禁書目録一巻です。
結局、上条はなんとか美琴に見逃してもらうことが出来た。烈火の怪我の治療を名目にしたのが効いたらしい。
若干不服そうではあったが、自らが怪我を負わせた負い目からだろうか、美琴は普段の彼女からは考えられないほどあっさりと上条との勝負を諦めた。
そんな訳で、上条は烈火に肩を貸しながら自宅までの道を歩いている。
先に小萌の家に向かって柳に傷を治してもらった方が良いのではないか、と上条が訊いたが、
「先に宿題取りに行こうぜ。もっぺん出るの面倒だしよ」
と烈火が言うのでそれに従うことにした。
時刻は既に6時を回り、日が長い季節とはいえそろそろ空も暗くなってくるころだ。
「へへ、わりーな当麻」
「別にいいよ。怪我人に無理させる気はねーし」
烈火の謝罪に軽く答えながら、上条はため息をついた。
肩を貸してることよりも、こんな大怪我を負うまで闘ったことに謝罪してほしいところだ。
聞けば、学園都市に来るまでもこんなことはわりとしょっちゅうあったという。
ずっと一緒にいたであろう柳の気苦労が偲ばれるとともに、烈火にこれほどの手傷を与えることのできる者が美琴以外にもいたということに驚いた。
思い返してみれば、確かに戦闘中の烈火の振る舞いは単なる不良学生のそれとは大きく異なっていた。
(それに……最後に見せた“あれ”は一体……)
烈火が美琴との闘いで呼び出して見せた、あの巨大なバケモノ。
まるで蛇、いや竜のような姿の“あれ”は、今まで上条が見たことも聞いたこともない能力だ。
確か烈火は発火能力の使い手だったはず。
しかし、あの一つ目の単なる炎の人形だとは、上条には到底思えなかった。
訊いてみるかどうか上条が悩んでいると、先に烈火から質問がとんだ。
「それにしても、おめーよく虚空の炎受け止められたな。あれどうやったんだ?」
ある程度予想できる質問ではあった。
だから上条はこともなげに答えを述べる。
「俺の右手はさ、お前等の能力みたいな異能の力は何故か全部打ち消しちまうんだ。炎でも雷でもな。『
異能を消す異能。
能力を絶対とするこの街において、それはある意味無敵の力だ。
しかしながら、この能力がそこまで便利でないことを上条は知っている。
「なんでもって……すげぇな」
烈火は目を丸くして、感心したように呟いた。
そんなことは有り得ない、と一蹴しないのは、彼自身の目で自分の能力が消される瞬間を見たからだろうか。
「美琴がお前に絡むのもわかるぜ。どーだ?怪我治ったら俺とも勝負してみっか?」
「ふざけんな!お前等の相手なんかしてたら命が幾つあってもたんねーよ!」
全くこいつらの頭の中にはそれしかないのか、と呆れる上条。
目を瞑って首を振りながら烈火に言った。
「わりーけど、お前や御坂が思ってるほど大したもんじゃないんだぜ?異能の力はなんとか出来ても、それ以外にはただの右手だ。レベルだってあがんねーしさ」
学園都市の試みとは正反対を行くとも言える上条の能力は、当然ながら学園都市式の能力測定方式では評価されない。
結果的に上条は
そして上条自身も、それが不当な評価だとは思っていなかった。
「結局さ、俺の力そのものには大した意味なんてないんだよ。それどころか、この右手のせいで幸運まで打ち消しちまってるんじゃないのかなんて言われたしよ」
今朝方白い修道服の少女と交わした会話が脳裏に浮かんだ。
日頃の災難が本当にこの右手によってもたらされているというなら、いよいよもって、右手を忌々しく感じてしまう。
「悪く考えすぎじゃねーの?俺はお前の力、スゲーと思うぜ!」
烈火がそんなことを言った。
珍しくもない反応に、上条は少々うんざりする。
「スゴそうに見えたって、役に立たなきゃ意味ないの。お前や御坂みたいに分かりやすい能力の方がよっぽど良かったよ」
投げやりにそう答えた。
棘のある物言いになってしまったことを後悔し、謝ろうかと烈火の方を見た瞬間、
「あでっ!?」
ビシッとデコピンを決められた。
左手で額を押さえながら涙目で烈火に文句を訴える。
「なにすんだよぉ……」
烈火はというと、悪戯な笑みを浮かべている。
「おめーはネガティブすぎんだよ。もっと気楽にいけや」
笑いながら、烈火は遠い目で空を眺めた。
「俺も生まれたときから炎は出せた。でも、役に立ったことなんてなかったんだぜ?せいぜいライター代わりに火つけたくらいでよ」
烈火は右腕を掲げ、空に翳した。
「だけど、柳と出会ってから変わった!悪い奴らがあいつを狙って、俺は俺の炎でそいつらと戦った。最後の最後で大ピンチになったときも、この能力のお陰で助かった!」
烈火は右手で拳を作ると、とん、と上条の胸にぶつけた。
「お前だって、いつソイツに助けられるかわかんねーぞ?」
柳を狙う悪者とやらがどんな連中だったかは知らない。
しかし、烈火が強い理由を少しだけ理解出来た気がする。
烈火の炎のように、自分の右手が自分を助けてくれることなどあるのだろうか。
問うても答えは返ってくるはずもなく、上条はただただ黙って烈火を寮まで運んでいった。
◇
いつもの倍の時間をかけて、二人はようやく寮にたどり着いた。
オートロックの入り口扉を開錠し、狭いエレベーターに二人して乗り込むと、『7』のボタンを押した。
