ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド   作:亀川ダイブ

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Episode.35 『ハイレベル・トーナメントⅣ』

『さぁーてさて皆さんお待ちかねぇーーっ! 一回戦第四試合のお時間ですっ♪』

 

 一回戦も試合数の半分を消化し、後半戦。本戦開始からすでに二時間が経過していた。

 現実世界(リアル)では正午に差し掛かり、昼食を摂るにはちょうどいい時間だ。しかしMCゆかりん☆のテンションも、会場の熱気も、一向に下がる様子はない。ラプラスにひしめく多くの観衆たちは、むしろ食事など後回しにして、次の試合を見ることを選んでいるようだった。

 それもそのはず、中央モニターに映し出された対戦カードは――

 

《一回戦第四試合 ホワイトアウト VS フロッグメン》

 

『〝姫騎士(リアル・アテナ)〟! 〝戦乙女(ロード・オブ・ヴァルキリー)〟! 〝強過ぎた白雪姫(オーバーキルド・プリンセス)〟! そのカリスマ、その人気っぷりには、アイドルの私も嫉妬を禁じえませんっ! 今大会優勝候補、三本柱の一本っ! GBOJランキング十一位、〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟アンジェ・ベルクデン率いる、チーム・ホワイトアウトの出陣だーーーっ!』

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」

 

 ゆかりん☆の参戦表明の時に勝るとも劣らない歓声が、会場に響き渡った。ただ、歓声の質は少しだけ違う。ゆかりん☆の時は九割方が男性ファンたちの野太い声だったが、今回はかなりの割合で、女性ファイターの黄色い歓声も混じっている。

 それもそのはず、中央モニターに映るアンジェリカは、ゼクス・マーキスも着用していた、OZのスペシャルズの制服姿。中世ヨーロッパの王子様のような制服に、豊かな金髪を後ろで一つまとめにした精悍な姿は、見る者を男女問わず魅了するだけの気品があった。

 

「ヤマダ先輩、なんだか表情が……硬い、ですね」

 

 しかしエイトには、その凛とした姿の中に感じるものがあった。

 高校では生徒会風紀委員長をつとめるアンジェリカは、その役柄上、全校生徒の前に立つことも多い。その時もきりりと引き締まった表情をしているのだが、生来の品格が為すものか、その立ち振る舞いにはどこか余裕があった。

 ガンプラバトルでも然りだ。〝円卓(サーティーン・サーペント)〟の囲いを突破するという試練を達成した相手には、強者としての品位と、戦士としての礼儀の双方を持って、全力で戦う。以前のレギオンズ・ネストでも、明らかに格下であるエイト相手に、隠し武器のはずのショットシェル・フィストを全弾使い切る戦いをして見せた。

 精神的な成熟と自信に裏打ちされた余裕から来る、礼儀と品格。圧倒的強者〝白姫(ホワイトアウト)〟アンジェリカが、強過ぎるゆえの嫉妬を抱かれず、こうも支持される理由――だが今は、〝余裕〟が感じられない。

 

「……そうだね。彼女らしくはないけれど、無理もないさ」

「あの狂犬野郎があんな試合をした後じゃあ、仕方ねェよなァ……」

「ヤマダ先輩……」

 

 エイトたちがいる特設ラウンジは、一般会場のような騒がしさはない。皆真剣な面持ちで、優勝候補の試合開始を待っている。エイトはその中にラミアの姿を探すが、見つけることはできなかった。

 

『対するは! 特殊部隊さながらの闇討ちと騒乱の扇動により、ほぼ無傷で予選を勝ち上がってきた策士にして影の実力派、チーム・フロッグメぇぇンっ! 正面衝突ではホワイトアウトに分があるように思えますが、その正面衝突をしない、させないのがフロッグメンの持ち味です! この試合、一体どうなっちゃうのか……私にも、予想がつきませんよぉぉぉぉっ♪』

 

 言いつつ、ゆかりん☆は中央モニターの画面端に、ネット投票による勝利チーム予想をリアルタイムで表示させた。「予想がつかない」というゆかりん☆の言葉に反して、ホワイトアウトの得票数は九対一の圧倒的多数だ。

 この結果を受け、しかしナノカは細い顎に人差し指を軽く当て、思案顔をする。

 

