ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド   作:亀川ダイブ

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ノリノリで書いていたら、いつの間にか文字数が過去最高を更新していました。
いつもよりちょっと長めですが、お付き合いいただければ嬉しいです!


Episode.23 『ジャイアントキリングⅣ』

「来るなら、迎え撃ちますよ! このクロスエイトで!」

『やってみろ、赤姫の腰巾着(オマケ)がぁぁッ! ガンダム・セルピエンテ、敵機を喰い千切るッ!』

 

 ギャバアッ! セルピエンテが振り上げた巨大鋏が、大きく左右に開かれた。その刃には不規則にギザギザの切れ込みが走り、まるで爬虫類の牙のようだ。

 

『レプタイルシザーズの餌食だッ!!』

 

 ブースト全開、突撃してくる。ウィングゼロをベースとしているらしいセルピエンテの挙動は素早く、一瞬で距離を詰めてきた。振り下ろされる鋸刃付きの大鋏を、エイトは最小限の動きで回避した。大振りに、力任せに振り下ろされたレプタイルシザーズは、床面を噛み砕くかのように深くめり込む。床をぶち抜くその破壊力は大したものだが、その状態では斬り返しての二の太刀は振りようがない。隙と見たエイトはビームサーベルを抜刀、二刀同時に大上段から振り下ろす!

 

「力に任せるからっ!」

『はんッ、黙れよおぉぉッ!』

 

 バッギャアアアアンッ! ぶち抜いた床面ごと、レプタイルシザーズが振り上げられる。細身なシルエットのどこにそんなパワーがあるのか、セルピエンテは床面パネルを吹き飛ばし土砂を巻き上げ、地面そのものをひっくり返す。土砂と共にクロスエイトもブッ飛ばされ、壁に叩き付けられた。

 

「な、なんてパワーを……鍔迫り合いにならなくて、幸運だった……ッ!?」

 

 危険を直感したエイトは、反射的にビームサーベルを手首ごと激しく回転させた。即席のビームシールドと化したその表面に、細長いビーム弾が無数に突き刺さっては弾かれる。

 

『器用だな、赤姫の腰巾着(オマケ)ッ! そういえばあの時も、小賢しい動きが得意だったなあッ!』

「大型のビームマシンガンか……!」

『だが、これならどうだぁッ!』

 

 ビームマシンガンの連射が途切れる――瞬間、エイトの背筋に悪寒が走る。即席シールド程度では、どうにもならないモノが……来る!

 

『喰い千切れッ、セルピエンテハングッ!』

 

 ギシャアアアアァァァァッ!! 

 甲高い絶叫、金属を引き裂くような爆音と共に、セルピエンテのバックパックそのものが飛び出してきた。ウィングゼロのシールドを改造した、鳥の嘴にも蛇の頭にも見えるそれは、長大なサブアームを展開しながらまさに怒涛の勢いでクロスエイトへと迫った。そして直撃の寸前、爬虫類とも昆虫ともつかない不気味な牙が並んだ大口をがぱりと開き、飢獣の如く喰らい付く!

 

「この武装、あのガンプラの……!」

『えぇい逃げるかッ、賢しい羽虫があッ!』

 

 寸前で躱したエイトの背後で、セルピエンテハングは宇宙要塞の壁面を豆腐のように喰い千切っていた。大口にぞろりと立ち並ぶ、高周波ブレードの牙――ここに来るまでに見た、野獣に喰い散らかされたような壁の破損と破壊されたMSたちは、これの仕業か。冷や汗をかきながら納得すると同時に、エイトの脳裏に以前の戦いの一つが蘇る。

 GBO定期大会〝レギオンズ・ネスト〟。レベル4に上がったエイトが初めて参加し、そして〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟アンジェリカと戦い、敗北を知った一戦。その戦いの中でエイトは、このセルピエンテハングとよく似たサブアーム兵器を搭載したガンプラを、目撃していた。

 

「ヤマダ先輩の〝円卓(サーティーン・サーペント)〟……ラミアさんですね!」

『今の私をッ! 気安くッ! そう、呼ぶなあああああああああああああああああッ!』

 

