東方姉弟録~もし霊夢が姉だったら~   作:エゾ末

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57話 追憶の末 中

 

 

 トオルが霊夢の修行に加わってから早半月の月日が流れていた。

 辺りは紅葉に包まれ、気候も随分と涼しくなっており、修行にはもってこいの環境である。

 

 

「こんなこともできないの? ほら、休んでないで霊力操作を続ける」

 

 

 霊夢の修行といっても、霊夢はもう紫の実戦での過程を修了しており、今は専ら座学に力を入れられている。

 そんな延々と座って教授されるストレスを発散するべく、霊夢は自習中のトオルに茶々を入れていた。

 

 

「はあ、はあ、はあ……ふぅ。ねえ霊夢」

 

「休むなって……何?」

 

 

 茶々を入れる霊夢を無視し、自習から一旦休憩をとるトオル。

 

 

「今日の夕飯里芋の煮付けらしいよ。楽しみだよね」

 

「ええ、そうね。藍の作る里芋の煮付けは味付けが他と違うから食べてて飽きないわ」

 

「どんな料理にも油揚げがあるのは少し気になるけどね」

 

「油揚げが好きなだけよ。藍は生粋の油揚げ信者だから」

 

「ん、呼んだか?」

 

「ほら、油揚げと言ったら自分のことだと勘違いしてきたわよ」

 

「油揚げがあればなんでも解決すると思ってそう」

 

「なんか通り掛かりに酷い言われようなんだが!?」

 

 

 買い物帰りに子供二人に良い様に言われ、泣き目になって去っていく藍。

 そんな姿を見てトオルはばつが悪そうに頭を掻く。

 

 

「悪いこと言っちゃったかなぁ。後で謝らないと」

 

「別にいいでしょ。あれぐらいでへこたれてたら紫の式なんて務まらないわ」

 

「紫姐さんも理不尽だからね。もう少し藍さんに優しくすればいいのに」

 

「うぐっ」

 

「あれ、霊夢なんか言った?」

 

「言ってないわよ」

 

 

 後ろの方向からダメージを受けたかのような声が聞こえたが、霊夢とトオルの回りに人影は見当たらなかった。

 二人はお互いに顔を見合わせ、疑問符を頭に浮かべたが、特に気にする様子もなく話を戻した。

 

 

「さっ、無駄話もこれくらいにして修行再開しなさい。私も暇じゃないんだから」

 

「日頃のストレス発散したいだけでしょ……」

 

 

 因みに、この日に限り紫が藍に対して比較的優しくなったことを此処に記しておく。

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 夕飯時____

 紫家に並ぶ食卓はいつも油揚げが多い。

 里芋の煮付け然り、小松菜のおひたし然り、お味噌汁然り、主菜のみならず全ての料理に油揚げがふんだんに使われていた。

 そんな光景は紫家では当たり前になりつつある現在では、誰も突っ込むこともなく、淡々と口に油揚げを運んでいく。

 

 

「最近、幻想郷で妖怪狩りをしている輩がいるそうね」

 

 

 そんな食卓の最中、新聞を片手に食事を摂っていた紫が、その内容で気になった話題を口に出す。

 

 

「ああ、天狗の新聞でありましたね。ここ数週間のうちに悪さする妖怪らを退治して回ってる者がいるとか(あぁ、油揚げ。なんで貴方はそんなに美味しいの……)」

 

「本来は博麗の巫女の役目を、一体誰がこんなことをしているのかしら」

 

 

 現在、紫の言う博麗の巫女は空席となっていた。

 本来は現役の博麗の巫女が後継者の選定・育成をする筈であったのだが、当代の巫女は非常に人付き合いが悪く、紫が様子見に来たときには参道の道端で倒れ伏す妖怪の前で出血死していた。

 その遺体には無惨にも背中から切り裂かれており、不意討ちを食らいなんとか妖怪は倒したものの治療が間に合わず息絶えてしまったものであると紫は推測していた。

 

 

「私としては今後やらなきゃいけない仕事が減って助かってるわ」

 

 

 結果的に次の博麗の巫女は空席の状態となり、選定・育成も幻想郷の賢者である紫がする羽目になってしまったのだ。

 

 

「私の前に現れたらこてんぱんにしてやりますよ!」

 

「橙、お前は一時の間外出禁止だ。善悪問わず無差別に妖怪退治している輩かもしれないからな(可愛い橙のために油揚げを確保してやろう)」

 

 

 食事が進む中、話題は謎の妖怪退治屋に持ちきりだった。

 紫も知らないとなると、相当な実力者であるか、隠密に特化した者のどちらかであろう。

 

 

「それで悪い妖怪が減ればいいんだけどね」

 

「それは難しいかもしれないわね。妖怪は基本、人の穢れと想像から出来ているもの。しかもその想像の大半は恐怖からくるものなのよ。妖怪は人間に存在を否定されれば消えてなくなる存在、だから妖怪は人間を襲うの。己の存在を示すためにね。まあ、例外は結構あるのだけれど」

 

 

 妖怪は存在が認知されているうちは現存し続ける。

 一度退治したとしても忘れられさえしなければいくらでも増え続ける。特に鬼が良い例である。様々なお伽噺に登場する鬼は殆どが退治されてはいるが、現在をもってなお現存する鬼が存在している。