ドアが閉まってから少しの間をおいて、エレベーターは昇り始める。
汗だくの上条は、左手でパタパタと自分を扇いだ。
「あー、さすがに疲れたし、あっちい……」
「全くだ。なんなら先生に迎えに来てもらうか?」
上条の言葉に同意しながら、烈火が提案する。
名案だと思いながらも、食事まで世話になってこの上足にするなんて失礼ではないか、と社会的マナーが上条を抑制する。
ところが、
「うん。そうしよう」
上条はあっさりと陥落してしまった。
先生への申し訳ない気持ち以上に、めんどくさいと思う怠惰の心が大きかったらしい。
エレベーターの動きが止まり、小気味よい音が鳴ってドアが開き始めた。
全開したドアを通り抜けた直後、上条は自分の部屋の前辺りで蠢いているドラム缶を発見する。
それも、三台。
清掃ロボ三台が出動する事態に、上条は戦慄を覚えた。
「ま、まさか土御門の野郎がリバースしやがったんじゃあ……」
最初に浮上した容疑者は隣人の土御門元春。
確か先ほど、今日は
上条は烈火を支えながら、恐る恐る現場に近づいていく。
「おっ?」
そして見つけた。
ロボット三台に囲まれている、目を閉じている純白のシスター・インデックスの姿を。
上条はホッと安堵した。
どうやらロボット達は、ドアの前で眠ったインデックスをゴミと認識してしまったらしい。
彼女にはとても失礼な話ではあるが、少し笑ってしまった。
笑いながら、声をかける。
「おい、なんだってこんなとこで寝てんだよ!忘れ物取りに来たのか?」
少女との再会を喜び、揺り起こしてやろうかと近づいていく。
上条が嬉しそうに声をかけている相手は、烈火にも見覚えがあった。
確か、今朝寮の廊下で烈火とぶつかって、謝りもせず走り去っていった少女だ。
ちょうど良い機会に、朝の分の説教でもしてやろうかと考えていた烈火の頬を、そよ風が撫でた。
直後、風に乗って鼻孔をくすぐるある“匂い”。
生臭いような、鉄臭いような、いずれにせよあまり気分が良くならないような匂いに、烈火は目を見開いた。
彼は知っていた。この匂いの正体を。
そして気づいた。この匂いがどこから発されているものなのか。
「えっ……」
呆然と、上条が声を漏らした。
烈火は舌打ちを挟むと、上条を半ば突き飛ばすような形で押しのけて、片足跳びでロボットに近づく。
ロボットの上に身を乗り出して少女の姿を確認し、烈火の顔は自然と苦々しいものへと変わる。
「なんてこった……」
少女は、血の池の真ん中に横たわっていた。
まるでただ寝ているだけかのように、安らかな表情を浮かべているが、その顔色は白人であることを差し引いても、病的に青白くなっている。
少女の血を片付けようとする清掃ロボがたびたびぶつかっても、起きる気配はない。
血の量と、背中に走る一文字の傷跡に烈火は焦りを覚え始める。
「くそっ!早く病院にでも連れて行ってやらねーと……」
この深手、一刻も早く治療しなければ命が危うい。
茫然自失の上条も、烈火の言葉に意識を取り戻す。
「そ、そうだよ!救急車呼ばねえと!!」
上条は慌ててポケットから携帯を取り出そうとする。
が、烈火の手がそれを制した。
「……救急車呼ぶ前に、そのコ担いでどっか逃げてくれ」
言葉の意味が理解出来ない。
そんな上条に取り合うことはせず、烈火は叫んだ。
「そこにいるヤツ!隠れてねえで出て来やがれ!!」
一体何を言っているのか、上条にはわからない。
しかし、答えはすぐに返ってきた。
エレベーター横の非常階段から、2メートル近い大男が姿を現したことによって。
「……別に、隠れていたつもりはないんだがね」
黒い修道服を身にまといながら、真っ赤な髪の毛と身体中に身につけられた装飾品、極めつけにはくわえ煙草でそれを台無しにした男がそこに立っている。
男は顎に手を当て、首を捻った。
「はてさて一体どうしたものか。人払いのルーンを刻んで部外者が立ち入れないようにしたはずだが……どうも、何かの手違いがあったらしい」
その男の言葉もまた、上条には理解し難いものだった。
まるでマニュアルでも読んでいるかのように平坦な声で、男は続ける。
「やはり、目撃者は殺すしかないのかな?」
体が強張った。
なんの感情も込めることなく、淡々とそんなことを言ってのけた男を前に、脳味噌が危険信号を発している。
『こいつはヤバい』。
拳に力が入った。緊張か、恐怖か。
いずれにしても、自分が目の前の男を警戒しているということはわかった。
上条の心情を知ってか知らずか、男は笑いながらこう告げる。
「ははは、冗談だよ冗談。こちらとしても、学園都市との間に禍根を残す真似はしたくない。だから……僕の気が変わる前に、“それ”を置いてさっさと消えろ」
口元にこそ薄い笑いを張り付けているものの、目は笑っていなかった。
冷たい殺意を宿した視線が、上条と烈火の肌を刺す。
“それ”というのが、ちょうど今役目を終えて去っていった清掃ロボを指している訳ではないことはわかっている。
男がまるで道具のように呼んだのは、血塗れのインデックスだ。
(──逃げねえと)
上条たちにはこんな男の相手をしている余裕もなければ、その気もない。
手遅れになる前に、インデックスを治療しないといけない。
(けど、どうやって……!)
