3000℃の炎に抱かれ、哀れにもその生涯を終えた男を悼むこともせず、ステイル=マグヌスは次に採るべき行動について思索する。
あまり“あちら側”の人間に手を出したくはなかったが、これも尊い犠牲というやつだ、と自身の心中で結論づける。
もう一人の男が禁書目録を連れてこの場を離脱してから、一分と経ってはいない。
いくら小柄な少女とはいえ、手負いの人間を背負ったままそこまで素早く行動出来るはずもなく、今から追いかけても追いつくのは難しいことではない。
あまり人気の多いところに行かれると厄介なので、その点は注意しなければならないが。
ステイルは、つい今し方自分が殺した花菱烈火とかいう男の焼死体に背を向けて、階段へと足を伸ばした。
事後処理には専門の部隊が派遣される。もっとも、死体が残っているのかも怪しいものだが。
この時、ステイルは確信していた。
烈火は既に死んだものだと。ステイルの炎に焼かれ、苦しむ間もなく逝ったものだと。
だから、彼は心底驚いた。
「どこ行くつもりだ?つれねーなぁ」
己の耳が拾った、烈火の生存を証明するその声に。
慌てて振り返ると、そこには亀甲のような形の紅く輝く炎の膜と、火傷一つ負わずその中で不敵に笑う烈火の姿があった。
「……結界、か?味な真似をしてくれる」
烈火を覆うそれが、炎で造られた結界であることを、ステイルは一瞬で見抜いて見せた。
ルーンの魔術師である彼は、中でも炎に特化した魔術を行使する。その経験と勘が、烈火の能力が如何なるものかを推測させる。
即ち、己と同じく炎を操る能力者。
「急いでるとこわりーけど、もうちっと付き合ってもらうぜ。なんせ久々に強ええ奴らとやり合ったんで、アドレナリンどばどば出てんだ」
結界が消え、烈火はコキリと指を鳴らした。
今度はステイルが身構えて、相手の攻撃に備える。
「焔群!!」
烈火の右腕に、炎が巻きつく。
帯状の炎は、烈火が拳を突き出すと同時に解き放たれ、ステイルの体を貫かんとして殺到する。
螺旋を描いて迫る炎を、ステイルは後方に跳ねて回避した。
だが。
「逃がすかよ!!」
炎は、コンクリートの床に突き刺さろうかというタイミングで軌道を変える。
神出鬼没な炎の鞭は退避したステイルに襲いかかり、二段階の動きに対処しきれなかった男の体を大蛇の如く締め上げた。
だが、身体の自由を奪われながらも、ステイルは動じない。
「
何故なら、焦る必要などないからだ。
相手が自分と同様炎を扱っていようと、自分と同じ強さを持つわけではない。
一つ一つ、対処すればいいだけのこと。
そうするだけの自信も、自負も、彼は持ち合わせていた。
壁一面に貼られたルーン文字が、彼に力を与える。
「
ステイルの右手から炎剣が伸びる。
その標的は烈火ではない。
自身の足下──コンクリートの床だ。
接触と同時に、炎剣は爆ぜる。
爆風は、それを起こした張本人であるステイル自身を襲った。
火柱が立って、互いの視界を遮った。
直後、火柱を突っ切って現れるステイル。傷はなく、彼に巻きついていた焔群の炎は消え去っている。
つまり先の爆発は、焔群を吹き飛ばすためのものというわけだ。
迫り来るステイルを、烈火は炎の刃で迎え撃つ。
「
ステイルが、三度炎剣を練り上げる。
それも今度は双手に一つずつ、二刀を以て挟み込むように烈火へと斬りかかった。
両方向から迫る炎に、烈火は一つの回答を示す。
それは回避でも防御でもない。
攻撃だ。
無事な右足一本で、前方に飛ぶように跳ねる。
長物を扱うが故に無防備となったステイルの懐に潜り込み、炎の刃で一閃。
袈裟斬りが大男に致命傷を負わせた……そう思うより先に、違和感を覚える。
(手応えが……ねえ!)
