ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド   作:亀川ダイブ

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 いつの間にやら、本作も一周年でございます。さらには20000UAも達成しておりました。ありがとうございます!
 読んでくださる皆様に感謝の極みを捧げつつ、ドライヴレッド25話です!!


Episode.25 『メモリーズⅡ』

「ベータ事件の首謀者は、二人。イブスキ・キョウヤと……私だよ」

 

 Gアンバーに貫かれたハイモックが爆発し、その光がナノカの顔を照らした。逆光気味の光に呑まれたその表情は読みにくいが、エイトの目には一瞬だけ、ナノカが哀しそうに嗤っているように見えた。

 

「GBOの開発班には当初から、三つの勢力が入り乱れていた」

 

 しかし、それも一瞬だけ。ナノカは仕切り直すかのように一つ息を吐き、言葉を続けた。Gアンバーの銃口は、すでに、次の標的へと向けられている。

 エイトは気遣いを言いかけた口をぐっとつぐみ、振り下ろされたヒート剣の一撃をビームシールドで受け流した。よろめいたハイモックの側面から、脚部ヒートダガーによる後ろ回し蹴りをバックパックに叩き込む。

 

「ガンプラの製作からバトルまですべてをデータ化し、データ上のみ存在するガンプラすら認めようという〝革新派(イノベイター)〟。あくまでもガンプラ製作は現実に行い、ネット上でのバトル環境のみを整えようという〝保守派(オールドタイプ)〟。そして、その両者の中間に位置し、ネットと現実の融和を図る〝折衷派(コーディネイター)〟。私の父は開発室長として、どの派閥とも交渉を持ったが――社内での力関係や事後の利益、権益、その他諸々の大人の事情(・・・・・)ってヤツに、父は疲れ切っていたよ」

 

 語りながらも、ナノカの狙撃は淀みない。エイトにライフルを向ける機体を撃墜し、ビルの上に陣取っていたMLRS装備の機体を撃ち抜く。

 

「しかし、それでも。ガンプラに関わるものは皆、大人になっても少年の心を持ち続けているということなのだろうね――何度会議を重ねても相容れない三つの派閥の調停を、父は、ヤジマ商事は、ガンプラバトルに委ねることを決定した。GBO自身のテストを兼ねた形でね」

「……つまり、それが」

「そう。それが、クローズド・ベータの正体だよ。十二人のガンプラファイターによる、試作型GBOでのバトルロワイヤル。テストの名を借りた、派閥争いの代理戦争さ」

 

 撃ち抜かれたハイモックのMLRSが誘爆し、その直撃を受けたビルが轟音を立てて倒壊する。エイトはバーニアスラスターユニットを全力噴射(フルブースト)、濛々と立ち上がる土煙から離脱した。ほぼ同時、最終波であろうハイモックの増援部隊が、連邦の基地施設から大挙して押し寄せてくる。

 エイトは通信ウィンドウ越しのナノカに視線で続きを促しながら、両腰のヴェスザンバーを抜刀する。小柄なクロスエイトにはやや大振りと見える実刃大剣が、加熱したプラフスキー粒子の輝きを纏い、淡く紅に輝いた。

 

「ナノさんは、その代理戦争に?」

「ああ、そうだよ、エイト君。父に召集されて、クローズド・ベータに参加した。私は、ある思惑があって保守派(オールドタイプ)のファイターとして戦ったのだけれど――その思惑を語るには、アカサカ・トウカのことを、話さなければならないね」

「アカサカ……トウカ、さん……!?」

「ああ。私と同じ、十八才。私の双子さ、エイト君」

 

 エイトは思わず、ヴェスザンバーを取り落としてしまうところだった。

 しかしナノカは、迫り来るハイモックの大群に冷静に照準を合わせながら、続けた。

 

「トウカは生まれつきとても病弱でね。顔はそっくりだと言われるけれど、身長は二十センチ以上も差がついてしまったよ。並ぶと私がだいぶ年上の姉に見えるそうだ――まあ実際、生まれたのはほんの数分ほど、私が早かったようだけれどね。トウカは、小学校の途中から、学校に行っていない。小中学校を病院の院内学級で卒業して、高校にも通っていない。高卒資格は取る予定だけれどね……と、こんなことはそう重要でもなかったかな、この話には」

「いえ、そんな……でも、驚きました」

「ふっ……すまないね、エイト君。でも、この先こそが、君に話すと約束したことなんだ」

 

