制服に着替えて剣道場から外に出ると、緩やかな風が直葉の頬を撫でる。
時刻は一時半、五時間目の授業が始まっているので校内は静かだ。一、二年の生徒は勿論の事、自由登校の三年も高校受験の為に今頃必死になって勉強している頃だろう。
本当なら直葉のような推薦組の者はもう来る必要がないのだが、剣道部の顧問が熱心な人物で強豪校に送り出す愛弟子達が気になって仕方ないらしい。一日おきに剣道場に顔を出して稽古を受けるよう言われていた。 正直、直葉としては助かっている。頼み込めば、かつて全国三位に入ったことがある男性顧問と打ち合えるからだ。
無論、単純な強さでいってしまえば家族の方が断然上だ。しかしそれは『戦闘』の強さであり、『剣道』の強さではない。いざ剣道となると、父親である峰高の次に強いのは直葉なのだ。直葉が唯一、姉達に勝てているモノなのでこれだけは譲れない。姉二人が剣道を二年で辞めていなければ勝てなかっただろうが。
「リーファちゃん」
そんなことを考えながら自転車置き場に歩いていると、声をかけてくる者がいた。その名前を学校で知っている者は一人しかいない。
「
直葉は振り返りながら返事を返す。そこにいたのは、お世辞にも体格が良いとは言えない眼鏡の男子生徒だった。長田
「あ、ごめん。すぐ…桐ヶ谷さん」
直葉は溜息をついた。もう二年の付き合いなのだから名前で呼んでも良いと言っているのに彼は女子の名前を呼ぶのが恥ずかしいらしく、半年経った今でも名前を呼ぼうとして苗字呼びになっている。
「どうしたの?慎一君」
「ちょっと話があるんだ」
「なら歩きながら聞くわ。どうせ途中まで一緒だし」
ちょっと待っててと直葉は言って自転車を取りに行った。
(僕としては桐ヶ谷さんといれて嬉しいけどさぁ…。もう少し、こう…)
男として見られていないんだろうなぁ、と慎一は溜息をついた。それでも、彼女といれるだけで幸せなので良いとしよう。高望みはしない。
直葉と慎一が知り合ったのは中学一年の時だ。最初は慎一が一方的に直葉の事を知っているだけだった。入学式で偶々直葉を見かけて、目を奪われた。一目惚れだった。そして運良く同じクラスだったので名前も分かり、彼女が剣道に打ち込んでいる事も知れた。
そもそも、最初はここまで親しくなれるとは微塵も思っていなかった。オタクの自分では彼女と接点を持つことは無いだろうと考えていたからだ。席は男女別の名前順で近いわけでもなかったので余計に。
数ヶ月経ったある日の放課後、慎一は数人の男から体育館裏に呼び出された。嫌な予感がしながらも断る事が出来ず体育館裏に向かってしまった。嫌な予感は当たり、ボコられたくないんだったら金を持ってこいと脅された。慎一は恐怖に震えて返事を返す事も出来ず、それに苛立った男に殴り飛ばされた。その時だ、彼女があの場所に来たのは。
─ねぇ、そこで何してるの?─
慎一が顔を上げると、そこに彼が一目惚れした桐ヶ谷直葉が剣道具を持って立っていた。誰かに見つかったと思った男達だったが、見つかった相手が女子だと知ると安堵した表情を見せた。女かよ、驚かすなよ、などと言った後、一人の男が彼女に近寄った。慎一は逃げてと叫ぼうとしたが、恐怖で声が出なかった。そして男が彼女に手を伸ばして─次の瞬間には地に叩き伏せられていた。何が起こったのか分からなかった。ただ、彼女の腕が男の袖を掴んでいたから、それを行なったのが彼女だという事だけは理解出来た。
─聞く必要なかったね。どう見たってその子が脅されているようにしか見えないもん─
汚れを落とすように手をはたいて彼女はそう言った。男達は激怒し、彼女に一斉に襲いかかった。今度こそは、と慎一が叫ぼうとして、終わっていた。
─えっと、長田君…だっけ。大丈夫?─
そして彼女は、一連の出来事に唖然としていた自分に手を伸ばした。
これが、彼女との交流を始める最初の出来事だった。
「お待たせって、何ボーッとしてるのよ」
