禍々しいと例えるに相応しい王城が、崖の上に建っていた。晴天の雲一つ無い空の下。もはや存在感のみが禍々しいとしか言えないが、人はその城を魔王城と噂する。実際に、その城に魔王と呼ばれる人物が住んでいるのだからあながち間違いでは無い。
その王城の頂上。悪魔の翼を生やした聖女のような銀髪の女性か無表情で溜め息を吐き下を見下ろした。
「シルリィ様、討伐隊の一行が攻め入る模様です」
その無表情の女性―――ハーミル・ハイゼンルが真横にいる、もう一人の女性に声をかけた。
長く艶やかな黒髪。低い身長に似合わぬ傲慢な立ち振る舞いと、人形を疑う程、端整な顔立ちの少女。黒いローブに短い黒のスカート。全身を黒で包む少女――シルリィ・ネーデェリアの風貌はまさに“魔女”と呼ぶに相応しかった。
「いや、めっちゃ見えてるから言われなくても分かってるよ。何だ、あれ……普通の女だぞ……アレに四天王がやられたのか? 四天王弱すぎだろ」
「最初の土の四天王がやられた時は薄ら笑いで土は四天王の中で最弱とか言ってましたけど、実際は四天王全員弱かったって話ですよ」
「話ですよ、じゃないわ。お前が選抜したんだろ。確かに土は最初にやられるなとは想ったぞ? だって土だからな。だが雷の四天王までやられるか? 雷だぞ? 強いだろ、普通」
「雷は裏切りました」
「あぁ、なるほどな……そう言うパターンか。あるなぁ、それ……今まで散々と殺していた癖に掌くるっくるに返して人は素晴らしいとかほざき、勇者に寝返るパターン。見飽きたわクソが」
冷徹な視線を細め、言葉を吐き出して溜め息を吐く。
「どうしますか。この城には多数の罠が存在しますが、そもそも此処まで来れる腕前の持ち主です。直ぐにこの場に来るでしょう」
「いや。そもそもだ。なんで私が討伐されるんだい? 言っとくけど、何にもしてないぞ」
「シルリィ様が夜な夜な、変な研究ばかりしているからでしょう。そりゃあ、真夜中に赤い光りが城から発光していたら村の連中は驚きますよ。魔術師でも無い一般人には魔物も魔術師も同じですから」
「サイリウム振りながら飯を喰ってただけだ。これだから頼るだけの無能は嫌いなんだ」
「その光景について二三興味が湧きましたが……今は置いておきましょう。問題はどうするか、です」
やろうと想えば、常識を知らない時代遅れの村から選ばれた討伐隊など簡単に殺す事が出来る。だが、城に侵入してきている部隊はそんな優しい者達ではない。この城で敵う者は一人も居ないだろう。それが束になったとしても、だ。
そもそも、事の発端はシルリィの親が“魔王”と呼ばれていた事にある。浸食者と呼ばれる種族を束ね、一国を支配してきた王族の愛娘であるシルリィは、望まずにして王を引き継いだ。
頭に生える角がざわつく。死に怯えている訳では無い。闘いに怯えている訳では無い。だが、何かがざわつく。勇者と呼ばれる存在が近くに居る故の、魔王としての感が訴えているのか。
また、溜め息を吐く。
「市民の避難は」
「終わっております。部下達はそれぞれ持ち場に」
「……四天王すら敵わぬ連中だ。部下達には逃げさせろと言っただろう」
「言いましたよ。逃げたら家族がどうなるのでしょうねと」
「悪魔かお前はッ!?」
「元悪魔です、現天使ですから」
悪魔の翼を揺らし迫真で伝えるハーミルに薄目を向けながら、シルリィはまたもや深い溜め息を吐いた。
「あの馬鹿共、逃げなかったか」
「逃げようと想えない程、馬鹿だったのです」
「……さて、本気でどうするか考えねばな」
「一つ、提案があります」
言葉を続けようとしたシルリィを遮り、ハーミルが口を開く。
「―――私達も勇者を召喚しましょう」
その発言と合わせるように、烏が空を舞った。
◆ ◆ ◆
青年は刀を振っていた。
幾度無く、思考を深めながら。もはや刀を振るう意味すら分からないと言うのに。何十人と言う敵が周りを囲む。
「―――」
