殻が所々に散らばる卵料理を食べ終え、居間に一時の安穏な時間が流れる。
霊夢はお茶を啜り、僕は煎餅をかじりながら縁側を眺めていた。
「今日のお茶は中々ね。茶葉もさることながら煎れ方も上手い。きっと煎れた人は天才ね」
安い茶葉を自分で煎れて飲んでる姉が何か戯れ言言ってる。
「ところで霊夢、さっきの___」
「あっ、トオル、その煎餅美味しいでしょう。実はそれ、私が作ったのよ。」
「えっ、ほんとに!?」
「嘘よ」
一瞬ほんとだと信じてしまった自分が恥ずかしい。
くっ、霊夢なんかに騙されるなんて屈辱だ。
「とてつもなくしょうもない嘘吐いたね。見損なったよ」
「元から見損なうほど敬ってないでしょ」
「あっ、ほんとだ」
「そこは否定しなさいよ!」
いや~、だって、ねぇ? 霊夢だし。異変時以外は基本的に神社でお茶啜るか昼寝しかしてないしーー最近は里にも顔を出してるようだけど。
そんな準駄目人間を敬えなんて無理がある。
「あのさ、さっきから無理矢理話題を変えようとしてる魂胆が見え見えだよ。失言を無かったことなんかに出来やしないんだからいい加減観念したら?」
「……」
このままだと埒が明かないと早々に判断した僕は、霊夢の下手な話題変換を咎める。
失言___僕の記憶を失った原因。
僕をあの崖から放そうとつい霊夢が花畑に住まう妖怪に対して放った発言。
もし突き放そうとしたかったならばただ単に危険因子が迫って来ているからと貫き通せば良かったのに、僕が粘るあまりつい出てしまったであろう本音だ。
この好機を逃せば二度と記憶を失った理由を聞き出すことができなくなる気がする。
「……紫が来てから。話はそれからよ」
「紫姐さん?」
やはり紫姐さんも関係しているということか。
まあそうだろう。僕が幼い頃の育て親は紫姐さん(藍さん)だ。僕の異常を把握してない方がおかしい。
「話が違うじゃないか」
「あんたは『あとで教えて』と言ったはずよ。話は違わない」
それにしても紫姐さんが来てからなんて……あの人はほんと気紛れでしか現れないからなぁ。たまに適当に呼んだら現れるけど。だが、たまに僕達の様子をスキマ越しから見ている。今のやり取り、もしくはあの崖でのやり取りを覗かれていたら、僕の呼び掛けでは紫姐さんは現れないだろう。
何故なら僕に秘密を隠していた一人なのだから。
「どんなに隠そうとしたって無駄だよ。最悪あの花畑に行ってでも確かめるから」
「だから私は紫を呼べっていってんの。別に時間稼ぎをしようとしている訳じゃないわ」
「えっ」
てっきり言い訳を考えるための時間稼ぎだとおもってたんだけど。
「私もあいつに口止めされてる口だから。なんで隠そうとしているのかはわからないけど、あいつがどうしても隠そうとしてたからこれまで黙ってたのよ」
「どうしても隠したかった?」
記憶を失った理由がそこまで大変なことだったて事なのだろうか。
「ならどうしてそれを正直に教えようと気になったの。適当な嘘をつけば済む話じゃないか」
「そろそろあんたも自分の事を知ってもいいと思ったからよ。本当はもう少し先にと考えたけど、この際教えてしまってもいいと考えたの。
それにたいした記憶でもないし」
「たいした記憶でもないのに隠される僕の気持ち……」
それならなんで紫姐さんは隠したがっているんだろう。特に理由もないって訳ではないだろうけどーー霊夢もそれを考えて今言わないんだと思うし。
「さっ、お風呂に入ってさっさと寝るわよ」
これ以上霊夢から引き出せそうもないな。霊夢もそれが分かって話をとぎった。
それにもう夜更けに近い時間帯だ。いつもならとっくに布団に入ってる。
「沸かすのは……」
「お願いね」
まあ、話を聞くためにこんな時間まで居間で粘らせたのもあるし、大人しく沸かそうかな……霊夢が渋ってたから僕も粘ってた気がするけど。
