とある烈火の八俣火竜   作:ぎんぎらぎん

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遅くなってごめんなさい。がんばります。


其之十七:魔術との邂逅⑦lucky punch

 薄暗い通路を、少女は裸足で走っていた。

 捕まったら殺される。そう思って、死に物狂いで走っていた。

 頬を伝う涙が風で広がって、少女の顔を汚していく。死への恐怖によるものではなく、少女のために命を散らした少年を想ってのものだった。

 

 超能力と魔術、両方を扱える人間を。

 そんな誘い文句に乗って、少女はこの場に連れてこられた。

 

 少女には、野望も野心もあったわけではない。超能力と魔術を両方使える万能感を味わいたかったわけでもない。

 ただ、新しい友達が出来るのではないか。そして、この実験をきっかけに科学と魔術の溝が少しでも埋められるのではないか。そんな、単純で純粋な思いがあっただけだ。

 

 少女は呪う。そんな風に考えていた過去の自分を。そして科学と魔術の邂逅という愚かな絵空事を。

 

 実験の最中突如乱入してきたイギリス清教騎士団も、少女を逃がそうと魔術を行使した少年が全身から血を噴き出した光景も、その少年が騎士団の棍棒に打たれて死ぬ瞬間も、少女は決して忘れないだろう。

 

 少女は決意した。二度とこんなことがあってはならない。二度とエリスのような犠牲者を生んではならない。科学と魔術を引き裂くために、どんなことでもやってやる。

 胸に宿った憎悪を糧に、エリスの名前を背負いながら、シェリー=クロムウェルはそう誓った。

 

 

 鉄丸──体内に投与することで術士の肉体を鉄そのものに変化させる身体硬化魔導具。

 天堂地獄が破壊された時、魔導具は全てその役目を終えて消滅した。鉄丸もまた、例外ではなかった。

 しかし今、鉄丸は再び土門に力を貸した。土門の絶体絶命の危機に応え、その能力を発動した。

 

「おら、どうしたよ? へばっちまったか?」

 

 数度の逆転劇。その末に、場は再び土門有利に転がった。シェリーにはもう弄する策は存在しない。もう一度柳を人質にとろうにも、さっきの今では間違いなく通用しないだろう。

 となれば、正面突破するしかない。

 

「エリス!!!」

 

 傷ついた身体に鞭打って、巨人を召喚する。そのための魔法陣も、万が一に備えて準備しておいた。

 近くには大量の瓦礫。材料は十分だ。

 

 瓦礫の山が蠢いた。そこから姿を現すゴーレムは、今までとは比べ物にならないほどに巨大。全身をコンクリートの鎧で固め、体全体の厚みも大きく増している。

 豊富な材料、開放された空間、そしてシェリーの気迫がここに来て最強のゴーレムを生み出した。

 

 土門は怯みもせずにゴーレムを見据える。これまで対峙してきた敵の中でも最大の相手。しかし、退くことはしない。

 

 巨人が土門に殴りかかった。その拳の巨大さたるや、さながら隕石の如し。生身で喰らえばさすがの土門でも一溜まりもないであろう無慈悲な攻撃。

 土門は一歩たりとも動きはしない。眠っている柳をそっと背後に下ろすと、彼女を庇護するかのように、正面からゴーレムの拳と対峙した。

 

 ゴーレムの拳と土門の頭が激突する。土門は両足を地面にめり込ませながらも、笑みを浮かべて見せた。

 直後、ゴーレムの拳は粉々に砕け散った。

 

「なっ!?」

 

 シェリーには驚きを隠す余裕すらない。建物の崩落を受けきってなお無傷であった鉄壁の防御は、容易く打ち崩せるものではなかった。

 しかし、だからといってシェリーに出来るのは攻撃を続けることだけ。今ここで敗れてしまえば、倒れてしまえば、シェリーの信念は途切れてしまうのだから。

 シェリーは、己の中に星の数ほどある信念を自覚している。ほんの一つや二つ潰えたところで何も問題はないはずだった。そう思っていた。

 だけど違った。今この時敗れてしまうことは、シェリーの中の、最も大きな信念が敗れることを意味しているのだ。

 

「私は負けられない……負けらんねえんだよ!!」

 

 巨人は何度でも拳を振るった。砕けた拳を修復し、殴る。再び拳が砕ければまた修復し、殴る。巨人は土門を殴り続けた。それでも、土門の身体に傷一つつけることも叶わない。

 鉄の肉体を前に、エリスはただその身を削り続けるばかりだった。

 

「……負けらんねえのは、こっちだって一緒じゃい!!!」

 

 されるがままにその身をエリスに打たれ続けていた土門は、右の拳を握った。文字通りの鉄拳がエリスの拳とぶつかり合って、一方的に破壊する。

 エリスとの距離を一気に詰めると今度は左のボディブロー。胴体を抉られフラついた巨人に続いて右ストレート。左、右、左、右と立て続けに巨人目掛けて拳を打ち込んだ。殺人ラッシュが再び猛威を振るった。

 さっきまでとは勢いがまるで違う。身体が硬化したことだけではない。精神のリミッターが外れたような、そんな印象をシェリーは受けた。

 

「俺達はなあ! 俺達はずっとこうだったんだよ!

