ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド   作:亀川ダイブ

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鉄血のオルフェンズが面白い今日この頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
亀川はオルフェンズが好き過ぎて、今回、大会の途中にも関わらず、無理やりオルフェンズ要素を入れ込んでおります。通常のガンプラバトル大会ではありえない展開になっていますが、そこはまあ、GBO運営のチャレンジ精神ということでご了承いただければと思います。
とまあ、言い訳はこのぐらいで。どうぞご覧ください!


Episode.36 『ハイレベル・トーナメントⅤ』

「んっふっふー。随分とおアツくなっとるなー、ヤマダのお嬢ちゃんは♪」

 

 特設ラウンジの一角、メインモニターがよく見えるバーカウンター。一回戦第四試合のハイライト――アンジェリカの怒りの咆哮と、天を衝くメガキャノンの光――を眺めながら、エリサはグラスを傾けていた。

 その中身は度数の強い酒だったが、しかしここは電脳空間(GBO)。見た目が小学四年生のエリサがぐびぐびと酒を煽っていたところで、誰が咎めるものでもない。もっとも、エリサの実年齢的には咎められる理由もないのだが。

 

(……まさか姐御が本当は二十歳だなんて気づける奴が、そういるわけもないがなぁ)

 

 その一方で、実年齢はまだ二十五なのに三十代後半に見える店長は、実に絵になる様でグラスの底に残っていた酒をぐいっと飲み干した。

 

「ここを勝てば次はアンジェリカちゃんたちと当たるんですぜ、姐御。余裕に構えるのもほどほどにしとかねぇと」

「よゆー? んっふっふー、そんなモン欠片もないなーい」

 

 台詞に反して、表情は実に緩い。にやにやしたいつもの笑顔で、酒を煽りながら言葉を続ける。

 

「前にエイトちゃんとやりあったときにも言うたけど……あんなバケモン、勝てる気がせぇへんわ。よーく作戦考えんとなぁ」

「ナニ言うかエリエリぃ! 誰の相手するも、メイファ、エリエリ守るヨ!」

 

 目をハートにして後ろから飛びかかってきたメイファを、エリサは回転椅子をクルクルさせて華麗に回避。メイファは「ぷぎゃ」と子猫のような悲鳴を上げて、店長の分厚い胸板に顔面から突っ込んでいった。

 

「むぐぐ、何するかテンチョー! オトコに用はないあるヨ!」

「ないあるってどっちだよ」

 

 どう見ても二十歳前後の中華美人だが実は残念美人な小学六年生・メイファを、店長は溜息をつきながら引き剥がす。

 

「んで。どうするんです姐御、アンジェリカちゃんの攻略法。核動力の自爆を耐える装甲に、地形を変えちまうレベルのメガキャノン。殺陣(チャンバラ)だって姐御とタイマン張れるレベルだ。まあ、メイファのドラゴンストライクなら――」

 

 切れ長のツリ目をさらに怒らせてぶーたれるメイファを、ちらりと見る。

 若干十二才にして、神戸心形流の粒子変容技術の免許皆伝を言い渡された逸材、メイファ・李・カナヤマ。エリサは心形流道場にいた頃、大阪のヤサカ・マオ以来の天才と言われていたが、年齢だけを考えればメイファはそれを凌いでいる。そのメイファが作り上げ、そして操るドラゴンストライクは、粒子変容技術と中華拳法の組み合わせにより、ある特別な攻撃方法を持つのだ。

 

「――ヒットさえすりゃあ、何とかなりそうな気はしますがね」

「安心無用ネ、エリエリぃ♪ メイファが根こそぎブッころあるヨー♪」

「それを言うなら心配無用だ。日本何年目だよお前さんは」

 

 またもエリサに抱きつこうとするメイファの首根っこをむんずと掴み、座席に押し戻す。

 エリサは店長に「にひひ」と笑って見せながら、バーテンダーに酒のおかわりを注文した。

 

「まあ、そやなあ。ウチとメイファが前衛、二人掛かりでお嬢ちゃんを抑え込む。その間カメちゃんには、渋い旧ザクたちを足止めしといてもらおか……地力が不足しとったけど、カエルちゃんたちの作戦も、そう悪くはなかったってことやな」

