ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド   作:亀川ダイブ

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どうもこんばんは。亀川です。
今回はバトルなし&シリアス&長いという三重苦なお話です。
いろいろとストーリーに関わる話を詰め込みましたので、お付き合いいただければ幸いです!


Episode.46 『ウォーゲーム・イヴ』

 くらい、くらい、くらい……まっくろなそら。

 どこまでもくろくてどこまでもくらい、わたししかいないそら。

 ひとりっきりのそら。

 ここにはわたししかいない。

 わたしをうんですてたははおやも、

 さいしょからいなかったちちおやも、

 わたしをそのたおおぜいとともにそだてたしせつのしょくいんも、

 かわいそうなわたしにどうじょうしていたどうきゅうせいも、

 だれもいない。

 わたししかいない。

 すこしずつかたちをなくしていくわたしをつつむのは、くろいりゅうしのかけら。

 ちからのはいらないわたしのてから、なにかがすべりおちて、くろいそらにのみこまれる。

 

 ――ガンプラだ。

 

 トールギス・アンフィスバエナ。

 ガンダム・セルピエンテ。

 手に力が入らない。いや、入れる気にならない。

 なんでわたしは、こんなオモチャにしがみついていたのだろう。

 ガンプラなんて、しょせんはこどものオモチャ。

 わたしはなんで、こんなプラスチックのカタマリに執着していたのだろう。

 アンフィスバエナが、黒い粒子に飲み込まれた。

 セルピエンテが、黒い粒子に飲み込まれた。

 さようなら、さようなら、さようなら。

 わたしにはもう、何もない。何もいらない。

 お嬢様の隣に立てないわたしなんて。もう、何も、いらないんだ。

 

 ――おじょう、さま……?

 

 何だろう。すごく、懐かしい。

 でも、何がそんなに懐かしいのか、解らない。

 わからない、わからない、わからない。

 わたしはなんで……おじょうさま……ガンプラ、なんて……

 黒い粒子が、僅かに波立つ。

 どうやら、私の手が、何かを掴んだようだった。

 どうしたんだろう。私の手は、もう何も掴めないはずなのに。

 

 ――サーペント・サーヴァント……?

 

 白と黒に塗装した装甲、大腿部に内蔵した追加バーニア。ツインビームガトリング、そして大型アーミーナイフ。

 ラミア専用サーペント・サーヴァント。

 お嬢さまが私にくれた、最初のプレゼント。

 一緒に作った、初めてのガンプラ。

 お嬢さまの親衛隊、〝多すぎる円卓(サーティーン・サーペント)〟筆頭の証。

 

 ――これが、私のガンプラだったのに……私は、私はああああ!!

 

「ばかラミアぁぁっ! 目を覚ましなさぁぁいッ!!」

 

 黒い粒子が吹き飛び、暗い宇宙が砕け散った。

 すべてをぶち壊して突っ込んできた右拳が、私の顔面を容赦なく殴り飛ばした。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「お嬢さま、こっちですぜ! D列の一番奥、個室!」

「ありがとう、ヤスさん」

「お、お客様、困ります! いったい何を!?」

 

 事態を把握できず混乱する店員を押しのけて、アンジェリカは店の奥へと走った。

 ヤマダ重工女子寮から徒歩で十分程度のネットカフェ。普段はそう繁盛しているわけでもないごく普通の店舗。ヤスが得意とするあまり公言できない類の技術により逆探知した、アンフィスバエナを操作するパソコンはこの店にあった。

 それはつまり、ラミアはここにいるということだ。

 アンジェリカは逸る気持ちを抑えきれず、大股に歩を進める――D列一番奥の個室、ここだ。

 密閉性の高くない、安物の簡易扉の向こうから、ディスプレイの光が漏れている。力が入りこわばったアンジェリカの肩に、チバが分厚い掌を軽く乗せる。

 

「お嬢、気持ちはわかるが焦るなよ。ラミ公は今、まともじゃあねぇかもしれんぞ」

「ありがとう、チバさん。でも、それでも、私は……私は、この扉を開けますわ」

 

 目を閉じ、呼吸を止めて、一泊の間を置く。次に瞼を開くのと同時、アンジェリカは個室の扉を勢い良く引き開けた。

 

「……ッ!!」

 

 覚悟を決めていたはずのアンジェリカだが、現実のラミアを目の前にして絶句する。

 そこにいたのは、間違いなくラミアだった。アンジェリカの親友にして戦友、親衛隊筆頭の、ラミアだった。白銀色のショートカットは灰色にくすみ、肌に血の気はなく、たった数日の間に見る影もなく痩せ細ってはいたが――そして、黒く光のない空虚な瞳が、宙を彷徨ってはいたが。まぎれもなく、ラミアだった。

