麦わらの副船長   作:深山 雅

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第102話 リトルガーデン出航

 今俺の目の前では、1人のカッパ男が地に倒れ伏している。

 

 「生きていても仕方がないガネ………………死のう」

 

 そう、それは水溜りが出来そうな勢いで滂沱しているMr.3である。その顔には生気が無い。

 あれ? 俺ってばやりすぎた? ただちょっと30分ぐらい説教しただけなのに。

 

 死なれても困るな、こいつの能力は後々使えるし。対象を海楼石の手錠から解放することは俺にも可能だけど、それが出来るヤツが多いに越したことは無いんだ。

 

 ………………ま、一晩寝ればちょっとは立ち直るだろ。

 

 「大福」

 

 俺は自分の下にいる大福をポンと叩いて降りた。

 その合図と視線だけで大福は俺の言わんとすることを察してくれたらしい。

 大福は立ち上がって、のそのそと寝そべっているMr.3に歩み寄り。

 

 「死の……ガネ?」

 

 正面まで行くと、徐に右前肢を振り上げ。

 

 「がう」

 

 大福、猫パンチ。

 哀れ、全く構えていない上に海楼石で力を封じられているMr.3には、それを避ける術も無ければ対抗する術があるわけも無い。固い地面と太い肢の間に見事に挟まれ。

 

 「ブヘッ!?」

 

 一言だけ呻き声を残してプチッと潰れた……大丈夫、死んじゃいない! ただ気絶してもらっただけ!

 ちなみに一仕事終えた大福はというと、『褒めて~』と言わんばかりにゴロゴロと喉を鳴らして擦り付いて来ている。うわ、可愛い。ちょっとデカすぎるけど。

 

 「よしよし、よくやった」

 

 お望み通り、頭を撫でて褒める。

 ちゃんと良いことをしたら褒めましょう! これは躾の原則だ! ……人を踏み潰すのが『良いこと』なのかって? 

 え、だって……Mr.3だし。

 

 「………………終わったか?」

 

 説教の途中から見ていたゾロが、面倒くさそうに聞いてきた。

 

 「うん、終わった」

 

 後はMr.3から海楼石の手錠を回収すればそれでよし。そう思って、俺は懐から鍵を取り出した。

 

 「ところで、『大福』って何だ?」

 

 「コイツの名前」

 

 未だに擦り付いてきてる大福を指差すと、ゾロは微妙な表情になった。

 

 「……もっとマシな名前は無かったのか?」

 

 マシ? 失礼な。

 

 「良い名前だと思うけどな。だって、『大きい福』だぞ?」

 

 目出度いことこの上無いじゃん。俺の返答にゾロは納得顔だ。

 

 「成るほど、そういう意味で付けたのか?」

 

 「いや、豆大福に似てるから」

 

 「字面関係無ェのかよ!?」

 

 うぉ、ゾロにツッコまれた!? ナミかウソップの技だと思ってたのに!

 

 「ちなみに、あっちのサーベルタイガーはわさびな。狼は大五郎。あそこで哺乳類の中にコッソリ混ざってる爬虫類、白い大蛇は饂飩だ」

 

 「どんだけ名前付けてんだ!?」

 

 「あいつら全部」

 

 ちなみに、俺の元に集められた即席動物園の頭数は18匹。饂飩からはダニが見付からず、大福たちに『出来るだけ哺乳類を連れて来てくれ』って頼んだらそれ以降は哺乳類しか連れてこなかった……ってか、マジでこいつら賢すぎじゃね?

 

 「ところでこっちも聞きたいんだけど……何でルフィはあんなんなんだ?」

 

 手錠も回収し終えて、俺は気絶しているMr.3を簀巻きにしながら未だにorz状態になってるルフィを指差した……あ、この簀巻きに使ってる筵は、猿のバナナに頼んで海水をたっぷり染み込ませあるのをメリー号から持ってきてもらったやつだ。いずれ海水が乾いたら能力も使えるようになって自力で脱出できるだろう。

 

 問いについては、俺はただちょっと疑問に思って聞いただけなのに、何故かゾロは苦虫を噛み潰したようになった。

 

 「お前のせいだろうが」

 

 俺、何もしてないんだけど……あ、まさか。

 

 「ゾロ……あれは仕方が無かったんだ。だってルフィは酒乱だから」

 

 「何の話だ」

 

 「禁酒のことじゃないのか?」

 

 2度目の決闘が始まった頃、俺はルフィと別れるときに禁酒を言い渡した。そのせいじゃないんだろうか? 

 どうやら違うらしい。ゾロは頭を抱えている。

 

 「解らないならいい……どうせ今更どうにもならねェだろうしな」

 

 何それ、逆に気になる。

 

 「それより、アレは何とかならねェのか? 面倒くせェ」

 

 アレ、とは即ちorz状態のルフィである。

 

 「生まれ変わったら……ワカメになりたい……」

 

 うん、確かに面倒くさい。誰だよ、ルフィをこんな風にしたの。

 でもなぁ……ルフィを浮上させるのなんて、実際は凄い簡単なんだけど。

 俺はポケットからあるモノを取り出し、掲げて見せる。

 

 「ルフィ! 干し肉があるぞ!」

 

 「くれ!」

 

 0.1秒。それがルフィの復活に要した時間だった。

 ゾロが呆気に取られてるけど、何てことはない。

 肉さえあれば、あいつはいつでもどこでも元気なんだ。

 

 

 

 

