ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド   作:亀川ダイブ

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 お久しぶりです。亀川です。
 随分とお待たせしてしまいまして申し訳ありません……ここ数ヶ月ほどでワールドトリガーにはまりまして、二次創作小説を書いていました。一月後半はほぼそちらにエネルギーを費やしていました……
 兎も角。ハイレベルトーナメント一回戦、ようやく今回でラストです。どうぞ、ご覧ください。


Episode.37 『ハイレベル・トーナメントⅥ』

 生活感のない、薄暗い部屋。高級家具がいくつかと一台のパソコンしかない部屋に、人間もまた、一人しかいない。

 

『時計の、針……だと?』

「そう、進めましょう。少々展開が冗長かと思いましてね。私としては、早く第二回戦を――例の〝実験体〟の次の試合を、一刻も早く拝みたいのですよ。〝老人たち〟を動かせば、大会運営程度ならどうとでもなりますし……その理由などというものは、運命共同体のあなたには説明するまでもないでしょう、〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟?」

『……好きにしろ。だが契約は忘れるな』

「おやおや、随分と冷たい返事だ。ゴーダの妹君の体調が、そんなに心配ですか? ククク、どうやらその黒仮面の奥には、まだ人情というものが残っているようですねぇ。まあ確かに、ゴーダのお兄さんの献身っぷりは笑えます。ああ、もしかして、あなたもご家族のことを思い出しでも――」

『以上だ』

「おや、気分を害してしまいましたか。いきなり切るなんてやんちゃですねぇ」

『……あの言い方じゃあ、誰だって怒るッスよ』

「ああ、そういえば、君もいたんでしたね。聞いていたなら理解はしたでしょう。次の仕事は、この後すぐです。ガンプラの用意はできていますか? 今回の相手は君のお友達でもありませんし、遠慮なく攻撃もできるでしょう。お父上のお仕事のためにも、契約分は働いて見せる気概というものが大切ですよ――〝傭兵(ストレイ・バレット)〟君」

『了解はしてるッスよ、イブスキさん。給料分は、乱れ撃つッス』

 

 そして、通信は切れ――部屋の明かりも、落ちた。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「お疲れさま、姉さん。まさか急にミッション形式のバトルになるなんて、びっくりだね」

「んっふっふー♪ エリサお姉ちゃんにかかれば、あの程度ちょちょいのちょいやで♪」

 

 満面の笑みでピースサイン、ご機嫌な様子でエイトに応じるエリサ。

 一回戦第五試合が終わり、待機エリアから転送されてきたエリサたちと、顔を合わせる――それから、すぐのことだった。

 

『運営本部より、重要なお知らせです』

 

 特設ラウンジに響く、無機質で機械的な合成音声。一昔前のバトルシステムの音声のようだ。

 メインモニターに目を向ければ、会場を埋め尽くす群衆たちはざわつき、ステージの上ではゆかりん☆がきょろきょろと辺りを見回している。MCにさえ知らされていない、完全に不意打ちの放送のようだ。エイトはナノカと、続いてナツキと視線を交わすが、ふたりも何も知らないようだった。

 

『一回戦第六試合、チーム・プロジェクトゼータ対セイレーンジェガンズの試合について、連絡します』

「ンだァ? どっちかが棄権でもしやがったかァ?」

「んっふー……さすがにそりゃあないやろ」

 

 ナツキは面白くなさそうに言い捨て、エリサはにやにや笑いを浮かべている。

 まさか予選を勝ち抜いておいて棄権など、道義的にもないだろう。しかし、大会中に運営本部からMCも通さずに直接連絡がくるともなれば、そのぐらいの重大事項なのかも知れない。

 エイトは、会場の俯瞰(ふかん)映像からGBOのロゴマークに切り替わったメインモニターに目を向け、言葉の続きを待ち――そして、驚愕した。

 