 

「おじょ……さ……?」

 

 ピクリ、とラミアの肩が痙攣し、虚ろな視線がアンジェリカを捉えた。力なく垂れ下がっていた右手が壊れた人形のように持ち上がり、その掌に握りしめていたものを、アンジェリカへと差し出そうとする。

 

「……ごめ……さい、わ……もう、しかく……ない……おじょ、さま……となり、に……これ、おかえ、し……ま……」

 

 ラミア専用サーペント・サーヴァント。

 焦点の合わない両目から、次から次へと涙が零れ落ちている。そして鼻からは一筋、真っ赤な血が流れだした。

 今まで黙って成り行きを見守っていたチバだったが、ラミアの鼻血に表情を険しくした。ヤスに一言耳打ちをし、走らせる。その背を見送りながら、チバはアンジェリカの肩に手をかけた。

 

「お嬢、こいつはもう医者の領分だ。本社(ウチ)の系列病院に運び込……」

「……ばかラミア」

 

 静かに、だが噴火直前の火山のように。重く、深く、地響きのような呟き。アンジェリカのただその一言に、チバは気圧されてしまった。

 アンジェリカの右拳が、固く握り締められる。狭いネットカフェの通路にもかかわらず、両足を開き腰を落として拳を引き、実に堂に入った正拳突きの構え。そして――

 

「ばかラミアぁぁっ! 目を覚ましなさぁぁいッ!!」

 

 ――ガオォォンッ!!

 およそ人が人を殴ったとは思えないような轟音。ショットシェル・フィストもかくやというような衝撃が、ラミアの顔面に突き刺さる。先の鼻血など比較にならない勢いでドバドバと鼻血が流れ出し、チバが慌てて飛び出し、止血する。

 

「お嬢ッ、やりすぎだ!」

「いいえ、チバさん。私は今までやらなすぎた(・・・・・・)

 

 右手に激痛。ヒビか、下手をすれば折れたか。教養として武道を嗜んではいるが、演舞中心で殴り合いなどしたことのないアンジェリカの拳が、正拳突きの衝撃に耐えられるはずもない。アンジェリカはズキズキと熱を持つ右手を隠しながら、微笑んで見せた。

 

「ラミアが目を合わせてくれなくなったとき。女子寮に引きこもったとき。扉を叩き壊してでも向き合うことが、私にはできたはずだった。でも、しなかった。できなかった。私の知らないラミアが、そこにいるかもしれないことが怖くて……私は、逃げていた」

 

 ゆっくりと歩み寄り、チバに抱きかかえられたラミアの頬を、アンジェリカは痛む右手で優しく撫でた。そしてそのまま、抱きしめる。

 その様子にチバは表情を緩めてラミアから離れ、アンジェリカにすべてをゆだねる。

 

「だから、あなたの親友でいる資格が……覚悟がなかったのは、私のほう。でも、これが私の本気。道を間違ったあなたを殴ってでも止めるのが、私の本気。私の友情。私の……愛情」

 

 自慢の金髪が、しわ一つない制服が、血で汚れるのも構わず。アンジェリカはラミアをきつくきつく、抱きしめる。

 

「だから、帰ってきて、ラミア。私の……大切な、私のラミア」

 

 ――そして、無限にも思える数秒が過ぎて。アンジェリカの背中を、痩せ細った両腕が、弱々しく抱きしめた。

 

「……お嬢、さま……」

 

 はっきりとした、声色。涙にかすむ視界の真ん中に、アンジェリカは見た。ラミアの両目に、光が戻っているのを。弱々しくも、確かに微笑んでいるのを。

 

「……申しわけ、ありませんでした……ラミア、ただいま……帰りました。アンジェリカお嬢さま」

「ラミア……っ!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――独白にも聞こえる話を終えて、アンジェリカは冷めかけたコーヒーに口をつけた。左手で、ぎこちなく。右手が痛々しく腫れ上がっているのが、巻かれた包帯の上からでも見て取れる。

 

「……今は、ヤマダ重工の系列病院に入院中。ずっと、眠り続けていますわ」

 

 GP-DIVE一階、カフェスペース。臨時休業中の店内に客の姿はなく、そこにいるのはハイレベルトーナメント参加者だった者たち――イブスキ・キョウヤが仕掛けたあの戦いに、大なり小なりの関わりを持つプレイヤーたちだけだった。

 