 怒り心頭のラミアの絶叫、それに合わせるようにセルピエンテハングが荒れ狂う。逃げるエイトを追いながら、壁を喰い破り床を喰い千切り、ビグザムの残骸をさらにぐちゃぐちゃに喰い荒らす。しかし怒りに我を失くしても、大振りで隙の大きいセルピエンテハングの一撃の合間合間に機銃(ビームマシンガン)大鋏(レプタイルシザーズ)による牽制を挟んで、エイトを近接格闘の間合いに入れさせない。エイトは胸部のマシンキャノンをばら撒きながら回避機動(ブースト・マニューバ)を繰り返し、飛び込む隙を狙い続ける。

 

「こんな戦い方を、あの〝円卓〟のナイフ使いのお姉さんがするだなんて……!」

『はんッ! 復讐のためならどうにだってなれるさ!』

 

 ラミアは言い捨て、セルピエンテハングとレプタイルシザーズで、左右からエイトを挟み込もうとした。

 しかしエイトは背中の両翼(バーニアユニット)をフルブースト、むしろ敵の懐に飛び込むことで回避する。小型機の優位を生かした、近距離から至近距離へと飛び込む突撃戦法だ。そしてその両手にはすでに、回避機動(ブースト・マニューバ)で蓄積した機体熱量を伝播(チャージ)した、灼熱のブラスト・マーカーが構えられている!

 

「一度落ち着いてくださいよ!」

 

 ザシュゥゥゥンッ! 突き立てたブラスト・マーカーから灼熱が迸り、沸き上がるような爆炎が、エイトとラミアを引きはがした。

 

「ガンプラバトルは確かに真剣勝負ですけど、だからって復讐だなんて!」

 

 荒れ狂う爆炎から飛び出したクロスエイトの両腕で、ブラスト・マーカーが色を失って消えていく。機体に蓄積する熱量を逆手にとった武装であるがゆえに、再び熱が溜まるまでは、通常のビームシールドとしてしか使えないのだ。

 

『私には、お嬢さまの〝円卓〟であるという矜持があった!』

 

 同じく爆炎から飛び出したセルピエンテは、爆発しスクラップと化したビームマシンガンを投げ捨てた。密着するような至近距離から突き出したブラスト・マーカーに対し、ラミアは超絶的な反応速度でビームマシンガンを盾にしたのだ。セルピエンテの機体自体は、実質的には無傷だ。

 

『その邪魔をした赤姫に復讐しようというのは、人間的な感情だろう!』

 

 ラミアはレプタイルシザーズを左右に分離、不気味な鋸刃の長短二刀を、逆手二刀流に構えた。その背中ではセルピエンテハングが、第三の腕のようにゆらりと鎌首をもたげている。

 

『貴様、どこぞの主人公みたいに綺麗ごとを抜かして終わるつもりか? 憎しみの連鎖がどうだとかいうお題目を、私の前に持ち出すつもりか? 認めろよ、赤姫の腰巾着(オマケ)。男の子なら、一度負けた相手に勝ちたいとは自然に思うはずだ、そうだろうッ!?』

 

 噛みつくようなラミアの問いかけに、エイトはゆっくりと目を閉じて、数秒、噛み締めるように答えを返した。

 

「……その言い方なら、理解はできます」

『ほう? 意外にモノがわかるじゃあないか、少年』

「僕だって、負けた相手に勝ちたいって、強くなりたいってここまで来ました。でも、復讐というのとは違います、僕のモチベーションは……だからっ!」

 

 エイトはカッと両目を見開き、コントロールスフィアをぎゅっと握った。武器スロットを操作、主武装を変更する。指令を受けたクロスエイトが両腰のヴェスバーを――いや、V2ABのヴェスバーをベースに改造(カスタム)した、大型の実体刃・ビーム刃を兼ねる大型複合兵装(マルチウェポン)〝ヴェスザンバー〟を手に取った。その構えは順手二刀流、切っ先でぴたりと敵を指し示している。

 

「ナノさんのところへは行かせません。あなたは、このヴェスザンバーで斬り伏せます」

『はんッ、そうかよ……上等だああああッ!!』

 

 ギシャアァァッ!! 

