ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド   作:亀川ダイブ

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Episode.29 『トゥウェルヴ・トライブスⅣ』

『全日本ガトリングラヴァーズ! G3(グレート・ジャイアント・ガトリング)ガンタンク! 撃ちまくるぜぇぇぇぇ!』

 

 ドガララララララララララララララララララララララララララララララララララ!!

 一発一発が180㎜キャノンにも匹敵する、PGサイズの機銃弾が嵐のように吹き荒れる。ただでさえ廃墟だった飛行場跡地が、瞬く間にコンクリート製のハチの巣へと変えられていく。

 

「エイト君、生きているかい!?」

 

 盾代わりにした管制塔の建物が、凄まじい勢いで撃ち削られていく。耳を聾する轟音の中、ナノカはレッドイェーガーに可能な限り低い姿勢を取らせながら、通信機に向けて怒鳴った。

 

「はいっ、地下です!」

 

 エイトもまた、通信機に怒鳴り返す。クロスエイトは小柄なボディを廃墟の地下道へと潜り込ませ、G3ガンタンクの弾幕から逃れていた。廃墟島の地下数層にわたる堅牢な構造体は、かつての軍事施設の跡か、飛行場の地下格納庫か――しかし、PG(パーフェクトグレード)の機銃弾は貫通力もHG(ハイグレード)とは一線を画しており、十分な破壊力を維持したままの機銃弾が、時折、地盤を貫いてクロスエイトを掠めている。

 

「ナツキさんは無事ですか!?」

「あァ、なんとかなァ! 場所借りるぜ赤姫ェ!」

 

 煙幕手榴弾(スモークグレネード)で身を隠しながら走り抜けてきたドムゲルグが、レッドイェーガーの隣に滑り込む。シールドブースターに数発の被弾はあるものの、機体そのものは無事だ。ナツキは弾を撃ち尽くしたグレネードポッドと、ミサイルコンテナを排除(パージ)した。重武装がドシャリと重い音を立ててアスファルトにめり込み、ドムゲルグのシルエットは、幾分スリムになる。

 

「あの戦車野郎(デカブツ)MA(モビルアーマー)扱いになってやがる。装甲も火力も、ガンタンクっつーよりネオジオングとかデストロイみてェなもんだぜ」

「ふぅん……戦車型なら、履帯を切るのがセオリーなのだけれど」

「とっくにやってみたさ、そんなモン。でもよ、ほら」

 

 ナツキはドムゲルグの親指で、ぞんざいにG3ガンタンクの方を指さした。ナノカは慎重に、Gアンバーのスコープ部だけを遮蔽物の上から覗かせ、状況を確認する。

 

『も、もうもたないぞ! エネルギー充填まだかあ!』

『あと五秒だ……!』

 

 先のダブルストリームアタックを生き残ったらしい二機のガンプラが、暴風雨のような弾幕の中で踏ん張っていた。前衛のV2ガンダムが二枚持ちしたメガビームシールドを全力展開して立ちはだかり、その後ろではツインサテライトキャノンを構えたガンダムDXが、マイクロウェーブの照射を待ち構えていた。現状、廃墟島の設定時刻は昼間だが――白く薄い月影が、空の端に上っていた。

 

『マイクロウェーブ、来る!』

 

 降ってきたガイドビームを胸部クリアパーツで受け止め、展開したリフレクターがマイクロウェーブのエネルギーを急速充填する。解放された放熱フィンが余剰熱量を吐き出して、キャノンの砲口に青白い光が収束した。

 

『チャージ完了っ! ツインサテライトキャノン、撃つ!』

『あ、あとは、頼んだぞおおっ!』

 

 耐えきれなくなったメガビームシールドが砕け散り、V2は一瞬で穴だらけになって爆散する。それと入れ替わるように、ツインサテライトキャノンが圧倒的な光を吐き出した。

 

『これでやられろよぉぉっ!』

 

 ドッ……ブルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――!!

