この掌には何もない。
これまで生きてきた証も、大切な人との思い出も。
それでも俺は知っていた。
俺がこの世界にいる理由と、
共に闘う勇者たちをーー
「本日より着任した牧村光士郎だ。今日からこの艦隊の指揮を執る。みんな、よろしく頼む」
俺がそう言うと、俺の前に並んでいた6人の軍服を着た女性たちが敬礼のポーズをとった。
その中には、昨日俺とともに初陣を飾った香月あおいの姿もあった。
ちなみに、ここは提督である俺の執務室だ。着任早々で部屋の整理が終わっていないのか、そこかしこに段ボールが散らばっている。
「一応自己紹介してもらってもいいか?」
昨日あおいと一緒に顔と名前は予習したが、一応本人たちの口から聞いた方が印象に残るだろうということで、俺は左から順に自己紹介を求めた。
「香月あおいです! 本日より本艦隊に配属されました! 全力で任に当たりたいと思います! よろしくお願い致します!」
真面目な彼女らしい、お手本のような自己紹介だった。
俺は「よろしく頼む」と言って、彼女の横の人物に視線を移そうとした。だが、
「おお! あなたが早速昨日戦果を挙げたと話題になっている香月あおいちゃんですか! これは私もなかなか強力な部隊に配属されたものですね!」
いきなりそのハイテンションな口調に面喰ってしまった。
あおいの隣にいたのは茶色がかったロングヘアーに黄色のカチューシャをした綺麗な女性だった。彼女の名前は早川榛名(はやかわ はるな)という。背が高く大人っぽい容姿の彼女は黙っていれば美人なんだろうが、高すぎるテンションのせいで俺には少し子供っぽく感じられてしまった。
「え、まさか昨日の作戦でたった一人で敵の半数以上を殲滅させたって噂、本当だったんですか!? しかもその張本人が、あなたと!?」
今度は早川榛名の更に横にいた隊員まで食いついてきた。彼女は提坂玲緒奈(さげさか れおな)。155センチくらいのあおいよりも更に低い身長に、背中くらいまである長くて黒い髪の毛。一見するとまだ幼い子供なのだが、記録によると前に所属していた艦隊でエース級の活躍をしていたというのだから、人とは実に見た目で判断するものではないものである。
「えっと、まあ、一応……」
一方話題の中心にいるあおいは2人の高すぎるテンションにたじたじの様子だ。戦果としては誇れるべきことなのだからもっと胸を張ってもいいとは思うのだが、彼女はあまりそういうことを誇示するタイプではないので、ああいう風に迫られるとどう対応していいのかわからないのだろう。俺はここは助け船を出してやるかと思った。しかし、
「ちょっと待って。そのことなんだけど、少し気になることがあるのよね」
口を挟んだのは、一番端に立っていた少女だった。彼女は金に近い茶髪をツインテールにしており、その少しつり気味の目は彼女の気難しい性格を象徴しているようであった。
「気になることってなんですか? えっと……」
榛名がその少女に尋ねる。
「阿久津美園(あくつ みその)よ。昨日聞いた話によると、昨日途中から戦闘に駆け付けた人間は物凄い速さでバイドどもを一掃したって話よ」
「それのどこが気になるんですか?」
今度は玲緒奈が尋ねる。阿久津美園は不機嫌そうな表情のまま続ける。
「肝心なのはここよ。その人物は見たこともないフォースを着けて突然戦闘域に現れたそうよ。これっておかしいと思わない? だってあの人が『アロー・ヘッド』、『ミッドナイト・アイ』、『シューティング・スター』、『エクリプス』、『ストライダー』の5機を発明して以来、新しいフォースは未だ開発されていないのよ? にも関わらず、彼女は全く未知のフォースを背負って現れた。まるで、あの時みたいにね……」
彼女の言葉に全員が息を飲む。
第二次バイドミッション「デモンズ・リベリオン」。それは人類が初めて異形の生命体「バイド」に勝利した輝かしい戦いである。しかし、それと同時に、それは人類を絶望の縁に追いつめた忌々しい悪夢でもあった。
かの戦いの最終局面において現れたのは、人類にとって全く未知のフォースだった。
