麦わらの副船長   作:深山 雅

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第100話 トラウマ

 けれど焦りは無くなったとはいえ、キャンドルサービスが動いていてナミと巨人2人の蝋人形化が着々と進行中なのも事実である。

 

 「へんな頭だったなー。3だったし! 燃えてたし!」

 

 ……決して、呑気にMr.3の髪型を貶している場合ではない。ナミの額に青筋が立つのも無理はないだろう。

 

 「早くこれ壊して! 私達、蝋人形になりかけてるの!」

 

 言って真っ先に動いたのはゾロだ。ナミの傍まで上り、抜いた刀でキャンドルサービスを斬りつける……が。

 

 「斬れねェ……」

 

 刃はキィンと弾き返されてしまった。

 

 「固ェな」

 

 まるで鉄のようだ。この装置そのものをどうこうするのは難しい。ゾロは思案顔になった。

 

 「足を切り落とすか」

 

 「ふざけんな!!」

 

 別に本気で言ったわけではない、単なる可能性の話だったのだが、聞きとがめたナミの逆鱗に触れてしまったらしい。グーパンチが彼の顔面にヒットした。

 そんなどこか気の抜けたやり取りをしていると。

 

 「『麦わら』ァ!!」

 

 先ほどぶっ飛ばされたMr.3が舞い戻ってきた。それも、ただ戻ってきただけじゃない。

 再登場したMr.3は何と言うか……ロボットと融合したような形態になっていた。

 

 「このキャンドルチャンピオンは私の最高傑作! 鉄の硬度を誇るドルドルの蝋でまろやかに体を包み込んだこの私に、最早死角は無いガネ!!」

 

 実はこの蝋製の鎧、巨人の決闘を覗いていた間に地道に作っていたのだ。まさか、こんなにも早々と使うことになるとは思ってなかったが。

 

 「かっこいい」

 

 何故かルフィは見惚れてた。そんな場合ではないのに。

 

 「感心してる場合か!」

 

 隣にいたウソップが思わずツッコんだ。あいつは『鉄の硬度を誇る』と言った。あのキャンドルをゾロが斬れなかったことから考えても、それは嘘ではないのだろう。そんなもので全身武装をされてしまえば、確かに厄介である。

 だが、ルフィは慌ててはいなかった。

 

 「頭は出てんだ、そこを狙えばいい! ゴムゴムの~~~」

 

 ルフィは腕を伸ばし、技に備える……が。

 

 「銃! ……あれ?」

 

 Mr.3に狙いを定めたはずの拳は、まるで吸い付くように地面に当たった。正確には、地面に施された赤いペイントに。

 

 「何だ!?」

 

 一同が驚く中、静かな声が響く。

 

 「カラーズトラップ……闘牛の赤」

 

 ミス・ゴールデンウィークである。迂闊なことに、今まで彼らは彼女に全く注意を払っていなかった。

 

 「おい、ビビ! 何なんだあの女は!」

 

 ウソップは、物陰に隠れながらこちらの様子を窺っているビビに尋ねた。

 

 「彼女は写実画家のミス・ゴールデンウィーク! 彼女の洗練された色彩イメージは、絵の具を伝って人に暗示を与えるわ!」

 

 「「「………………」」」

 

 彼らが思わず遠い目になってしまうのも無理は無い。

 

 「不味いぞ……暗示だの催眠だのの類はあの単純バカには必要以上に効いちまうんだ!」

 

 皆の脳裏に過ぎるのは、ウソップの故郷シロップ村でジャンゴにあっさりと、しかも何度も催眠を掛けられたルフィの姿である。

 

 「私の『創作活動』の邪魔はさせんガネ!! ミス・ゴールデンウィーク、早くこの鎧に完璧な塗装を! それでこのキャンドルチャンピオンは完成するガネ!!」

 

 「そしたら休んでいい?」

 

 鼻高々という調子のMr.3だが、ミス・ゴールデンウィークはとことん休むことにしか興味が無いらしい。

 

 「させるか! ゴムゴムの……」

 

 ルフィが今度は両腕を伸ばした。

 

 「バズーカ!! ……あーーーー!!」

 

