ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド   作:亀川ダイブ

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みなさんこんばんは、亀川です。
毎度恒例の次回予告詐欺につき、サブタイトル変更でございます。
悪しからずご了承ください~!


Episode.39 『オーバードーズ』

《GBO特別上級者限定大会 ハイレベル・トーナメント 第二回戦》

 

 予選会から一回戦までのお祭り騒ぎから一変、ラプラスコロニー宇宙憲章前広場は、照明を落とされていた。薄暗いメインステージ上で大スクリーンだけが煌々と光を放ち、力強く達筆な行書体が表示されている。

 

「あの、ナツキさん。題字・ヒシマル・ゲンイチロウ氏、ってなっていますけど……」

「あンのジジイ、こんなところで小遣い稼ぎを……」

「ふふ……多才だね、お祖父さんは。さすがは生ける伝説、〝旧人類最強(グレート・オールド・ワン)〟と呼ばれる方だ」

 

 二回戦からは、出場各チームに個別の待機用ラウンジが与えられる。ドライヴレッドに割り当てられたのは、鉄血のオルフェンズより、イサリビの食堂を再現したラウンジだ。エイトたちは、劇中で鉄華団の年少組が文字を教わっていたテーブルに三人並んで座っている。

 

「ッたく、オレに隠れてなにかしてやがるたァ思ってたけどよォ」

「いいじゃないか、ビス子。壮健そうでなによりだよ」

 

 あきれ顔でため息をつくナツキと微笑むナノカに両側から挟まれて、エイトは少々窮屈な思いをしていた。両肘に、柔らかいものがあたっている。気になる。仮想現実だけど。アバターだけど。非常に気になる。

 頬を染めているのがバレないよう、エイトは画面の操作に集中するふりをした。

 

「に、二回戦からは、ユカリさんのMCはないんですね」

「そりゃァ、そうだろ。二回戦からはゆかりん☆も選手なんだからよォ……お、始まるぜ?」

(な、ナツキさん、ゆかりん☆とかって言うんだ……)

 

 一瞬、ナツキらしからぬ発言に気を取られたが、エイトはすぐに空中ウィンドウに向き直り、画面を注視した。ナツキはぐいっと身を乗り出すようにして画面に見入り、ナノカも姿勢よく座席に腰掛けてはいるが、視線は真剣そのものだ。

 それもそのはず、なにせ第二回戦の対戦カードは――

 

《二回戦第一試合 スカベンジャーズ  VS ウルトラヴァイオレット》

 

 ――〝狂犬にして毒蛇〟ガンダム・セルピエンテ。〝死霊使い〟ガンダム・エアレイダー。イロモノ揃いの今大会の中でも特に狂気に満ちた二機を擁する、そしてイブスキ・キョウヤとも関係の深いチーム・スカベンジャーズ。

 あの男がジ・アビスとしてトウカと行動を共にしていることが判明した今、ナノカの心中は察するに余りある。一般の観客もセルピエンテの無秩序な破壊力とエアレイダーのゾンビ化ビットに注目しているだろうが、エイトたちにとっては、スカベンジャーズの存在はそれ以上の意味がある。

 そして、その対戦相手は〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟が第十位〝市街戦の女王(ウルトラヴァイオレット)〟ムラサキ・ユカリだ。直接対決したことはないらしいが、GBOJランキングでは、第十一位の〝強過ぎた白雪姫(オーバーキルド・プリンセス)〟アンジェリカよりも、彼女の方が上。アイドル業の合間を縫ってのGBO参戦なので、その戦いをリアルタイムで目撃できたプレイヤーは少ないが、その順位に恥じぬ実力者であることは、先のエキシビションでも証明されている。

 優勝候補の一角でもあるベストイレヴン級の実力者を相手に、狂犬がどう喰らい付くのか。もしや、下剋上が。番狂わせが――宇宙憲章前広場から一万人のアバターは消えたが、画面の向こうから熱い視線が注がれていることは、想像に難くない。

 

「……ヤマダ先輩も、見ているんでしょうね」

「ああ、そうだね。ラミアという子のことを、気にかけていたからね」

 

 ふと呟いたエイトの肩に、ナノカが軽く手を置いた。そしてナツキがそのさらに上から、バンバンと掌を叩きつける。

 

「辛気臭ェぞ、エイトォ! 赤姫ェ! なんにせよ、この試合の勝者がオレらの準決勝の相手だ。バッチリ拝ませてもらおうじゃあねェか。決勝まで、立ち止まってる場合じゃねェんだからよ」