 青白いビームが機銃弾を蒸発させながら押し進み、G3ガンタンクの見上げる様な巨体を呑み込んでいく。弾幕の途切れた隙を衝いて、他にも生き残っていた数機のガンプラが遮蔽物の陰から顔を出し、ここぞとばかりに攻撃を始めた。バズーカが、ビームが、ミサイルが、次々とG3ガンタンクに襲い掛かり、轟音と爆炎が花火のように咲き乱れる。

 

「ナノさん、ナツキさん! 僕たちも、ここは一気に!」

「まァ待てよエイト。見てろって」

 

 地下道から飛び出そうとしたエイトを、通信機越しにナツキが宥める。その、次の瞬間だった。

 

『フッフッフ……フゥーハハハハハハハハハハハハッ!!』

 

 ドガララララララララララララララララララララララララララララララララララ!!

 爆煙が一気に吹き散らされ、再びガトリングの猛威が嵐のように吹き荒れた。攻撃のために頭を出していたガンプラたちは上半身ごと跡形もなく吹き飛ばされ、砲身の冷却中だったガンダムDXは一瞬でボロ雑巾のようになって大破した。

 

『このG3は、システムがガンプラと認識できるギリギリのギリまで! 金属パーツで装甲しているのだ! 並の砲撃などそよ風も同然よ! フゥーハハハハ!』

『ひゃああっはあ! 大人しくハチの巣にされろおおおお!』

『あーっはっは! ひーっひっひ、あっはっはっはっはー!』

 

 両手両肩計四門の超大型ガトリング砲を猛然と回転させ、堂々と聳え立つG3ガンタンク。その装甲には焦げたような跡こそあるものの、戦車型最大の弱点であるはずの履帯にすら目立った損傷はない。車体部分に搭載された三丁の中型機銃も、正常に弾をばら撒き続けている。

 ナノカはGアンバーを下げ、ふぅと軽くタメ息をついた。

 

「――金属風の塗装かと見ていたけれど、あの履帯も追加装甲も、本物の金属パーツとはね。ウェザリングもリアルタッチで完成度が高い。バトルシステムはかなりの高防御に評価しているね」

「ってなワケだ。マスター・バズでもブチ撒けられなかったんだ、半端な攻撃じゃあ返り討ちだぜ」

「ナツキさんの爆撃でも、ですか……!?」

 

 エイトの頬を、冷や汗が一筋すぅーっとつたう。ドムゲルグのマスター・バズは、単発の破壊力としては破格のモノだ。事実、以前の〝ジャイアントキリング〟では、戦艦を一撃で沈めてもいる。

 

『フゥーハハハハハハハハハハハハ! 高レベル限定大会とて、この程度かああああ!』

 

 テンションの上がり切った高笑いと共に、戦場にばら撒かれる銃弾。G3ガンタンクの巨体がキュラキュラと無限軌道(キャタピラ)を回しながら進撃し、穴だらけになって倒れ伏すガンプラの残骸を粉々に踏み砕いていく。背に負った巨大な円筒形弾倉(ドラムマガジン)は細かく振動しながら給弾を続け、弾薬の尽きる気配はない。ツインサテライトキャノンを塗装が焦げた程度で耐えるタフネスと、無尽蔵とも思える大火力。それがMA扱いのガンプラ(パーフェクトグレード)の性能だということか。

 しかしエイトは、ドライヴレッドは、予選程度で負けるわけにはいかないのだ。

 決勝トーナメント、進出のために。

 その先に待ち受ける、約束のために。

 今必要なのは、圧倒的な攻撃力。金属パーツすら破壊する(・・・・・・・・・・・)、一撃必殺の突破力――高火力(・・)

 

「……ナノさん、ナツキさん」

 

 エイトはぐっと表情を引き締めて、コントロールスフィアを握り直した。通信機越しにナノカとナツキを見据えるその視線に、揺らぎも迷いも欠片もない。

 

あれ(・・)を、使います」

 

 クロスエイトが立ち上がり、地下道から上半身を露出させる。幸い、G3ガンタンクは逃げ惑うガンプラたちを蹴散らすのに夢中で、エイトは視界に入っていないようだ。エイトは折り畳んでいた両翼(バーニアスラスターユニット)を展開し、エメラルドグリーンの両目(デュアル・アイ)で、好き勝手に弾をばら撒くG3ガンタンクを真っ直ぐに捉える。

 