途端、視界に捉えていたステイルの体が揺らいだ。
魔術師はゆらりとその姿を消失させる。
「なっ!?」
烈火は驚愕した。
ステイルが消えたこと。
そして、両手に炎剣を携えたステイルが、“即座に目の前に現れた”ことに。
それは、蜃気楼だった。急激な気温変化によって生み出された、ステイルの虚像。
確実に烈火を仕留めるために用意された魔術師の罠。
先ほどの映像を繰り返すようにして、ステイルは炎剣を振るった。
不意を突かれた烈火は、回避も防御も間に合わすことはできない。
ただ無抵抗に、ステイルの炎を浴びるのみ。
「ぐあああああああああッ!!!?」
炎への強い耐性を持つ炎術士といえども、3000℃を誇るステイルの炎をまともに喰らってしまっては、ノーダメージでは済まされない。
灼熱の激痛に絶叫する烈火を見て、ステイルは躊躇うことなくもう片方の炎剣を叩き込む。
確実に息の根を止めるため。
己の前に立ちふさがった障害を排除するため。
二つの炎剣が交差した瞬間、それらは形を失った。
炎の剣は、暴れ狂う爆炎と化して、烈火の身体を吹き飛ばした。
烈火は紙屑のように宙を舞い、突き当たりの壁にぶつかって動きを停止させられる。
「ぐっ、ぬぉぉぉ……!!」
烈火は立ち上がる。
全身を焼かれ、激痛に苦しみながらも、戦う意志を捨てはしない。
その目に宿した闘志の炎を絶やすことなく、ステイル=マグヌスの前に立ちはだかる。
「しぶとい奴め……いい加減諦めたらどうだ?」
ステイルは、呆れたようにそう言った。
あれだけのダメージを負ってなお立ち上がることの出来るタフネス、そして精神力は見上げたものだ。
しかし、今烈火がしていること。それは無駄な足掻きに他ならない。
その行為は、ステイルを酷く苛立たせた。
「俺はテメーをぶん殴るって決めた。当麻の分と合わせて二発だ。だから諦めねえ。平気で女の子傷つけるようなヤローに、負けてたまるかよ!!」
『諦めない』
その言葉が、ステイルの心にまとわりつく。
「くだらない」
ステイルは吐き捨てた。
諦めないと言うのであれば、勝手にすればいい。
ステイルの採るべき行動は変わらない。
ただ目の前の敵を、焼き尽くすだけ。
今までだって、そうだった。
「ならばそのくだらない意地もろとも、消し炭になってしまえ!」
炎が生まれ、放たれる。
烈火の身体を喰らいつくさんとする灼熱の奔流。
しかし、その一撃が二人の間を詰め切るより早く、烈火も動いた。
「弐竜!焔群、砕羽!!」
炎の鞭が右腕から伸び、その先端が刃に変化する。
炎の鎖鎌というべきそれは、烈火の手元から投擲されると、ステイルの炎を真っ二つに斬り裂きながら術者に迫った。
「くっ……」
ステイルはすんでのところで身を翻し、それを回避する。
しかし、一撃だけでは終わらない。
ステイルの身体を飛び越えた鎖鎌は大きく迂回し、再び獲物に襲いかかる。
背後からの次撃。体勢を崩したステイルに、かわすことは出来ない。
「がっ……!!」
背中に走る激痛に、呻きが漏れる。
されどステイルは止まらない。
苦痛を噛み殺し、踏み込む。
攻撃を終え、隙の生まれた烈火へとカウンターの炎剣を差し込んだ。
炎を喰らった烈火の身体が地面を転がる。
追撃の好機。
しかし、ステイルも片膝をついて倒れないようにするだけで精一杯だった。
今度こそ。
祈るように、ステイルは思った。
今度こそ、奴は起き上がらないはずだ。
今度こそ、倒れ伏して動くことはないはずだ。
今度こそ。
だが。
「ま、だまだァ……これっぽっちじゃ効かねーぞ!」
それでも、烈火は倒れない。
左足から夥しい量の血を流し、全身に火傷を負いながら、何度だって立ち上がる。
その姿を見て、ステイルは歯を食いしばる。
「あああああああああ!!!」
奴が立ち上がるのであれば、己が先に力尽きる訳にはいかない。
痛みを堪え、両足に力を込める。
長方形の狭いリングで、二人の男は再び対峙した。
「へっ……へへへへへ」
不意に、烈火の頬が緩み、口から笑い声が漏れる。
「何が可笑しい!」
ステイルの怒声が飛んだ。
真剣勝負の場において、空気を乱すような行い。
それはまるで、自分への嘲笑にも思えた。
「いや、ついな。……俺には諦めろなんて言ってたクセに、テメーだって頑張ってるもんだからよ」
「ふん、一緒にするなよ素人が。僕には果たさねばならない使命がある。ただお節介を働いているだけの君とは違うんだ!」
そうだ。これは使命。
命を懸けるに値する、崇高なる使命。
痛みなどに構ってはいられない。
「使命、ね……」
しかし、烈火は納得していなかった。
ステイルの説いた使命など、解することは彼には出来ない。
「テメーの言う使命ってのは、あんな女の子に大怪我させても許されるもんなのか?」
