とある烈火の八俣火竜   作:ぎんぎらぎん

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其之十八:誓い

「おいしー! これすっごく美味しいんだよ、やなぎ!」

 

「ほんと? えへへ、喜んでもらえたなら嬉しいな」

 

「よしっ、なら次はこの風子ちゃんスペシャルだっ!」

 

「どれどれ~、ングッ!?……ふーこ、これ劇薬か何か?」

 

「なんぢゃとお!?」

 

 学園都市第七学区にある学生マンション。その一室に、少女たちの黄色い声が響いていた。しかしながら、この部屋の家主は彼女らの中の誰でもない。女性と見紛う容姿であるが、歴とした男性・水鏡凍季也だ。

 昨夜、魔術師達との邂逅の後、上条とインデックス、そして火影のメンバー達は水鏡の家に集まることになった。元々の集合場所あった小萌の家からほど近く、上条とインデックスを含めた仲間が全員集まれるだけの広さがあるのが水鏡の家だったからだ。……当然、水鏡は良い顔をしなかったのだが。

 小萌にも謝罪と連絡を兼ねた電話を上条が入れておいていた。弁償と説教くらいは覚悟していた上条だが、意外にも小萌はドアの弁償をやんわりと断って、説教どころか激励の言葉を上条に送った。

 

『今度は何に首を突っ込んでいるのか知らないですけど、大怪我だけは負わないように』

 

 上条は拍子抜けしたものだが、同時に小萌の寛大さにも深く感謝するのだった。

 

 女性陣がキッチンで朝食作りに取り組んでいる間、野郎共は各々の情報交換を行っている。

 目を覚ました烈火から昨夜の経緯を説明されて、水鏡は溜め息をついた。

 

「魔術師か……厄介なことに首を突っ込んでくれたな」

 

 神裂という女と刃を交えたときの感触が手に蘇る。剣技で水鏡を圧倒してなお、あの女は真の実力を隠しているようだった。再び相まみえることになったとして、無事に済むとは思えない。

 

「……巻き込んどいて言えることじゃねえけどさ、元はといえばお前等には関係ない話なんだ。これ以上危険な真似させるわけにはいかない」

 

 神妙な面持ちで上条は呟いた。

 インデックスが何故狙われているか。その理由についても、既に説明は受けてある。インデックスが持つ完全記憶能力のことも、その頭に眠る10万3000冊の魔道書のことについても。

 その上で、上条はたまたま巻き込まれただけの烈火たちへの謝意を表明した。

 

「すまない。俺が頼りないばっかりに、花菱や霧沢たちには迷惑かけちまった。でも、こっからは俺一人でなんとかしてみせる。だから、お前らはもう……」

 

「お心遣い感謝する。だが、これは既に君たちだけの問題ではなくなっているんだ」

 

 しかし水鏡は、上条の言葉にあっさりと否定の弁を述べた。

 

「理由はどうあれ、我々は君たちに手を貸し、奴らと交戦した。向こうは既に僕たちを敵であると認識しているはずだ」

 

「そうだぜ。それに、柳だってその魔術師ってのに狙われたんだ! 俺たちにとっても見過ごせる相手じゃねえ!」

 

 土門も大きく首を上下させた。

 

「あのじゃじゃ丸オバサン、ちっと目ぇ離した隙にどっか行きやがったんだ。また柳にちょっかいかけに来ねえとも言えねえしな!」

 

 そう言って、鼻息を荒くしている。

 烈火は二人の言葉に満足げな笑みを見せると、上条の胸を拳で叩いた。

 

「みずくせーぞ当麻。これでも俺たちゃ修羅場ってのにゃ慣れてんだ。もちっと頼りにしろよ!」

 

「花菱……」

 

「俺もこいつらも、困ってる女の子見捨てるような薄情モンじゃねーぜ?」

 

「……すまん。恩に着る」

 

「単に利害が一致しただけだ。感謝される謂われはない」

 

「スナオじゃないのお、みー太郎」

 

「やかましいフランスゴリラ」

 

 ちゃかしてくる土門に睨みを入れて、水鏡は話の軌道を修正させる。

 

「ともかく、敵の出方がわからない以上こちらは待ちに徹することしかできそうにないな。敵の一人がそれなりの深手を負っているなら、すぐに仕掛けてくることはないだろうさ」

 

「んだな。その間にこっちも治すもん治して、いつ来られても大丈夫なように準備しとくべ」

 

 烈火がそうまとめると、キッチンから柳の声が響いた。

 

「みんなー! 朝ご飯できたよー!」

 

 その声を聞いて、烈火は空っぽの腹をさすりながら言った。

 

「なにはともあれ、まずは食ってからだべ。腹が減っちゃ戦はできん」

 

 

