とある烈火の八俣火竜   作:ぎんぎらぎん

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相変わらず時間かかりました。


其之二十:水の剣士

「うぉぉーーい!! ジョーン! どこいったぁーーー!?」

 

「とうまー! とうまー!!」

 

 土門とインデックスは声を張り上げていた。不安と焦燥を交えた叫びが、夜の街に虚しく響く。

 

「ちっきしょ! どうなってやがんだ一体よぉ!」

 水鏡と上条が姿を消した。なんの予兆も前触れもなく。土門とインデックスが喧嘩をやめてふと後ろを確認したときには、二人とも影も形もなくなってしまっていたのだ。考えられるのは、魔術師による攻撃を受けたという可能性。だが……

 

「気配もねえ! 物音一つしなかった! なのにあいつらは消えちまった!! ワケわかんねーぞ!!」

 

 土門は声を荒げて苛立ちを露にした。そこには全く気づくこともできなかった己への怒りも含まれている。

 

(花菱達も来ねえってことは、向こうも始まっちまったってことか!? クソッタレ、どうすりゃいい!!)

 

 引き返して烈火達に加勢すべきか。それとも、水鏡と上条を探しに行くべきか。どちらを選ぶにせよ、それはインデックスを戦地に連れて行ってしまうことを意味する。

 

(モタモタしてるヒマもねえぞ! さっさとしねえと……)

 

 焦った頭で今できる最良を模索するも、何も浮かんでこない。考えるより先に体が動く土門には、目の前にいない敵を相手にした行動分析などできはしなかった。

 

「どもん!!!」

 

 狼狽える土門への一喝。鼓膜を突き破らんばかりの声が土門を我に返す。力強く眉間に皺を寄せ、インデックスは声を張り上げた。

 

「焦っちゃだめ。焦ってたら、見落とすはずのないことまで見落としちゃう。まずは冷静になって、今の状況を振り返ってみるんだよ」

 

 インデックスの声は凜として、落ち着き払っていた。小柄な少女がとても頼もしく映った。それと同時に自分への情けなさも湧き上がる。

 

「へへっ、イン坊の言うとおりだぜ。花菱や水鏡のヤロー共が、そう簡単にやられちまうワケもねーか」

 

 何も、あるかもわからない最良を選ぶ必要はない。土門がすべきは最低限。仲間を信じ、彼らの実力を信じた上で、力を貸すことだけを考えればよいのだ。

 土門の顔を見て、インデックスは満足げに頷いた。

 

「うん。それでいいんだよ。で、どーするか決まった?」

 

「おうよ、もちろんだぜ! 水鏡と上条探しに行くぞ!!」

 

 敵の狙いはインデックス。なのに、インデックスのいない烈火達の方を攻める意味は何か。時間稼ぎだ。仲間が確実にインデックスを攫うまで、烈火達を足止めすること。考えられるのはそれしかない。

 逆にこちらを攻めてきた敵は、その場で奇襲を仕掛けてくることはなく、まず土門達を分断させた。おそらくは、一人ずつ戦力を削いでより確実にインデックスを確保するため。そうなれば、いずれは土門達の下にも現れる。そうなる前に水鏡達と合流し、協力して敵を倒すべきだ。

土門の言葉に、インデックスは大きく頷いた。

 

「ん、わかった! 追跡ならわたしの出番だね!」

 

「追跡ったって、気配もなく消えちまったんだぜ? どうやって追いかけんだ?」

 

「確かに二人がいなくなる瞬間は気づけなかったんだよ……一生のフカクかも。でも、大丈夫。種も仕掛けもなく人が二人もいなくなるなんてことはないんだよ」

 

インデックスは土門の袖を引っ張りながら、歩いてきた道を引き返し始めた。

 

「魔術っていうのはね、ほんの些細な仕掛けでも発動させられるんだよ。でも逆に言えば、ほんの些細な痕跡は残っちゃうってことなの」

 

「些細な痕跡ぃ?」

 

「そう。例えば石ころの並びとか、空き缶の転がってる方向とか、壁のラクガキとかね。科学サイドの人には絶対気付けないようにさりげなくね。でも、わたしの目は誤魔化せないんだよ」

 

目を凝らしながらインデックスはそう言った。半信半疑ながらもそれに頼るしかない土門は、それ以上は何も聞かずインデックスに全てを委ねることにした。

どうにも、インデックスに頼りきりになってしまいっている事実に歯噛みしながらも、来る戦闘の際には体を張ってでも彼女を守ってやらねばという意志は一層強くなった。

 

(頼むぜ、みーちゃん。あっさりやられたりするんじゃねぇぞ!)

