あれは、いつだったか。
僕の呂律が割りと回るようになった時ぐらいの出来事だった。
「あんたなんて家族じゃない!!」
「霊夢!」
もう種類までは憶えてはいないけど、霊夢が取っておいたお菓子を僕が間違えて食べてしまったことがきっかけだったと思う。
「だってそうでしょ! ____!! _」
「だからといって____! _」
紫姐さんが霊夢の発言を咎め、言い合いをしていたが、その時の僕の頭には何一つとして入ってはいなかった。
たまーに霊夢のデリケートな話を土足で踏み荒らすような発言はあったし、此時もそのうちの一つに過ぎない。
_____霊夢にとっては。
なんというか、タイミングが頗る悪かったんだろうね。
その日は紫姐さんに、僕と霊夢に血が繋がってないと教えてもらった日だったんだ。
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「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」
「ふふっ、中々に楽しめたわ」
まるで勝者のような口ぶりだが、勝者は私だからな……!!
そう言い返したい気持ちは山々だが、生憎今は呼吸を整えることを優先させてもらうことにしよう。
「それにしても魔理沙貴女、いつもよりも気合の入った様子だったわよね。そんなに楽しかった? 私とのランデヴー」
「はあ、さあ、な」
気合が入ってたかどうかは知らんが、何故かこの戦いは負けちゃ駄目な気がした。
決して楽しかったからじゃない。決して、ほんと。
ていうか幽香の奴、ボロボロだってのに平気そうにしてむかっ腹が立つな。
茶葉の中に毒茸を粉末状にしたやつ入れてやろうか。
「それじゃ、アフタヌーンティーでも決め込みましょうか。約束通り、私の知ってる情報を教えてあげるわ」
「出来れば、紅茶ではなく水を所望するぜ……」
「あら、貴女ならがめつくお高い茶葉を寄越せとでも言うのかと思ってたわ」
「はあ、はあ……んじゃ、それも後で頂く」
「本当、貴女」
貰えるものは貰っておく。それが私の定義だ。
自分から言ったってことは、私がその発言をしたら出してくれていたってことだろ?
最悪茶葉だけもらって後で売ってしまおう。
ーーー
「私が知ってるのはこのぐらいよ」
「おいおいおいおいおい、幽香さんや。ほんとにそんぐらいか? まだあるだろうに、勿体ぶらないで吐いちゃったほうが楽になれるぜ」
「これで全部よ」
アフタヌーンティーを決め込みながら、幽香が知っているという透明人間の情報は、既知の内容が殆どであった。
唯一知らなかった内容は数年前にも戦った記憶があり、歯痒い思いをしたというものだけ。
それ以外はスキマ妖怪から仕入れた情報ばかり。
完全にやり損だ。
風見幽香と一戦交えて得た報酬にしてはひもじ過ぎる。
例えるなら、ラスボスを倒して得たものが名誉でも地位でもなくひのきの棒だった時ぐらいちゃっちい。
「んーと、言っちゃ悪いが、これぐらいの情報だと、風見家にある高級茶葉を軒並み頂くことになるぜ?」
「確か霊夢と紫が仲裁に入ったって話はしたわよね」
「んっ? それがどうしたんだよ」
仲裁に入ったっていうのは少し驚きだったが、この前の二人の様子じゃ憶えている雰囲気ではなかった。
だから問い正しても無駄。どうせ知らないで通される。
「あの時、二人以外の気配があったのよ。確かあれは……萃香」
「萃香?」
萃香って言ったら暇つぶしに幻想郷中に自分を散らして観察してるストーカーじゃないか。
「んでも、そうか。ストーカーなら透明人間の情報を何かしら持っていても可笑しくはないな。でかした幽香! 仕方ない、茶葉は今飲んでる種類だけで勘弁してやるぜ」
「……萃香、酷い言われ様ね。あと、茶葉はあげないわよ。作るの結構大変なんだから」
なんだよ、ケチ臭いな。折角全力で相手してやったんだからそれぐらいサービスしてくれよ。
「ま、いっか。もう情報はないんだな?」
「そうね、透明人間に関してはこれぐらいしかないわ」
「それじゃあ私はお暇するぜ。こんな所、長居した分だけ寿命が縮みそうだ」
「それにしては大分図太い態度取っていたけれどね」
本当はもう少し捻り出してもらいたいところだが、これ以上話して幽香の地雷を踏み抜いたら洒落にならない。
