とある烈火の八俣火竜   作:ぎんぎらぎん

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其之二:蘇る力

 瞼を開くと、目に映ったのは星一つない夜空だった。

 手で地面をなぞれば、砂地に指が呑まれる感触が伝わってくる。

 烈火は、ゆっくりと体を起こして立ち上がる。

 

 「ここは……」

 

 キョロキョロと辺りを見回した。

 周り一面を砂漠に囲まれたあまりに殺風景なその場所に、烈火は懐かしい感覚を覚えた。そこは、烈火のよく知る場所だったからだ。

 そこには、今まで三回来たことがあった。

 一度目は、裏武闘殺陣決勝戦、麗(紅)戦の真っ最中。二度目は、裏麗の本拠地『SODOM』に乗り込む三日前。そして三度目は、『HELL or HEVEN』での天堂地獄との最終決戦の直前。

 いずれも、烈火が負けられない戦いに臨もうとした時だった。

 

 「俺の中か……?」

 

 そこは、花菱烈火の心の世界。現実には存在しない、虚構の空間だ。

 火影が滅び、八竜が消えて、二度と入ることはないだろうと思っていた世界に、花菱烈火は再び立っていた。

 

 「おいおい、どーなってやがんだ。俺は確か……」

 

 突如として空間に現れた巨大な穴に、柳達と一緒に吸い込まれたのは覚えている。

 あの穴にも、烈火は見覚えがあった。いや、一度“あれ”を通ったことさえあった。

あれは……。

 

 「っ!?」

 

 思考の最中(さなか)、何者かの気配を背後に感じ、烈火は身を翻す。視線の先には、七つの人影。いずれも、烈火が知る顔だった。

 崩、砕羽、焔群、刹那、円、塁……そして、虚空。

かつて烈火と共に戦った八竜の内七体が、人間の姿でそこにいた。

 

 「おめーら!」

 

 声を弾ませ、駆けていく烈火だが、七人のところにたどり着く前に、その足は動きを止めた。

 

 「……って、お前らなんでここに?」

 

 それは当然の疑問だった。

 天堂地獄を破壊したことで、火影に纏わるすべての力はその役目を終えて、消滅した。

 魔導具も、炎を生む力も、盗賊たちにかけられていた不死の呪いも。そして、この世に未練を残して死んでいった炎術士のなれの果てである八竜も、例外ではなかった。

 

 七人の中から小柄な老人が、一歩前に出てきた。

魔導具の製造者であり、烈火が七番目に取り込んだ竜でもある虚空だ。

 虚空は険しい顔で口を開く。

 

 「花菱烈火よ」

 

 「んだよー、戻って来てたならそう言えよ、水くせえなぁ。親父はどうしたよ?

 ははーん、さては俺に会うのが照れくさいから……」

 

 「黙って聞け!!!」

 

 へらへらと笑いながら歩み寄っていた烈火は、虚空の剣幕に怯んで、砂地に尻をついてしまう。

虚空はそんな烈火を一瞥して、続けた。

 

 「ぬしに、戦う意志はあるか?」

 

 「……は?」

 

 「蘇った巨悪と戦う意志がぬしにはあるか? 仲間を守り、巨悪を討つだけの覚悟はあるか?」

 

 要領を得ない虚空の言葉を、烈火は理解できない。

 なぜ八竜がここにいるのか、巨悪とはなんなのか、自分たちを襲ったあれは誰の仕業なのか。

 聞かねばならないことがあるのはこちらも同じだ。

 

 「ワケわからんこと言ってんじゃねーぞジジイ! こっちだって聞きてえことはたくさんあるんだ!」

 

 「答えよ」

 

 「シカトしてんじゃねーぞコラ! 答えて欲しけりゃまずてめーから……」

 

 「答えよと言った! 答えを出すのが怖いか腰抜け!!」

 

 あくまで頑なな虚空の態度は、烈火が低い沸点に達するには十分なものだった。

 

 「……ごちゃごちゃ意味のわかんねーこと言って、しかも腰抜けだあ? 戦う意志? 覚悟? 決まってらあ、俺はんなもんいつでも準備万端だ! ずっと一緒にいてそんなこともわかんねーのかボケナス!!」

 

 「よかろう」

 

 烈火の言葉に、虚空は満足げに頷いた。そして、次の瞬間、炎に包まれたかと思うと、本来の姿である巨大な炎の竜へと姿を変えた。

 他の六人も同様に、炎の竜に変貌する。

 