 

水鏡なら大丈夫。土門はそう自分に言い聞かせる。インデックスにも増して冷静な状況判断が出来るあの男なら、きっと魔術師の奇襲などものともしないはず。そう信じている。

ただ、水鏡の信じたい気持ちの裏にある、言い知れぬ不安の存在も否定はできなかった。

 

 

惨状。一言でその場の状況を表すならば、これ以外に選べる言葉はない。

無数の亀裂が入ったアスファルトはところどころが大きく捲れ上がり、地下を走っていた水道管は無惨に千切れ水を吹き上げている。墓標のように深々と突き刺さる巨大な風車の羽は、凡そ人間業で為されたとは思えないほど美しい切断面を晒していた。電工掲示板も、街灯も、建物も、同じように刻まれていた。

甚大な破壊の痕跡の中に伏す人影は二つ。そして、彼らを見下ろす人影が一つ。

月の光を反射させて輝く艶やかな黒髪。その持ち主は女性離れした長身ながら女性らしいしなやかな体つきをしており、とても、この『惨状』を生み出したのと同じ人物とは思えない。

 

「そろそろ大人しく私の話を聞く気になりましたか?」

 

神裂は静かに問うた。一切の昂りも感じさせない平淡な声色は、今のこの状況を彼女自身も予測していたために他ならない。

 

「これ以上、無駄に足掻くのは互いに得ではないと思いますが」

 

驕りではない。立ち向かってきた二人の実力を過小評価しているわけでもない。神裂と二人の間にある実力差は、覆しようのない真実だ。

 

「く……そっ……!」

 

上条は噛み締めるしか出来なかった。彼我の実力差も、何も出来なかった悔しさも。

甘く見ていた。あの女の、神裂火織の強さを。烈火や土門が魔術師を退けたように、水鏡も神裂を倒すことが出来る。自分だって、少しは力になれるかもしれない。そんな根拠のない自信も抱いていた。

だが──。

 

(手も足も出なかった……! アイツはまだ、刀すら抜いちゃいないってのに……!!)

 

抜刀することも、その場から動くことさえ神裂はしていない。それなのに、この有り様だ。

ここに烈火がいたとして、いや、仮に烈火と御坂美琴が二人がかりでかかったとしても勝てないかもしれない。烈火たちが一度は連中を退け、インデックスを守れたことですら、敵が本気ではなかったからではないか。

そう思わずにはいられなかった。

 

「私も、これ以上争うことは本意ではありません。もう一度問います。私の話を聞く気はありませんか?」

 

「何度も言わせるな。聞いて欲しければ力づくで聞かせてみろ」

 

その声に、上条と神裂は同時に視線を送った。片方は困惑、もう片方は苛立ちを孕ませて。

 

剣を支えに、傷ついた身体を奮い立たせる。全身を裂かれ、血にまみれながらもまだ、水鏡の目は光を失ってはいなかった。

 

「……貴方はもう少し聞き分けが良い人物だと思っていました」

 

「なら買い被りだったようだな。生憎と、火影には聞き分けの良い人間など存在しないのさ」

 

「そのようで」

 

神裂は刀に手を添える。もう幾度となく繰り返された、攻撃の構え。

 

「お、おい、水鏡!」

 

上条は声を荒げ呼び止めた。だが、水鏡は振り返ることなく閻水を振るう。それ以上、水鏡を制止することは上条には出来なかった。いや、正確にはしたくなかったというべきか。

今ここで、水鏡が折れてしまえば敗北は必至。そうなれば、インデックスが敵の手に落ちる可能性は大きく上がってしまう。上条一人であの女を倒すことなど、不可能なのだから。

上条は地面に拳を打ち付けた。

 

(くそっ、くそっ、くそっタレ! こんな時まで他力本願かよ糞野郎! インデックスのこと守りたいなんて言いながら、結局全部人任せじゃねえかよ!!)

