転生して主人公の姉になりました。SAO編   作:フリーメア

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トラウマ

 シノンは体中の力を抜くと、アレンの背中にもたれ掛かる。ふと左手首にある時計を見ると、現在時刻は二十一時十二分。都市に突入してから、まだ十分(じゅっぷん)ほどしか経っていない。

 今までで一番長く感じた十分だったなと考えながら、先ほどまでの出来事を思い出す。

 

(まだ…無理なのね…)

 

 少なくともGGO(この世界)なら、トラウマを発症することはないだろうと思っていた。だが、それはただの勘違いだった。数多の銃を見ても問題なくなったのに、肝心の黒星(ヘイシン)を目にしたら、この(ざま)だ。いつかは、あの黒い拳銃を持った者と対峙することを目標にしていたくせに…。

 電磁スタン弾の効果はとっくに消えているが、未だ全身の感覚は鈍く、両手で抱くヘカートの重さすら今は辛く感じる。アレンの背中から感じる温度だけが、心地良い。

 

「ついこっちに来ちゃったけど、ここら辺に隠れる場所ってある?」

 

「…このまままっすぐ行けば、洞窟があるわ」

 

 コウの言葉にシノンが応え、指示に従って走らせた。十数秒で岩山に到着し、周囲を回る。北側の側面に大きな穴が開いていた。とはいえ、馬ごと入るには少々狭い。先に入っていいといった後、コウとキリハは馬を洞窟から遠ざける。アレンは気にせずバギーを洞窟の中に入れ、入り口から見えない位置に止めた。中は意外と広く、バギーを止めても畳二枚分の広さは残っている。二人がバギーから降りようとして、小さな爆発音が聞こえた。まさか近くにPLがいるのかと身構えると、爆発の方向からキリハとコウが歩いてくるのが見える。

 

「ん?あぁごめん。もしかして爆発の音聞こえた?」

 

「他の人に使われると面倒なので、馬を破壊しました」

 

 音の原因が分かったところで、四人は洞窟の中でつかの間の休息を取る。シノンとアレンは壁際、キリハとコウは入り口側に座った。

 洞窟の中は衛星に映らない代わり、情報が入ってくることもない。周囲にPLがいるかどうかもわからないので、山勘でグレネードを放り込まれたら全員お陀仏だ。まぁ爆発するまで多少の時間はあるので、投げ返せばいいだけなのだが。

 そういう話をしていると、コウが「そういえばキリハから聞いたんだけど」とシノンに問いかける。

 

死銃(デス・ガン)はシノンちゃんの近くにいきなり現れたと聞いたけど。もしかして透明になる能力が追加された?」

 

 コウの言葉にシノンは頷く。実装されたという話は聞かないので、サイレント実装されたのだろうと。そして、あくまでも透明になれるだけなので、足音や足跡は感知できるとも。つまりここに突然現れることは出来ないということ。

 シノンは腕時計に目を向けると、時刻は二十一時十五分。サテライトスキャンが行われる時間だが、先ほど言った通り洞窟の中にいる時は情報が来ないので端末を見ても意味が無い。

 

「…あの爆発であいつらが死んだ可能性は…?」

 

「無いでしょうね。片方は知りませんが、死銃(デス・ガン)PS(プレーヤースキル)は知っています。それに直前で飛び降りたのが見えました。無傷ではないでしょうが」

 

 シノンの問いにキリハがそう答えた。あれほどの爆発を近距離で受けたのだ、確かに無傷で済むはずがない。寧ろ、HPが消し飛んでいないことに驚くべきだ。

 シノンは「そう…」とだけ答え、ヘカートを地面に置いて膝を両手で抱えた。そして別の質問を投げかける。

 

「アレン、あなた何で私を助けられたの?近くにいたの?」

 

 首を横に向けてそう聞くと、アレンは首を縦に頷いた。続いてキリハが「いやぁ驚きましたよ」と口を開く。

 

「僕が銃士X─正しい読みは《マスケティア・イクス》で女性でした─を倒してシノンさんを見たら、倒れてるじゃないですか。すぐに飛び降りようとしたらアレンさんが下にいたんですよね」

 

 いつ来たのか知りませんがと、言って続きを話す。

 で、アレンに上から呼びかけて自分のリボルバーと銃士X(マスケティア・イクス)のスモークグレネードを渡したのだそうだ。それを受け取ったアレンはシノンのとこまでダッシュ、スモークを投げて弾丸を放って…。ついでに言うと、アレンはシノンを抱える直前にリボルバーを捨ておいたらしい。

 

「それは良いんですが。で、僕は近くに来ていたコウと合流して時間を稼ぐために斬りかかった、ということです」

 

 そこからはシノンの知っている通りだそうだ。

 アレンは銃を所持していないのにどうやって撃っていたのだろうと思っていたが、キリハのリボルバーを持っていたわけだ。

 

「まぁ死銃(デス・ガン)に仲間がいたことには驚いたけどね。しかもバジリスクだとは」

 

「え!?」

 

 コウの言葉にシノンは驚いた。先程死銃(デス・ガン)の後ろにいたのが、まさかバジリスクだとは思わなかったのだ。

 

「…あんなにやかましかった?」

 

「いや、多分あれ()()だよ」

 

 コウの言葉にアレンは怪訝な表情になる。他人のアカウントを乗っ取ることは不可能である─と世間一般では認識されているからだ。

 コウがキリハに顔を向けると、キリハは口を開く。

 

「基本的に不可能、というだけであって裏道がないわけではないんですよね」

 

 アミュスフィアの開発者ではないので詳しいことまでは知らないが、と付け加えて続ける。

 

「現状、脳波のみで個人を特定する技術はないはずです。だから《アカウント》と《パスワード》が必要なわけですから」

 