 しかし再び拳は地面に吸い寄せられ、ルフィは地団太を踏んだ。

 Mr.3をぶっ飛ばしたい気持ちはある。むしろ、誰よりもやる気だ。けれど体が思い通りに動かない。そのもどかしさは何とも言い難いものだった。

 

 「お前は無駄に動くな!」

 

 代わって飛び出したのはゾロだった。しかし。

 

 「塗装完了!」

 

 Mr.3の塗装完了の方が少しばかり早かった。

 ゾロはさっきルフィが指摘したように外に出ているMr.3の顔面を狙うが、鉄と同等の固さだという蝋の鎧を纏った腕に阻止される。

 続く攻防は実に激しかった。

 単体の実力で言えば、間違いなくゾロの方がMr.3よりも上だろう。しかし、蝋の鎧がそれを邪魔する。ゾロのどんな攻撃もその鎧を貫くことは出来ないのだ。

 

 そんな手に汗握る一進一退の攻防の一方では。

 

 「笑いの黄色」

 

 「ぶわっはっはっはっはっは!!!」

 

 ルフィとミス・ゴールデンウィークの攻防(?)も行われていた。尤も、こっちは聊か気の抜ける攻防だが……。あれほど休みたがっていたミス・ゴールデンウィークだが、あまりにも引っ掛かりやすいルフィで遊ぶことに面白さを見出してしまったらしい。

 鉄の硬度の鎧を纏ったMr.3と、鉄を斬れないゾロ。

 暗示を使うミス・ゴールデンウィークと、単純で引っ掛かりやすいルフィ。

 何と戦いの相性の悪いことか。

 

 「あいつは……ッ!」

 

 ギリギリと拳を握りしめたナミの視線の先にはルフィがいる。ルフィだって別に引っ掛かりたくて引っ掛かっているわけじゃない、それは解っている。解っているが……もしも自由に動けたならば、1発……いや、5・6発はぶん殴ってやりたい気分だった。例え相手がゴムで打撃が効かないとしても。

 

 「ダメだ、抜けねェ!」

 

 ゾロが戦いルフィが遊ばれている間にウソップとビビはキャンドルサービスによじ登り、何とかナミの足が抜けないかと頑張ってみたものの、足はがっちりと掴まれていて外れそうになかった。当然、ゾロが斬れなかった蝋を2人が破壊することも出来るはずがない。

 

 「待てよ?」

 

 降り注ぐ蝋の霧を見てウソップは気付く。蝋は溶けるということを。

 

 「そうだ、火があれば何とかなる!」

 

 何も、必ずしも破壊する必要は無いのだ。溶かしてしまえばいいだけだ。

 

 「うん、そうね」

 

 ミス・ゴールデンウィークの声が聞こえて再び視線を向けると。

 

 「お茶が美味ェ」

 

 ルフィがミス・ゴールデンウィークと仲良くピクニックシートに並んで茶を啜っていた。

 

 「「「アホかーーーーーッ!!」」」

 

 思わずツッコむ彼らを、一体誰が責められるだろう。

 

 「カラーズトラップ、和みの緑」

 

 ミス・ゴールデンウィークはミス・ゴールデンウィークで、呑気に煎餅を齧ってるし。

 ダメだ、やっぱりあの女を何とかしよう……と思った矢先、彼らは気付いた。

 

 「お茶が……美味ェ!」

 

 ルフィが和やかなのは体勢だけであり、その表情は歪んでいる。ルフィも抗ってはいるのだ、と見せつけられた。

 

 (何だか、もう一押しがあればあの女の暗示も敗れそう……!)

 

 ふとナミは思い出した。シロップ村でルフィが催眠術を掛けられた時にあった出来事……あの時ルフィの催眠は、何故解けたのか。

 あれを上手く利用すれば、わざわざミス・ゴールデンウィークを倒す必要なんて無いんじゃないだろうか?

