亀川はまだ生きています。そして、ビルドダイバーズと拙作があまりにもネタ被りすぎてショックを受けています。
……兎も角。亀川ダイブ、復帰します。
第49話、どうぞご覧ください。
「はぁ、まったく……
タカヤは軽く肩を竦めながらも、ケルディム・ブルーにライフルを構えさせた。その銃口の先にあるのは、バンのヘビーナイヴス、そしてラミアのサーペント・サーヴァントだ。
たったの二機で百機以上のMSとムサイ級三隻という防衛線に殴り込んでくるなど、正気の沙汰ではない。しかし、それをやるだけの理由が、この二人にはある。黒色粒子への適応が低いためにイブスキからは捨て駒にされた二人だが、今ここで戦う姿を見る限りにおいては、十分に有能な戦士といえるだろう――タカヤはにやりと口の端を釣り上げ、ライフルのトリガーに指をかけた。連動して、バンとラミアを取り囲むGNウォールビットの動きが加速する。周囲に展開するザクやドムたちも、それぞれの銃口を二機へと向けた。
「〝
ドヒュゥゥン!
GN粒子の銃弾が、光の速度で目標を射抜く――マシンガンを構える、
「な、なんとおぉっ!?」
「〝
「説明はあとッス! いけっ、ウォールビット!」
突然の出来事に目を見張るバンとラミア、そしてそれ以上に混乱する防衛部隊のMSたち。AI制御の無人機には想定しえない出来事に硬直してしまう。巨大な的と化したザクとドムの大群を、タカヤのウォールビットが次々と射抜いていく。タカヤによる一方的な攻撃が数秒にわたって続き、ようやく敵味方識別を切り替えた無人機たちが銃を構えた頃には、防衛部隊はほぼ半分にまでその数を減らしていた。必然、防衛線には穴が開く――タカヤはその穴を逃さず、後方のムサイ級艦隊を射線上に捉えていた。
「GNフィールドブラスター……フルチャージ!」
ツインドライブシステム、GNフィールドジェネレータに直結。圧縮GN粒子充填完了。内蔵疑似ライフリング回転開始。デュナメス・ブルーが背負ったサイドコンテナがその先端部を展開、コーンスラスターによく似た砲口が姿を現した。円錐形の表面に超高圧縮GNフィールドが渦を巻き、そして!
「目標を、ぶっとばすッス!」
ズアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
これを好機と、バンとラミアは反転攻勢。それぞれの得物を振り上げて、混乱した敵部隊に切り込む。バンのナイフがザクの動力パイプを掻き切り、姿勢制御を失ったザクの頭に、サーペントハングが喰らい付く。
「オイオイオイオォォイ!〝
「ご心配なくッス、ゴーダのおにーさん。俺自身もわけわかんねぇ仕事してるとは、思ってるッスから」
「……味方、と考えていいのだな。〝
「おねーさんたちにそのつもりがあるのなら、俺は大歓迎ッスよ。何せ、今から――」
横薙ぎに振ったGNフィールドブラスターが、ア・バオア・クー最下端の宇宙港を直撃。閉鎖ゲートが吹き飛ばされ、内部への突入口が開いた。
「――
タカヤは素早くタッチパネルを操作、秘匿回線に通信を繋ぐ。その、接続先は――ヤジマ商事GBO企画運営室、アカサカ・ロクロウ!
