いつもの倍近い文章量となっていますが、GBOと黒色粒子を巡る戦いに、決着をつけます。
どうか最後までお付き合いください。
宇宙要塞ア・バオア・クーの最下端。宇宙港の最奥部、超大型のエアロック。分厚く頑強な装甲版の集積体であるのその扉が、メガ粒子砲の熱量にさらされてまばゆいばかりに赤熱化し、白熱化し、今にも弾け飛ぶかというほどに膨張した――そして!
「総員、対ショック姿勢!
ドッボオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
軟化し溶けかけた鉄板を勢いと質量に任せてぶち抜いて、RE:WBの巨体が宇宙港最奥部へと突っ込んだ。赤く灼け溶けた金属が滝のように飛び散り、港内設備を滅茶苦茶に壊していく。
「最終エアロック、突破しました!」
「艦体の損傷甚大、これ以上の航行は不可能です!」
しかし、ここまでの防衛部隊との戦闘で大きなダメージを受けていた上に、ほとんど座礁同然に宇宙港へと突っ込んだことで、RE:WBはもはや大破着底と大差ない状態となっている。突入の衝撃で艦長席から放り出されていたアカサカは、オペレーターたちの悲鳴のような損害報告を聞きながらも、にやりと少年じみた笑みを浮かべて立ち上がった。
「だが、ついにここまで来た」
艦橋のメインモニターに映るのは、宇宙港の壁面に埋め込まれるようにして設置された、巨大な円盤と箱。外付けHDDの外装を透明プラで作ったらこうなるであろうというような、一見して大規模な情報集積体であると推測できる構造物。
(イブスキに奪われたGBOメインサーバーの15%……これを奪還できれば、ゴーダ・レイの居場所を特定できる! このバカげたゲームも、これで終わりを……!)
その構造物は、GBOの開発責任者であるアカサカの他には、ヤジマ社内でもごく限られた人間しか知らないはずの、GBOメインフレームに直接干渉しうる
アカサカはすばやく艦長席のコンソールを操作し、管理者権限を発動。RE:WBの格納庫内に、バックドアへのアクセスキーを実体化。白い銃弾の形をしたそれを、格納庫内で待ち構えていたガンプラの手が、がっしりと掴み取った。
「……頼んだぞ!」
「了解ッス!」
「これでレイを救えるのならッ!」
「この身を賭して、罪を償うのみだ!」
傾き座礁したRE:WBの格納庫が開き、三機のガンプラが飛び出した。
太陽炉は焼け付き、左のバックパックを失っているケルディム・ブルー。満身創痍で、最後の一本となった大型ナイフを振りかざすヘビーナイヴス。ズタボロのABCマントを翻し、アームの千切れたサーペントハングを直に手に持って構えるサーペント・サーヴァント。
バックドアへの脅威を検知したシステム側が防衛機構を作動するが、すでに黒色粒子に侵されていた防衛システムは変貌。壁や天井の隙間という隙間から溢れ出してきた大量の黒色粒子がまるで粘土細工のように混ぜ合わされる。そして数秒、黒色粒子はバックドアそのものを取り込んで、全身を黒く塗りつぶされたデビルガンダムを顕現させた。同時、宇宙港内の千切れたケーブルや設備の残骸を黒色粒子が取り込み、無数の
『サセナイ……カエレ……クルナ、カエレエエエエエエエエエエ!!』
真空の宇宙空間にも関わらず、身体ごとびりびりと震わせるようなデビルガンダムの咆哮。その叫びは低くドス黒い声質に変えられてはいるが、バンには痛いほどにわかった。その声が、元はレイのものであることが。
レイの、「助けて」という叫びが。
「レイを! 俺の妹を! 返しやがれぇッ、このクソ野郎がああああッ!!」
バンはフットペダルを限界まで踏み込み、ヘビーナイヴスを最大加速。蛇のようにのたうつ無数の
「私も行くぞ、ゴーダ・バンっ! はああああっ!」
ラミアは右手に構えたサーペントハングを振りかざし、バンに続いた。ずらりと並んだ
「ぐうオオオオオオオオオッ!!」
「はああああああああああッ!!」
喰らい付いてきたガンダムヘッドから紙一重で身を躱し、脳天にナイフを突き立てる。その横っ面にサーペントハングで喰らい付き、引き千切って前へ。真正面から突っ込んできたガンダムヘッド眼窩にナイフを突き立て、魚を掻っ捌くように刃を押し切って両断。黒い粒子を血のように噴き出すガンダムヘッドを蹴り落とし、加速して前へ。大口を開いて食いついてきたその口内にサーペントハングを突っ込み、内側から食い破って前へ。切り裂いて前へ! 突き立てて前へ! 噛み千切って前へ! 前へ、前へ、前へ!
「ハハッ、良いコンビネーションじゃねぇか、俺たちはよ! なあ、ラミア!」
「……私が道を間違えなければ、そんな未来もあったのかもな……せいッ、はああッ!」
『イヤァッ、ヤメテエエエエエエエエエエエエエエッ!!』
そして目前に迫ったデビルガンダム、その両腕がダークネスフィンガーの如き紫電を纏って、バンとラミアを左右から挟み込み、叩き潰す!
「走りすぎッスよ!」
ガキィィンッ! ドヒュ、ドヒュゥゥンッ!
GNウォールビットが二人の左右に強固な
「助かるぜ!」
「流石だ、〝
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
悲痛に響く、デビルガンダムの絶叫。ダークネスフィンガーの出力が爆発的に増大し、耐え切れなくなったGNウォールビットが火花を散らして弾け飛んだ。しかしその出力にデビルガンダム自身も耐え切れなかったのか、その両腕は射抜かれた肘から先が砂のように崩壊する。
「お二人さん、無事ッスか!?」
「応よッ、ここで墜とされてたまるか!」
「まだ、私は戦わなくてはならんのでな!」
血のように噴出する黒色粒子をかき分けて、バンとラミアはデビルガンダムのボディに取り付いていた。密着しての刺突を繰り返し、デビルガンダムの全身を這い回るケーブルを次々と切断、黒色粒子の大量出血による機能停止を狙っているようだ。
(バックドアが露出すれば……アクセスキーを直に撃ち込んで……っ!)
瓦礫とプラスチック片と黒い粒子とが雨霰と吹き荒れる中、タカヤは宇宙港の天井に膝射姿勢で着地しGNスナイパーライフルを構えた。そして本来は必要ないボルトアクションで、アカサカから託された〝
(どこだ……どこだ、どこだどこだ……!)
ケルディム・ブルーの眼前にフォロスクリーンが展開し、タカヤの前にも狙撃用デバイスが出現した。タカヤはガンダム00劇中のロックオン・ストラトスさながらの鋭い視線で、照準越しの目標を睨みつける。
(あのデビルガンダムはバックドア自体を取り込んでいる……だとすれば、狙い撃つべきポイントは、デビルガンダムそのものの核と同じ……つまりは!)