 セルピエンテハングが獣じみた咆哮を上げた。がぱりと開いたその喉奥に、黒紫色の圧縮粒子が、凶暴な破壊の光となって渦を巻く。おそらくは、セルピエンテが持つ数々のギミックの中でも、最大火力の一撃――エイトは左右のヴェスザンバーを最大出力で展開、クロスエイトの身長にも匹敵する長大なビーム刃を展開した。正面衝突で斬り抜ける算段だ。

 そして刹那、肌がひりつくような間が開いて――

 

『ガルガンタ・カノンで吹き飛ぁぁばすッ!』

「うらあぁぁぁぁっ!」

 

 真紅の突撃と、黒紫の砲撃が、真正面からぶつかり合った。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 生産されたばかりの、大量の宇宙ゴミ(スペースデブリ)――大破したMSや航宙艦艇の残骸たちが、ソロモン宙域を埋め尽くしていた。そのごみごみした空間を薙ぎ払うように、巨大な爆発や高出力のビームが、幾度も幾度も飛び交っている。

 

「だああァァッ! 鬱陶しいンだよォ、羽虫使い(ファンネル)野郎がァッ!」

 

 ナツキは苛立ちを隠そうともせず吐き捨て、脚部ミサイルを全弾一気に発射した。可変型のガンダムが操るビットの群れを狙ったものだったが、大柄なガンダムが背負ったガトリングバインダーの弾幕が、ミサイルを全て撃ち落としてしまう。

 

『ぐっはっはぁ、妹はやらせんぞ! この俺、ゴーダ・バンと! このバンディッド・レオパルドがなあ!』

 

 バンの大笑いと共に、大柄なガンダム――(バンディッド)レオパルドは大振りのコンバットナイフを両手に構え、突っ込んできた。ゴツい見た目に反して、刺突中心の鋭いナイフ捌き。ナツキはスパイクシールドで切っ先を弾くが、二手、三手と打ち合ううちに、数度ボディに入れられてしまった。少しでも距離が開けば右肩のガトリングバインダーで牽制射撃され、無理やり詰めようとすれば左肩のブレードバインダーが割って入り、距離を保たれる。結局、ナツキはバンの得意なナイフの間合いで相手をさせられてしまう。

 

(コイツ……背中のデカいのは牽制に特化! 本業はナイフ屋かァッ!)

 

 ナツキは「チッ」と舌打ちを一つ、両肩のシールドブースターを全力で逆噴射(バックブースト)した。当然のようにガトリングを撃たれるが、ドムゲルグの装甲を信じ、あえて受けながら距離を取ってスパイクシールドを投げつける。そして、

 

「赤姫ェッ!」

「ああ!」

 

 ドウッ! 速射モードのGアンバーが火を噴き、スパイクシールドを――その裏に懸架したシュツルムファウストを撃ち抜いた。対艦ミサイル級の炸薬量を誇る特別製の弾頭が誘爆し、一瞬で膨れ上がったオレンジ色の火球が、レオパルドを呑み込む。

 直撃していればただでは済まない……はずだったが。

 

『もう、あんちゃん……せわ、やける……』

『おう、助かったぞ妹よ。さすがはレイのガンダム・エアレイダーだ、速い速い! ぐっはっは!』

 

 飛行形態(ファイターモード)のエアレイダーに引っ張られるようにして、Bレオパルドは一瞬のうちに爆破圏外へと逃れていた。

 ナノカは追撃にヴェスバービットを放つが、その進路上にエアレイダーに操られたゾンビMSたちが文字通り盾となって立ちふさがった。邪魔者を吹き飛ばそうとナツキはマスター・バズを撃ち込むが、今度はそれをBレオパルドのガトリングバインダーが迎撃する。

 爆破されたマスター・バズの火球を大きく回り込むようにして、二機のガンダムタイプは再びナノカたちへと迫ってきた。エアレイダー両翼の大型ビーム砲(ディフェンダーキャノン)とBレオパルドのガトリング、そしてゾンビMSたちのビーム・実弾入り混じった弾幕が、雨あられと降り注ぐ。

 

「クソッ、敵さん連携バッチリじゃあねェか。面倒くせェ!」

 

 ナツキはムサイ級の残骸に身を隠し、弾幕をやり過ごす。と、ドムゲルグの肩にレッドイェーガーの手が触れた。ナノカとの接触回線が開く。

 