全てが消失してしまった今、それが何だったのか確認する術はないのであるが。
「それが何を示すか、そんなの言わなくても分かるわよね?」
そう言って、阿久津美園はあおいの前に立つ。そして、彼女をその鋭い目で睨みつけながらこう言い放った。
「もしかしてあなた、バイドなんじゃないの?」
「!?」
俺は阿久津美園の発言に思わず席を立とうとした。だが、それよりも前に反応した人間がいた。
「訂正しなさい」
それはこのチームの最年長、神尾伊月(かみお いつき)だった。彼女は黒くて艶やかなロングヘアーを左でサイドポニーしており、ここにいるどの隊員よりも大人の雰囲気を醸し出していた。
神尾伊月は阿久津美園の手を掴み、力を込めて引っ張り上げた。
「い、痛い! 何するのよ!?」
阿久津美園は必死で抵抗を試みるも、神尾伊月は少しもその手を緩めることはない。
「痛い? やめてほしい?」
「だから痛いって言ってるでしょ! 早く離しなさいよ!」
「だったら早く香月さんに謝りなさい」
「ど、どうして、あたしが!?」
阿久津美園が反省の色を見せないため、神尾伊月は彼女の腕を握る力を更に強めた。
「痛い! あなたいい加減に……」
「これと同じことをあなたは香月さんにやったのよ」
「あ、あたしは、そんなこと……!」
「したわ。あなたは彼女を『バイド』呼ばわりした。人類の敵であり、あの子にとっても憎い存在であるはずのやつらと同じだって言ったの。それがどれほどの屈辱か、あなたは分からないの?」
俺はあおいの顔を見た。とても悲しそうな目を、あの子はしていた。気丈に振る舞ってはいるが、心中穏やかではないのは明白だろう。それと同じく、玲緒奈も阿久津美園に対して批判的な瞳を向けていた。
「あたしはあくまで、可能性の話をしただけであって……」
「全員のメディカルチェックは事前に綿密に行ってあるし、その子がバイドならここにこうやって普通にいることすらできないはず。常識的に考えて、彼女がバイドである可能性などゼロよ。そんなことくらい、あなただって分かっているはずでしょ?」
神尾伊月の視線が鋭さを増す。
「美園ちゃん、ここは一旦謝った方がいいと思うよ」
榛名も言う。すると阿久津美園はようやく観念したように大人しくなった。そして、ぶっきらぼうにこう言った。
「ごめん……。今のは、忘れて」
「いいよ。別に……」
神尾伊月は手を離したが、それと同時に大きく溜息をついた。
空気が重い。なんとなくこういった騒動は予想されていたとはいえ、初日からなかなかの先制パンチだった。先が思いやられる。俺は思わず頭を掻いた。
「えっと、こっちの自己紹介がまだなんだけど」
空気を読んでいるのか読んでいないのか何とも言えないタイミングで彼女は言った。それはこの隊の最後のメンバー、春瀬裕姫(はるせ ゆうひ)だった。
「……おお、悪い。頼む」
「はいはい。えっと、春瀬裕姫っていいます。まあさ、色々大変だろうけど、そう気張らずにやろうよ」
春瀬裕姫は黒い髪を三つ編みにして左の肩から垂らしている。その表情はどことなく気が抜けていて、あまり緊張感がある様には見えない。
でも今の俺にとって彼女のその緩い雰囲気が救いだった。俺は彼女の言葉に乗らせてもらうことにした。
「彼女の言う通りだ。ピリピリしたって何も始まらん。馴れ合えとは言わないけど、チームワークがないんじゃ話にならない。皆も軍人なら、規律くらいは理解してくれ」
俺はそう言うと席を立ち、皆の方へと歩く。それを見て、全員の緊張の色が少し濃くなる。
「それと、さっきの美園が言っていた件だが、それについては俺が説明しよう」
「提督が、ですか……?」
「ああ。このままモヤモヤされても困るし、あおいがバイド呼ばわりされるのは堪らんからな」
こうして俺は、あのことを彼女らに伝えることにした。
それを説明するには、時間を昨日まで戻す必要がある。あの時、俺とあおいがどのような行動をとったのか、ここで説明することとしよう。
次回をお楽しみに。
各キャラが誰をモデルにしているのか想像しながらお読みください笑