東方姉弟録~もし霊夢が姉だったら~   作:エゾ末

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55話 呼び覚まされる記憶

 

 

 人里から少し離れた獣道を、僕は行き場所も教えられぬまま、“二人”の後ろを歩いていた。

 

 

「貴方達のせいで私まで出入り禁止食らっちゃったじゃない」

 

「まあまあいいじゃないさ。彼処にはお酒がなかったんだよ? あんな店行く価値なんてないよ」

 

「貴女の価値観で語らないで頂戴」

 

 

 一人は立派な二本角を生やした鬼、萃香。そしてもう一人、萃香が言っていた”風見幽香“という女性だ。

 

 

「でも良かったよ。最終手段として残していたあんたが、そっちから現れてくれるなんて」

 

「最終手段? 鬼でも手に余る強敵でも出たの?」

 

「そんな奴いたら会ってみたいね」

 

「いるわよ、ここに」

 

「おっ、喧嘩売ってる? 安く買ってあげるよ」

 

 

 今にも殺し合いに発展しそうだが、二人からは殺気を感じない。ただの挑発しあってるだけだ。

 

 

「!!」

 

「ふんっ!」

 

 前言撤回、殺し合いに発展しそう。

 殺気はないが、どちらも手を振るだけで人間を殺傷するだけの力をもった実力者であるのは間違いない。

 それはつまり、殺気を持たずとも戦ったとて、殺し合いになり得ることは充分にあり得るということだ。

 お互いに拳が顔面を直撃しているが二人ともニヤリと笑い、口の端から血が零れる。

 

 

「あれ?」

 

 

 本格的に闘いが始まるのではと危惧した僕はこの場を離れる体勢をとっていた。

 だが以外にもお互い拳を引っ込め、何もなかったようにまた歩き始める結果となった。

 

 

「ねえ、貴方に聞きたいことがあるのだけれど」

 

「え、あっはい。なんでしょう」

 

 

 そんな中、口から零れた血を拭きながら幽香さんが此方を見て話しかけてくる。

 

 

「貴方、私の事本当に憶えてないの?」

 

「あ~、はいそうですね。会った事があるって事だけははっきりと分かるんですけど、いつどのように会ったかとかはさっぱりです」

 

「そう。やはりね」

 

 

 何かを確信したように頷く幽香さん。

 なにがやはりなんだろう。幽香さんは僕が最初から僕が記憶がないことを知っていたということなのか。

 

 

「恐らく紫に忘却の印を施されてるわね 」

 

「忘却の印?」

 

「封印の一種よ。対象の記憶の一部を封印して忘れさせる類いのものね。解くには封印された記憶の中で最も強烈な出来事を体験させること」

 

 

 忘却の印……。これまで聞いたことのない名前だ。

 それにしても強烈な出来事、ねぇ。

 いつの段階で紫姐さんは僕に封印を施したのだろうか。

 それが分かれば、今幽香さんが言った“記憶の中で最も強烈な出来事を体験する”という目的に近づく事ができるというのに。

 そうすれば紫姐さんが何故隠そうとしたのかも分かる筈。

 

 

「えっ、強烈な出来事ってそれ……」

 

「んっ? 何萃香。 何か思い当たる節でもあるの?」

 

「ええ、それももう見当がついてるわ」

 

「ええ! そうなの!?」

 

 

 いつ封印を施したのとか色々これから調べなければならないな、と思考を張り巡らせ始めた側からまさかの回答。

 見当がついてる、ということはつまり、僕が記憶を失う前にした強烈な出来事に幽香さんも立ち会っていたということなのだろうか。

 

 

「あら、丁度ついたわね」

 

「ここは___太陽の畑?」

 

 

 行く先も分からないまま歩いていたが、到着した場所はまさかのこれまでに何度か遠目で花見に来ていた太陽の畑であった。

 

 

「ちょっと待って。ここには近づくなって紫姐さんと霊夢にキツく言われてるんだけど」

 

 

 そう、ここはいわば紫姐さん情報では危険区域の中でもトップクラスにあたる場所だと言い聞かされている。

 とんでもない妖怪がよく出入りしていて、見つかれば四肢は裂かれ内蔵を引き出された後に向日葵の肥料にされるとか。

 

 

「あら、真実が知りたくないの?」

 

「うっ、でも言い付けは守らないと」

 

「なに良い子ぶってんのさ。

 その二人は今ここにはいないよ。なあに大丈夫だって。もしもの時は私が守ってあげるから」

 

 

 萃香にがしがしと背中を叩かれ、太陽の畑へ入るよう促される。

 確かに今僕の危機察知センサーは作動していない。

 もしかしたらだけど恐ろしい妖怪は今この畑にはきていないのかもしれない。

 今がチャンスなのではないだろうか。ここの出入りを禁止した紫姐さんは今いない。僕や萃香に見つからないよう用心しているだろうから隙間で此方を窺うようなこともしていない筈だ。

 それに霊夢も僕を監視するような事はしていない。

 恐ろしい妖怪がいない今なら、向日葵畑へ入り記憶を取り戻す手掛かりを見つける事ができるかもしれない。

 

