ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド   作:亀川ダイブ

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 諸事情によりガンプラ製作がストップしており、予告とは違い小説本編の更新が先となりました~。悪しからず、ご了承ください。ガンプラもまた頑張ります!


Episode.14 『サマー・キャンプⅡ』

 八月初旬、間違いようのないほどの盛夏。まだ午前だというのに太陽はギラギラと照り付け、焼けたアスファルトがジリジリと熱気を放つ。海から吹き付けてくる潮風が、せめてもの救いというところか。

 自宅の最寄り駅から電車で三駅、市営バスを乗り継いで二十分ほど。エイトは三日分の着替えとガンプラケースが入ったリュックサックを背負い、海辺の旧国道をゆっくりと歩いていた。

 

「あれ、かな……?」

 

 緩いカーブを抜けると、その先に一軒の旅館が見えた。立ち止まって見上げる。二階建ての和風建築だが、敷地は広く建物の造りも立派だ。

 ビス子さんは「家族でやってる程度のモンだ」なんて言っていたけど……思っていたより大きいなあ。

 エイトはリュックサックを背負い直し、旅館への道をまた歩き始めた……と、その時。道の向こうから、女の人が歩いてきているのに気が付いた。

 丈の長い、光が透けるような純白のワンピース。足元はヒールの低い、涼しげなサンダル。つばの広い麦わら帽子をかぶっているので、顔はわからない。しかし、すらりと背の高い女性の姿と、海風にスカートの裾が翻る様は、まるで一枚の絵画のようにきれいだった。

 

(きれいな……ひとだなぁ……)

 

 エイトは見とれてしまうが、あまりじろじろ見るのも失礼だと思い、旅館への道を急いだ。女の人との距離が近づき、エイトは軽く会釈をして通り過ぎようとするが、

 

「よ、よォ、エイト」

「えっ?」

 

 突然、女の人から声をかけられ、立ち止まる。その声には、確かに聞き覚えが……

 

「は、早かったじゃあねェか。ま、まァ、バイト初日にしちゃあ上出来だなァ?」

「……ビス子さん、ですか?」

 

 エイトが目を丸くして聞き返すと、女の人はこくんと頷き、麦わら帽子のつばを少しだけあげた。

 

「な、なんで疑問形なんだよッ。オレがこんな格好してちゃあ、わ、わりィ……かよ……っ」

 

 GBOのアバターとそっくりなビス子の顔が、そこにはあった。すねたように唇を尖らせて頬を染め、ちらちらとエイトを見ては視線を逸らしているが、赤茶けた髪も高い身長も、アバターそのままのビス子だった。

 

「い、いえ、そんな。違いますよ」

「はんッ。わ、わかってんだよ別にッ。似合ってねェことぐらい! いいさ、笑えよ! これがあの〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟かってなァ!」

「いえっ、逆ですよ! すごく似合っていて、きれいで! ちょっと緊張しちゃって……!」

 

 ぼんっ! ビス子の顔から湯気が上がり、一瞬で耳まで真っ赤にゆであがった。ビス子は慌てて麦わら帽子で顔を隠して、何でもない風を装う。しかし、その様子を「怒らせてしまった」と勘違いしたエイトは、ビス子に謝ろうと頭を下げる。

 

「あ、す、すみません、ビス子さん。僕、迂闊なことを……」

「……ナツキだッ!」

 

 エイトの頭に麦わら帽子を叩き付けるように被らせ、乱暴に手を掴んで旅館への道を走り出した。突然の出来事に驚きながらも、エイトは遅れないように足を動かす。

 

「うわっ、び、ビス子さん!?」

「ヒシマル・ナツキだ。ここはGBOじゃねェ、名前で呼ばせてやるから感謝しろッ」

「あ、はいっ。三日間、バイトよろしくです。ナツキさん」

「~~~~っ! お、おうッ。よろしくなァ、エイト!」

 

 麦わら帽子の広いつばに邪魔されてエイトからは見えなかったが、エイトの手を引いて走るナツキの顔は、真夏の太陽にも負けないぐらい真っ赤で、そして輝いていた。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「ほォ~、こいつが例の男かァ。なんじゃいナツキ、おまえショタ好きな」

「黙れェいクソジジィ!」

 

 スッパァァーーン! 出迎えてくれた緑色(ジオングリーン)の作務衣姿の老人を、ナツキがスリッパで思いっきり叩いた。しかしそんなことは、エイトの目にも耳にも入っていなかった。

 

「す、すごい……この数、このクオリティは……!」

 

 玄関をぐるりと取り囲むように作りつけられた、年季の入った木製の展示棚(ディスプレイスペース)。そこに立ち並ぶ、ガンプラ、ガンプラ、そしてまたガンプラ!