目線を向けたまま左腰に差す刀の柄を左手で握り締める。瞬間、抜刀。先頭に居た男を斬り裂き、返す刃でもう一人を斬る。身を回転させ、足払い、斬り払い、掌底、斬り下ろし、投げ、払い、斬り、斬る。斬る。斬る。
重心がぶれない青年の動きは見る者を魅了させる死の舞い。何万と目の前に迫る敵に対し、ただ刀を向ける。
「ハァッ……ハァッ……へへっ……全然減らねぇな……まぁ、仕方ねぇってのは分かってんだ。やるしかねぇってな……」
青年はただ闘う。刀を振るう意味は無くとも、闘わねばならない理由はあった。空を見上げる。憎いほどに眩しい晴天の太陽は真上を示している。時間は充分に稼げただろう。
護るべき存在も護る事が出来た。悔いは無い。いや、自分に嘘をついても仕方ない。悔いだらけだ。もっと生きたかった。
翡翠色と白色が混ざる着物の袖を見つめながら、この着物を渡してくれた人物を思い浮かべた。
黒く艶やかな長髪。
低い身長。
ふて腐れたような端整な顔立ち。
無表情の影に隠れた甘えん坊。
「あぁ―――好きだって言っとけば良かった」
青年は空を見上げる。数万の影。数万の矢。数万の銃口。今からあの数々は自分だけに襲い掛かる。生き残る術は無い。
悔いだらけの人生、生きる事を望んだ時――烏は空を舞う。
◆ ◆ ◆
その部屋は異質な存在感を放っていた。
シルリィが何時も座る王座の後ろにあるレバーを引き、右に三回。左に三回歩くと現れる階段を進んだ先。薄青い光が円形の台座から溢れ、周りには禍々しい装飾が施された柱。
「何だ。この部屋……城に住むこと数十年で初めて知ったぞ。と言うか部屋に入る為の無駄な仕掛けとかいるのか? 要らないだろ、アレ」
「先代。魔王様が戯れでお造りになったモノです、私に言われましても」
「……まぁ、良いか。で、なぁなぁと着いてきたは良い物の。勇者を召喚するとは何なんだ?」
「良いですか、魔王様。我が隣国の聖国シドリンファは魔王と呼ばれるシルリィ様を殺害する為に勇者を異世界から召喚致しました」
台座の近くまで歩きながらハーミルが言う。シルリィは曖昧に頷きながら肯定しながら、頭の脳裏に問題の根源で在る国を思い浮かべた。
聖国シドリンファ。
宗教や聖楽に盛んな神の国と呼ばれるシドリンファは文字通り、聖なる存在を神とする国だ。
「私が納める魔国ガドグリスと相反する国だ。大方、魔物と浸食者を同じ存在と教え込み、勇者を上手く扱ったのだろう」
「さて問題です。シドリンファが召喚した勇者とはどんな人物でしょうか」
「あぁー……確か、異世界の学生で、争い無い国から来たんだったか?」
「イエス。シドリンファが召喚した勇者は“ただの一般学生が異世界に召喚され、戦い方を知らない筈なのに何故か闘いの才能にあり溢れ。謎のご都合主義が発生し最強に近い力を獲て、世界は私が救うんだとか言っちゃってる脳内お花畑ご都合主義勇者です”」
「いや確かにそうなんだがな。お前の例え方に悪意あり過ぎだろ。勇者になんか怨みでも在るのか」
呆れた視線を向けられるハーミルはそれを気にせずに指を立て、口を開く。
「私達にそんな勇者を育てる時間はありません。魔王様が召喚する勇者は真逆です」
「……逆?」
「“勇者として召喚され、世界を救う為に辛い修行と修羅場を潜り抜け、ありとあらゆる闘いに己の実力と仲間の死により生き残った。闘いの闘いに闘い。最後の魔王を見事に討ち滅ぼし、あぁ、辛くても悲しくても、戦いが終わり、これからヒロインAと幸せな毎日を過ごすんだと考えている勇者”」
「………」
「を、私達が再び召喚します」
「鬼かお前ッ!?」
「天使ですけど?」
「ぶっ飛ばすぞ貴様ッ!?」
真顔で首を傾げるハーミルに苛つきながらも、シルリィは頭を抱える。確かに、ハーミルが提案したことは最もらしい上に、その召喚が可能ならば、今の絶望的な状況を打破出来るかも知れない。
だが、しかしだ。
「何か問題でも?」