「アカサカ室長! こじ開けたッスよ!」
『こちらでも確認をした。働きに感謝する、〝
アカサカの声とほぼ同時、戦場のど真ん中に超大型のカタパルトゲートが出現した。通常とは異なり、黄色と黒のストライプで彩られた巨大環状構造物。運営本部が直接戦場に介入するときにだけ使われる、緊急事態用のゲートだ。
『オペレーターの諸君、もう一仕事頼むぞ! ワクチンプログラム強制揚陸艦〝
ゲートが開き、レーザー誘導灯の上を滑るように出港したのは、現代風にリファインされたホワイトベース。左右両舷のメガ粒子砲で周囲のMS部隊を牽制しつつ、タカヤが穿った大穴へと突っ込んでいく。
『サナカ君、同行を頼む。艦の直掩をお願いしたい……あとのお二人についても、協力を願えるだろうか』
リホワイトベースの艦長席に背筋を伸ばして座りながら、アカサカはバンとラミアへの通信を開いた。
『事情は把握しているつもりだ。特にゴーダ氏には、妹君のこと、なんとお詫びすればよいかもわからない。協力を願うなど恥知らずもいいところだと、理解している。だが、今は、どうか……』
「お姫様ったぁ、レイのことだな!? あの中に、レイがいるんだなッ!!」
言うが早いか、バンは目の前のドムを蹴り飛ばしてバーニア全開、一直線に飛び出した。進路上に立ち塞がったザクを目にも止まらぬナイフ捌きで解体し、瞬く間にア・バオア・クー内部へと突入した。
『……ゴーダ・バン。感謝する。リホワイトベースは両舷全速、ア・バオア・クーに突入せよ!』
リホワイトベースがメインバーニアを吹かし、MSやムサイの残骸をかき分けてア・バオア・クーへと歩を進めた。デュナメス・ブルーもそれに続き、やや遅れてラミアもバーニアを吹かす。
「……はは、油断ないッスねぇ。今も俺を撃てる位置でついてきている」
「他人に言えた身分ではないが、あのヤジマの艦が偽装で、貴様がまだイブスキの手の内だという可能性はある」
「ま、当然っちゃあ当然ッスね。その疑いは簡単に晴れないからこそ、おねーさんだって仮面を被っている。そうッスよね?」
「……言えた身分でない自覚は、あると言った」
「へいへい、自罰的なことで。んじゃあ改めて、自己紹介でもするッスかね~……」
残存していた敵部隊もGNウォールビットに一掃され、リホワイトベースはほぼ無傷で宇宙港に到着した。先行するバンを追い、ラミアとタカヤも宇宙港の内部に突入する。タカヤはラミアが自身に向けた銃口を感じながら、すっと表情を引き締めた。
「〝
◆◆◆◇◆◆◆
――手ごたえが、ない。それが、ヘルグレイズ・サクリファイスと切り結んだ、エリサの率直な感想だった。
確かに、強い。
機体の完成度も、ファイターとしての腕前も、超一流といえるだろう。加えて、今も機体から溢れ出す
強い。確かに、強いのだが……
「――なんやけどっ!」
バトルアックスの一振りを潜り抜け、シュライクをヘルグレイズの懐に滑り込ませる。鋏のように交差させた
「メイファ!」
「ハイな! ホアチャーッ!」
阿吽の呼吸、レイロンストライクの右掌が、ヘルグレイズの左肩に押し付けられる。殴ったとも言えない程度の接触、しかしその掌から攻性粒子が流れ込み、浸透し、そして炸裂する!
「ははッ。良いコンビネーションだ、と言って差し上げましょう。かのアーリージーニアスも使ったという粒子発勁は、黒色粒子とてプラフスキー粒子である以上、逃れ得ませんからねぇ。自身を牽制と割り切った〝
大量の武装群がプラスチック片と化して飛び散り、ヘルグレイズの左腕はひび割れたフレームが剥き出しになる。しかし、イブスキの声色に変化はない。余裕の薄ら笑いを浮かべているさまが、ありありと目に浮かぶようだ。エリサは奥歯をぎりりと噛み締めながら、二刀流を順手に構え直した。
「メイファ、お嬢ちゃん! 近接で押し切んで!」
「御意アル!」
「参りますわ!」
大振りで叩きつけたメイファのレイロントンファーが、バトルアックスを弾き飛ばした。大きく隙を作った脇腹に、アンジェリカがビーム・フランベルジュを突き立てる。クロスエイトの
「おやおや、これはひどい損傷だ。どうしますかねぇ、ククク……」
「腹立つ余裕ネ! これも偽物アルか!?」
「だとしても! 撃ち抜くのみですわ!」
アンジェリカはヘルグレイズの脇腹を掻っ捌くようにビーム・フランベルジュを振り抜き、その装甲の裂け目にさらにショットシェル・ガンナーを叩きこむ。エイハブ・リアクターは火を噴いて爆発、ヘルグレイズの胸部は大破し、千切れた首が宙を舞った。