「よかった、とは言い切れないですけど……最悪の結末は避けられましたね、ヤマダ先輩」

「彼女が心を狂わせる一端となった身としては、責任を感じるよ。私に償えることがあれば言ってほしい、風紀委員長」

 

 エイトは柔らかく微笑みかけ、ナノカは真剣な目でアンジェリカを見つめる。しかしアンジェリカはふっと口元を緩め、首を横に振った。

 

「ガンプラバトルには……いえ、すべての勝負事には、勝ちも負けもつきものですわ。あの時ラミアを支えるべきだったのは、やはり私でした。それに気づかず、あの男に付け入る隙を与えたのも私。アカサカさんが責められるものではありませんわ」

「でも、委員長……」

「ラミアのことは、私が……私が責任を持ちたいんですの、アカサカさん。どうか私に、ラミアの親友でいさせてくださいな」

 

 一点の曇りも、迷いもない笑顔。アンジェリカの顔を見て、ナノカは「敵わないな」と微笑んで、引き下がった。

 それと引き換えに、ナツキがテーブルを叩いて身を乗り出した。

 

「あの狂犬野郎の毒が抜けて、飼い主ンとこに戻ったのはめでてェことだ。そこで次の問題だ、あのクソ黒幕野郎をどうすんだって話だろ?」

「あの時、ログアウトしていなければ……ウチも、あの男に一発かましてやれたのに……ッ」

「……落ち着けよ、姐御」

 

 苛々と爪を噛むエリサにいつものような爛漫さはなく、店長がなだめるようにその肩をぽんぽんと叩いている。ちょうどそこへエプロン姿のメイファが替えのコーヒーやジュースを持ってきたが、さすがに空気の重さを感じているのか、表情もテンションも落ち着いている。

 

「エリエリぃ……いっぱいのイライラ、よいないアルよ」

「わかっとる! わかっとるよ、わかっとるけど……けどな……!」

 

 ギリリと、音がしそうなほどに奥歯を噛み締め、小さな拳にも、爪が食い込むほど力が入っている。エリサは細い肩を震わせながら、言葉を吐いた。

 

「あの男、師匠の技を……神戸心形流の粒子変容技術の秘伝を、黒い粒子やなんや知らんけど、あないな使い方を……絶対に許さへん……ッ!」

 

 そもそも、エリサが神戸から出てきた理由。イブスキ・キョウヤを追う理由。エイトも詳しくは聞いていなかったが、今の言葉から推測はできた。エリサは心形流の師匠を心から敬愛していたし、エイトもたまに道場に行った時には、心形流の人たちによくしてもらっていた。その技術を、秘伝を、持ち逃げされた上にあんな使い方をされては――心形流を愛するエリサにしても、店長やメイファにしても、心穏やかではいられないだろう。

 

『アタシたちだって、あの男は許せないんだからね! あんな形で大会を台無しにされて! GBOも無茶苦茶になって!』

『私と兄兄(にぃにぃ)ズも納得してないもん。まあ、大会はもう負けちゃってたけど……でも、ね!』

 

 テーブルの端に置かれたノートパソコンから、ミッツとヤエの声が騒がしく響く。現在GBOはサービス停止状態なので、別のネットゲームのVC(ボイスチャット)機能が画面上に展開されていた。そこには、金色(ゴールド)海賊旗(ジョリーロジャー)青い金属製(ブルーメタリック)の猫、そして一本角の生えた縞馬(ユニコーン・ゼブラ)のアイコンがふよふよと浮かんでいる。

 

『……あの男の黒い粒子……私のとは、違ったわぁ……主に、粒子制御系。偽装(ダミー)隠密(ステルス)、ビットの粒子推進……精密さが、段違い。それが心形流の技術、かもねぇ……』

 

 バンッ。

 カスミが言い終わらないうちに、エリサの拳がテーブルを叩いた。プルプルと震える小さな握り拳を、店長の大きな掌が上から包み込む。

 

「……エリサ。俺も気持ちは同じだ」

「……ごめん、カメちゃん。……ありがと」

 

 エリサは肩の力を抜いて、店長の太い指先をきゅっと軽く握り返した。

 

「――まァ、各々それぞれ、あの黒幕気取りのクソ野郎には腹ァ立ててるってェことだな。オレの場合は、エイトの敵はオレの敵、赤姫の敵はオレの敵ってェだけだがよ」

 

 テーブルを囲むメンバーをぐるりと見まわし、ナツキは再び腰を下ろした。

 

「んで、赤姫。お前の親父さんはなんて言ってンだ?」

 

