ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド   作:亀川ダイブ

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Episode.04 『レベルアップ・ミッションⅡ』

『MISSION START!!』

「ビス丸サマの出撃だァッ! ドムゲルグ、出るぜェェ!」

『ジム・イェーガーR7。ナノ。始めようか』

「ガンダムF108、アカツキ・エイト! 出ます!」

 

 カタパルトから飛び出してすぐ、レーダーに反応があった。CEの世界らしく、ミノフスキー粒子による電波干渉はない。レーダー画面は極めてクリアだ。前方下方、砂の上を滑るようにホバー走行するのはビス丸のドムゲルグ。少し遅れて、ナノカのR7がブーストジャンプを繰り返しながら前進する。エイトのF108は、低高度を飛行しながら二人を追いかける形だ。そして、その前方約一五キロ――ガルナハン基地から飛び立った、複数の機影。

 

「ダガーL……エールストライカー装備、六機です」

「ここは、私に任せてもらおうか」

 

 ナノカは言うと同時にR7を砂丘の上に腹ばいに倒れこませた。大型対物ビームライフル〝Gアンバー〟の銃身を前に突き出し、ストックを肩にあてる。銃身下部のバイポッドが砂漠に突き立てられ、射撃姿勢を安定させる。伏せ撃ちの姿勢だ。

 

「エイト君とビス子は、そのまま突撃。キミたちが接敵する前に――」

 

 シャコン。R7のバイザーが下りた。狙撃用スコープのレンズが獲物を捉え、目を細める。

 

「最低でも、六機ぐらいは撃墜(おと)しておくさ」

 

 ドウッ――短く詰まった砲撃音。砂漠の砂をわずかに巻き上げて打ち出されたビームの弾丸は、まるで吸い込まれるようにダガーLの胸部を貫いた。エールストライカーまで貫通する大穴があき、爆発。ダガーLの隊列が大幅に乱れる。ドウッ、続いてもう一機。同じく胸部に大穴を開けて墜落、爆発。ドウッ、三発目――命中、撃墜。

 

「先輩、なんて狙撃だ……!」

「いくぜ、エイトォ! オレサマたちの取り分がなくなっちまうぞォ!」

「はい!」

 

 ドムゲルグが砂を蹴りあげて突撃し、一瞬遅れてF108もバーニアを吹かして加速した。エイトたちが一〇キロほど距離を詰める間に、四機目、五機目が撃墜される。残された六機目を狙い、ドムゲルグがジャイアント・バズを構えるが、

 

「さあ、これで一仕事だ」

 

 ドウッ――太いビームの光が、最後のダガーLを貫いていた。

 

「さっすがにウゼェ狙撃をしやがるなァ、赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)!」

 

 爆発せずに墜落してきたダガーLを、ビス丸はジャイアント・バズで乱暴に殴り飛ばし、舌打ちを一つ。ナノカは特に表情も変えずに受け流す。

 

「ほめ言葉だと思っておくよ。さて」

 

 R7は砂丘からバイポッドを引き抜き、Gアンバーを抱えてブーストジャンプ。先行するドムゲルグとF108を追いかける。

 

「わたしは、渓谷上に狙撃ポイントを確保する。キミたちは、谷底を上流へ」

「了解です」

「おうよッ!」

 

 エイトとビス丸はさらに二キロほどの距離を何の障害もなく駆け抜け、左右を数百メートル級の崖に挟まれた枯れた渓流へと飛び込んでいった。横幅は百メートルを軽く超え、F108とドムゲルグが横並びになって進行しても、かなりの余裕がある。ゆるく蛇行した渓谷はかなり先まで見通しがきき、四〇〇〇メートルほど先に防衛線が敷かれているのが見て取れた。

 モビルスーツの頭よりも高い分厚いゲートに、ハリネズミのような迎撃用火器の山。砲座代わりの岩棚には、ランチャーストライカーを装備したダガーLが数機、大型ビーム砲〝アグニ〟を腰だめに構えている。そして、こちらへ向かってくる、ソードストライカーを装備したダガーLが三機。

 