「下馬評は想定通り、といったところだね。でも、彼女の精神状況(メンタル)はかなり乱れているようだし、フロッグメンはそういった綻びを突くのが上手そうなチームだ。万が一、ということも……」

「おいおい赤姫ェ、縁起でもねェこと言うんじゃあねェよ。あの姫野郎には、負けてもらっちゃあ困るぜ! まだ借りを返せてねェんだ、ドレッドノートを半分吹き飛ばされた分も、夏合宿の水泳対決の分もよォ!」

「ああ、あの時の遠泳勝負、ビス子の負けだったんだね。エイト君の手作り焼きそばに夢中で気づかなかったよ」

「あァンっ!? エイトの手料理ィっ!? なんでそれ今まで黙ってたテメェっ!? え、エイトもひでェじゃねーか、オレにはナシかよォっ!」

「えっ? いや、あれは、僕は持っていっただけですよ。作ったのは部長……」

「おやおや、それはひどいなあエイト君。私は、キミが私のために作ってくれたものだとばかり……ぐすんぐすん」

「あ、ちょ、ちょっとナノさん何で泣いてるんですか!? え、あの、ご、ごめんなさいっ!」

「こんなモン、ウソ泣きに決まってンだろーが。いい加減コイツの腹黒さに慣れろよ、エイト」

「腹黒いとは心外だなあ。あ、そろそろ試合が始まるよ。見ようか、エイト君」

 

 ナノカの表情が、一瞬でさわやかな微笑みに作り替わる。そしてナノカはソファの上で数センチばかり身を滑らせて、エイトへと身を寄せた。エイトは「画面が見にくかったのかな」と気を遣って――遣ったつもりで、自分も少しズレようとするが、反対側からナツキもぐいっと身を寄せてきた。

 

「あ、あの……ナツキさん。狭いです……」

「う、うるせェ! 黙って試合見ろッ!」

 

 ナツキに一喝され、エイトは両肘に感じる柔らかい感触に頬を染めながら、ひたすらにモニターに目を向けるしかなくなってしまった。

 それゆえにエイトは、気づけなかった。自分に身を寄せるナノカとナツキも、同様に少し頬を染めていることに。そして――

 

「ぐぬぬ……い、いくらチームメイトだからって、あんなにくっついてぇ……っ!」

 ――まだログアウトしていなかったミッツが、少し離れたソファの影で、涙目で唇を噛んでいたことにも。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

『ハイレベル・トーナメント、一回戦第四しあーい……はっじめまぁぁぁぁすっ☆』

 

《BATTLE START!!》

 

 システム音声の号令と共に、アンジェリカはお決まりの発進申告もなしに、カタパルトから飛び出した。フィールドに出てすぐ、レディ・トールギスは、真珠色の装甲に水飛沫を散らしながら着地――否、着水した。

 今回のフィールドは、清らかな湖に建つ〝古城〟。(ウィング)劇中のサンクキングダムと見ることもできるが、浅い水域に囲まれた水上の城という趣からして、どちからというと現実の世界遺産〝モン・サン=ミッシェル〟がモデルと考えた方が適切だろう。

 続いて二機の旧ザクが、レディ・トールギスのやや後方に着水する。昨今のガンプラバトルの主流である我流の改造は控えめで、ひたすらにリアル感を高める方向で工作されたガンプラだった。砂漠色(デザートカラー)に塗装された機体と同じく、装備も武骨だ。

 一機は脚部三連ミサイルポッドにザクバズーカ二丁持ち、腰にヒートホークという質実剛健な火力支援型。長距離に対応するためかバックパックからはレドームユニットが突き出し、右肩のL字型シールドには、オリジン版のようにバズーカの予備弾倉が懸架されていた。

 もう一機はザクⅠ・スナイパータイプの頭部を装備し、右手にジ・オリジン版の対艦ライフル、左手にスパイクシールドという実直な狙撃型だ。腰にはヒートホーク、そして対艦ライフルの予備弾倉とクラッカー、ハンドグレネードなどが鈴なりに連なっている。

 そして両機とも左肩のスパイクアーマーだけが、レディ・トールギスと同じ――ただし、強めに汚し塗装(ウェザリング)された――真珠色に塗られている。

 

「どうした、お嬢。いつもの『参りますわ』がないぞ」

「…………」

 