 ナツキの声に促されて、視線がナノカに集中する。ナノカは姿勢よく椅子に腰かけたまま、全員に対して頷き返す。

 

「……状況はよくない。現在GBOがサービス停止状態なのは、イブスキ・キョウヤによるメインサーバーへの攻撃を防ぐために、特殊なプログラムを実行したためだということなのだけれど……」

『そこから先は、私が説明を引き継ごう』

 

 ナノカの声に、落ち着いた男性の声が割り込んだ。見れば、カスミたちのアイコンが浮かぶノートパソコンの画面に、ヤジマ商事のロゴマークが現れている。

 

『娘のご友人の皆さん、音声のみで失礼をする。私はアカサカ・ロクロウ。GBOの管理運営を任されている者、と理解してもらって構わない』

「父さん。どうして、ここが……?」

『事態を収束するため、なりふり構っていられなくなったのだよ、トウカ。情けない父に力を貸してほしい。ご友人諸氏にも、伏してお願い申し上げる』

 

 テーブルに沈黙が下りる。アカサカはやや間をおいて、『了承をいただき、感謝する』と前置きをして、語り始めた。

 

『GBO完全閉鎖から、約三時間。率直に言って、事態は悪化している。GBOの存続……いや。ガンプラバトルそのものの存続に関わるレベルにまで』

 

 

 ハイレベルトーナメント準決勝、ドライヴレッド対スカベンジャーズの試合中に発生したイレギュラー。かねてより警戒していた変異プラフスキー粒子――正式名称はまだないが、〝黒色粒子〟と通称されるその粒子が、突如として暴走。フィールドの変質、プレイヤーのアバターとガンプラデータが混濁するなどの大規模機能障害が発生した。

 同時に、GBOメインサーバーへの同時多発的な不正アクセスが発生。開発者しか知りえないはずのバックドアを利用した予想外の攻撃に、初期対応で後れを取ってしまう。

 GBO運営本部は、ゲーム内の異常とサーバーへの攻撃に同時に対処せざるを得なくなり、結果、イブスキ・キョウヤのメインサーバーへの侵入を許してしまう。そして瞬く間にメインサーバーの10%に相当する領域を支配され、ヤジマ電脳警備部も防衛線を展開するが、じわじわと侵食領域を広げられてしまう。

 そこでアカサカは、室長権限を以て第666独立閉鎖防壁(ソロモン・プロテクト)の展開を決断。特殊な論理防壁、汚染領域の隔離、そしてメインサーバーとネットとの物理的切断を含む防衛措置により、侵食は15%で食い止められた。

 しかし食い止めたとはいっても、逆に言えばその15%の領域内は、完全にイブスキの支配下。第666独立閉鎖防壁は、すべてのアクセスを完全に遮断する。展開中はあちらもメインサーバーに新たに手出しはできないが、こちらも一切干渉できない。汚染された領域内では、イブスキが潜り込ませたプログラムが今も自動的に暗躍し、着々と〝計画〟を進めているのだ。

 

 

 ここまでを一息に語って、アカサカは一度言葉を切った。いまこの場にいるそれぞれがハイレベルトーナメントで経験した出来事をつなぎ合わせ、運営本部という立場から眺めたならば、おおよそアカサカが語ったようなストーリーが出来上がるのだろう。

 しかし、アカサカがわざと内容をぼかした部分もある。ナノカはそれを、父に問うた。

 

「……父さん。イブスキの〝計画〟とは?」

『その質問の答えは、この映像になる。この三時間、正体不明の広告主によって、異常な速度で拡散しているコマーシャル映像だ。当然、ヤジマ商事公式のものではない』

 

 ノートパソコンの画面が切り替わり、バナー広告サイズの映像が全画面に表示される。

 まずはGBOの公式ロゴマークが表示され、続いて暗転――いや、薄暗い中に、白い何かが見える。少しずつ画面が明るくなるにつれ、その正体が露わになっていき――

 

『……あんちゃん。ウチ、がんばるから……』

 

 ――白い、少女の、肢体。顔面はサイコミュ式らしい巨大なヘッドギアに覆われ、ほとんど裸同然の体にはパイプやコード、計測機器の類が蛇のように絡みついている。一見するとCGのように見えなくもないが、それを判断するには映像はあまりに薄暗い。

 

《非道なサイコミュ兵器の人体実験から、囚われの少女を救い出せ!》

 

 突如として鳴り響く、GBOのメインテーマ。そして、少女の体を隠すようにフェードインしてくる太いゴシック体の書き文字。

 