通常ならば致命傷、間違いなく撃墜判定が下るダメージ……だがしかし、相手はヘルグレイズ。イブスキ・キョウヤの
「コイツはこの程度で墜ちゃせんわ! 全身バラバラにしてやりゃああああああああ!」
「クハハ! 良いセリフですがこれでは、どちらが悪役なのやらですねぇ!」
ヘルグレイズの腰から二枚の木の葉型のシールドが分離、近接型の
上下に分断されたヘルグレイズは、生物的にビクリと痙攣、その機体を包んでいた黒色粒子が霧散した――その黒い靄をかき分けるように、
「せやろなぁッ!」
悪い意味で予想通り、エリサは胸の内で悪態を突きながら、バトルアックスを切り払った。身を捻って距離を取り、
「卑怯者、きえちゃえぇぇえっ! やって、ユニコォォォォンっ!」
振り上げたブラックアウトフィンガーを、力任せに叩きつける。空間ごと削り取るような振り下ろしの掌打が、ヘルグレイズの頭から胸部をごっそりと抉り取った。体幹部を失った手足だけがあてもなく虚空を漂う――それも、一瞬。黒色粒子の霧となって手足は消え、ユニコーン・ゼブラの背後に黄色い
しかしその時にはすでに、ヘルグレイズのエイハブ・リアクターへと、レディ・トールギスが鋭い刺突を繰り出していた。
「ほう? さすがは〝
「あなたが正々堂々と戦わないことは、私たちも織り込み済みですわ」
「同じ手品を何度も見せては、はやり観客は刺激に慣れてしまいますかねぇ‥‥‥いやはや、随分と信用されたものです、私も。まったく光栄の至りですよ」
「信用? 私が? あなたを? ……ふざけるなアアアアアアアアッッ!!」
アンジェリカは獣のように咆哮し、嵐のような連続刺突を繰り出す。ビーム・フランベルジュの描く陽炎の軌跡が、ほぼ壁のように見えるほどの密度で、ヘルグレイズの手を足を胸を頭を、穿ち貫く。ヘルグレイズは瞬く間にヒト型の輪郭を失い、プラスチック片へと変えられていく。
「クククッ、これはBadですねぇ。このままでは、削り殺されてしまいます。それでは……」
「させるかよ!」
レディ・トールギスの背後に出現した新たなヘルグレイズを、シールドスマートガンの閃光が焼き尽くす。
しかしヘルグレイズが爆発した瞬間にはすでに、ア・バオア・クーの表面に次のヘルグレイズが立っている。その腰部から二枚の木の葉型のシールドが、そして左腕の武装群から昆虫の捕食器のようなシザーズを備えたシールドが分離、肉食獣の如くセカンドプラスを強襲する。
「クハハ! 私はこちらなのですがねぇ?」
「っだらああああッ!」
店長は雄叫びをあげ、ロングライフルの銃口からビームセイバーを噴出。喰らい付いてくるシザーズシールドを切り払う。同時、木の葉型シールドが鋭い弧を描いてセカンドプラスの背後に回り込むが、
「カメちゃんっ!」
エリサは瞬時の判断で
店長はその様に舌打ちを一つ、コントロールパネルを展開し、武装スロットを片っ端から叩きまくった。セカンドプラスに満載されたミサイル類の保護カバーが、次々と外れていく。
「畜生め、チートかよ! いっそ清々しいほどのクソ野郎だなオイ!」
「おやおや、心外ですねぇ。チーターなどという汚名には心当たりがありませんよ。このヘルグレイズの挙動の全ては、黒色粒子の性能によるものです。システム上できちんと認識された、ね」
「そうかよ、だがこの物量ならああああっ!」
分身の類か、無限回復か、その正体はわからない。しかし、この戦いでヘルグレイズは粒子吸収や攻撃の粒子化・無効化を使ってきていない。ならば、圧倒的な火力と物量で押し込めば――店長の意図を察したアンジェリカも、ミサイルの一斉射に合わせて、速射のツイン・メガキャノンを雨霰と叩きこむ。
大小さまざまな火球がア・バオア・クー表面に咲き乱れ、MS一機を破壊するにはあまりにも過剰な火力が炸裂する。しかし大型MAすら粉々にするであろう攻撃を叩きこんでなお、この場にいる誰一人として油断はしていなかった。エリサは回収した二振りの刀を隙なく構え、メイファとカスミも全周囲に気を張り巡らせる――と、メイファの鋭敏な粒子感覚が、ぞわりとおぞましい寒気を感じた。
「……エリエリ、なんかヤバいヨ。ぞわぞわ、吐き気、背中さむいネ……」
「ユニコーンも、なにか感じてるわぁ……黒色粒子が、ざわついている……!」
カスミの声に、僅かに恐れの色が混じる。ユニコーン・ゼブラの黒いサイコフレームが、不規則に明滅した。