「ナツキさん……はい、そうですね!」

 

 言い放ち、豪快に破顔するナツキの顔を見返し、エイトもニカッと笑顔を返した。空中ウィンドウを操作し、画面を最大サイズまで拡大した。

 対戦各チームのアバターとガンプラが紹介され、システム音声が試合開始を告げる。仮想カタパルトから各機次々と射出され――二回戦第一試合が、始まった。

 

《BATTLE START!!》

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――嫌な予感がする。

 バトル開始前から、ゴーダ・バンは心中穏やかではなかった。まさか自分がニュータイプに目覚めたなどとは思わないが、ただの思い過ごしとは思えないプレッシャーが、どうしても消えない。

 

(レイが昼飯を食わなかったからか……? 俺がベストイレヴン相手にビビってるのか……? いや、違う。何だってんだ、このまとわりつくような不安感は……ッ!)

 

 バンは額にじっとりと汗をかくのを感じながら、大破した一年戦争以前の旧式艦を避けた。Bレオパルドの挙動は良好、自分の操作に的確にこたえてくれる。ガンプラの整備不良はない。しかし――

 

「あんちゃん……どうしたん……?」

「レイ……いや、大丈夫だ。気にするな」

 

 通信ウィンドウに現れた、妹の心配そうな顔。バンは努めて何でもないような顔で応えた。

 今回の戦場は、密度高く宇宙ゴミが漂う暗礁宙域。遠くでは、帯電したコロニーの残骸が放つ落雷が、不定期に光を放っている。そう、ここはサンダーボルト宙域――殺し合う宿命の二人のパイロットが死闘を演じ、そしてザクがガンダムを撃墜した、魔の宙域だ。

 Bレオパルドから見て十一時やや上方、MS形態のエアレイダーがゆっくりと飛行している。ミノフスキー粒子に加えて磁気嵐も激しいサンダーボルト宙域だが、この程度の距離ならなんとか交信できるようだ。

 

「それよりレイ、ここは雷が鳴りまくるぞ。おまえ、雷が怖いって」

「も、もう! あんちゃん、それはようちえんのとき! うち、カミナリぐらいだいじょうぶだもん!」

「がはは、そうだったな。ちゃんと前を見て飛べよ。デブリにぶつかっちまうぞ」

「ふ、ふんっ。あんちゃんのいじわるっ」

 

 エアレイダーはくるりと身を捻って飛行形態(ファイターモード)へ変形、デブリの薄い宙域外周部に飛んでいった。障害物の多いこの宙域では、射撃主体の機体はどう射線を取るかが重要だ。外から中を見渡すというのは間違いではない。

 

(レイも、随分ガンプラバトルに慣れてきたな……)

「怖気づいたのなら、下がって妹のお守りでもしているか?」

 

 蛇のような薄ら笑いを含んだ声が、バンの耳に突き刺さった。

 

「敵なら私ひとりで喰い千切れるぞ。ゴーダのお兄ちゃんの援護など、アテにしようとは思わんのでな」

「大きなお世話だ。墜ちる時は一人で墜ちな、狂犬女。俺は、イブスキ……さん、との契約を果たすだけだ」

 

 いがみ合う二人の言葉を、警報音が遮った。M粒子の影響下で感度の悪いレーダーに、敵機を感知。すでに、かなり近い。

 

「はっはぁッ、もう来たか! さすがは〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟、足が速い!」

 

 紫色の機影たちが、デブリの間を自由自在に跳ね回っている。バーニア推進とデブリを蹴っての加速を併用した、かのシャアザクかシナンジュのような高速機動だ。〝市街戦の女王(ウルトラヴァイオレット)〟直々に選んだというチームメイトも、かなりの手練れだと見て取れる。

 

「くははっ……喰い千切ってやる! 気に入らないんだよッ、機体の色が被ってさァァッ!」

 

 ラミアは笑いながら突然激怒し、セルピエンテハングを展開して突っ込んでいった。バンもBレオパルドの両手に、バンディッドナイフを構える。

 

「レイは援護に徹しろ。通常射撃でだ、いいな!」

『……も、あんちゃ……シュ・ビット、つかって……あやつる……らくに……』

 

 距離が離れ、通信が切れ切れだ。このまま戦闘機動に入れば、今以上に声も届かなくなるだろう。バンは語気を強め、叩き付けるように言った。

 

「ダメだ、言うことを聞け! ライフルで援護射撃! 頼んだぞ!」

『……うん……わかっ……きをつけ……ちゃん……』

(そうだ、あのビットは使わせない……使わせずに俺が敵を墜とせば、それで……ッ!)