《決戦の舞台は、ア・バオア・クー!》

《プレイヤーを迎え撃つのは、各ガンダム作品のラスボスたち! GBOオリジナルガンプラも多数出現!?》

《大規模多人数同時参加型ガンプラバトルシミュレーション〝ガンプラバトルオンライン〟史上、最大最高の一大決戦!》

 

 宇宙要塞ア・バオア・クーが、ネオジオングが、ラフレシアが、デビルガンダムが、ヴェイガンギアが、アルヴァトーレが、斬り合い撃ち合うガンプラの大軍勢が、次々と切り替わっていく。

 

《雲霞のごとき大軍を――打ち倒せ、ガンプラ!》

 

 初代(ファーストガンダム)のビームライフル、独特な射撃音。画面を打ち抜くビーム。再び、少女の姿が映し出される。その背後に、シルエットで表示されるのは――間違いない。ヘルグレイズ・サクリファイスだ。

 

『あ、んちゃ……あ、アア……アハ、アヒャハ、アはハはははハハはははははハ!!』

《〝メモリアル・ウォーゲーム〟! 20××年8月15日15:00 開幕!》

《――君は、生き延びることができるか》

 

 そして、画面は暗転。場の空気は冷たく静まり返り、誰もかれもが無言だった。そのまま数秒の時が過ぎ、アカサカが重々しく口を開く。

 

『……我々は、あの少女も、そして〝非道なサイコミュ兵器の人体実験〟も、実在のものであると認識している』

 

 ここにいる誰もが、言われるまでもなく理解していた。

 〝暴食群狼(スカベンジャーズ)〟ゴーダ兄妹の妹、ゴーダ・レイ。

 準決勝最終局面、ユニコーン・ゼブラを腕の一振りで木端微塵にした、ヘルグレイズのオーバードーズシステム――その、生体制御装置として組み込まれた、兄思いの幼い少女。

 

『運営本部としては、そのような大会の開催事実はないとアナウンスしているが……ハイレベルトーナメントでの騒動。緊急メンテナンスの実施。それらすべてすら、この大会へ向けての話題作りだったと、ネット上での情報操作が行われている。もはやネット上では公式発表も意味をなさず、イブスキが作り上げた多数決の世論が支配的だよ。たったの三時間で』

 

 画面上に、様々なサイトや掲示板、SNSの書き込みが流れては消えていく。運営の話題作りの仕方に対する批判はあっても、どの記事も〝メモリアル・ウォーゲーム〟の開催自体については、すでに決定事項のように扱っている。

 そんな情報の洪水の中で、ナノカはある掲示板の書き込みに気が付いた。

 気が付いて、しまった

 

「……父さん、この記事は」

 

 画面に触れ、拡大。その内容を読んで、全員の表情が変わった。

 

「なッ……おい親父さんッ! こいつはッ……!」

『……この世界には、奴以外にも外道がいる……ということだ』

 

 

《GBOの次の大会さ、プレイヤー側が負けたらあの幼女ガチ人体実験されるらしいぜ》

《mjd!? あの幼女あれだろ、試合でヤバかった子だろ?》

《レイたそぺろぺろ》

《変態氏ね。まあさすがにガセでしょ。てか、まず幼女CGじゃね?》

《あの広告ポチるとさ、一〇回に一回ぐらい謎サイトに飛ばされるのよ。んで、登録すると》

《詐欺業者さん乙っす。とっととケツまくっておかえりください》

《幼女の人体実験シーン配信してくれるってさ》

《レイたそおおおお! 性的な実験含む!?》

《変態氏ね。ガンプラ板だぞここ》

《含む》

《レイたそおおおおおおおおおおおおおおお!》

《通報するわ》

《突然横からすまんが、登録できちゃったわ。なんかやばいんじゃね、この大会》

《は?》

《なんかお試し映像北、B地区無修正。CGの可能性も微レ存?》

《俺も見た。五秒ぐらいの映像。マジモンかも。危なくね?》

《危ないって結局おまえ見てんじゃねーか! 通報じゃなくて警察だわ》

《レイたそおおおおおおおおおおおおおおお!》

 

 

『……メモリアル・ウォーゲーム開催の噂とほぼ同時。この映像配信の情報も、急激にネット上で広がった。我々も、電脳警備部、法務部、そして警察とも協力しているのだが……まだ、何もつかめていない。その映像(・・・・)が実在する、ということ以外は』

「クソがッ! こんなに最低な気分は人生初だぜ、畜生ッ!!」

 

