今一度、烈火は自分の中の世界で目覚めた。
一面に広がる砂漠に、烈火は困惑を漏らした。
「またかよ……」
同じ日に、二度もここに来たことはない。
思い起こせば、先刻の虚空の態度も気になる。
以前はふざけた態度で飄々としていた彼が、烈火に見せた気迫。
話の内容も、理由の一つには違いないだろう。天堂地獄の復活は、それ程までに深刻な事態であるといえる。
だが、それだけではない。
烈火の勘が告げていた。何かある。八竜たちは、何かを抱えている。
「烈火」
声がした方を振り返った。
いつの間にか、そこには人が立っていた。
長く伸びた黒髪をポニーテールに纏めた、凛とした目つきの少女。
少女はこれまで何度も、そしてつい先ほども、烈火に力を貸してくれた。
「崩!!」
八竜が一、竜之炎壱式『崩』。それが少女の今の名だ。
崩は烈火に語りかける。
「烈火、私の力はどうだった?」
「おう!ひさびさだったがイイ感じだったぜ!」
烈火は好調を示すように右肩を大きく回した。
それを見て、崩の表情が和らいだ。
「そう。よかった」
「へへっ、いつもサンキューな!おめーと砕羽にゃ長いこと世話になってるからよ!」
崩は、烈火にとっては八竜の中で最も付き合いが長い竜だ。温厚な性格故に、一番初めに烈火に力を貸してくれた。
だから烈火は思った。彼女なら、何か教えてくれるのではないか。
しかし、烈火が口を開こうとすると、それより先に崩が声を発した。
「我等が宿主……花菱烈火。主は、なぜ我等が主に力を貸すかわかっているか?」
「は?」
一瞬、崩の言っている意味がわからなかった。
力を貸す理由……それは、天堂地獄が復活したからではないのか。その破壊のために、八竜は蘇り烈火の中に舞い戻ったのではないのか。
思索する烈火に優しく微笑んで、崩は言った。
「わからないなら、考えておいて欲しい。我等が主に何を求めているのか。主に託した我等の力の意味を……」
「意味ってなんだよ?天堂地獄のことじゃねえのか?」
崩は、何も答えない。
無言のまま、霧のように姿を消してしまった。
「なんだってんだ、どいつもこいつも……」
苛立ちながら、地面の砂を蹴り飛ばす。
舞い上げられた砂粒は、雪のように輝きながら、再び地面に還っていく。
『巨悪を討つ意志はあるか?』
『考えておいて欲しい。我等が主に何を求めているのか』
虚空と崩が残していった言葉を反芻する。だが、いくら考えても答えは見つかりそうにない。
火竜たちが何を思っているのか。この場に呼ばれた意味と共に、烈火が探さねばならないことなのだろう。
右手の指で、左腕に刻まれた八竜の印をなぞる。そんなことをしても、火竜たちは何も答えてはくれなかった。
◇
「むぐぐ……むが?」
目を開いた烈火が見たのは、真っ白な天井。
体の左側を圧迫されているような感覚に、自分はソファーの上で寝ているのだと知らされる。
上体を起こすと、横合いから柳の声が聞こえた。
「烈火!」
見ると、柳の笑顔が目に入った。
柳が座っているキャスター付きの椅子はグレーの味気ないモノで、側にある同系色のデスクとその上のパソコンも確認できる。どうやら、ここは何かの事務所らしい。
烈火が置かれた状況については、柳よりも先に頭頂部の鈍痛が教えてくれた。
「いでで……そっか、俺たしか……」
確か、あのツインテールの少女にある事件の重要参考人として連行されそうになり、それに抵抗していたのだ。
そしたら、少女に触られ、直後にアスファルトに頭から落下することとなった。
一体あれは、どういう理屈なのか。投げ飛ばされた訳ではない。触れられたときも、体に何か力をかけられたような感覚はなかった。それどころか、ひっくり返されてからも自分の状況に気づけなかったのだ。
「おい柳、大丈夫か?」
推測もそこそこに、烈火は柳に心配そうに尋ねる。
見たところ外傷はなさそうだ。自分のときのような手荒い手法を取りはしなかったらしい。
柳は笑いながら手を振って、烈火の質問を肯定した。
「うん、なんともないよ。黒子ちゃん、すごく良くしてくれるんだ」
烈火の鼻が、紅茶の香りを嗅ぎつけた。デスクの上に置かれたティーカップと、茶菓子が入っていたと思える皿を見るに、なるほど確かに手厚い待遇を受けていたようだ。
烈火の視線を追いかけた柳は、バツが悪そうに笑って誤魔化す。
「あ、え、えへへ。おいしそうだから、つい……」