『一回戦第六試合の内容を、運営本部の判断により変更いたします。一回戦第六試合は、チーム・プロジェクトゼータとセイレーンジェガンズの合同チーム対、チーム・ジ・アビスの非対称戦とします』

「……なっ!?」

「ンだとォッ!?」

 

 エイトとナツキは、思わずソファから立ち上がっていた。特設ラウンジの空気も、一気に変わった。特に、ログアウトせずに残っていた敗退チームたちの表情は険悪だ。

 

「何よそれっ!? 不公平じゃないっ!」

 

 バーカウンターでオレンジジュースを飲んでいたミッツの金切り声が、特設ラウンジに響く。サスケとテンザンが宥めようとしているが、その二人の目にも不満げな色が浮かんでいる。

 

「ん~。メイファ、よくわかるないアルが……何かヤバいっぽいか、カナメ兄サン?」

「ああ、ヤバいもヤバい、超ヤバいぜ。まさか運営自ら横紙破りかますたぁな。こりゃあ予選落ちチームとか、本来の第六試合のチームに喧嘩売ったようなもんだ。そりゃあ、ジ・アビスとやらには例の〝一位〟もいるし、シードはシードだけどよ。この試合の組み替えは、つまり――」

「――ジ・アビス側から申し入れがあったてコトやろな。どうせ自分らが勝つから、ちゃっちゃと終わらせたい、てな」

 

 エリサの口元がにやりとつり上がる。しかしその目の奥が、もはや欠片も笑っていない。

 画面上には突然の対戦カード変更の根拠となる大会細則などが言い訳がましく表示され、合成音声がそれを読み上げるが、特設ラウンジの誰一人として見ても聞いてもいなかった。おそらくラプラスの一般会場も同じようなものだろう。ある者は憤り、ある者は訝しみ、ある者は運営への不満を声高に叫び、またある者はそれを噛み殺して沈黙する。

 

『以上で連絡を終わります。ご理解とご協力をお願いいたします』

 

 打ち切るようにシステム音声が告げ、メインモニターの画像はステージ上のゆかりん☆のアップに変わった。神妙な顔つきで空中ウィンドウを操作し、運営とやりとりをしていたゆかりん☆だったが、カメラに気づいていつもの営業用笑顔(アイドルスマイル)、きゃるるんと星を散らしてウィンクした。

 

『な・な・な・なんということでしょうかーっ! 今大会、〝不動の一位〟が動きまくる! ネームレス・ワン氏から運営本部へ、大会運営の効率化(・・・)という名目で、申し入れがあったようです!』

「効率化、って……挑発的にもほどがありますよ!?」

「あンの黒のっぺらぼう、マジで戦争したいらしいなァ……ッ!!」

 

 ナツキはグラスのジュースを一息に煽り、氷をガリンと噛み砕いた。メイファは日本語の裏の挑発的なニュアンスが読み取れないらしく首をかしげていたが、店長が簡単な言葉で言い直したのを聞いて、ぷんすかと頬を膨らませた。

 

「あいや! エリエリの言う通りだたアルか!」

『大会参加者に、そして全GBOプレイヤーに喧嘩を売るがごときこの行為! トーナメント表を書き換えての非対称戦が実現してしまったーーっ! 受け入れる運営もどうかしてると、私、個人的には思いますが……』

 

 ゆかりん☆の眼つきが険しくなり、〝市街戦の女王(ウルトラヴァイオレット)〟ムラサキ・ユカリの顔になる。しかしそれも一瞬だけ。プロのアイドルとしての矜持か、ゆかりん☆は踊るようにくるりと回ってポーズを決め、言葉を続けた。

 

『兎にも角にも! 一回戦第六試合のカードは、このようになっちゃいましたよーーっ!』

 

《一回戦第六試合 プロジェクトゼータ&セイレーンジェガンズ VS ジ・アビス》

 