 てめえらみてえな奴らからずっと柳を守って来たんだ! ずっと戦ってきたんだよ!!

 負けらんねえのが自分だけだと思ってんじゃねえぞ!!!」

 

 その強さ、まさしく鬼神の如し。

 最強のゴーレムは呆気なく土に還る……ことはなかった。再生、構築、復活。瓦礫の山は人型に、意思を持たないシェリーの兵に。

 一度得た生命は、その身を砕かれたとて失われることはない。それがゴーレム=エリス。喪われた友の名を冠す、シェリーの魔術。

 

「良いぜ、来いよ! テメーの負けらんねえ気持ちと俺の勝ちてえ気持ち、どっちがデケエか比べてやる!!」

 

 鉄の身体に宿るは鋼の意志。

 柳に治癒を施されたとはいえ、全身に負った傷は治りきってはいない。

 それでも土門も止まらない。かつて死四天の蛭湖と戦った時のように、鋼鉄と化した土門の中にあるのは柳を守りたい一心だけだ。

 

 またも、拳が衝突する。大きさも、重さもエリスには遠く及ばないはずの土門は、揺らぐことなく自分の全身よりも大きな拳を弾き飛ばし、粉砕した。

 よろめいたエリスに追撃を加えようとした土門は、自身の中に違和感を感じ取った。足を止め、掌を見ると肌の色が元に戻りつつあるのに気がついた。

 

(くそっ! () ()かよ!)

 

 元より鉄丸の効果持続時間はそう長くはなかった。だからこそ戦闘の際土門は発動のタイミングをいつも見極めていた。

 しかし、今回は以前にも増してその時間が短い。ダメージを負いすぎた故か、はたまた長く戦闘から離れていたブランク故か。いずれにせよ、このままではそう遠くないうちに土門は鉄丸の力を失ってしまう。そうなれば、土門に勝ち目はなくなってしまう。

 

 土門はほんのわずかの間思考を巡らせ、一つの答えを導き出した。

 

 土門は柳を抱え上げると、シェリーとは反対の方向へと、全力で走り出した。

 一瞬呆然とそれを見送ったシェリーは、土門の行動の意味を理解し、激高した。

 

「てめえ! あれだけ色々言っといて逃げる気か!?」

 

 怒りと失望を胸に抱きながら、エリスに命令を下して土門を追跡させる。

 しかし、土門の企みは逃亡などではなかった。

 

 エリスとの間に大きく距離を取った土門は、柳を電柱の陰に下ろすと今度は向かってくるエリスに突進する。

 

「ウガァァァァァアアアアアア!!!」

 

 土門の頭にあるのは、残された僅かな時間で如何に勝利するか。ただそれだけ。

 悠長にエリスを破壊している時間すら惜しい。かといって、シェリーの前に立ちふさがっているエリスをかいくぐることは至難の業。

 ならば、どうするか。単純だ。エリスを破壊しながら突き進めばいい。

 

 十分な助走を得た土門は、勢いを殺すことなくエリスの巨体に飛び込むように大きく跳ねた。その姿はさながらミサイル。土星の輪で増強された筋力を推進力とした人間ロケット。

 

 土門の頭がエリスの腹に直撃した。向かってきていたエリス自身の力をも利用し、鉄の弾頭が強固なゴーレムの胴体をあっさりと貫いた。

 勢いはほとんど死ぬことなく、エリスの背後に佇む真の標的に砲弾と化した土門が殺到した。

 

「ごっ……!」

 

 シェリーには避けることすら出来ず。土門の頭突きが腹に突き刺さった。

 女の身体は跳ね飛ばされ、地面を転がった。今度こそ強烈な目眩がシェリーを襲い、思考が鈍っていくのを実感させた。

 だが、意識を手放す直前であることを自覚しながらも、シェリーは己の勝利を確信していた。何故なら、シェリーを倒したところでエリスが動きを止めることはないのだから。

 