「ゲート周りは吹っ飛ばしてやらァ! 巻き添え喰うなよォ、エイトォォ!」

「了解。後ろにも、目をつけます」

「ハッハァ、いいぜェそういうの! んじゃまァ……ブチ撒くぜェェェェ!」

 

 ジャイアント・バズが、シュツルム・ファウストが、ミサイルランチャーが、打ち上げ花火のように四方八方へと飛び散った。それはさながら、実弾兵器によるハイマット・フルバースト。次々と迎撃火器やランチャーダガーLを爆撃していくそれらの間をすり抜けるようにして、エイトのF108はソードダガーLに突撃した。

 

「らあぁぁぁぁっ!」

 

 左右のビームライフルを乱射し、牽制。先頭を切っていたダガーLに数発が命中、足を止めさせる――その顔面に、突撃の勢いそのままに、ドロップキックを叩き込む。吹っ飛ぶダガーLに、追い打ちのビームライフル。三点射撃、左右計六発、全弾命中。

 

「一機撃破! 次っ!」

 

 撃破を見届ける間もなく、大型ビーム対艦刀〝シュベルトゲベール〟が大上段から振り下ろされる。F108の全長とほぼ同じ、十五メートル以上もある対艦刀を、エイトはバックステップで回避。続く大振りの横薙ぎを、むしろ間合いの中へ飛び込み、刃の下を潜り抜けて回避した。

 

「よし、できた……!」

 

 エイト、会心の笑み――大剣を振り切り、隙だらけになったダガーLの顔面と胸部にビームライフルの銃口を押し当て、ゼロ距離射撃。ダガーLは爆発せず、その場にがくりと崩れ落ちる。

 

「二機目! 次っ!」

 

 振り返った瞬間、エイトの目の前に、激しく回転するビーム刃が迫っていた。ビームブーメラン〝マイダスメッサー〟だ。右肘のビームシールドを展開、弾き返す。直後、三機目のダガーLがシュベルトゲベールを振り下ろしてくるが、エイトは身をひねって、難なくそれを回避。地面に深く食い込む形になったシュベルトゲベールを踏みつけて固定、反対の足でダガーLを思いっきり蹴り飛ばした。渓谷の斜面に叩き付けられ動きの止まったダガーLに、ビームライフルを撃ち込んだ。

 

「三機! ビス子さん、そっちは!」

「エイトォ! 一機、行ったァ!」

 

 振り返ると、ジャイアント・バズの爆風にあおられ、一機のランチャーダガーLが岩棚から転がり落ちたところだった。爆風によって左腕ごとアグニをもぎ取られているが、戦意は失っておらず、すぐに立ち上がってF108に右肩の対艦バルカンを照準する。

 

「そんなのはっ」

 

 エイトは即座に反応、ビームライフルを投げ捨て、足元のシュベルトゲベールを蹴りあげる。F108の体格とほぼ等しい大剣を槍投げの要領で構え、

 

「う、らあぁぁぁぁっ!」

 

 ズアァッ! 渾身の投擲。F108の全身のバネを総動員してぶん投げられたシュベルトゲベールが、ダガーLを貫いて崖の岩肌に縫い付ける。設定上コクピットのある位置をぶち抜かれたダガーLは、音もなく沈黙した。

 

「てめェはほんとにモノをぶん投げんのが好きだなァ、エイト。あとビス子じゃねェ」

 言いながらビス丸は、F108のビームライフルを拾い、手渡す。

「はは、すみません……これで、終わりですか?」

「ンなわけねェだろ。種デス見てねェのかエイト。ゲートを見な」

 

 低い地鳴りのとともに、巨大なゲートが左右にゆっくりと開かれていく。そして、

 

「来るぜェ、よけろォッ!」

「えっ。はい!」

 

 ドッ……オオオオォォォォ! 圧倒的な破壊力を持った陽電子ビームの激流が、ゲート正面にあったすべてのモノを破壊し尽くし、押し流していった。後に残るのは、灼け溶けて抉れた大地のみ。F108の最大加速でその一撃を回避したエイトは、その破壊の後を見下ろして唖然とする。