 

 イブスキ・キョウヤとの契約は、受け取ったガンプラを使い、ラミアとチームを組んでハイレベル・トーナメントを可能な限り勝ち上がること。決勝まで勝ち上がれば、報酬は満額受け取れる約束だ。そうすれば、この一年ぐらいは生活できるだけの金が手に入る。

 だから――この大会が終わったら、レイと一緒に、GBOは引退しよう。多少仕事はきついが、レイとふたり、兄妹で助け合って過ごす生活に戻ろう。

 バンはコントロールスフィアを握り締め、跳び回る紫の機影に狙いを定めて突撃した。

 

「ゴーダ・バン。(バンディッド)レオパルド……エモノを掻っ攫う!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 付け入る隙が、いくらでもある。

 それが、ムラサキ・ユカリが受けたチーム・スカベンジャーズの第一印象だった。

 

「くはははははは! 嬉しいぞ〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟ッ! 貴様を殺せば私の強さはァァッ! より証明されるゥゥッ!」

「口数の多いことだ」

 

 ユカリは冷徹に言い捨て、ガンキャノン・紫電改に軽く身を躱させる。ただそれだけで、セルピエンテが力任せに振り下ろしたレプタイルシザーズは空を切った。斬り返しのもう一撃を、ユカリは近くにあったデブリを盾代わりにして防御。デブリは断面も荒く切り裂かれるが、その時すでに紫電改はラミアの見える範囲にはいなかった。

 

「くそっ、どこに!」

「呑龍、撃て」

「了解なんだなーっ!」

 

 代わりに視界を埋め尽くすのは、数十発ものロケット弾の嵐。近接信管で起爆した高熱火球が何重にも咲き乱れ、辺りのデブリをまとめて吹き飛ばす。

 

「でゅふふふ。このジャハナム・呑龍の火力ならぶわぁ!」

「小賢しいマネがお得意かァーッ!」

 

 ガンダニュウム由来の頑丈さで爆発を耐えきったセルピエンテは、反撃にビームマシンガンを辺り一面にばら撒いた。そのうちの数発がロケットランチャーを構えていたジャハナム・呑龍に直撃するが、ダメージはほとんどない。二枚の分厚いシールドから発生したフォトン・シールドに、機体が守られているためだ。

 

「ちぃっ、小心者は身を守るばかりでッ。ハングで引き剥がしてやるッ!」

「させぬ、であります!」

 

 飛び出しかけたセルピエンテの頭を押さえるように、ビームライフルの連続射撃が降り注ぐ。背部の大型ブースターにビームライフル二丁持ち、ジャハナム・彗星だ。彗星はセルピエンテの周囲を高速旋回しながら、銃撃を繰り返す。

 

「この彗星の機動性に、ついてこれるでありますかーっ!」

「カトンボがァッ!」

 

 人型でありながら、航空機が如く飛び回る彗星。ラミアは苛立ちを隠そうともせず、ビームマシンガンやマシンキャノンを連射する――その背中は、がら空きだ。

 

(……ただの狂犬だったか。期待外れだな)

 

 忍者のような隠密性を発揮し、ユカリの紫電改がセルピエンテの背後に迫る。二門のハンドランチャーを至近距離から叩き込めば、いくらガンダニュウム製の装甲とて貫通するはずだ。

 

「これで、終わ……」

「うおりゃあっ!」

 

 不意打ちに、大型ナイフが投げつけられる。ハンドランチャーの砲身で打ち払い、ダメージはなかったが、攻撃のチャンスを逃してしまった。

 

「ナイフ使いか」

「がっはっは! お相手を頼むぜ〝最高人位の十一(ベストイレヴン)〟!」

 

 黒い大柄なガンプラ――Bレオパルドが、背中のガトリング砲から弾をばら撒きながら突っ込んでくる。ユカリは両肩の240㎜キャノンで応射し一発が命中、ガトリング砲を破壊するが、バンは爆発するガトリング砲をすぐに武装排除(パージ)、身軽になって紫電改に肉薄した。

 Bレオパルドのナイフと紫電改の拳がぶつかり合い、何度も何度も火花を散らす。流れるような連続攻撃でナイフを繰り出すバンの技量も相当なものだが、そのナイフに斜めから拳や裏拳を叩きつけ刃筋を逸らし続けるユカリの技量は、それ以上だった。

