東方姉弟録~もし霊夢が姉だったら~   作:エゾ末

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63話 鬼と境界

 

 

__燦々と照らす陽光。

___煩くさざめくハルゼミ。

____肉の弾ける音。

_____弾け飛ぶ石畳。

 

 そのどれもが、魔理沙にとっては不快な音であった。

 

 

「これで、終わりだ!!」

 

「くうっ!」

 

 

 ゼロ距離からのファイナルスパーク。

 スペルを解いたタイミングに放たれた不可避の魔砲は、萃香を飲み込み遥か上空へと打ち上がった。

 

 

「はあ、はあ、戦闘狂との戦いはもう懲り懲りだぜ……」

 

 

 博麗の巫女と比肩する彼女の最大火力を防御不能のゼロ距離から受けた萃香。

 幾ら鬼であり、幻想郷屈指の実力者である彼女でさえ、受け身も取れず地面へと叩きつけられ、眼を回すことは必至であった。

 

 境内の被害は甚大。

 石畳は割れ、賽銭箱は木屑と化し、霊夢の暮らす母屋ですら半壊状態。我ながらとんでもない戦闘をしたなと感心する魔理沙。その姿には、悪びれる様子は一切ない。

 

 

「ゆ、油断したぁあ」

 

「何言ってんだ。実力で私がお前に勝ったんだぜ」

 

「だってだって! あんたあんな器用な事出来なかったじゃん!」

 

「人は日々成長するんだ。長生きだけが取り柄の妖怪とは脳の作りが違うのだよ」

 

 

 大の字になってじたばたする萃香を横目に、魔理沙は自慢気に肩を組む。

 

 

「そうだけどさあ! 人間のそういうとこ大好きだけどさぁ! この私があんたに異変のときも合わせて2回も敗けたってのがすっごい悔しい!!」

 

「萃香、お前はいつもタイミングが悪いんだよな。今私は覚醒してると言っても過言ではない」

 

 

 そう、今日の魔理沙は覚醒していた。

 花妖怪である風見幽香を退き、またも実力者である伊吹萃香を撃破した。

 魔理沙は戦うごとにギアを上げていく尻上がりである訳では無い。

 幻想郷内の最強討論に名を連ねる者を倒したという自信が、彼女の脳に柔軟性を与え、日頃とは比較にならないほどの回転速度を有していた。

 

 

「てことで、透明人間についての情報を吐いてもらおうか。ついでに神社の修繕もお願いな」ツンツン

 

「うわァやめろー!」

 

 

 大の字で立てない萃香の頭を箒で突き、尋問を始める魔理沙。

 この魔法使いの辞書には慈悲という文字は存在しないのだろう。

 

 

「……悔しいけど、敗けたからには言わない訳にはいかないね」

 

「ほう、意外と潔いな。私はもうお前の脇腹をくすぐる準備はできてたってのに」

 

「乗っかかるのはやめな! 無礼だよ!」

 

「無礼も何も、敗者に払う礼儀なんかないぜ」

 

「くっ……」

 

 

 歯噛みをし、押し黙る萃香。これ以上の発言はどれも負け惜しみの遠吠えでしかないことを理解していたからだ。

 

 

「___紅魔館」

 

「あん? なんだって?」

 

「だから、紅魔館。私が知ってる中での最新じゃ、紅魔館の連中の一人が透明人間と思しき人物と接触したという事実だけだよ」

 

「紅魔館の奴……レミリアか?」

 

「いや、違うよ。魔理沙、あんたと同じ魔法使いという種族の奴さ」

 

「……パチュリーか」

 

 

 紫のリストにも入ってなかった紅魔館についての目撃情報。幻想郷を常日頃から暇つぶしに覗き見ている萃香ならではの情報であることは明白である。

 

 

「流石だぜ萃香」

 

「えへへ、それ程でも」

 

「おう、ストーカー猛々し過ぎてな」

 

「そういう意味で!? ち、違うよ! 偶々見てただけだから!」

 

「やってる奴は皆そう言うんだよ」

 

 

 萃香が何かしら反論をしている様子だが、魔理沙の頭はもう既に、敗者の声は届いていなかった。

 あるのはこれからの行き先となる紅魔館。彼女はその事について困ったように頭を掻き、尻に敷いていた萃香から退いていく。

 

 

「(困ったな。正直今はあんまり紅魔館へは行きたくないんだよな。わざとではないにしろ、あいつの魔導書三冊ほど燃やしてしまったばっかだし)」

 

 

 ド畜生である。

 死んだら返すという名目で知人の図書館から勝手に盗みを働いた挙げ句、魔法の研究で火を焚べる際に誤って魔導書を放り込み、紙くずと化したのだ。

 普通に犯罪である。

 幻想郷に法整備がされていれば、真っ先に牢へぶち込まれることであろう。

 

 因みに、動かない大図書館ことパチュリー・ノーレッジは魔導書が燃やされたときに放たれた膨大な魔力量を感知しているため、既に燃やされたことは把握している。

 

 