「焦るなよ、ビス子。少なくともゾンビMSについては、ネタは割れている。対処できるさ」

「はンッ、相変わらず知恵の回るヤツだぜ。ンで、どうする。突っ込むのかァ?」

「考えはある――私が追い込む。トドメは頼むよ?」

「おうッ! ブチ撒け係はオレに任せろォッ!」

 

 ナノカは指定座標のデータを送り、ナツキはそれを見て頷く。そして二人は拳を軽くぶつけ合い、左右に分かれて飛び出した。

 

『おおっ、やっと出てきやがったなあ!』

『いけ……ぞんびども……!』

 

 飛び出したナノカとナツキに、〝暴食群狼(スカベンジャーズ)〟とゾンビMSが一斉に銃口を向ける。

 ナノカはレッドイェーガー胸部の三連マルチディスペンサーからスモークグレネードを射出、猛烈な勢いで噴き出した暗銀色の煙幕が一帯を覆いつくした。このスモークグレネードはナノカの特別製で、粒子変容技術の応用により、電波・赤外線・光・サイコミュや脳量子波、それに類するすべての通信・索敵手段に対して高レベルのジャミング効果を発揮する――レッドイェーガー以外の(・・・)、全てのガンプラに。

 

「さて、私の予想通りなら――」

 

 四ツ目式(クァッドアイ)バイザーが作動、四つのカメラアイがギラリと輝き、四方八方の獲物を捉える。Bレオパルドとエアレイダーはこちらを見失い、見当違いの方向に牽制射撃を繰り返していた。そして、ジャミング効果により〝暴食群狼(スカベンジャーズ)〟との接続(リンク)が切れたのだろう。ゾンビMSたちはおろおろと、まさに盲目のゾンビのように彷徨っていた。

 

「ふっ……やっぱり、タネも仕掛けもあったようだね」

 

 ナノカの口元に、微妙な笑みが生まれる。四ツ目式(クァッドアイ)バイザーの優秀な索敵能力は、ゾンビMSの体に突き刺さっている、円錐形のビットの存在を捉えていた。

 エアレイダーの周囲を飛び回っていた無数のビットたちは、ただヒュンヒュンと小うるさく飛び回るばかりで、一度も攻撃に参加してこなかった。通常のビットやファンネルとは違う特殊効果があるに違いない、というナノカの読みが当たった形だ。

 

「さあ、狩ろうか。レッドイェーガー」

 

 ナノカは静かに告げ、ヴェスバービットを射出した。

 この暗銀色の霧の中では、ナノカだけがサイコミュ兵器を使用できる。猛禽のように飛び回るヴェスバービットたちは、一方的にゾンビMSを狩り尽くした。あるものは重粒子ビームで爆散させ、あるものは収束ビームでゾンビ化ビットを撃ち抜き、次々と無力化していく。

 

『畜生、どこからだあっ!』

 

 バンはまともに機能しない各種センサー画面をバンバン叩きながら、ガトリングをばら撒いた。しかし、手ごたえはない。レイはエアレイダーをMS形態に戻し、操作不能(アンコントローラブル)になったビットたちの反応だけが次々と消えていく(ロスト)のを見ながら、周囲の様子を窺っていた。

 

『あんちゃん……きりが、はれるよ……!』

 

 それから十数秒。ようやく煙幕が晴れ、ゴーダ兄妹はやっとナノカを捉えることができた。しかし、時すでに遅し。ゾンビMSは全滅。そしてエアレイダーの背後には、大型ヒートブレイドを大上段に振り上げたドムゲルグが迫っていた。

 

「ゾンビ使い野郎がよォ、背後からが卑怯だなんざァ……」

『ひっ……!?』

「言わねぇよなァァッ!」

 

 ナツキは吠え、赤熱化した大剣を力の限りに振り下ろす!