「いや……そのだな……人として、その、どうなんだ? だって勇者は世界を救ったんだろう。仲間が沢山死んだのだろう」
曖昧な態度で柱を触り、寄り掛かりながら呟く。そんなシルリィにハーミルは無表情のまま頷いた。
「えぇ、まぁ。私達の世界に居る勇者とは大違いです」
「……ほら、例えるならドラ○エやっててだ。最後のオル○ミーラを倒してエンディング流れる瞬間にいきなり画面が切り替わり、王様にひのきのぼう渡されてまおうをたおせ! とか言われるんだぞ。駄目だろ。それ。勇者もビックリのリセットだよ」
「二週目と想えば」
「○ラクエで二週目やる奴なんかドM以外何者でも無いだろ」
「私はやりますけど」
「あ、そう。やるんだ……ふーん……違う。話がズレた。つまりだね、幸せな生活送ろうとしている奴をどん底に叩き落とす所業。人としてどうなんだ」
「貴女は魔王でしょう」
「それ言われたらなんも言えないじゃん」
光り輝く台座を見つめる。
そもそも此処まで攻め入られている理由はシルリィにもあったのだ。父親が亡くなり、急遽に王座を継いだシルリィに待っていたのは配下の裏切りと暗躍。元々、有能だが父親に真の忠誠を誓っていなかった配下達は父親の力によって押さえ付けられていた。
「先代が亡くなった瞬間、二十人居た配下の内、十七人が謀反。内乱が内乱を呼び大混乱になった国をシルリィ様のお力で何とか収めました。しかし」
「内乱によって疲弊した我が軍を狙って聖国が侵略……まぁ、簡単に予想は出来ていたが、止められはしなかったのは私のせいだ。それは分かっている……」
「間が悪かった、としか言えません。先代も、これを危惧し、内を変えようと模索していましたが、急病は突然にやってきます。現在、城壁外で闘う我が軍は部下を指示する将軍が足りない状況、あと半刻も持ちません」
「……聖国として名を馳せる勇者を捕らえ、降伏を迫る以外に道は無いとも分かっている」
それでも聖国が従うかの確証は無い。だが。それしか勝ち残る道は無いのだ。
聖国は魔国に住む身体に魔物の身体を持つ人間を浸食者と呼び、異端の存在として扱う。魔国以外に住む浸食者は聖国の影に怯え、奴隷や道具として扱われる日々。魔国が聖国に敗戦すれば、魔国に住む人間がどんな目に遭うか分かった物では無い。
「もし聖国に負けたら姫で在るシルリィ様はエロゲコース待った無しですね」
「よーしっ! お姉さん、勇者召喚しちゃうぞーっ!!」
「……驚く程の掌返しですね」
「うっさいわッ!! 何処ぞのリ○スみたいなエロゲコースに行くつもりもチ○コにも負けるつもりなんぞ無いんだよバーカッ!!」
「一国の姫がチン○とかチン○とか言わないで下さい」
「チン○なんざ言ってないわッ!! 勇者召喚する前にチン○チン○言う奴が居るか馬鹿っ!? 勇者もビックリだよ!! ンンッ……兎に角、私は勇者を召喚する。そして、闘いが終わったら私は勇者を元の世界に戻す」
咳払いをして気を取り戻すし、光り輝く台座に続く階段を登った。
巫山戯て気を紛らわすのは此処までだ。
身勝手な理由は大っ嫌いだ。自分の為だけは大っ嫌いだ。世界は等価交換に寄り添わなければならない。それが自分の心に在る真だった。
等価交換を忘れた時、人はただの獣になる。自らの頭から生える悪魔の角は見た目だけの存在になってしまうから、シルリィは人としての教示を無くしたくないと常に想っている。だからこそ、聖国が行った勇者召喚と言う儀式は大っ嫌いだった。
身勝手な理由は嫌いだ。
自分の都合で勇者を召喚し、自分の都合で勇者を利用する魂胆に納得はいかない。認めたくも無い。
今。シルリィはそれを破る事になる。自分勝手な理由で、何も関係の無い人物を召喚するのだ。
「シルリィ様、勇者召喚は一度召喚してしまえば、元の世界に戻す事は」
「分かっている。無ければ作り出すまでだ。そうしなければならない」
「……ならば、一つ助言を」
「助言?」