「ま、いっか。どうせ死ぬまで返す気はないし、言わなきゃパチュリーにもバレないだろ」

 

「魔導書の事かい」

 

「ほんと、お前いい加減にしろよ。私んちまで覗くんじゃねぇ」

 

 

 お仕置きと言わんばかりに箒でペシペシと萃香の腹部を叩く魔理沙。

 いい加減しろと叫びたいのはパチュリーであろう。

 

 

「んじゃ、私はもう行くからな。戻ってくるまでに神社修復しておけよ!」

 

「今日は無理だよ。材料とかも揃えないといけないし、今日はこれから入り用で普通にきつい」

 

「なにぃ〜! 天下の鬼様が甘えたこと言うんじゃないぜ! 骨が折れてようがびしばし働け! 豆投げるぞ!」

 

「今はあんたの方が鬼だよ」

 

 

 やれやれといった風に首を横に振り、魔理沙は箒にまたがる。

 

 

「明日でも良いけど、ちゃんと霊夢にも説明しておけよ。壊した大半はお前なんだからな」

 

「母屋を壊したのは魔理____」

 

「じゃあな!」

 

 

 逃げるように去っていく魔法使いを、大の字で倒れた状態で見送る萃香。

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 その姿が米粒にまで遠ざかっていくのを確認した萃香は、何事もなかったかのように上半身を起こした。

 

 

「ふぅ、わざと敗けるってのも骨だね。魔理沙の奴、いつもより骨があってついつい何度か本気を出しかけたよ」

 

「御免なさいね、萃香」

 

 

 萃香の正面の空間が裂け、薄気味悪い断面から現れるは妖怪の賢者、八雲紫。

 先の戦闘を労い、功労者にタオルを渡す。

 

 

「にしても、次に戦う相手にわざと敗けてくれなんて。古い付き合いのあんたじゃなきゃブチ切れてたよ」

 

 

 真剣勝負をすることにこの上ない喜びを感じる鬼に手加減をしろというのは、自殺行為と言っても過言ではない。だとしても紫は無理を承知で萃香に頼み込んでいた。

 それは何故か。無論、今回の一件___透明人間の正体を暴くためである。

 

 

「あんまり詮索するつもりはなかったけど、やっぱり聞くよ。なんでこんな事を頼んだのさ。それにあんな"条件"までつけられたら断るもんも断れないしさ」

 

 

 頭を掻きながら今回の八百長について問う萃香。

 旧知の仲である二人ではあるが、八百長を頼まれたのはこれが初であり、普通ではないことは明白。萃香が疑問を抱くのは当然の結果であった。

 

 

「……今のままでは恐らく解決出来ないからよ」

 

「解決? ……ああ、紫達が気になってるっていう透明人間のことか。んな気になるもんかね?」

 

「気になる気にならないの問題ではないのよ。これは解決しなければならないと私の第六感がそう呟くの」

 

「なんじゃそら。そんなんじゃわざと敗けてあげる理由にならないでしょ、それ」

 

「……」

 

 

 渡されたタオルで泥を拭きながら疑問をぶつけ続ける萃香。

 自身が敗けることに対して特段怒りがあるわけではない。だが、わざと敗けてあげる道理もない。敗ける前は聞かないようにしたが、魔理沙との戦いが白熱したこともあり、敗けたくないと芽生えた感情を押し殺した分、余計にストレスが溜まっていた為、紫を問い詰める物言いとなっていた。

 

 

「恐らく、霊夢の覚醒が今回の異変の鍵を握っていると思うの。だから正直、あの魔法使いが先に来たのは想定外なのよね(あの娘のリストには萃香を入れていなかったうえに道中で潰れるように仕向けていたというのに……)」

 

「そうなの? ってことは私、敗け損ってこと?」

 

「いえ、そうでもないわ。逆境を乗り越えた今の彼女なら……」

 

 

 紫も同じく、閻魔である四季映姫と同じ考えであった。

 あらゆる干渉を拒絶している透明人間に唯一対抗できるのは、何からも干渉を受けない巫女。まるで水と油のような存在同士ではあるが、紫はそこに突破口を見出しているのだ。

 

 

「でもさでもさ、それなら態々私がやらなくても紫がすればいい話だよね」

 

「何もなければ私が出てたわよ。でも萃香貴女、趣味のこともあって狙われすいでしょう。だから能力の覚醒を促す事とは別に釘を刺す意味合いも兼ねて約束してもらったのよ。透明人間の前に貴女に潰されたら迷宮入り確定だわ」

 

「ん〜、確かに。現に魔理沙に突っかかってこられたしね」

 

「先に勝負を挑んだのは貴女なのは知ってるわよ。そのおかげで私のプランは台無しになったんだから」

 

「獲物が食べてくださいと尻尾を振ってたんだ。そこに食いつかないのは、食べては駄目だと分かってても襲わないのは失礼でしょ」

 

「…………はあ。貴女のそういうところ、嫌いではないけれどもね」

 

 