 

『レイっ!』

 

 ズシャアァァンッ! とっさにBレオパルドが飛び込み、エアレイダーをかばった。ヒートブレイドが背中を直撃、ウィングバインダーが盾代わりとなり、真っ二つに切り裂かれる。

 

『あ、あんちゃ……』

『ぐっはぁ、こんな損傷は久しぶりだぜえ!』

 

 Bレオパルドはエアレイダーを抱きかかえたまま脚部スラスターを全開、ドムゲルグから距離を取りながらガトリングバインダーを構えた。

 

「させないよ!」

 

 しかし、間髪を入れないナノカの狙撃。Gアンバーの一撃が、ガトリングバインダーを貫いた。

 

『げげっ、やりやがる!』

「一気に畳みかけるよ、ビス子!」

「ったりめェだ、赤姫! ブチ撒けるぜェェッ!」

 

 ナツキはフットペダルを思いっきり踏み込み、シュツルムブースターを全開にした。莫大な推進力でロケットのようにぶっ飛びながら、ドムゲルグはマスター・バズを投げ捨てた。空いた手でもう一振りの大型ヒートブレイドを抜刀し、そして左右のブレイドを柄尻で連結。二倍のリーチと攻撃力を持つ、大型ヒートナギナタを装備した。

 

「どおりゃあァァァァッ!」

 

 気合一声、怒鳴りながらヒートナギナタを振り回す。バンはレイを突き飛ばして回避、両手に大型ナイフを構え、ドムゲルグと切り結んだ。Bレオパルドはバックパックの損傷で推進力が大幅にダウンしており、宇宙空間での「踏ん張り(・・・・)」が効かない。膂力(パワー)でも重量(ウェイト)でも勝るドムゲルグが圧倒的に有利だが、バンのナイフ捌きは絶妙で、ドムゲルグのナギナタと互角に渡り合っていた。

 

「見た目のワリに技巧派(テクニシャン)じゃあねェか、お兄ちゃんよォ!」

『お褒めにあずかり光栄だぜえっ、爆撃女あっ!』

 

 お互いに犬歯を剥き出しにして笑い合い、それぞれの得物を叩き付ける。パワー負けしたBレオパルドのナイフが一本、手から弾き飛ばされるが、バンは即座に右脚にマウントしたナイフを抜刀し、刺突を繰り出す。ナツキはナギナタが間に合わないと直感し、肩のシールドブースターでそれを受ける。シールドブースター表面をナイフが削り、オレンジ色の火花が激しく散る。

 

『あ、あんちゃん……う、うちがどんくさいせいで……!』

 

 レイは半べそをかき涙目になりながらも、ロングライフルを構えた。スコープ越しにドムゲルグを睨み付け、十字線の中心にその姿を捉える。しかし、

 

「遅いね!」

 

 ドウッ! Gアンバーの太いビームが、ロングライフルを撃ち抜いた。レイは「ひゃわっ!?」と悲鳴を上げてコントロールスフィアから手を放してしまい、姿勢を崩したエアレイダーはデブリに衝突してしまう。

 そのみっともない姿に、ナノカは一瞬、追い打ちの狙撃をためらった。

 

(あの機体、ゾンビ化ビットや可変機能を維持したままでの改造はハイレベルだけれど……ファイターは、素人よりはマシという程度じゃあないか……?)

 

 ナノカはエアレイダーにロックオンはしたまま、わざとレイから見えるように、レッドイェーガーの指をGアンバーのトリガーから外した。四ツ目式バイザーを跳ね上げ、レイに通信を送る。

 

「戦意を失くしたのなら、撃墜しようとまでは思わない。これは、ガンプラバトルだからね――バトルの後にでも、どうやって(・・・・・)乱入したのか教えてくれれば、それでいい」

『うぅ……あんちゃ……』

『てめえ妹に何をしやがんだあああああああああああああああああああッッ!!』

 

 突然の怒声。ヒートナギナタに右腕をごっそり切り落とされるのも構わず、Bレオパルドが突如、レッドイェーガーへと突撃した。真っ直ぐに突き出されたコンバットナイフの一撃を、間一髪、ナノカは左腕装備(マルチアームガントレット)のサーベルモードで受け止める。

 

「ンだァ突然ッ!? 赤姫ェ、大丈夫かァッ!?」

「ふ、ふふっ……何かのスイッチを、押してしまったかな……っ!」

『ぐおらぁっ!』

 

 Bレオパルドは力づくでレッドイェーガーとの鍔迫り合いを振り払い、エアレイダーの側へと寄り添った。自分の方がボロボロにもかかわらず、その背中に妹をかばう格好だ。

 