 珍しく黙り込んだアンジェリカに、チバはふぅと短いため息を零した。通常回線でも問題はないが、対艦ライフルをヤスに押し付けて手を空け、レディ・トールギスの肩に触れて接触回線を開く。

 

「お嬢。いつもの〝円卓(サーティーン・サーペント)〟じゃなくて、俺とヤスを呼んだ時点で、お嬢の腹ン中はわかっているつもりだ。ラミアの野郎を、一発ぶん殴ってやらなきゃならん……けどな、一人で気負いすぎるな」

「チバ、さん……」

「まずはここを勝つ。ラミ公をぶん殴るのはそのあとだ」

 

 旧ザクの分厚い掌が、レディ・トールギスの頭をポンポンと叩いた。

 体と心から無駄な力が抜け、じわじわと、手にコントロールスフィアの感覚が戻ってくる。美しい湖上の城の景色が、より鮮明に見える気がする。

 

「ありがとう、チバさん……さあ、仕切り直しですわ!」

 

 アンジェリカは颯爽とビームレイピアを抜刀。まさに戦乙女そのものといった、華麗にして勇壮な立ち姿を披露した。飛び散った水飛沫が、まるで宝石のようにレディ・トールギスを飾り立てる。

 

「〝白姫(ホワイトアウト)〟アンジェ・ベルクデン! レディ・トールギス! 参りますわ!」

「お嬢さま、来やしたぜ!」

 

 ヤスの声と同時、浅いはずの湖の底から、数発の大型ミサイルが飛び出してきた。MSの反応はない。ステルス性の高い特殊ミサイルだけが、湖底を這うような軌道で放たれたようだ。予選の時と同じ、実に姑息な戦闘スタイルだ――アンジェリカの頬が、上品ながらも好戦的な笑みを作る。

 

「――ヒートロッド!」

 

 ビュオンッ! 一陣の旋風、吹き荒れたヒートロッドがミサイルを全て撃墜していた。どうやら特殊な燃焼材を満載したナパーム弾だったらしく、爆散したミサイルから飛び散った粘度の高い液体が、湖の水面で燃え続ける。

 その劫火の中からアンジェリカたちは飛び出した――チバとヤスの旧ザクは後方へ、レディ・トールギスは前方へ。通常のGBOバトルでは〝円卓(サーティーン・サーペント)〟の後ろに控えるアンジェリカだが、最初から上級者しかいない大会ともなれば話は別。〝強過ぎた白雪姫(オーバーキルド・プリンセス)〟たるアンジェリカ自身が、最大最強の攻撃手(アタッカー)として最前線へ突っ込むのだ。

 

「ヤスさん!」

「へい、お嬢さま。いくらステルスでも、水中を走れば魚雷と同じ……航跡、残響、手掛かりは……方位特定! こちらですぜ!」

 

 ヤスの旧ザクは、背中のレドームユニットを低く唸らせながら、湖の対岸に向けザクバズーカをバカスカと撃ちまくった。着弾地点が左右に広がった雑な連射に見えるが、面制圧により敵をあぶりだそうとしているのだ。

 果たして、絨毯爆撃のような砲撃に耐えられなくなったフロッグメンのズサ・ダイバーが、偽装用の森林迷彩柄ABCマントを脱ぎ捨てて、湖岸の森から逃げ出すのが見えた。

 

「ふふ、逃がしませんわよ!」

 

 アンジェリカは不敵に微笑み、スーパーバーニアを全開。隼のように飛翔した。背部サブアームを伸ばしてツイン・メガキャノンを展開、速射重視の四分の一出力(クォーター・ドライブ)で、次々とズサ・ダイバーを狙い撃つ。

 しかしズサ・ダイバーも流石にこの大会にエントリーするだけあって、回避運動は中々に優れていた。ハンドグレネードがポンと破裂したかと思うとビーム攪乱幕が展開され、ツイン・メガキャノンの威力は大きく削がれる。また、撃ち抜いたと思ったらダミーバルーンで、少し離れたところから、手品のように姿を現す。手を変え品を変え砲撃を躱すその様は、カエルというよりもカメレオンのようだ。

 

「チバさん、解析は!」

「……今、終わった。ミラージュコロイドだ、間違いない」

 

 狙撃仕様機(ザクⅠ・スナイパータイプ)由来のモノアイを鈍く光らせ、チバの旧ザクは対艦ライフルのスコープを覗いていた。チバが見ているスコープ越しの景色には、解析した敵ガンプラの情報が詳細に表示されている。