「あ、あのぅ……」

 

 バーテンダーから酒を受け取ろうとしたとき、控えめに、喉の奥から絞り出すような声がした。エリサが声のした方を見ると、見た目の年齢はエリサより幾つか上だが、実年齢はエリサより少し下らしい色白な少女が、そこにいた。

 

「んーっと……お嬢ちゃん、もじもじしてどしたん? おしっこ我慢しとるん?」

「ち、違いますぅ。ここ、これはクセみたいなもので……じゃなくて、ですね……」

 

 地味な黒髪に地味な黒縁眼鏡、地味なスカートに地味なセーター。せっかく仮想の体(アバター)なんだから着飾ればいいのに、地味であることに全力を尽くしているような少女だった。その地味娘は、ふるふると全身を震わせながら、勇気の限りを振り絞りました、といった声色で言葉を続けた。

 

「ま、まだ一回戦が終わってもないのに、次の試合の作戦を考えるなんて……そ、そのぅ……少し、気が早すぎるんじゃ、ないかと……あのぅ……わわ、私達だって、負けない……うぅ、そのぅ……」

 

 ただでさえ小さかった声が、最後の方はもはや蚊の鳴くようなかすれ声となり、少女の口の中で消えていく。そして、

 

「す、すみません出直してきますぅぅーー」

 

 その叫びすら、聞き取れるギリギリの小声。色白な彼女は泣き出す直前のような顔をして、だだーっとその場から走り去っていった。その途中で、アバターが粒子の輝きに包まれ、転送されていく。

 

「しし、試合会場で、お会いしま……」

 

 色白な地味娘は、登場と同じぐらい唐突にエリサたちの目の前から消えていった。

 

「転送された……ってコトは、あのお嬢ちゃんがウチらの次の対戦相手なんやんな?」

「チーム・トライアンドエラー……GBOでは古参だな。大会上位入賞はないが腕は確かで、〝無冠の実力派〟なんて二つ名があるぐらいだ。俺も戦ったことはないが、特に電磁加速砲(レールガン)使いの狙撃手が超エース級の技量だとか」

「無問題ヨ! メイファが全部ブッころあるヨ!」

 

 メイファが鼻息も荒く叫ぶのと同時、メインモニターのど真ん中に、元気いっぱいにゆかりん☆の横ピース姿が飛び出してきた。

 

『さぁーてさてさて、みなみなさぁぁん! 一回戦第五試合のお時間が、近づいて参りましたぁーっ! 〝最速記録更新(レコードホルダー)〟エリィ選手率いる新星(ニューカマー)、チーム・アサルトダイブとぉーっ! ついに予選突破を果たした古参(ベテラン)にして〝無冠の実力派(アンクラウンド)〟! チーム・トライアンドエラーの対決でーすっ!』

 

 画面越しに可憐なウィンクを投げるゆかりん☆に、ファンたちのテンションは急上昇。そんな一般会場を眼下にして、エリサはいつものように「んっふっふー」と笑みを浮かべた。

 

「MCのお嬢ちゃん、上手いこと煽るやないの。ウチらを悪役にしたいらしいで、カメちゃん」

「フフン。今のうちに吠えるおくヨロシ、メイファとエリエリがスクラップしてやるネ!」

「了解だ、姐御。いくぜ、メイファ。作戦はフィールドを見て決めるってことで」

 

 目の前にポップアップしてきたウィンドウに、待機エリアへの転送ボタンが表示されている。店長はエリサとメイファと三人で頷き合ってから、力強く掌でボタンを叩いた。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

《一回戦第五試合 アサルトダイヴ VS トライアンドエラー》

 

 VR表示された対戦カードを、乾いた風が撫でる。

 どこまでも広がる荒涼たる赤い大地に、モビルスーツの身長を優に超える深い渓谷が縦横無尽に走っている。それぞれがかなりの距離を置いて点在する建造物群は、あるものは旧式の農業プラント、あるものは古びた居住区だ。目の届くギリギリの位置には、レアメタル採掘場らしいすり鉢状の大穴も見えた。