「ククク、やはり期待以上ですよあなた方は……戦場を、戦争を! 十分に盛り上げて、この戦いを注目に値するものにしてくれる! 感謝しますよォ、あなたがたには!」
イブスキ・キョウヤにしては珍しく、高揚して裏返りかけた声。
「ではお見せしましょう、お出ししましょう、全世界に! ビルダーがファイターがプレイヤーが、コツコツとシコシコと馬鹿みたいに積み上げてきた努力やら熱意やらその他もろもろの全てが、無駄になる瞬間というものを! オォォバァァァァドォォォォズ! システムゥゥゥゥッ!!」
『了解。おーばーどーずしすてむ、ふるどらいぶ』
冷たく温度のない、ゴーダ・レイの機械的な音声。同時、濛々と立ち昇る弾着の煙の、その奥に、ヘルグレイズの黄色い単眼がぶぉんと灯る――灯る――灯る、灯る、灯る、灯る、灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る――
「……な……なんや、これ……!?」
絶句するエリサの目の前で、煌々と輝く何十何百の黄色い単眼。弾着の煙を押し流し、洪水ように溢れ出す、液体化した高濃度黒色粒子。
「……これは……悪夢、ですわ……!」
ア・バオア・クーの傘の端から、粘性の高いタールのような黒色粒子がボタボタと流れ落ちる。そのしずくの一つ一つから、さらに黄色い単眼が出現する。異形の左腕が、長大なバトルアックスが、黒色粒子の中からまた生まれ、さらに暗黒の粒子を吐き出す。
悪夢から再生産される悪夢。這いよる混沌から、さらに這い出すより深き闇。その闇は、周辺宙域で戦闘中だった防衛部隊や、プレイヤー連合軍のガンプラさえも巻き込んで、飲み込んで、呑み下して、瞬く間にエリサ達を取り囲んだ。
ア・バオア・クー宙域を、宇宙よりも黒く染める闇の群体――一万体のヘルグレイズ。
「わざわざ有機溶剤臭い作業スペースで、バカみたいにプラ板を削って! ガンプラなんて作る必要などないのですよ――黒色粒子があれば、オーバードーズシステムがあれば! あとはまあ、黒色粒子適性の高い生体制御ユニットがあれば、この程度のことは造作もないのですよ! クハハハハハハハハハハ!!」
イブスキの哄笑に応えるかのように、ヘルグレイズたちが身震いをする。漆黒の群体が、まるで一つの生き物かのように、ぞわりと波打つ。
「ん、んっふ……んっふっふー……え、ええやん。ラストバトルらしくなってきたわ!」
エリサは強がってみながらも、うまく笑えない自分に気づいていた。ガンプラバトルの常識を無視した、得体のしれない大群に取り囲まれているという根源的な恐怖に、コントロールスフィアを握る手が震える。汗がにじむ。
しかしその手を、突然、大きな掌が包み込んだ。VRではない、リアルな掌の感覚。自分と同じく汗がにじんではいるが、大きく、温かく、安心する掌。
「……エリサ。お前は、俺が守る」
「カメちゃん……」
そう、この世界では別々のガンプラに乗り込んで戦っているが……現実には、すぐ隣にいる。プレイ中のホログラムの中に手を突っ込むなんて、手を握るなんて、GBOプレイヤーとしては重大なマナー違反。だが、今は、それでも――この掌が、この温度が。闇を振り払う、勇気をくれる。
エリサはぶんぶんと頭を振って玉のような汗をまき散らし、にやりと口の端を釣り上げて叫んだ。
「いっくでぇ、野郎ども! イブスキのダボが何しようとも、黒い粒子の最後の一粒までぶった斬るだけや!」
二刀流を逆手に構え、AGE―1シュライクは漆黒の大群へと突っ込んでいった!
「AGE-1シュライク・フルセイバー! 〝
「みんな、エリサに続くぞっ! 撃ちまくって斬りまくって全機まとめてブチのめせええッ!!」
「ええ、参りますわ!」
「やってやるアル! ゥアタアアアアアアアア!!」
「いくわよぉ、ユニコォォォォォォォォン!!」
バーニアの光をきらめかせ、それぞれのガンプラが飛び出していく。迸るビームの閃光が闇を振り払い、流星が夜空を裂くように、漆黒の大群を切り裂いていく。
店長は超重装備のセカンドプラスに関節がきしむような曲芸飛行を繰り返させながら、トリガーを引き続けた。シールドスマートガンが数機のヘルグレイズをまとめて吹き飛ばし、爆発に吹き散らされた黒色粒子の隙間から、ア・バオア・クーの表面がわずかに露出する。
(これだけの大群、ア・バオア・クーの中にも相当数がいるはずだが……大将首は任せたぜ、爆撃のねーちゃん、ナノカちゃん、エイトの坊主……ドライヴレッド!)