 

「陽電子破城砲……ローエングリン!」

 

 ゲートの奥は小高い丘になっており、その頂上にそれはあった。陽電子破城砲ローエングリン。アークエンジェルの左右艦首にも搭載されているそれが、異様な存在感を放って鎮座している。そして、小高い丘の斜面にも、異様な存在感を放つモビルスーツ――いや、一機のモビルアーマーがいた。

 

「ゲルズゲーか……!」

 

 異形揃いのモビルアーマーの中でも特に気味の悪い、蜘蛛の体にダガーLの上半身を乗せた大型機。両手の二丁と前足の二門、計四門のビームライフルが、エイトとビス丸を狙って火を噴いた。

 

「門番ってことですか!」

 

 ズドドドドドドドドドドドド――

 四門のビーム砲が途切れることなく連射され、まるでビームガトリングのように弾幕を張る。エイトとビス丸は、機体をゲートの影に引っ込めるしかなかった。様子を窺うエイトの眼前で、分厚いゲートに撃ち込まれたビームの粒子が次々と弾けていく。

 

「おうよ。あいつをブッ飛ばさなきゃァ、ローエングリンはヤれねェ。だからってェ、この弾幕が途切れんのをひたすら待ってると――」

 

 ビス丸の言葉と同時、弾幕が途切れた。エイトはこの一瞬にゲートから飛び出そうとするが、ドムゲルグの手がF108の肩を掴んで止めた。

 

「おい、死ぬ気かァ?」

「えっ」

 

 ドッ……オオオオォォォォ! 再びの衝撃、そして爆音――ローエングリンの第二射だ。目の前を通り過ぎていく熱線に、エイトは冷や汗を一筋流す。

 

「ありがとう、ございます……スキ……」

「へっ!? スキっ!? てててめェ突然なに言ってやが」

「……がありませんね。何とかしてスキを作れれば、チャンスはあるはずですけど」

「お、おぉぅ、うん、そうだな。うん……」

 

 ドムゲルグの両肩が、なぜかしょんぼりと下がったことに気づきもせず、エイトはゲートの影からゲルズゲーを観察した。ローエングリンの砲撃が収まったと思ったら、再びビーム砲の雨あられ――ローエングリンの砲撃中に、銃身の強制冷却やエネルギーの補充などを行っているのだろう。ただ待つだけではらちが明かない。

 

「どうやら、出番には間に合ったみたいだね」

「先輩!」

 

 思案するエイトの耳に、ナノカの声が届いた。レーダーに表示されたR7の位置は、作戦エリアの西の端、エイトの左手側およそ八〇〇といったところか。ゲート越しにそちらを見上げると、背の高い岩場の切れ目から、Gアンバーの銃身が僅かに覗いている。

 

「エイト君、突破口を示す。よく見ておきなさい……あと、ナノさん、だぞ?」

 

 ドウッ。短く詰まった砲撃音、Gアンバーが極太のビームを撃ち放つ。狙いは今もビームライフルを乱射するゲルズゲーだ。自分に迫る射撃を察知したゲルズゲーは乱射をやめてぱっと振り返り、虹色に輝く光の壁を展開した。ダガーLをストライカーパックごと貫くGアンバーの一撃が、まるで水鉄砲のように散らされる。

 

「陽電子リフレクター……!」

 

 コズミック・イラのモビルアーマーに搭載された、絶対防御の光の盾。それを展開するために、ゲルズゲーの乱射が一時、止まった。しかしエイトは、今度は慌てて飛び出すマネはしなかった。冷却とエネルギー充填の済んだローエングリンの、三発目の砲撃が襲い掛かってくる。

 ドッ……オオオオォォォォ――

 

「もう少し西に行ければ、直接ローエングリンを撃てるのだけれど……さすがに、そううまくはいかないね。今、私のいる位置がフィールドの端らしい」

 

 陽電子ビームが大地を熔かし抉る音にまぎれて、ナノカの声が届く。いくらリアルとはいっても、GBOもゲームであることには違いない。岩場や砲台の装甲板にローエングリン本体は守られており、攻略目標を狙撃の一発で片づけられないようにできている。