タカヤの銃口がデビルガンダムの胸部中央、レンズ状のクリアパーツを捕らえたのと同時、バンとラミアもその部分へと大型ナイフとサーペントハングを振り下ろしていた。
「うおおおおおおっ!」
「はああああああっ!」
分厚い刃がメキメキと装甲を裂き、ハングの振動刃が火花を散らして傷口を裂き広げていく。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
劈くようなデビルガンダムの悲鳴、その奥に感じられる妹の声色に胸を掻き毟られるように思いながらも、バンは両手に込めた力を緩めなかった。狂ったように噴き出す黒色粒子の返り血を浴びながら、傷口をこじ開け、デビルガンダムの奥深くに隠された核を引き摺り出そうと、より一層ナイフの切っ先を捻じ込んでいく。
『イダイイィィツ! ヤメデェェエエエエエ! イダイヨオオオ! イヤアアアアアア!』
「すまん、レイ! 耐えてくれ、もうすぐ、もうすぐだから……ッ!!」
「……見えたッ、コアだ!」
「こいつか……こいつが、レイを縛ってんのかぁぁッ!」
ナイフとハングで抉じ開けた装甲の裂け目の奥、どくどくと流れ出る黒い粒子の奥に、先ほどの透明なケースに入ったHDDのようなものが、露出していた。バンは片側だけ生き残っていた頭部バルカンを全弾連射、透明なケースを粉々に撃ち割った。
『ヒギイアアアアアアアア!!!! イダイヨォオ、イダイイイイイイイ!』
断末魔のような絶叫、最後のあがきとばかりにデビルガンダムが身をよじり、暴れまわる。DG細胞による異常な速度の自己再生も始まり、コアを露出させた傷口が、凄まじい速度で塞がろうとし始めた。バンとラミアは悲鳴を上げる機体に鞭打ってデビルガンダムにしがみつき、もはや武器も投げ捨てて塞がろうとする傷口を両手で力ずくに押し広げた。
「ぐっ、おおっ! た、頼むサナカ・タカヤ! 終わらせてくれっ、レイを解放してやってくれぇぇぇぇっ!!」
「撃てええええっ! サナカ・タカヤあああああああっ!」
「了解ッス!」
バンとラミアの熱い叫びを受けて、タカヤの精神は極限まで澄み渡った。スコープに映る粒子の一飛沫、のたうち暴れまわるデビルガンダムの動き、その全てがスローモーションに感じられる。イブスキ・キョウヤは許せない。ゴーダ・レイへの仕打ちも、GBOを壊そうとしていることも。そして、仕事のためとはいえ、奴の悪事を暴くためとはいえ、少なからずそれに手を貸さざるを得なかった、自分自身も許せない。
タカヤの胸中に渦巻く様々な思いは熱い怒りとなって全身を巡り――しかしそれは、冷徹極まりない正確無比な狙撃となった。
「――目標を、狙い撃つ!」
◆◆◆◇◆◆◆
渦巻く黒色粒子のトンネルを抜けると、そこは漆黒の夜だった。
宇宙要塞ア・バオア・クーの上部、傘のような形の岩塊の上。本来ならばそこから望む景色は、濃紺の宇宙空間に浮かぶ無数の星々といったものだったのだろう。
だが、今は、違う。
デビルフィッシュ・バインダーの拘束から放り出されたクロスエイトを見下ろすのは、無数の濁った黄色の
「ボクたちの決戦に相応しい舞台だ……とは、思わないかい。アカツキ・エイト君」
その混沌を愛でるかのような、場違いに落ち着いた声色。クロスエイトに数秒遅れて、デビルフィッシュ・セイバーはトンネルから悠々と上がってきた。その背中にはすでにデビルフィッシュ・バインダーが装着され、八本のアームがゆらゆらと蠢いている。
「アカサカ・トウカ……さん……」
「この
ゆったりと、余裕の態度で腕組みをしていたデビルフィッシュ・セイバーが腕を解き、人差し指で自分とクロスエイトとを指し示す。
「そう、二人だけ……ボクと、キミだけだ」
「…………」
「そう睨まないでよ、アカツキ・エイト君。心配しなくても、この戦いにだけはイブスキの奴も干渉させない。絶対にさせない、それはボクも許さない。そういう契約なんだよ、ボクとあいつとの間では」
「…………」
「つまりボクは、こう言いたいのさ――何の邪魔も入らない、一対一だよ、ってね」
トウカの言葉と同時、上空から長大で無骨な金属塊が落ちてきて、計ったようにデビルフィッシュ・セイバーの右手に収まった。それは、デビルフィッシュ・セイバーの主武装、強靭にして鋭利な実刃大剣と強力無比な
「僕は、ナノさんとあなたとの約束のために、ここまで来ました……」
エイトはコントロールスフィアを静かに捻り、武装スロットを選択。クロスエイトはゆっくりと背中に手を回し、バックパック下部からビームサーベルの柄を引き抜いた。しかしビーム刃は展開せず、フルブレイズ・ユニットとして追加した大型ウィングユニットへと、ビームサーベルを接続した。ビーム刃発振部がウィングユニットとがっちりと接合、大きく展開していた翼が一つにまとまり、一振りの巨大な剣となった。
「……でも、それだけじゃない」
F91の系譜を引き継ぐ小型機であるクロスエイトが構えるには余りにも不釣り合いな超大剣を、しかし力強く、威風堂々、エイトは迷いなく正眼に構えた。その切っ先は真っ直ぐにデビルフィッシュ・セイバーを指向して、小動もしない。
「ふふ、頼もしいじゃあないか。約束、ねぇ……ま、ナノカたちが下を突破できるなら、そうさ、助けてもらえばいい。けれどボクは、できればキミと……邪魔者抜きで、やりあいたいなあ……?」
「僕はいつだって、全力を尽くすだけです。あなたに勝って、このゲームを決着させます」
赤と黒、太陽と深淵。クロスエイト・フルブレイズとデビルフィッシュ・セイバー。エイトとトウカ。対照的な二機のガンプラとファイターが決戦に選んだ武器は、奇しくも双方共に大剣。一撃必殺の破壊力を秘めた二振りの刃を向け合いつつ、両者はじりじりと間合いを動かし始めた。
「ナノさんが、ナツキさんが……GBOを愛するすべての仲間たちが、僕をこの場に立たせるために戦ってくれた……戦って、くれているんです。だから、僕は!」
「ひゅー、随分と熱いねぇ。それがキミの強さかい、アカツキ・エイト君。その熱量はボクにはないものだ……
「そうやって冷やかすのなら、なぜあなたは〝不動の一位〟なんですか。なぜ今も、ガンプラバトルを続けているんですか。なぜ、僕との対決なんて用意したんですか。
「ふふ……ははは! 言い様がまるっきりナノカだねぇ、アカツキ・エイト君。相棒なんて、信じてるなんて、持ち上げられちゃって感化されちゃったのかい、男の子だなぁ!」
足裏でにじり寄る様な、間合いの読み合い。エイトが半歩踏み出せばトウカは半歩下がり、その逆もまた然り。切っ先を届かせるにはまだ遠い距離で、二人は、二機は、その舌戦と同じように平行線を描き続ける。
「じゃあ試してみるかい? まあ大まかに十年ばっかし、人生の95%ぐらいを病院のベッドの上でさ。そんな状態で
「わかりませんよ、そんなの」
「はは、キミもボクもニュータイプじゃあないけどさ。拒否するなよ、対話を。ボクが諸悪の根源だとして、それでもわかりあうのがガンダムってもんじゃあないのかい?」
「そうやって話をはぐらかして、そのくせわかってもらえないっていじける人の本心なんて、わからないって言っているんですよ」
「……へえ、言うね?」
トウカの声色が、一段低くなる。
デビルフィッシュ・セイバーは今まで二人が描いていた平行線の内側に大きく一歩踏み込み、場の均衡を崩した。応じて、クロスエイトの足運びも一段速まる。
「こんなゲームなんかに何を期待してるんだい、キミは」
「GBOをそんな程度にしか思わない人には、絶対にわからないことですよ」
そこからはもう、連鎖反応だった。両者ともに間合いを読み合い、詰め合い、並足から速足、そして岩盤を蹴り立てるような全力疾走へ。
「それに、〝何か〟を期待しているのは、あなたもでしょう、アカサカ・トウカさん!」
「だからさぁ、キミに何がわかるっていうのさ! 大病も患わず、元気に健全に学生をやってる少年が! このボクの、くだらない〝不動の一位〟なんて称号の、吐き気のする〝
「だからっ、わからないって言ってるんですよ! 本当は大好きなはずの
「ハハッ、誰が何を好きだって! 残念だなあ、キミの頭もお花畑なのかい? イブスキ・キョウヤに与するこのボクが、何を好きだって!? 残念極まるよ、アカツキ・エイト君!」
「そうやってナノさんも、GBOも、自分自身も裏切るんですか!」
「だからさぁ……ッ!」
トウカは奥歯をぎりりと噛み締め、血を吐くように叫んだ。
「うっとおしいんだよその性善説がぁぁぁぁッ!」
「ナノさんの想いも知らないでぇぇぇぇッ!!」
応じて、エイトも力の限りに吼えた。クロスエイトが地を蹴って跳躍するのと同時、デビルフィッシュ・セイバーも地面を擦る様な超低空で跳んだ。
「うらああああああああッ!!」
「せやああああああああッ!!」
ガッ、バヂイイイイイイイイイイインッ!!
跳躍の勢いとウィングスラスターの推進力を載せに乗せ、上空から振り下ろし叩きつけるモルゲンロート。黒色粒子の出力と、デビルフィッシュ・バインダーの腕までも総動員した常軌を逸した膂力で打ち上げるソード・デュランダル。衝突の余波だけで地表の岩盤は裂け、割れ砕けた礫が辺り一面に飛散する。
クロスエイトの突進力とデビルフィッシュ・セイバーの膂力とが拮抗し、一瞬の静止状態が生まれる――が、それも刹那。
「ふっ……はははははははははははは!!」
ソード・デュランダルを支えるのは、左右の腕とバインダーの四本腕。デビルフィッシュ・バインダーに残された四本の脚が、どす黒く輝く砲口をクロスエイトに向けた。
(……
ドドドドッ、ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――――!!