 ナノカの狙撃が、敵の一機を貫いた。それが合図になったかのように、ミサイルにビーム、マシンガンの弾幕が、雨あられと撃ち返されてくる。エイトは針山の様な弾幕の中を縦横無尽に駆け抜け、敵の懐へと飛び込んでいく。

 先陣を切って、バルバトスの鉄槌(メイス)を持ったハイモックが大質量の叩き付けを見舞ってきた。しかしエイトは回避せず、ヴェスザンバーを突き出して、真正面から突っ込んでいった。

 

「教えてください、ナノさん。何があったのかを」

 

 超高熱量を宿したヴェスザンバーの切っ先が、鉄槌(メイス)をすぱりと切り裂いた。その様は熱したナイフでバターを切るようで、何の抵抗も感じさせない切れ味だった。ヴェスザンバーはそのままハイモックの腕を、肩を、胴体を、紙のようにするすると裂き、真っ二つにして爆散させる。

 クロスエイトがヴェスザンバーを振るうたびに加熱粒子が真紅の燐光を散らし、面白いほど抵抗なく、ハイモックたちが斬り裂かれる。ビームライフルごと、バズーカの砲身ごと、果ては分厚いシールドごと。その断面に一切のささくれを起こさないほどの切れ味で、ヴェスザンバーは斬り捨てる。

 

「……うん、そうだね。エイト君。私も覚悟は決まったよ」

 

 ドゥッ! ヴェスザンバーで乱舞するエイトの足元を、一筋のビームが駆け抜けた。頭にハイメガキャノンをくっつけたハイモックが、充填したメガ粒子を撃つことなく爆散する。撃破数が八十機に達し、鳴りかけたファンファーレをエイトは手動で無理やり切った。通信ウィンドウのナノカの声に、真剣な表情で耳を傾ける。

 ややあって、ナノカの、ためらいを振り切るような――途切れることのないはっきりした声色が、告げた。

 

「私は裏切ったのさ、トウカを。イブスキ・キョウヤと一緒になってね」

 

 その瞬間の狙撃は、またブレていた。しかしナノカは続けて撃った第二射、第三射でハイモックを落とし、言葉を続ける。

 

「病室で、プラスチックの粉や塗料をまき散らすわけにはいかないからね。私たちのガンプラ作りはいつも、ふたりでアイデアを練って、トウカが設定を推敲してGPベースに入力、私はガンプラを作る。幼い頃からずっと、そういう流れだった。そうして私はガンプラバトル部でそれなりの力量を認められる程度のファイターにはなれたし――トウカは、その私が一度も勝てない……いや、私が毎回惨敗してしまうほどのファイターになった」

「ナノさんが、惨敗だなんて……」

「過言とは思わないでおくれよ、エイト君。事実、トウカの実力は世界大会レベルだと、私は感じている。掛け値なしにね」

「で、でも。その時のトウカさんは、ナノさん以外とのバトルの経験はないんですよね」

「それでも、なのさ。トウカの才能は、ガンプラバトルの神様に愛されているとしか、説明がつかないレベルだよ。うんと幼い頃には、近所の友達とバトルをしていたこともあったのだけれど……ああ、でも、その時も。トウカは近所の子供たちの間で、負け知らずだったなぁ」

 

 ヴェスザンバーが、ハイモックの分厚い胸を刺し貫く。引き抜き、蹴り落として、次の敵へ。

 コントロールスフィアを忙しなく操作しながらも、エイトの脳裏には幼い頃のナノカと、そして同じ顔をした〝トウカ〟が、満面の笑みでガンプラ作りを計画しているシーンがありありと思い浮かんでいた。その光景は幼き日の自分自身(エイト)従姉(エリサ)の姿にも通じるものがあって、じんわりと胸が温まるような懐かしさを覚えるものだった。

 

「だから私は、GBOの話を聞いたとき――正確には、父から〝革新派(イノベイター)〟の思想を聞いたときに、衝撃を感じたよ。電脳世界のガンプラなら、トウカが病室で作ることもできる、とね」

「トウカさんのためには、それがいい……?」

「……双子とは、不思議なものでね。サイコミュを通したようにわかったよ。トウカは〝革新派(イノベイター)〟の思想に感化された、と。父は、私たちがどの派閥でクローズド・ベータに参加しようとも、一切の後腐れはないように取り計らってくれていたそうだけれど……私には、わかってしまったんだよ、ニュータイプのように。父にすら隠し通した、トウカの本音が」

