――予選第一ブロック・Dフィールド――
試合の
『この戦場、静かすぎないか……?』
コロニーの空を行くGP-00ブロッサムのファイターが、不安げに呟いた。
『……ああ、そうだな』
そのやや上空、ビームマシンガンを構えて飛行するGP-04ガーベラのファイターも、言葉少なに同意する。その額には、本人にも理由の分からない脂汗をかいている。
『なあリーダー、ニュータイプ気取りじゃないけどさ……なんかヤベェぞ、このフィールド』
二機の後衛を務めるように地上をホバー走行するGP-02(MLRS装備)のファイターは、少々神経質すぎるほどにレーダー画面を確認しながら、言った。
彼らはチーム・GPIFビルダーズ。以前のレギオンズ・ネストでナノカとナツキのタッグになす術もなく敗退したチームだったが、その後研鑽を重ね、GBOJランキング一〇〇〇番以内まで一気に駆け上がる成長を遂げていた。
このハイレベル・トーナメントへのエントリーは彼らなりの力試しだったのだが――しかし。何かが。いつもと違う。
『コロニー内なんて、そう広いフィールドじゃない。そこに十二チーム、三十六機も詰め込まれてんだぞ? それなのに……』
『……敵影が、ない』
宇宙世紀作品がモデルのフィールドだが、ミノフスキー粒子は濃くない。このフィールドに割り当てられたチーム全員が全員、ミラージュコロイドやハイパージャマーを装備したガンプラばかりなどという偶然、あるわけがない。しかし現実、各種センサーに敵影はなく、真夜中の市街地はしんとした沈黙に包まれているのだ。
『システムの不調か? いや、運営本部主催の大会だぞ、そんな初歩的な……』
ブロッサムを駆るチームリーダーは言葉では否定しつつも、あまりにも静かすぎる戦場に、そんな考えを持たずにはいられなかった。もしくは、自分たち側の回線の問題だろうか。GBOはネット対戦ゆえに、回線切れを起こしてしまえばフィールド上に自分たちだけ、などという事態もあり得るのかもしれない。もしそうなら、運営に連絡を取って予選についての救済措置を申し出るか……
リーダーがそこまで考えたとき、フィールドに変化が起きた。
コロニーの家々の明かりが、一斉に消えたのだ。何の前触れもなく突然に、まるで蝋燭の火を吹き消すように。
『敵襲かっ!? 各機、散開っ!』
ブロッサムはバーニアの出力を上げ、鋭い機動でその場を離れた。地上スレスレまで降下し、ビルの群れを遮蔽物代わりにしながらビームライフルを右に左に差し向ける。
しかし、やはり、見える範囲には何もいない。灯りの消えたインダストリアルセブンの街並み、暗闇の中で静かに唸る
『……ん? おい、お前らどこにいるんだ?』
先ほどまで仲間の顔を映していた通信ウィンドウが、真っ黒な空白となっている。リーダーは何度かコンソールを叩くが、通信機能は正常だ、というメッセージだけが返ってくる。
『おいおい、マジかよ……ッ!』
リーダーは、背筋に寒いものが走るのを感じた。
右を見ても、左を見ても、レーダーを何度見直しても。
このフィールドには、自分一人だけしかいない。
『お、おいどこ行った! 応答しろ、おい!』
ブロッサムは地上に降り、操縦者の焦りと恐怖がそのまま表れたかのように、ぐるぐると周囲を見回した。ライフルの銃口を深い暗闇のあちこちに向け、機体のカメラやセンサーだけでなく、ライフルの照準器でも味方を捉えようとする――が、反応はなし。
『ど、どうなってるんだ! て、敵の攻撃? こ、攻撃なのかこれはっ!?』
「……おばかさぁん」
『敵ッ!?』
反応、敵影!? リーダーは反射的にビームライフルをそちらへ向けるが、さらなる異常事態にリーダーの思考はさらに混乱した。
ライフルが、消えた。
ついさっきまで残弾数を表示していた武器スロットは突然〝
『な、に……ッ!?』
「それで、終わりぃ……?」