「昨日はホント大変だったんだからなー!」

 

 口の中の白米全てを吐き散らさんとする勢いで、風子は叫んだ。

 

「インデックスちゃんの指示に従って、人形並べたり意味分からんことさせられてさー! 部屋はぐにゃぐにゃ、ヘンな天使みたいのが出て来たり。結局その子も私も怪我治ったから良いけどさ、こっちの頭がどうにかなりそうだったっての!」

 

「下品な女だな。食うか喋るかどっちかにしろ」

 

 ぼそりと呟いた水鏡に拳骨を喰らわせて、風子はなおも続ける。

 

「しかも烈火! 木蓮のヤツも生きてたんだよ!? しかも妙に強くなってやがったし!」

 

「木蓮が……?」

 

 烈火の脳裏に浮かぶ光景。燃え盛るバイオノイドドーム。逃げることも叶わずその中に取り残されたという木蓮が、よもや生きていたとは思わなかった。

 

「……どうにも、幻獣朗のヤロー一人でこっちに来たワケじゃなさそうだな」

 

 烈火に続き、土門も神妙な顔つきを見せた。

 

「考えたくねえけどよ、もし昨日柳が浚われそうになったのが幻獣朗のサシガネだったら…」

 

「幻獣朗が魔術師とのパイプを持っている可能性も十分あり得るということだ」

 

水鏡の言葉が重く響いた。

十分に考えうる、しかし考えたくない可能性。

火影一同は眉間に皺を寄せた。事情を知らない上条とインデックスは首を傾げる。

口の中の物を麦茶で流し込んで、烈火はあっけらかんとした様子で口を開いた。

 

「……ま、ごちゃごちゃ色んなこと考えたってまとまんねーべ。とりあえず今は、魔術師の連中と戦うことだけ考えときゃいいんぢゃねーの?」

 

「呑気なやつだ。そこまで楽観的でいられる君が羨ましいよ」

 

「お、そうか? ウハハハ」

 

「褒めてない」

 

烈火の態度に呆れる水鏡を風子が宥める。

 

「でもさ、烈火の言うことももっともかもしんないよ? こっちは頭数も少ないんだし、とにかく目の前のことに集中しないと。

それに、昨日だって木蓮はあとちょっとのところで私のことほっぽりだしてどっか行ったんだ。向こうも今は他に優先すべきことがあるのかも」

 

「確かに。余裕があんならわざわざ魔術師なんて使わねえで、自分たちで直接柳を狙ってくるはずだしな」

 

風子の言葉に納得したように土門も頷いた。

 

「やれやれ……」

 

水鏡は頭を抱えつつも、いつものことだと言わんばかりに目を閉じて、

 

「……立てられるだけの対策は立てておこう。幸いにも、こちらには誰よりも魔術に明るい人物がいるんだ」

 

インデックスの方に視線を向けた。それを受けたインデックスは咀嚼していた物を飲み込むと、小さな胸を力強く叩いた。

 

「任せて欲しいんだよ! 私だって、ただ守ってもらうだけなんていやかも!」

 

「へへ。ちびっこいクセに、頼もしいじゃねえか!」

 

からかいながら頭に手を乗せてくる土門に、インデックスは頬を膨らませた。

 

「ぶぅー。子供扱いはやめてよね!」

 

「わりーわりー。でもそーやってムキになるのも子供っぽいぜ?」

 

「うぐっ!? ……とうまー、どもんがいじめるー!」

 

「いや、お前子供じゃん」

 

「むきゃー!」

 

「お、おいやめろインデックス! 俺が悪かったから噛むのはやめろって……ギャー!!」

 

狭い室内で追いかけっこを始める上条とインデックスに、一同は思わず笑い声を上げていた。唯一水鏡だけは迷惑そうな顔を浮かべていたが。

 

束の間の休息。戦士達は、ただ心と体を休めるだけだった。

 

 

 

 

 

そこは、石に囲まれた薄暗い空間だった。

唯一の明かりは蝋燭に灯された火だけ。陰湿な雰囲気を醸し出すその部屋では、これからある儀式が行われようとしている。

部屋の中心、石造りのベッドに寝かされているのは小柄な銀髪の少女。時折息を荒くさせながら、うめき声を上げている。

二人の男女が、苦しむ少女を不安げに見守っていた。

黒髪の女は少女の手を優しく握る。

 

「大丈夫ですよ。大丈夫、何も怖くありません」

 

聖母のように優しげな声で、女は少女に語りかけた。

 

「目を瞑って、我らが主にお祈りを捧げていてください。そうすれば、すぐに楽になれます」

 

女はそっと、少女の胸に一枚の写真を添えた。ぎこちなく笑う少女らと、不機嫌な顔の少年が写った思い出の写真。

少女の身体が微かに震えた。

 