 今回の舞台は、火星――鉄血のオルフェンズ劇中、クリュセ自治区近郊のようだ。

 

「カタパルトじゃなく、最初からフィールドに放り出されるってことは……」

 

 セカンドプラスの太い脚が、乾燥した赤土をがっしりと踏みしめる。その左右には、紫色の忍者風AGE-1、エリサのシュライクと、背部装備(ストライカーパック)ナシの緑色のストライク、メイファのドラゴンストライクがいた。通常のガンプラバトルでは、仮想(VR)カタパルトで出撃宣告をするのがパターンだ。それがなく、いきなりフィールドに立たされるというのは、GBにおいては何か特別なVRミッションをするときによくあることだ。

 

「んっふっふー。わかるで、カメちゃん。ウチはこのゲーム、初心者やけど……運営が何か仕掛けとる、ってことやんな?」

「あ! エリエリ、カナメ兄サン! アレ見るヨ!」

 

 ドラゴンストライクが、普段のメイファそのものの様子でぴょんぴょん飛び跳ねながら渓谷を指さした。ドラゴンストライクにはメイファの中華拳法を再現するためにモビルトレースシステムが積まれているのだが、その性能はこんなところでも如何なく発揮されているようだ。

 

「……ありゃあ!」

 

 メイファの指先が示すものを見て、店長は目を見開いた。

 火星の乾いた大地を踏み砕き、赤茶けた土煙を舞い上げながら迫り来る小型機の大群。昆虫のような前腕に、ドリル状になった尻尾。機体正面の真っ赤なモノアイが、無感情な殺人マシーンそのものといった無慈悲な輝きで獲物を探している。

 

「プルーマ……! 火星、クリュセ……そういうことかよ!」

『おぉぉっとぉぉ! これは第五試合にして初のパターン、第三勢力が介在する特別バトルだーーっ! 多種多様なバトルが楽しめるGBOの特徴は、大会中でも健在だーーっ!』

 

 店長の言葉に被せるように、ゆかりん☆のアナウンスが響いた。同時、プレイヤーたちの視界の中央に、今回の特別バトルのルールがポップアップしてきた。

 

 

【ハイレベル・トーナメント一回戦第五試合 特別ルール】

・三対三のチームバトル。ただし、第三勢力が介在する。

・各チームに戦闘力皆無の防衛対象を設定。第三勢力無人機(プルーマ)の防衛対象侵入により敗北となる。

・渓谷最深部で待ち受ける第三勢力指揮官機(ターゲット)に、より多くのダメージを与えたチームの勝利とする。(ターゲットを撃破したチームの勝利ではなく、累積与ダメージ値で判定)

・通常バトルと同様に、敵チームへの攻撃も可。敵チームを全滅させても勝利とする。

・試合時間は十五分間。なお、ターゲット撃破、もしくはプルーマの防衛対象侵入で試合終了とする。

 

 

『チーム・アサルトダイブの皆さんは、オルフェンズ劇中でクッキー&クラッカ姉妹の通う孤児院と学校が! チーム・トライアンドエラーの皆さんは、同じく劇中でプルーマたちの猛威にさらされた農業プラントが! 防衛対象として設定されまぁぁすっ♪』

 

 レーダー画面に、アイコンが追加された。店長たちの背後500メートルほどの地点に、クッキー&クラッカ姉妹の顔を模したらしい可愛らしいアイコンが表示されている。孤児院の位置が劇中の設定とは違うようだが、ゲーム上の演出と見るべきだろう。おそらく農業プラントも、劇中で描かれたのとは違う位置にあるはずだ。

 

「んっふっふっふっふー♪ バトル大会やのに、直接戦わんとも勝負がつきうるルール……(リアル)の大会ならクレーム必死やな」

「ま、GBOの運営は野心的だからな。姐御、台詞のわりには楽しそうな顔をしてますぜ?」

「ありゃ、バレた? んっふー♪」

 

 ぺろりと舌を出し、いたずらっぽくウィンク。エリサはやる気に満ちた表情で、コントロールスフィアをぎゅっと握りなおした。

 

「あの物量をたたっ斬るなんて、リアルのガンプラバトルじゃあそうそうないやろ? おまけにデカブツが控えとるなんて……いやあ、滾るわ~、滾ってきたわぁ~!」

 