 そう思案した僕は幽香さんの顔を見て、

 

 

「わかりました。行きましょう!」

 

 

 と、元気よく応答した。

 

 

 ___その時後ろで萃香が心底馬鹿を見たようににやけていたことに僕はまだ気付いていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

「さあ、確かこの辺りだったわよね」

 

「こんな開けた場所があったんだ」

 

 

 太陽の畑の一角、遠目では分からないほど小さな平地に僕達は来ていた。

 

 

「それで、僕が記憶をなくした手掛かりというのは?」

 

「そう焦らないで。少し昔の話をしましょう」

 

 

 そういって幽香さんは、いつの間にか携えていた日傘を差し、僕に背を向ける。

 少し昔の話ね。うん、妖怪さんの少しはあてにならないんだよね。少しというがピンキリだ。一年から何百年と人によって違う。

 果たして、幽香さんは何年前の話をするつもりなのだろうか。

 

 

「ある日、私がいつものようにここでこの子達の様子を見ていたの。そう、この向日葵よ」

 

「向日葵を?」

 

「この子達の成長は私の喜びでもあったわ。まだ芽が出始めてから知ってるから、もう親の視点からこの子達を見てしまうぐらいね」

 

「そ、そうですか……花がお好きなんですね」

 

 

 雰囲気からして妖艶、というか不気味な感じが滲み出ているイメージだったが、花が好きという実に可愛らしい趣向の持ち主だったとは。

 人は見かけによらないってことだね。

 

 

「花が好きなのは当然だよ。幽香は花妖怪だもん」

 

「花、妖怪……?」

 

 

 幽香さんの不気味なイメージが払拭されつつあった最中、萃香から引っ掛かるワードが飛び出した。

 花妖怪……何処かで聞いたことある名前だ。

 

 

『あの花妖怪の猛攻を避けきったんでしょ?』

 

 

 僕の脳裏にある言葉が再生される。

 これも萃香の言っていたことだ。確か少し前に霊夢との会話で出てきていたはず。

 

 

「そんな平穏な日々を送っていた私に現れたの、ある人物が」

 

 

 幽香さんが花妖怪、そしてその花妖怪である幽香さんの猛攻を避けきった実績があるという僕。

 勿論僕にそんな記憶はない。

 

 

「その人は私に向かって不躾に闘えと言ってきたわ」

 

 

 だが、幽香さんの発言する度に少しずつ、ぼくの頭の中でヒビが入っていく感覚に見舞われる。

 

 

()は強かったわ。私の攻撃を全てかわし、お見舞いに何度も私に攻撃を加えてきた。あれほど苦汁を呑まされたのは初めての経験よ」

 

 

 朧気にだが、少しずつ流れ込んでくる情報は、やはり記憶にないものばかり。その記憶の中には緑髪の女性に霊弾を当てている僕の姿があった。

 もしかして、幽香さんの話している()とは____

 

 

「もう分かるわよね? 貴方の態度で分かるわ。

因みに私、借りは絶対に返すタイプなの。

 あっ、そうだ。次は私が言う番よね」

 

 

 僕の危機察知センサーは反応していない。

 だが日傘を閉じた幽香さんは明らかに臨戦態勢へと移り、禍々しい妖力を己に集中させていく。

 なんでだ、なんで僕の足は動かないんだ! 

 こんなにも震えているのに。逃げなければ待っているのは確実な死であるというのに。

 

 そんな葛藤をしている僕を差し置き、幽香さんは、閉じた日傘を此方に向け___

 

 

「ねえトオル。私と戦いましょう?」

 

 

 ___特大の妖弾を放った。

 

 その瞬間、僕は眼を閉じるのと同時に()()()()()()()()()()がした。

 

 

 

 

 

 

「……危ないわね」

 

 

 僕へ着弾するはずであった妖弾は、いつまでも僕へと到達しない。

 恐る恐る眼を開けると、そこには一際大きな紫姐さんのスキマが出来ていた。

 

 ああ、危機察知センサーが反応しなかったのは、これが理由か……

 

 

「いきなり攻撃してくるなんて酷いじゃない幽香」

 

「あら、私は貴女に当てようとした訳じゃ……あれ、私今誰に攻撃しようとしたのかしら」

 

「紫姐さん!」

 

 

 スキマが閉じると前には見覚えのある後ろ姿があった。

 

 紫姐さん! なんてタイミングで来てくれたんだ!! やっぱり紫姐さんは最高だよ! 

 

 僕の発言に気付いたのか、紫姐さんは僕の方へ振り向く。

 しかし僕の目にはこれまでに紫姐さんからはされたことのない、怪訝気な眼で睨み付けられていた。

 

 

「えっ、何か悪いことをした? あっ、いや太陽の畑に入ったことは謝るよ。でも紫姐さんが隠れたのが悪いんだからね」

 

「…………」

 

 

 そんな眼で見つめられると何も反論が言えなくなる。

 恐らく相当ご立腹なんだろう___

 

 

「貴方、誰?」

 

 

 ____________えっ?

 

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