 

「この砲撃の終わり、もう一度ゲルズゲーを撃つ。あとは頼むよ、エイト君。ビス子も」

「了解です」

「へっ、しょうがねェな。あとビス子じゃねェ!」

 

 ――ォォォォン! ローエングリンが途切れ、再びビームの嵐が始まった。

 

「行くよ!」

「はいっ!」

「ブチ撒くぜェェ!」

 

 ドウッ! Gアンバーの砲撃、それを防ごうと陽電子リフレクターを展開するゲルズゲー。ローエングリンは冷却中――鉄壁のガルナハン、ローエングリンゲートがこじ開けられた!

 

「らあぁぁぁぁっ!」

 

 飛び出したF108は、バーニアスラスターを全力全開、一瞬のうちにゲルズゲーへと肉薄する。ゲルズゲーは頭部バルカン(イーゲルシュテルン)をばら撒きながらビームライフルをF108に照準するが、遅い。F108は曲芸じみた機動でバルカンの火線を潜り抜け、すれ違いざま、ほぼゼロ距離で両手のビームライフルを撃ち込んだ。右肩の発振装置を破壊され、維持できなくなった陽電子リフレクターがガラスのように砕け散る。直後、ジャイアント・バズの高初速榴弾が、ゲルズゲーの頭を吹き飛ばした。大ダメージを受け、狂ったように暴れまわるゲルズゲーの前足を、ドムゲルグががっぷり四つに組み合って、力任せに押さえつける。

 

「行けェッ、エイトォ! ……赤姫ェェ!」

「慌てるなよ、ビス子……!」

 

 短く詰まった砲撃音――Gアンバーが盾を失ったゲルズゲーを貫く。爆発音を背中に感じながら、エイトはF108を飛翔させた。バーニアスラスターを全開、ツバメのように丘を翔け上がる。ローエングリン砲台の近接防衛火器(CIWS)が起動し、機銃掃射が襲い掛かってくるが、

 

「邪魔なんだよ!」

 

 投げつけたビームライフルが防衛火器に直撃し、爆発する。空いた左手の甲に、エメラルドグリーンに輝くビーム刃を噴出させる。エイトがF108の両腕に仕込んだ近接格闘武器、粒子加速式のビームブレードだ。

 

「終わらせろ、ガンダム!」

 

 F108の両目(デュアルセンサー)がひときわ強く輝きを放ち、ビームブレードを鋭く突き出す。いまだに冷却の終わらないローエングリンの砲口に、エメラルドグリーンの刃が深々と突き刺さり、

 

「ぅらぁぁぁぁッ!」

 

 横一文字に一刀両断。振り抜いたその動きのまま、流れるようにF108は離脱。一瞬の間をおいて、ローエングリンは爆音と共に四散した。

 

「ハッハァ! やったなァ、エイト!」

「ビス子さん……」

 

 ふと下を見ればドムゲルグが、引き千切ったゲルズゲーの前足を、ぐるぐると振り回している。

 

「おめでとう、エイト君。キミに賛辞を贈るよ」

「先輩……!」

 

 岩場の上では、Gアンバーを抱えて片膝立ちのR7が、エイトに向かって手を振っている。エイトはF108を地面に下ろし、二人に向けて一礼した。

 

「ありがとう、ございます」

『MISSION CLEAR!!』

 

 中空にメッセージが表示され、システム音声が高らかに告げる。それと同時に、バトルシステムのコクピット表示は明度を落とし、画面は緩やかに暗転していった――

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「エイト君」

 

 茜色の夕日が、オーブの海に沈む。GBO内部の時間設定は、現実の時刻と連動している。アークエンジェルの甲板上にも、人影はまばらだ。皆、リアルで食事時なのだろうか。ビス丸はミッションが終わるなり、ぐしゃぐしゃと乱暴にエイトの頭を撫でたかと思うと、「弟どものメシ作らねェと」と言って、慌ただしくログアウトしていった。

 だから今、エイトのそばにはナノカしかいない。

 