通信機越しのはずなのに、まるで耳元で突然囁かれたかのような、湿り気のある独特の声色。
リーダーは錯乱寸前になりながらもビームサーベルを抜刀――したが、ビーム刃が、出ない。悲鳴を上げそうになるのを我慢してバルカンのトリガーを引くが、弾が出ない。いや正確には、武器スロットの表示上は残弾数が減っているのだが、実際には弾が出ていないのだ。
『あ……なっ……!?』
「……なぁんだ。あなたも、その程度ぉ……?」
しっとりと色っぽく、絡みつくような声。ブロッサム背後の闇から染みだすように、艶のない白亜のモビルスーツが現れた。額には、特徴的な一本角。一見すると無改造のユニコーンガンダムに見えるそのガンプラは、ゆっくりと無音でブロッサムに両腕を絡めた。
「もう、飽きちゃったからぁ……」
ユニコーン全身の装甲が、いやらしいほどにゆっくり、ゆっくりと開かれていく。角が開き、顔が変わり、NT-Dの発動にしてはあまりにも静かすぎる変身。そして現れたサイコフレームの色は、ニュータイプ神話の破壊者たる〝赤〟でもなく。可能性の獣として、人の心の光を示した〝緑〟でもなく。
『な……何が、どう、なって……!?』
「……いただきまぁす♪」
――闇よりも深い、〝黒〟だった。
◆◆◆◇◆◆◆
「なっ……ど、どうなってるんです、これっ……!?」
何とか絞り出したエイトの言葉に、ナノカもナツキも答えられない。いつもなら素早く考察を返してくれるナノカも、全てブッ飛ばせばいいと威勢よく言ってくれるナツキも、眉根にしわを寄せて考え込むばかりだ。
試合時間、わずか二分十一秒。レベル5以上の猛者たちが集まったはずの十一チーム三十三機のガンプラたちは、そのすべてが黒いサイコフレームのユニコーンに撃墜されたのだ。他のフィールドが早くても十分近くはかかっていたことを考えても、異常としか言いようがない。
メイジン・カワグチ曰く、「ガンプラは自由だ」――昨今のガンプラバトルはこの言葉を具現化するかのように、様々な特殊機能や奇想天外な造形が咲き乱れる黄金時代となっている。しかしそれにしても、この状況は異常すぎたのだ。
チーム・ゼブラトライブ、黒いサイコフレーム。異常な技術の正体は……?
「粒子変容、やなー。えげつないマネするなぁ、ホンマに」
重苦しい空気を打ち破るように、少女が現れた。エルピー・プルとほとんど変わらないような幼い体格の少女は、まるで遠慮というものを見せずにハロの上に飛び乗った。突然の狼藉に、ハロは『ハロ! ハロ!』と羽をパタパタさせながらもがくが、少女はニコニコとニヤニヤの中間ぐらいの笑みを浮かべてハロの上にだらりとのしかかるのだった。
「ね、姉さん……
エイトは溜息をついた。少女のぴょこぴょこ跳ねる短いツインテールの上には、「BFN:エリィ(Lv.5)」のネームタグが浮かんでいる。神戸心形流のエースにしてエイトの従姉、アカツキ・エリサのアバターだ。
エリサがエイトの最速記録を塗り替えてたった一日でレベル5まで上がり、今大会にエントリーしたことはGBO内でもすでに有名になっている。近くにいた他のファイターたちがエリサの方をちらちらと見ながらざわついているのが感じられる。
「あれが最速記録の……まだ小学生じゃねぇか」「かわいいなぁ。げへへへへ」「見たかよ、あのスパローの改造機。マジで忍者みたいだったぜ」「チームメイトの重装型もヤバい火力だよな」「もう一機の格闘型もすげぇ拳法使いだったぜ」「ようじょ! ようじょ!」「レベル5まで一日とか、チートに決まってるだろ……え? ガチなの?」「バブみがある。尊い。ペロらざるを得ない」
……いくつか、ファイターというか人としてヤバげな声もあるようだが。
しかし当のエリサは、そんな視線や囁きなどどこ吹く風。じたばたするハロをバランスボールのように器用に乗りこなしながら、先ほどの試合映像を再生したり巻き戻したりしている。