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トオルが湯を沸かしに出ていった居間には、お茶を啜る霊夢の他に、もう一つの影が姿があった。
「霊夢、やってくれたわね」
「いずれ知ることでしょ」
スキマから上半身だけ乗り出した人物___八雲紫の声は怒りを覆い隠すように震えていた。
「だとしてもよ」
「なんでそんなに怒ってんのよ。紫にしては珍しい」
霊夢は紫が怒っている理由が理解できなかった。
それもその筈、霊夢はトオルの
「真実を話して、あの子に記憶が戻ったりでもしたらどうするのよ」
「別に構わないでしょ」
「あの子の存在が消えてもそれを構わないと言い切れるかしら」
紫のその発言をした瞬間、霊夢の眼が変わった。
「あんた、トオルを始末する気」
明らかな殺意、育て親に向けるべきでない殺意の眼差しが、紫に向けられていた。
しかし、妖怪の賢者である紫は全く動じることもなく、話を続ける。
「始末なんてするわけないじゃない。する理由もないし、あったとしても絶対にしない」
「だったら……」
「あの子の能力はあらゆるものを避ける___
___たとえ、自分の存在であっても」
「!! ……何が言いたいのよ」
「そのままの意味だけれど」
突如として放たれた衝撃の発言に固まる霊夢。
「(自分の存在を、避ける……? どういうこと。それとトオルの記憶に何の関係があるの……)」
考察の波にのまれる霊夢の脳。
そして数十秒の時を経て、一つの仮説を導き出す。
「……まさか、自分で自分の存在を消すって言いたいの?」
「そういうこと」
あっさりと肯定され、顔がひきつる。
___存在を消す。あのトオルが……?
「トオルに自殺願望があるってことなの! ていうかなんでそんなことを私に言わなかったのよ!」
「いえ、そういうわけでは___」
疑問が山のように出来た霊夢は怒号に近い声音で紫の服の襟首を掴んで攻め立てる。
それを宥めようと紫が何かを発そうとした瞬間、
「霊夢~、お風呂沸いたから入ってもいいよー」
と、外からトオルの声が聞こえてきた。
「……取り敢えず、私はもう行くわ」
「次会ったらちゃんと説明しなさいよ」
「また会ったらね。兎に角、これ以上トオルに過去の事を探られないように」
そう言い残して紫はスキマの中へと姿を消した。
「ねぇ霊夢、返事はするのが常識だと思うんだけど」
程なくしてトオルが縁側から顔を出す。
「そうね、ありがと。お言葉に甘えて一番風呂頂くとするわ」
「一番風呂はいつものことでしょ」
軽口を言い合いつつ、霊夢は下着の替えを取りに自室へと向かった。
縁側の先から聞こえる虫の声以外何も聞こえない静寂が訪れ、居間に一人残ったトオルは一息つく。
「あ~、疲れた」
畳に倒れ、だらしなく仰向けの状態で大きな溜め息をついたトオルは、そのまま目蓋が重くなるのを感じていた。
「駄目だ駄目だ。このままじゃ寝てしまう」
いつもならとっくに布団の上で寝息をたてている時間。トオルの身体が眠気を訴えるのも無理はなかった。
「水で顔洗ってくるか____んっ?」
上半身を起き上がらせ、頬を叩くトオル。
その時にある物を発見したトオルは、それを手に持って目の前まで持っていく。
「金髪の抜け毛……?」
___魔理沙の髪の毛だろうか。
と、トオルの脳裏に過ったが、すぐにそれは否定された。
何故なら、今日買い物に行く前に部屋の掃除をしていたからだ。
特に居間は客人をもてなす際にも使われる場であるため、他の部屋よりも念入りに掃除されている。今日一度も来ていない魔理沙の髪が落ちているとは考えにくい。
それに___
「そういえばなんかさっき霊夢が叫んでたような気がする。それにさっきと違う匂いが少しするし……嗅いでて落ち着くような、そんな匂いが……」
髪の毛だけでなく、他の不審点も見つけるトオル。さながら探偵のような観察力だ。
そして___
「もしかして、紫姐さん……?」
いとも簡単に、真相へと辿り着いた。