 ズサはUC(ユニバーサル・センチュリー)のMSだが、その太い両足に何ヵ所か開いた丸型モールドから、CE(コズミック・イラ)の技術であるコロイド粒子を噴出させ、身に纏っていたのだ。

 

「ズサのミサイルを取っ払って、生まれた余剰スペースにこれでもかと特殊装備を詰め込んでいる。ミラージュコロイド、ダミーバルーン、ワイヤーアンカー、迷彩柄のABCマント、特殊グレネードが数種類、浮遊機雷、爆導策まで……搦め手の見本市だな、こいつは」

「使い切る前に圧倒するのが、得策ですわね」

 

 鈍重そうなシルエットのわりには、ズサ・ダイバーは素早い。出ては消えの追いかけっこをしているうちに、アンジェリカは湖のほぼ中央に聳え立つ、古城のあたりまで誘導されてしまっていた。

 

「お城に突入しますわ。サポート、頼みますわね」

「了解だ、お嬢」

「お嬢さま、さっそくですが、一番高い尖塔の根本。突入する前に一発撃っておいてくだせえ」

「了解ですわ、ヤスさん!」

 

 ツイン・メガキャノンの砲身を一段階展開・伸長し、二分の一出力(ハーフ・ドライブ)。並のガンプラでは出力全開でも押し負ける破壊の閃光が、古城の尖塔を直撃した。爆発し、石造りの尖塔が崩れ落ちる――その光景の一部が、古いテレビ画面のように歪んだ。ミラージュコロイドが強制的に解除され、隠れていたズサ・ダイバーが城の奥へと逃げ込むのが見えた。先ほどのカメレオンのような機体とは異なり、右腕の特殊ミサイルがまだ残っていた。二機目、ということか。

 アンジェリカを城内に誘い込み、後衛部隊と分断するのが狙いのようだ。策士を自認し、搦め手を得意とするフロッグメンとしては、いささか単純すぎる作戦にも思えるが……アンジェリカは一秒だけ思案し、決断した。

 

「わかりやすい誘い込み……でも、追いますわ!」

「お嬢さまが出てくるまでには、もう一機も探し出しておきやすぜ」

「ついでに撃墜もしておく。なるべくな」

 

 後衛との分断が目的なら、後衛の二機を地上に押し留める役割の機体がいるはずだ。ヤスはレドームを全力稼働し、広域探査。チバはスコープを覗き込んで、周辺の怪しい場所を精査し始める。

 

「チバさん、ヤスさん。お任せいたしますわ」

 

 アンジェリカは通信機越しのチバとヤスに軽く笑いかけ、レディ・トールギスを古城の内部へと突入させるのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「ヤマダ先輩だけ、城内に入りましたね……これは……?」

「地下……墓地……? みてェだな、こいつは」

 

 観戦用モニターが左右に分断され、地上と地下の両フィールドを映し出すようになった。ミラージュコロイドで身を隠しているフロッグメンのガンプラたちは、カメラも追いきれないという設定らしい。画面に写っているのは専ら、湖畔で重火器を構える二機の旧ザクと、螺旋階段を下りきって、広大な地下墓地(カタコンベ)へと足を踏み入れたレディ・トールギスだけだ。

 

「しかしまァ、GBOのデザイナーってのはよっぽど職人気質か、じゃなきゃ暇人だぜ。見ろよエイト、あの墓石とか、そこの骸骨とか、完成度ヤベェぞ。奥の壁なんて、一面びっしりドクロの塊じゃあねェか。幽霊の一つや二つ、出てきそうな……」

「ぐえっ!?」

 

 突然エイトの喉がぎゅっと潰され、変な声が出た。ナツキが驚いて目を向けると、

 

「はははは、おおおおオバケなんてそんな非科学的なモノがこの文明の最先端たる電子の海のGBOに出るわけがががが」

「べべべ、別に怖くなんかないんだからねっ! ああああ、アカツキエイトが怖がってるから、仕方なく抱っこしてあげてるだけなんだからねっ!」

「……赤姫はともかく、なんでテメェがいるんだチビッ子」

 