そんなエリサの様子に若干眉をひそめながら、ナツキがエイトにひそひそと耳打ちをしてきた。
「……なあエイト。このロリっ娘、やけに馴れ馴れしいけど何なんだァ?」
「あぁ、そうか。ナツキさんは初対面ですね。アカツキ・エリサ、僕の従姉です」
「へェ、エイトの妹分かよ。まァ、よく見りゃ目ェなんかそっくり……」
「いや、姉です。ナツキさんと同い年ですよ、エリサ姉さんは」
「はァ? おいエイト、ジョークのセンスが悪ィぜ。どー見ても小学生だろコイツは」
エイトとナツキがエリサと初対面の人間が必ずやるくだりをしている間に、ナノカはエリサの隣に席を映し、一緒になって映像ウィンドウを覗き込んだ。
「どうです、お義姉さん。このガンプラの
「んー……ようわからんステルス機能だけならまだしも、
いつものように笑ってはいるが、エリサの目付きは真剣そのものだ。心形流の極意を体得するエリサにすら謎と言わしめる、ユニコーンもどきの特殊機能。ナノカもまたビルダーとしていたく興味を引かれたが、それ以上に、ファイターとして危機感を覚えていた。武器やフィールドそのものに干渉するなど、ほとんど
「あいや! エリエリ、見つけたヨー!」
良く通る女声、そして駆け込んでくる女性。ロケット弾のように突っ込んでくる
「え? 姉さん、何を」
「エリエリぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ♪」
「げふぁっ!?」
ぼごおぉぉっ! 細長いロケット弾がエイトの鳩尾を直撃した。アバターでなかったら即死だったよ……などとエイトが思う間もなく、頭から突っ込んできたロケット弾、もとい、長身痩躯の女性のアバターはエイトの背後に回り込み、これでもかというほどエリサに抱きつき頬ずりをした。
「んもぉー、エリエリぃ♪ 愛しのメイファを置いて行くなんて、いけずネー♪ そんなにつれないとぉー、カラリと揚げて甘酢を絡めて野菜と一緒に酢豚にぶち込むアルヨー?」
「や、やめぇやメイファ! わかった、わかったからぁ~~っ!」
「んもう、エリエリかーーわーーいーーいーーっ♪」
摩擦熱で火がつくのではないかというほどの、猛烈な頬ずり。そのアバターはナノカやナツキにも負けず劣らずの長身を煌びやかなグリーンのチャイナドレスに包んでおり、スタイルに起伏こそ少ないものの、まさにスレンダーな中華美人といった容姿だった。
「チャイナ美女だ!?」「チャイナ服の生足スリットだ!?」「おねロリでガチレズだ!?」「若干ヤンデレだ!?」「バブみがある! 尊い! ペロらざるを得ないッ!!」
「散れェ変態どもォォッ! ブチ撒けるぞゴラァァァァッ!」
血走った眼で集まってきた変態ファイターの群れにナツキが机やら椅子やらハロやらをブン投げ、散らす。ナノカは白目をむいてダウンしていたエイトを「やれやれ」と首を振りながら助け起こした。
「……まったく、シリアスなムードが台無しだね。あの女性は知り合いかい、エイト君」
「は、はい。姉さんの心形流の、同門というか、熱心なファンというか、あー、その……」
頬を紅潮させ至福の表情でエリサの平らな胸に顔面をこすり付けるチャイナ服の美女・メイファ。さっきまでとは打って変わって、心底迷惑そうな表情でメイファの頭を押さえつけるエリサ。しかしメイファはすらりと細い手足のどこにそんなパワーがあるのか、けっしてエリサを離そうとしない。そんな光景を目の前にして、どこから説明したものかとエイトは悩む。
「今は、チームメイトだ」
言いよどむエイトの肩に、大きな掌がポンと置かれた。見上げれば、デカい体に広い肩幅、四角く厳つい顔面に、似合わない細い眼鏡。アバター頭上のネームタグには〝テンチョー(Lv.7)〟と表示されている。
「姐御がこの大会にエントリーするって言うから、神戸の道場に強くて暇なヤツいるかって聞いたんだが……まあ、予想通りっちゃあ予想通りのヤツが手を挙げたってワケだ」