「…………」

 

 絞り出すような、ナノカの声色。エイトは黙って(ヴェスザンバー)を振るいながら、続きを待った。そして三機目のハイモックを斬り捨てたとき、ナノカは再び、静かに、口を開いた。

 

「あの子はね、エイト君――ガンプラが好きだから、病室でも楽しめるようにしたかったんじゃあない。病室から出たくないから(・・・・・・・・・・・)、ガンプラを病室でもできるようにしたかったのさ。……病気自体は、ほぼ完治に近いにも拘らず、ね」

「完治に近い、って……それじゃあ……!」

「病院の外への憧れは、あるのだと思う。私が学校の話をするのを、とても楽しみにしてくれていたから。でもトウカにとって自宅とは病院で、自室とは病室のこと。そんな生活を十年も続けて――トウカは、外の世界へ踏み出す勇気というのが、すっかり萎えてしまっていたのさ」

「勇気……外に、踏み出す……」

「ああ、ちなみにエイト君。キミはトウカを知らなかっただろうけれど、トウカにはキミのことも話して聞かせたよ。本当に、双子は不思議だね……トウカも私と同じように、キミのことをとても気に入っているようだよ」

「そっ、それはっ……嬉しい、ですけど!」

「……あっはっは。話がそれたね、すまない」

 

 通信機越しに、ナノカが軽く微笑んだのが見えた。しかし、その微笑みにはいつものような余裕はなく――自嘲か、悲しんでいるように見えた。

 

「私は、トウカの退院を望んでいる。幼い頃の、ほんの数年間の思い出のように、またトウカと賑やかに騒がしく、たまに父に怒られたりもしながら過ごす日々が、戻ってくること願っている。けれど、当のトウカは〝普通の生活〟への勇気を失って、病室の狭いベッドを自分の場所と定めてしまっている。私には、そう感じられたのさ。だから――」

 

 レッドイェーガーがバイザーを跳ね上げながら立ち上がり、立射の姿勢でGアンバーを撃ち放った。遠くのビルの屋上で、公国軍仕様(ジオニック)の対艦ライフルをクロスエイトに向けていたハイモックが爆散した。それがちょうど九十機目の撃破だったようだが、もはやファンファーレなどエイトの耳には入らない。ただ目の前の敵を斬り捨てながら、ナノカの言葉に耳を傾ける。

 

「だから私は、トウカと約束をした。〝奇跡の逆転劇〟を見せてやる、と」

「〝奇跡の逆転劇〟……?」

 

 ぽつりと繰り返したエイトに、ナノカはゆっくりと頷いて見せた。

 

「よくある話さ。有名な野球選手が、難病の少年にするのと同じタイプの。明日の試合でホームランを打つ、そうしたらキミは勇気を出して、手術を受けるんだぞ――というような、ね」

「トウカさんとのガンプラバトル、ナノさんの勝率って……」

「ここ数年では、ゼロだったさ。だからこそ価値があった。私が勝ったら、〝奇跡の逆転劇〟を現実のものにして見せたら。トウカは退院して、私と一緒に大学を目指す。まずは高卒認定を受けてからだけれど、そのためなら私は留年でも浪人でもするよ。そういう約束さ」

「……ナノさんにとってのクローズド・ベータは、単なる代理戦争ではなかったんですね」

革新派(イノベイター)が勝てば、トウカは病室に引きこもる理由を得てしまう。子ども二人がそれぞれに違う派閥から参戦していれば、開発室長である父へのいらぬ疑いも防げる。私が保守派(オールドタイプ)で参戦するのが、最善の選択と思えたのさ。その時は、ね」

 

 エイトがシールドごと腕を斬り落としたハイモックに、Gアンバーのビームが刺さる。間をおかず、ナノカが投げたグレネードが敵陣で炸裂、陣形を乱したところにクロスエイトがヴェスザンバーを突っ込んで、道を切り拓く。話をしながらの、合図も無しの連携攻撃によって、百連続で出撃してきたハイモックの残りは、僅か二機となっていた。

 

「だが……私とトウカの約束を、踏みにじる男が現れた」

 

 ちょうどナノカの言葉と同時、二機のハイモックの装甲が、フェイズシフト装甲のように変色した。ダークグレーと濃紺、黒……バトルシステムが、ハイモックに新たな装備を転送する。巨大なバックパックから四方八方に飛び出した、攻撃的な突起物。大型のドラグーン・システム。あの形は、プロヴィデンスとレジェンドのモノか。