「妹のために、なんて……まったく。これじゃあどう見ても、私たちの方が悪役じゃあないか。ねえ、ビス子」

「な、なんでそこでオレに振るんだよッ。別にオレは悪役ヅラなんかじゃあねェぞ!」

「いや、眼つきがさ」

「あぁン!? だったらてめェも、クールぶってる悪の女幹部みてェなツラァしてンだろがァ! 時々けっこう腹黒いし!」

「はっはっは。それはともかく。仕切り直しだなあ、これは」

 

 機体の損傷度合、ファイターの力量、共に優勢。ドムゲルグの残弾と、Gアンバーの残存粒子量は少し不安だが――基本的には、状況はこちらが優位だ。

 

(あとは、エイト君の状況さえ掴めれば……)

 

 ナノカがちらりとソロモンへと目をやった、その時だった。

 

「お、おい、赤姫! あれはッ!?」

 

 ドッ……ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――――!!

 黒紫の光の激流が、宇宙要塞ソロモンを、直径数百メートルにわたって吹き飛ばした。後に連邦軍から「コンペイトウ」と命名される理由ともなった前後左右の岩石突起部分の一つが、その根元からごっそりえぐり取られ、爆発し、吹き飛び、消滅する。

 

「ビグザムの主砲……いや、そんなレベルじゃあない。それに黒いビーム(・・・・・)だなんて、どのガンダム作品にも……っ!?」

 

 ナノカとナツキは、驚愕に眼を見開くことしかできなかった。二人は直感的に、その黒いビームの威力を悟っていた。地表を吹き飛ばしクレーターを作る破壊力というのは、何度も経験がある。ダイやサチのゴッドフィンガーしかり、アンジェリカのツイン・メガキャノンしかり。ナツキはジャブローの地下空洞から地表までの地殻を、ジャイアント・バズの連射で吹き飛ばしたこともある――地表の土砂を吹き飛ばす程度の威力は、ガンプラバトルではそう珍しいものでもない。

 しかしこの黒いビームは、桁が違う。宇宙要塞ソロモンの、基地施設も装甲板も元々の資源衛星の岩石質も、すべてまとめて中から外へ(・・・・・)数千メートルにわたってぶち抜いているのだ。クレーターの直径は同じでも、吹き飛ばした質量は文字通りの意味で桁違いだ。

 

『これ……がるがんた・かのん……!』

『あの色黒のねーさん、やりやがったかあ!』

「おいシスコンとブラコンッ! こいつはてめェらの仲間の仕業かよッ!」

「……エイト君だっ!」

「あぁンッ!?」

 

 弾かれたように、ナノカが飛び出す。その先には、ぽっかりと口を開けたソロモンのクレーターと、黒紫色の放電の残滓が残り――そして、真紅の小柄なガンダムが一機、両腕からぶすぶすと煙を上げながら漂っていた。

 

「エイトォッ!? 大丈夫かァッ!?」

「……は、はい、僕は大丈夫です。ナノさん、ナツキさん」

 

 駆け寄ったナノカとナツキに、エイトは荒い息を落ちつけながら答えた。コンディションモニターにはERRORの文字が多数。最大出力でビーム刃を展開し、ビームシールド代わりとなってクロスエイトを守ってくれたヴェスザンバーが、深刻なダメージにより使用不能となっていた。

 

「ヴェスザンバーの出力でなければ、即死でしたけど……」

 

 塗装が剥げ刃はボロボロになり、煙を上げるヴェスザンバー。あの黒いビームの直撃を受けてこの程度で済むのならば、むしろ僥倖と言わざるを得ないが……エイトは唇を噛みながらヴェスザンバーを手放し、ビームサーベルへと持ち替えた。

 

「気を付けてください、ナノさん、ナツキさん。あのガンプラ――ヤマダ先輩の〝円卓〟だった人です」

『見つけたぞ赤姫えェエエええええエえェェヱッ!!』

 