 

 「ルフィ!」

 

 いきなり声を張り上げたナミに、ビビが驚いた表情を見せる……何故かウソップは遠い目になっていたが。恐らく彼も思いだしたのだろう。あの時のことを。そして、ナミが何を言うつもりなのかも。

 

 「あんた、しっかりしなさいよ! そんな簡単に引っ掛かって……ユアンに怒られるわよ!」

 

 「!?」

 

 ルフィの肩が跳ねた。

 

 「ユアンに……怒られる……?」

 

 周囲はあずかり知らない事だが、この時ルフィは数年前のことを思い出していた。ルフィがユアンに怒られることなどしょっちゅうだが、本当に本気でブチ切れられたのはただ1度だけ……その時のことだ。

 

 ガープのように拳骨を落とされたわけではない。ダダンのように怒鳴られたわけでもない。むしろ、果てしなく穏やかな笑顔と声音であった。けれど、どれよりも効いた……もしもあの後エースが肉を分けてくれなかったら、立ち直れなかったかもしれないとすら思えてしまう。軽くトラウマだ。

 

 ゴムなのに痛いガープの拳も怖い。でも、ユアンのマジ切れはもっと怖い。

 普段はあいつに殴られようが蹴られようが海に突き落とされようが、そこまで怖くはないのだ。でももし、またあの時のようなことになったりしたら……。

 

 「……嫌だァッ!」

 

 ルフィは立ち上がった……正直、あまりにも情けない立ち上がりである。

 元よりミス・ゴールデンウィークの技に抵抗はしていた、していたが……それを破る最後の一押しが義弟の怒りを受けることを想像したからだなんて……。

 

 「そんなに嫌なのかしら、ルフィさん」

 

 微妙な表情になっているビビに、ナミとウソップはしたり顔で頷いた。

 

 「そりゃあ、嫌でしょうよ……」

 

 ナミはユアンに本気で怒られたことなどない。それでも、これまでの航海で何となく想像は出来た。それでも多少は余裕のあるナミと違い、ウソップは顔色が悪い。

 

 「……思い出しちまったぜ」

 

 シロップ村の海岸での初対面を思い出す……まさか『チビ』の一言であんな恐怖体験をすることになるとは思わなかった。

 しかし、今はそれどころではないと思い直す。

 蝋の弱点は熱だと解った。ナミもドリー&ブロギーも何とかなるだろう。となると後は……あの鎧か。

 

 「ゾロ、火を点けろ! 溶かしちまえばそんな鎧は役に立たねェんだ!」

 

 ウソップの助言に、ゾロは1つ頷いた。攻め所が解ってしまえば、狙うのはただ一点。

 

 「あの火だな」

 

 良く言えば独特、悪く言えば奇妙なMr.3の髪型。『3』を象ったその先端は僅かに燃えている。現状、最も手近にある火はそれだ。

 勿論、真正面から向かっても防がれる。となると……。

 

 「ルフィ、あの火を……ルフィ?」

 

 連係プレーが手っ取り早いだろう。そう思ってルフィに話を持ちかけたが、当の船長からはいつもの元気の良い返事が返ってこない。不審に思って振り返って見ると……。

 

 「生まれ変わったら……貝になりたい……」

 

 何故かorz状態になっていた。ガチで落ち込んでいた。はっきり言って、暗示を破った意味が無い。

 

 「何やってんだテメェ!!」

 

 苛立たしげにゾロが叫ぶ。

 つまるところ……どうやらルフィはかつてを思い出し、復活どころかトラウマに呑まれてしまったらしい。

 

 「生きててゴメンなさい……」

 

 普段のルフィを知る者から見れば、到底信じられないネガティブっぷりである。周囲は呆れも怒りも通り越して、いっそ戦慄した。と同時に、シロップ村でルフィがあんなにも必死に『ユアンを怒らせるな』と厳命してきた理由の一端を垣間見た気分である。

 

 「過去に何があった!?」

 

 ウソップも思わずツッコむ。これは多分、自分が経験した以上のことがあったのだろう。

 

 「落ち着いて、ルフィ! 今はまだ大丈夫だから! これからちゃんとすれば、怒られたりなんかしないから!」

 

 『ユアンに怒られる』というキーワード(?)を口にしたナミは慌てた。目論見通り暗示を解くためのもう一押しにはなったが、まさかここまでルフィが凹むとは想像もしていなかったのだ。

 

 「……怒られねェのか?」

 

 ルフィの顔が上がった。そして、不思議そうにキョロキョロと辺りを見渡す。

 

 「あれ? おれ、どうしてたんだ?」

 

 状況が上手く把握できていならしい。どうやら、さっきまでのアレは軽い錯乱状態に陥っていたが故のことだったようだ。

 