「あはは……メイファ
「神戸じゃ〝エリエリが足りない〟とかって拗ねてたそうだ。まったく、迷惑な
「いや、店長。だいたい把握したよ。これ以上聞くのは、遠慮しておこうかな」
きゃいきゃいと子猫のケンカのようにくんずほぐれつのエリサとメイファ、力任せに変態どもを蹴散らすナツキ。先のユニコーンの特殊機能はどうにも気になってはいたが、エイトは気持ちを切り替えることにした。ぐるぐると目を回していたハロの頭をポンと叩き、「ありがとう」と言って机から降ろす。
「店長たちも、予選は第三ブロックでしたよね」
「ああ、フィールドはエイトたちとは違うがな。ま、お互いにラッキーだったと言っておこうか?」
店長は白い歯を見せてニカっと笑い、大きな掌でエイトの頭をぐしゃぐしゃと撫でまわす。エイトはぐわんぐわんと頭をゆすられながらも、好戦的な笑みで店長に応えた。
「もし一緒のフィールドでも、勝ちに行かせてもらってましたよ」
「ほう、言うじゃねぇか! でもまあ、その意気……」
「その意気だぜェ、エイト!」
ぱぁんっ、と威勢のいい音を立て、ナツキの掌がエイトの背中に叩き付けられた。変態どもを蹴散らして帰ってきたナツキは、エイトの隣にどんと腰を下ろし、溶け始めていたかき氷を一気にかき込んだ。安っぽいストロースプーンを口の端に加えたまま、店長を睨んで啖呵を切る。
「オレたちにゃ、譲れないモンってのがあるんだよォ、店長サンよ! ……あだだ、頭キーン来たキーンっ!?」
「な、ナツキさん大丈夫!? かき氷イッキ食いなんてするから……!」
「まったく。肝心な所で締まらないなあ、ビス子は」
「威勢のいい宣戦布告だなあおい! がはははは!」
「ちょ、ちょっとカメちゃん手ぇ貸しぃや! う、ウチもう無理ぃ~!」
「あぁんエリエリの良い匂い久しぶりはすはすはすはすはすはすはすはすぅぅぅぅ♪」
「な、ど、どこ嗅いどんねんこのボケぇーーーーっ!!」
急な頭痛に悶えるナツキ、背中をさするエイト、苦笑いするナノカ、爆笑する店長。少し離れて、まとわりついてくるメイファをしげしと足蹴にするエリサ。
まさに夏祭りにふさわしいドタバタ具合。しかしそれも、一本のアナウンスにより終わりを迎える。
『予選第三ブロックを開始いたします。出場チームは、速やかに出撃エリアにご集合ください』
事務的な合成音声のアナウンスだったが、それだけで、エイトたちの表情はすっと引き締まった。エイトはポケットからGPベースを取り出して立ち上がり、ナノカとナツキもそれに倣った。
「じゃあ、店長。決勝トーナメントで会いましょう」
「がはは、強気だな。だが悪くねぇ――こっちこそ、決勝トーナメントで待ってるぜ、エイト! ナノカちゃんと、ナツキちゃんもな!」
「へッ。当たったらブチ撒けてやるからよォ、覚悟しとけよ店長!」
「店長たちも、健闘を祈るよ。では、また後で」
それぞれに言葉を交わし、エイトはGPベースのディスプレイをタッチした。まるでプラフスキー粒子が溢れ出したかのような演出と共に三人のアバターが半透明から透明になっていき、出撃エリアへと転送されていく――転送が終われば、エイトたちのアバターはパイロットスーツに着替えた状態で、
エイトたちの出撃を見送り、店長ははぁと深いため息をついた。
「お~い、姐御~。そろそろ行かねぇと、不戦敗になっちまいますよ~」
「ほ、ほらメイファ! カメちゃんもああ言うとるし! そろそろいい加減離れぇや!」
「あと五秒! いやあと十秒だけでいいヨ! はすはすはすぅぅーーっ♪」
「んにゃーーーーっ! か、カメちゃん助けてぇぇ~っ!」
「しゃあねぇなあ……」
神戸にいる時からそうだったが、メイファのエリサへの行き過ぎた愛情表現には困ったものだ。店長はメイファの首根っこを掴んでエリサから引き剥がし、そのままGPベースの転送スイッチをタッチした。先ほどのエイトたちと同じ転送演出が始まり、三人は粒子の光に包まれる。