 

「そいつが……その男が……!」

「ああ、そうさ。イブスキ・キョウヤという男だ」

 

 ヴォンッ! ドラグーンが一斉に解き放たれ、不規則なビームの檻を展開しながら飛びかかってきた。エイトはヴェスザンバーを収め、十分に熱量の溜まったブラスト・マーカーを両拳に展開してビームの檻へと突撃した。ナノカもGアンバーをサブアームに懸架、両手にビームピストルを構えてバーニアを吹かした。

 目まぐるしく変化していくビームの軌跡を空中機動(マニューバ)で躱しながら、エイトとナノカはハイモックに迫っていく。

 

「クローズド・ベータの最中も、いろいろなことがあったのだけれど……とにかく私は、トウカとの約束を守るために、一時的にあの男と協力体制を結んでいた。トウカとの直接対決の前に、他の試験参加者(ベータテスター)に撃墜されてはたまらなかったからね。一癖も二癖もある人物ばかりだった参加者のなかで、あの男は比較的まともに見えたのさ……今となっては、一生の不覚だよ」

 

 左右のビームピストルでドラグーンを的確に撃墜していきながらも、ナノカはぎりりと唇を噛み締めているようだった。エイトはそれに気づきながら、慎重にナノカに問うた。

 

「……何をしたんです、ナノさんたちに。その、イブスキっていう人は」

 

 数秒、間があった。その数秒の間にエイトはプロヴィデンス・ハイモックに肉薄し、分厚い胸部装甲にブラスト・マーカーを深々と突き立てた。ハイモックは全身から炎を噴き出して大破し、小爆発を繰り返しながら焼け落ちた。

 そのハイモックの断末魔をバックに、しかしはっきりとした口調で、ナノカは告げた。

 

「売ったのさ、エイト君。ヤツは、私の事情もすべて聞いたうえで。金で、勝利を、売ったんだよ――私とトウカの目の前で」

 

 その声色には、ナノカらしからぬ負の感情が籠っていた。憎しみと、怒りと――そして、それらに勝る深い後悔、自責の念。レッドイェーガーはビームピストルを投げ捨て、まるでナノカのその想いの重さを乗せたような握り拳で、レジェンド・ハイモックの顔面を殴りつけた。

 

「ヤツはクローズド・ベータの途中で、〝折衷派(コーディネイター)〟に鞍替えしたんだよ――それなりの報酬と引き換えにね。それを隠して、私の味方のフリを続けていたのさ、私とトウカの最終決戦の、その時まで」

 

 元々、格闘用には作られていないレッドイェーガーの拳は火花を散らして損傷するが、ナノカは構わず二度、三度と、その拳で殴り続けた。その間も、血を吐くような告白は続く。

 

「トウカと私の実力差は、絶望的なほどに大きかった。だから、〝奇跡の逆転劇〟の条件として、私はチームでトウカに挑んでよいということになっていた。対多数戦闘はトウカの得意とするところだったし、それでも負けない自信が、トウカにはあった」

 

 エイトがビームサーベルででも割って入れば、ハイモックは即座に落とせただろう。しかしエイトには、それができなかった。レッドイェーガーの背中を狙うドラグーンを切り払うのみにとどめ、ナノカの言葉に耳を傾ける。

 

「とにもかくにも、他の試験参加者(ベータテスター)たちを下してたどり着いたトウカとの決戦。死力を尽くし、刃は折れ弾を撃ち尽くし、粒子残量も底をつくほどの激戦だった。あの男も、本気で私をサポートしていたとしか思えなかったよ……あの時までは」

 

 グシャアッ! 殴られ続けたハイモックの頭が、ついに根元からひしゃげて砕けた。ドラグーンも、もはや無い。ハイモックは両手を振り上げて掴みかかり、ナノカもそれに応じてがっつり組み合っての力比べの形となった。鋼と鋼が擦れ合う、ギチギチという摩擦音が響き渡る。

 

「私のジム・ジャックラビットは、もうあとビームライフルの一発にも耐えられるかどうか、というところまで来ていた。私は覚悟を決めていた。次が、最後の一撃だと――けれど」

 

 ヴェスバービットが砲身を伸長、サブアームに搭載したまま、その砲口をハイモックへと叩き付けた。ヴェスバービットに粒子が収束し、最大出力でチャージされる。そして放たれるのは、三点同時零距離射撃(トリプル・ゼロ・バースト)――!!