 「そんなことはどうでもいいから、あいつを何とかして!」

 

 もしもまた思い出して凹まれたら堪らない。ここは当座の目的を提示させておこうとナミはMr.3を指差した。ちなみに、ミス・ゴールデンウィークは暗示を破られた時点で逃げてしまっている……Mr.3は孤独だった。

 

 「あいつか! よし!」

 

 ルフィが向き直ったことで、Mr.3は明らかに動揺した。こんなことなら凹みまくっていたあいつに呆気に取られたりせずに、その間に倒しておくんだった……そう後悔しても後の祭り。

 2vs1はまずい。そもそもゾロ1人を相手にしていた時も、固い鎧でガードしまくっていたからこそ競り合えたのだ。2人を相手にしていてはガードが追い付かなくなる。

 そして、その予想は当たることとなった。

 

 「熱っ、熱ゃーーー!!!」

 

 ルフィに攪乱されている間にゾロに髪を切られ、その先に点っていた火が蝋に引火。そもそも蝋とは燃料であり、燃えやすい。1度点いてしまえば後は燃え盛るのみである。当然、Mr.3自慢のキャンドルチャンピオンも見事に溶けて消えてしまった。

 

 「おのれ、よくも私のキャンドルジャケットを!!」

 

 してやられた怒りに震えている声は、何とも勇ましい。……敵(ルフィ・ゾロ)の背を向けて逃げ去っている状態でなければ。

 

 「あいつ逃げるぞ!」

 

 叫んだルフィに、Mr.3は顔だけ振り返った。

 

 「逃げるのではない! これは戦略的撤退だガネ!」

 

 ……何とも細かい男である。というか、負け惜しみにしか聞こえない。しかし、それはつまりまた出直して来るということだろうか。

 

 「逃がすか、こんにゃろ!」

 

 ルフィは聞いちゃいないみたいだが。ジャングルの中に走って行くMr.3を追いかけて行った。

 

 「……」

 

 ゾロも無言でそれに続く。Mr.3を斬るつもりなのかルフィがぶっ飛ばすのを見届けるつもりなのかはウソップ達には解らなかったが、任せといて問題は無いだろう。Mr.3の切り札であろうキャンドルチャンピオンも既に破られている以上、よっぽどのポカをしなければルフィたちが負けることはありえない。そう結論付けてウソップはビビと協力してナミと巨人たちの蝋を溶かすことにした。使う火はMr.3の鎧を溶かした炎の残り火だ。

 しかし少しずつ熱を加えて溶かしていってる中、ウソップとナミはほぼ同時にあることに気付いてしまう。

 

 「あ……迷子どもを野に解き放っちまった……。」

 

 下手したらあいつら、帰って来られねェかも。ポツリと零れたウソップの呟きは、やけに重々しかった。

 

­­­­­­­­­­­­­­==========

 

 さて、その後の迷子組はというと。

 

 Mr.3を追いかけたはいいがお約束と言うか何というか見失い、森を彷徨うこと十数分。そんな捜索の果てに2人がやっと見付けたMr.3はというと。

 

 「お前さ、それでいいと思ってんの? 謝ったってどうにもなんないよね、落とし前を付けなきゃ。何、嫌なの? 腰抜けなの? 死にたいの?」

 

 地に伏せた体長は2mを超すだろう虎に腰を掛けつつその他の動物を侍らせながら穏やか~な微笑みを浮かべているユアンに毒を吐きまくられていた。正座させられているし……何だか、Mr.3の目が死んでいるような気がするのは気のせいだろうか。

 見失っていたほんの十数分の間に何があった、とゾロは思わず引いた。

 

 「おいルフィ、どうする……ルフィ?」

 

 傍らの船長に尋ねるも答えが返って来ず、訝しげに振り向くと。

 

 「生まれ変わったら……クラゲになりたい……」

 

 自分が怒られているわけでもないのにorz状態になっていた。トラウマが再発したらしい。

 

 「何がどーなってんだ……?」

 

 わけが解らず頭を抱えたゾロの呟きに、返ってくる答えは無かった。

 




 カオスな状態のまま三人称は終わります。どうしてああいう風になったのかは次回にて。

 ルフィのトラウマ→①ガープの拳骨 ②ユアンのマジ切れ

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