弾幕ごっこから少し時間も経ってお互いの体力も回復してきたところだ。どんな言いがかりを付けられて再戦を挑まれたら溜まったもんじゃないしな。人間の活動限界なめんな。
「んじゃな。二度と出会さないことを祈るぜ」
「またお茶しにいらっしゃい。歓迎するわよ」
さて、お次は萃香か。
奴は神出鬼没だが、博麗神社を住処にしている。
……改めて思うが、鬼に住み着かれる神社ってほんと終わってるな。祭神は何してるんだ。
まあいい、取り敢えず善は急げだ。早速博麗神社へ出発だ。
このあと、暇つぶしにと萃香と勝負をさせられたのは言うまでも無い。
ふぅ、想像に難くはなかったが、まさか幻想郷でも屈指の実力者と連戦する羽目になるとは思いもしなかった。
ーーー
「あっ、霊夢さんいらっしゃ〜い」
「久しぶりね」
私は母屋に置かれていた期限間近のゴシップ本を片手に鈴奈庵へと訪れていた。
店へと入るとカウンターで本を読んでいた小鈴が緩やかな笑みを浮かべながら出迎えてくれる。
「今日は何をお探しですか? 最近入った新刊、結構おすすめですよ」
「いや、今日は返却よ。はいこれ」
「えっ、霊夢さんは確か借りられてませんでしたよ?」
「私も記憶にないんだけど、うちにあったからしょうがなく持ってきたのよ」
「へえ、そんなこともあるんですね。まあ、博麗神社なら何が起きても可笑しくないんですけどね」
「人んちを幽霊屋敷かなんかだと思ってる?」
「ははは、まさかぁ」
と笑いながら、受け取った本を片手に帳簿を確認する小鈴。
「この本の貸与者はっと……通? 誰だろこの人」
「トオル?」
帳簿に記された名前を呼ぶ小鈴であったが、彼女自身も貸与者について知らない様子ね。
「んー、貸し出した憶えもないけど、帳簿に書いてるって事はお金も頂戴してるし、問題はない、のかな?」
「やっぱりね」
貸与者は透明人間_____トオルというのかしら。なんとなく予想はしていたけれど、これで確定してしまった。
透明人間は博麗神社に住み着いていた。
そして、これまでの違和感から察するに、ついこの前まで私はトオルという人物とある程度の関係にあった。
まるで生活の一部にまで浸透している違和感だ。なんなら家事なりもさせていたのかもしれない。もしかして、そいつは私の召使いかそれに近しい何かだったに違いない。
「急に黙っちゃってどうしたんですか? 霊夢さん」
「いえ、ちょっとね。それよりも他にトオルって名前で貸し出してる本とかはない? 延滞料金とかは無しよ」
「え〜と、他にはないみたいですね。
というか霊夢さん、別に霊夢さんが支払うでもないのにどうしたんですか? ……あれ、ちょっと待って。この人の住所……」
「ないのね。それじゃあ私は帰るわよ」
「あっ、待って霊夢さ___」
小鈴の呼び止める声が聞こえたが、私は足早に暖簾を潜って店を後にする。
下手に勘ぐられて変な噂でも立てられたら面倒だわ。
「ここにいましたか。博麗の巫女」
「あんたは……」
店を出て、そのまま神社まで帰ろうと歩を進めていると、最近見知った面倒な奴_____四季映姫が私を呼び止めた。
「貴女に話があります。立ち話もなんですし、どこかの店にでも入りましょうか」
「私はあんたに話はないわ」
「貴女に聞いてもらう必要がある内容です」
「必要性がないから帰らせてもらうわ」
映姫の話はとてつもなく長いと聞く。
正直付き合ってられない。これから透明人間について改めて作戦を練らないといけないのに。
「"透明人間"について、でもですか」
「!!」
何故あんたがそれを……いや、映姫は確か幻想郷の閻魔だ。
紫が言うには彼の地に住まう生物とは波長の違う別次元の存在らしい。
透明人間について何か知っていているのは至極当然と言える。
「……はあ、5分だけよ。それ以上は聞く耳を持たないから」
「ある意味その図太い態度に感心しますよ。分かりました。他にも説教をしないといけない人が巨万といますから、手短に話しましょう」
思わぬところで情報源を手に入れることができてしまった。
閻魔様がどれだけのことを話してくれて、どれだけの説教をくださるのか楽しみで仕方がないわ。
_____はあ、ちょっと面倒だけど、聞いてやるわ。私としても一刻も早く、歯に詰まったカスを取り除きたいもの。