 憎悪と狂喜の入り混じった、ドス黒い絶叫。ニュータイプでなくとも人の悪意が形になって見える様なプレッシャーが、ソロモンのクレーターから矢の如く飛び出してきた。

 毒々しい紫色のガンダム、セルピエンテ。クロスエイトもドムゲルグも、味方のはずの二機すらも目に入っていないといった様相で、レッドイェーガーに向けて全身のバーニアスラスターを全開にして突っ込んでくる。

 

『赤姫ェえッ! お前をおおおヲオッ、殺ォぉォオおすッ!』

 

 振りかざしたセルピエンテハングが獣のような咆哮を上げ、高周波ブレードの牙を剥き出しにする。エイトは腰を落としてビームサーベルを握り直し、ナノカもGアンバーを速射モードで構える。ナツキはやれやれといった様子で舌打ちを一つ、ヒートナギナタを脇に構えた。

 狂気を振りまきながら迫り来るラミア。妹を守るために戦意旺盛なバンと、兄に守られたレイの〝暴食群狼(スカベンジャーズ)〟ゴーダ兄妹。

 すでに戦闘はかなりの長時間に及んでいるが、状況はついに三対三に至り、戦いの第二幕が切って落とされようとしていた。

 

「これほどに恨まれているとは、自覚がなかったのだけれど……来るなら、撃つさ」

「けッ、やってやるさ! 千客万来、万々歳だぜ、まったくよォ!」

「ナノさん、ナツキさん……もう一戦、お願いしますっ!」

『そこまでッス』

 

 ――ドヒュゥン。いっそ涼しげにすら響く銃声。

 

『なっ、貴様』

 

 ラミアの声が、そこで途切れる。収束されたGN粒子の銃弾(・・・・・・・)が、セルピエンテの頭部を撃ち抜いたのだ。

 銃弾の軌跡を逆に辿れば――デュナメス・ブルー。GNスナイパーライフルを右手一本で構えた青と銀のガンダムが、そこにいた。

 

「た、タカヤ……なんで……!?」

『エイト。そっちも動かないでくれると助かる』

 

 脅しのつもりか、デュナメス・ブルーのGNガンビットがエイトたちをぐるりと取り囲んでいた。しかし動くなも何も、突然のタカヤの登場にエイトは混乱し、衝撃が大きすぎて動けなかった。戸惑うエイトに代わって、ナツキが大声で怒鳴る。

 

「おいクソカメラ、てめェ何のッ!」

『旅館のお姉さんも、動かない方が賢明ッスよ』

 

 ジャキン。ヒートナギナタをブン投げようとしたドムゲルグの首筋に、GNリッパーの刃が当たる。いつの間に接近していたのか、タカヤ特製のカマキリ型サポートメカ・マンティスホッパーが、ドムゲルグの背中に組み付いていた。

 

「いまいち、状況がわからないのだけれど」

 

 ナノカはGアンバーの残存粒子量に目を配り、ゆっくりと銃口を下げた。狙撃モードであと二発が限界。機体の方の残存粒子もそろそろ危険水域だろう。GNフルシールドにガンビットまで持ち、おそらくは粒子量も潤沢であろうデュナメス・ブルーを相手にするには、心もとない。

 

「キミの傭兵業の一環、と捉えればいいのかな。〝傭兵(ストレイバレット)〟モナカ・リューナリィ君」

『それで正解だと思ってもらっていいッスよ、アカサカ先輩。金が支払われている限りは、雇い主に忠を尽くすッス……そして今の俺の給料には、先輩たちとの戦闘は含まれてないッスよ』

 

 ナノカはタカヤに気づかれないように、ほっと息を吐く。今の状態で戦っては、少なくとも無傷では済まない。タカヤの事情は知らないが、ナノカはこのまま状況を静観することに決めた。

 

『……まあ、先輩たちが戦いたいというなら、乱れ撃たせてもらうッスけどね』

 

 タカヤは普段の様子からは想像できないほどに冷静に告げ、だらりと両手足の力を失ったセルピエンテを、デュナメス・ブルーの脇に抱えさせた。そしてわずかに一瞬、エイトの方に振り返り――何事もなかったかのように、背を向けた。

 

『〝暴食群狼(スカベンジャーズ)〟のお二人、ご苦労様ッス。未完成で不完全なガンプラで、あの〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟と〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟相手にここまでできれば十分ッスよ』