一発でも戦略兵器級の破壊力を持つ黒いビームが、四本同時に迸る。天周を覆う
曲芸じみた宙返りでガルガンタ・カノンを躱し、ぐるりと回転する景色の中で、しかしエイトが
「うらららららららあッ!」
「そうだよエイト君、そうこなくっちゃなぁ!」
打ち込み、切り抜け、反転してまた打ち込む。強化型ウィングスラスターの齎す莫大な推進力がクロスエイトを加速し、振り抜く二振りのモルゲンロートをも加速する。重さと速さと鋭さとを兼ね備えた二刀一対の連続攻撃を、デビルフィッシュ・セイバーはソード・デュランダルで受け、弾き、そしてバインダーの四本腕に仕込まれた
「僕をそう呼んでいいのは、ナノさんだけです!」
叫び、突撃。弾かれて、また突撃。振り回すモルゲンロートの質量すらAMBACとして利用して、クロスエイトは飛燕の如く舞い、強烈な斬撃を叩きこむ。
そして何合、何十合と切り結ぶが、トウカは左右のモルゲンロートの太刀筋が重なる刹那を捕らえ、ソード・デュランダルを膂力の限りにカチ上げた。クロスエイトの加速力、突撃力すら上回る圧倒的なパワーに、弾き上げられるモルゲンロート――しかし、その側面部が展開、内部に仕込まれた姿勢制御用スラスターが火を噴いて、クロスエイトの腕力だけでは不可能な速度で剣を斬り返す。まるで質量を無視したような斬り返しの一撃だったが、それも盾のように掲げられたソード・デュランダルの分厚い刀身に阻まれ、弾かれる。
「ギミックは面白いのだけれどぉッ!!」
トウカは盾にしたソード・デュランダルを地面に突き立て、そこを支点に軽やかに跳躍、軽業師のような身のこなしでクロスエイトの背後に回り込んだ。エイトは先読みして脚部ヒートダガーを起動、後ろ回し蹴りを振り上げるが、トウカはそれをさらに先読み、深く膝を折ってしゃがみこみ、クロスエイトの軸足を足払い。宙に浮いたクロスエイトの顔面に、力任せに左拳を叩きこんだ。
「突撃と一撃必殺だけじゃあ、ボクは狩れないんだぜ! アカツキ・エイト君!」
ブレードアンテナは片方が折れ、メインカメラにも損傷。吹き飛ぶクロスエイトに向けて、トウカは笑いながら再度の
「くっ……うらああッ!」
「ハハッ、はぁーずれっ!」
振り抜いたモルゲンロートはア・バオア・クーの岩盤を深々と断ち切ったが、そこにデビルフィッシュ・セイバーの姿はない。ゾクリと、エイトの背筋に悪寒――
「せやああッ!」
バヂュオオオオンッ!!
漆黒の光爆が四連続で炸裂し、モルゲンロートが断ち切った岩盤を、さらに粉々に打ち砕いた。四発同時の黒いパルマフィオキーナ。何とか身を躱したクロスエイトの胸先に、ソード・デュランダルの太い砲身がゼロ距離で突き付けられる。
「……ッ!」
「ガルガンタ・カノンは、ここにもあるのさあ!」
ドッ、ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――――!!
ウィングスラスターの出力が強化されていなければ、その一撃で終わりだった。エイトは姿勢制御をかなぐり捨てて全バーニア・スラスターを全力噴射、上空高くへと逃れた。AMBAC代わりにモルゲンロートを振って機体の安定を回復、した時にはすでに黒い粒子を吐き出しながら迫りくるミサイル群が、もう目前に!
「ふっ、はははは! どうしたんだい、エイト君。まさかミサイルなんかで墜ちはしないだろうけれどさぁ!」
近接信管で炸裂した黒い粒子属性の火球から、ぎりぎりで直撃を避けたクロスエイトが飛び出してくる。トウカは哄笑しながらデビルフィッシュ・セイバーを飛び立たせた。デビルフィッシュ・セイバー本体の各部バーニア、そしてバインダーの高出力粒子推進バーニアが猛烈な勢いで黒色粒子を噴き出し、真っ赤な軌跡を曳いて飛ぶクロスエイトを追い立てる。
「はーっはっはっはっは! ボクに背を向けるのかい、エイト君! キミは勇者で、ナノカの相棒で、最後の希望なんだろう! まあ、勝率がどのぐらいあるかなんてのは、絶望的だろうけどさあ!」
バインダー後部に突き出た黒色粒子ミサイルランチャーのハッチが開き、ランチャーのサイズには明らかに入りきらないであろう大量のミサイルが次から次へと発射される。それは、黒色粒子の過剰なまでの高エネルギー量のなせる業。ヘルグレイズがやってみせた攻撃の粒子化・無効化の真逆。
「確率がどうだって、僕は諦めません! クロスエイトはッ、こんな程度で!」
途切れることのないミサイルの弾幕を、エイトは板野サーカスそのものといった猛烈な空中機動の連続で潜り抜ける。まるでファンネルのように進路上に回り込んできたミサイルをバルカンとマシンキャノンで撃ち落とし、その爆炎を突き抜けて、追いすがるミサイルを置き去りにし、さらに加速。バーニアから噴き出す炎は紅く燃え上がり、黒く塗りつぶされた宇宙に鮮烈な真紅の軌跡を描き出した。
「墜ちはしないッ!」
クロスエイトの両翼から、一際激しく真っ赤な炎が噴き出した。エイトはその勢いでぐるりと身を捻り、超々高熱量を発するバーニアの炎で辺り一面を薙ぎ払った。燃え盛る炎の翼で触れる端から、黒色粒子ミサイルは次々と誘爆。爆発と同時にまき散らされる黒色粒子の欠片も、超高熱による
「ハハッ! それだよ、それぇぇッ!」
焼き払われる黒色粒子を目の当たりにして、トウカの顔に狂喜の笑みが浮かんだ。
「もう充分に熱いみたいだなあエイト君!」
トウカは狂ったように笑いながら一気に距離を詰め、ソード・デュランダルを力任せに振り下ろした。エイトはぐるりと身を捻りながらその刀身の側面を蹴り飛ばし、回避と同時にトウカの姿勢を崩す。身を捻った勢いをバーニア噴射でさらに加速、遠心力を載せたカウンターの一撃を振り下ろす――が、四つのブラックアウト・パルマフィオキーナをビームシールド代わりにして、がっちりとモルゲンロートを受け止めた。
通常の殺陣であれば、間違いなく背中から一刀両断できていた一撃だった。しかし、デビルフィッシュ・セイバーの異形が、バインダーの八本の手足が、それを使いこなすトウカの操縦技術が、それをさせない。
「だったらぁっ! その防御ごと断ち斬ります!」
エイトは叫び、武装スロットを選択――決定。クロスエイトの
「燃え上がれっ、ガンダァァム!」
《BLAZE UP!》
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!
今までの高機動戦闘で蓄積された
「ははは! そいつが、噂のぉっ!?」
「燃えろっ、モルゲンロートッ!」
エイトの気勢に応えるように、渦を巻く劫火がクロスエイトの両肩、
「あーっはっは! いいよ、すごくいいじゃあないか!」
トウカは甲高く笑いながらア・バオア・クーの地表面へと飛び退いて、ブレイズ・アップの熱圏から逃れた。四本腕を失ったデビルフィッシュ・バインダーの残された四本脚、ガルガンタ・カノンの砲口をクロスエイトに向け、さらにソード・デュランダルの砲口も高く掲げる。
「わざわざ飛び回らせてあげてよかったよ! なあ、アカツキ・エイトおおおおっ!」
「待っていた、とでも言うんですか。ブレイズ・アップを!」
「じゃなきゃ殺し甲斐がないだろうさああああああああッ!!」
ドッ、ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――――!!