 攻めているのはバンだが、押しているのはユカリ。バンの頬を、冷や汗が伝う。

 

「さすがはランク十位だぜ。妹がよ、アイドルとしてのアンタのファンなんだが――サインは貰えるかい?」

「バトルの後でな」

「がっはっは、そいつは感謝するっ……ぜッ!」

 

 紫電改の胸を蹴り、強引に距離を空ける。同時、超長距離からのビーム射撃が紫電改に降り注いだ。宙域外周部のエアレイダーからの援護射撃だ。ロングライフルの出力は、この距離の狙撃でも十分な威力を発揮する――はず、だが。いまひとつ、射撃の精度が低い。絶好のチャンスだったが、紫電改へのダメージは掠り傷程度のものだった。

 

『あんちゃ……ごめ……うち、へた……』

「気にすんな、またチャンスは作る! もう一度……」

「させんよ」

 

 ドッ、ゴオォッ!

 凄まじい衝撃がバンの全身を揺さぶり、その一秒後にBレオパルドはデブリに叩き付けられた。どうやら紫電改に思いっきりぶん殴られ、吹き飛ばされたようだ。

 コンディションモニターに、真っ赤な警告表示が多数出現している。顔面部大破、頭部バルカン使用不能。やけに視界が狭いと思ったら、メインカメラも半分死んでいるようだ。ブレードアンテナもひしゃげ、通信機能が低下。距離が遠いレイとの通信は、完全に途絶してしまった。加えて、墜落の衝撃でバックパックのバーニア類も不調のようだ。

 

「呑龍。あとは任せる」

「りょりょりょ、了解なんだなユカリしゃまああああ!」

 

 紫電改はバンに背を向け、セルピエンテハングを振り回すラミアの方へと飛んでいった。入れ替わりにジャハナム・呑龍が現れ、全身の重火器をバンに照準する。

 

「か、かわいそうだけど……ユカリしゃまの命令なんだなああっ!」

 

 ロケット弾が、ミサイルが、ビームキャノンが、嵐のように降り注ぐ。バンは必死で回避機動を取り続け、デブリの影に逃げ込み、反撃の気を窺う。だが呑龍の圧倒的な投射量の前に、盾代わりにしたデブリは一瞬で爆発し、回避機動を取ろうにも安全な進路が見当たらない。視界が狭まりバーニアもまともに使えないBレオパルドでは、反撃どころか逃げることもままならない。 

 

「なんだな! なんだなっ! なんだなぁっ!」

 

 ミサイルの直撃で、片腕を失い。ロケットの至近弾に、装甲を焼かれ。爆散したデブリの欠片に、散弾のように全身を打たれる。

 そしてついに、ビームキャノンが脚部に直撃。Bレオパルドの右足が、高出力ビームの熱量に焼き尽くされ、消滅する。機動性の要を失ったBレオパルドは、デブリの一つに墜落した。

 バンはコントロールスフィアを何度も振り上げ振り下ろし、何とか機体を動かそうとするが、もやはBレオパルドはピクリとも動かなかった。撃墜判定が下りていないだけで、すでに機体は死んでいるも同然――もはや、打つ手はないかと思われた。

 

「くそっ、このっ……こんなっ、ところでぇぇぇぇっ!」

 

 ――ごめん、あんちゃん。

 

「……レイ!?」

 

 撃墜寸前のBレオパルドのコクピットに、一基のビットが突き刺さった。

 禍々しく蠢き、輝く――黒い粒子(・・・・)に覆われた、一基のビットが。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「あんちゃん! あんちゃん! どうしたの、おへんじして! ……あんちゃん!」

 

 Bレオパルドが、紫電改に顔面を殴られ吹き飛ばされた。チームステータス画面に撃墜表示が出ていないため、兄の機体はまだ健在だということは、レイにもわかっていた。

 しかし。今まで辛うじてつながっていた通信が、途絶。機体に深刻な機能障害が出るほどの損傷があることは、間違いない。

 

「えんご……えんご、しゃげきを……っ!」

 

 レイは何度も練習した通りにスコープを覗き込み、ロングライフルを連射した。ただの女子小学生に比べれば随分上手な射撃ではあるが、その程度の腕前で〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟ムラサキ・ユカリとそのチームメイトに、通用するはずもない。紫電改を狙った一撃はこちらを振り返りもせずに回避され、呑龍への射撃はすべてフォトン・シールドに無効化されてしまった。