 改変され、再表示される対戦カード。特設ラウンジのボックス席にいた女性型アバターの三人組が荒々しく立ち上がり、待機エリアへの転送ボタンに掌を叩きつけた。

 

「真似たマネをしてくれる……っ!」

「脳天を撃ち抜いてやりますわ!」

「……抹殺だ」

 

 飛行服のようなパイロットスーツに、お揃いの「Ζ」のマーキング。彼女らがチーム・プロジェクトゼータなのだろう。美人ぞろいの女性チームだが、三人が三人とも怒りの形相のまま、待機エリアへと転送されていく。

 

「ハッ、やってくれるぜ。俺たちに中指突き立てやがるとはよ」

「舐められたもんだなぁ。一応、西東京ブロック本戦常連なんだがな、ウチの学校」

「おい、リアルバレするぞ。無駄口やめて、〝不動の一位〟サンをぶっ殺すことでも考えてろ」

 

 プロジェクトゼータとは、エイトたちのソファを挟んで反対側。壁に寄りかかっていた男三人組も、口調こそ余裕ぶっていたが、転送ボタンを押す手には怒りが籠っていた。

 二チームが転送され、特設ラウンジ内は重苦しい空気に包まれた。いくら実力に自信があるからと言って、〝不動の一位〟の地位があるからと言って、大会運営にまで口出しをするとは。ネームレス・ワンに対する――トウカに対するGBOプレイヤーたちの心証は、最悪になったと言っていい。そしてそれは、運営に対してもだ。まさか、こんな子供のわがままのような申し入れを受諾してしまうとは。今までは良心的な対応で好評だったGBO運営本部だけに、落胆も大きい。

 そんな鉛色の雰囲気の中、ナノカは顎に手をあてて眉をしかめ、低く呟いた。

 

「ヤツの差し金か……? トウカ、どういうつもりで……っ」

「ナノさん……」

 

 エイトは細かく震えるナノカの肩に手を置いたが、それ以上、言うべき言葉を見つけられなかった。

 

「胸糞悪ィが、運営が認めちまったンならそれはもうルールだ。始まるぜ、試合」

 

 ナツキは憤懣(ふんまん)やるかたなしといった表情で腕を組み、ドカッとソファに座り込んだ。メインモニターに参加全チームの待機エリア入りが表示され、第六試合の開始がカウントダウンされる。

 

『一回戦最終試合にして、波乱の幕開け! 会場の皆さんも言いたいことはおありでしょうが……始まっちゃったモンはしょうがなぁぁいっ! 全ファイターの健闘を、ゆかりん☆が全力で祈っちゃいますよぉぉぉぉっ♪ ハイレベル・トーナメント、一回戦第六試合! はっじめまぁぁぁぁすっ☆』

 

「Ζアルケイン! アイダ・スルガ! 出撃します!」

「Ζキマリス……テンカワ・ナデシコ……出る!」

「ガザΖ、ハマ・カンナ。プロジェクトゼータ、飛翔する!」

 

「SRG-1〝スカイウェイブ〟、スズキ、出すぜ!」

「SRG-2〝バリオス〟、カワサキ、発進する!」

「SRG-3〝インテグラ〟、ホンダ! セイレーンジェガンズ、突っ走るぜ!」

 

《BATTLE START!!》

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 アイダ・スルガ、十六歳。いわゆる「良家のお嬢さま」で、ガンプラはもちろんガンダムもその他のアニメ・マンガもほとんど知らずに、純粋培養のお嬢さま学校で義務教育を修了。その後、幼い反抗心か自我の目覚めか、両親の反対を押し切って一般の高校に進学。

 新学期最初の座席が近かったことから、ハマ・カンナ、テンカワ・ナデシコ両名と友達になる――そして、そこからは早かった。

 夏と年末の大規模同人誌即売会で、十代女子としては異例の売り上げを誇る超大手壁サークル〝ぷろじぇくと♡ぜーた〟。女性作家としては主流のBL系ではなく、ガチのガンダム系、戦記物、ガンプラ作例集で数多くのファンの心を鷲掴みにする二人と友達になった時点で、アイダの運命は決まっていた。