「……いいのかい、エイト君。あれ(・・)は、決勝まで取っておくつもりだったのだろう?」

 

 画面の向こうで、ナノカの形のいい眉がわずかに歪んだ。口調からはエイトを心配する気持ちがにじみ出ていたが、エイトは軽い微笑みを、ナノカに返す。

 

「こんなところで負けてる場合じゃあ、ありませんから」

「ヘッ。良い顔するじゃあねェか、エイト」

 

 ナツキはニヤリと犬歯を剥き出しにして笑い、マスター・バズに新たな弾倉を叩き込んだ。

 

「何かよくわかんねェが、必殺技があるんだな? オレは乗るぜ、てめェもごちゃごちゃ言ってねェで……」

「皆まで言うなよ、ビス子。……やろう、エイト君」

「はいっ!」

 

 意気込み、叫んだエイトの声が響くと同時、ドライヴレッドの三機は一斉に戦場へと飛び出した。クロスエイトはバーニアから光の尾を曳いて、低空飛行で一直線に突撃する。ナノカとナツキは管制塔の左右から同時に飛び出し、Gアンバーとマスター・バズをG3ガンタンクに向けた。

 

「まずは足止めと武器破壊、行きます!」

「任せなァ、エイト!」

「了解だよ、エイト君」

『来たなぁ、赤いのと爆弾女と狙撃姫!』

『今度こそ、ハチの巣にしてやるんだから!』

『あとはお前らだけなんだよォォォォ!』

 

 叫び、回転する銃身を突き出すG3ガンタンク。ドライヴレッド以外の全てのチームのガンプラは彼らに撃滅され、戦場(フィールド)に残るは二チームのみ。

 全日本ガトリングラヴァーズVSドライヴレッド、予選Jフィールド突破を賭けたバトルの最終局面が、今、始まった――!

 

「ぅらあああああああああああああああああッ!」

 

 バーニアスラスター、全力全開。高熱の光が流星のように尾を曳いて、クロスエイトが加速する。ばら撒かれるガトリングの照準よりも早く、速く、地表を削るような低空飛行で翔け抜ける。聳え立つ巨体の懐に飛び込み、すれ違いざまに抜刀一閃。ビームサーベルがG3ガンタンクの脇腹を薙ぐ。しかし、

 

『フゥーハハ! 多少出力が高いサーベルだとて!』

 

 金属パーツ製の増加装甲は、表面が一瞬、熱されるだけ。G3ガンタンクは両腕を逆向きに九十度曲げ、翔け抜けたクロスエイトに腕部ガトリングを連射する。エイトは次々と迫る大型ガトリングの弾幕を、バーニアユニットの推進力に任せた急加速と急制動、鋭角的なターンを織り交ぜた三次元的な回避機動(マニューバ)で潜り抜けていく。

 

「オレとも踊れよォ、デカブツ!」

『右前方!』

『迎撃は任せて!』

 

 マスター・バズの大型榴弾が、弾倉一つ分計三発、つるべ撃ちにG3に襲い掛かる。エイトへの攻撃に両腕を使い、弾幕が薄くなっている側面からの攻撃。だが、車体部分の中型機銃がそのすべてを迎撃してしまう。三重に裂く爆発の華が猛烈な爆風を巻き起こすが、超重量のG3ガンタンクは小動もしない。

 

『当たらなければ、どうということもない! まあ当たってもどうもないがな! フゥーハハハハ!』

「……銃口の向きが揃ったね」

 

 ドゥッ、ドゥドゥ――ッ!

 爆炎を貫いて、光の銃弾が迸る。三本の光弾は寸分過たず、迎撃のために一方を向いていた中型機銃の銃口へと吸い込まれた。一瞬の間をおいて、内部から膨れ上がるように爆発。車体に搭載された三丁の機銃は、根こそぎ大破し、爆散した。

 

「これでいくらかは、弾幕が減るかな」

『くっ……痺れるねぇ、狙撃姫! けどよ!』

『主砲なら、銃身から機関部まですべて金属パーツよ!』

『主砲、俯角一杯! 撃ちまくれ!』

 

 G3ガンタンクの主砲、両肩の超大型ガトリング砲が、俯角を取ってレッドイェーガーを狙った。六連装の太い銃身が回転し、HG基準(ハイグレード)なら大型キャノン砲に匹敵する機銃弾が、毎分一二〇〇発の連射力で吐き出される!