台座に手を伸ばそうとした瞬間、後方に控えるハーミルがおもむろに口を開いた。
「その台座は召喚の台座では在りません」
「なに? じゃあ何だと言うんだい?」
「――“願いを叶える台座です”」
ハーミルの言葉に目を見開いて驚愕した。勢い良く振り返り、光り輝く台座を睨んだ。淡い光は暗い部屋を照らし、魔国には不釣り合いな程に神秘的な景色を作り出している。その台座の光はただの光ではない。
「……親父に聞いたことが在る。魔国の地下には強大な魔力の流れがあり、魔力を制御する台座があると。その台座は強大な魔力を操作し、使用者の願いを何でも叶える力がある」
「先代様は、その台座に自分の妻を下さいと願い、奥様が召喚されました」
「マジでッ!? 初耳だぞ!? と言うか国宝をそんなくだらない願いに使ったのか馬鹿親父!?」
「つまり、シルリィ様はこう願えば良いのです。“物凄く強くて物凄くイケメンで物凄く気が効くハーミルの夫になり得るイケメン勇者を召喚せよ”と」
「思惑隠せなすぎだろお前……イケメン二回言ってるし……」
「私の夫になり得る人物なら世界に返す必要は無いかと」
「却下だ、馬鹿」
溜め息混じりに吐き捨て、改めて台座に向き直った。不器用な言い方だが、つまりは上手く願えと言う事。
召喚するならば、勇者が何時でも世界に帰ることが出来、尚且つ今の状況を打破出来る強さを持ち合わせた人物だ。欲張りな願いになるのだろうが。
「ふっ……今だけは魔王が欲望に従おう――RaLiaa」
“魔力が弾ける”
それは民謡のような始まりで、聞く者を魅力する魔の王が持つ力。白銀の魔力は宙へ解け、台座の光は増していく。
「“我、願う”」
詠唱は始まった。窓も無い場所に風が唸りを上げ吹き荒れる。それは風と呼ぶには冷たく、冷風と呼ぶには暖かい心に包み込まれているようで。詠唱に答えるが如く魔力はシルリィに纏い付きだす。
シルリィは願う。
「“見た目はちょい悪の超絶イケメンで最強で滅茶苦茶優しい勇者を下さいッッッ!”」
己の欲望に従い、全力で叫んだ。
「えっ」
「…………」
「あの、シルリィ様……い…」
「何も言うなッ!!」
「いや、でも……」
「何も、言うな……ッ」
唇を噛み締め悲痛な顔で項垂れるシルリィにあくまでも無表情で呆然と見つめ出す。全ては後の祭りだ、今更、何を言っても意味はなさない。吹き荒れる魔力は台座に飲み込まれ、光を増している。
「私に散々言った癖………滅茶苦茶……」
「ソコォッ! 陰口叩かない!! 泣くぞッ! 私がッ!」
「私に散々言った癖に欲求ぶちまけてますし、滅茶苦茶、馬鹿とか言われましたけど、心を込めて言葉を返します。バーカ」
「主に向かって馬鹿とか言わないッ! 泣くぞッ! 私がッ!」
「あっ、門が開きます」
「集中しましょうッ!」
「……さっきからなんですか、そのノリ」
見る見る輝きと魔力の唸りに部屋が揺れる。台座に溢れていた光は形を収束し、天井に二つの螺旋を作り上げながら渦を発生させた。
“門”が開く。
それは異世界から戦士を呼び込む力の現れ。光が一つ。また一つと螺旋に絡み合い。また一つ。また一つ。
『――そんな勇者いねぇよ』
――台座から男性の透き通る声が響き出す。
「喋ったッ!?」
「喋る系の台座ですか。新ジャンルですね」
「いやいやいやいやッ!? なんでそんな冷静なんだお前!! えっ、喋るの!? マジか、これ!?」
『まぁ、台座が喋ってると言うか、世界の魔力の管理者と言うか……』
辺りを見回してもハーミル以外に人は居ない。文字通り、台座が喋ってるのだ。理解を超えた現象を目の辺りにすると人の頭は自棄に冷静になる。驚愕を隠せないながらも、シルリィは光の螺旋を見上げながら口を開いた。
「だ、誰だ貴様?」
『いや誰だって言われてもねぇ……世界の始まりから話すことになるけど聞きたい? つか言っても分かるのかって話だよね~。魔力的結成学術とか意味分かんないしょ。マジウケル』