 萃香には萃香なりの信念がある。

 戦える道理があるのなら、敗け試合だろうが自身から喜んで飛び込んでいく。

 馬鹿だと罵られようが構わない。それが彼女の存在証明なのだから。

 

 

「取り敢えず分かったよ。だけど、もう私は加減しないよ。前に約束したときも言ったけど、敗けてあげるのは一回だけ。次霊夢が来たら完膚なきまでに叩き潰すからね」

 

「それは怖いわ。いくら霊夢といえども、一筋縄ではいかないでしょうね」 

 

「勝てない、とは言わないんだね」

 

「それは、ね。身内贔屓ってやつよ」

 

 

 扇で自身の表情を悟られるように隠す紫。

 敗けるかもしれないからという理由で萃香にわざと敗けるよう仕向けたというのに、自分の口からは博麗の巫女が敗けるとは言わないあたり、紫の霊夢に対して期待と愛着があるのだろう。萃香も呆れたように溜め息を吐く。

 

 

「んまあ、そこんとこは私にとっちゃどうでもいいや______それよりもさ、ダベるのもこのぐらいにしてそろそろ行こうか」

 

「あら、休憩はもうしなくてもいいの?」

 

「私があれぐらいでへばる玉だと思う? 同じような戦いをあと10回くらいやっても余裕だよ」

 

「大分へばってたのによく言うわ」

 

 

 身体を起こし、準備運動を始める萃香。

 彼女が負った怪我はこの短時間で既に完治しかけていた。

 

 

「ほんと、せっかちさんね」

 

 

 紫も彼女の状態を察知し、軽口を叩きつつ人二人分がゆうに入るサイズのスキマを作り出す。

 

 

「幻想郷では()()だから、【外】へ行くわよ」

 

「おっ、分かってるねぇ。紫も本気出してくれるってこと?」

 

「ええ、鬼であり総大将であるあの伊吹萃香にあんな頼み事をしてしまったもの。それ相応の対価を支払わないと釣り合わないわ」

 

 

 先に萃香が発言した条件______『八雲紫との一騎打ち』を履行するべく、二人は隙間の中へと入っていく。

 

 

「(霊夢が萃香と戦わなかったのは想定外。彼女なら上手く霊夢の覚醒へと誘ってくれると思っていたけれど___)」

 

 

 自身の身体が闇へと呑み込まれている中、紫は危惧していた事態から好転の兆しが見えているこの状況に安堵していた。

 

 

「(____魔理沙、貴女ならきっとやれるわ。今の貴女なら霊夢にも引けを取らない筈)」

 

 

 萃香のプランは、紫の考え得る最高値であったが、あくまで数あるプランの内の一つに過ぎない。 

 

 だが、紫は敢えて他のプランの全てを放棄した。

 

 本来ならば勝負を挑んだのは萃香であり、今回の約束事を持ち出すことは見当違いであると反論出来た所を実行せず、早々に萃香の誘いに乗ったのも、下手に拗れて実害を出す前に芽を潰す目的があった。

 

 それもこれも、魔理沙が今現在、過去最高潮までに上がり調子であり、紫にとっての好転の誤算であったからだ。

 

 これまで数多の異変を解決するのに競い合ってきた仲であり、ライバルのような存在。その関係性でありながら、今の魔理沙は霊夢の一歩先の段階へと踏み入れていたのを紫は逸早く認知していたからこそ、一切を魔理沙へ委ねたのだ。

 

 

「いつぶりだろうね、紫と戦うのなんて」

 

「さあ? 初対面の時以来じゃない?」

 

「うっそだ〜。200年前にもやったことあったよ。確か紫が_____」

 

「何言ってるのよ。あれは貴女が_____」

 

 

 二人を呑み込んだスキマがゆっくりと閉じていく中、これから大妖怪同士の一騎打ちが繰り広げられるとは思えない談笑が微かに博麗神社の境内に響いていた。

 

 

「(二人共、頼んだわよ)」

 

 

 完全にスキマが閉じきる間際、紫は二人に異変の解決を託す。

 今回の件は紫も相応の覚悟で事に臨んでいる。

 

 大妖怪の古参同士の戦いは、通常本気の戦いをすることはない。

 強者同士の本気のぶつかり合いは、互いが到底無事では済まないからだ。

 

 それでも、萃香にとってこの上なくフラストレーションが溜まるような約束事をしたのだ。相応の覚悟で挑まねば、いともたやすく萃香に敗北を喫することだろう。

 そうなれば消化不良を起こした鬼の総大将の牙が二人に向く可能性がある。

 

 

「さっ、やろうか。妖怪の賢者様」

 

「ええ、むこう一ヶ月は戦わなくて良いと思えるくらい満足させてあげる」

 

 

 スキマの先は、幻想郷ではなく外の世界__所謂結界外の広大な平野。

 

 二人はお互いの適度の距離へと移動し、各々構えを取る。

 

 

 

「幻想に忘れ去られた鬼の怖ろしさ、思い出させてあげるよ!」

 

「貴女こそ思い出してはいかがかしら? 万物に存在する境界を操る妖怪がいることを、ね」

 

 

 

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