 新旧様々なHGやMGはもちろん、PG、RGも多数。さらには最新作の鉄血のオルフェンズシリーズやHG-REVIVE、RE-1/100、果ては絶版モノの旧キットまでがずらりと揃い踏みだ。そしてそのすべてに入念な加工と丁寧な仕上げが施されている。

 

「ナツキさん! これ全部、ナツキさんが!? どれもすごい完成度ですよ!」

「ふ、ふんっ。誉めてもなんもでねェぞ。作品はじいちゃんと半分ずつってトコだなァ。旧キットやジオラマ系は全部じいちゃんのだぜ」

「お、お爺さんの!? 旧キットもジオラマも、半端じゃあないですよ!?」

「カッカッカ。その良さがわかるかァ。気に入ったぞ、小僧。それだけはっきりものを言うとはなァ」

 

 目を輝かせるエイトの肩をぽんと叩き、ナツキの祖父は好々爺然とした表情で長いあごひげを撫でる。筋張った老体だが、身長はエイトよりもやや高い。ナツキも長身なところを見ると、そういう血筋なのだろう。

 

「ヒシマル・ゲンイチロウじゃ。おまえさんの雇い主ということになるかのゥ」

「あ、アカツキ・エイトです。三日間、お世話になります」

「カッカッカ。よいよい。畏まるなよォ、小僧。ナツキの男なら、ワシの孫も同然」

 

 スッパァーン。ナツキ、無言のスリッパ炸裂。

 

「と、ともかく、じゃ。まずはァ、荷物置いて来い。泊まり用の仮眠室を開けてある。着替えてきたら、すぐに仕事じゃ。今日はさっそく団体さんがいらっしゃるンでなァ。仕事はナツキにくっついてりゃァ、覚えるじゃろう――ナツキ、あとは任せたぞォ」

 

 ゲンイチロウはカッカと笑い、エイトに部屋の鍵を手渡した。ナツキに案内をするように言いつけ、自分は厨房の方へと消えていく。後でナツキから聞いた話だが、客に出す料理はすべてゲンイチロウが作っているらしい。

 

「部屋はここだァ。オレの部屋はとなり――っても、仕事が始まったら部屋になんかほとんどこれねェけどよ」

 

 トイレ、非常口、リネン室に食堂、ガンプラバトルシステムを備えた大広間、掃除用具の場所など、ナツキの簡単なレクチャーと共に館内をぐるりと回り、エイト用の仮眠室に到着する。四畳半ほどの畳敷き、少し狭いが客室と大差ないしっかりとした部屋だった。

 

「ンで、こいつがウチの制服代わりだ」

 

 ぽんとナツキが投げてよこしたのは、ゲンイチロウが着ていたのと同じ、ザクの濃い方の緑色(ジオングリーン)の作務衣。

 

「着替えたら掃除、それから客の出迎えだァ。仕事はやりながら説明するぜ、エイト」

「は、はいっ」

 

 ナツキが部屋を出た後、エイトは着替えながら気合を入れなおした。

 よし、がんばろう――僕のガンダムを、もう一度、きれいに創りあげる(ビルドする)ために。

 作務衣のひもをきゅっと締める。ナツキが手配してくれた作務衣のサイズは、エイトにぴったりだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 旅館の外回り、そして玄関から大広間、食堂、トイレに風呂場と四人部屋六つの掃除。部屋のお菓子とお茶っぱの確認と補給。その他もろもろ、細かい仕事は両手の指では足りないぐらい。一通りの仕事が終わって昼ご飯を食べる(ゲンイチロウの作るまかない料理は、超が付くほどおいしかった)と、すぐに客の出迎えの時間となった。

 エイトとナツキは二人並んで玄関前に立ち、もうすぐ到着するはずの団体客を待ち構える。

 