 

「ナノさん!」

「エイト君!」

 

 猛烈な砲撃で瞬く間に抉られる地面、舞い上がる土塊と弾着の煙。しかしそこにレッドイェーガーの姿はない。横っ面から飛び込んできたクロスエイトがレッドイェーガーの手を取って掻っ攫い、そのまま上空に飛び抜けたのだ。

 

『小賢しい小鳥ちゃんだなぁ、赤いのぉぉ!』

『主砲仰角、狙うわ!』

「させるかッ、よォォ!」

 

 身をひねり、両腕と主砲を振り上げたG3ガンタンクに、ドムゲルグが飛びかかった。回転しようとする主砲に全身でしがみつき、力づくで回転を止める。回ろうとする砲身と抑え込むドムゲルグ、両者の間に猛烈な負荷がかかり、関節が軋み、火花が散る。

 両腕と右肩のガトリングはエイトとナノカに向けてガトリングをばら撒くが、左肩の主砲は完全に封じている形だ。

 

『こ、このっ、脳筋女ぁぁ!』

「うるせェ弾幕馬鹿(トリガーハッピー)! 赤姫、エイト、ここだァッ!」

「はい、ナツキさん!」

 

 クロスエイトはレッドイェーガーの手を握ったまま、ガトリング砲三門分の弾幕の中を曲芸飛行で翔け抜け、G3ガンタンクの真正面に躍り出た。

 

「行きますよ、ナノさん!」

「ああ、エイト君! ……今だ!」

 

 敵機正面から全速全開で突っ込みながら、エイトはレッドイェーガーの手を離した。その手でそのままヴェスザンバーを抜刀、一直線に機体正面へと突き出した。その切っ先が指し示すのは、後のガンタンクとは違い、ジムに近いゴーグルアイとなっている顔面部。

 

「センサー部に装甲は、できないはずですッ!」

 

 ナノカはレッドイェーガーの背部メインバーニアを出力全開、クロスエイトと共にG3ガンタンクへと突っ込みながら、Gアンバーを高出力モードに設定した。狙うのは、ドムゲルグに締め上げられ、関節部を露出している左主砲の基部。重量のある金属パーツを支えるため、予想通り、軸受は耐摩耗性の高いPCパーツ(ポリキャップ)になっている。

 

「撃ち抜かせてもらうよ!」

「ぅらあぁぁぁぁッ!」

 

 激突、そして弾ける閃光。

 砕けたゴーグルのクリアパーツが飛び散り、関節部を撃ち抜かれた左の主砲が基部から根こそぎ千切れ、宙を舞う。

 

『左主砲、大破ぁ!』

『メインカメラ、主照準システムもやられたわ!』

『た、たかがメインカメラをやられただけだ!』

「往生際が悪ィなァッ! さっさと潰れろォォ!」

 

 ナツキは吠えながら弾切れのマスター・バズを投げ捨て、左主砲の砲身をつかみ取った。金属パーツの重量と頑丈さを、そのまま武器にして振り回す――

 

『えぇい、奥の手を使うっ!』

 

 ガシィィンッ! 金属バットの如く叩き付けられた砲身を、より太い五本指の掌が受け止めていた。G3ガンタンクの背部に搭載された二本の円筒型弾倉(ドラムマガジン)、その一つだと見えていたものが左右に分離し、太く頑強なアームで連結された二本のサブアームへと変形していたのだ。

 

「なッ、何だそりゃァ!?」

「あれはネオジオングの!?」

「ナツキさん!」

 

 サブアームと呼ぶには強靭すぎるその腕が、ドムゲルグを掴み上げ万力の様に締め上げる。シュツルム・ブースターに亀裂が入り、装甲と関節が悲鳴を上げる。振り払おうともがくナツキの目の前で、五本の野太い指先に高出力のメガ粒子が収束した。ゼロ距離、回避の隙は無い。

 