今、まともに動けるのは上条だけだ。
瀕死のインデックスは元より、烈火だって足を引きずりながら歩くのが精一杯の状況。
いくらなんでも、怪我人二人を抱えてあの男から逃げ切れるとは思えない。
ならば。
(やるしか、ねえ!)
右手を強く握り締めた。
恐らく奴は、インデックスが言っていた『魔術師』という人種に違いない。
『魔術』などという得体の知れない力にまで幻想殺しが効果を発揮するかは未知数だ。
それでも、やるしかない。
(花菱の炎だって消せたんだ……きっとこいつも!)
二人の前に、庇うように立った瞬間。
「ぐおっ!?」
背後の烈火に首根っこを掴まれ、後ろ向かってにぶん投げられた。
盛大に尻餅をついた上条は、烈火を見上げる。
そして、おののいた。
「言いてえことはそんだけかい?」
烈火の背中から、凄まじいまでの怒りのオーラを感じたからだ。
烈火は上条に声をかける。
「当麻、さっさと逃げろ。こいつは俺がなんとかする」
「なっ……に言ってんだ!!お前は怪我人だろ!?残していけるわけ……」
「だからだよ」
困惑する上条に、烈火はきっぱりと言ってのけた。
自らの左足を指差して、彼は続ける。
「この足じゃ、そのコ連れて逃げんのはまず無理だ。だからここは引き受けた」
「でも……」
「それに!」
なおも納得していない上条に、烈火は告げた。
「このタコぶちのめしていかねーと、気が済まねえ!!!」
そのまま振り向いて、上条を怒鳴りつける。
「早く行け!!間に合わなくなんぞ!!」
烈火を置いていくことはしたくない。
それでも、烈火の言葉が正論であることはわかっている。
ほんの少しの間、上条は逡巡した。
そして、床に横たわったインデックスを抱え上げると、
「追加だ、花菱。俺の分も、そいつ殴っといてくれ!!」
烈火を鼓舞するかのように、そう言った。
烈火は腕を真横に上げると、親指を立てて見せる。
「引き受けた!」
それを見届けた上条は、一目散に走り出す。
魔術師がいるのとは反対側の階段を駆け下りて、学生寮から脱出した。
特に抵抗もせず二人のやり取りを眺めていた男に、烈火は言った。
「黙って見逃してくれるたぁ、ズイブン紳士じゃねーか」
男はつまらなそうに、白い煙を吐き散らしながら答える。
「なに、君を殺してから追いかけても十分間に合うと踏んだのでね。なるべく手荒い真似はしたくなかったが、こうなったらやむを得まい」
煙草を指で挟み口から離して、男は笑った。
その笑顔から、奴がこの状況を楽しんでいることが烈火には伝わった。
警戒心を高め、烈火は腰を落として臨戦態勢に入る。
同時に左足に痛みが走るが、構っている隙はない。
「火影忍軍七代目頭首、花菱烈火。いざ尋常に勝負!」
烈火は名乗りを上げる。
火影の名が、頭首の立場が、彼の意志をより強固にする。
それに応じるかのように、赤髪の男も己の名を口にした。
「ステイル=マグヌス……と、名乗りたいところだが、ここは『Foltis931』と名乗っておこうか。魔法名と言ってね、まあ言うなれば……」
ステイルは、手に持った煙草を廊下の外へと投げ捨てた。
煙草はくるくると回転しながら落下していき、先端に点された火がオレンジの軌跡を描く。
──芒っ!!──
瞬間、煙草が炎に呑み込まれ、先ほど描かれた軌跡をなぞるようにして、ステイルの手元まで炎が伸びる。
「殺し名、かな?」
ステイルの手に生み出された炎の剣は、一拍の間もなく烈火に振るわれた。
剣は即座に形を失い、炎の奔流と化して烈火の体を呑み込んだ。
3000℃の灼熱が烈火を喰らったのを確認し、ステイルはさも愉快なように手を叩く。
「時間稼ぎお疲れ様。三十秒くらいは足止めになったかな?」
嘲るように、魔術師はそう言った。
原作沿いになりますが、まるっきり同じにはならないように頑張ります。