 

水鏡たちはただ巻き込まれただけだ。そんな人間が、ボロボロになりながら尚も敵に立ち向かっているというのに、自分はそれを本気で案じることもせず、ただ打算的に利用しようとしている。いっそ、水鏡が全てを投げ出す選択をしてくれればどれ程楽なことか。

しかし水鏡は剣を握る。上条の葛藤になど気づいていないという風に、彼に視線を送ることもせず。

 

「貴方がそのつもりであるというなら、私も容赦はしません。まずは貴方方から、次は花菱烈火という少年達を順番に叩き伏せていくまで」

 

「御託はいい。かかってこい」

 

返答はない。代わりに返ってくるのは七本の斬撃。幻想殺し(イマジンブレイカー)で消し去ることすら出来ない不可視の凶刃が、再び水鏡にに迫る。水鏡は五本を回避。しかし、残り二本は避けきれない。

水鏡の身体が宙を舞った。

 

「みかっ……」

 

その姿から、上条は目を逸らしてしまう。これ以上、水鏡が傷つくのを見ていることは出来なかった。

 

「これで、六度目。六度目であっても、貴方は私の攻撃を見極めることが出来ないでいる。もう止めませんか水鏡凍季也。これ以上傷ついては、本当に大事な人を守ることすら出来なくなってしまいますよ?」

 

「……随分と饒舌だな。容赦しないんじゃなかったのか?」

 

またしても、水鏡は立ち上がった。

神裂はそれを見て一瞬目を見開いたが、得心した様子ですぐに平静な顔つきを取り戻す。

 

「なるほど、咄嗟に剣で受け止めて致命傷は避けましたか。しかし、衝撃を殺しきるには至らなかったようですね。さっきよりも足がふらついていますよ」

 

「大した問題ではないさ。剣さえ振るえれば、君を倒すには十分だ」

 

「……減らず口を」

 

七度目の斬撃が飛んだ。水鏡はまたも弾き飛ばされる。

その一撃は神裂が内心抱いている苛立ちを表すかのように激しく、大きくアスファルトを抉った。水道管が破裂し、血飛沫の如く激しく水を吹き上げる。まるでそこだけ雨が降っているかのように、周囲が水飛沫に包まれた。

 

「水鏡……」

 

上条は力なく項垂れる。

もう駄目だ。これ以上続けては、本当に取り返しのつかないことになってしまう。水鏡の実力は確かだ。この僅かな間に、着々と神裂火織に適応しつつある。だが、それでも遠すぎる。途方もないほどに歴然とした差が、両者にはあるのだ。

 

「まだ……まだだ」

 

水鏡は折れない。

上条以上に、神裂との差を痛感しているはずなのに。傷だらけの身体に鞭を打って、勝利を掴まんと立ち上がる。

 

「もういい! もうやめろ水鏡!! これは俺とインデックスの問題だ! 無関係のお前がそこまでやる必要ねえんだよ!! だから! ……だからもう、やめてくれよ。もしお前が死んじまったら、俺はどの面下げて花菱や佐古下に会えばいいんだよ……」

 

わかっている。自分一人ではインデックスを守りきることなど到底出来ないと。いや、むしろ彼らにとっては上条も守るべき対象の一人なのかもしれない。そのために烈火も、風子も、そして水鏡も傷つきながら闘ってくれたのだ。

だが、これ以上耐えることは出来なかった。

 

「わかってんだ。俺が、俺が頼りねえのが悪いんだ。俺が頼りねえから、お前も、花菱も霧沢も必死になってインデックスのこと守ろうとしてくれてる。そんなにボロボロになってまで、俺たちの為に体張ってくれてるんだ。だけど、もうやだよ。俺が情けねえせいで、やらなきゃいけねえこと出来てないせいで、お前が傷つくとこ見るのはもうイヤなんだよ!!」

 

「すまないが、それは出来ない相談だな」

 

耳を貸す気はない。たった一言でそれが理解出来た。

 

「わかんねえよ……そうまでして闘わなきゃいけねえ理由ってなんだよ! そんな風になってまで、なんでまだ立ち上がれるんだよ!!」

 

「おかしなことを聞くんだな。決まってるだろ? 今までもこれからも、僕が剣を握るのはいつだって自分のためさ」

 

問答の最中、吹き上げられた水は陥没した地面に溜まり、既に水道管そのものが水に浸かりきっていた。水鏡の剣もいつの間にかその刃の切っ先を水溜まりに浸けている。話を打ち切るようにして、水鏡は神裂を見据えた。

 

「待たせたな。続きをやろうか」

 

「……続きはありませんよ。ここで終わりです。次の一撃で、今度こそ貴方を折ってみせる。これ以上、惨めに剣を振るい続ける姿は見るに堪えない」

 