「あーっ、カナメ兄サンなにするネ! メイファ、まだエリエリが足りてないヨ!」
「へいへ~い、悪かったなクレイジーサイコレズ。いい加減にしとかねぇと元町中華街に送り返すぞ~。……ったく、体ばっかりズンズン成長して、頭ン中は子どものまんまじゃねーか」
「メイファ、まだ十二才なたばかりヨ! コドモなんだからコドモで当然ヨ!」
「その身長とスタイルで、ランドセル背負って小学校通ってるたぁな。世の中は本当に……不公平だよなぁ」
「なあカメちゃん、助けてくれてありがとうやけど何で今ウチをチラ見したん? 答えによっては半殺しで済ましたるで?」
「あぁいや別に深い意味なんて――」
店長の言葉を遮るように、プラフスキー粒子が一層強く煌き、三人は出撃エリアへと転送されたのだった。
◆◆◆◇◆◆◆
予選第二ブロック終了から、数分。エイトたちが出撃エリアに転送されたのと、ほぼ同時刻。
「……とりあえず、予選突破だな。お嬢」
比較的若いプレイヤーが多いGBOには珍しく、灰色の髪と髭を短く刈り込んだ、壮年の男性アバターが呟いた。頭上のネームタグには「BFN:チバ(Lv:7)」と表示されている。年齢層もそうだが、服装も周囲からは浮いている。彼は、夏祭り真っ盛りと言った雰囲気の会場の中で、薄汚れた連邦軍整備班のツナギ姿だった。
しかし、彼が浮いて見えるのは服装のせいだけではない。
ネームタグの横にさらに浮かんでいる、金色のアイコン。トゥウェルヴ・トライブスを勝ち抜いたチームのメンバーにのみ表示される、予選突破者の印だ。予選敗退者は羨望の、大会不参加者は憧れの視線をアイコンに注ぎ――そして。彼の正面に座る金髪碧眼の美少女の存在に気づいて、さらに近寄りがたい雰囲気を感じてしまうのだ。
チバはそんな有象無象の視線には気づきながらも気にも留めずに昔懐かしい瓶ラムネをラッパ飲みし、正面に座る美少女・アンジェリカに言葉を続けた。
「しかし、お嬢。間違いねぇのかい。ラミアのやつが、別のチームでエントリーしてるってのは」
「ええ、チバさん。ちょうど今、見つけましたわ。……ヤスさん、お願い」
「へい、お嬢さま」
アンジェリカの合図で、丸眼鏡の痩せた男がハロに投影させたウィンドウをチバの方へと向けた。画面端のテロップによれば、その映像は予選第二ブロック・Gフィールドの試合の様子。同じ第二ブロックで試合中だったアンジェリカ達には、見ることができなかった試合だ。
そこに、映し出されていたのは――
――残骸、破片、瓦礫の山。
背を向けて逃げる傷だらけのガンプラを、背後から襲う
ガンプラの残骸を足蹴にして立つ毒々しい紫の機体、ガンダム・セルピエンテ。圧倒的な攻撃力をばら撒き破壊の限りを尽くしながらも、まるで何かに急かされるかのように、足元のガンプラにレプタイルシザーズを何度も何度も突き立てている。
「まだだ、まだ足りない……私は、セルピエンテは、もっと強くならなければぁぁッ!!」
鬼気迫るその姿に対戦相手たちはすでに逃げ腰で、遠巻きにライフルを構えてはいるものの、攻撃しようという素振りはない。もしこのトゥウェルヴ・トライブスに降参や棄権という選択肢が実装されていれば、大半のチームはそれを選んでいただろう。ラミアは、セルピエンテは、それほどの狂気を振りまいていた――
「……ラミア」
アンジェリカはぎりりと唇を噛み、拳をきつく握りしめた。チバは無言でアンジェリカのそばに立ち、肩にポンと手を置いた。ヤスもまた無言でそっと映像を止め、ウィンドウを閉じる。
「……お嬢さま。あっしは、本戦の受付をしてきやす」
「ええ、お願いねヤスさん」
「へい。では」