 それならば、と兄を狙うミサイル群に狙撃を繰り返すが、ジャハナム・呑龍はまるで弾薬庫でもぶら下げているかのように次々とミサイルを吐き出し、弾幕の途切れるようすもない。ミサイルの四、五発を撃ち落としたところで、それ以上の数が兄に襲い掛かるだけだった。

 

「あぅ……うぅ……ど、どうしたら……あんちゃん……うち、うち……」

 

 無駄と理解しながらもトリガーを引き続け、一発、また一発とミサイルを撃墜する――しかし、自分の無力さに、レイの目には涙が溜まり始めていた。

 

「だ、だめ……ないちゃ、だめ……しょうじゅんが、ブレる……がんばらなきゃ、うち、がんばらなきゃ……つよく、ならなきゃ……!」

 

 ――そのときだった。

 

《Overdose-system Standby.》

「えっ……?」

 

 レイが操作をしたわけでもないのに武器スロットが回転し、今まで存在しなかったSPスロットが選択され、点滅していた。レイが戸惑っているうちに、無感情なシステム音声が再び言葉を繰り返す。

 

《Overdose-system Standby.》

「お、おーばーどーず……しすてむ……?」

 

 ――お兄さんには、内緒ですよ。

 

 レイの脳裏に、イブスキ・キョウヤからのメールが蘇る。

 少しおかしいとは思ったが、レイは、兄の役に立ちたい一心で、エアレイダーのデータアップデートを実行していたのだ。

 迷うレイの視界の真ん中で、システムの実行ボタンが、ゆっくり、ゆっくりと点滅している。

 

《Overdose-system Standby.》

「これを、つかえば……あんちゃんの、やくにたてる……!」

 

 まだ十歳の少女に過ぎないレイにも、これがフラッシュ・ビットに関係するものであろうことは、想像がついていた。そして、これを使えば、また兄に心配をかけることになるであろうことも……でも。ここで負ければ、お金がもらえなくなる。お金が無くなれば、また兄は、自分のために働きに行ってしまう。また家でひとりっきり、兄の帰りを待つ日々が始まってしまう。

 だから、レイは、望んでいた。兄のお荷物ではなくなることを。兄の役に立てることを――強くなることを、望んでいた。

 

「――ごめん、あんちゃん」

 

 レイは、通信が切れていることを承知でそう呟き、一秒間だけ、ぎゅっと目を閉じた。

 そして、SPスロットを選択。実行する。

 

「おねがい、エアレイダー! うちに、ちからを……っ!」

 

《Overdose-system――BLACK OUT!!》

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「クソッ、どうなってやがんだっ!」

 

 Bレオパルドのコントロールを失ったバンは、VRヘッドセットを投げ捨て、GBOから強制的にログアウトしていた。PCのディスプレイには回線切断を示すエラー表示が真っ赤に光っており、その背景は塗りつぶされたように真っ黒だ。

 だが、今は、それよりも。

 

「レイっ、大丈夫……ッ!?」

 

 レイの姿が、ない。

 自分のすぐ隣で、座布団にちょこんと腰かけていたはずのレイが。一緒にGBOをプレイしていたはずのレイが、どこにもいない。座布団に手をあてると、まだ温かさが残っていた。しかし、部屋にも、トイレにも、台所にも、レイの姿が見当たらない。

 

「レイ!? どこに行った、レイっ!」

『ご心配には及びませんよ』

 

 投げ捨てたVRヘッドセットから、人を小馬鹿にしたような声が響く。バンは握り潰さんばかりの勢いでVRヘッドセットを掴み上げ、怒鳴りつけた。

 

「イブスキ、てめぇ何をしやがったァッ!!」

『おやおや、随分とお怒りのようだ。感心しませんねぇ、短慮は損ですよ――あなただけでなく、妹さんにとっても、ね』

「なっ……!?」

『繰り返しますが、ご心配は無用です。神隠しや誘拐の類などではありません。私が……いえ、我々が。妹さんの身柄は、保護する手はずを整えています。何しろ――ククク。貴重な被験体を、失うわけにはいきませんからねぇ』

「我々……? 被験体……!? てめぇ、何を言ってやがる! レイはどこだぁッ!!」

『まあ落ち着いてください、ゴーダ・バン。そう声を荒らげずに。妹さんは今も……GBOで、戦っているのですから』

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ハヤブサのように飛び回っていたジャハナム・彗星に、ついにセルピエンテハングが喰らい付いた。

 

「あはは! 捕まえてしまえばーっ!」

「くっ、迂闊でありました……!」

 