 激昂したナツキが、感情のままに椅子を蹴り飛ばした。軽い木製の椅子は壁にぶつかり、乾いた音を立てて床に転がる。これ以上、重くなることはないだろうと思えた空気が、さらに重く深く冷たく、真っ黒に沈んでいく。再びVC画面に戻ったオートパソコンから、ミッツのすすり泣く声が聞こえた。

 

『あっ……あの……アタシ、何が何だか……こ、怖くて……何なのよ、これ……こんなこと、怖いよ……』

「え、エリエリぃ……メイファ、よくわかるない……でも、怖いし、ムカムカするよ……!」

「メイファはこんなこと、知らんでええ。ただ、その怒りはウチも同じや。あの男は、クソにも劣るド外道や……ッ!!」

 

 すがりつくメイファを、優しく撫でるエリサ。そのエリサの肩を柔らかく抱きながら、店長は低い声色でアカサカに問うた。

 

「……もはや、ゲームの世界で済む話じゃあない。ヤジマ商事は解決に全力を尽くすべきだ、アカサカさん。それも、迅速に」

『……認識している。事態収束の暁には、責任者として腹を切る覚悟もある』

「父さん!」

『ナノカ、聞きなさい。今は解決策の話が先だ』

 

 大きな声ではなかったが、有無を言わせぬ父の言葉。思わず立ち上がったナノカは、再び腰を下ろすしかなかった。

 

『――現在の状況、そしてGBOの音声ログから拾った発言から、イブスキ・キョウヤの計画は推測できる』

 

 ノートパソコンに、イブスキ一派を模したらしい黒い蛇と、GBOメインサーバーのアイコンが表示される。その周囲に大量に浮かんだガンダムヘッドやザクヘッドのアイコンは、一人一人のプレイヤーを表すのだろう。

 

『メモリアル・ウォーゲームで数多くのプレイヤーの耳目を集めたうえで、GBOメインサーバーからの公式配信という形で、ゴーダ・レイの映像を流す――最低最悪の意味で、社会現象となるだろう。GBOのサービス停止は確実、ヤジマ商事も致命的なダメージを負うことは間違いない。加熱した世論は、ガンプラバトルそのものをも攻撃対象とするかもしれない』

 

 画面上を飛び交うすべてのアイコンが、ボロボロと砂のように崩れ落ちる――GBOの、否、ガンプラバトルの終了だ。

 

『〝GBOを終わらせる最後の聖戦〟――あの男が、第666独立閉鎖防壁発動の直前、ログアウトするときに言い残した言葉だ』

「アカサカさん、無粋を承知で言わせてもらう。だったらイブスキは、防壁が解けた瞬間にGBOメインサーバーから映像を配信すればいい。なぜウォーゲームを開催する?」

『鋭い指摘だ、店長殿。そこにこそ、我々の勝機がある』

 

 ノートパソコンの画面が、再び切り替わる。ウォーゲームを表す、戦場図のようだ。

 

『ただ映像を流したのでは、各種の規制やフィルタリングに引っかかるだろう。だが、ゲーム中なら。それも、最も盛り上がる試合終盤の場面なら。ハイレベルトーナメントの準決勝でもそうだったように、盛り上がった群衆は途中でゲームを降りたりしない。例え、明らかな異変が起きていたとしても』

 

 アカサカの言葉に、ミッツやヤエはハッとさせられた。アバターの手足がガンプラになるという明らかな異常事態を目の前にして、自分たちはゲームからログアウトしなかった。宇宙空間に放り出されて全身がガンプラ化しても、退くどころかエイトを助けるため、試合に乱入さえした。

 ならば。もし幼気な少女が、非道な行いに悲鳴を上げていたとしても。場の盛り上がりによっては――演出の一部だと、自分自身を納得させてしまえば――これはゲームだから(・・・・・・・・・)と、見てしまえるのではないか?

 

『奴の行動分析・心理的傾向から、狡猾だが自己顕示欲の強い、劇場型の性向であることは明白だ。メモリアル・ウォーゲームは、確実に開催される。それも、正しくゲームとして成り立つ難易度(ゲームバランス)で。正当な手順でクリアすることが可能な形で。そうでなければ、クライマックスを迎えられない。もっとも効果的に、映像を流すことができない……15%程度の掌握率では、ゲームシステムの根本までは変えられないからね』

「ヤツは最低のクソ野郎だが、ヤツの用意するゲームはちゃんとゲームになってる……ってェことか」

「……そうか、わかったよ父さん。メモリアル・ウォーゲームが、クリア可能なゲームだというのなら……!」

『そうだ。奴の〝計画〟をくじく、最も有効な策は――』

「――正面突破、ですね」

 