 いわば信仰心を糧とする神と似かよった面があると言っても過言ではない。

 

 

「だからこの幻想郷には人間と妖怪のバランスを保つための管理者が必要なの。それの中枢を担うのが博麗の巫女なのよ」

 

「私にそんな役割担えって言われてもね。私は自分ができる分しかしないわよ」

 

「霊夢なら片手間で出来るわよ。貴女はそれほどまでに力を付けている」

 

 

 そう、と淡白な返事をしながらお味噌汁を吸う霊夢。

 紫もやれやれといった感じで食事に戻り、暫しの間夕飯を口に運ぶ音だけが部屋内に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

「藍さん」

 

「んっ、なんだトオル? 難しい顔して。お腹でも痛くなったかのか?」

 

「痛くないよ」

 

 

 食事を終え、皿洗いを藍とともにこなしていたトオルが、神妙な顔つきで藍に話しかける。

 

 

「あの新聞の人、実は僕なんだ」

 

「……はっ?」

 

 

 藍は一瞬、トオルが放った衝撃の事実を受け止められないでいた。

 それを証明に持っていた皿を落とし、ぱりんと音を立てて破片が床へ散らばる。

 

 

「な~に? 皿でも落としたのー?」

 

 

 部屋を跨いで紫の声が聞こえてくる。

 その声を聞いてはっと藍が正気を取り戻し、己の仕出かしてしまった失態に慌て始めた。

 

 

「紫姐さんごめん、間違えて皿落としちゃった。怪我はしてないから大丈夫だよ」

 

「あらそう、危ないから破片は藍に取ってもらいなさいね」

 

 

 そう言って煎餅をかじる音が聞こえ始める。

 その後、霊夢と残りの一枚をどうするか口論になっていった。

 

 

「トオルすまん」

 

「いいよ、藍さんが皿拭いてる時に言っちゃった僕も悪いし」

 

 

 手袋をし、淡々と皿の破片を拾い始めるトオル。

 

 

「紫様に言われただろう。私がやる」

 

 

 藍も手袋をして破片を拾い出すが、トオルは一向に手を止める気配がない。

 その姿を見て、藍が注意しようとしたよりも先に、トオルが口を開く。

 

 

「藍さんは僕が紫姐さん達の目を盗んで妖怪退治してたって聞いてどう思った?」

 

「……」

 

 

 顔を軽く伏せ、言葉が詰まる藍。

 まさか一緒に暮らしてきたトオルが、紫や自分の目を盗んで妖怪退治をしていたなんて夢にも思っていなかったからだ。

 

 

「トオル、本当のことを言っているのか? 私はまだしも紫様の目を掻い潜って妖怪退治なんてそう易々とできるはずないだろ」

 

「それがそうでもないんだ。僕が悪さをしている妖怪を退治にいこうとしたときは大抵、紫姐さんや藍さんは僕に気付くことはないんだよ。原理? はわからないけどね。何故か今日は霊夢に見つかっちゃったから妖怪退治に行けなかったけど」

 

 

 トオルの発言にどうしても現実味を持つことの出来ない藍は、首をかしげてしまう。

 己は兎も角、妖怪の賢者であり、トオルに目を付けている紫を出し抜くのは、どのような者であれ不可能に等しい行為である。

 それを容易く行っていたと言われても信じ難いのは、これまで何千と時を紫の下で過ごしてきた藍には無理もない話であった。

 

 

「別に信じなくてもいいよ。紫姐さんに報告してもいい。でも僕はこれからも妖怪退治を続けるよ」

 

「……トオル、聞きたいんだが、なんで妖怪退治をするようになったんだ?」

 

 

 妖怪退治を行っているということは未だに信じきれてはいないが、何故トオルが危険を侵してまで妖怪退治をするのか、藍にはそれが一番の疑問であった。

 

 

「だって、霊夢は悪い妖怪を退治するのが仕事なんでしょ? それなら、霊夢が妖怪退治をする前に僕が退治しちゃえば、霊夢は怪我せずに済むでしょ」

 

「トオル……」

 

 

 霊夢のため。

 その為だけのためにトオルは自らを危険な目を遇わせてでも妖怪退治を行っていたという事実に、藍は叱咤の声がでなくなる。

 ただ力をつけたことを誇示しようとしていたわけでも、ただ未知の力に対する探求心のために強くなろうとしたわけではない。

 トオルの発言には、ただたった一人の姉を護ろうとする意志が伝わってくる。

 だからこそ、藍は口をつぐませたのだ。

 

 

「トオル、何故私に今そんな事を言ったのかは分からない。だが、この事は紫様に報告させてもらう」

 

「うん」

 

 

 特に気にすることもなくトオルは割れた皿を拾い終え、皿洗いを続ける。

 その姿にすら疑問を隠せない藍は、一先ず作業を止め、紫のいる部屋へと行こうとする。

 

 ____その時、藍に一つの異常が起きた。

 

 

「____あれ、私は今何をしようと……」

 

「どうしたの、藍さん」

 

「トオル、私は今何をしようとしたんだ?」

 

「皿洗いでしょ」

 

「ああ、そうだった。私も大分呆けてしまっているようだな。気を付けなければ」

 

 

 その姿を見てトオルは、やはりといった表情でニヤリと笑っていた。

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