生まれて初めて巨人を見た俺の率直な感想を述べよう。
羨ましい!!
いや、頭では解ってる。あそこまで大きいと色々と不便や不都合もあるだろうってことは。でも、今まで散々チビだなんだと言われてきた身としては……羨ましい俺もデカくなりたい身長わけて!!
……コホン。失礼、暴走した。
おっと、それよりも質問に答えなければ。
「あるよ」
何がって? 酒だよ、さっき聞いてきたから。
俺が答えるしかない。ウソップとナミは今度はすぐに魂を取り戻してくれたけど、思いっきり俺を盾にして隠れてるから。
「そうか、あるか!」
ブロギーはそれはそれは嬉しそうに笑った。気持ちは解る。こんな島じゃ酒なんて碌に手に入らないだろうし。けれど、そんな和やかな空気は一転。
「ぬぅあっ!?」
ブロギーがもの凄い顔になった。その尻に恐竜が噛り付いたのだ。
にしても、船がとても揺れた。巨人の衝撃凄い。
あ、恐竜はブロギーが一太刀にて首を切り落として終わっていたよ。
「我こそがエルバフ最強の戦士! ブロギーだ!! 肉も取れた。もてなすぞ、客人よ!」
おぉ!
「気前いいな! じゃあ遠慮なく頂くよ、恐竜って食べてみたかったんだ! こっちからは酒を提供する!」
俺が立ち上がると、縋っていた支えを無くした2人がズテッと前のめりに倒れた。
「ガババババババ!!」
ブロギーが急に大口を開けて笑い出した。え? 何で?
「こりゃあいい、久々に活きのいいチビ人間だ!」
…………………………落ち着け俺。コイツの言ってる『チビ』ってのは他意のあることじゃない、巨人族にしてみれば普通の人間なんてみんなチビだ。別に俺が特別小さいとかそういう意味で言ってるんじゃない。多分、きっと、絶対!
よし深呼吸をしよう。
「うおぉい!」
「ぐふっ!」
大きく息を吸い込んだその時、ウソップが背後から俺の腹あたりにしがみ付いてきた……息が詰まったじゃねェか、この野郎。
「お前、何考えてんだ! 肉に釣られるな!」
「相手は巨人で、しかも1億の賞金首よ!」
見ると、座り込んだまま俺にしがみ付くウソップに、更にナミがしがみ付いていて……連結状態だな。
「……いいじゃんか、1億懸けられてる巨人だって。もてなすって言ってくれてるんだからさ。別に付いて来てくれなんて言ってないし、お前らが嫌なら俺1人で行く」
キッパリ断言すると、凄まじい形相で睨まれた。
「ふざけんなァ! こんな所におれたち2人だけを置き去りにする気かァ!!」
確かにその気持ちは解る、解るけど。
「何で俺だけそんなこと言われるのさ。ルフィもゾロもサンジもさっさと降りてっただろ?」
若干面白くない。俺だけ自由が無いなんて嫌だ。
「で? どうする? 一緒に行く? それとも2人っきりっでこの場に残る?」
あえて2人っきりというのを強調して最終確認を取ろうとしたら丁度いいタイミングでギャアギャアとけたたましい獣(?)の声がジャングルから聞こえてきて、2人はビクゥっと大きく体を震わせた。
「言っとくけど、あの人の誘いを断るっていう選択肢は俺の中には無いからね?」
あの人と言ってブロギーを指差す。有無を言わさぬニッコリ笑顔で言い切りました。反論は受け付けない。
ええ、息が詰まったことをまだ少し根に持ってますが何か?
「「………………」」
2人はしばらく愕然としていたけど、やがて沈痛な面持ちで一緒に行くと答えた。何だか目に涙が溜まっているように見える……あれ? 俺ってばいじめっ子?