 エイトの首には蒼白な顔であちこちに目を泳がせるナノカがしがみついており、腰には涙目でふるふると肩を震わせるミッツが抱きついていた。喉と腹とを同時に締め上げられたエイトは顔を赤や青に目まぐるしく変色させながらもがいているが、怖がり二人は一向にエイトを離そうとしない。仮想の体(アバター)でなければ死んでいるところだ。

 

「な、ナツキ、さ……たす……て……!」

「ッたく、めんどくせェなァ。いつもの分厚い面の皮はどうしたんだよ、赤姫」

 

 ナツキは気だるげに頭を掻きながら、ガタガタ震えるナノカとミッツを引きはがしにかかるのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 そういう設定がされているのか、はたまた、この地下墓地(カタコンベ)というフィールドがもたらす錯覚か。ズサ・ダイバーを追って階段を下り切ってからこちら、どうにもひんやりと、空気の温度が下がったように感じる。

 

(……予想とは、少し違いますわね)

 

 MSが十分に立ち回れるほどの、広大な空間。現実にはまずありえないサイズの巨大な空洞が、古城の地下には広がっていた。メラメラと燃える松明に照らされた足元には、リアルな質感で再現された人骨が散乱し、レディ・トールギスが一歩踏み出すたびにパキパキと骨の砕ける音が空間に反響する。

 しかしこの人骨、どう見ても生前の身長はモビルスーツ並みだ。この縮尺の狂い具合は、きっと意図的なものなのだろう。墓石のサイズもそれにならい、MSの体格でも身をかがめれば遮蔽物として利用できそうな大きさだった。

 

(このフィールド、相手に有利で私には不利……)

 

 薄暗く、遮蔽物が多く、足音が反響する――煌めく純白の鎧を身に纏ったレディ・トールギスなど、不意打ちを狙う側からしてみれば恰好の的だ。アンジェリカは状況を冷静に分析し、満足げな表情でぺろりと唇を舐めた。

 

「さて、どこから来るのかしら……!」

 

 レディ・トールギスの背後、朽ちかけた墓石がぐにゃりと歪んだ。音もなく光学迷彩(ミラージュコロイド)を解除し、ズサ・ダイバーは逆手に構えたアーミーナイフを振り下ろす!

 

「奇襲だからって、背後ばかりだと芸がないですわね」

 

 アーミーナイフの切っ先は、レディ・トールギスに触れることなく止められていた。瞬時に逆手に持ち替えられたビームレイピアが、ズサ・ダイバーの手首を貫いていた。アンジェリカはビームレイピアを引き抜きながら機体をぐるりと反転、同時に再び順手に持ち替えて、フェンシングよろしく鋭い刺突を繰り出した。

 

「お返ししますわ!」

 

 拍子抜けするほどあっさりと、ビームレイピアはズサ・ダイバーのモノアイを貫いた。しかし同時、ズサ・ダイバーの野太い腕が、がっちりとレディ・トールギスの腕を掴んでいた。

 

「……ヤドクよりトノサマへ。目標補足。自爆する」

 

 接触回線が開き、相手ファイターの平坦な声が聞こえた。ズサ・ダイバーの装甲の隙間から赤い光が漏れ始め、噴火直前の火山のように鳴動した。宇宙世紀系MSの動力機関は〝核〟だ。その意図的な暴走と自爆は、核弾頭に匹敵する威力を発揮する。

 

「へえ、思い切りのいい作戦ですわね」

「終わりだ〝白姫(ホワイトアウト)〟」

 

 ゴッ……ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ヤドク機の自爆は地下墓地全体を激しく揺さぶり、身を隠していたトノサマ機の頭上にパラパラと石の粉が降ってきた。高熱と爆風をやり過ごす中で、コロイド粒子は60%を消失。偽装効果もほとんど失ったので、光学迷彩(ミラージュコロイド)を解除して墓石の影からそっと頭を出した。

 

(……えぇい、〝白姫(ホワイトアウト)〟のガンプラは化け物か)

 

 燃え盛る炎、吹き飛ばされた墓石や遺骨――そのただ中に、悠然と屹立する白銀の姫騎士(レディ・トールギス)。さすがに右手はボロボロだったが、核動力を積んだMSの自爆を至近距離で受けてその程度の損傷というのが、常識外れにも程があるというものだ。

 宇宙世紀モノのガンダム作品なら、リアル感がないと脚本家が叩かれるところだろうが、これはガンプラバトル。〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟のガンプラは、それほどまでの完成度を誇るということなのだろう。