「私、イヤだよ」

 

少女の目から一粒の涙が零れた。ポロポロ、ボロボロと涙は次第に滝のように溢れ出す。

 

「私、忘れたくない。二人のこと、忘れたくないよ……!」

 

その言葉に女は唇を噛み締める。しかしすぐに笑顔を作り直し、少女の頭を撫でてやった。

 

「忘れませんよ。私は、私たちは絶対に貴女のことを忘れません。誓います。いつまでだって、私たちは貴女と良き友人であり続けます」

 

少し離れて、赤髪の少年はその光景を眺めていた。

苦々しい顔つきで、爆発しそうな感情を必死に押し殺しながら。

 

何が天才魔術師だ。少年は自嘲する。

新しく生み出したルーン文字も、周囲が与えた天才という称号も、少女を悲しい運命から救うには至らない。全く以て、なんの役にも立たなかった。

全ては己の無力さのせいだ。少女が泣くのも、少女が大切な友達と離れ離れになってしまうのも、己に力がなかったせいだ。

今すぐにでも自分を焼き殺してやりたい。そんな衝動に駆られる。だけど、それは出来ない。

少年には使命があった。無力な己に課した、たった一つの使命が。

 

――安心して、眠るといい。

 

少年にとってその使命は、罰であり、生きる力でもある。少女に全てを捧げ、少女に尽くすと誓った少年の、純粋な覚悟。

 

――たとえ君が全てを忘れようと、僕は君のために生きて死ぬ。

 

 

目を開くと、そこに広がるのは雲一つない真っ青な空だった。太陽光に目を眩ましながら、ステイルは自身が置かれた状況を冷静に整理する。

学生マンションの中でインデックスを見つけ、確保しようとしたところに現れた二人の男。そのうち一人と戦い、敗れた。その後は助けに来た神裂に連れられ、ビルの屋上で背中の裂傷への治療を受けた。そして、疲労のピークを迎えそのまま眠ってしまったようだ。

 

身を起こそうとすると、身体中に激痛が走った。神裂が施してくれたのは裂傷を治療する術式のみ。火傷の方の治療は専門である自分が行った方がいいと判断したは良いが、その前に力尽きてしまったことを思い出す。

ステイルは舌打ちした。

 

(二、三日はまともに動けそうもないな……)

 

単純なダメージの大きさもだが、それ以上に全身を襲う疲労感の方が厄介だ。魔力を使いすぎた反動と、強敵を前に精神を磨り減らした結果だった。

 

(何だったんだ、あの連中は)

 

ステイルの中で昨晩の記憶が蘇る。

自分と同じく炎を操り、そして自分に勝利した花菱烈火。あの規格外の炎は、ステイルの想像を遥かに超えるものだった。よもや、学園都市の能力者があれほどの力を持っているとは思いもしなかった。

烈火だけではない。女のような顔をした長髪の男や、何処からともなく現れた謎の老人。いずれもかなりの力量を持っていたとステイルにはわかった。

それに……。

 

(なぜ、奴等は人払いのルーンを刻んでいた空間に現れることが出来た……?)

 

意識レベルに働きかけてその空間を避けようとするステイルの魔術。花菱烈火という男は、それを無視してあの場に現れた。

もう一つ、理解出来ないこと。それは、歩く教会に身を包んだインデックスが、何故神裂の攻撃で重傷を負ったのか、だ。

人払いについては、掻い潜る手段がないわけではない。無論魔術についての知識は必要とされるが、一定の手順と方式さえわかっていれば、比較的簡単に解除は可能だ。あるいは、ステイル達がインデックスを捕捉するより前に彼女がその方法を伝授していた可能性もある。

しかし、歩く教会を破壊するとなればそう簡単な話ではない。『アレ』は『禁書目録』を保護する為に用意された霊装。その霊装が完全に無力化されていたという事実は、ステイルには信じがたいものだった。仮にあれが烈火達の仕業であるとすれば、看過することはできない。

 

(糞ッ……!時間も僅かだと言うのに……!)

 

焦りが苛立ちを増幅させる。ステイル達に残された時間は僅かしかない。早急に策を練り、インデックスを奪還しなければならない。さもなくば――。

 

「おや、目覚めていましたか」

 

聞き慣れた声に、ステイルは顔を向けることもなく返した。

 

「……すまなかったな神裂。昨日は世話をかけた」

 

「気にする必要はありません。相手が悪かっただけのこと」

 

淡々と言ってのける神裂。

屋内と繋がっている扉が開かれた気配はなかったが、ステイルは気に留めてもいなかった。つまりは、いつものようにビルとビルを飛び越えながらここに辿り着いたというだけだ。

 

「それより、傷の具合は?」

 

「問題ない」

 