 今まで黙っていたエイトが、静かに、しかし熱の籠った声色で言った。自然、全員の視線がエイトに集まる。

 

「……真っ向から攻め込み。正々堂々と勝負して。正当に勝利する」

 

 エイトはおもむろに立ち上がり、ゆっくりと顔を巡らせて、この場の一人一人と目を合わせた。

 

「姉さん。店長。メイファちゃん」

 

 神戸心形流を裏切り、その秘伝を悪用せんとするイブスキ・キョウヤの凶行を止める。心形流を愛する姉さんたちの決意の固さは、目の奥に燃える炎の熱さに表れているようだ。

 

「ヤマダ先輩」

 

 親友を誑かされた怒りが。親友を救えなかった後悔が。ヤマダ先輩の胸中に、消せない炎を燃やし続けている。冷静に僕を見つめ返す視線にすら、その熱は宿り、伝わっている。

 

「ミッツちゃん。ヤエさん。カスミさん」

 

 画面の向こうで、彼女たちはどんな顔をしているのだろうか。直接顔を合わせたこともない、GBOでのつながりしかない彼女たちだけれど――それでも、通じ合っているものはある。僕たちの大好きなGBOを、汚されたという憤り。ただのアイコンを表示しているだけの画面の向こうから、僕には彼女たちの熱意が感じられる。

 

「ナノさん。ナツキさん」

 

 すべての始まりは、僕がナノさんに誘われたことだった。初めてのGBOで、ジム・イェーガーを貸してもらったことは、今でも覚えている。そこで戦ったドムゲルグの強さも、ナツキさんを最初は男性だと勘違いしていたことも。

 それから、いくつもの戦いを翔け抜けてきた。トゥウェルヴ・ドッグスを。レベルアップ・ミッションを。レギオンズ・ネストを。姉さんとの戦いを。バトルフラッグスを。ジャイアントキリングを。トゥウェルヴ・トライブスを。ハイレベルトーナメントを。

 戦いながら、絆を深めてきたと思う。

 いつも豪放で気風のいいナツキさんが、意外と恥ずかしがり屋で繊細なことを知った。僕が迷ったり悩んだりしたときには、いつも力強く励まして、前を向かせてくれた。

 不思議な魅力があって底知れない雰囲気のあるナノさんが、戦いながら悩み、葛藤し、一生懸命になっていることを知った。いろいろな場面で支えてもらったし、支えたいと思った。

 最初は、ナノさんの真の願いも知らなかったけど。ナツキさんが急に仲間になってくれた理由は、今でもよくわからないけど。でも、僕たち三人は、ナノさんの願いを中心にして、しっかりとつながりあっている。

 この胸を焼く熱い思いが、僕たちの――ドライヴレッドの、絆だ。

 

「僕たちは、それぞれに理由を持って戦います。ここにいる全員が、負けられない思いを背負っています。勝利を望む熱量が、胸を焦がしている人たちばかりです。ですから――」

 

 イブスキ・キョウヤを倒し、GBOを取り返す。

 そして、アカサカ・トウカに勝利する――〝奇跡の逆転劇〟を、見せつけてやる!

 

「――ともに、戦場を翔け抜けましょう!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――その、深夜。静まり返ったGP-DIVEの作業ブースに、エイトの姿はあった。

 

「……根を詰めるね、エイト君」

「あ、ナノさん」

 

 ナノカは手に持ったホットミルクのカップを、作業台の端に置いた。

 

「もう夜更けだから、ホットにしたのだけれど……冷たいほうが好みだったかい?」

「いえ、ありがとうございます。ちょうど欲しかったんです」

 

 エイトは軽く笑ってホットミルクを一口飲み、再び作業に戻った。台の上には、手足を分解されて補強作業中のクロスエイトと、HGUC・V2ABガンダムの箱が置かれている。設計図のようなものはないが、エイトの手はよどみなく動き続けている。おそらく、頭の中ですべて組みあがっているのだろう。

 

「クロスエイトの強化改造案……以前、話だけは聞いていたけれど。間に合いそうかい?」

「メモリアル・ウォーゲームまであと63時間です。パテの硬化時間なんかも考えると、ギリギリですけど……大丈夫です。完成させます、絶対に」

 

 粒子燃焼効果(ブレイズアップ)による攻撃は、対黒色粒子の切り札となる。メモリアル・ウォーゲームでは、クロスエイトの存在が戦局を左右することになるだろう。夕方、カフェスペースにいた全員がそのことを理解していたし、エイトも自分にかかる期待を自覚していた。