「どうよォ、エイト。旅館の仕事は」

「はは……知らなかったことが多すぎて、驚きました」

 

 エイトの力ない愛想笑いに、ナツキは豪快に口を開けた笑い顔で返した。

 

「ハッハァ、まだ初日の客入り前だぜェ? ま、サポートしてやるからしっかり頼む……お、バスだ。例の団体客だなァ」

 

 ただでさえ長身でスタイルのいいナツキの背筋が、さらにすっと伸びる。表情も、にこやかながらも引き締まった、営業用の笑顔に変わる。エイトも慌てて姿勢を正すが、やはり緊張は隠せない。

 エイトのそんな様子に、ナツキは「仕方ねェなァ」と苦笑い。エイトのおしりをぱぁんと一発ひっぱたく。驚くエイトの顔を覗き込み、微笑みながらいたずらっぽくウィンクをした。

 

「物怖じすンなよ、ルーキー。GBO(オン)でのてめェは、もっと堂々としてるぜ?」

「は、はい。ナツキさん」

 

 バスが止まり、団体客が下りてくる。ナツキが深々と頭を下げたのに合わせて、エイトもあたふたと礼をする。そしてふたりで声を合わせて――主に、ナツキがエイトに合わせてくれたのだが――出迎えの言葉を口にする。

 

「「長旅、お疲れさまです。ひしまる屋へようこそ!」」

 

 ざわ、ざわ……客の反応がおかしい。何か粗相をやらかしてしまったのかと、不安になってエイトが顔を上げると――

 

「え……エイト君、かい……?」

「な……ナノ……さん……?」

 

 バスから降りてきた団体客は――目を真ん丸にして驚くナノカ。ダイにサチ、二〇人ほどの三年生、大鳥居高校ガンプラバトル部の面々。そしてなぜかいるタカヤとアンジェリカ。

 

「合宿先って、ここだったんですか?」

「バイト先というのは、ここだったのかい……?」

 

 お互いに予想外の出来事に驚きながらも、どこか嬉しそうな顔をしているエイトとナノカ。

 しかし、その一方で。

 

「ぐぬぬ……!」

 

 ナツキは何かを我慢するように、ぷるぷると身体を震わせているのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「エイトォ! 荷物運べェッ、とろとろすんなァ!」

「は、はいっ」

「エイトォ! ガンプラ作業部屋ァ、カギ開けとけェ! 換気扇も回せェ!」

「は、はいっ、今すぐ!」

「エェェイトォォ! だらだらすんなァッ! 食堂、お膳並べとけェッ!」

「す、すみませんっ。やりますっ!」

「エェェイトオオォォォォッ!」

「はぁいっ! ……あの、ナツキさん……なんか、機嫌悪くないですか?」

「あァんッ!? ブチ撒けるぞてめェ!? とっとと味噌汁持っていけェッ!」

「ご、ごめんなさぁい! すぐやりまぁすっ!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――かぽーん。お風呂場である。

 

「ふぅ……」

 

 ナノカは長い黒髪を緩くまとめ上げ、海辺に沈む夕焼けが風流な露天風呂へと、その身を沈めていた。ナノカはかなりの風呂好きで、長風呂を好む。今も、他の女子部員たちはとっくに湯から上がってしまっていた。

 かけ流しの天然温泉がちゃぽちゃぽと流れていく音を、一人、楽しむ。

 

「よォ、赤姫」

 

 ちゃぷん、と。新たな水音がして、ナノカの隣に人影が増えた。

 

「……キミが……いや、年上だそうだね。あなたが〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ですね」

「はンッ、白々しい。一応名乗っておくと、ヒシマル・ナツキだ。いつも通りでイイぜ、赤姫」

「……そうかい。じゃあ、そうさせてもらうよ、ビス子。私もアカサカ・ナノカだけれど、いつも通りに呼んでくれるかい」

 

 それからしばらく、二人の間に会話はなかった。いつもなら風呂は烏の行水なナツキは、すぐに肌が薄桃色に上気し始めたが、ナノカはまったくのぼせる様子もない。

 先に口を開いたのは、ナツキだった。

 

「な、なァ、赤姫よォ」

「なんだい、ビス子」

「てめェは――」

 

 ナツキは胸元でちゃぷちゃぷとお湯を弄び、あらぬ方向へ目を逸らしながら、聞いた。少し頬が染まっているのは、温泉の熱さのせいだろうか。

 