鋭いナイフのように、烈火の言葉がステイルの胸に突き刺さる。
唇を強く噛むと、一筋の血が流れた。
身体の中で渦巻く激情が、溢れたかのように。
「あんな小せえ女の子半殺しにするのが正しいことだなんて、テメーはホントに思ってやがんのかよ!!」
「黙れッ!貴様に何がわかる!!」
激情は、言葉となって吐き出される。
「僕だって……僕だって、本当にこんなことを望んでいるわけじゃない!だけど、そうしなければいけないんだ!そうしなければ……あの子を守ることは出来ない……インデックスを救えないんだ!!!」
ステイルの戦う理由。
大切な者を守るため。あの少女を救うため。
不思議と、それが嘘ではないと烈火にはわかった。
それでも、だからこそ……
「『ムカつく』な」
烈火には許せなかった。
「守る?救う?なんだそりゃ、くだらねー」
烈火が吐き捨てた言葉に、ステイルの怒りが膨れ上がる。
「なん……だと……もう一度言ってみろ!!!」
怒気は塊になって声に乗り、烈火へとぶつけられる。
それでも、烈火は怯むことなく続けた。
「くだらねえっつってんだよ!!」
少女を想うステイルの気持ちは伝わった。
伝わったからこそ、烈火には理解出来ない。
「使命なんて言葉使ってカッコつけてんじゃねえぞ馬鹿野郎!結局テメーは逃げてるだけだ。歩くのがつれえからって諦めて、楽な道選んじまっただけだろうが!!」
烈火は走る。
左足の痛みなど無視して。
目の前の『ムカつくヤロー』に拳を振りかざす。
「ホントにあの子が大事なら、みっともなく足掻いてみやがれ!!テメーは『ムカつく』んだよ!!」
ステイルは、反撃することも、避けることすら出来はしなかった。
身体は硬直し、ただ立ち尽くし烈火の拳を受け入れるのみ。
巨体が地面に崩れ落ちる。
地に伏したステイルに向かって、烈火は言った。
「立てよ。まだまだ、こんなもんじゃ収まらねえ」
烈火の言葉に呼応するかのように、男は立ち上がる。
今にも崩れ落ちそうになりながら、己の体に鞭打って、戦うために立ち上がる。
「だ、まれ」
そして、呪詛の如くそう言った。
「だまれ……だまれ……だまれ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れェェェーーーーーーッッ!!!!」
全てをさらけ出しながら、ステイル=マグヌスは叫んだ。
そこにあるのは、最早純然たる殺意のみ。
「殺す、殺す、焼き殺してやる!諦めただと?ふざけるな!!僕の覚悟が、貴様などにわかってたまるか!!!」
殺さねばならない。殺すしかない。
己の心に平静を保つため。
己が行いの正しきを証明するため。
己の心に土足で踏み入り、己の覚悟を踏みにじった花菱烈火を、今この場で抹殺するしかない。
「世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ」
殺意に導かれるままに、ステイルは紡ぐ。
より確実なる死を、花菱烈火にもたらすために。
「それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり。それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり。その名は炎、その役は剣──」
己の持てる最強の炎で、あの痴れ者を焼き尽くす。
「顕現せよ。我が身を喰らいて力と為せ────『
ステイルの前に、炎が集まる。
それは巨大な火柱となり、徐々に人の形を為していく。
炎の巨人が現れた。
「なんだぁ!?」
それを見て、烈火は紅麗の炎を連想した。
紅と磁生。紅麗がその能力を以て、魂を炎に変えた二人の姿を。
だけど違う。
ステイルが召喚したそれは、あくまで無機質。
さながら燃え盛る木偶人形であり、その灼熱の体に相応しくない冷たい印象を覚える。
「ゆけっ!!」
ステイルの号令を受け、炎の巨人は始動する。
地面を這いずって、烈火を叩き潰さんと掌を振り上げる。
「なめんなっ!崩!!」
烈火はそれを迎え撃つ。
無数の火玉が『魔女狩りの王』の身体を穿ち、四肢を喰い千切った。
「どーぢゃ!!」
標的を無力化し、烈火は喜びの声をあげる。
しかし、それも束の間。
欠損した部位から重油のような黒い物質が飛び出すと、それは本体から分離した四肢を繋ぎ止め、巨人は再び五体満足を取り戻す。
「んなっ!?」
またも繰り出される巨人の一撃。
攻撃は無意味と悟った烈火は、円の結界を展開し、それを受け止める。
それこそが、ステイルの狙いだとも知らずに。
ステイルは、魔女狩りの王に炎剣を叩き込む。
その瞬間、巨人が爆ぜた。
爆炎は烈火を守る結界を包み込み、その頂点となっていた火玉と相殺する。
結界が消失し、烈火は丸裸になった。
──好機!