俺たちはブロギーの家へと連れて来られた。ブロギーもデカいと思ったけど、後ろに見えるあの骨もデカい。あれだよ、2人の喧嘩の原因になったっていう海王類の成れの果て。ここまでデカいと、パッと見みはこれが骨だったなんて解らないね。
さて、肉も酒も手に入ったブロギーはかなり上機嫌である。彼の起こした火で焼けていく恐竜の肉が結構香ばしいいい匂いを放つもんだから、俺も上機嫌。ちなみに、一応調味料として塩や胡椒、醤油なんかも持ってきてある。1回食べてみて、それによって味付けを決めよう。
反対に沈んでいるのがナミとウソップ。まるで殉教者のような表情でいて、その視線の先には人骨の山……うん、あれは知らなきゃ怖いな。肉が完全に焼けるまでの間にその恐怖は少し取っ払っておこう。
「ブロギーさん、あの骨の山は何だ?」
軽く問いかけたけど、それに反応したのはブロギーよりもむしろナミとウソップだった。聞きたいような聞きたくないような、そんな複雑な視線で俺たちを見る2人。
当のブロギーはというと、これまた軽い感じであっさり答えてくれた。
「ん? ああ、あれは今までにこの島に来て死んだ、てめェらチビ人間どものもんだ」
実に簡単に言ってのけているけど、よくよく考えれば凄い話だ。
「やっぱりィーーーーー!!」
話に耳を傾けていたウソップが突然絶叫した。うるさいな。
「おい、なんだよ大声出して……って、何で寝てるんだ?」
片耳を押さえながら隣を見ると、ナミにもたれかかるようにしながら寝ているウソップがいた。あれ? ついさっき叫んでたよね?
俺がちょっとキョトンとしてたら、涙目のナミに詰られてしまった。
「バカ! 気絶してんのよ!!」
……あ、本当だ。泡を吹いてるや。
「おい、どうした?」
ブロギーが心配そうにウソップを覗き込んだ……が。
「いやーーーー!! 食べられるーーーーー!!」
ウソップを支えていたから必然的にブロギーに顔を寄せられることになったナミが絶叫した。けれど一言付け加えておこう。気絶はしてない。
「ガババババババ!!」
ナミの叫びを受けたブロギーは愉快そうに笑った。
「何だ、そんなことを考えてたのか! 心配するな、人間など食わん! 肉も薄いからな!」
……え~っと、あのですね、ひょっとして肉付きが良かったら食べるんですか? ……冗談だと思おう。 まぁとにかく、その言葉を聞いてもまだナミは半信半疑だ。
「で、あの人たちは何で死んだんだ?」
俺は話の筋を元に戻した。
「ああ。ある者は恐竜のエサに、ある者は暑さと飢えに、ある者はおれ達に攻撃を仕掛けたためにな。まぁ理由は様々だが、人間にはこの島での1年は長いらしい」
「1年、って……この島の記録が貯まるための時間?」
恐る恐るという感じで尋ねたナミに、ブロギーは鷹揚に頷いた。
「そうだ」
あっさりとした答えを聞いた瞬間、ナミは大きく肩を落とした。
「本当だったんだ……1年」
「どういう意味だよ」
何だかちょっと面白くない。
「俺の発言、信じてなかったのか? 流石に嘘であんなことは言わないよ」
確かにからかいはしたけど、そのためだけにそんな性質の悪い嘘を吐くほどの外道にはなってない……いや、俺って十分外道か。でもやっぱり、そこまでは行ってないつもりだ。
ナミは力無く頭を振った。
「信じてないとかそういうのじゃなくて……信じたくなかったのよ」
あぁ、つまり現実逃避か。それは責められないな……何しろ、ついつい現実逃避をしてしまうってのは俺もかなり身に覚えがある。
「さァ焼けたぞ、食え!」
ブロギーはよく焼けた恐竜の肉を俺たちの前にドンと置いた。しっかし肉もデカいな。俺の身長よりも高さがある。
「ウソップー、起きろー。食べ逃すぞー」
え、声に気持ちが入ってない? いや、だってこのまま寝てたら寝てたでウソップの分の肉を俺が食べられるかなー、なんて。
そして未だに絶賛気絶中のウソップを揺するけど、反応が無い……ハッ! これはあれか? あの名言を使うのに格好のシチュエーションか!? よし、やろう!
