Fate/Fairy Tail 錬鉄の英雄【無期限休載中】 作:たい焼き
エミヤから放たれたカラドボルクが幽鬼の支配者のギルドに直撃する。
それは周りの空気すらも捩じ切り、ギルドの外壁に大穴を開けた上に更に貫通した。
「なっ!?」
それが誰があげた声かなんて些細な事だ。そんな事よりも彼が放った矢の方に注目が集まる。
魔導兵器が放つ収束砲と比較しても見劣りしないどころか上回っているのではないかとも思える程の一撃。大凡人が放てる物ではない。その場合は放った者もタダではすまないだろう。
肩を脱臼するか、最悪反動で腕がもげる可能性もある。
だがそれは人間が放った場合の話だ。その弓矢の担い手はもはや人間の枠を逸脱してしまっている。
「ふむ・・・内部で起爆するつもりだったが・・・魔力を込め過ぎたからか、それか想像よりも幾分か脆かったようだな。」
他人よりも優れた才能を何一つ持たなかった男が厳しい修練や戦いに耐え抜き、ようやく英霊の域に至った男の成れの果て。それが彼であり、妖精の尻尾のサーヴァント。
「これが英霊・・・人間を超える域に至った者達の力か・・・」
エルザの視界は既に暗転仕掛けているが、その目には背中越しでも分かる憧れの男の勇姿、手を伸ばせば届きそうだが、その背中は遥か遠くの物の蜃気楼のように遠く感じた。
「エルザ。君はしばらく休みたまえ。少しでも体力と魔力を回復しておくといい」
「まだいける、と言いたい所だが流石に辛い。甘えさせてもらおう」
エミヤの力は良くわかった。彼に任せれば安心だと理解するのは容易い。だからこそ安心して意識を手放せた。
「誰かエルザを治療してやってくれ。致命傷は負っていないから止血程度で十分だ」
「後ろの守りはそちらに任せる。幽兵の半分程度は私が引き受けよう」
エミヤが一つ指示を発すれば、それに応えるように妖精の尻尾のメンバーが覇気の篭った返事と共に動く。マスター不在の中、一人現れたイレギュラーによって不足していた士気が回復していった。
「ナツ!!あの砲身の中から潜って内部からジュピターを破壊してこい!!」
「応ッ!!行くぞハッピー!!」
「あいさー!!」
そしてついに妖精の尻尾側が攻勢に転じる。翼を魔法で作れるハッピーはナツを抱えて飛ぶ事で幽兵を無視してギルドに張り付く事が出来た。
「グレイとエルフマン!!お前達も加勢に行ってやれ!!」
「ああ、分かってる!!」
「おっしゃっ!!」
それに続いて二人もギルドの中に入って行った。しばらくは彼らに任せておける。
「さて、これで陽動の役目を果たせれば楽なのだがね・・・」
初手での派手な行動は敵の目を引き付けるのに最も効果的だろう。あえてそれを行えば自分への戦力以外は薄くなる。
だがそれは自分への負担が増える事も表している。ついでに今の彼も万全の状態ではなかった。
「存外魔導兵器の威力が高かったようだな・・・躱しきれなければこんな物か」
外套が紅いためよく見なければ分からないが、所々に深みが違う紅が混ざっている。俗にいう血であるが、これは決して返り血ではない。彼の体から滲み出た彼自身の血であった。
彼が幽鬼の支配者達の足止めを行っている最中に奇襲として放たれた収束砲をエミヤは躱しきれなかったのだ。
ギルドの仲間が必死で攻撃を仕掛けている中、それを放ったジョゼに対して正気を疑わざるを得なかった。不意打ちとしては上物だが、事前に察知出来ていたため決して躱せない一撃ではなかった。
だが彼は自分より真っ先に逃げ遅れた幽鬼の支配者のメンバーを助けた。そこだけは彼が幼い時に受けた呪いのような約束のせいであるため仕方ないが、おかげで中々手痛いダメージを貰ってしまった。
本人の体力を考慮せず、ダメージその物だけで考えればエルザが受けたダメージよりも大きい。
「くっ、ランサー・・・クー・フーリンはあの英雄王と対峙して半日持たせたらしいが、私にそこまでできるか?」
大量の幽兵を英雄王の宝具達と捉えれば、皮肉にも置かれた状況は似ているように見える。
「だが、やらねば成るまい。精々醜く足掻かせて貰うとしようか」
休みなく攻め続ける幽兵達。戦いはまだ小一時間と経っていない。
15分とは長いようで案外短い時間である。作業に没頭している最中にふと時計を見てみると15分経ってしまっているということは無いだろうか?