 

「このフルブレイズ・ユニットがあれば……熱量のコントロールは、より自在に……」

 

 言いながらエイトは、再び作業に没頭していく。ナノカがそばにいるのも、意識の外になっているようだ。真剣な目でパーツを磨くエイトの横顔を見下ろしながら、ナノカはふっと口元に笑みを浮かべた。

 

(キミはいつだってまっすぐだね。キミに声をかけたことが、私にとって一番の幸運だったのかもしれないよ……ありがとう、エイト君)

 

 きっとこのまま、ホットミルクが冷めてしまっても気づかずに、エイトは作業に集中するのだろう。ナノカは半分以上残っているカップを手に取って、静かに作業ブースを後にした。

 

「……と、いうわけだから。しばらくは、そっとしておいてあげようじゃないか、ビス子」

 

 カフェスペースに戻る途中、ナノカは唐突に、物陰に向けて言った。ビクリ、と身を震わせる気配がして、寝間着姿のナツキが現れる。

 

「……チッ。抜け駆けしやがってよォ」

「はっはっは。兵は神速を貴ぶのさ。ところでビス子、そのバカでかいおにぎりはエイト君用の夜食かい?」

「わ、悪ィかよ。弟たちの夜食はいつもこんな感じなんだよ。ホットミルクなんて、そんな女の子らしい差し入れとか思いつかねェんだよ、オレには!」

「弟たちに夜食を作ってあげるお姉ちゃん、というのはポイントが高いんじゃあないのかい、男性的には」

「んなっ、し、知るかよそんなもん! べべ、別にオレサマを褒めたってなにも出ねェぞ、赤姫!」

 

 エイトの集中を乱さないよう、小声で言い合いながら、二人はカフェスペースに腰を下ろした。ナノカはカップをテーブルに置き、自分の分を飲みながら、もう一つをナツキに勧める。

 

「はんッ、ご機嫌取りかよ? 仕方なくもらってやるよ」

「ああ、それエイト君の飲みかけだから」

「ぶほっ!?」

 

 わざわざナツキが口をつけたのを確認してから、ナノカは言う。口元の半笑いを隠そうともしない。

 

「ててて、てめ、おま、それ、はや、いう……ッ! ちょ、ちょっと飲んじまったじゃねェか!」

「ははは、ビス子は本当にチョロい……いや、かわいいなあ。私が男性だったら惚れているかもしれないよ?」

「こ、こンの性悪腹黒姫がぁ……っ!」

 

 顔を真っ赤にしながら、ナノカの肩を掴んで揺さぶるナツキ。されるがままに揺さぶられながら、声を押し殺して笑うナノカ。

 結局、その様子に気付いたエイトもカフェスペースに出てきて、エイトの休憩もかねての談笑となった。

 そうして、夜は更けていく。

 エイトとナノカとナツキは、三人で語り合った。今までのこと、そしてこれからのことを。

 そうして語り合ううちに、間もなくナツキは眠りに落ち、ナノカはナツキを仮眠室まで運んで行った。エイトは作業ブースに戻り、何とか切削できる程度に硬化したパテに、ナイフをあてる。

 頭の中にある設計図を目の前のパーツに投影しながら、一つ一つ、削り出す。

 

(……倒す。イブスキ・キョウヤを。そして、勝つんだ。トウカさんに)

 

 一心不乱、ナイフを動かすエイトの瞳に、静かに燃える炎が宿っていた。

 

 

 

 

 ――メモリアル・ウォーゲーム開幕まで、残り約60時間。

 




第四十七話予告

《次回予告》


ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第四十七話『メモリアル・ウォーゲームⅠ』

 ナノさん、ナツキさん、行きましょう。これが最後の戦いです――アカツキ・エイト! クロスエイト・フルブレイズ!! 戦場を翔け抜ける!!



◆◆◆◇◆◆◆



……と、いうわけで。GBFドライヴレッド第46話でしたー。
いろいろ詰め込みすぎだったかもしれませんが、最終決戦前に描いておくべきことはけっこう描けたのではないかと思っています。

レイたんには徹底的にひどい目にあってもらっていますが、一応、ガチで年齢制限がかかるような事態にはまだなっていないという設定で書いています。ご安心ください。(笑)

次回からはメモリアル・ウォーゲーム編、最終決戦です。
二年目までに終わらせるという野望が達成できず三年目に突入した拙作ですが、なんとか今年中には完結したいと思っています。
どうぞ今後もよろしくお願いします。感想・批評もお待ちしています。




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