 エリスの中には、シェムという小さな安全装置が存在している。ほんの一撫でしただけでゴーレムの機能を停止させることが可能だが、裏を返せばシェムにさえ触れられなければゴーレムはいつまでも稼動し続けるということだ。

 土門がその事実を認識しているとは思えない。シェリーが意識を失ってからも、延々とエリスの相手をし続け、やがて力尽きる。

 

 激痛の中、シェリーはほくそ笑んでいた。己の勝利を確信し、エリスの復活を目に焼き付けようと顔を向け──そして目を見開いた。

 シェリーが目撃したのは、崩れ落ちる巨人。再生することも、復活を遂げることもなく瓦礫の山と化していくゴーレム=エリスの姿。

 

(そんな……まさか、まさか……!)

 

 その“まさか”だった。

 

 土門はエリスの弱点を知っていたわけでも、気づいていた訳でもなかった。ただ偶然、エリスの胴体を貫いたらそこに弱点があったというだけだ。

 

 全ては偶然が重なった結果だった。

 偶然柳の能力に新たな一面が発現したから、偶然窮地に陥ったときに鉄丸が発動したから、偶然エリスの弱点に触れることが出来たから。

 どれか一つでも起こっていなければ、結果は逆になっていただろう。

 土門の勝利は強運がもたらした、実力外のものだとも言えるだろう。

 

 しかし、かつて死四天の蛭湖は土門のことをこう評した。

 

『運をも味方につける、天賦の才を持つ戦士』だ、と。

 

 その偶然は、土門が執念と根性で手繰り寄せた、必然だったのかもしれない。

 

 

 上条当麻は途方に暮れていた。

 風子という少女の助力であの危険人物の魔手から逃れることが出来たのはいいものの、ようやくたどり着いた小萌の自宅に頼みの綱であった柳は不在だった。買い出しにでも出かけているのか。間の悪いことに、家主の小萌もおらず携帯電話を持っていない上条に柳と連絡を取る術はない。

 

「くそっ、こんな時に!」

 

 柳を探しに行くべきかと考えるが、すれ違いになる可能性がある以上下手に動くことは出来ない。かといって、一刻を争う状況で柳の帰宅をのんびりと待っているわけにもいかない。

 幸いこのボロアパートの扉は木製だ。扉を破壊して部屋に侵入し、最低限の応急処置だけでも行うべきだろう。普段喧嘩で怪我することも多く、多少なら怪我の治療法も心得ている。

 とはいえ、所詮は喧嘩の生傷程度のものにしか接したことのない上条に、ここまでの大怪我をなんとかすることはできない。結局のところ、上条には柳の帰りを待つしかなかった。

 

(どうする……最悪、ここの医者に頼るしか……)

 

 出来れば選択したくない手段だが、背に腹は代えられない。なんとしてでも彼女の命を救うには、リスクを侵してでも学園都市の医者に診せるほかない。

 ともかく、少しだけでも柳を待ってみるか……と、そこまで考えて上条は気づいた。

 

(あの風子とかいう女、佐古下から妙な電話があったとか言ってなかったか……?)

 

 いや、確かに風子はそう言っていた。あの時は焦っていたせいでその意味を深く考えてはいなかったが、あれはもしや、柳もまた何者かに襲われていたということを意味していたのではないだろうか。

 学園都市に来る前は柳も狙われていたという烈火の言葉も考慮すれば、その可能性は非常に高いと言える。

 

(……だったら、ここで待ってても佐古下は帰って来ねえんじゃねえのか?)

 

 柳の身を案じていないわけではない。しかし、今の上条には目の前のインデックスを救う算段を整えるので精一杯だ。

 柳が戻ってこないとすれば、いつまでも待ち続けることはインデックスの体力をイタズラに消耗させるだけである。ならば、やはり救急車を呼んで病院に連れて行ってもらうしかない。

 

(とにかく、さっさとしなきゃ手遅れになっちまう!)

 

「……とうま」

 

 焦燥感に駆られていた上条を、インデックスのか細い声が呼び止めた。

 

「……起きてたのか。わりい、アテが外れちまった。不本意かも知れねえけど、お前のことはこの街の医者に頼るぞ。口の固そうな先生も知ってるし、お前の素性についても隠せるように頼み込むから──」

 

 ふと、上条は気づいた。

 インデックスは魔術サイドの人間で、その頭の中には10万3000冊の魔導書が詰まっている。それだけ膨大な数の魔導書なら、きっとあるはずだ。今上条が最も必要としている魔術についての記述も。

 

「インデックス、お前魔術にめちゃくちゃ詳しいんだよな? なら、ひょっとしてお前のことを治療するための魔術ってのもその中にあるんじゃねえか?」

 