「レベル4達成、おめでとう。これで出られる大会も、受けられるミッションも増えるよ」

「はい。こちらこそ、ありがとうございます。先輩と、ビス子さんのおかげです。僕一人では、到底クリアできるものでは」

「こら。遠慮のし過ぎは悪徳だぞ。それから、私のことはナノさんと呼びなさい」

「す、すみません……」

 

 軽く頭を下げるエイトに、「いいんだよ」と応じるナノカ。アバター越しの会話だが、呆れたように、それでいて満足げにほほ笑むナノカの顔が、エイトには見えるようだった。

 

「ところで、だ。エイト君」

 

 ナノカの声色が、少し、変わった。

 

「約束を覚えているかい。出撃前に言ったことを」

「覚えて、います」

「うん。では、話そうか」

 

 ナノカは手すりに身をもたせ掛け、遠く海の向こうに沈もうとする夕日に向かって目を細めるようにしながら言った。

 

「世界のガンプラ人口は、今や数千万人規模。日本国内に限定したってその数は、百万人は下らないだろう。それに対して、GBOジャパンランキング参加者数は、約五〇〇〇だ。この数、キミはどう受け止めるかな」

「あっ……それは……」

「父が、ね。開発者なのさ、GBOの」

「先輩の、お父さんが?」

「ああ、そうさ。それが理由の一つ(・・・・・)。父はヤジマ商事に勤めていてね。GBOの開発と運用の部署を任されているのだけれど――今期中に、GBOのプレイヤーを一万人以上に増やす。それが父の部署に課されたノルマだ。微力ながら、孝行娘だろう、わたしは。はっはっは」

 

 からからと笑うナノカの声色が、何か変だ。エイトはヘッドホン越しの音声にそう感じながらも、機械的に笑顔を作るアバターからは細かな機微は感じ取れない。

 

「あの、先輩」

「なんだい、エイト君。私のことはナノさんと」

「それが、一つなら。もう一つ、あるんですか」

「……そうだね。それも話そう、約束だ」

 

 ナノカは、少しうつむいた。長い前髪に隠れて、そのアバターがどんな表情をしているかはよくわからない。折しも、夕日は逆光だ。

 

「わたしを見下してくれないか、エイト君。馬鹿にしてほしい。話すと言っておきながら、避けて。逃げて。父の話なんて先にして、言われなければそのまま誤魔化そうと、流そうとしていた、情けないわたしを」

「言いにくい、ことなんですか」

「……うん、そうだ。正直、言いにくい。二つ目の理由も、家族の話でね。少なくとも、高校生活最後の大会を控えた三年生たちを巻き込まないようにする程度には、わたしも分別を働かせたくなる話さ。すでに巻き込んでいるキミには、申し訳ないと思う。だから――」

「じゃあ、いいですよ」

「えっ……?」

 

 驚いて顔をあげるナノカに、どこまで伝わるかはわからないが、エイトは自分のアバターに笑顔を表示させて答えた。

 

「僕は、この一週間。先輩とGBOができて、とても楽しかったです。それで先輩の力になれているのなら、それでいいんです」

「エイト君、キミ……」

「だから先輩。言いにくいことなら、今は」

 

 エイトはナノカと同じように、手すりに身を預けた。

沈みゆく夕日がきれいだ――こんな美しいグラフィックを持つGBOを、まだたったの五千人程度しか楽しんでいないのか。リアルガンプラバトルでは味わえない楽しみが、電脳世界(ネットワールド)だからこその遊び方が、ここにはある。だからもっと、知ってほしい、来てほしい。今はそれでもいいじゃないか。エイトは本気でそう思っていた。

 

「……ありがとう、エイト君」

「いえ……そうです、先輩。僕がもっと強くなったら。その時にでもまた、お願いします」

「ふふ。そうだね。その時こそは、約束するよ。すべてをキミに話そう」

 

 ナノカのアバターが、柔らかく笑う――ヘッドホン越しの声色が明るくなったからだろうか。その表情はさっきまでと同じはずなのに、きっとリアルでもナノカは笑っているのだろうと、エイトには思えた。