ヤスが席を立ち、アンジェリカとチバだけが残される。チバは何も言わずアンジェリカの隣に立ち、アンジェリカは掌で顔を隠すようにして項垂れていた。第三ブロックの試合が始まったらしく、観衆がわっと盛り上がる。祭囃子が、やけに遠く聞こえる――
「……チバさん」
「何だ、お嬢」
「ありがとう。私のわがままに、付き合ってくれて」
「くだらねぇことを言うんじゃねぇ。お嬢のやりたいようにやれば、それでいい」
チバの大きく分厚い掌が、アンジェリカの頭をぽんぽんと叩く。
アンジェリカの脳裏に、幼少時代の思い出が蘇る。父も祖父も仕事で世界中を飛び回っていたアンジェリカにとって、日本での父親代わりはチバだった。父も祖父も、尊敬しているし大好きだ。でもやっぱり、チバの分厚い掌には、言い表せないような安らぎを感じてしまう。
「ふふ……頼りにしてますわ、チバさん。お給料を弾まなくちゃいけませんわね」
「がっはっは。そんなもんはいらねぇよ。お嬢とラミアの野郎が前みたいに笑ってくれりゃあ、それが最高のボーナスだ」
アンジェリカの細くしなやかな金髪を、チバの武骨な掌がくしゃくしゃとかき乱す。頭ごと振り回されるような勢いで撫でまわされ、アンジェリカは苦笑いを浮かべながらも決意を新たにした。
(ラミアは……私が、必ず……!)
大型空中ウィンドウ前に集まっていた観衆たちが、一層沸き立った。どうやら予選第三ブロックでも、かなり激しいバトルが行われているようだ。チバは盛り上がる歓声に手を止め、ウィンドウに目を向けた。
そういえば第三ブロックには、偶然にも知り合いの所属するチームが多く割り振られていた。どのチームも、本戦出場の可能性が大いにある強豪ばかりだ。アンジェリカは俯きがちだった顔をすっと上げ、ウィンドウに写るガンプラバトルを真剣な眼差しで注視するのだった。
第二十八話予告
《次回予告》
「さてさてみなさーん、ゆっかゆっかりーん☆ 本大会の名司会にして名物司会、ガンプラネットアイドルゆかりん☆でーすっ! 〝ハイレベル・トーナメント〟予選大会もついに第二ブロックまでが終了しちゃいましたぁぁっ♪
「第二ブロックといえば、〝
「そんな激戦区、第二ブロックを勝ち抜いたのはこの四チームでーすっ♪
「レベル8は伊達じゃない! 今大会優勝候補のド本命、〝
「可変機が好きで何が悪い! 変形合体は漢の浪漫っ! ゼータの系譜は俺たちが引き継ぐ! チーム・プロジェクト・ゼータぁーーっ!
「あまりに凄惨な試合内容、それは狂気か、勝利への執念か? 倒れたはずのガンプラが勝手に動き出したとの未確認情報もあり! チーム・スカベンジャーズぅーーっ!
「プロレスもガンプラバトルも、魅せて魅せるぜ漢道! 現役プロレスラーにして凄腕のガンプラファイター集団、ここに参戦ッ! チーム・セメントマッスルぅーーっ!」
ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第二十八話『トゥウェルヴ・トライブスⅢ』
「第三ブロックからも、これはもう目が離せませんよぉぉぉぉっ♪
「さてさてそれではぁぁっ♪ 毎回恒例、みんなでいっくよーっ! せーのっ、ゆっかゆっかりーんっ☆」
◆◆◆◇◆◆◆
いよいよ、ついに、やっと、ようやく、次回こそエイトたちが戦います。遅い!(笑
仕事が盆休みにはいりガンプラ制作時間もなんとかとれているので、クロスエイトの紹介とドムゲルグ、その他もろもろができそうな気がします。気のせいかも。
しかしそれにしても、GBFトライの新作映像が楽しみすぎますね。取り敢えずギャンスロットを買ってみたのですが、トライの面々がどう活躍するのか今から楽しみすぎます!
……と、ついでに言っても言わなくてもいい近況ですが、討鬼伝2面白いですね。取り敢えずストーリークリアして、いろんな武器を試しているところです。
話がそれましたが、今後も頑張りますのです。感想・批評いただけたら嬉しいです。よろしくお願いします!