 

「あたし、はにゃーん様コスで売り子するから! スルガはポンコツ姫ね! スリーサイズ教えて! 衣装はあたしにまっかせなさーい!」

「え? え? ぽ、ポンコツ?」

「ボクは……今年は、ルリルリかな……」

「機動戦士違うじゃん、機動戦艦じゃん! ま、ナデシコはナデシコでいっか!」

「え、あの、お二人とも。わたくしは、どうすれば……」

「あーもう、これ見といて! Gレコ全話! あとファーストと∀ね! ついでにナデシコTV版と劇場版とゲキガンガーも! 宿題ね! んで、おっぱいとおなかとおしりのサイズを~……ぐへへへへ♪」

「ぐへへー」

「え、あ、あの、その……ひ、きゃあーーーーっ!?」

 

 朱に交われば赤くなる。騒がしいけど、楽しかった。

 教えてもらったガンプラバトルも、一緒に始めたGBOも、とても充実していた。全寮制のお嬢さま学校に押し込まれていたころには知らなかった世界が、そこにはあった。

 

「ねえねえ、週末にGBOで大会やるんだって。出てみない?」

「……カンナ氏、締め切りが……原稿が……印刷所ががががが……」

「だいじょーーぶ! デスマーチ二晩ぐらいでなんとかなるっしょ! 今年はポンコツ姫も手伝ってくれることだし! ね、スルガっ?」

「は、はい! わたくしも、ぺんたぶ? の使い方、覚えましたから。お力になれますよ」

 

 特訓が始まった。

 三人で作り上げたガンプラ、Ζアルケイン。高校入学から数か月、GBOで戦い抜いてきた愛機である。カンナのガザΖ、ナデシコのΖキマリスとの連携も、これ以上ないぐらいに突き詰めた。自身を持って、大会の日を迎えた。予選会〝トゥウェルヴ・トライブス〟を快勝し、抱き合って喜んだ。

 そして始まった、大会本戦トーナメント。突然の運営からの連絡には驚いたし、憤慨したけど――三人でなら、戦える。全力を出し切って、慢心している〝不動の一位〟とやらの目を覚まさせてやるんだ。

 

『……ごめんッス』

 

 コクピットを撃ち抜く、GNライフルの光。何が起きたかもわからぬまま、アイダ・スルガは撃墜された。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 六対三の非対称戦。連携して数で押し切れば、まだ希望はあっただろうに。レーダー上の敵機の動きを、サナカ・タカヤは感情のない灰色の瞳で眺めていた。

 

「可変機、飛行形態で三機が突出。うち一機はすでに撃墜したッス。地上をホバー走行していた三機は見失ったッス。ジャマー持ちがいるみたいッスね」

 

 フィールドは地上。戦争の傷跡も生々しい、半壊した市街地。いたるところに弾痕が残る建造物だけではどのガンダム作品の街がモデルなのかはわからないが、レーダーを見る限りミノフスキー粒子の散布はないようだ。比較的鮮明なレーダー画面には、かなり広い市街地の全景に重ねるようにして、二機の飛行型の航跡と、ホバー走行していた三機を見失った地点までの足取りが表示されている。

 フィールドの西端、鉄骨が剥き出しになったビルを砲座代わりにして、タカヤのガンプラはライフルを構えていた。

 ――ケルディム・ブルー。青と灰色のツートーン、全身に装備した多角形の大型シールドビット。GNアーチャーのものによく似た大型のバックパックが、原典機との大きな差異か。

 

「俺はプロジェクトゼータを押さえます。それで給料分は十分ッスよね」

 