 「邪悪を滅ぼすため、友を守るため、我等の力をぬしに貸そう。花菱烈火、先のぬしの言葉、忘れるでないぞ」

 

 虚空がそう告げると、七匹の竜が一斉に烈火に迫った。そして烈火の右腕に吸い込まれるようにして、消えていった。

 

 

 身を焦がされるような激痛に、烈火は目を覚ました。

 

 「あ、がぁっ……ぐぎっ……」

 

 熱した鉄を飲まされているようだった。体を内側から燃やされる感覚に、まともに叫ぶことさえできない。

 

 「おい、どうした烈火!?」

 

 風子の声が聞こえた。目を開くと、柳も土門も水鏡も皆揃っていた。

 鉄パイプや瓦礫が転がっているそこは、廃墟のようだった。だが、今の烈火にそんなことを気にする余裕などない。

 

 「烈火!しっかりして、烈火あ!」

 

 柳が目に涙を浮かべながら手をかざし、治癒の力を向けているのが見えた。しかし、効果はまるでない。

 

 (や、べえ……このままじゃ……)

 

 体の中で暴れるものがなんなのか、烈火は理解していた。どうすれば収まるのかも知っている。

 ところが、そのために必要な道具は今この場には存在しない。このままでは、無理矢理抑え込むだけの力もなくなり、烈火の体は燃え尽きてしまう。

 

 (くそっ、“あれ”さえあったら……)

 

 意識を手放すしてしまいそうになったその時、金属音が響いた。音のした方を見ると、銀色の手甲が転がっていた。

 

 「早くそれを填めさせてやれ!」

 

 

 何者かの声に指示され、土門が慌ててそれを取りに走り、烈火のところに持ってくる。

 

 「花菱、右手出せ!」

 

 烈火が右腕を差し出すと土門はそこに手甲をあてがって、留め金を締める。

 すると、体の中で暴れていたものが大人しくなるのがわかった。激痛も、熱さも、徐々にひいていく。

ようやく落ち着きを取り戻した烈火は、上体を起こした。暖かい感触が、烈火を包み込む。

 

 「烈火……よかった」

 

 「わり、心配かけたな。もう大丈夫だ」

 

 自分を抱きしめてくる柳の頭を優しく撫でて、烈火は手甲のあった方向へと視線を送る。

 

 「助けてくれたのはありがてえが、あんた誰だ?」

 

 さっきの声は、聞き覚えのないものだった。

 自分の知らない人物が、なぜこの『封印の手甲』を持っていたのか。なぜ烈火たちのすぐ近くにいたのか。

 烈火たちを呼び寄せた張本人か、それに関連する者であることは疑いようがない。

 烈火が右腕を見ると、そこには4つの漢字が刻まれている。左腕にも4つ、計8つの文字は、烈火が再び取り戻した力だ。

 

 「答えによっちゃ、俺の炎お見舞いしてやんぜ?」

 

 「あー、待て待て待て。大丈夫、俺はお前たちの敵じゃない」

 

 そう声がしたかと思うと、物陰から一人の男が現れた。

 金髪にサングラスにアロハシャツ。チンピラのような風貌のその男は、両手を挙げて、戦う意志はないとアピールしている。

 

 「俺の名は土御門という。あんたらの案内人だ」

 

 「案内人だと……?」

 

 訝しげな様子の水鏡に頷いて、土御門は言った。

 

 「これからあんたら火影を、ある人の所へ連れて行く」

 

 

 土御門に連れられてやってきたのは、巨大なビルの前だった。

 いや、果たしてビルと呼ぶのが正しいのかもわからない。

 入り口は愚か、窓の一つさえ見当たらないその建造物は、まるで墓標のようにも思えた。

 烈火は苛立ちながら、土御門に尋ねる。

 

 「おいコラ、なんだよここは」

 

 「ここは待ち合わせ場所だ。お前たちを待ってる奴は“この中”にいる」

 

 土御門はそう答えるが、入り口のない建物にどうやって侵入するというのか。

 

 「わかった!」

 

 土門が声高らかに叫んだ。

 

 「隠し扉だ! どっかその辺にあるスイッチをポチッと押せば、壁の中から隠された扉が……」

 

 「いや、違う」

 

 土御門にあっさり否定されてガックリと肩を落とす土門。

 

 「はいはいはーい!次私の番ね!」

 