超出力の黒いビームが、五本まとめて撃ち放たれる。しかしエイトはモルゲンロートを再び大剣形態に合体、燃え盛る刀身を盾代わりに掲げ、ガルガンタ・カノンを受け止めた。怒涛の如く攻め寄る黒色粒子ビームは、超高熱の刃に触れる端から燃焼させられ、クロスエイトを取り巻く炎の渦に吸収されていく。
「黒い粒子を使った攻撃は、今の僕とクロスエイトには効きませんよ!」
「だろうねえ! だがこれならぁっ!」
派手なビームは目隠し、トウカはソード・デュランダルを大上段に振りかぶり、エイトの目前に迫っていた。黒色粒子を纏った分厚い大剣が、力の限りに振り下ろされる。
「せやああっ!」
「うらああっ!」
ソード・デュランダルの打ち下ろしを、モルゲンロートを横薙ぎに振り上げて迎撃――ソード・デュランダル表面の黒色粒子がブレイズ・アップの炎に焼き払われ、ソード本体が剥き出しになる。灼熱化したモルゲンロートと、剥き出しのソード・デュランダルがぶつかり合い、火花を散らす。
しかし、
「……この剣はっ!?」
――焼き切れない!?
「あーっはっはっはっは! せェやぁぁぁぁッ!」
凄まじいパワーに押し切られ、ソード・デュランダルを振り抜かれてしまう。クロスエイトは吹き飛ばされ、叩き落とされる。地面に衝突、岩盤に大きなクレーターを穿って墜落。衝撃で各部バランサーに損傷、コンディションモニターに黄色い警告表示が点滅する。
「はははっ、まだまだぁっ!」
追撃! ソード・デュランダルの切っ先が、クロスエイト目掛けて直滑降してくる。エイトは即座に両膝のフルブレイズ・ユニットに粒子炎を充填、そして脚部ブースターから熱量を解放、瞬間的に超加速してクレーターから脱出した。だが、デビルフィッシュ・セイバーもまた慣性を無視したような急転回でクロスエイトに肉薄する。
「せやああああっ!」
「くっ! 間に合わ、な……ッ!」
そして再びぶつかり合う、ソード・デュランダルとモルゲンロート。パワーに劣るクロスエイトに鍔迫り合いは分が悪く、じりじりと押し負けていく。その間にも、無尽蔵にも思える勢いで溢れ出す黒色粒子をブレイズ・アップの炎が触れる端から焼き尽くしていくが、ソード・デュランダル本体に損傷はない。
「はーっはっはっは! こんなもんかああああっ!」
「……うらああああっ!」
トウカが圧力を強めた瞬間に合わせてモルゲンロートを斜めに逸らし、姿勢を崩す。よろけたデビルフィッシュ・セイバーの側面に回り込み、右膝のフルブレイズ・ユニットを作動、脚部ヒートダガーを
「その、ソード・デュランダルは……ナノさんの……!」
「ははっ、そうさ。どうせ聞いているんだろう? ボクたち双子のガンプラづくりについてはさぁ!」
そして、再度激突。飛び掛かるクロスエイト、迎え撃つデビルフィッシュ・セイバー。弾かれても弾かれても、急旋回と急加速で突撃するクロスエイトを、デビルフィッシュ・セイバーは弾いて弾いて弾き返す。
「背中のバインダーは、黒色粒子に対応するためにイブスキが取り付けたものさ。だけど、このソード・デュランダルは! セイバー本体は! ボクが設計して、ナノカが製作した、ボクとナノカの作品なんだよ! このソードで、ボクはGBOJランキングを、第一位まで登り詰めたんだ! 完成度が違うのさ、そこいらの俗物とはさあ!」
「それだけの思い入れを持てる人が! なんで
「ナノさん、ナノさんって……それがボクを苛立たせるんだよぉっ! ナノカはボクの姉さんだぞっ! 気安いんだよ、アカツキ・エイトぉぉぉぉっ!」
トウカは絶叫、攻勢に出る。デビルフィッシュ・バインダーを切り離し、ガルガンタ・カノンを連射しながら、クロスエイトへと突っ込ませる。エイトは両腰のヴェスザンバーを、腰に懸架したまま
「黒色粒子なんてなくたってぇぇっ! このソード・デュランダルがあればぁぁっ!」
土砂を巻き上げて墜落するバインダーを飛び越え、デビルフィッシュ・セイバーは凄まじい勢いでソード・デュランダルの切っ先を突き出した。鋭く重く、伸びのある直突きが、クロスエイトの胴体を捕らえた。間一髪で身を躱すが、左のヴェスザンバーを持っていかれてしまう。エイトはカウンター気味にモルゲンロートを振り下ろすが、トウカはクロスエイトとの間に脚を無理やり捻じ込み、蹴り飛ばして距離をとった。
「ははは! 燃える粒子の力が対黒色粒子の切り札ならば、黒色粒子を無効化した後は単純にファイターの技量とガンプラの完成度とのぶつかり合い! だったらボクがお前なんかに負けるわけがないだろうさ!」
「……ナノさんもGアンバーを大切にしていました、あなたと同じように! その心があるのなら、トウカさん!」
「何度言わせる黙れよぉっ! その心だの想いだのぉっ! ボクはぁぁぁぁっ!」
「うらああああああああッ!!」
もう何度目になるかわからない、全力全開の激突。黒色粒子すら振り払った、剥き身のソード・デュランダル。全身全霊の熱量を叩きこまれ、刀身を灼熱させるモルゲンロート。ぶつかり合うエネルギーと熱量が衝撃波となって吹き荒れ、辺り一面に嵐のように撒き散らされる。両者の鍔迫り合いは、目もくらむような閃光を散らしながら一進一退の様相を呈した。
大地を踏みしめ、踏み割り、それでもなお満身の力を込めて、トウカはソード・デュランダルを押し付ける。小柄なクロスエイトを飲み込み圧し潰さんばかりの圧力をかけ続ける。だが、一方のクロスエイトも、ブレイズ・アップで得た粒子炎を、全身のバーニア・スラスター、そしてモルゲンロート自体からも猛烈な勢いで噴射。足りないパワーを推進力で補い、ソード・デュランダルを押し返している――しかし、
「あは……あはは! そろそろ限界かい、エイト君?」
「……っ!」
度重なる突撃、膂力と剛性で上回るデビルフィッシュ・セイバーとの激突。そして、本来は短期決戦・一撃必殺用の機能であるはずのブレイズ・アップの連続発動。いくら
「あは、そうかあ……ナノカが相棒だ相棒だって、今更になってあの約束がどうとかって、はしゃぐからさあ。どんなもんだろうって思っていたのだけれど……あはは! そうか、ここで終わりなのかあ!」
「まだ……! まだ、です……!」
「しつこいなあ」
急に冷めた声色で、トウカはソード・デュランダルをぐいと押し込む。クロスエイトの膝関節がひび割れて小爆発を起こし、クロスエイトは片膝をついてしまう。
「もういいよ、アカツキ・エイト君。バインダーを失うほどの勝負は久しぶりだったけど、それもここまでだ。ああ、残念だなあ。結局このGBOは、イブスキに壊してもらうしかないかあ……あはは」
「そんなこと、誰も……望んで、いない……っ!」
「しつこいなあ。粒子切れまで粘るつもりかい? もう逆転なんて、でき……」
「あなたも、本当は望んでいない!」
クロスエイトが、立ち上がった。
「あなたは卑怯だ、トウカさん……っ!」
コクピットに響く、数えきれないほどの
「自分に勇気がないからって、他人の手で終わらせようとしている。居心地のいいGBOから抜け出せないから、イブスキ・キョウヤに壊してもらおう。でも、大好きな場所をなくすのも嫌だから、ナノさんや、僕や、他の多くのGBOプレイヤーに、GBOを救ってもらおう。どっちに転んでも、人任せだ……誰かのせいだから、自分は悪くないって、言えてしまうんだ……!」
「は……はは、ははははは! なぁにを言っているんだい、エイト君。今更ボクのメンタルを揺さぶったってさぁ、ここから逆転なんて……」
「何を、言っているか、ですか」
滝のように流れる汗が、頬を伝って、床に落ちる。エイトはクロスエイトの限界を感じながらも、力の限りにコントロールスフィアを握りしめていた。そのスフィアをぎりりと捻り、武装スロットを操作。SPスロット――すでに発動している、すでに機体の限界を超えて発動し続けているブレイズ・アップのスロットを、殴るように叩いた。
「半端者だって言っているんですよ! あんたって人はぁぁッ!!」
《2nd-BLAZE UP!》
瞬間、クロスエイトの右膝が――否、そこに装備されていたフルブレイズ・ユニットが爆発した。紅蓮の炎が燃え盛り、クロスエイトの右足を、真っ赤に染め上げ、包み込む。一気に膨れ上がった熱量が地面すら焼き焦がし、デビルフィッシュ・セイバーをも炙る。
「か、重ね掛けっ!?」
「……いろんな人に、出会いました。戦って、きました」
うろたえるトウカの声も、もはやエイトの耳には入らない。感じるのは、クロスエイト自身すら焼き尽くす、粒子炎の燃焼。そして、胸の内に巡り巡る、GBOでの思い出たち。