 

「最後の銃弾は、あの男が撃ったのさ。白昼堂々、正々堂々、声高らかに裏切りを宣言しながら、ね」

 

 轟音と共に、ハイモックの上半身が根こそぎ吹き飛んだ。残された下半身だけがガクリと力なく倒れ伏し、撃破数カウンターが100を示した。

 

「虚を突かれたトウカも、私に続いて落とされた。その後、あの男があまりにも堂々と裏取引を暴露したものだから、クローズド・ベータにかこつけた派閥争いは、むしろ泥沼化が進行したよ。社内の権力争いは激化し、父の心労はひどくなり……かくして〝ベータ事件〟は、ヤジマ商事にとってのラプラスの箱となったわけさ。そして――」

 

 システム音声がトレーニングモードの終了を告げ、仮初の戦場が粒子の欠片となって剥がれ落ちていく。ナノカの声が、通信機越しのものから、肉声へと変わっていく。コクピット表示が剥がれ落ちてみれば、ナノカとエイトとの距離は、予想以上に近かった。手を伸ばせば触れる様な距離感で、静かに瞼を閉じたナノカを、エイトはただ見つめていた。

 

「今でも忘れられないよ、あの時のトウカの言葉が」

 

『ははっ、そうか。姉ちゃんは、ボクとの勝負なんてどうでもいいんだね』

 

 ――嘲り。それとも、哀しみ……?

 目の光を失くした、トウカの顔。

 

「トウカの目には、私が……自分が負けそうになれば、あの男に勝ってもらう策略を立てていたと、映っただろうね」

「でも、そんな誤解なんて!」

「弁明しても、人の心の問題はそうは片付かないさ――だからこそ」

 

 ナノカは振り返り、エイトの手を取りぎゅっと握った。エイトは一瞬鼓動が跳ね上がったが、ナノカの真剣な眼差しに、自分も目を離せなくなった。

 

「もう一度、なんだよ」

「ナノ、さん……」

「トウカとの約束を果たしたいんだ、今度こそ。私の信用する、信頼する、エイト君と共に」

 

 握った掌から、熱が伝わる。

 細くしなやかなナノカの掌だが、エイトは初めて、何ヵ所かに硬いタコができていることに気が付いた。ガンプラ用の、ニッパーやデザインナイフの当たる位置だ。それもそのはず、この人はずっと、二人分のガンプラを作り続けてきたのだ――自分と、トウカの二人分を。

 

「私と一緒に戦ってくれるかい、エイト君。トウカを――GBOジャパンランキング第一位、〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟ネームレス・ワンを、倒すために」

「勿論です」

 

 エイトは頷き、取られた掌を握り返した。その思わぬ力強さに、ナノカは少しだけドキリとしてしまう。自分より身長の低い、年下の、レンズの薄い眼鏡越しの、しかし熱くてまっすぐなエイトの視線。ナノカは自分の頬が少し赤くなるのを感じた。

 

「ご一緒します、ナノさん。僕と、僕のガンプラが。〝奇跡の逆転劇〟への道を、斬り拓いて、翔け抜けて見せます!」

 

 握った掌から、熱が伝わり返ってくる。

 ナノカは潤んだ瞳が熱くなるのを感じながら、もうしばらくの間、この掌の熱を感じていたいと思うのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「あぁ、言えた……やっと言えたよ、レッドイェーガー」

 

 ナノカはバトルシステム室の隅っこにぐったりと座り込み、右手のレッドイェーガーに語りかけるように呟いた。

最高位の十一人(ベストイレヴン)〟であるネームレス・ワンに挑むためには、まずは今週末のGBO大会〝ハイレベル・トーナメント〟に出る必要がある――ナノカがそう告げると、エイトはさっそくクロスエイトの調整をすると言って、部室の作業スペースへと駆け戻っていった。

 一人きりになった部屋の中で、ナノカは深く長く、息を吐く。すると、まるで返事をするように、レッドイェーガーの両目(ゴーグルアイ)がきらりと照明を反射した。

 

「笑うなよ。わかっているさ、遅すぎるって。でも……信じることが怖かったのかもしれないね、私は」

「……ッたく、ごちゃごちゃ考え過ぎなんだよォ、テメェは」

 