「――偶然、エイトがここにいて、その、よォ……嬉しかったか?」

「ああ、嬉しいさ。相棒だからね」

 

 よどみなく、澄ました顔で、ナノカは答える。が、その頬はやや赤い。やはりこの温泉は、少し温度が高いらしい。

 

「キミこそどうなんだい、ビス子。エイト君をわざわざ、実家のバイトに誘ったりして」

「おおお、オレサマは別にっ。じいちゃんが、人手が足りないって言うからよォ!」

「ふぅん……ビス子、キミは男友達とかはいないのかい? 恋人とか」

「あ、あァんッ!? ンなもんいねェよ! いたコトもねェよ! な、なんだよ突然てめェはっ!」

「へぇ、そうか……ふぅん……?」

「な、なんだよ! ワリぃかよ! も、もうオレは出るぜ!」

「ふっ……私も出ようかな」

「ンだよ! ついてくんじゃあねェよ!」

「ふふふ……別にそんなつもりはないさ。でもまあ、なんだかキミとは長い付き合いになる気がするよ、ビス子」

「あン? なァに言ってんだよてめェは! オレよりほんのちょっとエイトと付き合いが長いからって、調子のってんじゃねェぞ! ブチ撒けるぞコラァ!」

 

 お湯から上がったナノカは何か満足げに笑いながら脱衣所へ向かい、ビス子は怒鳴りながらそれを追いかける形となるのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――かぽーん。再び、お風呂場である。

 

「はぁー……」

 

 男子部員たちが上がった後の大浴場に、エイトは一人、身を沈めていた。風情ある石造り、天然温泉の露天風呂。ひしまる屋は普通の旅館としての設備もなかなかに上等だ。じんわりと身体が温まり、疲れが溶けて流れていく。

 手取り足取りといった様子で仕事を教えてくれた午前中に比べて、午後はやたらとナツキが厳しかった気がしたが、ともかく。エイトは広い露天風呂で、ぐぐっと伸びをした。

 

「うー……働いたぁー……」

「まだだ! まだ終わらんよ!」

 

 ざっぱあーん! 

 

「うわあっ!? た、タカヤ!?」

 

 全裸でタオルを腰に巻き、頭にはジュアッグかアッグガイかというような巨大なゴーグルを装備。そして右手には完全防水仕様のデジタル一眼カメラ。水陸両用強行偵察型変質者と化したサナカ・タカヤが出現した。そしてギレン総帥の演説もかくやという勢いで、わめきたてる。

 

「旅館! 温泉! 露天風呂! 夏の夜、開放的になる男女! はだける浴衣、香り立つうなじ! 何を恐れることがある、男湯と女湯を隔てるのは、たかが三メートル程度の木の壁一枚! その向こうにある酒池肉林を撮らずして、何のためのカメラか! 何が新聞部か! むしろ乗り越えるべきは、己の中の倫理やモラル、そう言ったくだらない常識ではないのか! 人類の革新は、女湯にこそあぁぁるッ! 嗚呼、見える、見えるぜ俺には! 俺には刻が見える!」

「僕にはオチが見えるよ」

「ヌルいこと言ってんなよエイトォォ! だぁからお前はアホなのだあっ! 流派・最中不敗は王者の風よ! 見よ、女湯は赤く燃えている!」

「タカヤ。僕は止めたからな?」

「ふーははは! ビビったかエイト。この俺、新聞部一年エースにしてガンプラバトル部イチの事情通サナカ・タカヤは、目も眩むようなシャッターチャンスを所望していぐぎゃあっ!?」

 

 すこーんっ! じゃっぱーん。

 投げつけられた手桶が、タカヤの脳天にクリーンヒット。タカヤはひっくり返り、派手にしぶきを上げて頭から湯船に突っ込む。

 

「そんなことだろうと思っていましたわ!」

 

 脱衣所で手桶の二投目を構えるのは、生徒会風紀委員長ヤマダ・アンジェリカ。おそらく特注品であろう、白と金のストリームライン、まるで自分の愛機(レディ・トールギス)のようなデザインの競泳水着を完全装備である。