 右脚にがっちりと喰らい付いた高周波振動刃(アーマーシュナイダー)の牙が装甲を喰い破り、内部フレームを引き裂いていく。しかし、軍服少女は躊躇いもなくライフルを投げ捨ててヒート剣を抜刀、自分の右脚を切り落とした。さらに、置き土産だとばかりにライフル下部からグレネード弾を射出、爆発と共に離脱した。

 

「ユカリ様から頂いたガンプラを……小生、一生の不覚であります……!」

「足一本で済むつもりかぁぁッ!」

 

 グレネードの爆炎を突き破り、セルピエンテハングが再び迫る。軍服少女はヒート剣を軍刀のように構え、迎え撃とうとするが――セルピエンテハングの長く伸長したアームが、大きく蛇行していることに気が付いた。アームは弧を描いて彗星の後ろ側へと続いており――

 

「後ろっ! で、ありますか!」

 

 正面のセルピエンテハングにはビームライフルを身代わりに噛ませ、彗星は反転しながらヒート剣を横薙ぎに振り抜いた。しかし、

 

「勘は良いがなぁッ!」

 

 ガキィンッ!

 硬質な手ごたえと共に、折れたヒート剣が宙を舞った。

 

「あははっ! レプタイルシザーズだぁぁッ!!」

 

 ヒート剣を挟み切ったレプタイルシザーズが、鋏を閉じた状態で勢いよく彗星の胴体を貫いた。そして突き刺したままの状態で、今度は無理やり刃を抉じ開ける。

 

「ぐはっ!? こ、このっ……」

「大人しく引き千切られろよ! この私より、弱いんだからさぁぁッ!」

 

 グギ……グギギギギ……ギャシャアアンッ!!

 腕力に任せて開かれた鋏刃が内側から傷口を押し広げ、彗星の胴体は破断された。赤黒いオイルを断面から撒き散らし、彗星の身体が宙を舞う……が、その上半身が急に動き出し、セルピエンテにがっしりと組み付いた。

 

「なっ!? ゴーダの妹か!?」

「ゆ、ユカリ様……今で、あります……っ!」

「チィッ、悪あがきがぁっ!」

 

 ラミアはセルピエンテハングで彗星を引き剥がして投げ捨てるが、その時にはすでに、ユカリの紫電改は音もなくセルピエンテの背後に立っていた。

 

「いつの間に……ッ!?」

「撃ち殺す」

 

 ドドギャンッ! ゼロ距離、回避不能のハンドランチャーが二丁同時に火を噴いて、セルピエンテを吹き飛ばした。セルピエンテはコロニーの残骸らしい巨大デブリに墜落しかけるが、バーニアを吹かして何とか着地、即座にレプタイルシザーズを構えて、機体状況をチェックする。

 

「……セルピエンテハングが!?」

 

 ボディに大きな損傷はないが、バックパックのハングアーム接続部が大破。ハング本体は、千切れたアームごと紫電改のそばに漂っていた。コントロールスフィアを握るラミアの両手がブルブルと震え、鬼のように眦を釣り上がらせた両目が、真っ赤に血走っていく。

 

「キサマ……キサマぁぁっ! 私のガンプラを壊すなんてェェェェッ!!」

「クロ、今だ」

 

 絶叫と共に飛び出そうとしたセルピエンテの顔面部から、突如、太い鉄杭が生えた――否。ステルス状態で忍び寄っていた紫電改のガンドッグ・クロが、後頭部からパイルバンカーで撃ち抜いたのだ。

 

「がっ!? な、き、キサマ……キサマ、はぁッ……!」

「眼前の敵に熱中するから、そうなる。クロ、やれ」

 

 ガンドッグ・クロはパイルバンカーを引き抜き、身軽な猟犬のように宙返りをして着地。同時にビームガトリングガンを展開、レプタイルシザーズに集中砲火を浴びせて破壊した。

 

「う、嘘だ……私は強い、私は強いんだッ……セルピエンテを手に入れた、私は……ッ!」

 

 武器を失い、頭部には風穴。先ほどまで真っ赤に血の気が上がっていたラミアの顔面は一気に蒼白になっていき、がちゃがちゃと落ち着きなくコントロールスフィアや武器スロットルを操作する。しかし、状況を打破する手など、なにもない……何も、見つからない。この時初めてラミアは、ゴーダ兄妹のどちらとも通信が繋がらないことに気づいたが、その二人が今、どんな状況なのかすらわからない。

 

「まだだ、まだ! この機体なら、私は負けない……強いんだ、私は強いんだッ!」

「それが遺言か?」

 

 もはや死に体となったセルピエンテに、ユカリは二丁と二門、ハンドランチャーと240㎜キャノンの砲口を向けた。

 

「作戦とはいえ、ファンの仇だ。この手で直接……撃ち殺す」

「くそっ、くそっ、くそぉぉッ!! 私は、こんなぁぁぁぁッ!」

 

 ドドギャンッ! ドドォンッ!