 言いながら、エイトが出ていったのとは逆方向の扉から、ナツキが現れた。ナツキはナノカのとなりにどかっと腰を下ろし、冷たい缶ジュースをナノカの胸に押し付ける。

 

「やあ、ビス子。いつからいたんだい」

「けッ、気づいてたくせによく言うぜ。テメェ、途中から外部スピーカー入れてただろ」

 

 ナツキは自分の分の缶ジュースのプルタブを勢いよく開け、ごくごくとのどを鳴らして飲み下す。ナノカもふふっと笑いながら、受け取った缶ジュースを開け、口をつけた。

 

「私服の大学生がこうも気軽に出入りできるなんて、我が母校のセキュリティには、疑問を呈するばかりだよ」

「あァ、言ってなかったっけ。オレもここの卒業生なんだよ……ンで、赤姫。件のランキング一位をブッ飛ばすってェのは、二人までって人数制限なのかよ?」

「いいや、そんなことはないよ。私とエイト君では、武装がビーム兵器に偏っているから――そうだな。もう一人、馬鹿みたいな火力とパワーを発揮できる、実弾兵器メインの重装型を使うチームメイトがいると、とても嬉しいね」

「へェ、そうかよ。それなら一人、心当たりがいるけどよォ……聞くかい?」

 

 にやりと犬歯を剥き出しにして笑い、ナツキは缶ジュースを持った手を、ナノカの方に突き出した。ナノカもそれに応え、まるで乾杯をするように、缶の縁をコツンと当てた。

 

「頼むよ、ビス子。今ではキミは、私の親友だ」

「わざわざ言うなよ。ハズいぜ、ッたく」

 

 二人は目と目で笑い合い、缶ジュースをぐいっと飲み干した。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 コン、コンコン……

 返事のないノックは、これでもう何度目だろう。ヤマダ重工の工場、その女子更衣室前で、アンジェリカは今日もまた立ち尽くすのだった。

 

「ねえ、ラミア。どうして……どうして私を避けるんですの……?」

 

 扉に手をあて、投げかける。ここ数日と同じく、返事はない。

 ここ数日のラミアは――正確には、レギオンズ・ネストで撃墜されたあの日から――徹底して、アンジェリカを避け続けていた。今もラミアは扉に背中を預け、扉一枚分、ほんの数センチの距離でアンジェリカの言葉を聞いている。しかしそれに応えることは、今のラミアにはできなかった。

 打ち砕かれた〝円卓(サーティーンサーペント)〟筆頭としての矜持が口を閉ざさせ、赤姫への怒りと憎しみが胸の奥をどろどろと澱ませる。アンジェリカへの申し訳なさで、ラミアは自分で自分を抱きかかえるようにしてうずくまるしかなかった。

 

「心配、してますのよ。私も、チバさんも、工場のみんなも……せめて何か、何でもいいから話してちょうだい……」

 

 アンジェリカの心遣いは、ラミアには痛いほどにわかっていた。拾ってくれた恩、遊んでくれた恩、共に過ごしてくれた恩。自分が今、アンジェリカの心痛の種となっていることは、ラミアにとっても凄まじいまでの心痛だった。しかし、それでも……今の私は、お嬢さまの隣には立てません……。

 

「ねえ、ラミア……!」

 

 ちょうど、その時だった。無音に設定した古い携帯電話に、メールの着信があった。発信者は――イブスキ・キョウヤ。

 

『セルピエンテの調整は、完了しましたよ』

 

「……っ!」

 

 俯き、曇っていたラミアの顔に、みるみる活気が戻ってきた。しかしその活気は、暗い負の感情によって呼び起こされる、不安定で危うい、蛇の毒の様な活気であった。

 

「……お嬢さま」

「ラミアっ!?」

 

 久しぶりのラミアの声に、アンジェリカの表情はぱっと明らみ、声色には喜色が溢れる。しかしラミアの耳にはもはや、アンジェリカの声色など届いてはいなかった。濁った蝋燭の火のような瞳で、虚空を見つめ、言葉を紡ぐ。

 

「……この週末の、GBO運営本部主催大会〝ハイレベル・トーナメント〟……」

「え……あ、あぁ! 私も出場しますわ。ラミアも一緒に、出場を」

「ご一緒はできません」

 

 扉の向こうで、ハッと息を飲むような気配があった。

 

「……私は、お嬢さまとは別にエントリーしております……そして、そこで……あの女を……赤姫を……ッ! 潰す……ッ!」

「ラミア、あなた……それをずっと、気にして……?」

「お嬢さま、ごめんっ!」

 