神裂が、刀の柄に手を添える。頑なな男の体を裂き、心を折る一撃を放たんとし、──────その手が、止まった。

神裂の表情が初めて困惑に染まる。その異変に、上条も気づいた。

 

「な、なんだ? アイツどうしたんだ?」

 

「さてな。"糸"でも絡まったんじゃないか?」

 

「……?」

 

水鏡が何を言っているのか上条にはわからない。だが神裂は違った。

 

「貴方の仕業ですか……!」

 

ざらついた神裂の問いに、水鏡は飄々と答える。

 

「目には自信があってね。君のその技、一目見たときに気づいたよ。それは異能の類いなどではない、ただワイヤーを操っているだけだとね」

 

「ワイヤー……?」

 

「君の右手、幻想殺しだったか? そいつが効かなかったのもそのせいだ」

 

合点がいった。上条の幻想殺しは異能の力に対しては無敵の能力だ。それが例えLEVEL5の放った攻撃であろうと、異能の力は問答無用で消し去れる。

しかし、反対に確かな実体を持つものには無力。神裂が放っていた斬撃も、そんな攻撃の一つだったということだ。

 

「随分と丈夫そうなワイヤーだ、斬ろうと思えば相当骨の折れる作業だろう。だから逆に利用させて貰うことにした。僕を追うワイヤーを誘導し、絡ませてやろうとね」

 

「な……そ、そんなこと出来るんなら普通に避けれたんじゃないか……?」

 

「ま、回避に撤していればもう少し傷は減らせたかもな。だがそれでは奴に勝てなさそうだったからな」

 

事も無げに返す水鏡。その様に、上条は戦慄すら覚えた。

"勝つ"為に、ここまで出来るものなのか。全身を切り裂かれ、少なくない血を流し、それでも勝利の為に己の身体を犠牲にした。一つ間違えれば、死んでいたかも知れないというのに。

 

「さて、僕の予想ではそのワイヤー、刃の根元か鍔の辺りに仕込まれているはずだったが、どうやら正解だったようだ」

 

水鏡の言葉の通り、神裂は未だ刀を鞘から引き抜けずにいる。それは即ち、敵の攻撃手段を一つ封じたということだ。

だが、それでも敵は無傷。こちらは手負い。相手の動きそのものを封じた訳ではない委譲、向こうも黙ってやられる道理はない。戦況は俄然こちらが不利なままだ。

上条のそんな分析を、しかし水鏡は一つ超える。

 

「……僕は水を自由に操ることが出来る。単純に動きをコントロールすることはもちろん、状態変化も、何かを象ることも可能だ。しかしそれには条件があってね。直接的、もしくは間接的にでも、この閻水に接触させる必要がある。それと、操る水の量が多くなるほど接触させる時間が長くなるのも難点でね」

 

何故急にそんな話をしたのか、上条は一瞬気づくことが出来なかった。しかし、あることを思い出した。さっき、上条と会話していた時からずっと、()()()()()()()()()()()ことに。

 

「まさか……!」

 

その瞬間、神裂の立っていた辺りの地面が大きく陥没する。女は即座に気づいた。それが水鏡の仕業であると。

だが、もう遅い。

 

「氷紋剣──水成る蛇」

 

地中から現れたのは、一頭の巨大な蛇。透き通った体に纏った鱗は、まるでウォーターカッターのようにアスファルトを削り取っていく。

神裂に退避する時間すら与えずに、大蛇はとぐろを巻いて女から逃げ場を奪った。

 

「ずっと、この時を待っていたということですか」

 

「君がお誂え向きに水道管を破壊してくれたからな。直接水道管に通じる水路を繋ぐことが可能になった。十分な水源と時間を貰えたお陰で、これまでにないほど多くの水を練ることが出来たよ」

 

幾度となく神裂に立ち向かったことも、上条と言葉を交わした時間さえも、刃を研いで神裂に一太刀浴びせる為の水鏡の謀略だった。一体いつからこれを狙っていたというのか。烈火達があれだけの信頼を寄せていた意味を、上条はようやく思い知った。

 

「喰らえ神裂火織。これが正真正銘、僕の最高の一撃だ」

 

大蛇が牙を剥いた。獲物は自身の身中に収まったたった一人の女。

水鏡の親指が地を示す。最大級の一撃が、神裂を襲った。




最近馬鹿にされる風潮が多いですが、キャラクターが自分の能力説明するシーン好きです。
敵幹部が談合開いてるシーンも好きです。

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