ハッとして声のした方を向く。直葉が呆れたような顔をして自転車を持っていた。慌てて立ち上がって首を振る。
「ううん!何でもないよ!」
直葉はフーン?と言った後、歩き出した。慎一は慌てて追いかける。
慎一はまだ、何故直葉があそこに来たのか、何故助けてくれたのかを聞いてい機会を逃してしまったのだ。
(でもまぁ)
自分が彼女に嫌われない限りいつでも聞く事が出来る、と考えた。それか、嫌われた時にでも最後の質問として聞こうと、慎一は思った。
「それで?話って?」
「あぁうん、結局どうなったのかなって。何か決まったら連絡してって言ったのにメールくれなかったから」
「あ、すっかり忘れてた」
ごめんと謝ってくる直葉に、慎一は慌てて構わない事を伝える。ようやく姉との共通の趣味が出来たのだ。忘れる事だってある。
慎一の慌てる姿につい笑みを浮かべてしまい、それを誤魔化すように直葉は喋り出す。
「パーティーは抜けてお姉ちゃん達を《世界樹》まで送って行く事になったよ」
「うん分かった。じゃあシグルド達には僕から言っておこうか?」
慎一はそう言ってくれたが、直葉としては自分から伝えた方が良いと思っているので、それは断る。「桐ヶ谷さんらしいね」と慎一が苦笑したのが少し解せないが。
慎一はどうするのかと聞くと、ついて行きたい所なんだけどちょっと調べたい事がある、と言って断って来た。その調べたい事が何なのか気になる所ではあるが、今聞く必要は無いと直葉は考えた。何か重要な事になったら即連絡してくるだろうし。
「ふーん、分かった。じゃ、また向こうでね」
そう言って自転車に跨った直葉に、慎一が思い出したように声をかけた。
「あ、桐ヶ谷さん。パーティー抜ける時、シグルドには気を付けてね。多分、何か言ってくると思うから」
こういう時、意外と言っては何だが、慎一の警告は結構当たる。まぁ、直葉本人も何か面倒ごとが起こりそうな事は分かっているので、その警告はありがたく貰っておく。
家に帰ると、まだ佳奈と明日加の姿がなかった。どうやらまだ
直葉はシャワーをあびながら姉の事を考えていた。正直、恋人のいる佳奈が羨ましいと思ったことは何度もある。元々、明日加と一緒にいるだけで人生が楽しそうだったのが、恋人となってからは幸せそうだ。浩一郎の事を好いている和葉もまた、幸せそうな雰囲気を出していた。何故なのか分からなかった当時の直葉は、その疑問を直接二人に聞いた事がある。
しかし返ってきた二人の答えは、『分からない』だった。それでも、好きな人がそばにいる、あるいはその人の事を考えるだけで胸が一杯になると言った。私にもそんな人が出来るかな、と直葉がきけば、必ず出来ると姉二人は言ってくれた。
(でも、本当に出来るかなぁ)
直葉は自分でも分かるくらい男運が悪い。何故か周囲に集まる男子はまともじゃないのだ。義兄以外では慎一くらいしか知らない。かと言って、慎一を恋愛対象として見ているかというとそうではない。どちらかと言えば弟みたいだと思っている。
風呂から上がり体を拭いていると、ドアの開閉音が聞こえた。
「「ただいま」」
どうやら佳奈と明日加が帰ってきたようだ。風呂場から顔を出して「お帰り」と返す。浩一郎も学校が終わったらうちに来るとの事なので、浩一郎を待つ事にした。
浩一郎が来たのは三時半頃、バイクの音が聞こえてきたのですぐに分かった。全員で軽く腹ごしらえをしてそ、れぞれの部屋へ向かう。直葉は勿論自分の部屋、佳奈と明日加は同じ部屋、浩一郎は来客用の部屋でアミュスフィアもしくはナーヴギアを被り、ALOへ入っていった。
「「「「リンクスタート」」」」
本当はもっと書きたかったんですが、どこで区切ればいいか分からなくなりそう(長くなりそう)だったのでここで区切らせて貰いました。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
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