もしも自らの生死が決まってしまうような戦いの中で、15分というタイムリミットが課せられた時、それを長いと感じるだろうか?それとも短いと感じるだろうか?
その答えは人それぞれであろう。
幽鬼の支配者の中から響いて来る爆音と建物が崩壊する時の地響きに似た音。ナツがジュピターの内部装置を破壊したのだ。
「次はお前たちを潰す番だ。ファントム!!」
相対した敵が炎を制御下に置けるタイプの魔道士であったため苦戦はしたが、ナツは成し遂げた。むしろ打てた反撃の一手が引き金となって更に闘志を燃やす。
「ようやくか・・・」
現在無数の幽兵を手負いの状態で迎え討っているエミヤはかなり危険な状態であった。
一体毎の戦闘力は魔道士ならば問題無く対処出来る程度だが、数の優位は偉大であった。
例え一騎で国一つの相手が出来るサーヴァントであろうとも、一を倒す作業には一を使う。
千の力を持っていても、それを一ずつ千に振り分ければ余力は無くなり次第に消耗し始める。
体力に加えて魔力の消費を考えれば尚の事。そこに出血し続けている状況であれば言うまでもない。
敵もあくまで抑える事を重視した持久戦を挑んで来ているのがまたキツイ。
「だがこれで多少は押し込めるはずだ」
そう思っていたが、それも水泡となって消える。
幽鬼のギルドは建物その物が兵器であり、ただ歩くだけでなかった。変形を開始したそれはやがて巨大な機械兵に変わる。
超魔導巨人ファントムMkⅡ
それが巨人の名であり、幽鬼の支配者の最強兵器。
巨体に見合うだけの手足を得たそれは、やろうと思えば人一人握り潰せるだろう。
だが巨人はただの機械兵ではなかった。
巨人は得た指で器用にも魔法陣を描き始める。発動しようとしている魔法の名は『
禁忌魔法の一つであるそれを、巨大な魔道士が発動すればサイズも比例し大きくなり、範囲と威力も増す。このサイズならば街の中心に位置するカルディア大聖堂まで暗黒の波動で消滅するであろう。
「チィ、このタイミングで厄介な物を・・・」
現在数の暴力による優位を身を持って教え込まれているエミヤは思わず舌打ちしてしまう。
発動を止める方法は至ってシンプル。魔力を供給しているものを排除するか、魔法陣を描く腕、もしくは魔道士本体を無力化するかだ。
「腕一つ切り落とす程度わけないが・・・これではな・・・」
もはや再現無く湧き出る幽兵の顔を見飽きて来たが、解放しては貰えないらしい。
自身の攻撃手段に数の暴力で押す手段がある分、その戦略を今痛感している最中だ。
正面とその左右から同時に迫る幽兵を迎撃する。まずは左右の手に握られた干将莫耶で受け止め、残る正面の敵には正面に投影した剣の柄の底を蹴り押す。
刺突のように突き進んだ切っ先に貫かれた幽兵が消滅したのを確認し、受けていた幽兵の剣を弾きつつ返す刃で切り裂く。
だがこれは将棋やチェスで例えれば一試合の内のたった一手の出来事。次々に襲い掛かる幽兵を避けるべくエミヤは真上に跳躍する。
それに気付いて見上げた時には既に遅い。持っていた干将莫邪を真下に投擲し、ちょうどその場に居た幽兵の額に突き刺さる。
それから内部の魔力を起爆すれば一掃は完了する。そうして生まれた一瞬の間がエミヤにとっての大きなチャンスとなる。
いつもの黒染めの弓と共に歪な形をした短剣を投影し、それを引き伸ばして番える。
魔術に対して絶対の破戒効果を持つ宝具は、この時代の魔法にも効果は変わらず発揮される。
