承知しました!」
そう僕が言うと文さんはにんまりと笑顔を作りながら返事をし、腰を下ろしてまた炬燵の中へと入ってきた。
「なんでよトオル、折角追い出せそうだったのに」
「霊夢、人にはね、守らなければいけない“体裁”というものがあるんだよ」
「? よくわからないわ」
「まあ、気にしなくていいよ」
どうせ霊夢は世間体なんてこれっぽっちも考えて無いんだろう。だからあの写真が幻想郷中に広まったところで我関せずといった表情でいつも通り過ごせる。
くぅ、僕だってあまり人里に関わりがなかったら別にどうでもいいと思えてたのに!
「では早速始めましょうか! んーとまずは_____」
このあと文さんに30分くらい質問攻めをくらった。こういうのをインタビューっていうのかな? 中々疲れるね、これ。中々答えづらい質問とかばんばん言ってくるし。
「はい、それでは最後の質問です」
「は、はい」
「長いわねぇ。もう私、7杯はお茶飲んだわよ」
「霊夢はお茶飲んでただけでなにもしてなかったからね」
ほんと、なんで異変のことまで僕が説明しなくちゃいけないんだ。僕だって聞いたことが殆どだって言うのに。
「はい、では最後のいきますよ。
……ずばり! 姉である霊夢さんのことをどう思ってるのか! です!」
「家族です。
んじゃ、霊夢昼ご飯を食べるから温め直しに行くね」
「いってらっしゃい」
「ぐ、具体的に! 具体的にいってください! でないと一文で片付いてしまいます!」
「はあ……でもこれぐらいしか思い付かないんですが」
「ほら、霊夢さんのどこが好きでどこが嫌いなのかとか」
ん~、そんなことか。えーと、霊夢の良いところ悪いところ…………駄目だ、悪いところが多すぎる。
「んー……」
「そんなに悩む事なんですか?」
良いところ良いところ……仕方ない、あの方法で行くか。
「わかりました」
隣で呑気にお茶を飲んでるように見せかけて実は気になっている霊夢の事をどう思ってるか、それを上手く言って早く帰ってもらおう。
「霊夢は面倒くさがりだ」
「ぶふっ!?」
「うわっ!?」
思ってもないことを言われたのか、お茶を吹き出す霊夢。
それを気にせず僕は続ける。
「デリカシーもない。全然信者を増やそうとしない。食いしん坊。すぐ怒る。自分の洗濯物すら僕に洗わせる。茶葉の消費量が凄まじい。僕の隠しているお菓子を勝手に食べる。」
「ちょ、トオルくん!?」
「へ、へぇ。ずっとそう思ってたんだ……」プルプル
あ、やばい。霊夢がキレそうだ。
違うんだ。確かに悪口を言ったけど、これは単にこれからいうでっかい良いところを言って上手くまとめる布石でしかないんだよ。
「でも……」
「でも!」
よし、これで霊夢の良いところをいえば! いえば! ……いえば…………いえば? あれ?
「……」
「あれ、トオルくん?」
あれ? ど、どうしよう。思い付かない。
やばい、このままじゃ悪口を散々いっただけになってしまう。
それをスルーできるほど霊夢の堪忍袋は大きくない。もうぱんっぱんに怒りが溜まってるだろう。もしかしたらもう切れてるかも。
「ああ、えぇとそのー、あれですね。つまり霊夢は悪いところは多いんですけどねぇ」
「は、はい!」
「……」ゴゴゴゴゴ
「ん~と、その~……」
うわー、霊夢の背中に修羅が見えるー。やっちゃったなぁ。もう少し考えて答えるんだった。
「……」
「……」
「……」ゴゴゴゴゴ
沈黙。僕ら三人の間に痛い沈黙が続く。はやく、はやくこの息が詰まりそうな沈黙に終止符を打たねば!
ないのか、この事態を凌げる最善の策は……なにか、なにか……!
「……」バッ
そう頭を抱えていると文さんが勢いよく立ち上がった。
何事かと見てみると、文さんは自信に満ち溢れた、余裕のある顔になっていた。まるで私に任せろと言わんばかりに。
ま、まさか文さん、この状況を打破できるようなフォローをしてくれるというのか!?
「文さ……」
「それでは、私はこれぐらいでおいとまします。今日はどうもありがとうございましたー」
そう言って目にも止まらぬ速さで建具をぶち破り、部屋を出ていく文さん。
……。
…………。
………………あの野郎。
「……」
「なにか言い残すことはない?」
建具を破られたことにより、外気が容赦なく部屋に入り込んでくる。
いつもなら炬燵の中に潜り込んで寒さを凌ごうとするけど、今は違う。
こんな状況で寒いなんて言ってられる訳がない。
死ぬ、殺される、姉に殺されちゃう!
「霊夢、あれはほんの冗談……」
と、少しの可能性にすがるように命乞いをしようとした瞬間___
「問答無用!!」
霊夢の怒号が部屋に鳴り響いた。
このあと、なんとか霊夢の良いところを思いだし、お祓い棒を振り回してくる霊夢を宥めることができた。
あ、危なかった。あそこまで霊夢が怒るなんて……
やっぱりあれだよね、身近な人の良いところって、近くにいすぎて忘れてしまうもんだよね。これからはもっと関心をもって霊夢に接することにしよう。
……とりあえずあの鴉天狗が二度と来れないよう、鴉避けの道具を境内中に仕込んでおこうかな。