 メイファのモビルトレースシステムではないが、エリサのシュライクも、心なしかウキウキしたように身を震わせていた。店長は「仕方ねぇなあ」と苦笑いをしながら溜息を洩らし、セカンドプラスに砲撃態勢を取らせた。

 

「双子ちゃんのお守りは俺に任せてくれ。姐御とメイファはプルーマに突撃、そのままデカブツんとこまで突っ切って、きっちりポイント稼ぎを頼みますぜ!」

「んっふっふー♪ ウチに任しときー♪」

「御意あるヨ、カナメ兄サン!」

 

 紫と緑、二機の軽量格闘型ガンプラが、弾かれたように駆け出した。

 シュライクは愛刀〝タイニーレイヴン〟の柄に手をかけ、高速疾走状態からの抜刀術を狙っている。同じく地を蹴って駆けるドラゴンストライクは、両の掌を平手の形で構え、その表面にプラフスキー粒子の輝きを収束させた。

 

「アカツキ・エリサ、AGE-1シュライク! いっくでー♪」

「メイファ・李・カナヤマ、ドラゴンストライク! 出るアルヨーっ♪」

『それではぁっ♪ ハイレベル・トーナメントぉ、一回戦第五しあーい……せーのっ、ゆっかゆっかりーーんっ☆』

 

《BATTLE START!!》

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「はわっ、はわわわわ……ご、ごめんなさい、ごめんなさぁぁい」

 

 半泣きの声色で、目尻に涙を浮かべながら、トライアンドエラーの前衛・BFN:ジャックはコントロールスフィアを振り回していた。

 現実(リアル)でも仮想体(アバター)でも、とにかく地味で目立たない外見。オシャレなんて自分のような不細工には似合わないと思い込み、いつだって俯いていて、人と会話すれば五秒に一回「ごめんなさい」と言う彼女だが、

 

「え、えぇい」

 

 グッシャアアアアッ!

 バトルスタイルは、えげつなかった。

 

「と、とりゃあぁぁ」

 

 ズシャアアアアンッ!

 斬るというよりは、叩き斬る。いやむしろ、一撃で真っ二つになったプルーマの断面は〝叩き潰す〟といった方が正確に見えた。

 トライアンドエラーの前衛パワータイプ、ジム・トライアル三号機〝ピーコックテール〟。その名のとおり孔雀の尾のように広がった高出力ブースターユニットによる突撃力と、ジム・キャノンⅡをベースにした太く頑強な手足から繰り出すパワーに溢れた一撃が特徴だ。

 その右手にあるのは、オルフェンズの世界観でも通用しそうな、重量級の実刃の大鉈(マチェット)。刃が赤熱しているところを見るに一応はヒート兵器のようだが、赤熱化していなかったとしてもその重量がもたらす破壊力は絶大であろう。ナノラミネートコーティングされているはずのプルーマたちを、ピーコックテールはばっさばっさと薙ぎ払っている。試合開始三分、すでに撃墜スコアは二十を数えた。

 

「いやあ、ははははは。いつものことながら、ジャックちゃんはえげつないなあ」

 

 背後からピーコックテールに飛びかかろうとしたプルーマが、穴だらけになって爆散した。

 

「鉄血系の機体相手じゃあ、ビームは威力半減だ。俺の出番はあんまりなさそうだな」

 

 飄々とした様子でそう言いながらも、完成度の高い二丁持ちビームマシンガンでナノラミネートアーマーを貫通してみせたのは、ジム・トライアル一号機〝レイヴンクロー〟とそのファイター、BFN:クロウだ。

 レイヴンクローは両手のビームマシンガンと両腕のガトリングガンを辺り一面にばら撒きながら、ピーコックテールに取りつこうとするプルーマたちを牽制し、流れをコントロールしている。ジム・カスタムをベースにブースターやチョバムアーマーを追加した中距離戦型という特性を活かした、的確な援護だ。

 

「そそ、そんなこと……クロウさんの援護のおかげで、わ、私、突っ込めるし……」

 

 言いながらジャックは、左腕のシールドをプルーマの顔面に叩き付けた。同時、隠されていたシールドシザーズが左右からプルーマを挟み込み、力任せに破断。撃墜数、プラス1。両肩のビームガトリングで弾幕を張り、抜けてきた数機をマチェットでまとめて斬り伏せる。撃墜数、プラス3。

 その様子を見て、クロウはひゅうと口笛を吹いた。

 

「ははは、やっぱりえげつない攻撃だ。ジャックちゃんの意外と着やせなおっぱいと同じぐらいえげつないぜ?」

「く、クロウさん、せせ、セクハラですよぉ」

 

 ギャォォンッ!