「クッ・・・」
だが敵もやすやすと行動させる気はないらしい。何体か混じっていた魔法を撃つ幽兵の魔法がエミヤを襲う。
エミヤは焦らず足場代わりの大剣を投影し、それを使って後ろに跳んで避ける。
元々一歩きりの足場として投影された大剣は魔法の攻撃を待たずに消滅する。
「おおおお・・・ッ!!」
再び大量の剣の雨を降らし、幽兵を薙ぎ払って行くがハッキリ言ってキリがない。
着地すると同時についに片膝を着いてしまった。魔術回路は酷使した結果焼き切れるセーフティラインギリギリ。吐血を繰り返し回路の付加と出血も加えて目も霞んで来ている。
「・・・ッ、何度繰り返せば、終わらせられる・・・ッ!?」
再び手に干将莫耶を投影した瞬間、幽兵の動きが止まる。いつの間にか魔法陣は消え失せ、敵のギルドも一部崩壊していた。
同時に辺りに響くジョゼの不快な声。
『妖精の尻尾の皆さん。我々はルーシィを捕獲しました』
エミヤからしてみれば驚きの一言。一度は完璧に守り抜いた剣の防壁を突破した者が居るということだからだ。
それは妖精の尻尾のメンバーも一緒の事であり、ざわめきが波紋のように広がる。
証拠代わりに響いてくるルーシィの悲鳴。これで幽鬼の支配者の目的の一つが達成されてしまった。
幽兵の戦闘力が前と比べ物にならない程に上がった。つまり妖精の尻尾を殲滅する意思の現れだ。
それに対応出来ずに、次々と妖精たちが倒れていく。唯一エミヤを除いて。
「クッ・・・皆大丈夫か!?」
もはや自分一人で手一杯であり、援護に回せる体力も魔力も無い。
手数は変わらないのに一撃毎の速度と威力が上がれば対応も難しい。これがアルトリアやランスロットと言った白兵戦のプロフェッショナルならば捌くのも容易かろうが、そうとは到底言えない。
(こうなれば、
それを使えばこの状況をもひっくり返すことは容易いだろう。問題はエミヤ自身が持つかどうか。だがその思考を遮った者がいた。
「エミヤ!!こっちはいい!!ルーシィを助けてやってくれ!!」
先程まで指揮を取っていたカナ・アルベローナの声が聞こえてきた。
明らかに虚言である事は明白だが、ここでその意思に反すれば皆の想いを無駄にしてしまうだろう。
「ッ・・・すまない。保たせてくれ」
皆に背を向け、代わりに鋼鉄の巨人に向き直る。
強化の魔術を身体に掛け、ただひたすら戦場を駆ける。途中の敵は全て無視し、どんどん速度を上げ、遂には水上すらもその足で走り抜ける。
目標が居る位置に乗り込むにはこれが一番の近道だからだ。
ほぼ垂直の機械兵の外壁を駆け上り、ルーシィの魔力を感じる階層辺りの壁に辿り着いたエミヤは一振りの剣を投影する。
その剣は決して折れず、決して刃毀れせず、岩に叩きつけても岩を両断したという逸話を残した不滅の刃。
エミヤはそれを担いで振り下ろす。鋼鉄の壁は砕ける事無く、まるで豆腐のように左右に切り裂かれ道を作った。
中へと続く道はまだ続いていたが、目的地までそう遠くない。
「・・・」
エミヤの今の目を見た物はそれをある物のようだと必ず答えるであろう。
剣のようだ、と。
その目には光は一切宿っておらず、冷えきった鋭い様はその通り剣と例えられても何もおかしくない。
冷徹で一切の感情を捨て去った今のエミヤはまさに守護者として使役されている時と同じだ。
ただ目標に向けて一歩、また一歩と歩み続け、ギルドの奥の闇と一体化するように消えていった。