「…つまりその二つがあれば乗っ取れる…かもってこと?」

 

 シノンの言葉に頷く。ただし、あくまでも可能性の話なので、考えるだけ疲れるだけだ。それよりも解決しなければいけないことがある。

 

「さて、では僕は行きますね。シノンさん…とアレンさんもですね。ここで休んでいてください」

 

 キリハの言葉に、シノンは反射的に「え?」と返す。見れば、光剣のバッテリー量を確認しているところだった。少し目をずらせば、苦笑しながらコウも準備をしている。

 

「あいつと…死銃(デス・ガン)と…戦う気なの…?」

 

 弱弱しい声でそう呟くと、キリハは当然といわんばかりに頷いた。

 

「…怖くないの?」

 

「怖くないといえば嘘になりますが、放っておいて犠牲者を出すわけにはいきませんから」

 

 肩をすくめてそう言ったキリハを見て、かなわないなとシノンは思い俯いた。恐怖に打ち勝つ心は、既に失われている。

 シノンは、このフィールドから出た自分のことを想像する。死銃(デス・ガン)にあの銃を突き付けられたとき、シノンの体は完全にすくみああがり、骨の髄まで凍り付いた。逃走中も悲鳴を上げ、ヘカート(相棒)のトリガーですら引けなくなった。『氷の狙撃手シノン』は今や消える瀬戸際にいる。恐らく、このまま洞窟に隠れ続けていたら、自分の『強さ』を二度と信じられなくなるだろう。

 あの記憶い打ち克つどころか現実世界でも、夜道の物陰─戸口の隙間から、『あの男』がいつか復讐しに来るのではないかと、怯え続けることになる。それがシノン(詩乃)を待ち受ける、バーチャルとリアル。

─それだけは、断じて許せない。

 

「…私、逃げない」

 

 シノンの呟くような言葉に、三人は顔を向けることで反応する。

 

「私も外に出て、あの男達と戦う」

 

 顔を上げ、瞳に決意を映してはっきりとそう口にした。キリハは片目を瞑り、コウは変わらず笑みを浮かべ、アレンは無表情のままこちらを見つめる。

 

「死ぬのは今でも怖いよ…。でも─」

 

─これからも『あの男(過去)』に怯えたまま生きていくのだけは、断じて許すことが出来ない─

 

 そう、胸の内をさらけ出したシノンに、キリハは口を開く。

 

「…そのためなら、死んでも構わないと、そう思っていますか?」

 

 その言葉に、シノンは改めて自己分析を始める。

 自分は怯え続け、情けなく生きていくくらいなら、死んだほうがマシと思っているかどうか…。怖いのは、もう嫌だ。怯え続けるのは、もう疲れた。

 

「そう、かもしれないわね…」

 

 苦笑しながらそう言うと、隣にいるアレンから息を吞む気配を感じた。だが、これは自分の正直な思いだ。恐らく、あの銃を突き付けられて表面化しただけで、今までもこの思いはずっと抱えていたのだろう。それを自覚した今、この場にいるという選択肢は無い。

 

(…行かないと)

 

 全身に力を入れて立ち上がろうとすると、隣にいるアレンが腕を掴んで引き留めた。聞いたこともない張り詰めた声で、アレンは口を開く。

 

「…どこにいくつもり」

 

 そう聞きつつも、どこに行こうとしていたのか確信しているようだ。故にアレンの言葉を無視して振りほどこうとするが、アレンは更に力を入れてきた。だから、シノンはアレンの顔を見ずに「離して」と言った。しかし、アレンは逆に強く握りしめてくる。

 

─駄目、やめて、それ以上踏み込んでこないで─

 

 視界が歪む。何度も振りほどこうとして、失敗に終わる。最終的には目の前に陣取られ、身動きすら許されなくなる。体中が沸騰したように熱くなる。そして─

 

「っ、いい加減にして!」

 

─爆発した。掴まれていない左手で、アレンの胸倉を掴む。

 

「これは!私の…私だけの戦いなの!負けても死んでも、誰にも私を責める権利は無い!」

 

 先ほど自覚し、誰にも言うつもりのなかった思いが溢れ出る。

 

「何も知らないくせに!踏み込んでこないでよ!どうせあなたも…」

 

 シノンは俯く。そして顔を上げ、アレンにだけは知ってほしくなかった事実を伝える。

 

「私は人殺しなの!それを知っても、私の手を握ってくれるの!?」

 

 記憶の底から、シノン(詩乃)を罵る声がいくつも蘇る。あの事件─強盗事件以降、詩乃は孤独となった。どこからか、詩乃が人を殺したことが洩れたのだ。正当防衛とはいえ、そんなことは周りにとって関係なかった。罵られて、殴られて、蹴とばされた。虐めてこない者もいたが、遠目に見るだけ。教師ですら見て見ぬふりをした。誰も手を差し伸べてくれなかった、助けてくれなかった。

─だからあの日、声を掛けてくれたのが嬉しかった。ただのお隣さんだったのに、軽く事情を話すとこの世界に誘ってくれた。彼にとっては実験のサンプル集めが目的だったとしても、深くは聞いてこない彼との距離感は心地よかった─それを今、自分で壊してしまった。

 

「う…うっ…」

 

 堪える余裕もなく、涙が零れ落ち続ける。泣き顔を見られたくなくて俯くと、アレンの胸に額がぶつかった。胸倉は掴んだまま歯を食いしばり、嗚咽が漏れる。

 アレンは何を言うでもなく、ただシノンが落ち着くまで、背中を優しくと叩き続けた。そして、握った手を離すつもりもなかった。




 後半、キリハとコウが空気になってしまいましたが、正直申し訳ない。入れられなかった…!
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