 クロウのセクハラ発言から僅か0.1秒、恐ろしく正確な狙撃が、レイヴンクローの頭部アンテナを掠めた。亜光速の銃弾、電磁加速砲(レールガン)による砲撃だ。

 

「…………クロウ」

 

 地の底から響くような、低く落ち着いた声色。たった一言だが、強い怒気が滲む。

 

「は、ははは。ほんの冗談ですよ、モーキンの旦那」

「おお、おじさま、そんなに怒らないであげて……」

「…………うむ」

 

 銃撃の主は、防衛対象である農業プラントの前で大型レールガンを構える一機のガンプラ。黒・白・赤の三色(チームカラー)に塗装されたジム・スナイパーⅡの改造機、ジム・トライアル二号機〝ホークアイ〟である。

 ホークアイのファイター、BFN:モーキンは、灰色の髭の奥で口を真一文字に引き締め、まさに鷹の目(ホークアイ)といった鋭い眼光を一層鋭く引き締めた。

 

「…………!!」

 

 ギャォォンッ! ギャォォンッ!

 二点射されたレールガンは、ピーコックテールに迫っていた二機のプルーマのモノアイを、寸分の狂いもなく射抜いていた。

 

「…………行け、ジャック」

「あ、ありがとうございます、おじさま」

 

 通信機越しに何度もぺこぺこと頭を下げ、プルーマの群れを斬り捨てながら、ジャックは渓谷のさらに奥へと突撃していった。

 

「そんじゃまあ、俺はジャックちゃんとデート、いや援護に……」

 

 プルーマのドリルをシールドで受け、ゼロ距離で腕部ガトリングを叩き込む。目の前が開けたクロウはへらへらと軽薄な笑みを浮かべながら、ジャックを追おうとした。

 しかし、

 

「…………クロウ」

「へ、へいへい何でしょうモーキンの旦那」

 

 わざわざ通信ウィンドウを開き、顔を見せての通信をモーキンが送り付けてきた。クロウは若干ひきつった薄笑いで応じたが、

 

「…………次は、右膝を撃つ」

「じょ、冗談にしちゃあえらく具体的ですね、旦那」

「…………」

 

 押し黙る、モーキンの目が笑っていない。

 

「き、肝に銘じときますよっ!」

 

 目の前にいたプルーマの頭を踏み台にしてブーストジャンプ。直後、そのプルーマはレールガンに撃ち抜かれた。クロウは頬を垂れる冷や汗を感じながら、レールガンの射線上から逃げ出すようにしてジャックを追いかけるのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「ホアチャーーッ! ハイィィィィッ! トァァァァッ!」

 

 怪鳥の如き甲高い奇声と共に、拳が、手刀が、足刀が、肘が、膝が、掌底が、次から次へと繰り出される。メイファが極める中華拳法そのままの動きを再現するドラゴンストライクの徒手空拳は、もはや演武の一部に見えた。

 

「エリエリぃ、見たアルか!? メイファ、もう二十機ぶっころヨ!」

 

 ドラゴンストライクの掌底が、プルーマのモノアイを真正面から叩いた。衝撃を受けた赤いモノアイは激しく明滅するが、割れ砕けるようなことはない。プルーマは尻尾のドリルをドラゴンストライクに突き立てようと身を捻る――そのときだった。

 

「そして、コレで――」

 

 メギャンッ!