 そしてその後ろからはわらわらと、浴衣姿の三年生女子たちが現れてくる。皆、黙ってはいるが、その三角形につり上がった目からはタカヤへの怒りのオーラがあふれ出している。

 

「あー、あー。だから止めたのに」

「いたたたた……突然何するんスかセンパイ! ゴーグルがなければ即死だったッスよ!」

「自分の胸と、そのデジカメに手を当てて、よぉぉぉぉっく考えてごらんなさいな!」

 

 アンジェリカの言葉に合わせて、浴衣の三年女子たちの怒りのオーラが、いっそう強く燃え盛る。タカヤの「ぎくっ」という文字がでかでかと書いてあるような顔を見る限り、カメラの中身はだいたい想像がつく。

 三年女子たちの怒りを代弁するかの如く、アンジェリカは優雅かつ大胆かつ珍妙なポーズを決めながらタカヤをビシィッ! と指さし、声高らかに宣言した。

 

「お覚悟はよろしくて、新聞部一年生サナカ・タカヤさん。風紀委員長ヤマダ・アンジェリカの名において――生徒会を執行いたしますわ!」

 

 堰を切ったように、三年女子たちがタカヤに襲い掛かった。タカヤもタカヤでデジカメを奪われまいと走り回り、アンジェリカの指揮する三年女子軍団とデッドヒートを繰り広げる。

 

「ちょ、ちょっとセンパイ勘弁ッスよ! お、ふとももが♪ このカメラには、大鳥居高校全男子生徒の夢と希望が詰まってるんスよ! おおっ、胸元が♪」

「逃げながら、またっ……許しませんわああああ! みなさん、鶴翼の陣で追い込みますわよ!」

「くっ、さすがはセンパイ。中々の智将っぷりッス! でも! それでも! 守りたい世界があるんッスよぉぉぉぉ!」

「タカヤ、ヤマダ先輩。僕はもう出ますからね」

 

 でかいゴーグルにタオル一枚、右手にはカメラという変質者そのものの格好で風呂場を飛び回るタカヤ。騎馬戦の大将よろしく、三年女子が組んだ騎馬の上で号令を飛ばす競泳水着姿のアンジェリカ。その横をすり抜けるようにして、エイトは脱衣所の扉を開けた。すると、そこには――

 

「おーっし、いいぞ一年! もっとだ、もっと走れ! 浴衣をはだけさせろ!」「ヤマダさんの競泳水着……じゅるり」「うっひょー! 揺れてる、揺れてるぞおい! 重力無視してるみてぇだ!」「負けるなサナカ! おまえのカメラに、俺たちの明日がかかっている!」「その写真たちは一枚五〇〇円で買うぞ! ものによっちゃあ千円までは出す!」「お前が新聞部と兼部してんのはこの日のためだろ! がんばれサナカああああ!」

 

 血走った眼で、タカヤに声援を送る三年男子たち。

 

「何してるんです、先輩たち……」

 

 熱気を上げる先輩たちに、冷め切ったジト目を送るエイト。しかし三年男子たちは風呂場で繰り広げられる光景に夢中で、エイトの冷たい視線に気づきもしない。エイトは諦めきったため息を一つ。緑の作務衣に着替えて脱衣所を出ようとした、その時。

 

「俺の調べでは、アカサカ先輩はお風呂好きで長風呂! まだ女湯にいるはずッス!」

 

 ぴたっ。エイトの足が止まった。

 

「アカサカ先輩の、あの! 制服の上から作業用エプロンをつけてすらその美しい形がはっきりとわかる美巨乳を! このカメラに収めるまではああ! 俺は諦めるわけにはいかないんスよおおおお!」

「「「うおおおおーーっ! がんばれサナカああああーーっ!」」」

「させませんわああああっ! みなさん、挟撃ですわ! 左右から挟み込みますわよ!」

 

 盛り上がる三年男子、ヒートアップする追いかけっこ。エイトは対応を決めかねるように脱衣所を右往左往。

 

「貴様ら……ッ」

 

 ズゥンッ……!

 そんなお祭り騒ぎを吹き飛ばすように、圧倒的な存在感が風呂場を震わせた。

 

「いい加減に……ッ」

 

 ゴゴゴゴゴ……ッ!

 怒り心頭、鬼の形相で腕組み。筋骨隆々、仁王像のごとく立ちはだかるは、最強部長ギンジョウ・ダイ。

 

「せんかアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!