「……あるには、あるよ」

 

 即答。だが、煮え切らない反応だった。

 

「でも、知識はあってもそれを実行出来る人間がいないの……」

 

「……確かに、俺じゃ右手の力が邪魔して魔術の妨げになっちまうかもしれねえ。でも、この辺ならいくらでも人はいるはずだ! 無理やり引っ張ってでも連れてきてやる! それなら──!」

 

「ううん、違うの」

 

 力ない声が、上条の言葉を否定した。

 

「とうまみたいな力がなくても、無理なんだよ。この街の人じゃ、魔術を使うことはできないの」

 

 何故、と上条が問うより早くインデックスはその理由を告げた。

 

「……魔術っていうのは元々才能のない人が才能のある人に追いつくためにできたものなの。とうま達、この街の人はみんな才能のある側の人なんだよ。能力開発、っていうの受けたでしょ?」

 

 上条は頷いた。

 

「とうま達の頭の造りは、もう普通の人とは違ってるの。そんな人が無理に魔術を使おうとしたら、自滅して……、最悪、死んじゃう」

 

 上条は絶句した。インデックスの言葉が事実なら、もう彼に打つ手はなくなってしまう。

 小萌なら、とも考えた。能力開発を受けているのは学生のみ。教師である小萌なら魔術を使うことは可能だ。

 しかし、今この家には小萌もいない。柳よりは確実とはいえ、小萌だっていつ帰ってくるかわからない。

 と、その時、上条の頭に一人だけ浮かんだ。魔術を使うことが出来て、すぐ近くにいることが確かな人物の姿が。

 

(あいつなら、もしかして……!)

 

 

 指針が決まれば、もう迷っている暇はない。

 上条は木の扉をこじ開けんと前蹴りを叩き込んだ。手荒な手段ではあるが、鍵がない以上やむを得ない。

 

(あとで弁償するから勘弁してくれ!)

 

 心の中で家主に謝罪しながら、足に一層の力を込める。古い扉はとうとう蹴りに耐えきることが出来なくなり、中ほどから折れながら部屋へと倒れ込んだ。

 上条はドアを踏み越えながら靴を無造作に放り投げ、部屋に侵入する。空き缶の山に覆われた床を見て顔をしかめながらも、適当に空き缶を蹴り飛ばしてスペースを確保した。

 傷口を上に向けながら、インデックスを慎重にうつ伏せさせると、すぐさま玄関へと引き返した。

 

「すぐ戻るから待ってろインデックス!」

 

 いつ魔術師の仲間が来るかもわからない。それでなくとも、重傷を負ったインデックスから目を離すのは危険だ。それでも、一縷の望みに賭けるため上条は走った。

 

 あの長髪の男が追ってくる気配はない。ということは、少なくとも風子は敗れていない。

 全速力で戦場と化した路地に駆ける上条。もしまだ戦闘が続いていれば、風子に加勢するつもりで右拳を強く握った。

 上条が着いた時には、既に男の姿は消え失せていた。辺りを見回すと、風子が塀にもたれ掛かるようにして立っている。上条が近寄ると、風子は錐を構えて牽制する。

 

「誰? それ以上近づいたら串刺しにするよ」

 

 どうにも、様子がおかしい。よく見ると、風子は両目を固く閉じていた。男との戦いで目潰しでも喰らったのかもしれない、と察した上条は声を張り上げた。

 

「敵じゃない! 俺はさっきあんたに助けてもらった上条ってモンだ!」

 

「……なんだ、あのウニ男か」

 

 声で上条が誰か気づいた風子は、錐を構えていた手を下ろした。

 

「ずいぶん早く来てくれたけど、もうあいつは逃げてったよ。あんた、ちゃんと病院にあの子連れてったんだろうね?」

 

 風子の詰問に、上条は唇を噛んだ。

 わざわざ風子に時間を稼いでもらっておいて、自分はインデックスを助けてやることも出来なかった。その上、手負いの風子にインデックスの治療まで押しつけようとしている。

 頭に浮かんだ自責の念を振り払い、上条は告げた。

 

「そんな状況の時に悪いけど、あんたに手伝って欲しいことがあるんだ」

 

「手伝い?」

 

 怪訝な顔になる風子だが、上条は構うことなく続けた。

 

「とにかく来てくれ! アイツを、インデックスを助けられるのはあんたしかいない!」

 

「どういうことさ? てかアンタ、まだ救急車──ってちょっとナニナニ!?」

 

 説明している時間も惜しい。上条は風子を抱え上げてインデックスを寝かせたアパートへと走り出した。目を開けられない状態ならば、肩を貸すよりもこっちの方が手っ取り早い。