 プルーマは、全身の関節から火を噴いて、粉々に爆散した。その残骸は全て内側(・・)からの圧力で外向き(・・・)にひしゃげている。

 

「二十一アル♪」

「んっふっふー、やるなあメイファ。ウチは、これでっ!」

 

 一閃、青白い刃が横一文字にプルーマを裂いた。頑強なナノラミネートアーマーでさえ、ビームサーベルにも勝る切れ味を誇るシグル・サムライソード〝タイニーレイヴン〟の前では、気休めにしかならないようだ。

 

「ちょうど二十や」

 

 チャキン。タイニーレイヴンを鞘に納めるのと同時、プルーマは断面から左右にズレて落下した。

 

「見た感じ、ここいらのゴキブリどもは片付いたみたいやな。孤児院はカメちゃんに任しとったら大丈夫やろうし」

 

 周囲をぐるりと見まわして、エリサはそう結論した。遥か後方では、撃ち漏らした数機のプルーマたちが孤児院へと向かっていたが、セカンドプラスの射程距離に入った瞬間に焼き払われている。原作では鉄壁の対ビーム性能を誇るナノラミネートアーマーだが、ガンプラバトルではやはり、ガンプラの完成度によって性能は大幅に上下するようだ。ビーム兵器が主力のセカンドプラスでも、十分に孤児院を守り切れるだろう。

 

「それにしても、広いフィールドやなあ……けっこう進んできたで。デカブツちゃんはまだかいな」

「ん、エリエリ敵あるヨ! エイハブウェーブ感知、ゴッキーどもじゃないヨ!」

 

 渓谷の上部から、焦げ茶色のレギンレイズが飛び降りてきた。右腰には大型のレールガン、頭に指揮官用のアンテナ。

 みんな大好きクジャン家当主、イオク・クジャン殿下の専用機である。

 

「邪魔」

 

 エリサは無造作にシュリケン・ダガーを投擲。不器用に回避機動を取ろうとしたイオク様だが、よりにもよってお尻のど真ん中にダガーが突き刺さり、爆発四散した。

 

「あぁんもう、エリエリクールぅ♪ 鬼ぃ、悪魔ぁ、冷血ドSぅ♪ 大好きあるヨー♪」

「えぇい、くっつくなやアホメイファ! ちゃっちゃと進むで!」

 

 抱きついてきたメイファを刀の鞘でゴチンと殴り、引き剥がす。嬉しそうにぶーたれるメイファを置き去りにする勢いで、エリサはシュライクを走らせるのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――天使の名を持つ殺戮兵器。

 鉄血のオルフェンズの世界観において、モビルアーマーはそのように扱われている。失われた技術体系であるビーム兵器を保有し、随伴するプルーマによる物量戦と自己再生を可能とする、自己完結した自律式殺人機械。

 天使の名にふさわしい白き両翼、そしてすらりと細い両脚に備える、凶悪な爪。そのモビルアーマーの名は〝ハシュマル〟。

 細長い渓谷を抜け、モビルスーツの数倍はあるその威容が目に入った時、エリサは素直に「美しい」と思ってしまった。

 

「――けど、ぶっ壊すしかないわなぁ! 行くでメイファ、ウチが露払い!」

「メイファがトドメ! 御意アル!」

 

 威勢よく叫び、忍者と武闘家、近接戦闘に特化した二機のガンプラは、疾風のように駆け出した。わらわらと這い出してきたプルーマの群れが行く手を阻み、掴みかかってくるが、前を行くエリサが近づく端から斬り捨てる。数十の敵を切り裂いて来てなお、タイニーレイヴンの切れ味は衰えることを知らない。

 

「ははは。先、越されちゃったねえジャックちゃん!」

「はわわ……ご、ごめんなさい、私がトロいせいで……」

 

 やや遅れて、別の渓谷の切れ目からレイヴンクローとピーコックテールも飛び出してきた。ハシュマルとの距離はエリサたちと同程度だが、プルーマがエリサたち側に集結し始めていたために、ジャックたちとハシュマルの間の防御は、明らかに薄い。エリサは自身の不利を悟り、唇を噛んだ。

 

(先手必勝が裏目に……下っ端を引き付けてもうたな……!)