 部長の怒り、大爆発。直前で耳を塞いだエイトはなんとか耐えたが、至近距離で怒鳴られた脱衣所の三年男子たちは総崩れ、何人かは失神。タカヤはひっくり返って温泉に落ちた。三年女子たちも涙目でへたり込み、潰れた騎馬の上でアンジェリカだけが「あら、やりすぎちゃいましたわ♪」と、ペロリと舌を出していた。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「申し訳ない、ご主人。騒がせてしまった」

「カーッカッカ。気にするなよォ、小僧。それが若さじゃてなァ」

 

 大広間へ続く廊下へ、全員で正座。頭を下げるダイの肩を、ゲンイチロウが笑い飛ばしながらポンポンと叩く。ナツキはあきれきった表情で、そのやり取りを見ていた。

 部員で正座を逃れているのは、今日は従業員側であるエイトと、女湯にいたナノカ。サチや数名の女子部員の姿が見えないが……ともかく。今回の火種となったタカヤのデジカメは、ダイの渾身の正拳突き一発で、見るも無残なスクラップと化していた。

 

「後輩の手本となるべき三年生が、女の写真などに心乱されるとは。修行が足りんのだ、修行が」

「そりゃ部長がおっぱいに興味ないからッスよ! さっちゃん先輩と付き合う時点でロリコ」

 

 ブオォォンッ! 暴風のような拳圧が、タカヤの眼前に吹き荒れる。寸止めの正拳。

 

「……なにか、言ったか。サナカ一年生」

「ナナナナンデモナイッス!」

「部長さん。お話が」

 

 すっ――と、アンジェリカが優雅に手を挙げる。背筋の伸びた完璧に美しい姿勢で正座、ただし競泳水着。かなり滑稽な姿だが、本人はそんなことは気にしていないらしい。アンジェリカの表情は、生徒会執行部としての仕事モードのそれだった。

 

「なんだ、ヤマダ風紀委員長」

「……サナカさんの写真。メモリーカードは、一枚きりではないのでは?」

 

 ざわっ……正座する部員たちに、ざわめきが走る。

 ダイがぐぐっとタカヤを睨むと、タカヤは白々しく口笛を吹きながら、視線を宙に泳がせた。男子部員たちの表情にぱっと希望の光が差し、同時、女子部員からは凄まじい勢いで軽蔑の視線が突き刺さる。

 

「まだあがくか、サナカ一年生。諦めの悪さは嫌いではないが……ッ!」

 

 ゴゴゴゴゴ……! 部長の拳がタカヤに迫る。タカヤはタオル一枚で正座という情けない恰好のまま、涙目になりながら抵抗する。

 

「あ、あれは渡せないッス! 俺らモテない男子たちの、最後の希望なんッス! 俺は死ぬときは、でっけぇおっぱいに埋もれて死ぬんだ! おっぱいはやわらけぇんだ! こんな固い廊下とは違うんッスよおおおお!」

「「「さ、サナカぁ……!」」」

 

 三年男子たちが、タカヤの言葉に涙ぐむ。と同時に、女子たちの視線が絶対零度の冷たさに。

 部長とタカヤが「出せ!」「出さないッス!」の言い合いになり、またもや収拾がつかなくなりかけた、その絶妙なタイミングで、アンジェリカが再び声を上げた。

 

「勝負しましょう!」

 

 全員の視線が、アンジェリカに向く。アンジェリカはまるで深窓の令嬢のような澄まし顔で、完璧に美しい正座姿で、物静かに告げた。

 

「サナカさんのメモリーカードの所有権を賭けて――男子対女子でのガンプラバトルを提案いたしますわ」

「ほゥ……面白いお嬢さんがいたモンじゃのゥ。気に入ったぞ、カッカッカ」

「お褒めにあずかり光栄ですわ。生ける伝説、〝旧人類最強(グレート・オールド・ワン)〟ヒシマル・ゲンイチロウ様」

 

 まるでまったく足がしびれていないかのように、アンジェリカはすくっと立ち上がり、気品あふれる所作で、ゲンイチロウに一礼した。

 