茶菓子を一人で食べてしまったことについて、烈火に咎められると思ったのか。それとも実力行使で烈火を黙らせた相手のもてなしを受けたことについてか。
いずれにしても、烈火はさして気にも留めていなかった。
それより気になるのは、自分たちがここに連れてこられた理由。事件の重要参考人とは、一体どういう意味なのか。
それを問うと、柳の笑顔が引きつった。
「あー……それなんだけどね」
「だーかーら!あれは事故だったんだよ!」
柳の言葉を遮る大声で、誰かの叫びが背後から聞こえた。
振り返ると、先ほど烈火をのしたツインテール少女と、烈火たちとは別行動をとっていたはずのモヒカンゴリラが、デスクを挟んで何やら言い合っているのが見えた。
「最初はあっちが俺の金飲んだんだって!そんでムカついたからお返しにタックルしたら、アホほどジュース出てきたんだよ。で、せっかくだからもらっとこーかなーって」
「貴方はアホですの!?『もらっとこーかなー『じゃありませんのよ!そういう時はメーカーに連絡して……」
「なにぃ!?誰がアホだ!アホって言った奴の方がアホなんだぞ!!」
「あーもー!話の腰を折らないでくださいまし!そーゆーところがアホだって言ってるんですの!」
喚き散らす土門と、それを怒鳴りつけるツインテール少女。二人の話は一向に進展する様子はない。
烈火は柳に尋ねた。
「……ずっとあんな感じなの?」
「うん。かれこれ一時間ほど……」
なんともまあ意味のない時間の使い方だろうか。
小難しい言葉使いをしてはいるが、あの少女も土門と同じレベルなのだろう。
と、つい一時間ほど前に自分も彼女と言い争っていたことを都合良く忘れる烈火。
そろそろ仲裁しようかとソファーを降りたその瞬間、出入り口のドアが開く音が聞こえた。
「いやー、暑いわねぇ。ほんと、溶けちゃいそう」
「私のお花、しおれちゃわないか心配ですよー」
「ただいまー、柳!おっ、烈火起きてるじゃん」
「……まだやってたのか」
好き勝手喋りながらぞろぞろと部屋に入ってくる四人。
風子は柳に挨拶して、水鏡は呆れ顔を作っている。先に入ってきた巨乳眼鏡のお姉さんと頭に花の塊を装着している少女は、烈火の知らない人物だった。
全員が、手にコンビニのビニール袋をぶら下げている。
「よう、おめーらも来てたんか」
「“来た”んじゃなくて“連れてこられた”んだ」
ビニール袋を机に置いて、水鏡は烈火の言葉に大げさに肩をすくめた。
「連れてこられたって、お前も重要参考人だとか言われたのか?」
「ああそうだ。誰かさんたちが余計なことをしてくれたお陰でな」
水鏡がジロリと睨んだ先にいるのは、口笛を吹く風子。
水鏡の目線から逃れるように、風子はそっぽを向いた。
「……おめー、なにやったの」
烈火にまでジト目で見られて、風子は舌を出しながら答える。
「い、いやー。あのヘンテコがあんまりにシツコイもんだから、イライラしてちょーっとだけ暴れちゃった。テへ☆」
「おまえなあ……」
自分の頭をコツンと小突いた風子に、烈火は冷ややかな眼差しをぶつける。
風子はその視線に少々たじろぎながら、弁解を始めた。
「だ、だってさー、捕まったらやばいかなーと思うし?逃げようにも逃げきれないしさー」
「だからって、追ってきたロボット十八台をぜーんぶ壊すなんて、やりすぎたとは思わないのかしら?」
巨乳眼鏡の女性にそう言われ、風子はギクリと体を固める。
女性は烈火の方に視線を移す。
「はじめまして、花菱烈火くん。私はこの177支部で
「同じく、初春飾利ですー」
急に名前を呼ばれ、烈火は少々驚くが、多分他の誰かに聞いたのだろう。
固法は手元のビニール袋から焼きそばパンと牛乳を取り出すと、烈火に手渡した。
「これ、一応晩ご飯ね。ごめんね、わざわざ来てもらって」
「お、おう。あんがと」
パンと牛乳を受け取った烈火は、そういえば何も食べていなかったことを思い出して、すぐに開封してかぶりついた。
焼きそばパンを頬張りながら、烈火は固法にここに連れてこられた理由を尋ねる。
「ふぇ?へっひょふ、ほふぇはひひはんぼひょうはひょ(で?結局、俺たちになんのようだよ)」
パンを口いっぱいに詰め込みながらの言葉は、最早人語の体をなしていない。
しかし、大体の内容は予測できていたのか、固法は聞き返すことなく話した。