 返事も待たずに狙撃用のガンコンを構え直し、原作劇中(ダブルオー)でロックオン・ストラトスがやっていたように目を細める。連動して、ケルディム・ブルーの眼前にもフォロスクリーンが展開された。フィールドのほぼ端と端を横断する距離での狙撃にも関わらず、ケルディム・ブルーの銃口は正確に獲物を付け狙う。

 

「モナカ・リューナリィ。ケルディム・ブルー。目標を乱れ撃つ……」

 

 タカヤは胸の重荷を吐き出すように、荒々しくトリガーを引くのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 セイレーンジェガンズの三機は、市街地の太い道路を突っ走っていた。三機ともスタークジェガンをベースにした、重装甲かつ高機動の高性能機だ。

 ツインビームスピア装備の近接型〝スカイウェイブ〟、両手両肩に銃火器を満載した砲撃型〝バリオス〟、狙撃用の対艦ライフルと大型レドームユニットを備えた支援型〝インテグラ〟。それぞれ武装や追加装備が異なるが、灰白色の爆発反応性追加装甲(チョバムアーマー)と、重量級の機体をホバー走行させる追加ブースターは共通している。

 どうしても高熱を吐き出してしまう核熱ホバー走行をしているにもかかわらず、その姿は敵に捕捉されることはない。

 

「ECMドローン、機能正常……おいスズキ、ドローンたちの外側に出るなよ」

「了解了解、わかってるって。んで、敵はどっちだ索敵バカ?」

「ちょっとはレーダー見ろ、突撃バカ。ちょうどお前のビームスピアが指してる方だよ」

 

 気が早いスズキは、既にツインビームスピアからビーム刃を発振させていた。噴き出すビーム刃の熱量が熱源探知に引っかかりそうなものだが、ホンダのインテグラが射出し、今も三機の周囲を取り囲むように滞空するECMドローンがそれを防いでいる。

 セイレーンジェガンズ謹製、ECMドローン。熱量やレーダー波の反射を物理的に誤魔化すのではなく、電子戦によってシステム上で「なかったこと」にしてしまうという特殊支援機だ。飛び回るドローンに囲まれた一定空間内において、セイレーンジェガンズはあらゆる索敵に捕捉されない。光学迷彩を伴わないため視認されてしまえば終わりという弱点はあるが、長距離からできるだけ察知されずに距離を詰める分には、非常に有効と言える。

 

「よーっし、敵が見えたら砲撃頼むぜ、火力バカ!」

「だーれが火力バカだ、突撃バカ。爆風に巻き込まれるなよ」

「そろそろだぞ、ツインビームバカとメガビームバカ。あのビル群の先、開けた区画だ。敵の反応が一つ。ビルの影に入って様子を見るぞ」

「だれがメガビームバカだよ!」

 

 カワサキは通信ウィンドウのホンダに怒鳴りながら、バリオスを半壊した高層ビルの影に滑り込ませた。インテグラとスカイウェイブも、それぞれ適切な距離を空けてビルの影に身を隠す。かつてビジネス街だったという設定なのか、弾痕だらけのビル群は、やや大柄なジェガンズが身を隠すにも十分な大きさがあった。

 

「さぁて、敵さん二ブロック先だ。ドローンの画像、送るぞ」

 

 レーダー上、敵の機影は二ブロック先の緑地公園跡地にある。ホンダはコントロールスフィアの片方をキーボードに切り替え、ドローンに指示を出した。ドローンを視認されてもこちらの位置を読まれないよう、わざと迂回させて敵の背後から接近させる。

 ビルの谷間を飛び抜けるドローン目線の画面に、スズキは興奮を隠せずツインビームスピアを手元で躍らせた。

 

「よーっしよしよし、ツラぁ拝むんでやるぜ! アルケインっぽいのを落とした狙撃野郎か、調子乗ってやがる〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟か……あ、そういやあジ・アビスってあと一人だれなんだ?」

『私ですよ』

 

 突如、背後に現れたプレッシャー。見上げる様な位置にある、黄色いモノアイ。右腕一本で振り上げられた、常識外れに巨大な重戦斧(バトルアックス)

 

『〝ヘルグレイズ〟。以後、お見知りおきを』

 

 ドシャアアアアッ!!