「ヤマダ風紀委員長。どういうことか」

「わたくしたちはファイター、そして今はガンプラバトル部の合宿中。これ以上、なにか言葉がいりまして?」

「うむ……その意気や良し、気に入った! では、部長として認めよう。貴様とサナカ一年生との一騎打ちを――」

「違いますわ」

 

 アンジェリカは床を指さし、すっと線引きをするように、その指先を左右に動かした。その線は、正座をする男子たちと女子たちの、ちょうど境目。

 

「男子対女子……と、申し上げましたわ」

 

 そしてその指先で、ダイを指さし、微笑んだ。

 ただしその微笑みは、先ほどまでと同じような気品の奥に、牙を剥く狩人の野性を隠しきれていない、好戦的な笑みだった。

 

「部長さん。あなたには男子側で出ていただきますわ。そしてわたくしと戦いなさい」

「フッ……結局、そういうことか……よかろうッ!」

 

 ばさっ! ダイが浴衣を脱ぎ捨てると、その下にはすでに空手の道着が着られていた。そしてどこから取り出したのか、その手には愛機・ダイガンダムが握られている。

 

「皆、聞けッ。大鳥居高校ガンプラバトル部は、サナカ一年生のメモリーカードを賭け、男子対女子による部内試合を開始するッ。各自ガンプラを持ち、大広間、バトルシステム前に集合ッ」

「「「は、はいッ!」」」

「四十秒で支度しろッ! 以上ッ、解散ッッ!!」

 

 長時間の正座で痺れていた足を引きずり転びながら、部員たちが一斉に散った。

ダイとアンジェリカは無言で不敵な笑みを交し、見えない火花を散らし合う。

 

「ご主人。急で申し訳ないが、バトルシステムをお借りする」

「カッカッカ。小僧、何を遠慮するか。大歓迎じゃァ。多数対多数にちょうどよい特別バトルがあるンでな、久々に使うかのゥ」

「あら、面白そうですわね。詳しくお聞かせくださいな、ゲンイチロウ様」

「フッ、滾るな……アカツキ一年生、サナカ一年生! 貴様らも来いッ!」

「りょ、了解ッス! いくぞエイト、ほらっ!」

「え、ぼ、僕はバイトの続きが……ちょ、タカヤ引っ張るなよっ、タカヤぁ~!」

 

 嵐のように皆が過ぎ去っていった後に残るのは、髪を上げた浴衣姿のナノカと、タオルを首にかけた作務衣姿のナツキの二人。

 ナツキはぽりぽりと頭をかきながら、ナノカに聞いた。

 

「……なァ、赤姫よォ」

「なんだい、ビス子」

「てめェんトコの部活、いつもこんなノリなのかァ?」

「……いや、今日は……ふふふ。みんな少しばかり、ヘンかもしれないね」

 

 ナツキは「そうかよ」と言ってあきれるばかりだったが、笑うナノカの顔はとても柔らかく――心の底から、今この時を楽しんでいるようだった。

 




第十五話予告

《次回予告》
「よく集まってくれたねー。感謝するよー、あっひゃっひゃ♪」
「さっちゃん先輩のお呼びとあらば、いつでもどこでもなのです!」
「……あたしたちの悲しみ、苦しみ、恨み、妬み、嫉み……すべて、ぶつける……」
「あっひゃっひゃ、いいねーいいねーいいんじゃなーい? んじゃまー、はじめよーか」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第十五話『サマー・キャンプⅢ』

「チーム・水平戦線(ホリゾンタル・オブ・ザ・ボディ)っ♪」
「……戦場に……武力、介入を……」
「開始するのです!」



◆◆◆◇◆◆◆



 今回は、温泉回! サービスマシマシでお送りしました。
 さて、タカヤのメモリーカードの運命は!? 暗躍する謎のチーム、水平戦線(ホリゾンタル・オブ・ザ・ボディ)とは!?
 そしてなんか作者ですら意識しないうちに成立してしまったエイトをめぐる三角関係の行方は!? 正直、私にもわからんよ!!(笑)


 ……それはそうと、12月2日に異常なほどのUA数アップがありました。感想もいただいて、お気に入り数も増えて、感謝の極みです!
 多くの方に作品を見ていただけるのは嬉しいのですが、突然どうしたんだ!?とちょっと怖い…… しかし、読んでいただいてるなら頑張るしかない!今後もよろしくお願いします。感想・批評もお待ちしております!

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