その岩塊の奥深くで、今まさに敵の首魁に肉薄しようとしているはずのエイトたちの勝利を信じ、店長はシールドスマートガンの次弾をチャージし始めるのだった。
◆◆◆◇◆◆◆
宇宙要塞ア・バオア・クー、最深部――中央格納庫、超巨大エアロック。来るものすべてを拒むかのように立ち塞がる重厚な円形扉を前にして、ナツキの爆撃に迷いはなかった。
「さァ、引き籠り魔王サマにお目覚めのバズーカだ! ブチ撒けるぜェェッ!」
二門のマスター・バズが同時に火を噴き、超大型徹甲榴弾がエアロックを直撃。頑強極まる分厚い装甲板を、木端微塵にブチ撒けた。凄まじい爆熱と爆風が噴煙を巻き上げ、一瞬、視界が塞がれる。
「さすがです、ナツキさん! これで、この奥に……!」
「……トウカが、いる……!」
低くつぶやくナノカの声色に、焦りを押し殺したような響きが混じる。立ち昇る噴煙の真ん中へ、レッドイェーガーがGアンバーの銃口を向けた。ナツキはモニター越しにナノカへと軽く頷き、マスター・バズの弾倉を入れ替える。
「終わらせましょう、この戦いを。僕たちで!」
エイトは静かに、力強く言い切った。クロスエイト・フルブレイズはその言葉に応えるように、ヴェスザンバーを抜刀した――直後!
「もう終わりなんてツレないなあ!」
噴煙を突き破る、黒紫の爪牙!
「待たせてくれたね、アカツキ・エイトぉぉ!」
それはまるで大蛸の触腕。鋭利な鉤爪を備えた八本のクロ―アームが全方位からクロスエイトを囲い込み、襲い掛かり、喰らい付く!
「くあっ!?」
咄嗟にヴェスザンバーを割り込ませ、鋭い爪から身を守る。しかしがっちりと咥え込まれたクロ―を引きはがすには及ばず、クロスエイトは一瞬のうちに薄暗い噴煙の奥へと引き摺り込まれてしまった。
「エイト君っ!!」
「エイトォッ!!」
弾かれたように飛び出した二人の前に、漆黒の大津波が溢れ出してきた。その顔面に黄色いモノアイを輝かせる、黒い異形のモビルスーツたち――ヘルグレイズの大群!
「邪魔すんじゃねェェッ!」
イブスキのガンプラが何体も現れたことに面食らうが、ナツキは即座に気合を入れなおしマスター・バズを連射。要塞の隔壁すら吹き飛ばす爆発力が、ヘルグレイズの巨体をバラバラに吹き飛ばす。その爆破火球の僅かな隙間を縫うように翔け抜け、レッドイェーガーがア・バオア・クー最深部へと突入した。
「何のつもりだ、トウカ! 決着をつけると言って、不意打ちをするのか!」
「不意打ちとは失礼だね、ナノカ」
要塞最深部、中央格納庫――宇宙世紀本来の姿ならば無数のジオン系MSで埋め尽くされていたであろうその場所は、壁一面にびっしりと並べられたヘルグレイズによって、真っ黒に染め上げられていた。その黒い群体の中央、剥き出しの鋼材が乱雑に組み上げられただけの玉座の上に、トウカは――GBOJランキング第一位〝
「キミたちが突入してきたのと同じさ、斬首戦法だよ。敵の首魁を真っ先に殺す――キミたちの場合は、アカツキ・エイトがそれだ。あの燃え盛るガンプラの力だけが、黒色粒子に対抗しうるんだろう?」
「トウカぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
ナノカは叫び、出力に任せてGアンバーを乱射乱撃。狙いも何もないように見えて、そのビームの軌跡は吸いこまれるようにデビルフィッシュ・セイバーへと降り注ぐ。しかし、次から次へと飛び出してくるヘルグレイズの群れが壁となって全てのビームを受け止め、通さない。
「加勢するぜ赤姫ェ! エイトをどこへやったこの引き籠り野郎ォォッ!」
入り口をふさぐヘルグレイズの残骸を蹴り飛ばし、ナツキも格納庫へと飛び込んだ。突入と同時、両足の十連装ミサイルポッドを全弾斉射。さらに数体のヘルグレイズが爆散するが、トウカに攻撃は届かない。
「ふふっ……焦らないでよ。心配しなくても、アカツキ・エイトを殺すのはこれからさ」
酷薄な笑みを浮かべるトウカに応え、デビルフィッシュ・セイバーが人間じみた仕草で指を鳴らした。同時、トウカの玉座を中心とした半径数十メートルの範囲に、大量の黒色粒子が渦を巻いて溢れ出し、竜巻となって巻き上がる。広いドーム状の天井に向けて荒れ狂う黒色粒子の竜巻の目に乗って、デビルフィッシュ・セイバーはふわりと浮き上がった。