「か、軽いな……」
『あれよ、アレ。ドラゴンボー○でも神様の龍とかいんでしょ? あんな感じ。オケオケ。よし、説明終わり。ぶっちゃけ早く帰って寝たいんでさ、アレよ。お前、注文多すぎ。今日日の異世界召喚でも、其処まで限定しないよ、普通』
「……物凄く不本意だが、なんかムカつくから聞かないでいようか……」
神秘的な光景には不釣り合いな軽い印象を与える話し方に米神を震わせながらも言葉を飲み込んだ。例え方から察するに、願いを叶えるか叶えないかを左右する重要な人物に違いは無い筈だ。
『ちょい悪でイケメン系だっけぇ? いやさ、居るよ。そりゃちょい悪でイケメンは居るけどさ、ちょっと幅デカすぎない?』
「で、デカすぎないと言うと……?」
『年齢は?』
「……同い年で」
『同い年? あのさ。同い年で通じると想ってん? マジウケル。エスパーじゃないんだからさぁ……はぁ……これだから神は全知全能とか想ってる奴はさ……』
「ぐっ……は、二十歳」
『お前、十七だろ』
「年齢知ってるんじゃないか、あぁッ!? 殺すぞ貴様ッ!?」
『誰も私がエスパーじゃないって言ってないしぃ~!』
「シルリィ様、抑えて下さい。この台座を壊したら全てが台無しです」
右腕に魔力を溜め出すシルリィを抑えるハーミルは光を輝かせている台座を睨んだ。
「あの、眩しいです」
『あ、ごめんごめん。消すわ』
台座の光が消え去る。
「消えんのかッ!! 何だったんだ今の光ッ!?」
『演出って大事よ? 演出凄いだけで人って簡単に騙せるから。まぁいいや。で、ちょい悪系イケメンの二十歳ねぇ……これさ、二十一に変えられる?』
「……か、変えたらイケるのか?」
『最強を合わせると居ないよね。常識的に考えてくれよ~。年収一千万以上てイケメンで二十歳で中身見てくれる男性が欲しいとかほざくババアじゃないんだからさ。妥協はしようよ、ね?』
確かに、考えてもみればこの常識的に容姿は全く関係ない。例え方がかなりミーハーな所を突っ込みたいが、シルリィは腕を組み目を閉じた。そして。
「……上の中ッ!」
妥協をしてみる。
『も一回』
「上の下ッ!」
『さらに一声』
「中の上ッ!」
『はい顔面偏差値中の上決定』
「……なんでしょう。勇者召喚なのにまるで結婚相談所のような空気が」
やり取りに突っ込みを入れたい想いを堪え、ハーミルは成り行きを見守る。あまり時間をかけている余裕も無いのだ。
『で。最強で滅茶苦茶優しいねぇ……これ残すとしたらどっちが良いよ?』
「……そこなんとかならんか?」
『えぇ……はぁ……いやさ、私だってさ、書類に乗っている人物しか召喚出来ないしさ』
「書類とか在るのか……」
『そもそも最強の奴等ってろくなの居ないよ? 大体ハーレム希望とか美少女付き限定とかさ』
「あぁ、それ駄目だ。一途なタイプが良い」
『このタイミングで注文増やします? マジウケル。じゃあ妥協しよう』
「またか!! 正直時間ないんで速くしてくれないか!? お前時間取り過ぎなんだよ!!」
時間が無い。こうしている間にも城壁外で魔国軍が聖国軍の足止めをしている上に、勇者と呼ばれる一同は城を登っている。早期決着をしなければ勝ち目がどんどんと消えてしまうのだ。
台座の声は深い溜め息を吐き、何かの書類を捲らせる音が響いた。
『じゃあ、顔面偏差値中の上でそこそこ猛者で、まぁまぁ優しい奴がこの世界に居るから一回会ってみる?』
「この世界かよ!! 異世界じゃないのか!?」
『それはご縁がありませんでしたって事で。で、どする? 会っちゃう?』
「会いますッ!!」
『まぁ貴女に口説くのは無理だと想いますけどねぇ~』
「そのハロワみたいな反応一々要らないんだよッ!! 言っとくけどそれ相手を苛つかせるだけだからな!?」
『じゃあ、召喚するから、後は好きにしてね~。ばいちゃっ!』
最後まで軽いノリのまま消えていく台座の声に苛つきながらも、召喚と言う名の勇者相談所が終わり、一息付く。