魔女狩りの王が拳を振るう。
烈火はとっさに腕を交差させ、それを受け止める。
しかし、身体はボールのように簡単に弾き飛ばされた。
炎を操る者として、また数多の敵を相手取ってきた魔術師として。
ステイルのこれまでの経験が、一度見ただけで円の弱点を見抜かせた。
それは紛れもなく、ステイルが磨き上げてきた強さだ。
「ち……きしょ……!」
ノックアウトはなんとか免れた。
それでも、限界は近い。
連戦の疲労、蓄積されたダメージ、火竜乱発による精神の摩耗。
様々な要因が、烈火の肉体に警戒信号を発している。
おそらくもう一発喰らえば、そこで終わりだ。
対するステイルは、烈火が再び立ち上がったことに驚くこともしない。
相手が何度向かってこようが、関係ないと思っているからだ。
マンションの廊下という狭く限られた空間において、魔女狩りの王は強靭なる矛にして、堅固なる盾となる。
烈火がどんな攻撃を繰り出そうとも、その攻撃ごと烈火自身を捻り潰せばいい。
魔女狩りの王という隠し玉を、疲弊した烈火に攻略することは不可能に違いない。
「終わりだな、能力者。君に勝つ術は残されていない。このまま僕になぶり殺しにされるだけだ」
限界が近いのはステイルも同じだ。
背中の傷は、決して浅いものではない。
それでも、彼がギリギリまで隠し持っていた切り札が、二人の間の絶対的な壁となる。
だからステイルは笑う。
勝利を目の前にして、死を間近にした烈火を嘲る。
そして、気づいた。
烈火もまた、笑っていることに。
全身から汗が噴き出した。
炎の前に身を晒し続けているからではない。
身体中を巡った悪寒がそうさせた。
(なんだ!?一体何を企んでいる!!)
普段なら、単なる強がりかハッタリだと切り捨てただろう。
だが、これまで繰り広げた烈火との戦いの経験は、ステイルにそれを許さない。
何かある。
予感ではなく、確信を持ってそう言えた。
今すぐ奴を殺さなければ。
焦燥感に支配され、ステイルの手が動いた。
「やれっ!魔女狩りの王!!」
巨人の突進。
一刻も早く、一寸も隙を与えず、烈火にトドメを刺すべく。
しかし、間に合わない。
烈火の指が空を切り裂く。
描くのは、切り札の名を示す『刹』の
一文字。
「竜之炎肆式──」
呼び出すは、危険すぎるが故にこれまで召喚するのを躊躇っていた『邪悪竜』。
その名は──
「刹那!!」
烈火の身体から、火柱が立ち上る。
魔女狩りの王を弾き飛ばした火柱は、狭い空間を所狭しと暴れ回った。
壁を、天井を、建物を喰い破っていくそれはやがて動きを止める。
その時、ステイルは初めて気がついた。
それはただの火柱などではない。眼を持たない、炎の竜だということに。
獰猛に口を開き、舌を覗かせるその竜に、ステイルはまるで被捕食者のように恐怖した。
眼はないはずなのに、鋭い眼光を向けられているような錯覚すら覚える。
同じ生き物を象った炎である魔女狩りの王とは全く異質の存在。
炎そのものが意思を持ち、生きているかのように思える。
「降参する気はねーのか?」
バケモノを従えた烈火がステイルに告げる。
「コイツは扱い難いから、火加減する自信はねえぞ」
満身創痍の烈火が口にしたのは、勝利宣言とも採れる警告。
己の恐怖を見透かされたような気がして、ステイルは吼えた。
「なめるなよ!貴様などに負けたつもりはない!!」
そうだ。
あんなものを生み出したところで、烈火の傷が癒える訳ではない。
依然として有利なのは自分だ。
あの竜がどんな攻撃を見せようが、魔女狩りの王という分厚い壁を突破する事など不可能だ。
「そうか……なら遠慮しねえぞ!!」
烈火が叫んだ。
直後、竜の顔面に亀裂が走った。
徐々に、瞼を開くようにして広がる亀裂。
そこから現れたのは、巨大な一つの目玉。
悪魔の如き竜の眼を、ステイルは直視してしまう。
巨大な眼がステイルを見つけ、竜の細長い舌が獲物を心待ちにするかのように揺れた。
魔女狩りの王ごと、ステイルは防御体勢に入った。
如何なる攻撃にも対応するため身構える。
「瞬炎」
烈火が呟いた、その瞬間
「ぐああああぁぁぁぁぁああああああ!!!?」
ステイルの身体が炎に包まれた。
魔女狩りの王の壁も、ステイルの警戒すらもすり抜けて。
八竜最速を誇る刹那の『瞬炎』は、その名が示す通り刹那の速度でステイルを焼いた。
(熱い!熱い!熱い!熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!)