 二発の実弾と二発のビーム弾、全弾直撃。セルピエンテの四肢は吹き飛び、撃墜判定を下された。ラミアの恨みが籠った断末魔も途中で途切れ、サンダーボルト宙域は俄かに静寂に包まれる。

 ユカリは銃をおろし、ふぅと軽く息をついた。

 

「終わりが見えたか。彗星、すまなかったな。呑龍、状況を……」

『マァダ……ダヨ……』

「――ッ!?」

 

 冷たい声が、突然。通信機越しではなく、耳元で。

 ユカリは反射的にバーニアを全開、弾かれたようにその場を離れた。直後、紫電改がいた場所に、何か黒い塊が、凄まじい速度で落ちてきた。

 

「なっ……んだ、これは……!?」

 

 ユカリは紫電改を別のデブリに着地させ、黒い塊を見上げる。

 白と黒とのツートーンに、Ζ系を思わせる精悍なマスク。両肩の大型バインダー……ガンダム・エアレイダー。しかしその全身を、生物的に脈動する黒い粒子雲がヴェールのように覆っている。

 

『アンチャン……ウチ、ガンバル……ナイショ、オニイサン……ウチ、オニイチャン……ツヨク……ナル……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 黒い粒子雲に包まれたエアレイダーは、雄叫びを上げるように身を震わせ、赤黒くバーニアの航跡を引きながら突撃してきた。

 

「チッ、面妖な」

 

 ユカリは舌打ちを一つ、紫電改にバックステップを踏ませ、引き撃ち気味にハンドランチャーを連射した。しかし、

 

「吸収した……!?」

 

 連邦軍系の蛍光ピンクのビーム弾は、黒色粒子雲に触れた瞬間に分解・粒子化され、黒く染め上げられながら、粒子雲に呑み込まれてしまった。

 

(……あのユニコーンの、黒いサイコフレームのようなものか)

 

 ユカリの脳裏に、一回戦で見たユニコーン・ゼブラの姿がちらつく。しかし、あのエアレイダーの特殊機能が、ゾンビ化ビットだけでなかったとは。ファイターはまだ幼い少女で、そんなシステムを組めるとは思えなかったが。

 疑問を感じつつも、ユカリはガンドック・クロを分離。パイルバンカーを起動させる。射撃が粒子化されるとしても、実体剣や徒手空拳の類なら通じるはずだ。

 

「いくぞ、クロ」

 

 ユカリはクロに指令を送り、バーニアを吹かして飛翔した。吸収されるのを承知でハンドランチャーを連射、クロのビームガトリングとの十字砲火で、エアレイダーを追い込んでいく……が、黒色粒子雲の射撃無効化に絶対の自信があるのか、次々と直撃するビームの砲弾・銃弾をものともせず、エアレイダーは一直線に紫電改へと突っ込んできた。

 

(特攻か。仕方ない、腕の一本ぐらいはくれてや……ッ!?)

 

 ガォォンッ! 

 突然の衝撃が、紫電改を襲った。

 

「……クロッ!?」

 

 クロのパイルバンカーが、紫電改の右膝を貫いている。

 

「ちぃっ、ゾンビ化ビットか……!」

 

 紫電改に喰らいつくクロの背中に、黒色粒子を纏った小型ビットが突き刺さっている。一回戦でジオ・ジオングのコントロールを奪ったときには、複数のビットを突き刺す必要があったはずだが――この差は、黒い粒子の効果なのか。

 

「ゆ、ユカリしゃまぁ! 逃げるんだなぁぁ!」

「呑龍!?」

 

 クロを振り払おうとする紫電改の両腕を、呑龍が後ろから羽交い絞めにしてきた。

重火器を扱うためパワー重視に調整している呑龍ではあるが、紫電改とて素手で敵機を破壊できるパワーを持つガンプラだ。振りほどけないはずがないのだが、今の呑龍は異常な膂力を発揮して、完全に紫電改を抑え込んでいる。

 

「どど呑龍のコントロールが効かないんだな! それなのに、エネルギーゲインは五倍以上なんだな! どうなってるんだな、ユカリしゃまああ!」

(ただのゾンビ化ではないのか……っ!?)