その瞬間、天井から轟音が響いた。まるで何かが堕ちてきたような地震とは違う響き。反射で天井を見上げ、目を見開いた。脈絡も何も無い召喚の仕方だ。想像した召喚とは正反対の結果になったが。
「行くぞ、ハーミル!!」
「はい」
駆け足にも似た歩きで階段を駆け上がった。
王座がある王室の端。無造作に詰まれた樽や木箱を壊し、木材と藁が散らばる中央。
「――」
その中央に“青年”は居た。
翡翠色と白色が混ざった着物を着込み。腰には木製の鞘。手には刀。顔は血に染まり、傷痕だらけ。胸や肩には無数の矢が突き刺さり、着物は赤く染まっていた。
その目は白目。
「――ッ」
どう見ても生きている風には見えなかった。呆ける頭を余所に、シルリィは無意識で青年に駆け寄ると血に濡れるのを構わず胸に耳を置いた。直ぐ側にハーミルが寄り添うと、目を覗き込む。
「僅かに息が在ります。私が分かりますか?」
「……ぁぁ……なんだよ……天使が迎えに来たか……」
「シルリィ様、聞きました? 私を見て一発で天使と言い当てましたよ。この人勇者です」
「そんなこと言ってる場合かッ!? 出血が酷すぎる……ッ今からじゃ治療しても間に合わないな……おい、死ぬよりはマシな目に遭うのと、このまま死ぬのとどっちが良い!?」
「…………」
「気を失うなッ!! 質問に答えろッ!!」
気を失えばそのまま死んでしまう。胸倉を掴み上げ怒号を叩き付けると、青年の意識は僅かに戻った。だが、もはや喋れる状態ではない。
意味など理解していない。何故とも考えてはいない。ただ死なせてはならないと考えているからこそ、シルリィはコートを脱ぎ捨てシャツの袖を捲り上げる。
「シルリィ様、変えるのですか?」
「ハーミル、着物を脱がせろ!!」
「しかし……」
「ウダウダ言ってる場合か!! 怨まれるなら怨まれるで良い、こんな胸糞悪い死に方を私の目の前で見せようとする方が悪いんだよ―――“此奴を浸食者に変えるぞ”」
――それは魔王であるシルリィに与えられた禁忌の魔術だった。
父は言った。それを望まぬ人間に使うなと。
母は言った。それを使う時は選べと。
その魔術を扱えるのは人生で一回のみ。己の魂を預ける生の冒涜を体現した力。
「良いのですか。それを扱えば魂は繋がります」
「死に行く人間を見捨てて何が王だ。私はそんな王になるつもりなど無い」
「……分かりました」
もはや何を言っても聞く耳を持たないシルリィにハーミルは説得を諦め青年の着物を
白銀の魔力を腕に溜める。その魔力に答えるが如く、刺青のような言葉の羅列が腕に走りだす。青年に面識が無くとも。
「“Raliaaa―――我、聖女として名乗りを上げん”」
腕は青年の胸に沈み、その指は心臓を掴む。腕に走る文字は心臓を囲み、文字は刻まれていく。
「“汝は我が騎士となり、魂を繋ぐ。其所に意志は必要無く、口も要らぬ”」
文字は青年の身体を変える。心臓に刻まれた刻印は血と形、巡る。血は全身へ巡り、魂がシルリィと繋がった。青年の髪は黒髪から白銀に変わり、腕の肉は鉄へ変化した。まるで籠手のような見た目の腕にも血が巡る。人の温かさが籠もる腕と同時に、青年の意識は急激に覚醒した。
「……俺は……」
「“誓え”」
「……なに?」
シルリィは腕を引き抜くと、その手を青年の口へ近付ける。
「“我が手に騎士の口吻を”」
「……―――」
青年の口にシルリィの指が沈んだ瞬間。
「“今、其方は魔王の騎士として新たな生を獲る”」
「あっつ……ッ!!」
青年の身体が火照る。火傷しそうな顔を抑えようと青年は手を顔に持っていく時、其所で初めて青年は気付いた。
自らの腕が魔物の腕に変わっていることに。
「貴様の名を」
「名前……?」
「あるだろう。私はシルリィ・ネーデェリア。お前は?」
「俺は……――――誰だ?」
「――――は?」
今、この時。
記憶を失った勇者が魔王に召喚された。