 とっさに掲げたツインビームスピアごと、スカイウェイブは真っ二つに両断された。

 

「悪ぃ、やられ……」

「スズキぃぃぃぃっ!!」

 

 通信が途切れ、スカイウェイブは爆発。広がる炎に照らされるのは、漆黒の巨躯。やや大型のジェガンズから見ても、見上げる様な巨体。グレイズアインがベースらしいが、それにしても大きすぎる。これではほとんどモビルアーマーだ。さらには、歪な左右非対称型に成形・塗装された装甲と左腕をほぼ覆いつくす武装の数々が、その異形をより強調している。

 

「てめぇよくもぉぉっ!!」

 

 バリオス全身の銃火器が、一斉にヘルグレイズに向けられた。ライフルバインダー二門、メガビームバズーカ、ハイパーバズーカ、ビームマシンガン、十六連装マイクロミサイルポッド二基、シールド内蔵ミサイル四発、頭部バルカン二門。出し惜しみなしの全力全開(フルオープン)全弾掃射(フルバースト)だ。

 一機のガンプラを撃つには過剰ともいえる絶大な火力が一斉に叩き付けられ、周囲のビル数棟までも薙ぎ倒して、凄まじい爆風と爆炎が吹き荒れる。しかし、

 

『期待外れですねぇ』

 

 バリオスの上半身だけが、ビルの壁面に叩き付けられていた。またも右腕一本で振り抜かれた重戦斧が、バリオスの胴体を横一文字に引き裂いていたのだ。いかなる手段で一斉射撃を潜り抜けたのか、ヘルグレイズの漆黒の装甲にはかすり傷のひとつすらない。

 

『予選突破者というからには、もう少し遊べるかと思ったのですが。まだヘルグレイズは〝左腕〟も使っていないというのに。本当に期待外れですよ。この程度ではWarm upにもなりません、ええまったく、運動にもなりませんよ。せめて時間の節約には丁度よかった、とでも思っておくべきでしょうかねぇ』

「くっ、このぉっ!」

 

 インテグラは対艦ライフルを構えるが、ほぼ同時、その銃口に巨大な円錐形の物体が叩き込まれた。対艦ライフルは銃身が裂け大破、インテグラの右手ごと爆発した。どうやら、重戦斧の石突き部分が、ワイヤーアンカーとなって射出されていたらしい。

 

(こいつ、まともにやれる相手じゃない!)

 

 ホンダは瞬時の判断でバーニアを吹かしてバックステップ、ヘルグレイズから距離を取った。直後、その足元のアスファルトを重戦斧が叩き割り、地盤ごと大きく捲り上げる。当たっていれば、終わっていた。

 

(ドローンでECMを集中、一秒でいい、動きを奪えれば……!)

 

 無駄を承知でバルカンをばら撒き牽制、距離を取りながらビルの影に逃げ込む。キーボードを叩いてドローンに指示を飛ばす――が、反応がない。

 

『後退したのは、良い判断でした』

(後ろっ!?)

 

 左腕のビームトンファーを起動、振り返りざまに斬り付けるが、宙を舞ったのはインテグラの左腕の方だった。ヘルグレイズの腰から伸びた尻尾の先に、ハシュマルのような硬質ブレードが鈍く光っている。硬質ブレードはひゅるりと身を翻してインテグラの肩を貫き、ビルの壁面に縫い付けた。

 

『――が、しかし。あなたの頼みの綱は、すでに私の手中です』

 

 ヘルグレイズは超重量の戦斧を右手一本で悠々と掲げ、その先端を中心に、インテグラのECMドローンたちがくるくると周回している。

ホンダは再度キーボードを叩くが、ドローンたちは反応しない。冷たい汗が一筋、頬を伝う。

 