『タタカウ……ウチ、ツヨク……ナル……』

 

 もがく紫電改の目の前に、黒いヴェールを纏ったエアレイダーが迫る。

その左腕に装備した小型シールドの先端から、まるでどす黒い血流が噴き出したかのように、赤黒いビーム刃が噴出した。

 そして、その右手には――

 

『アンチャン……イッショ……ウチ、ナカナイ……イッショ、ニ……イル……』

 

 ――荒々しく渦を巻く黒色粒子雲とは、不釣り合いなほどに優しく。慈しむように。Bレオパルドの左手が、重ねられていた。

 しかし、そのBレオパルドの全身はボロボロに傷つき、顔面はひしゃげて潰れていた。そして根元から千切れてなくなっていた右腕の位置には、無理やり捻じ込まれるようにして、セルピエンテハングが接続されていた。

 

『コワス……コロス……アンチャン……ダイスキ……!』

 

 壊れたラジオのように呟く、レイの声。その言葉に導かれるようにして、禍々しい黒色ビームサーベルが、頭上高くに掲げられ――そして、振り下ろされた。

 

《BATTLE ENDED!!》

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――同時刻。ゴーダ兄妹の安アパートからほど近い、人気のない路地裏。レイは、そこにいた。

 家にいたままのパジャマ姿で、頭にはGBO用のVRヘッドセットを装着したままだ。そんな恰好をした幼い少女が足元もおぼつかない様子で出歩いていれば、まともな大人なら心配して声をかけるだろう。しかし、不幸にも――もしくは、幸運にも。家からこの路地裏までの間に、彼女は誰とも出会わなかったようだ。

 

『アンチャン……ウチ、カッタヨ……タタカイ、カッタヨ……』

「……待っていましたよ、ゴーダ・レイ」

 

 ふらふらとさまようレイの前に、一台のリムジンが停車した。まるで誘うように後部座席のドアが開き、その中には、スーツ姿のイブスキ・キョウヤが座っていた。

 イブスキは蛇のような微笑みを浮かべながら、まるで舞踏会にでも誘うがごとく、真っ白な手袋をはめた手を、レイへと差し伸べた。

 

「……まったく、あの戦乙女の飼い犬には失望させられましたが……あなたは、あの捨て犬よりも役に立ちそうです。粒子適性は上々。オーバードーズシステムも、あなたを選んだようですしねぇ。歓迎しますよ、ゴーダ・レイ。私と、来てください」

『アンチャン……ニハ、ナイショ……ウチ、ワルイ、コ……?』

「いいえ! そんなことはありません。とぉぉっても良い子。役に立つ子ですよ……私と、このヘルグレイズにとってはね。さあ、こちらへ」

 

 レイはイブスキに言われるままに、ふらりと倒れ込むようにしてリムジンに乗り込んだ。艶やかな黒塗りのドアが滑らかに閉まり、リムジンは音もなく、滑るように走り出す。

 その行先も、そして、そこで何が行われるのかも……幼いレイには、知る由もなかった。




第四十話予告

《次回予告》

「なあ、赤姫よォ」
「なんだい、ビス子」
「オレとお前が、メインヒロイン……だよなァ?」
「ああ、そうだね……そのはずだね……」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第四十話『ヒートエンド』

「……最近、ゴーダの妹に……ヒロイン属性、奪われてねェか?」
「だ、大丈夫さ……たぶん。エイト君はロリから好かれるけど、ロリを好きではないよ……たぶん……きっと」



◆◆◆◇◆◆◆



NEW!!▶【イブスキさんがレイたんをハイエースしました。】


 ……はい、イブスキのクソ野郎がまたもや暗躍しております。最終話に向けた伏線をバリバリ張りまくりつつある昨今の拙作ですが、今回のこれはけっこう大きなヤツだったりします。ゴーダのお兄ちゃんは妹を救えるのか!? ……主人公はどこに消えた(笑)
 
 兎も角。次回予告詐欺でサブタイ変えまくっている私が言っても信頼度が低いかもしれませんが、本作は全50話を予定しておりますので、次回で5分の4まで来たことになりますね。
 私も予想していなかったほどに多くの方に読んでいただいて、感想を貰って、やっとここまで来た拙作です。このままきっちり完結させたいと思います。がんばります!
 今後もどうぞお付き合いください。よろしくお願いします!
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