 

「……あと、わたしのことは、ナノさんと呼んでほしいな」

「……はい、ナノさん」

「ふふ。よろしい」

 

 ナノカの手が、まるで弟にでもそうするように、ぽんぽんとエイトの頭を撫でた。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「本当に、ありがとう。エイト君……」

 

 ナノカはGBOからログアウトし、ヘッドギアを外した。立体音響装置とヘッドマウントディスプレイが一体化したこのヘッドギアは、ヤジマ商事の試作品ということで父から受け取り、GBO用として愛用している。

 ナノカはぐーんと背伸びをしながら立ち上がり、部屋のカーテンと窓を開けた。夏のぬるい空気が流れ込んでくる。アークエンジェルの甲板上(ラウンジ)で見たのと同じ、茜色の夕日がもう沈もうとしていた。七月に入り、かなり日が長くなったとはいえ、もう夕方もかなり遅い時刻だ。部活動からの帰宅後すぐにログインし、エイトのレベルアップを手伝う。今日はなかなかに上々の成果だ。

 

「あと、二ヶ月か……」

 

 ナノカは夕日に目を細めながら、一人、つぶやく。

 あと二ヶ月の間に、エイトをレベル6まで引き上げる。無論、形だけではなく、実力を伴った状態で。それがナノカの「目的」であり「理由」であり「事情」のための、最低条件だ。

 ナノカはまとめてアップにしていた髪をほどき、薄手のシャツとスポーティなパンツ一枚という姿で、ころんとベッドに倒れこんだ。リモコンで部屋の明かりを落とし、まくら代わりのハロのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

 

「エイト君……キミは、キミは大丈夫だよね。信じているよ……」

 

 見つめるナノカの視線の先には、一台の写真立てがあった。

 そこに映るのは、幸せそうな家族の姿。

 右側の少女は、今よりもだいぶ幼い、小学生の時分のナノカ。柔らかそうなほっぺたに絆創膏など貼って、ひまわりのような笑顔を全開にしている。長い黒髪と白い肌は今と同じだが、印象はかなり違っている。そして写真の中央には、口ひげを蓄えた、白衣の男性。慈愛に満ちた表情で、ナノカの肩を抱いている。ナノカの父親だろう。笑った目元がよく似ている。

 ――そして、もう一人。ナノカの父の左腕は、もう一人の子供の肩を抱いていた。肌の色は、色白というより蒼白。笑った目元も、長い黒髪もよく似ているが、どこか儚げ。幼いナノカが太陽の下のひまわりなら、こちらの子供はひっそりと咲く百合の花というべきか。

 

「今度こそ……今度こそ、だ。待っていてくれ……トウカ……」

 

 ハロを抱くナノカの腕に、ぎゅっと力がこもった。

 ひぐらしの鳴き声が、もの悲しげに聞こえてくる。夏の生ぬるい風が開け放たれた窓から流れ込んでくる。あと、二ヶ月だ。この夏の終わりには、結果を出す。だから、それまでは――思いながらナノカは、いつの間にか眠りに落ちてしまっていた。

 




第五話予告

《次回予告》
「よォ、赤姫ェ。ローエングリン戦では、えらく登場が遅かったじゃあねェか」
「渓谷の上にも敵機がいてね。狙撃ポイントの確保に、少し時間がかかってしまったのさ」
「あァん? てめェ、レベル7だろ。レベル4のミッションぐらい、とっくにクリアしてんだろうがよォ。そん時は、狙撃はしなかったのかァ?」
「ふふ……ひとりでクリアしたからね。正面から突っ込んでいったのさ、馬鹿みたいにね」
「あのビームの嵐の中に突っ込んで生き残ったてェのか。バケモンかよ、てめェは……」

ガンダムビルドファイターズDR・第五話『ノスフェラトゥ・ゲーム』

「ん? 一人ってこたァてめェ、そん時は友達いなかったのか?」
「うぐっ……ぐすんぐすん……」


ビス子がレギュラーになりました。
感想等いただければ幸いです。よろしくお願いします。

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