「おいコラァ! ラスボスぶってフィールドギミックに頼ってんじゃねェぞ、降りてきて殴りあえやァッ!」
「……いや、待つんだビス子!」
マスター・バズを振り上げたナツキを、ナノカは声で制した。
「ンだよ、赤姫!」
「エイト君だ!」
黒い竜巻の中にいるのは、腕組みをしたまま上昇していくデビルフィッシュ・セイバーだけではない。その背後には、黒紫の八本腕の中に獲物を――拘束を振りほどこうともがくクロスエイトを拘束する、デビルフィッシュ・バインダーが付き従っている。
ヴェスザンバーをクローとの間に捻じ込んだおかげで、手足を捩じ切られるような損傷はないようだ。しかし、強力無比な八本もの触腕に捕らわれてしまっては、パワーに劣るクロスエイトに振りほどくのは難しい。ブレイズ・アップが使えるのならまだしも、この戦いが始まってからまだ一戦も交えていなかったクロスエイトに、そこまでの熱量は蓄積されていない……ナノカは眉間にしわを寄せ、ギリリと奥歯を噛み締めた。
その様子を酷薄な笑みで睥睨しつつ、トウカはゆっくりと、ドームの天井へと上昇していく。
「……彼はもらっていくよ、ナノカ。と、あとついでのもう一人」
「誰がついでだコラァ! ぶち撒けるぞテメェッ!」
ドッ、ゥゥン! ナツキの怒鳴り声と同時に、Gアンバーの銃声が響く。デビルフィッシュ・バインダーの関節部を狙いすました一撃はしかし、黒い粒子竜巻の風圧に弾かれ、掻き消されてしまう。
「……ッ! だったら、
「それは無粋だよナノカ。……ヘルグレイズ!」
トウカの声を受けて、無数のヘルグレイズ達が猛獣じみた挙動で飛び掛かってきた。連携も何もない数に任せた四方八方からの攻撃に、ナノカとナツキは回避機動を余儀なくされてしまう。
「黒色粒子に対抗しうるキミたちの最後にして唯一の希望は、このボク自らが打ち砕いてやるのさ。だからナノカ、キミはそこのお友達と一緒に、イブスキの劣化版どもと遊んでいればいいんだよ」
竜巻の根本にばら撒かれた鋼材の山の中から、突如として、漆黒の大剣が飛び出してきた。デビルフィッシュ・セイバーの専用武装、ソード・デュランダルである。竜巻の中心を貫くように駆け上がったソード・デュランダルは、そのままの勢いでドームの頂点を撃ち抜き、天井にはMSが楽に通り抜けられるほどの大穴が穿たれる。
「さあさあ、アカツキ・エイト君。決戦の舞台にご案内だ――見て、そして知るといいよ、ナノカ。希望が打ち砕かれる瞬間の気持ちを――約束が、破られる瞬間の気持ちをさ」
撃っても撃っても、次々と視界を塗りつぶすように飛び掛かってくるヘルグレイズの群れを振り払いながら、ナノカは呼んだ。エイトの名を、トウカの名を、喉も裂けんばかりに大声を張り上げた。しかし、デビルフィッシュ・セイバーも、囚われのクロスエイトも、黒い竜巻とともに大穴の奥へと飲まれ――そして、消えた。
「――ッああああああああああああああああ!!!!」
肺に残ったすべての空気を叩きつけるように、ナノカは叫んだ。Gアンバーの銃身で目の前のヘルグレイズを横殴りに吹き飛ばし、ヴェスバービットを狙いもつけずに無茶苦茶に撃ち放ち、そしてヘルメットを引き千切るように脱ぎ捨て、コクピットの床に叩きつけた。
「まただ! また、私は……私はああああああああ!」
血を吐くように絶叫するナノカの脳裏に、クローズド・ベータでの苦い記憶がよみがえる。
必ず守ると言った、トウカとの約束。イブスキ・キョウヤの奸計に巻き込まれ、利用され、汚されてしまったトウカとの約束。トウカの心に影を落とし、仇敵であるはずのイブスキと協力するまでに歪ませてしまった、あの約束。
ぐちゃぐちゃにかき乱されたナノカの内面をそのまま反映したかのように、ヴェスバービットが暴力的に飛び回り、無秩序に重粒子ビームをまき散らす。粒子残量も配分も無視したような破壊力の奔流が荒れ狂い、ヘルグレイズの群れを薙ぎ払っていく。
「お、おい赤姫ェ! オレまで巻き込む気かよ、オイッ!」
飛び掛かってきたヘルグレイズの顔面にGアンバーの銃口を叩き込み、そのままトリガーを引く。撃つ。撃つ、撃つ、撃つ撃つ撃つ撃つ。左腕のシザーズを振りかざして突っ込んできたヘルグレイズに、拘束用ビームフィールドを照射、身体の自由を奪い、Gアンバーを槍のように突き刺し、そして撃つ、撃つ、撃つ。胴体を撃ち抜いても、さらに撃つ。敵がボロ雑巾のようになっても、まだ撃つ。動かなくなったヘルグレイズをぶら下げたまま銃身を振り回し、辺りかまわず撃つ。手当たり次第に撃つ。撃つ、撃つ、撃つ、撃つ、撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ。