言いながらステイルはポケットに手を伸ばす。

煙草の箱を探り当てると、そのうち一本をつまみ上げ火を着けた。

 

「流石に今日明日という訳にはいかないがね。だがリミットまでには充分間に合う。

それより問題は……」

 

「昨夜の少年達ですね」

 

神裂の言葉に、ステイルは無言で肯定を示した。

 

「既に土御門に頼み、調査は完了しました。貴方が戦った少年はLEVEL5、つまりこの街の最高戦力の一人です」

 

「……道理で骨が折れるはずだ。あとの二人……剣を使っていた長髪男とサングラスの老人は?」

 

「長髪の方はLEVEL4。花菱という少年には劣るものの、高位の能力者です。老人については残念ながら何も……」

 

ステイルはため息と同時に吸い込んだ煙を吐き出した。

 

「LEVEL5にLEVEL4か……面倒な連中が巻き込まれてくれたもんだ」

 

「ちなみに、インデックスを連れて逃げた少年はLEVEL0でした。意識する必要もないかもしれませんが、一応伝えておきます」

 

「逃げた少年……ああ、ヤツか」

 

ステイルは面倒そうに手を振った。指で挟まれた煙草の煙がゆらゆらと舞った。

 

「アレについては、別に放っておいてもいいだろ。居たところで何が出来るでもない。せいぜいインデックスの避難誘導係だ。LEVEL0だというなら尚更気にかけても仕方ない」

 

神裂も同じ意見らしく、そのことにはそれ以上触れなかった。

 

「……それともう一つ。直接今回の任務とは関わることではありませんが、伝えておくべきことが」

 

「伝えておくべきこと……?」

 

神裂の神妙な顔つきを見て、ステイルはそれが良い報告ではないことに気づいた。

 

「昨夜、シェリー=クロムウェルがこの街に現れたそうです。しかも、能力者と交戦し敗れたと」

 

「……何?」

 

思わず、くわえていた煙草を落としてしまいそうになった。

 

「何故ヤツがここにいる? いや、それよりも交戦したとはどういうことだ!?」

 

シェリーはイギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』に所属する魔術師だ。それが、科学サイドの人間と関わり、あまつさえ交戦したという事態は到底看過できるものではない。それは決して個人間のいさかいで済む問題ではなくなってしまう。ステイルや神裂の場合、魔道書図書館たる禁書目録が絡むがゆえの、あくまで超法規的措置による特例だ。

 

「下手を打てば即戦争が始まってもおかしくない……! ヤツはわかっいてやったのか!?」

 

「落ち着いてください。幸いにも、今のところは大事には至っていません。シェリーはイギリスに送還され、処分はこれから決まるようです」

 

「落ち着いていられるか! 万が一、我々まで退去させられるような羽目になったらどうする!? もしインデックスを取り逃がせば、あの子がどうなるか理解しているだろう!?」

 

「学園都市側としても、我々との間に禍根を残したくはないでしょう。あちらも魔術サイドにとっての彼女の価値は理解している。少なくとも彼女を確保するまでは、我々を追い出す真似はしないはずです」

 

激昂するステイルとは対照的に、神裂は冷静に話を進める。

 

「それに、いざとなればこの私が力づくでもあの子を取り返します。出来れば、穏便に済ませたいとは思っていますが」

 

「話して通じる相手でもなさそうだがね」

 

少なくとも、花菱烈火はその手合だった。ステイルが嫌う、直情的な馬鹿だ。

 

「……無論、その時は私も手段を選ぶつもりはありませんよ」

 

神裂の目が、僅かに鋭さを増した。

この女が本気になれば、LEVEL5であろうと敵ではない。そのことに疑いを持つつもりはステイルにもなかった。

 

(そうだ。僕達に負けはない。例え相手がこちらの手の内を知っていようが関係ない。『歩く教会』を破壊する手段があるから、なんだという話だ)

 

あるいは、刺し違えることになったとしても、インデックスを救ってみせる。そんなことは、とっくの昔に決意しているのだ。

 

「たとえ君が全てを忘れたとしても……」

 

──僕は君のために生きて死ぬ。

 

あの夜の誓いをステイルはもう一度胸に刻み込んだ。

惑わぬよう。惑わされぬよう。己の心に深く、深く刻み込んだ。




大変ご無沙汰しております。
色々忙しかったり、筆が乗らなかったり、ゲームしてたりがありまして、まさかまさかこんなに投稿間隔を開けてしまうことになりまして申し訳ありません。
それと、携帯の機種変もありまして今まで出来たことが出来なくなってたりで少々詠みづらくなっていたりするのも申し訳ありません。
今後も不定期に投稿間隔が長くなったり短くなったりする可能性が非常に高い点についても申し訳ありません。
今後ともよろしくお願いいたします。
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