「今も言ったけど、あの霧沢さんと石島くんが警備ロボット相手に大暴れしてくれちゃったのよ。お陰でロボットは大破して、
言い終えて、固法はため息をついた。
「話を聞いてみたら、追いかけられた原因もあなたたちが自販機のジュースを失敬したかららしいじゃない。羽目を外すのも良いけど、犯罪行為は感心しないわよ」
「はぁい……」
風子はしょんぼりと肩を落とす。
烈火はもう一つ、気になっていたことを尋ねることにした。
「なあ、さっきから言ってるジャなんとかだのアンチなんとかだのってなんなんだ?」
「ああ……そういえば、あなたたちは最近この街の学校に転入して来たばかりだって言ってたわね」
固法の発言を聞いて、烈火は横目で水鏡を見た。
水鏡は、『話を合わせろ』という風に顎をしゃくる。
「お、おう!今日越してきたばっかでさ、右も左もわかんねーんだ!」
若干白々しくなったが、固法は気に留めた様子もなく続ける。
「ジャッジメントにアンチスキル。どっちもこの街の治安維持組織……まあ外で言う警察みたいなものかしら。前者は学生が、後者は教師がやってるの」
なるほど、と烈火は頷いた。
ツインテール少女があの銀行強盗たちと戦っていたのも、その任務という訳か。
しかし、それは即座に初春が否定した。
「もっとも、白井さんみたいに犯人と立ち回るのは本来の風紀委員の仕事ではないんですけどね」
「え、そーなの?」
「そうよ」
初春の言葉を固法が引き継ぐ。
「
「ほーん」
色々と、面倒な規律があるもんだ。自分で出来ることくらい、自由にさせてくれれば良いのに。
と、黒子以上に
すると、そんな烈火の顔を固法が覗き込んだ。
「それはあなたもだけどね、花菱くん?」
固法がニコリと笑った瞬間、烈火は背筋が凍るのを感じた。どす黒いオーラを感じたのか、土門と黒子も言い争うのを中断し、こちらに注目する。
威圧的な笑顔のまま、固法は烈火の頭を掴む。
「あなたはとっても強いんだろうし、白井さんを心配しての行動だったんだろうけど……それでも、一般人が強盗に立ち向かうなんてしちゃダメなの。わかる?」
冷や汗を吹き出しながら、烈火は激しく頭を上下させる。逆らってはいけない、と本能が言っていた。
「あなたもよ、白井さん」
固法の怒りは、黒子にも飛び火した。
黒子は蛇に睨まれた蛙のように硬直する。
「一体何枚始末書を書いたら気が済むのかしら?あなたのお陰で私が大ケガ負ったことも忘れちゃった?」
「いいいいえそれはその……緊急事態だったからと言いますか……」
「ん?」
「ごめんなさいですのっ」
しどろもどろと言い訳をするも、固法の発したたった一文字に屈服し、黒子は地面に頭をつけた。
「ま、まあまあ、結果オーライっつーことで……」
「元はと言えば、あなたが原因なのよね石島くん」
二人をかばって固法を諫めようとした土門が、逆に次のターゲットになってしまう。
ミイラ取りがミイラに、とはこのことだろうか。
「あなたがジュースなんて盗まなきゃ、花菱くんも強盗事件に関わることなんてなかったのにね」
「ひぃぃ!?」
「あなたもおいで霧沢さん。自分のしたことに対する反省が、ちょっと足りないと思うわ」
「ひぃぃ!?」
その後、正座状態の四人へのお説教は、二時間にも及んだ。
◇
烈火たちが解放された頃には、日はとっぷりと暮れていた。
幾分か暑さの和らいだ夜の街を歩きながら、烈火は大きく息を吐いた。
「だはー、疲れたぁー」
長時間の正座に耐えた足が、生まれたての小鹿のようにプルプルと震えている。
風子に土門も同じ状態だ。
「全くどこでも面倒を起こすやつらだな」
水鏡の呆れ声に反抗する余裕もない。
ともかく、一刻も早く風呂にでも入って眠りたい気分だ。
「結局、今日はなにも調べられなかったね……」
沈んだ声で柳が言った。今日1日をかけて、得られた情報はごく僅かだ。
「ま、あの事務所にあった本やあの風紀委員たちのお陰で、この街がどういう場所か大雑把には知ることができた。どのみち、幻獣朗に繋がるようなことを簡単に知れるはずもない」
柳をフォローするかのように、水鏡はそう言う。
彼によると、この街は外界から隔離された街で、『の能力開発』と呼ばれる人体改造まがいのことも行っているらしい。
「能力開発……?」
「ああ」
復唱する烈火に、水鏡は頷いた。