――ただ、ガンプラが好きなだけだった。トウカが考えて、私が作る。プラスチックの粉なんて飛び散らせるわけにはいかない病室でも大好きなガンプラができるように、二人で支え合っていた。
だからGBOの話を、「病院でもできるガンプラバトル」の話を父から聞いた時には、一も二もなく協力を申し出た。トウカと一緒に戦った。トウカと相対して戦った。トウカの社会復帰のきっかけになればと……最初は、画面越しでの関わりでもいいから、病院以外の世界に触れてくれればと……クローズド・ベータに参加した。
そして、全てを失った。
「ボケてんなよ赤姫ッ、危ねェぞッ!」
レッドイェーガーの背後、今まさにバトルアックスを振り下ろそうとしたヘルグレイズに、ドムゲルグが全体重を乗せたショルダータックルをぶちかました。追い打ちにマスター・バズをぶち込み、数機まとめて吹き飛ばす。しかしレッドイェーガーは、そんなドムゲルグの援護に気付いているのかいないのか、ただひたすらにGアンバーを手近な敵に撃ち込み続けていた。
――脳裏に浮かぶのは、守れなかった約束。汚された約束。裏切られた約束。
でも、それでも、諦められなかった。だから、探した。可能性という名の、人だけが持つ希望を信じて。GBOのフリーバトルで。GP-DIVEのバトルスペースで。放課後の部室で……そして、見つけた。
彼となら、やれると思った。
絶望的な実力差のある相手にも、真っ直ぐにぶつかっていく彼となら。
粗削りなダイヤの原石にも似た輝きを、彼に感じたから。
彼となら、エイト君となら、やり遂げられると思った。
トウカとの約束を繋ぎなおせる。
トウカを包む分厚い闇を、焼き払えるはずだと。
二人なら。エイト君と、二人なら、と。
でも、ダメだった。
私とエイト君の二人でも、トウカを救えな――
「目ェ覚ませバッッカ野郎がアアアアアアアアッッ!!」
バチィィィィィィィィンッ!!
鮮烈な破裂音が、ナノカのすぐ耳元で響いた。何が起きたのかもわからず、目の前に星が飛ぶ。一瞬遅れて、痛みが来た。
「え、あ……!?」
「ンだァ、まだしゃっきりしねェのか!? もう一発イっとくか、このバカ姫がァァッ!」
グイっと、胸ぐらをつかみ上げられる感覚。ヘッドセットをむしり取られ、目の前にドアップで表れたのは、頬を赤く上気させたナツキの顔だった。
「……び、ビス……子……!?」
「ようやくお目覚めかよォ、このバカ姫ェ!」
投げ捨てられたヘッドセットから、被弾を知らせるアラートが鳴る。しかしそれは、自機ではなく、仲間の被弾――ドムゲルグがレッドイェーガーに覆いかぶさり、盾となってくれている。
「説教がいるかァ? それとも長いモノローグにでも突入するかァ!? お望みならもう一発でも二発でも、テメェのその細っこい顔面にグーパンぶち撒けてやってもいいンだぜ。さ、どうするよォ、アカサカ・ナノカ!」
ほぼゼロ距離で顔と顔とを突き合わせたまま、ナツキはにやりと口の端を吊り上げて、野性的な笑みを浮かべて見せた。
ナノカは、自分を恥じた。「二人なら」などと、悲劇の姫君を気取っていた、自分を。
私は、私たちは、一人でも二人でもない。
私は
「……ムードメーカーの重装歩兵、ってところかな」
「あン? 急に何言ってやがる。やっぱりもう一発、イっとくかァ?」
「ふふっ、それには及ばないよ――ありがとう、ナツキ!」
ナノカは床に落ちたヘッドセットを拾い上げ、ぐっと力を込めて装着した。瞬間、視界に広がるのは、自分をかばって盾になるドムゲルグの大きな背中。そして耳障りな大音響とともに次々とバトルアックスを振り下ろす、ヘルグレイズの大群。
「ごめんよ、待たせたねレッドイェーガー……さぁ、始めようか!」
ナノカの気勢に応え、レッドイェーガーの四ツ目式カメラアイに、燦然と光が灯る。糸が切れたように漂っていたヴェスバービットが一瞬にして鋭敏な機動を取り戻し、高々とバトルアックスを振り上げた十数機ものヘルグレイズの、その柄を掴む手だけを正確無比に撃ち抜いた!