「戦って、戦って、戦って……どの人も、チームも、真剣だった。主義主張や趣味嗜好の違いはあっても、誰もがガンプラが、GBOが大好きだった――一生懸命だった。だからこそ僕は、僕も! このGBOを好きになれた。大好きな人たちとも、出会えたんです!」
《3rd-BLAZE UP!》
続いて、左膝。フルブレイズ・ユニットが内側から弾け飛び、燃え盛る粒子炎が凄まじい勢いで噴き出した。クロスエイトの両足は粒子炎に覆われ、その炎はクロスエイト自身すら燃料にしてさらに燃え上がる。
「ナツキさんは、僕やナノさんが立ち止まると、励ましてくれた。いつだって、背中を叩いて押し出してくれる。そして、僕の真っ直ぐな突撃を褒めてくれた。そのナツキさんが今も戦っているのに、諦めるなんて恥ずかしい真似、絶対にできるもんかッ!」
《4th-BLAZE UP!》
右肩。膨れ上がった灼熱の劫火が、渦を巻いて右腕を伝い、モルゲンロートにまで絡みつく。灼熱化した刃はその色をさらに赤く朱く紅く染め上げて、物理的な圧力すら感じるほどの、猛烈な熱波を発する。
「ナノさんと出会わなければ、僕はここにいなかった。ナノさんが僕に期待してくれて、それに応えたくてここまで来た。僕が強くなりたいのは、僕自身の気持ちだけじゃない。ナノさんが、トウカさんとの約束を果たす、その力になりたいって、ここまで来たんだ……ッ!」
《5th-BLAZE UP!》
左肩――四つのフルブレイズ・ユニットから溢れ出した粒子炎は、互いに互いを燃料とし合い、混じり合いながらその熱量を高め、もはや炎と呼ぶことすらできない、燃焼するプラフスキー粒子そのものへと姿を変えた。
真紅のプロミネンスを放ち、紅蓮のコロナを巻き上げる、ヒトのカタチをしたヒカリ。純粋な熱エネルギー燃焼体。もはやモビルスーツとしての、ガンプラとしてのカタチすら失ったクロスエイトのその姿は――
「……太、陽……ッ!?」
「ここであなたに勝つことが……
モルゲンロートの熱量がソード・デュランダルへと伝播し、黒い刀身がじわじわと赤熱し始めた。その熱は、刀身からデビルフィッシュ・セイバーの手へ、腕へ、肩へ、胸へと広がっていき、漆黒の装甲を赤く紅く、灼熱に染め上げていく。
それはまさに、昇りゆく太陽が、深淵の闇を振り払うが如く。
「こ、これが、ナノカの選んだ……可能性の……ッ!?」
「やってやる! 〝奇跡の逆転劇〟ってやつをッ!」
《FINAL BLAZE UP!》
荒れ狂う灼熱の陽光がモルゲンロートに収束し、光の剣となった。灼熱の劫火を纏う、黄金の光剣。炎を超え、光となったその剣を――エイトは、振るった。
「――うぅらあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
吹き荒れる、光の暴風。熱波の嵐。灼熱の閃光が辺り一面を薙ぎ払い、宙域を覆ったすべての黒色粒子をも焼き払った。宇宙要塞ア・バオア・クーには通常通りの濃紺の星空が戻り、その最上部には、たった一機のガンプラだけが残された。
満身創痍。すべてのフルブレイズ・ユニットは砕け散り、全身の装甲がひび割れ、塗装は熱に熔けている。
しかし、それでも。
それでも、クロスエイトは立っている。
エイトは荒い息を吐きながら、静かに目を閉じ、つぶやいた。
「……僕の、勝ちです……!!」
「そうですねぇ。お疲れ様でした」
「ぅらあッ!」
ガキィィンッ!
背後、振り上げたモルゲンロートが、黒いバトルアックスを弾き飛ばした。クロスエイトの頭上に影を落とす、黒い巨躯――ヘルグレイズ。エイトは振り上げた勢いのままモルゲンロートを投げ捨て、脚部ヒートダガーを居合抜きに蹴り上げた。胸部を深く逆袈裟に斬り上げ、エイハブ・リアクターを両断。ヘルグレイズは糸が切れたように倒れ伏し、爆散した。
「おやおや、予想外の反応速度ですねぇ。諸悪の根源を撃破して、満身創痍の勇者様は勝利の余韻を噛み締めて油断しているタイミングだと思ったのですが」
すべてが焼き払われ、真っ平になったア・バオア・クーの天蓋。そこに、たった一つだけ残された異物。戦いの最中でトウカが分離し、エイトがヴェスザンバーで撃ち落とした、デビルフィッシュ・バインダーの残骸。その上に、イブスキ・キョウヤは腰かけていた。目には何の表情もないくせに、口元には蛇のような厭らしい微笑を張り付けて、優雅に足を組んでいる。ノーマルスーツすら着ない、スマートな黒のスーツ姿……否、ネクタイも胸ポケットのハンカチも黒一色なところからして、あれは喪服か。
「ともあれ。お見事ですよ、アカツキ・エイト君――いや、あえてこう呼ばせていただきましょうか、〝
「……姉さんたちと戦っていたヘルグレイズは、すべて量産型。オーバードーズ・システムの制御は、ゴーダ・レイさんに任せっきり。あなた本人は、声はすれども戦場にいなかった……だとすれば、このタイミングで来る。クローズド・ベータでナノさんを裏切ったときのように。この、最低最悪のタイミングで。そう思っていただけです」
「Excellent!! 実に理に適った思考です。尊敬に値しますよ、本当に! ククク……」
イブスキは噛み殺したように笑いしながら、パチンと指を鳴らした。すると、ガラクタ同然だったデビルフィッシュ・バインダーがむくりと起き上がり、イブスキをその体内に取り込んだ。続いて、斬り落とされたはずの四本腕が、撃ち壊されたはずの四本脚が、その断面から溢れ出す黒色粒子によって再生していく。そして立ち上がるのは、毒々しい紫色のモビルスーツ――ヘルグレイズと同じ濁った黄色の単眼を持つ、小柄な一機のガンプラだった。
「さあ、諦念と終焉の時間ですよ。アカツキ・エイト君」
イブスキの言葉に合わせ、デビルフィッシュの両掌に、そしてバックパックから突き出したサブアームの両掌にも、高濃度の黒色粒子が渦巻いた。
「君はもう満身創痍で疲労困憊。一方の私はたった今、このデビルフィッシュを起動したばかり。あなたを壊して、このゲームを――GBOを、ガンプラバトルを、終わらせる。私の一大事業も、ようやく一段落といったところですかねぇ」
「……まだ、です」
エイトは、軋む機体に鞭打って、投げ捨てたモルゲンロートのもとへと歩いた。悲鳴を上げるクロスエイトの両腕をなんとか誤魔化し、地面に突き立っているモルゲンロートをゆっくりと引き抜く。両足でしっかりと地面を踏みしめ、前傾姿勢。重心を低く、切っ先を真っ直ぐ前に掲げる。一直線に加速して突き抜ける、突撃の構えだ。
イブスキはその姿を見て、肩を竦めてため息を吐いた。
「はぁ、まったく……諦めが悪いですねぇ。そんなにボロボロになって、たった一人で、どうしようというんですか?」
「……一人じゃない」
踏みしめた地面から、振動が伝わる。ふわふわと宙に浮き、余裕の所作で黒いパルマフィオキーナを展開しているデビルフィッシュには、感じられない振動。
「あなたは本当に……少年漫画の主人公ですか。諦めないのは勝手ですがねぇ。それとも、何ですか。一人じゃないというのは〝みんなの力がガンダムに〟的な、オカルトパワーでも期待しているのですか。ここはGBO、ネットゲームの中ですよ。ゲーム如きにオカルトを持ち込むとは、いよいよ夢見がちな少年ですねぇ」
「僕は、一人じゃない」
地面を震わせる振動が、少しずつ、少しずつ強くなっている。そして、近づいている。ア・バオア・クーの地下を、爆発を繰り返しながら、エイトのもとへと近づいてくる。
「聞き分けなさい、アカツキ・エイト君。貴方はここで負けて、ゴーダ・レイは私の指示一つで凌辱され、その動画はGBOメインサーバーから全世界に生中継される。GBOはもう終わりです。あなた一人にできることなど、もう何も……」
「僕は、ナツキさんや、ナノさんや……多くの人たちに支えられて、ここまで来たんです。そして今も、みんな戦っているんです。だから、僕は! 絶対に諦めないッ!!」
「ククク……クハハハハハ! 結局最後は精神論ですか。そうですねぇ、確かに今も量産型ヘルグレイズが、有象無象どもの相手はしているようですが……ん?」
地面が、大きく揺れた。そして遠く分厚い壁の向こうで響くような、爆発音。さすがにイブスキも、異常に気が付いた。ア・バオア・クーの地下で、何度も連続して、爆発が起きている――いや、それだけではない。少しずつだが、確実に、近づいている。
――
「……まさかっ!?」
「ナツキさん、今ですっ!」
「ブチ撒けるぜェェェェェェェェェェェェッッ!!!」
ドゴッ、バアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァンッッッ!