頭の中が、苦痛の叫びで満たされる。
それはまさしく灼熱地獄。
身を焦がす炎に悶絶するステイルは、声を上げることすら出来ない。
耐火術式も無意味の温度は、ステイル自身の炎をも凌駕する。
燃え上がるステイルは、何者かに胸ぐらを掴まれ引き寄せられるのを感じた。
いや、何者かではない。
それは、この場にいるもう一人の男以外にありえない。
苦しみのあまりコントロールを忘れた魔女狩りの王をかいくぐり、ステイルに自らの拳で一撃を与えるために。
「──さっきのは当麻の分だ」
拳を振り上げ、烈火は言った。
「そんでこいつは──俺の分!!!」
腰の回転で放たれた鉄拳は、ステイルの身体を宙に舞わせるには十分な威力を持っていた。
その身を強かに床に打ちつけて、ステイルは意識を手放しそうになってしまう。
だが。
「ま……だだぁ!!」
魔女狩りの王が、再び動き出す。
「勝ったと思うなよ……!魔女狩りの王は消えはしない……この建物中に貼った何千何万のルーン全てを消さない限り……いつまでも、貴様を殺すまで動き続ける……!!」
この階だけではない。
全ての階に、ルーンを描いた紙は設置されている。
その全てを、魔女狩りの王から逃げながら剥がすことなど、足に傷を抱えた烈火には不可能。
ステイルが敢えて弱点を告げたのは、そう信じていたからだ。
微かな希望に縋って、無様にもがいた上で絶望を与えるために。
己のこれまでの苦痛を、少しでも知らしめてやるために。
ステイルは勝てない。しかし、烈火が生き延びることも許さない。
怨念めいたステイルの悪意が、烈火を襲う。
「わりーな」
それでも、烈火の顔に恐怖はなかった。
「俺は死なねえ。お前だって死なせねえ。建物全体がやべえってんなら……」
幾度となく逆境に晒され、それでも烈火は前に進み続けてきた。
諦めなど、烈火の中には存在しない。
「全部まとめて、ブッ潰す!!!」
烈火が指を動かした。
先の戦闘中幾度となく繰り返していたその所作が、炎を生み出すための儀式であることにステイルは気づいていた。
「悪足掻きを……たとえどんな炎を使おうが、この建物を全て破壊する事など出来るわけがない」
その言葉に、烈火は笑って応える。
「そいつはどーかな?」
まさか、とステイルは思った。
烈火の炎の威力は戦闘を交わし、この身を以て体験している。
それでも、建物全てを破壊出来るほどの威力など感じられなかった。
だから大丈夫。そのはずなのに、不安が消えない。
烈火の指が動きを止めた。
それは、攻撃準備が完了した合図である。
「こいつは試したことねーが……頼むぜ、上手く行けよ!!」
次の瞬間、廊下全体がオレンジに染まった。
ステイルが慌てて外を見ると、なにやら半透明の紅い膜のようなものが映る。
それが円の結界であると気づくには、少し時間がかかった。
結界は、建物全体を覆うようにして張られている。
「一体何を……!」
ステイルが問おうとしたその時、閃光と轟音がその場を支配した。
話の流れ上、烈火があまり強くなくなってしまいました。
次こそは、しっかり強く描けるようにしたいです。