「お、おりゃー」

 

 ジャックは控えめに叫びながら、目の前のプルーマをシールドシザーズで捻り潰しマチェットで叩き潰し、道を切り拓いていく。しかし、先ほどまでは軽快に飛び回っていたクロウは、なぜかジャックの陰に隠れて消極的な援護射撃に徹しているようだった。

 

「じゃ、ジャックさん、あとどのぐらい、ですか」

「んー、もう少し近づかないとね。ムリヤリ積んでるから、射程はあまり取れないんだよ」

「ご、ごめんなさい……がが、がんばりますぅ」

「ははは、頼んだよジャックちゃん。ファイトー!」

 

 キシャアァァァァ――――――――――――――――――――ッ!!

 クロウの薄っぺらい笑い声に被せるように、ハシュマルが吠えた。波が引くようにプルーマの群れが左右に割れ、ジャックとクロウだけが取り残された――ハシュマルの主砲、大型ビーム兵器の射線上に。

 

「あ、やべ……」

「くく、クロウさんっ!」

 

 ビュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!

 地面ごと抉るような圧倒的なビームが、ハシュマルから吐き出された。とっさにジャックがクロウをかばったようだが、二機ともまとめて光の濁流の中へと呑み込まれていく。

 

「んっふー♪ ちゃ~~んすっ♪」

 

 災い転じてなんとやら。先に近づいたあちらが、ビームの標的となってくれた。

 エリサは子猫のようにニヤリと微笑み、群がるプルーマを蹴り飛ばして上空高く跳躍した。光を吐き出し続けるハシュマルの直上、巨大なクローを備えた脚も、ビームの砲口も向けられない死角。

 

「ここから突っ込むフリをすれば……来たっ!」

 

 唸るような風切音、それだけでシュライクの身長ほどもある巨大なブレードが、横薙ぎに襲い掛かってきた。エリサは空中で身を捻り、タイニーレイヴンで切り払った。

 ハシュマルの尻尾のように見える、超硬ワイヤーブレードだ。劇中ではレギンレイズやグレイズを一撃で葬り去っていたが、タイニーレイヴンは耐え切った。

 

「さあ、来いやあっ!」

 

 二撃目、ワイヤーブレードが単体で意志を持つかのように、切っ先を真っ直ぐシュライクに向けて突っ込んできた。エリサは精神を研ぎ澄まし、引き延ばされたような時間感覚の中で激突の瞬間に備えた。タイニーレイヴンを正眼に構え、距離を測り、時機を待ち、そして!

 

「今ッ!」

 

 くるりと身を躱し、ブレードの側面をタイニーレイヴンで打った。運動エネルギーを逸らされたブレードは目標を失い迷走、その隙を逃さず、エリサはワイヤーをタイニーレイヴンで絡め捕る。間を置かず、バーニアユニットを全力噴射。流星のように地上に降下し、尻尾を地面に縫い付けた。姿勢を崩したハシュマルはがくりと膝を折り、ビーム放射が中断される。

 

「メイファ、今や!」

「御意ッ!」

 

 エリサの叫びに応え、メイファは目の前のプルーマを掌底で吹き飛ばすと、そのままの勢いで天高く飛び上がった。

 

「さぁさ受けるよろし、モビルアーマー! メイファの〝粒子発勁〟ッ!!」

 

 粒子発勁――ドラゴンストライクの掌に渦巻く、プラフスキー粒子の淡い輝き。叩き込んだ相手の粒子の流れを狂わせ、暴発を引き起こす、粒子変容の妙技。かつてニルス・ニールセンが研究の末にたどり着いたものと酷似した技術を、メイファは心形流の業と中華拳法の技との組み合わせで実現したのだ。

 

「破ァァァァ……ッ!」

 

 変容粒子の渦が、構えを取るドラゴンストライクの掌で膨れ上がっていく。MAクラスの巨体ですら、溜め込んだ粒子量によっては、一撃で弾けさせることが可能だ。あと二秒もあれば、それに足りる。

 ハシュマルは迎撃のためビーム発射口を大きく開いて顔を上げるが、エリサが絶妙なコントロールでワイヤーを引っ張り、再び姿勢を崩させる。

 

「早うしぃやメイファ! 何度もこかすんは厳しいで!」

「多謝ヨ、エリエリぃ! これで、決まり……」

「ははは、これで墜ちてちゃ男が廃るってね!」

 