 ばんっ! ほとんど体当たりをするようにして、扉を押し開けた。よろめき倒れるアンジェリカの姿に後ろ髪を引かれながらも、ラミアは全力で走り抜けた。大声で自分を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいに違いないと、無理やり思い込む。そして走りながら、メールに返信をする――『すぐに行く』と。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 北海道名物、ジンギスカン。ビール工場と併設されたジンギスカン食べ放題の大ホール食堂で、エリサと店長はビールと羊肉を堪能していた。

 まずは大柄で人相が良くはない店長が小学生にしか見えないエリサを連れまわして(実際は連れまわされているのだが)いる時点で不審がられ職務質問され、さらにはエリサがあまりにも堂々とビールを注文して年齢確認されるという、この二人の旅行にはつきものの一連の流れをすでに終え、二人のテーブルには空になったジョッキと肉の皿が山のように積まれていた。

 

「んっふっふ~、やっぱり夏の北海道もエエもんやなあ♪ なあカメちゃん♪」

「ええ、そうですね姐御……旅行代金がオレの全オゴリじゃなきゃあ、もっと最高ですがね……」

「あ、エイトちゃんから電話や。カメちゃんちょっと黙っとってや。へいへいはろはろ~、エイトちゃ~ん♪ どしたん~?」

「へいへい、姐御。りょーかい、りょーかい」

 

 店長はげんなりした様子で引き下がり、ビールを喉に流し込む。そして、サマージャケットの内ポケットに……その内側に隠し持った、小さな箱に指を這わせる。

 

(あー……なかなか、タイミングが、なぁ……)

 

 その箱に収めたモノに思いを馳せ、店長はまた一つ、大きなため息をつく。

 牧場の牛乳しぼり体験の時は、なんか違うと思ってやめておいた。旅館のディナー後なら、と思ったがカニ食べ放題に北海道の地ビール飲み放題でそんな雰囲気にはならず。朝は朝で朝食バイキングをまさに海賊(バイキング)さながら食い荒らし。そして昼食はここ、ジンギスカンとビールの食べ飲み放題。エリサの健啖かつ酒豪は昔からだが――まったく、そういう(・・・・)ムードにならない。

 

(ちくしょー……ちょっと、先走り過ぎたかなあ……)

 

 白金(プラチナ)(リング)と小振りな金剛石(ダイヤ)で、合わせて数十万円。店は軌道に乗っているが、貯金に余裕があるわけではない。まだ社会人数年目の店長にとっては、一大決心のいる値段だった。

 勝算は、あった。あまり人には言っていないが、実は神戸の心形流道場にいたころから、エリサと店長はそういう(・・・・)関係だった。まだエリサが学生だというのは、障害と言えば障害だが……それでもきっと、そう無碍にはされない程度の自信は、店長にはあったのだ。

 

「なんやって!? もっかい言うてっっ!!」

「うわっ!? ど、どうしたんですか姐御!?」

 

 突然の大声に、店長は物思いから引き戻された。エリサは席から立ち上がり、真剣そのものといった様子でスマートホンを耳にあてている。手に力が入っているのか、引き千切られた紙エプロンがぐしゃりと握り潰されている。いつも飄々としているエリサらしからぬ様相だ。

 

「いや、大丈夫やで、エイトちゃん……うん、あのお嬢ちゃんの秘密を聞き出したいんやない。そこは、エイトちゃんが話してええと思った範囲だけでええ……ウチが聞きたいんは、たった一つや。その裏切り者の男の名前(・・・・・・・・・)、もう一回言うてみて」

 

 ――裏切り者の男。その言葉を聞き、店長の表情がすっと引き締まる。

 

「姐御……まさか、それって……!」

「うん、そうや……そうか、その名前、間違いないんやな。その男、間違いなく……」

 

 紙エプロンを握るエリサの手が、より一層の力を込めて握りしめられた。そして、確かめるように、吐き出すように、エリサはその名を口にする。

 

「イブスキ・キョウヤ、いうんやな……ッ!!」

 

 それから二言三言、会話して、エリサは電話を切った。半分ほど残っていた中ジョッキの中身を一息に飲み干し、ガンと乱暴に机に置く。店長は黙って、ジンギスカン鍋を乗せたガスコンロの火を、カチリと消した。

 

