─心配だと溜息を吐きたくなるが、周囲にプレーヤーがいるのでぐっと我慢する。
黒髪の男─コウがそう思う相手は、もちろん恋人のことだ。ここ一年はうなされっぱなしで、よく寝られていない日が多い。今日はあの公務員の男性と会う日らしい。先にこっちと約束していたとはいえ、彼女には悪いことをしたと思っている。「そうですか、わかりました」と言っていたが、目が寂しがっていた。罪悪感がすごかった。そんな彼女も愛おしいと思ってしまうのは、仕方ないことだろう。そこまで考えて、思考を今いる場所に戻す。
この場に待機してからそろそろ一時間経つ。流石に飽きてきた。何しろ、ここはALOと違って目に入るのは岩と砂の荒野のみ。少し目を遠くに向ければ旧時代の高層建物が見えるだろうが、なんの気休めにもならない。傾きかけた太陽が荒野を薄い黄色に染める光景は、もう見飽きている。さらに一時間待機するのなら、夜間装備に切り替えをしなけらばならない。
(まぁ僕は構わないんだけど、彼女は嫌がるだろうね)
コウは岩に背中を預け、両手で《
その少女のPLNは《シノン》。
「ギンロウさん、リアルの話題はマナー違反ですよ。そこまでにしておきましょう」
リアルでの話になりかけたので、コウはそう声をかけた。
「そうっすよギンロウさん。むこうでもこっちでも寂しい
「そういやそういってたな!」
「うるせぇ!お前らだって変わんねぇだろうが!」
すると他二人からの追撃が入り、ギンロウが二人の頭を殴った。
ホッと息を吐いているシノンにコウが近づくと「ありがとうございます」と言ってきた。
「彼に任されてるからね。君に何かあったら彼に恨まれるよ」
肩をすくめてそう言うと、シノンはフッと口元を緩める。そのまま二人はこの後のことを話し始めた。
彼、というのはもう一人の片割れだ。今はここより少し離れたところにいる。こちらの合図で襲撃する手はずだ。
「─来たぞ」
そう言ったのは双眼鏡で索敵を続けていたパーティーメンバーだ。このスコードロンのリーダーである《ダイン》は《
「間違いねぇ、先週と同じ奴らだ。八人…二人増えたな」
コウも確認のために双眼鏡を覗き込む。光学系ブラスターが四、大口系レーザーライフルが一、実弾系の《
この世界の銃は実弾銃と光学銃の二つのカテゴリに分けられる。光学銃のメリットは、銃自体が軽量であり、射程が長く命中精度が高い。マガジンにあたるエネルギーパックも軽量であるが、《防護フィールド》という防具で威力を散らされてしまうデメリットがある。実弾銃のメリットは、一発当たりのダメージが高く、《防護フィールド》の貫通能力があること。デメリットは、銃自体やマガジンが重く、弾道が風や湿度の影響を受けてしまうこと。
それ故、
(あのマント二人…嫌な予感がするな…)
一人は巨漢、見える限り武装は無い。腰にあるであろう武装は、大きくても軽機関銃だろうか。もう一人はすらりとした体形、こちらは背後のマントが若干膨らんでいる。膨らみ方から長身の銃、スナイパーか。しかし、それが光学銃なのか実弾銃なのかは判断できない。ヘッドセットからは何も聞こえない。となると、彼からも装備が見えていないということだろう。彼は確信しない限り余計なことは言わないのだ。
「一人は分からねぇが、でけぇほうは多分…極STR型の運び屋だな。狩りで稼いだアイテムやら予備の弾薬やエネルギーパックを背負ってるんだろう。武装も大したものじゃねぇだろうし、こいつは無視していい」
ダインの言葉に一人の仲間が「もう一人のマントはどうする」と聞く。それに対し、どうせ光学銃だろうと言った。しかしコウは、そんなダインの言葉を否定したい。
(明らかに不安定要素だよね、あの二人は。それに─)
─多分、相当強い。GGOを始めたのは数か月前のことだが、ALOと
距離が近くなってきたのでダイン達は移動を始める。ここに残るのはシノンとコウだ。シノンは持っていた狙撃銃のスコープを覗き込み、いつでも狙撃できる体制に入った。コウは一度周囲を見回し、危険が無いことを確認してから《
(まぁ最悪、彼がこの子を守るだろうしね)
二千五百Mも離れていれば、狙撃銃でない限り撃たれることは無いだろうが。しかし心配なのは、もしあのマント二人組が強敵だった場合は飛び出して行きかねないということだ。
この子達が何のためにGGOをやっているのかは知らない。ただ遊ぶために始めたのではないだろうとは思っている。敵を狙撃する時の彼女は、氷を連想させるほどに、冷静に敵の眉間を撃ち抜く。まるで自分は機械だと
こちらが狙撃するのはダインの指示が来てからだ。それまではダイン達に敵の位置情報を伝える。そして、こちらとの距離が千五百を切ったことを伝えると、『いけるか?』とダインがシノンに聞いた。ちらっとシノンがこちらを見る。それはコウも大丈夫なのかという意味なのはすぐに分かった。なので、自分の弾丸は外れても問題ないという意味で頷いた。
「問題ない」
『よし、狙撃開始』
その言葉と共に
銃を撃とうとしている本人にのみ表示される攻撃的システムアシスト《
まぁ、コウが狙撃銃を使うのはただの趣味なのだが。シノンが使う理由は知らない、知ろうとも思わない。興味が無いからだ。身内以外には結構ドライなのだ、この男は。
さらに言えば、コウからしたら外れても対処できるからだ。狙撃が失敗したら、後は接近戦に持ち込めば良いと考えている。なので、いつでも飛び出せるよう腰には二本のナイフが常備してる。
息を思い切り吸って、吐く。円が最小まで縮まった瞬間、トリガーを引いた。ほぼ同時にシノンの銃からも弾丸が撃ち出される。
さて、この戦いはどうなるか。恐らくは一筋縄ではいかないだろう。だがまぁ─
(─ここはゲーム、せっかくだから楽しまないと損だよね?)
自分の弾丸が巨漢に当たったのを見つつ、コウはそう思った。