 メイファの一撃が決まるかと思われたその時、右半身がグズグズに焼け爛れたレイヴンクローが、ビームの焼け跡から飛び出してきた。その左腕には、同じく焼けて変形したシールドの残骸が抱えられている。

 

「ジャックちゃんに庇ってもらって、敵も落とせないなんざあ! モーキンの旦那に半殺しにされっからなあッ!」

 

 満身創痍、全身から火花を散らし、ハシュマルに突撃するレイヴンクロー。その左腕に抱えられたシールドの残骸が剥がれ落ち、隠されていた最終兵器が露になった。

 

「スーパーナパーム!? なんちゅうマニアックな!」

 

 ファーストガンダム劇中で、たった一度だけ使われた高火力焼夷弾。バンシィのリボルビングランチャーのモデルになったことでわずかに知名度はあがったが、それにしてもマイナーな武器だ。

 ただし、その威力は本物だ。なにせ劇中では、当時連邦軍の最新鋭機だったV作戦の試作MSたちを、まとめて焼き払うほどの火力を発揮したのだから。

 

「ターゲットに大ダメージ与えたら勝ちだったよなあ、特別ルールはああああッ!!」

「勝ちゆずるないヨ、優男サンッ!」

 

 ハシュマルの脳天に打ち下ろす、ドラゴンストライクの粒子発勁。脚部に叩き付ける、手持ちのスーパーナパーム。同時に炸裂した超威力の打撃と爆撃は、凄まじい閃光と爆音をまき散らし、一帯を真っ白に染め上げたのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「…………終わりか」

 

 モーキンは短く呟き、妻に禁煙を言い渡されて以来GBOでの最大の楽しみとなっていた仮想煙草(VRタバコ)を、ペンダント型の携帯灰皿に投げ込んだ。片膝立ちの姿勢でレールガンを構えていたホークアイの頭部を少し上に向け、凄まじい爆発が起きている渓谷最深部の上空に目を向ける。そこには、フィールド上のどこからでも視認できるサイズのゴシック体で、両チームがハシュマルに与えたダメージ値が表示されていた。

 

《チーム・アサルトダイブ:17,500p》

《チーム・トライアンドエラー:16,100p》

 

 ポイントを見たモーキンは静かに目を閉じて、新たな仮想煙草(VRタバコ)を口に咥えた。胸ポケットからオイルライターを取り出し、器用に片手で火をつける。

 

「…………悔しいものだな。いくつになっても」

 

《BATTLE ENDED!!》

 

 快活なシステム音声が、高らかに告げる。モーキンはせっかく火をつけた煙草をろくに楽しむこともできぬまま、プラフスキー粒子の塊となって待機エリアへと転送されてしまうのだった。




第三十七話予告


《次回予告》

「ヒマなのです」
「……そう、ね……」
「ヒマヒマヒマヒマ! ヒーマーなーのーでーすー! 部活はないし! GP-DIVEも急にお休みだし! ガンプラバトルの相手もいないのです! こんな夏休みの真っただ中に、こんな可愛い女子高生を放っておくなんて、世の男どもは見る目がないのです! ナルミはご立腹なのです!」
「……そう、ね……」
「もう、アマタ先輩は何とも思わないのです!? ナルミたちは華の女子高生なのですよ!?」
「うぅん……わたし、彼氏、いるし……」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第三十六話『ハイレベル・トーナメントⅥ』

「なななかかかれれれ!?」
「うん、彼氏……このあと、デート……♪」
「あばばばば……なな、ナルミが根暗前髪先輩なんかに、ままま負けるだなんて……く、屈辱なのです~~っ!!」



◆◆◆◇◆◆◆



と、いうことで。GBFドライヴレッド、36話でした~。
作者の好みに走った展開でしたが、GBOでは大会中だろうとまあこんなこともありますよということで。多人数対戦や多彩なシチュエーションが売りだよ!ということでご了承いただければと思います。
次回は今回を上回るご都合主義展開をぶち込む予定ですので、広い心でお待ちいただければ、そしてお読みいただければ幸いです(笑)
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