 

(核実験でも沈まぬ〝長門〟を見た米軍将兵も、こんな心境だったのか……)

 

 軍事マニアらしい感傷。ゾワリと、鳥肌が立つ――しかし、トノサマの策は何重にもある。ヤドク機の自爆でも仕留めきれない可能性はあった。その時のために、自身は大型特殊ミサイルを温存して地下墓地の片隅に潜んでいたのだ。地上の抑えをガマ機だけに任せるのは危険な賭けだったが、やはり、この〝強過ぎた白雪姫(オーバーキルド・プリンセス)〟は一筋縄ではいかない。

 

(作戦、第三段階へ移行……)

 

 いくら耐えたとはいえ、装甲は大幅に耐久力を削られているはずだ。また、機体は無事でも、核爆発に伴う高熱と電磁パルスによって、通常のセンサー類はしばらく不能になる。この機を狙わぬ手などない。トノサマは墓石を砲座代わりにして、右腕の大型特殊ミサイルをレディ・トールギスへと向けた。

 

(回避不能な千二百発のベアリング弾――クレイモア・ミサイル、その弱った装甲では受けきれまい)

 

 硬質なベアリング弾を広範囲に拡散する、実在の対人地雷にヒントを得た特殊弾頭。目と耳を塞がれ、装甲も弱った相手を葬るには十分すぎる火力だ。

 しかしトノサマは油断せず、慎重に狙いを定める。スコープを覗き、レディ・トールギスをその十字線の中心に捉え――メガキャノンがこちらを向いている!?

 

「ば、馬鹿なっ!?」

 

 ズオォォォォンッ!

 圧倒的な光の渦が、墓石ごとトノサマ機の右腕を呑み込み、焼き尽くした。虎の子のクレイモア・ミサイルも消滅し、トノサマは無様に尻餅をつく。

 

「当たるものですわね、カンというのも」

 

 次の瞬間には、直剣状に固定されたヒートロッドが、トノサマ機の脇腹を貫いていた。続いてショットシェル・ヒールが炸裂し右足を撃ち砕かれる。片手片脚を失い、コンディションモニターは真っ赤に染まって叫びをあげた。

 トノサマは一気に噴き出してきた額の汗を拭いながら、次の手を考える。策はまだある、常に数パターンの展開を予想し、対応策は多重に張り巡らせている。しかし、まさか、ここまでの実力差があるとは。敵の戦力評価を誤ったことは、認めねばならないだろう。

 

「ふ、ふふ……カン、だと? 神かニュータイプにでもなったつもりか、〝姫騎士(リアル・アテナ)〟」

 

 まずは、時間稼ぎだ。ガンダム好きに共通する特徴として、この手のバトル中の会話には付き合いたくなってしまう傾向がある。ひっかかってくれ、とトノサマは祈る。

 

「努力と鍛錬と、そして親から授かった才能。その賜物ですわ」

「ほう、ぜひあやかりたいものだ。策を巡らせるしかない、地を這うカエルとしてはな」

 

 不敵な笑みを作りながら、トノサマは内心で安堵した。これで二十秒は稼げる。コントロールスフィアを片方引っ込め、キーボードを展開。会話を続けながら、片手でキーを叩き続ける。

 

「しかし目も耳も塞いだ状態で撃たれて、カンだと言われては我らの沽券に関わる。何か秘密があるのだろう? 冥途の土産ぐらいは、貰いたいものだな」

「ふぅん、困りましたわね。私にも、カンとしか言いようがないのですけれど――特殊なシステムだとか、特別な異能だとか。そう言ったものは、私には何もありませんわ」

 

 事も無げに言い切るアンジェリカに、トノサマの口から乾いた笑いが漏れた。

 

「ふ、ふはは……まるで反則(チート)だな、貴様は。だから凡人の我らは、こんな手を使うしかない」

 

 音声、画像、大会中継映像から吸い出し。データ改変、合成完了。万が一に備えて下準備は試合前にしておいたが、まさか本当に使うことになるとは。すぐにばれるだろうが、一瞬でも動揺が誘えれば十分だ。トノサマはエンターキーを叩き、データをアンジェリカへと送り付けた。

 

『オ、お嬢さマ……申シ訳、アりマせん……』

「……ラミア!?」

 

 顔面に殴られたようなアザが浮かび、古びたパイプ椅子に半裸で縛り付けられたラミアの映像。

 

(かかった!)