「僕の予想は、やはり正解だったらしい。この街の学生はみんな、その能力開発を受けている。そして、それがうまく行けば、『超能力』を手に入れることができるんだ。全員が全員、ではないらしいがね」
「超能力ってーと、スプーン曲げたり、透明になったり?」
「そんなところだ」
水鏡の言葉で、烈火は思い出した。
自分よりも幼い少女が、電光を飛ばして車を吹き飛ばしていたことを。
そのことを話すと、水鏡は眉をひそめた。
「車を吹き飛ばす、か。それは確かか?」
「ほんとですよ!私も見ました!自動車がオモチャみたいに吹っ飛んでたんです!」
柳も肯定し、話が信憑性を増していく。
「おいおい、そんな連中がゴロゴロいやがんのか?もし幻獣朗がそんなもん使って来やがったら、やべえなんてもんじゃないぜ!」
「確かに。私らにも魔導具があるとはいえ、簡単にはいかないだろうね」
土門も風子も、不安を隠しきれないでいる。
だが、それは杞憂であると水鏡は言った。
「心配するな。この能力開発とやらでそんな力を手に入れられたのは、ごくわずかしかいない。大半は能力なんて持たない、正真正銘のただの人だ」
「するってーと、俺らが見たあいつは……」
「ごくわずかな、例外というやつだ。……この街でいう『超能力』は、単に彼等が持つ超常的な力以外に、もう一つ意味がある」
水鏡は、掌を開いた。伸ばされた五本の指をみなに示す。
「LEVEL5。七人しかいない、この街で最も強い能力を持った連中だ」
「その七人の一人が、あいつってことか?」
「あるいはな」
烈火への水鏡の返答は曖昧なものだ。
しかし、烈火は納得していた。
あれほどの破壊力は、選ばれた者にしか持ち得ないはずだ、と。
「美琴ちゃん、そんなにすごい人だったんだぁ……」
「柳、名前知ってんの?」
風子に聞かれ、柳は大きく頷く。
「うん!とっても可愛い女の子だよ!」
「そのカワイコちゃんが車吹っ飛ばすんだから、こええもんだぜ」
土門は力無く呟いた。
その点には、烈火も同意であった。
それに、一つ気になることもある。
「……例え幻獣朗と無関係でも、そいつらと戦うことにならねえ、とも限らねーぜ」
即ち、敵が幻獣朗だけである、という保証などない。
何かの理由で、そのLEVEL5を始めとする、この街の強者たちとも戦わねばならなくなる可能性だってある。
そのことは、水鏡も織り込み済みのようだった。
「……今は、それを心配しても仕方ない。僕らの目標は幻獣朗だけだ。余計な敵を作らないよう心掛けるんだな」
水鏡はそう忠告する。
一同にとって、それは当たり前のことではあった。
しかし、烈火の中にはあった。理由などはないが、いつか彼等と矛を交えることになる。そんな、予感が。
「ま!夜も遅いことだし、今日のところは帰って寝よ!明日から学校にも行かなきゃなんないんだしさ」
風子に言われ、烈火は首を傾げた。
「ガッコウ?なんのことだ?」
「なんだ花菱、ケータイ見とらんかったのか。土御門のヤローからメールで、家の住所とこれから通う学校のこと送られてきてるぜ」
土門に指摘され、自分の携帯を開いた。
新着メールの通知が来ており、開くと土御門の名義のメールだとわかる。
烈火はそのまま文章に目を通した。
『おつかれサマンサターバサ☆
みんなの家と学校について添付ファイルに書いておいたから、見といてほしいにゃー(*´з`*)
土御門さんとの約束だぜい(ゝω∂)』
思わず、携帯を握りつぶしそうになった。
そんな烈火の様子に気づかなかったのか、それとも自分も同じ体験をしたからスルーしたのか、水鏡は指示を送る。
「とりあえず、学校には通っておこう。なるべく人の多い場所が方が、連中も仕掛けて来づらいはすだ。何かしらの情報収集にもなるかも知れないしな」
「見て見て!私烈火と同じ学校なんだよ!それに寮も真ん前だし!」
「ずるい!俺も風子様と一緒のガッコがよかった!」
「アホ抜かすな腐乱犬。うちは女子高だっつの」
思い思いにはしゃぎながら、自分の新しい住居に歩いていく5人。
彼らはまだ知らない。
烈火の予感が、いずれ現実のものになることを。
そしてそれが、学園都市の能力者だけとは限らないことを。
何も知らず、不安を消し飛ばすように、笑っていた。
そんな彼らを、運命は徐々に、戦いの中に引きずり込んでいく。
話が進まない……。
もっとサクサク進めたかったんですが、色々あっていまだに上条さん不在です。
でも次話でようやく出ます。多分。