半径数百メートル分の岩盤が膨れ上がり弾け飛び、土砂と岩塊が一面に吹き散らされる。デビルフィッシュを巻き込んで吹き荒れる石礫の大嵐の中心から、真紅の巨体が飛び出してきた。
「ぶ、〝
「やっと会えたなァ、クソ陰険黒幕野郎がァァァァッ!!」
剛腕、鉄拳、一撃粉砕。固く握り締めたドムゲルグの右拳が、ガードに突き出されたデビルフィッシュのサブアームを、左右まとめてブチ砕いた。
直後、凄まじい勢いでぶっ飛ばされるデビルフィッシュの
「ナノさんっ!」
「待たせたね、エイト君。ありがとう――だけど、今は!」
ナノカはスコープ越しのデビルフィッシュに射るような視線を注ぎつつ、武装スロットを捻った。レッドイェーガーの背中から、四基のヴェスバービットが猛禽の如く飛び立ち、逃げるデビルフィッシュを追い立てる。
「〝
「イブスキ・キョウヤ。お前にかける言葉はない。今、ここで、終わらせるっ!」
追い打ちのヴェスバービットと狙撃を黒いパルマフィオキーナで弾きつつ、デビルフィッシュは内蔵した黒色粒子を放出して頭部とサブアームを再生。土煙を蹴立てて勢いを殺しつつ着地し、掌を地面に押し当てた。
「クハハ! 一万体ものヘルグレイズを突破したことは褒めて差し上げましょう。ですが!」
オーバードーズ・システムにアクセス、高圧縮黒色粒子を解放、量産型ヘルグレイズの召喚プロセスを再起動――
「何百何千何万機を壊したところで! また呼び出すだけの話なのですよ! クハハハハ!」
――アクセスが拒否されました。操作権限がありません――
「何ぃッ!?」
「無駄ッスよ、イブスキさん」
ドヒュゥゥン!
細く絞り込まれたGNビームの銃弾が、デビルフィッシュの掌を撃ち抜いた。
真っ平になったア・バオア・クーの天蓋の端で、膝立姿勢でGNスナイパーライフル改二を構える、青いガンプラ――ケルディム・ブルー。
「……タカヤ!」
「お待たせっ、エイト! 勇者サマの悪友ポジションのキャラってのは、こーゆータイミングで援護に来るモンだろ?」
「〝
「……GBOメインサーバーのコントロールは99%奪還済み、アンタの権限はほとんど奪わせてもらったッス。ゴーダ・レイの居場所も特定。今頃、警察と、アカサカ室長たちヤジマの職員の皆さんが、踏み込んで保護しているはずッスよ」
「寝返ったかぁっ、金で動く犬がァァッ! アカサカにいくら積まれたァァァァッ!!」
「金だけじゃない、大義も正義も信頼も、アンタよりアカサカ室長にあるッス。ああ、前金は謹んでお返しするッスよ。金さえ払ってりゃあ裏切らないと思っていたッスか? 騙し討ちが専売特許のアンタが? そいつは虫が良すぎるんじゃあないッスかね」
イブスキは普段の慇懃無礼さからはかけ離れた表情で奥歯を噛み締め、なおも何かをがなり立てようとしたが、それは下からの突き上げるような衝撃によって阻まれた。
「イブスキぃッ! レイを苦しめたケジメはァッ! つけて、もらうぜェェェェッ!」
「罪に塗れた私でも、せめて今だけは! 貴様を、倒すためにぃぃぃぃッ!」
岩盤を突き破って飛び出してきたヘビーナイヴスがデビルフィッシュを背中から羽交い絞めにし、同じく飛び出してきたサーペント・サーヴァントが、逆手に持ったナイフをデビルフィッシュの胸部に振り下ろし、突き立てる。その刃先はメインジェネレータ―にまで達し、猛烈な火花とともに大量の黒色粒子が、ドス黒い血のように噴出した。
「ぐがあああっ!? き、貴様らァッ! 拾ってやった恩も忘れてェェッ!」
「そうだな、貴様に付け込まれた心の弱さは私のせいだ! 騙されたなどとは言うまい、私の弱さに負けてしまった、私自身の罪だ! だが!」
「レイは関係ねぇ! レイはテメェに利用されただけだ! 俺はバカでダメな兄貴だったけどよ、レイは俺のために……だから俺は自分を許せねぇし、そしてテメェを許さねぇッ!!」
「ぐだぐだと! わらわらと! このクソ虫どもがああああああああッッ!!」
デビルフィッシュの全身から黒色粒子が噴き出し、ヘビーナイヴスとサーペントを吹き飛ばした。ただでさえ大破寸前だった二機は制御を失って地面を転がり――そして、ア・バオア・クーの端から転げ落ちる寸前で、何か巨大な壁のようなものにぶつかり、止まった。
それは、巨大な金属パーツの塊。ここまでたどり着くので精一杯だったのだろう、どこもかしこも弾痕だらけで、全身のガトリング砲は折れ、曲がり、あるものは千切れていた。その巨体は、G3ガンタンク。ア・バオア・クー外周宙域で戦っていた、プレイヤー連合軍の機体。
その目にはすでに光はなく、沈黙しているが――大量の警告音が鳴り響くコクピットでG3ガンタンクを見上げていたラミアを、全身から火花を散らして蹲るサーペントを、優しく抱き上げる者がいた。
「……よく、がんばりましたわね。ラミア」
「……お嬢……さま……っ!?」
純白の姫騎士、レディ・トールギス・フランベルジュ。傷つき、倒れたサーペントを、労わる様に肩を貸し、助け起こした。
「あなたの想い、受け取りましたわ……だから、私も。ラミアの心も、この剣に乗せて――」
嗚咽が溢れ、喉が詰まって言葉にならない。涙に歪む視界に、レディ・トールギスが堂々と立つ。見れば、メガキャノンは失い、装甲はひび割れ、トールギス独特のマスク部分も砕けて、その下のガンダム顔が露出している。しかし、それでも。ラミアの目には、ビーム・フランベルジュを掲げるその姿は、何よりも誇らしく、輝いて見えた。
「――悪を、討ちますっ!」
飛び立つレディ・トールギスに続いて、G3ガンタンクの影から飛び出す機影が、四つ。
「良い口上だ、気に入ったぜ妹想いのお兄ちゃんよ。こいつが終わったらウチの店で働かねぇか? がっはっは!」
「あとはウチらに任しときぃ。やるでっ、カメちゃん!」
「応よッ、エリサぁぁっ!」
ガンダム・セカンドプラス、店長。AGE-1シュライク、アカツキ・エリサ。
「助けに来てあげたわよっ、アカツキエイト! 感謝しなさいよねっ!」
「人を狂わせる黒い粒子……これで、終わりにするわぁ! いくわよぉ、ユニコーン!」
AGE-2リベルタリア、キャプテン・ミッツ。ユニコーン・ゼブラ、タマハミ・カスミ。
全機が全機、今、動いているのが奇跡的なほどの損傷ばかり。だが、突っ込んでいく面々に、躊躇も迷いも欠片もない。
轟々と吹き荒れる黒色粒子を身にまとうデビルフィッシュへと、一直線に突撃する!