 

 レディ・トールギスの拘束が緩んだ。トノサマは最後の力を振り絞り、身を捩って脇腹のヒートロッドを引き抜く。左腕に仕込んでいたビームサーベルを起動、呆然と立ち尽くすレディ・トールギスの心臓部目がけて、一直線に突き出した。

 

「所詮は小娘だ、これで終わ」

 

 ガオォォンッ!

 左腕が吹き飛んだ。レディ・トールギスの拳から、硝煙が細くたなびいている。神速のショットシェル・フィスト――トノサマには、いつ殴られ、いつ撃たれたのかすらわからなかった。

 

「ラミ、アを……ッ」

 

 ツイン・メガキャノンの砲身が、最高出力状態にまで展開された。向かい合う板状の銃身の間に、半ばプラズマ化したビーム粒子が渦を巻き、放電し、雷鳴のような轟音が響き渡る。放電の一部が掠っただけで、墓石がひとつ、消滅した。

 今まで青かったレディ・トールギスの目が、煮え滾る溶岩のように燃えていた。

 

「ラミアをぉぉ……ッ!!」

 

 トノサマの額の汗が、じっとりとした脂汗に変わる。

 これは、まずい。策を、誤った。多くの戦場を卑怯者と罵られながら渡り歩いてきたトノサマをして、初めて感じる悪寒が背筋を駆け上がった。

 

「き、気づいていると思うが、今の映像はフェイクだ。謝罪する。わ、我らは、このバトル、降参す……」

「嘘でも何でもッ!」

 

 みなまで言わせず、ツイン・メガキャノンがズサ・ダイバーの顔面に突き刺さった。槍でも剣でもない砲身を、アンジェリカは怒りに任せて力の限り捻じ込んでいく。そして、

 

「私の親友をッ……騙るなアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 目を細めてスコープを覗き込むチバの口元に、僅かな笑みが浮かんだ。

 

「手間ぁ、取らせてくれたな」

 

 ガォンッ! ガンプラと同じく武骨な銃声が轟き、125㎜対艦ライフル弾がズサ・ダイバーを撃ち抜いた。

 逃げて隠れてスモークを焚きダミーバルーンを飛ばし、時間稼ぎに終始していた三機目のズサ・ダイバーも、脳天に風穴を開けられてようやく静かになった。チバは片膝立ちの狙撃姿勢だった旧ザクを立ち上がらせ、ライフルのボルトを往復させた。本来、ジ・オリジン版の対艦ライフルはボルトアクションなど必要ないタイプの銃なのだが、わざわざ一手間増やした改造は、狙撃手としてのチバのこだわりだ。

 

「ヤス、機体の損傷は」

「へい、バズーカを一本。GBOでよかったっすわ。コイツは、お嬢さまと作ったお気に入りでやすからね」

 

 GBO特有のシステム〝ダメージレベル・O〟。たとえGBO上で大破し撃墜されても、現実のガンプラは無傷だ。チバやヤスなどの仕事を持つ社会人ビルダーには、戦うたびにガンプラが壊れていては修理する時間もない。その点で、ダメージレベルAと同等にガンプラの限界性能を引き出せて、なおかつ修理の手間もなく全力で戦えるGBOの存在は、非常にありがたいものだった。

 

「あとは、お嬢が地下のカエルどもを片付けて終わりだな」

「……チバさん、振動を検知しやした。地下から膨大なエネルギー、出やす!」

「お嬢だな。しかし地下でメガキャノンたぁな……カエルども、何か逆鱗に触れたな」

 

 チバが古城の方へ目をやると同時、古城は跡形もなく吹き飛んだ。凄まじいまでのエネルギーの奔流が天に向かって轟々と噴き出し、周囲の水は一瞬にして沸騰した。そして残されたクレーターに熱水と化した湖水がどうと流れ込み、もくもくと白く水蒸気を上げる滝つぼを形作った。

 沸騰した大瀑布の中心で、白銀の戦乙女が腕組みをして立っている。その目に光はなく、うつむき加減で、アンジェリカの心境を窺い知ることはできなかった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

《BATTLE ENDED!!》

 