『電子戦が得意なのが、自分だけだと思わないことです……まあもっとも、まともに戦っても、私は強いですが』

 

 ヘルグレイズが重戦斧を軽く振ると、ホンダの指示には無反応だったドローンたちが一斉に対面のビルへと突っ込んでいき、ひとつ残らず爆散した。

 すると同時、いままでそこにいたはずのヘルグレイズの姿までもが、データが壊れたかのように画像が歪んで掻き消えた。肩に刺さっていた硬質ブレードも消えてなくなり、両腕の死んだインテグラはずるりとその場にへたり込んでしまった。その直後、ヘルグレイズの黒い巨躯が、今度はまったく別のビルの向こうからゆっくりと歩いて現れた。

 

『あなたのドローンの支配権は、試合開始直後に掌握していましてね。電子戦を主軸に戦うには――ククク。いささか、プロテクトがお粗末でしたね』

(こ、これがカワサキの一斉射撃を無傷で抜けたカラクリ……!? いや、さっきまで刺さっていたブレードは本物だった。クソッ、どこまでが偽装で何が本物なんだ!?)

 

 焦り、戦慄するホンダの眼前に、ヘルグレイズの長い脚がゆっくりと振り上げられる。四本爪のクローになった脚底部が、猛然と回転を初めた。グレイズアイン固有の脚部兵装、スクリューキックだ。迫り来る最後を前にして、ホンダは口の端に強がった笑みを浮かべた。

 

「……教えてくれよ。あんた、誰だ?」

『ああ、これはこれはご無礼を。ガンプラばかりを誇って自身の名乗りを忘れるとは。いいでしょう、この試合をご覧の皆様にも、覚えていただく良い機会です。私は、今まであまり表舞台に出ることがありませんでしたからねぇ……何しろ、暗躍するのが性に合っているものでして』

 

 ヘルグレイズの頭部カバーが少しだけ開き、中の黄色いモノアイが、ブゥンと不気味に輝いた。

 

『GBOJランキング第四位、レベル8プレイヤー……〝這い寄る混沌(ビハインド・ザ・カーテン)〟キョウヤなどと名乗っています。我が愛機・ヘルグレイズともども、どうぞお見知りおきを』

「へっ、そうかよ……クソッたれ!」

 

 ホンダはモニター越しのヘルグレイズに中指を突き立てた――そしてそれが、インテグラがバラバラのプラスチック片となる前の、最後の行動となった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ビュオォォン――いっそ涼し気にさえ聞こえる銃声が、飛行形態のガザΖを貫いた。

 

『くっ……か、金で動く俗物なんかにぃーーっ!』

 

 ボディのど真ん中を射抜かれ、墜落は時間の問題。ならばと肉弾突撃を仕掛けるガザΖだったが、その最後の攻撃は、無駄に終わった。

 

「GNウォールビット。悪あがきは無駄ッスよ」

 

 突如、空中に出現した青い壁。大型のシールドビットが数機組み合わさって、瞬時に頑強な障壁を作り上げていた。即席の城壁(ウォールビット)にぶつかったガザΖは無残に爆散、プラスチックをまき散らしながら地表へと落下していく。

 

「ここまで距離を詰められた……俺も、スナイパーとしちゃあまだまだッスね」

『ナデシ……あと、よろ……く……!』

『……フィールド全開、突っ込む!』

 

 自嘲するタカヤの視界に、漆黒の飛翔体が飛び込んできた。プロジェクトゼータの最後の一機、Ζキマリスだ。黒く分厚い装甲に、キマリス特有のショルダーバインダー、改造点としては、尻尾のような有線クローと両手のハンドガンだろうか。さらには、重力場のような黒っぽい防御フィールドを展開している。その姿は、さながら黒い亡霊――

 