「く、はは……クハハハハハ! 雑魚が数匹増えたところで! オーバードーズ・システムが使えないから何だと言うのです! 今、計算してみましたが、このデビルフィッシュに内蔵した黒色粒子を暴走させフィールド全てを黒色粒子化させれば! GBOメインサーバーの処理能力を超える! ここまでよく粘りましたが、貴様らの頑張りすぎですッ!」
噴き出した黒色粒子が渦を巻き、デビルフィッシュを中心とした巨大な竜巻を発生させた。漆黒の竜巻はア・バオア・クーの岩盤をも掘削しながら猛烈な勢いで巻き上がり、瞬く間に天を突くような巨大さに成長する。
「まずは貴様らを壊滅して掃滅して撃滅して! 邪魔者が消えてから、処理限界を超えたメインサーバーにハッキング! 個人情報を流出! 企業秘密の強奪、漏洩、売却! こんなゲームを終わらせる手段など、この私にかかれば、まだ無限にぃぃッ!」
そして竜巻を突き破って飛び出したのは、まるでサイコガンダムのようなサイズに巨大化したデビルフィッシュ。瞬時にMA級の超大型重ガンプラと化したデビルフィッシュは、両掌とサブアーム、そして腰から突き出したサブレッグにまで黒いパルマフィオキーナを展開し、暴風の如く暴れまわる。
「黒い粒子はぁ、私も使う……けどぉ、こんなのはぁ! ガンプラバトルじゃないわぁ!」
岩盤を削る横殴りの黒いパルマフィオキーナを跳び越え、カスミはデビフィッシュの股の間に飛び込んだ。そして、NT-Dを覚醒、全身の黒いサイコフレームを最大限に展開し、デビルフィッシュの右脚にしがみ付いた。
「使うのは、これが最後……全部奪ってぇ! ユニコォォォォンッ!!」
――ゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
ユニコーン・ゼブラが雄叫びを上げ、黒いサイコフレームがさらにもう一段階伸長・展開。猛烈な勢いで黒色粒子を吸い上げる。デビルフィッシュから噴出していた黒色粒子の勢いは一気に弱まり、黒いパルマフィオキーナは霧散した。
ほぼ同時、狙いすましたタイミングで、金色の流星がデビルフィッシュの左膝に突き刺さった。流星の先端部、輝く九連装ビームサーベルが膝関節を深々と抉り、破壊。踏ん張りの利かなくなったデビルフィッシュは突撃の勢いにまけ、その巨体をぐらりと傾けた。
「アンタみたいな悪者なんか、私と、アカツキエイトと、あと他のみんなで! やっつけちゃうんだからーっ!!」
ピーコック・ズバッシャーを膝に突き立てたまま、ミッツはリベルタリアを巡行形態からMS形態へ。砕けた膝を捩じ切らんばかりの勢いでしがみつき、バーニアを全開にしてデビルフィッシュを押し倒しにかかる。
「雑魚が! 雑魚どもがぁぁッ! 私の邪魔をォォッ!」
イブスキは喚き散らしながらも、サブレッグを地面に突き立て、倒れる身体を支えようとする。
が、しかし、
「ウチ左やるわ、カメちゃん右!」
「了解ッ!」
まさに肉弾。弾薬の尽きたセカンドプラスと、刀の折れたシュライクには、もはや身体ごとぶつかっていくことしかできなかった。しかし、超重量の武装を満載した機体を加速させるセカンドプラス、そして瞬間移動とも見紛う高機動戦闘を可能とするシュライクの、ブースターの推進力はまだ生きていた。
「えぇい、死にぞこないのガンプラごときがァッ!」
「壊れかけでも、弾が尽きても! 神戸心形流のガンプラには地力ってのがあるんだよッ!」
「ウチらの心形流魂、舐めんなやあああああッ!」
左右のサブレッグにそれぞれ突っ込んだ店長とエリサは、そのままフットペダルベタ踏みでブースターを全力全開、ついにデビルフィッシュは轟音と土煙を巻き上げて引き倒される。
「行きますわよ、ラミア!」
「はいっ、お嬢さま!」
その瞬間を逃さず、二人は完ぺきなコンビネーションで飛び掛かり、デビルフィッシュの両掌に、刃を突き立てる。右手を貫き、地面へと縫い留めるアンジェリカのビーム・フランベルジュ。左手に喰らい付き、抑え込むラミアのサーペントハング。イブスキは二人を振り払おうとコントロールスフィアを振り回し、唾を飛ばして怒鳴り散らす。
「貴様らァァッ! 自分が何をしているか、解っているのかァァッ! 私が、この計画のために! どれほどの金と時間をォォッ!!」
「何を言おうと、しようと、無駄ですわ。この切っ先は断罪の刃。今までの貴方の所業に対する、天誅の剣! 悔い改めなさい、イブスキ・キョウヤ!」
「この牙は、猛犬の牙。我が罪を贖いきるまで、絶対に放さない……諦めないッ! もう二度と、お嬢さまの前で恥ずかしい真似などできるものかッ!」
「不快不快不快不快不快不快ッ! 不愉快極まりますねぇえッ、貴女たちはぁぁあッ!!」
イブスキは、残った二本のサブアームに黒色粒子を集中。再度、黒いパルマフィオキーナを展開し、自分の腕も巻き込む勢いで振り下ろそうとするが、
「させるかぁぁッ!」
「ゴーダ・バン! 貴様、しつこくもぉぉッ!」
黒いパルマフィオキーナを打ち砕き、掌を貫く大型ナイフ。力の限り振り下ろしたその切っ先はサブアームを貫通し地面に突き立つ。バンはその上から機体ごと覆いかぶさるようにして押さえ込んだ。ほぼ同時、もう一方のサブアームにも、肘関節を抉るようにして細身のナイフが捻じ込まれていた。
「GNテールブレード。意外と
「ス、〝
両腕、両脚、サブアームとサブレッグ。八本の手足を全て封じられ、仰向けに拘束されたデビルフィッシュ。ボロボロで、壊れかけで、いつ撃墜判定が下されてもおかしくないガンプラばかりのはずなのに、イブスキがどれだけ暴れようとも誰一人として手を放さない。
苛立ち、煮えくり返る頭で、イブスキは必死に考える。
そうか、あのユニコーンだ。私と同じく黒色粒子を使うあのユニコーンが、デビルフィッシュの黒色粒子を吸い取っているから、パワーが出ないだけだ。オーバードーズ・システムを奪われたのも痛かった。まさか〝
ア・バオア・クーの天蓋に磔にされ、天を仰いだイブスキの視界に眩い光が差し、イブスキは思わず目を細めた。
宇宙を模した電脳空間である、この戦場の天辺。黒色粒子も、なりそこないのヘルグレイズも吹き飛ばされて、再び覗いた濃紺の星空。その中心に、一際輝く星が見える。
あれは、あの星は。大きく、熱く、炎を巻き上げ燃える星。あれは――
「……太陽……ッ!? ま、まさか! 〝
《FINAL BLAZE UP!》
炎を超え、光となった燃焼粒子エネルギーが、クロスエイトを蝕んでいく。
発動しただけで
燃え盛る粒子炎がクロスエイトそのものをプラフスキー粒子に還元し、炎と化し、光となる。刻一刻と膨れ上がっていく熱量の全てを、モルゲンロートへと注ぎ込んでいく。真空の宇宙空間のはずなのに、その刀身から陽炎が立つ。限界を超えた熱量を注ぎ込まれたモルゲンロートまでもが、粒子炎化し始めているのだ。
「ごめんよ、クロスエイト。もう少し、頑張ってくれ。今、ここで、あの男を討たなきゃならないんだ……!」
滝のように流れる汗が、真っ赤に染まったコンソールパネルへと滴り落ちる。そこに映し出された機体状況は、絶望的。粒子炎化していく装甲のことを差し引いても、クロスエイトには無事な場所がない。特に両腕の負荷は限界を超えており、腕が胴体にくっついていること自体が奇跡的な状態。モルゲンロートの質量を支えきれず、その切っ先はガタガタと震え続けていた。
最後の一撃。絶対に外せない。それなのに、あと一歩なのに――!