 がらんとした広い空間に、快活なシステム音声が響いた。

 ヤマダ重工の女子寮、一階談話室。そもそも女子社員の少ないヤマダ重工において、女子寮はいつも閑散としている。ましてや、日曜日ともなればその数少ない女子社員たちも、実家に帰るなど寮にいない者が多い。人気のなさはいつも以上で――談話室にはただひとり、ここ以外に帰る家を持たない、ラミアだけがいた。

 

「ああ……あぁぁああ……!」

 

 ラミアは、泣いていた。両手で顔を覆い、人目がないのをいいことに、まるで幼児のように泣きじゃくっていた。パソコンの画面には、敬愛するアンジェリカと、工場での兄貴分のヤス、父親代わりのチバの姿が映っている。

 

「ああ、お嬢さま……私を、私を親友だなんて……!」

 

 自分の弱さを恥じ、避けるような態度を取って、勝手に別チームでエントリーして――心配と迷惑をかけ続けている自分を、〝親友〟と言ってくれた。ガンプラバトルも、そして心も、弱くて、弱くて、弱かった私を、お嬢さまの前から逃げ出した私を、それでも〝親友〟と言ってくれた。涙が止まらない、そして喜びが止まらない。ラミアはしゃくりあげながら、がばっと顔を上げた。

 

「嬉しい……ラミアは嬉しいです、お嬢さま……それも、これも、すべて――」

 

 そして、その口の端を、ニヤリと歪めた(・・・・・・・)

 

「――ラミアが、強くなったからですね!」

 

 心から晴れやかに、一点の曇りもなく。光のない目で天を仰いで、ラミアはそう言い切った。

 

「あの〝最強概念(ゴッドマドカ)〟を倒した! セルピエンテは手足のように使いこなせる! 今の私なら、赤姫だってあの小さいのだって、もう敵じゃあない! 爆撃女もまとめて喰い千切ってやれる! 私は強いんだ、強くなれたんだ! だからもうお嬢さまのとなりにいてもいいんだ! あはは! あーっはっはっはっは!」

 

 目の前のパソコンにつないだGPベースには、丁寧に磨き上げられた、セルピエンテが載せられていた。ラミアは声高らかに哄笑しながら、セルピエンテへと熱の籠った視線を送る。

 

「ああ、セルピエンテ! もっと戦おう、もっと壊そう! 勝てば勝つほどお嬢さまに近づける……お嬢さまに、私だけを見てもらえる! お嬢さま……あぁ、お嬢さまぁ……っ!」

 

 ラミアは忘我の表情で、自身の体を抱きしめるようにして身悶えた。狂喜とも、狂気ともいえる至福の表情を浮かべるラミアの前で、ただのプラスチックの塊に過ぎないセルピエンテは、不気味に佇むだけだった。

 そして、GPベースにも乗せられず、パソコンの横に無造作に転がされたラミア専用のサーペント・サーヴァントは――何も言わず、ただそこに転がっているだけだった。




《次回予告》

「ごく、ごく、ごく……ふぅー、生き返るー。差しいれアリガト、(プロデューサー)さんっ♪」
「実際にはパソコンの前でしゃべっているだけとはいえ、やっぱりテンションは上がっちゃうからね~。喉が渇いて仕方なかったわ~」
「一回戦もあと二つ、まだまだ先は長いわね~……でも、がんばんなきゃねっ♪」
「何せ私は、みんなのガンプラネットアイドル、ゆかりん☆なんだからっ♪」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第三十六話『ハイレベル・トーナメントⅤ』

「え? ナニナニ、Pさんっ? もう、うじうじしてないではっきり言ってよ~☆」
「親衛隊たちが『ユカリ様モードで見下して罵ってほしい』って言ってた……?」
「……変態どもが。撃ち殺してやろうか」
「あれ、どーしたの(プロデューサー)さんっ? なんで鼻血をだらだらと……?」



◆◆◆◇◆◆◆



ようやく一回戦も四試合目が終了!
アンジェリカお嬢さまはまだラミアを親友だと思っているようですが……狂犬ラミ公、壊れ過ぎです(笑)
そしてふくらみと平面に挟み込まれ窒息しかけるエイト君(笑)
ハイレベル・トーナメント編がなんだかラミ公編もしくはエイトハーレム拡大編みたいな感じになってきましたが、ちゃんとバトルはしていきますので、今後もよろしくお願いします!
感想・批評もお待ちしています!







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