 続いて柳が手を挙げながらぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 

 「あのねー、きっとあの壁は偽物なの!思い切ってぶつかったらすり抜けて、壁の向こう側に!」

 

 「それも違う」

 

 柳も土門の隣でうなだれる。

 

 「はいはいっ!じゃあ今度は私が……」

 

 「いい加減にしろ!大人しく待てんのかお前等はっ!」

 

 風子も参加しようとしたところで、ついに土御門も限界を迎えた。土御門は頭をかきながら大きくため息をついた。

 

 「はぁー、全く。しばらく待ってればわかるさ」

 

 「おい、土御門と言ったな」

 

 それまで沈黙を保っていた水鏡の問いに、土御門が反応を示す。

 

 「なんだ?」

 

 「我々はまだ君を信用したわけではない。得体の知れない場所に連れてこられた上に、そちらが何も明かさない状況で、大人しく従えると思うか?」

 

 「ま、そりゃそうだろうな」

 

 頭を振る土御門だが、その表情には余裕があった。

 

 「だが、そっちは俺に従う以外の選択肢はないはずだ。

 色々と聞きたいこともあるだろう?俺について来れば何か情報を得られるかもしれないぜ?」

 

 すべて見透かされているようだ。水鏡は小さく舌打ちした。

 土御門の言ったことはもっともな意見だ。今自分たちがどこにいるかもわからない現状、敵の懐に飛び込む覚悟で行動しなければ身動きの取りようもない。

 水鏡の心中を察してか、土御門はひらひらと手を振って飄々と告げる。

 

 「そう心配しなさんな。とって喰おうだなんて思っちゃいないさ」

 

 ふと、土御門は何かに気づいたような仕草を見せた。

 

 「おっと、ようやく“来た”らしいな」

 

 「キタ?」

 

 吊られるようにして、烈火は土御門と同じ方向に視線を送った。

 赤い長髪を二つに纏め、さらしを巻いた制服姿の少女がこちらに向かって歩いているのが見える。

 

 「待たせたわね」

 

 到着早々、自己紹介もせずに少女は烈火たちに両手を差し出した。

 

 「全員私に触れてちょうだい」

 

 唐突な要求に、火影の面々は首を傾げる。

 

 「さ、触る」

 

 少女の胸元を見ながらゴクリと喉を鳴らす土門。風子に思い切り足を踏みつけられて、悲鳴をあげた。

 

 「あんた誰よ。いきなり出てきて急に何を……」

 

 「まあまあ、言われた通りにしろって」

 

 少女に詰め寄る風子を制して、見本を示すように少女の腕に手を触れる土御門。

 

 「彼女は“入り口”だ」

 

 意図は理解しかねるが、どの道何か策をあるわけでもない。

 訝しみながらも、全員土御門に倣って少女の腕手を置いた。

 

 「じゃ、行くわよ」

 

 「ちょ、ちょっと待った!」

 

のたうち回っていたせいで乗り遅れた土門も、慌てて飛びつき少女の足に抱きついた。直後に少女の膝蹴りをもらい、改めて腕を掴むような形に直る。

 

 「今度こそ……」

 

 少女がそう言った、次の瞬間だった。

 テレビの場面転換のように、一瞬で周囲の風景が変わった。まさに、瞬きする暇もないほどに僅かな時間の間に、烈火たち全員が全くべつの場所へ移動していた。

 

 今まで目の前にあった灰色の建物は姿を消して、代わりに無数の赤い点滅が視界に入る。

 真っ暗な空間に輝く赤い光は、まるで星の煌めきのようだ。

 一際大きな光に誘われて、烈火たちはそちらを向いた。

 光源は、巨大な円筒形の容器。よく見ると、その中には人がいるのがわかる。とても長い白髪のその人間は、容器を満たす赤い液体の中に漂うようにして浮かんでいた。

 奇抜な光景を目にしながら、しかし烈火たちの意識はそんなところには向いていない。

 容器の前に立つ二つの人影。その姿は、火影の人間 全員が知るものだ。

 烈火は思わず駆け寄って、二人の名前を叫んだ。

 

 「小金井!紅麗……!!」

 

 弟分と、腹違いの兄。

 それは、二度と会うことのないはずの二人との再会であった。




今更な言い訳ですが、禁書の方は新約の四巻までしか読んでいない状態ですので、ひょっとしたら今後の当作品の展開で、原作のそれ以降の情報との矛盾がでるかもしれません。
その場合は、優しく指摘していただけると嬉しいです。
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