『主義に反してまで装備した隠し武器だ、よく味わえよ爆弾娘!』

「ビス子ぉぉっ!」

 

 五連装メガ粒子砲が放たれる、その直前。ナノカは武器スロット〝SP〟を選択した。レッドイェーガー両肩のボックス状の機関――BF(ビームフィールド)ジェネレータが唸りを上げて起動し、一見するとスラスターにも見える噴射口が、ドムゲルグへと向けられる。そこから噴き出すのは、粒子変容により波長を調整された、ビームシールドと同等のエネルギー流。

 メガ粒子砲の発射よりもゼロコンマ秒だけ早くドムゲルグへと到達したエネルギー流は、ドムゲルグの装甲表面をヴェールのように覆い、淡く輝く高防御性ビームフィールドを形成した。

 その一瞬後、五本指から放射された強烈なメガ粒子砲がドムゲルグを炙るが、その悉くがビームフィールドに弾かれ、無効化されていく。

 

『なにぃっ!? な、仲間にビームシールドを貼り付けたのか!?』

「ナツキさんを離せぇぇぇぇッ!」

 

 エイトは叫び、フルブーストで突撃。加速度を乗せたヒートダガーキックをサブアームへと叩き込んだ。装甲を貫くには至らないものの、衝撃で拘束が緩み、ドムゲルグは指を振り払って脱出することができた。

 

「エイト、ありがとよォ!」

『このっ……やっぱり邪魔だなぁ、赤いのおお!』

「そんな遅い腕で、クロスエイトは掴めませんよ!」

 

 掴みかかるサブアームをヴェスザンバーで切り払い、両腕と右肩のガトリングから身を躱し、G3ガンタンクを翻弄する。小刻みな方向転換と圧倒的な高機動で飛び回るクロスエイトを、照準システムの破損したG3ガンタンクは捉えきれていなかった。出力全開のバーニアが光の尾を曳いて、高熱量の炎の軌跡を描き出す。

 

「悪ィな、赤姫。助かったぜ」

「いいさ、ビス子。ただコレは、恐ろしく粒子を喰うんだ。そう何度もは、厳しいよ」

 

 装甲の複数個所に亀裂が入ったドムゲルグが、レッドイェーガーの隣で膝をつく。シュツルム・ブースターは半ばでくの字に折れ、使い物にならないため、パージする。ドムゲルグに残された武装は、左腕のスパイクシールドと、その裏に懸架したシュツルムファウストのみだ。

 

「予選とはいえ、さすがに高レベルプレイヤー限定大会だな。中々、燃える展開になってきたじゃあねェか」

 

 穴が開き罅割れたシールドブースターもパージして、ドムゲルグは前傾姿勢でシールドを構える。バズーカが、ミサイルがなくともナツキの姿勢(スタイル)に変わりはない。力の限り殴り込み、ブチ撒けるだけだ。

 しかし、核熱ホバーを唸らせて飛び出そうとしたドムゲルグの肩に、レッドイェーガーの手が軽く置かれる。出鼻を挫かれ「あン?」と怪訝な顔をしたナツキに、ナノカは通信機越しに意味深な微笑みを返してみせた。

 

「ああ、まさに……燃える(・・・)展開だよ。ビス子、エイト君をよく見てくれるかい」

 

 辺り一面にガトリングとメガ粒子砲を撃ちまくるG3ガンタンク。照準システムを失った、狂乱ともいえる無秩序な弾幕の中を、クロスエイトは凄まじいほどの高機動で飛び回る。両翼のバーニア、脚部のスラスター、重力下でありながら全身のAMBACまで総動員して、パイロットを殺しかねないほどの加速度で機体を振り回す――その、噴出するバーニア光の軌跡が、次第に赤みを帯びつつある。

 

「エイトの奴、機体が熱暴走(オーバーヒート)寸前じゃあねェか!」

「ああ、そうさ。でもそれこそが、狙いだよ。気づいているかい、ビス子。エイト君はこの戦いでまだ一度も、熱量放出兵装(ブラスト・マーカー)を撃っていない……機体に熱を溜め続けていることに」

『えぇい鬱陶しい! 落ちろよカトンボぉぉぉぉ!』

 