「へんじがない。ただのしかばねのようだ」
「縁起でもないこと言うなァ!」
ちょっと感動を噛みしめていたら、ナミの鉄拳が飛んできた。痛い。
「そう怒らないでよ。この名言を言ってみたかっただけなんだ」
殴られた頭を擦りながら訴えたけど、ナミはジト目で睨んでくるだけだった。その視線が言っていた……『それのどこが名言だ』と。
ま、ウソップはいっか。そっとしておこう。その内に起きるだろ。
んで俺は食べる。そのために来たんだし。
「遠慮せずに食え!」
そうさせて頂きます。にしても。
肉を勧めてくるブロギーの手には俺が船から持ってきた酒樽が握られているんだけど、樽がジョッキみたいだ。あれじゃあすぐに無くなっちまうよな……あれ? 簡単な話じゃん。
「ブロギーさん」
今まさに酒を飲もうとしていたブロギーに声を掛ける。
「ん? どうした、小僧」
「実は俺は悪魔の実の能力者でさ。その能力を使うと酒も肉ももっとたくさん飲み食い出来るようになるんだけど……やってみる?」
そうだ、それがいい。
酒や肉のこともあるけど、ブロギーが小さくなってくれればナミとウソップも少しは気が楽になるだろう。
「そんなことが出来るのか」
なら頼む、と軽い驚きと共に承諾を得て、俺はブロギーに対して能力を発動した。
結果としては上々である。
小さくなったことでブロギーは驚いていたけど、あくまでも飲食の間だけでそれが終われば元に戻すことを告げたら納得してくれて、今では2人で楽しく酒盛りをしていたりする。
ウソップはまだ気絶していて、ナミは色々と疲れたから食欲が無いと言って辞退した。肉はともかく酒までいらないって言うんだから相当なんだろう。
そうそう恐竜の肉だけど、これが中々美味い。結構ジューシーだし。俺のお気に入りの味付けはわさび醤油だ。ブロギーはシンプルに塩らしいけど。
「うぅ……ここは……」
あ、ウソップが起きた。
ウソップはぼんやりとした顔で周囲を見渡していたけど、その目がブロギーを捉えたその瞬間。
「ぎゃーーーーー!! 巨人がちっせェーーーー! ……小さい?」
叫んだ。
てか、反応遅っ!? ちなみに現時点でのブロギーは、並の人間と大体同じくらいのサイズである。
「俺の能力だ」
もぐもぐと肉を咀嚼して飲み下しながら教えてあげた。
「あ……ミニミニの」
ウソップもようやくそれに思い至ったらしい。
「それより、ちょっと黙っててくれないか? 今、興味深い決闘の話を聞いてたんだ」
事実である。俺たちの酒盛りの話題は、ブロギーVSドリーの決闘のいきさつだから。
「決闘?」
わずかにだが、ウソップが興味を示した。
「気になるんならお前もこっちに来いよ。酒はあげないけど」
肉はいいんだけどね。酒はヤだ。
「お前ェ、セコイな!」
ビシィっと裏手でツッコまれてしまった。
2人の巨人が戦いを始めたのはおよそ100年前。寿命が人間の3倍ある巨人ならではの年月だ。
当人たちは既にそもそもの理由を忘れてしまったものの、1度戦いを始めてしまった以上は互いに引く気は無い。
そんな話を聞いている中、一際大きな火山が爆発した。
「おゥ、元に戻してくれ」
神妙な顔になったブロギーを、元の大きさに戻す。
「いつの間にかお決まりになっちまってなァ……真ん中山の噴火は決闘の合図」
元の巨人に戻ったブロギーは、傍らに置いていた武器を手に取ると歩き出した。
それを黙って見送ると、向こうの方から別の巨人が1人やってくるのが見えた。彼がドリーなんだろう……ってか、その他にいない。
「何言ってんの……理由が無いのに100年も決闘だなんて」
ナミが呆れた口調で呟いていたけど、それは違うと思う。
理由が無いんじゃない。忘れたというのも事実だろうけど、実際のところはもう理由なんてどうでもいいんじゃないかな。
「誇りだ」
今のはブロギーの声じゃないから、ドリーが向こうにいるだろうルフィたちに言ったんだろう。巨人の声というのはよく響くらしい。
「「オォォォォォォ!!」」
2人は間合いに入ると、それぞれが己の武器を振り上げ決闘を開始する。
「「理由など、とうに忘れた!!」」
ガァンという武器と防具のぶつかり合いに、ここら一帯の空気が振動した。
地の文では『ブロギー』、呼びかけでは『ブロギーさん』となっております。