『カンナ氏の仇――喰らえ、ディストーション・アタ……』

「版権がややこしいことになるッスよ!」

 

 ケルディム・ブルーは左手をかざし、ウォールビットを飛ばした。Ζキマリスを上下左右から挟み込み、GNフィールドを展開、その内側に閉じ込める。GNフィールドと重力場フィールドが干渉しあい、火花を上げて弾け飛ぶ。衝撃で、Ζキマリスは大きく姿勢を崩した。

 その隙を逃さず、タカヤは右手のGNスナイパーライフル改二を三連バルカンモードに変形。さらにその三つ並んだ銃口から、勢いよくビーム刃を噴出させた。

 

「GNショートトライデント! これで、落ちろッス!」

 

 装甲の隙間、ガンダム・フレームの露出した部分を狙い、切っ先を捻じ込んだ。Ζキマリスは一度だけビクリと身体を跳ねあげ、そして、死んだように動かなくなった。

 タカヤはふぅと一息、重いため息をついて、ショートトライデントを引き抜いた。機能停止したΖキマリスはビルの一棟を巻き込んで墜落。瓦礫に埋もれてしまった。

 

「……イブスキさん」

 

 戦闘中とは打って変わって、タカヤの表情は暗い。展開したウォールビットも、動くもののいなくなった空に、所在なげに浮いたままだ。

 

「こっちは全機撃墜ッス。こんなもんでいいッスか」

『ええ、いいでしょう。私のヘルグレイズも、久しぶりに敵を壊せて喜んでいます――』

 

《BATTLE ENDED!!》

 

 イブスキの言葉を遮るように、システム音声が高らかに告げた。タカヤはまだしゃべり足りなそうなイブスキとの回線を即座に切り、コントロールスフィアから手を離した。

 

(俺を見て、エイトのやつ……どう思うかな……)

 

 仮想フィールドが解除され、プラフスキー粒子の欠片が雪のように降り注ぐ。緩やかに世界が終わっていくような景色の中、タカヤは待機エリアには戻らず、ただ黙り込むのだった。




第三十八話予告


《次回予告》

「あっちゃー。やーらーりーたー!」
「カンナさん、申し訳ありません。私が狙撃の一発なんかで落ちたから……」
「……スルガ、気にしないで……私たちの戦いは……まだまだ、これから……だぜ……」
「そうそう、気にしちゃダメダメ。そりゃあ、運営とか相手チームにはむかついたけど、ヘコんでる時間なんかないんだからねっ! 何せ、私たちにはこれから――」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第三十八話『ハイレベル・トーナメントⅦ』

「――徹夜で同人制作地獄(デスマーチ)が待っているのだからしてっ! ペンタブをもてぇぇい! 夜食の準備はいいかぁぁ! 印刷所は32時間後に受付を締め切るぞぉぉッ!」
「ガンプラは、落ちても……新刊は、落とせない……!」
「はいっ。私も、お手伝いいたします!」
「手伝い? なぁにを言ってるポンコツ姫! あんたもウチの主戦力だよ! ほら、背景のペン入れヨロシクぅっ!」
「は、はいぃぃっ!」



◆◆◆◇◆◆◆



 随分と間が開いてしまいましたが、GBFドライブレッド38話でした。
 ついに舞台に上がってきたイブスキ・キョウヤ、そしてそのガンプラ・ヘルグレイズ。反則級のスキルと黒い人脈を駆使し、大会のルールすら変えてしまうイブスキが全方面からのヘイトを集めまくっていますね。こいつホントに救えねえなあと、作者もあきれるばかりです。オルフェンズで言えば、ちょうど今日ミカに無慈悲にぶっ潰されたジャスレイのような感じですかね。
 兎も角。ラスボス的存在も出てきたことですし、拙作もラストに向けてお話が展開していくことかと思います。今後もお付き合いいただければ幸いです。感想・批評もお待ちしています!

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