 当たらない砲撃に業を煮やしたG3ガンタンクは、サブアームのメガ粒子砲を放射状に一斉射。エイトは滲む手汗を握り潰してコントロールスフィアを操り、太いビームの網の目の、わずかな隙間を翔け抜ける。紙一重の瀬戸際を潜り抜けたエイトの頬が、意識せずニヤリとつり上がった。

 

《Caution! Caution!》

 

 縦横無尽に飛び回りながら、クロスエイトのボディには確実に熱量が蓄積していた。F91からクロスボーンの流れを汲む、小型ガンダムタイプ故の宿命――熱暴走(オーバーヒート)。黄色い注意勧告(メッセージ)がコンディションモニターを埋め尽くし、顔面部排気口(フェイス・オープン)の使用を促すメッセージが点滅する。

 蓄積熱量は、限界値の90%に迫る――しかしエイトはフットペダルを踏み込み、さらにバーニアの出力を上げた。

 91、92、93――青白かったバーニアの光が、その色をじわじわと赤く変えていく。飛躍的に増大した熱量がクロスエイト自身をも炙り、警告表示(アラート)がモニターをオレンジ色に染め上げた。

 

《DANGER! DANGER!》

 

 音量の上がった警告が、エイトの耳朶を激しく撃つ。しかしエイトは限界までベタ踏みしたフットペダルを一切緩めようとはしない。ガトリングを避け、メガ粒子砲を躱し、弾幕の切れ目をついて、ほぼ垂直に天高く翔け上がる。ついにバーニアだけでなく、クロスエイトの全身が、炉で焼かれる鋼鉄のように、焼きを入れ鍛えられる刀剣のように、灼熱した。

 そして、98、99%――熱量限界、突破。

 

「燃え上がれぇぇぇぇッ! ガンダァァァァァァァァムッ!!」

《BLAZE UP!》

 

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!! 

 噴き出す炎が渦を巻き、紅蓮の火球を作り出す。

 赤熱化した装甲が、まばゆい真紅の輝きを放つ。

 灼熱に燃えるその姿、形容するなら――

 

『……た、太陽……だと!?』

「うらあああああああああああああああああッ!!」

 

 渦巻く紅蓮を身に纏い、クロスエイトは突撃した。飛び散る火の粉の一つ一つが高熱を振りまき、熱風が瓦礫を吹き飛ばす。

 

『げ、迎撃だ! 主砲副砲サブアーム砲、全門全弾撃ちまくれぇぇぇぇッ!』

 

 危機を悟ったG3ガンタンクは、全砲門を前面に向け全力で弾幕を展開した。弾倉を空にする勢いで撃ち放たれた無数の弾丸はしかし、荒れ狂う炎に触れた瞬間に燃え上がり、全てがプラフスキー粒子に還元されて炎の流れに呑み込まれる。弾丸を、メガ粒子砲を、撃てば撃つほど炎は燃え広がり、紅蓮の太陽が膨れ上がる。

 

「な、何だよあの火力!? 砲弾もビームも一瞬で……しかも粒子の炎に巻き込んじまうだとォ!?」

「あれが、エイト君の切り札だよ。お義姉さんとの戦いで掴んだ、過剰熱量による粒子燃焼効果。それを意図的に発動できるように、クロスエイトに組み込んだんだ。エイト君はこの特殊機能を――ブレイズ・アップと命名した」

「焼き尽くせぇぇッ、クロスエイトぉぉぉぉッ!」

 

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!

 紅蓮の炎が燃え盛り、灼熱する太陽が翔け抜けた。

 轟音、烈風、爆熱と閃光。G3ガンタンクは、圧倒的な炎熱の中に呑み込まれ、そして――

 

『ふ、フレームまで……金属パーツで、フルスクラッチしたんだぞ……!?』

 

 ――ドロドロに溶けた、金属の残骸。プラスチックの部分は完全に蒸発し、黒焦げの金属フレームだけが僅かに残っている。飛行場跡地のアスファルトは焼け爛れ、焼結したガラス質のクレーターと化していた。

 滑走路の端まで翔け抜け、半ば地面に爪先をめり込ませるようにしてようやく止まったクロスエイトが、ブレイズ・アップを解除する。各部から高熱に揺らぐ陽炎を立ち昇らせながらも、機体そのものは五体満足。