「……ッたく、しゃあねェなァ!」
――震えが、止まった。
「支えてやるよ、エイト。オレの腕を使え」
太く、大きく、力強い掌。ドムゲルグ・デバステーター。粒子炎に巻き込まれ、自身も燃やされていくのも構わずに、クロスエイトの腕に手を添えて、モルゲンロートを一緒に握る。
「ふふっ……ナツキだけじゃあ不安だなあ」
しなやかで、繊細で、正確無比。レッドイェーガーの掌がクロスエイトの腕に添えられえる。クロスエイトにぴたりと寄り添うレッドイェーガーにも粒子炎は延焼するが、その指先に狂いはない。
「私が狙おう、エイト君――少し、右だよ」
「ナノさん……ナツキさん……!」
エイトは溢れ出しそうになった感謝を飲み込み、真っ直ぐに眼下の敵を睨みつけた。真っ平になったア・バオア・クーの天蓋に磔にされた、黒い巨躯。黒色粒子の権化、騒動の黒幕、デビルフィッシュ――イブスキ・キョウヤ。
蛸のようなその八本の手足を、仲間たちが身を挺して押さえ込んでいる。
これが最初で、最後のチャンス。
「行きましょう……行きますッ!」
三人の心が一つになり、そして、クロスエイト、レッドイェーガー、ドムゲルグ、三機を燃やす粒子炎も混じり合い、一つとなる。炎を超え、光を超えた灼熱の粒子の奔流は、渦巻き収束し、再び一つの形となった。
燃え盛る光の翼。灼熱する光の剣。その姿は、紅蓮に燃える光のガンダム。
「そ、そんな……ゲームだぞ、たかがゲームだぞッ!? 電子情報のやり取りに過ぎない! 0と1の集合体、ただのプログラム! 所詮は高価な玩具というだけの! それが、こんな、オカルトが! 私は認めない、認められるものかァァァァッ!」
「……でも、それが。だから、これが。これこそが、ガンダムです!」
狼狽し喚き散らすイブスキに、手足を押さえつけるガンプラたちを振りほどこうと無様に身を捩るデビルフィッシュに、エイトは熱く、静かに告げた。そして、ナツキに支えられ、ナノカに手を添えられた
「ブチ撒けようぜェ、エイトォッ! ――〝
「さぁ、始めよう。そして、終わらせよう! ――〝
「はいっ! 〝
羽搏く光の翼、宙域に迸る膨大なる熱量の余波。燃え盛る太陽は、音も衝撃も残像すら置き去りにして亜光速まで加速、真紅の流星と化して一直線にデビルフィッシュへと突っ込んだ。イブスキは断末魔の咆哮を上げながら、デビルフィッシュの胸部装甲を展開、機体に残る最後の黒色粒子を掻き集めたガルガンタ・カノンを撃ち放つ。しかし、太陽化したモルゲンロートにとって、燃え盛るプラフスキー粒子そのものと化したガンダム・ドライヴレッドにとって、もはや黒色粒子は燃料以外の何物でもない。黒い光を掻き分け、蹴散らし、焼き払い、なおも光と熱とを増しながら、エイトは、ナノカは、ナツキは、ガンダム・ドライヴレッドは、ただ真っ直ぐに突き進む!
「「「うらあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」」」
突き立つ切っ先。伝播する熱量。沸騰するデビルフィッシュ。焼却、蒸発、形象崩壊。粒子還元、昇華滅却。黒色粒子の最後の一辺までも、影も残さず焼き払う。溢れ出す莫大な熱量は小型の太陽となってア・バオア・クーを飲み込み、そして宙域全体を光で包み込んだ。戦場の全てが光となり、全てが焼き尽くされていく。
光の中でエイトは、粒子化した全てのものと繋がっていた。透き通ってしなやかで、芯の強い真紅の光。これはナノさん。よく似た真紅でも、大きく熱く輝きを放つ、これはナツキさん。姉さんは少し意地の悪い、でも真っ直ぐな赤紫の光。それに寄り添う青みの強い紫色は、店長さんか。一点の曇りもない真珠のような純白は、ヤマダ先輩。その周囲を付かず離れず周る、ラミアさんの銀色の光。自由な軌道を描く青はタカヤ。磨かれたナイフのような鋼色は、バンさん。遠慮なく煌く金色は、ミッツちゃん。サイコフレームのような緑色は、カスミさんだ。
そして、もう一つ――燃え上がり粒子化したデビルフィッシュもまた、ガンダム・ドライヴレッドの一部となった。それは、本当に僅かな時間。刹那にも満たない、須臾の刻。エイトは、イブスキとも繋がった。
そこには、小さな闇だけがあった。その闇は、繋がったからといって何を伝えるでもなく、ただひたすらに闇であり続けた。対話を拒み、何も伝えず、何も受け入れず。そしてその闇は、何もわかり合うことのないまま、太陽の光に呑まれて、消えた――
◆◆◆◇◆◆◆
――真っ白に染まった視界が、再び色を取り戻していく。限界を超えて無音になっていた耳に、少しずつ音が戻ってくる。
エイトは今、いくつかの感覚が麻痺しているのを自分で感じていた。わかるのは、流れる汗が頬を伝い、あごの先から落ちていく感覚。ずっしりと、手足を襲う疲労感。どこかぼんやりと、重力を失ったような浮遊感。
先に戻ったのは、視覚だった。
見慣れた景色。GP-DIVEの二階、バトルシステムのある大部屋。二部屋のうちの一つ。こっちの部屋は、僕とナノさんとナツキさんで使っていて、もう一部屋は姉さんと店長とメイファちゃんが……
次に、聴覚が戻ってきた。音が聞こえる。声が、聞こえる。何を言っているかわからない……いや、わかる。一瞬、脳の処理が追い付かなかっただけだ。何度も聞いた声。聞いた言葉。GBOでも、
「……エイト」
「……エイト君」
その次に感覚が戻ったのは、手。どうやら自分は今、左右の手をそれぞれ握られているらしいことが、わかった。そしてどうやら、自分はちゃんと喋れそうだということにも気づく。
「……ナツキ、さん」
そしてエイトは、右手側を見た。ナツキが、笑っていた。エイト以上に、滝のように汗を流して、それを拭おうともせずに、笑っていた。熱く熱を持った掌が、エイトの右手を力強くつかんでいる。
「……ナノ、さん」
振り返って、左手側。ナノカが、泣いていた。玉のような涙を次から次に目尻から流し、肩を震わせて、微笑みながら泣いていた。優しく温かい指先をエイトの指に絡め、熱を伝え合うように握っている。
二人の溢れ出す感情を受け止めながら、エイトはバトルシステムに目を向けた。現実のガンプラにはダメージがないはずの、GBO。しかしそのシステムを超えて戦ったクロスエイトは、全ての塗装が焼け落ち、灰色にくすんでいた。そして、クロスエイトと一つになった、レッドイェーガーとドムゲルグも、また同じく。
(ありがとう、クロスエイト……みんな、ありがとう……)
――真っ白に燃え尽きたエイトの胸に、すべてが戻ってきた。
エイトは左右の掌にぐっと力を籠め、二人の掌を握り返した。そしてそのまま、高く掲げる。誇るように、讃えるように。そして、今ここにはいない――けれど、確かにつながった、すべてのGBOプレイヤーたちに、言葉にしきれないほどの感謝を、捧げるように。
「――僕たちの、勝ちです!」
溢れる涙、歪む視界。また、何も見えなくなる。だがしかし、エイトの耳にははっきりと聞こえていた。バトルの終わりに、何度も聞いたあの言葉が。GBO特有の、ハスキーな女性のシステム音声が告げる、あの言葉が。
《――BATTLE ENDED!!》
メモリアル・ウォーゲーム
総参加者数:5,414名(最終生存者数:11名)
総撃破数 :85,321機
総作戦時間:1時間24分27秒
作戦結果 :勝利
――西暦20××年、八月十五日。この戦いののち、GBOサーバー群には、全面的・長期的かつ大規模のメンテナンスが実施された――
エピローグ予告
《次回予告》
――後に〝
セキュリティの強化、社会的影響への対応、黒色粒子の完全排除。
様々な事後処理と安全措置を終え、GBOは新生・再始動の時を迎えようとしていた。
ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド エピローグ『アフター・ザット』
Hello world.
Hello new world.
Hello Gunpla Battle Online ver2.0〝THE WORLD〟.
◆◆◆◇◆◆◆
と、いうことで。GBOドライヴレッド第50話でした。
数々の戦いを経て、ついに引きこもり魔王・トウカと、クソ陰険黒幕野郎・イブスキをフルボッコにできました。とりあえずこの50話ではバトルに関しての最終話ということで、残された因縁や伏線、トウカとイブスキのこの後やその他もろもろついてはエピローグでまた触れます。
……兎も角。三年にわたって連載(そのうち半年以上が休止状態ということは謝罪あるのみ)してきた拙作本編も、残すはエピローグのみです。ここまで来れたのも、読んでくださり、感想を書いてくださったり評価やお気に入りを入れてくださったりした皆様のおかげです。どうか最後までお付き合いください。
感想・批評もお待ちしております!!