「ナツキ、頼むよ!」
「任せなァ、ナノカァァッ!」
文字通り、攻撃の手を失ったヘルグレイズの群れに、ドムゲルグは追い打ちのシュツルムファウストを発射。スパイクシールドの裏に懸架した全四発を一斉射し、巨大な火球が四連奏で花開く。ヴェスバービットはその火球の外側から弧を描いて回り込み、速射重視の鋭いビームの雨を降らせる。同時、くるりと軽やかに跳躍したレッドイェーガーが、まるで二丁拳銃のような気軽さで構えた二門のGアンバーを、ヘルグレイズの群れに向ける。その銃口に収束する粒子の輝きは、明らかに通常の射撃モードのそれではなかった。Gアンバー最大の火力を発揮する、
「
ドッ、ドッウゥゥゥゥヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!
解き放たれた光の洪水が、空間を満たす黒色粒子を押し流していく。一瞬にして数百機ものヘルグレイズが光の藻屑と消え、ドーム内の黒色粒子濃度までもが激減した。それにより、ドームの床から天井までを柱のように貫いていた黒色粒子の竜巻までもが、その勢いを大幅に弱め、ほぼ消えかけるまでになった。
ソード・デュランダルで撃ち抜かれたドーム頂点の大穴が、はっきりと目視できる。しかし瘡蓋が傷をふさぐように、ヘルグレイズの群れが昆虫じみた四足歩行で天井に張り付き、自身の体で大穴を塞いでいく。
「ハッハァ! この木偶人形ども、わざわざあそこが突破口だって教えてくれてるぜェ! イケるなァッ、ナノカ!」
ナツキはマスター・バズの同軸ガトリング砲で弾幕を張り、天井に張り付くヘルグレイズ達を次々と削り落としていく。真っ逆さまに落下し、鉄屑同然になりながら掴みかかってきたヘルグレイズを蹴り飛ばし、踏み潰し、それを踏み台にして跳躍し、肩部シールドスラスター裏のグレネードランチャーを撃ち放つ。爆発と弾幕のゴリ押しで薄くなった大穴の瘡蓋に、ヴェスバービットが猛禽の如く喰らい付く。
「ああ、やれるさ。私たちなら!」
ナノカはGアンバーをバックパックに懸架、両手に二丁のビームピストルへと装備を変え、舞い踊るような近接銃撃戦闘を展開した。バトルアックスを潜り抜けて脇腹に接射、テイルブレードを飛び越えて背面射撃、突き出されるシザーズを華麗に身を捻って回避、ほぼ同時に裏拳打ちを顔面に叩きこむような動きで零距離射撃。周囲を取り囲んで一斉に飛び掛かってくるヘルグレイズ達の頭上に、一瞬にして集結したヴェスバービットから重粒子ビームを降り注ぐ。
次々と連鎖する爆発、吹き荒れる爆風と爆炎。そのどす黒い噴煙を突き破るようにして、レッドイェーガーの目前にヘルグレイズが飛び出してくる。だがその横っ面にドムゲルグの巨大な足裏がぶち込まれ、ヘルグレイズはガラス細工のように砕け散りながら吹き飛んでいった。
ナノカとナツキは通信ウィンドウ越しに視線を交差させ、互いにニヤリとした笑みを交わし合った。そして、レッドイェーガーはクルクルとビームピストルを手先で回転させ、ドムゲルグはマスター・バズを力強く振り上げた!
「〝
「〝
「「戦場を、翔け抜けるッ!!」」
第五十話予告
《次回予告》
燃え上がれ。燃え上がれ。燃え上がれ、ガンダム!
ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第五十話『奇跡の逆転劇』
――その時、少年は太陽となった。
◆◆◆◇◆◆◆
本当に長いお休みとなってしまいまして、申し訳ありませんでした。
なんとか再開です。そして次回は第50話。50+エピローグでこの物語は終了の予定です。最後までお付き合いいただければ幸いです。
それはそうと、始まりましたねビルドダイバーズ。こんなにも拙作とネタ被りをしているとは……新作発表前までは「ガンプラバトルオンライン」と検索すれば拙作が十ぷに出ていたのですが、それもいまや昔。さっき検索してみたら、ガンダムバトルオンラインか、ビルドダイバーズが検索上位に。万が一の可能性として、まさか拙作が元ネタ……!? 監督かスタッフが拙作を読んでいた……!? ……さすがにそれはないか。もしそうだったら狂喜乱舞していたのですが。スタッフの方、もし読んでいるのならご一報ください!!(笑)
ガンプラ+オンゲという発想だと、だぶん同じような結果になるのだろうな、と自分で自分の心を落ち着かせております。わ、私は三年前から書いてたんだからねっ!!
あんまり色々と書くのも気持ちよくないので、この話題はこのぐらいで。
兎も角、大変お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。第50話も頑張って書きます。今後ともよろしくお願いします。