『だ、だがよお、傭兵。まだキョウヤさんが言ってた仕事は、終わっては……』

『そのイブスキさんからの伝言ッス。〝皆さん、今日はこのぐらいにしておきましょう〟だそうッス』

 

 ――イブスキ・キョウヤ。その名が聞こえたその瞬間、ナノカは弾かれたようにデュナメス・ブルーに飛びかかっていた。

 

「な、ナノさんっ!?」

「赤姫ェッ!?」

『……なんスか、先輩』

「サナカ・タカヤッ! 貴様、今ッ! イブスキ・キョウヤと言ったかッ!!」

 

 Gアンバーのジュッテ・ビームサーベルをGNフルシールドで受け止め、タカヤは冷めた表情で、ナノカを見返した。

 

『言ったッスけど……それがなんスか。先輩とのバトル、給料に入ってないんスよ』

「答えろサナカぁッ! 貴様、なぜ奴と繋がっている! いつから! どこでっ! 奴は今どこにいる! こんどは何を、どんなくだらない真似をしようとしているッ! 答えろぉッ、サナカぁぁぁぁッ!」

『雇い主の秘密は守るのが、傭兵稼業(こんなしごと)なりの筋ッスよ。それにイブスキさんは次の大会の準備で忙しいらしいッスから……先輩と遊んでる余裕は、ないんじゃあないッスかね』

「貴様ああぁぁぁぁッ!」

 

 ナノカは鬼の形相で激昂し、ヴェスバービットを展開した。しかし同時に、タカヤもGNスナイパーライフルの銃口をレッドイェーガーの顔面に突きつける。

 

『……そろそろ時間ッス。いくらイブスキさんでも、GBO回線への割り込みはヤジマの電脳警備が面倒臭いらしいッスから』

 

 そのタカヤの言葉に合わせるかのように、デュナメス・ブルーの映像(すがた)がザワリとぶれた。回線の状況が安定していないらしい。Bレオパルドとエアレイダー、セルピエンテも同様に、ガンプラの姿を描く立体映像が、その輪郭を古いテレビのように崩し始めた。

 

「タカヤ!」

 

 消えかけたデュナメス・ブルーに、思わず、エイトは叫んだ。だが、続く言葉が思いつかない。目の前の状況が、自分の理解を超え過ぎている。そんなエイトの内心を知ってか知らずか、タカヤはふと、カメラを構えている時の様な軽薄な笑みを浮かべ、言った。

 

『エイト……今は、敵だけどさ。学校じゃあ仲良くしてくれると……嬉しいぜ?』

 

 そして、不意に。まるで最初から、何も起こっていなかったかのように。タカヤたちの姿は、フィールド上から消え去った。

 そしてその後に残されるのは、呆然とするエイトたちだけ――動くモノのなくなったソロモン宙域に、快活なシステム音声が繰り返す『MISSION CLEAR!!』のアナウンスだけが、空虚に響き渡っていた。

 

 

 




第二十四話予告

《次回予告》

「なァ、赤姫」
「なんだい、ビス子」
「結局よォ、レッドイェーガーの両肩のボックス状の機関ってェやつ、出撃シーンでわざわざ触れてたわりには、今回は最後まで出番ナシだったじゃあねェか。何なんだ、アレ」
「うん、何かタイミングを逃してしまってね。はっはっは」
「笑ってんじゃねェよ、ったく。伏線回収し損ねました、って素直に言いやがれ!」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第二十四話『メモリーズⅠ』

「詳しくは、ガンプラ紹介のレッドイェーガーの項目を見てくれるといいよ」
「おい赤姫ェ、カメラ目線でキメ顔してんじゃねェぞ!」
「ボクはキメ顔でそう言った」
「ぅおおおいッ! パクリじゃねーかァッ!」



◆◆◆◇◆◆◆



ご覧いただき、ありがとうございました!
いつもより長い感じになっちゃいましたが、私としては、タカヤがただの盗撮野郎なだけじゃあないと描けて満足しております。黒幕たちの動きやナノカとの関係など、今後は今までよりも物語の中核に関わる展開が増えていく予定です。今後も読んでいただければ嬉しいです。
感想・批評もお待ちしております。どうぞよろしくお願いします!


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