 

「悪い。詳しい事情は後で説明するから!!」

 

 風子は納得の行かないような表情を浮かべながらも、抵抗する事もなく上条に身を任せた。上条の剣幕に良からぬ予感を覚えたのかもしれない。

 人一人抱えているとは思えないスピードでアパートに到着した上条は、階段を駆け上がると先ほど壊したドアを再び踏み越えて小萌の家に上がり込み、インデックスの無事を確認する。幸いにも、魔術師はおろかアパートの住人にも気づかれていないらしく、家を出た時の状態で横になっていた。

 安堵した上条は流し台の前に風子を下ろし、蛇口を捻った。

 

「目、洗っといてくれ。多分、色々やってもらわなきゃならねえことがある」

 

 風子は反抗する様子もなく、上条の指示通り水道水で目を濯いだ。その間に上条はインデックスの様子を確認しにいく。

 

「インデックス、連れてきたぞ! こいつなら、魔術も使えるはずだ!」

 

 烈火は言っていた。烈火の持つ炎の力は、生まれついてのものだったと。そして、風子は烈火と同郷の仲間のはずだ。

 つまり、風子も烈火と同様に学園都市外の異能を操っている可能性が高い。それならば、インデックスを救うための魔術だって使えるに違いない。

 

「教えてくれインデックス! 治療用魔術ってのはどうすれば──」

 

 一筋の光明が見えたことで浮かれていた上条は、インデックスの顔を見て固まった。苦痛に歪んでいた先ほどまでとはまるで違う、全く生気を感じさせない人形のような無表情をインデックスが浮かべていたから。

 見開かれた目には輝きなどまるでなく、微かな呼吸の仕草がなければ死体と見間違えてしまいそうだった。インデックスは口を開いた。

 

「出血に伴い、血液中にある生命力(マナ)が流出しつつあります。現状を維持すれば、およそ15分後に私の身体は必要最低限の生命力を失い、絶命します。これから私の指示に従って、適切な処置を施していただければ幸いです」

 

 時計の針が進むかのように正確に、かつ無機質にインデックスは告げた。朝方出会った表情豊かな少女の面影など既になく、姿と声を借りたロボットにしか見えなかった。

 目を洗ってある程度視力が戻ったらしい風子も、ギョッとした様子で固まっている。

 

「……さっき言ってたインデックスって子だよね? どうしたんだよ、そりゃ一体」

 

 本来のインデックスのことは知らない風子でさえ、その今のインデックスが放つ異様さに驚いていた。インデックスはたじろぐ二人に構うことなく、つらつらと言葉を並べていく。

 

「はい。私はイギリス清教内、第零聖堂区『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属の魔道書図書館です。呼び名は禁書目録(インデックス)で構いません」

 

 機械のように冷静に、時計のように正確に。淡々とした口調は瀕死の怪我人が喋っているとは思えないものだった。

 

「自己紹介が済みましたので、これから行う処置の説明に入ります。その前に、貴方はこの空間から退出してください」

 

 あくまでも冷淡で、冷酷だった。遠慮や気遣いなど一切なしに、インデックスは上条に向けてそう言った。

 

「……なあ、インデックス。俺にも何か出来ることってないのか?」

 

「ありえません。この場における最良の選択肢は、貴方が速やかに立ち去ることです」

 

 すがるような上条の言葉はあっさりと拒絶される。そのやりとりを聞いていた風子が、顔をしかめて声を荒げた。

 

「あんたね……怪我人だからって言って良いことと悪いことが──」

 

「いや、いいんだ。ワガママ言っちまった俺が悪い」

 

 風子を制し、上条は玄関へと歩いていった。先ほど破壊したドアを持ち上げ、なるべく出口を塞ぐような形で立てかけておいて、風子に声をかけた。

 

「……色々巻き込んじまってすまない。そいつのこと、頼んだ。終わったら教えてくれ」

 

「ちょっとあんた!!」

 

 風子の呼びかけも無視して、上条はアパートの階段を駆け下りた。少し離れた所で立ち止まり、アパートを呆然と眺めながら右手を強く握った。

 

「……なんだよ。なにが幻想殺しだ。結局、苦しんでる女の子を助けることも出来ねえじゃねえか」

 

 拳を塀に叩きつける。何度も、何度も。血が滲んできても、構うことなく壁を叩いた。

 

 理解は出来る。覚悟もしていた。それなのに、悔しかった。悔しくてたまらなかった。

 

 忌まわしい右手を痛めつけるために、上条はずっと塀を殴り続けていた。

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