 クロスエイトはゆっくりとその場に立ち上がり、顔面部排気口(フェイス・オープン)を作動、熱い白煙を吐き出した。粒子残量はほぼゼロだが、最後の力を振り絞る。硬く握った右の拳で天を衝き、エイトは、満面の笑みで雄叫びを上げた。

 

「――僕たちの、勝ちだああああっ!」

《BATTLE ENDED!!》

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 すべてが清潔に整えられた、真っ白な病室。その中心に据え付けられたベッドと医療機器に、乾いた灰色の髪と痩せた身体が繋がれている。灰色の髪の主はその視線をパソコンの画面に注ぎ、そのパソコンは有線LANで電脳世界と繋がっていた。

 

「ふふ……ははははは……そうかそうか、そう来るんだね、ナノカ」

 

 ベッドの上で楽し気に身を捩り、トウカは哄笑した。画面に映し出されるのは〝トゥウェルヴ・トライブス〟予選Jフィールドのライブ中継。映像が一瞬ホワイトアウトするほどの熱量で、クロスエイトがG3ガンタンクを焼却し尽くした場面(シーン)だった。

 

「いいさ、そうやってナノカが律儀に約束を守ろうなんて……今更、律義に善人ぶろうなんて、するんならさ」

 

 トウカは口元に歪んだ笑みを浮かべ、傍らの白いサイドボードを開いた。

 そこに並んでいるのは、無数のガンプラ。

 しかしそのすべてが、宵闇のような艶消しの黒と、水底のような黒紫に塗られている。

 

「遊んであげるよ、このボクが。だから無事、トーナメントを勝ち上がってくるんだよ……このボクの手で、潰されにさ」

 

 トウカは黒塗りのガンプラたちの中から、最前列に飾られていた一体を取り出した。

 その機体の名は、デビルフィッシュ・セイバー。GBOジャパンランキング不動の第一位〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟の愛機として名を馳せ畏怖される、禍々しき漆黒のガンダム。

 

「教えてやろうか、デビルフィッシュ・セイバー。あの幸せ者たちに。どんなに太陽が照らそうとも――決して晴れない深淵の闇が、あるってことをさぁ」

 

 

 




第三〇話予告

《次回予告》

「……聞いているか、〝這い寄る混沌(ビハインド・ザ・カーテン)〟。依頼だ」
「おやおや、珍しいことがあるものですね。まあしかし、あなたに頼られるというのは、別段悪い気もしませんし、今の私はとても機嫌がいいので、できうる限り聞いてさしあげましょう、〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟」
「相変わらず、御託の長いことだな……要点だけ話す。ハイレベル・トーナメントの試合組み合わせ抽選を操作しろ」
「フフ、これはまた……いいでしょう。で、どのように?」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第三〇話『セレモニー』

「途中経過は好きにしろ。ただ――決勝で、奴らと当たるように仕組め。以上だ」
「OK! 完全に了解しましたよ。任せていただきましょうかこの私にね、ただし!」
「……なんだ」
「後悔先に立たず、とだけは言わせていただきましょうか。〝混沌〟と〝深淵〟が手を組んで、不幸以外が訪れることなどないのですから。フフフ……」



◆◆◆◇◆◆◆



クロスエイト、登場から必殺技出すまでに一体何話消費してるんだ(汗)
本作で描きたかったエイトのイメージ「太陽」、トウカのイメージ「深淵」という対比もようやく出せたな、といった感じです。
毎度のことながら長くなってしまったトゥウェルヴ・トライブス編もようやく終わり、ようやく次回からハイレベル・トーナメントが始まります。次回からは、予選でちらっとだけ登場したイロモノキワモノのファイターたちが次々とバトる予定でございます。
私自身も忘れかけてましたけど、これ、まだ、大会の予選なんだぜ……?

長くなりすぎるという私の悪癖を改善できるよう、テンポの良い展開を心がけることができるような気がしないでもないかもしれない。
次回以降もお付き合いいただければ幸いです。感想、批評もお待ちしています。どうぞよろしくお願いします!

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