「ごめん、カメちゃん。旅行はしまいや」

「謝らないでくれ、姐御。あいつ(・・・)は、許しちゃおけねぇ野郎だからな……神戸心形流の、看板にかけて」

「……カメちゃん。GBOのハイレベル・トーナメントて、わかる?」

「ああ、知ってるぜ。姐御はアカウントないだろ? 今から出場しようと思ったら、エイトの野郎が持ってるレベルアップ最短記録を塗り替えなきゃなんねぇが……付き合うぜ、やろう」

 

 いくらエリサの実力でも、正直、かなりきついだろう。店長は苦笑いしながら、伝票を持って席を立った。会計へ向かおうとすると、エリサに服の裾をきゅっと掴まれた。

 

「か、カメちゃん。……い、いつも……その、あ、ありがと」

 

 目を逸らし、口をとがらせて、いつものエリサらしからぬ、もじもじとした態度。若干頬が赤いのは、酒のせいだろうか。

 時々見せるそんな顔が――まったく。反則ですぜ、姐御。

 

「……礼なんて珍しいじゃあねぇですか、姐御。酒が頭まで回ってらあ! がっはっは!」

「んなっ! や、やかましいわボケ! も、もうさっさと行くでっ、このドアホっ!」

 

 エリサは店長の尻に思いっきり蹴りを入れ、ぷんすか怒りながら席を立った。

 店長は、内ポケットの小さな箱にもう一度だけ指を這わせ、「この大会が終わったら、だな」と一人、呟いた。

 

「ちょっと待ってくださいよ、姐御ぉ! 帰りの飛行機、どうするんです!」

「ふん、ウチ知らんっ。カメちゃん何とかしぃやっ!」

「ったく、しょうがねぇなあ……!」

 

 店長は満足げに溜息をつきながら、エリサの後を追って駆け出した。

 

 

 ――その、翌日。BFN:エリィという新人ファイターが、エイトの持つレベル4達成記録を塗り替え、さらにはレベル5を達成。所要時間・二十四時間という、GBOサービス終了まで破られることのない大記録を打ち立てるのだった。

 




第二十六話予告

《次回予告》

「さぁて、いよいよ始まりましたGBO運営本部主催大会! レベル5以上のファイターのみが集う上級者向け一大イベント! その名も〝ハイレベル・トーナメント〟ぉぉぉぉっ!
「本戦トーナメントへの出場権を得るため、各チームがまず挑むのは、十二チームが一つのフィールドに入り乱れる、強化版トゥウェルヴ・ドッグス! 超・大規模同時オンラインバトル! 〝トゥウェルヴ・トライブス〟だぁぁぁぁっ! GBOでも上位の猛者たちが鎬を削り合うこの大会、予選からすでに目が離せないぞぉっ!
「本大会の実況・解説はこの私、ガンプラネットアイドル・ゆかりん☆こと、〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟が十位〝市街戦の女王(ウルトラヴァイオレット)〟ユカリこと、ワタシがお送りいたしまーすっ! さあ、みんなも一緒にーっ! せーのっ、ゆっかゆっかりーんっ☆」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第二十六話『トゥウェルヴ・トライブスⅠ』

「あっひゃっひゃ♪ ねぇねぇ、ダイちゃーん、なんかネットが面白そーなことになってるよー?」
「ふっ、余裕だなサチ。そろそろ三回戦が始まるぞ。相手は今大会の優勝候補の一角らしい……気を引き締めてかかろう」
「ふふん、だいじょーぶだいじょーぶ。あたしとダイちゃんのコンビなら、どんな相手だってイチコロだってー♪ んじゃまー、そろそろ行こーか。ダーイちゃんっ♪」



◆◆◆◇◆◆◆



 はい、そんなこんなで25話「メモリーズⅡ」でした。
 ナノカが戦う理由、最後の敵(?)も明らかになり、本作は後半戦に突入です。バトルものではほぼ必ずといっていいほど入るトーナメント編が始まります。ガンプラ作りの方も加速していく所存ですので、どうかお付き合いください。
 とにもかくにも、拙作が一年間も連載でき、UAで20000、PVで60000、お気に入り100件以上なんて嬉しいかぎりの状態までこれたのは読者の皆さんのおかげです。感謝の極みッ!!
 今のところの後悔は、まずはコラボ編がなかなか進まないことです……がんばろう。
 批評・感想お待ちしていますので、お気軽にどうぞよろしくお願いします!

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