 きっちりと全身ぐるぐる巻きにしたMr.3は、適当な木に逆さ吊りにしておいた。

 当然、逆さ吊りは危険だ。血圧の上昇で血管が破裂する可能性もあるし、吐瀉物が気管に詰まって窒息死する可能性もある。

 ここでラッキーだったのは、先ほど倒したティラノサウルスが目を覚ました後で保護を求めてきたことだ……何からかって? そりゃあ勿論。

 

 『お前、美味そうだな!』

 

 と、干し肉を齧りながら本能に忠実な発言をしたルフィからである。

 俺としてもルフィの意見には全面的に同意したかったんだけど、ここでちょっと考えた。

 

 こいつにMr.3の監視させればよくね? と。

 

 なので、食うのは中止にするからコイツが危なくなったら体勢を変えてやってくれと頼んでおいた。これで多分、血管破裂や窒息死はしないだろう。

 身動きも取れず、能力も使えずの状態でティラノサウルスと相対するって状況に、目を覚ました後のMr.3が何を思うかなんて知ったこっちゃない。

 ま、死にゃあしないだろ。

 

 

 

 

 そしてそれらの処置が全て完了した後は、サンジを除く他の皆がいるという決闘場に戻ろう、ということになったんだけど。

 

 「肉~」

 

 ティラノサウルスを食べ損ねたルフィが凄く煩かった。

 道中の全てを、ゾロがトリケラトプスを狩ったしサンジも何かを狩ったはずだって言い聞かせて説得するのに費やすことになった。

 

 

 

 

 現場に到着してみると、事はもう済んでいた。

 所々にまだ蝋の残滓はあるものの、捕えられていたというナミとドリー&ブロギーはもう解放されている。

 けど、現れた俺たち……というか、俺たちにくっ付いてきたヤツらにナミもウソップもビビも悲鳴を上げた。

 

 「猛獣ーーー!!!」

 

 真っ先に叫んだのはウソップ。

 そう、俺が手懐けた動物のうち特に懐いてくれてたやつらが付いて来てしまったんだよ。具体的には大福(ホワイトタイガー)とわさび(サーベルタイガー)と大五郎(ダイアウルフ)とバナナ(猿)と饂飩(白蛇)だから……5匹か。

 

 「大丈夫、襲ったりはしない……多分」

 

 「多分!?」

 

 保証は出来ない。何せほんの少し前まで野生の獣だったんだし。ルフィやゾロはともかく、ウソップたちが襲われたりしたらやられるだろう。用心はした方がいい。

 そしてその一方で。

 

 「カルー! しっかりして!」

 

 カルーは泡を吹いて失神していた。危機感が半端じゃないんだろうな。縋り付くビビの叫び声が悲痛だ。

 俺も揺さぶってみたけど、カルーは起きない……ふむ。

 

 「へんじがな」

 

 「やめんかっ!!」

 

 折角の名言チャンスはナミのツッコミによって消えた。頭が痛いぞ。

 

 それはそれとして。

 

 動物たちが付いて来たのを追い払わないのは、出航までの間ぐらい愛でててもいいんじゃないか、と思うからだ。特別食料に困ってるわけじゃないから無理に狩る必要は無いし、もふもふな毛皮やぷにぷにな肉球は触ってて結構気持ちいい。

 でも、怯えられるのはアレだしな。よし。

 

 「これでいいか?」

 

 何をしたかというと、動物たちを小さくした。普通に犬猫蛇サイズにまで、だ。バナナはしてないけど。だって別に肉食獣じゃないから。

 そしてその結果。

 

 「やだ、可愛い!」

 

 動物たちはナミとビビの女子コンビに可愛がられることになった。

 なお、人気なのは大福とわさびである。やっぱりネコ科がいいんだろうか。饂飩は『蛇はちょっと』と言われてしょげていた。バナナは向こうの方があまり近寄って行かない。

 

 「お手」

 

 「ガルル!」

 

 大五郎はルフィが手懐けようとしていた……失敗してるけど。ルフィが差し出した手はバクリと噛まれている。そういや原作での話になるけど、ルフィってスリラーバークでもケルベロスもどきを手懐けようとしてたっけ。そっちも失敗してたけど。

 

 俺はというと、巻き込まれたドリー&ブロギーに対してウソップと共に事情を説明していた。

 2人としては犯人であるMr.3、というよりバロックワークスには怒りを覚えていたけれど、俺たち……

特にビビに対しては『気にするな』と言ってくれた。

 

 

 

 

 何となく場には和やかな空気が流れていた。

 

 絶好のチャンスだったから、『素晴らしい戦士たちに出会えた記念に』と提案して写真も撮った……ちなみにカメラはローグタウンで買っといた。

 言うまでも無く、これはオイモ&カーシー対策だ。エニエス・ロビーに行くことになれば、あの2人の懐柔策はあった方がいい。ウソップの説得を待つって手もあるけど、写真ならドリー&ブロギーが生きてるってもっと手っ取り早く証明できる。やれることはやっとくに限る。

 

 ルフィが、大五郎を手懐けるのは止めてバリバリと煎餅を齧り始めていたから俺も分けてもらう。どうやら、ミス・ゴールデンウィークが置き忘れていった物らしい。俺だけじゃなくウソップと復活したカルーも食べていて、ちょっとしたプチ煎餅パーティーのようになってる。

 そんな平穏(?)を破ったのは。

 

 「ナミさ~~~ん♡ ビビちゃ~~~ん♡」

 

 お馴染みのラブコック、サンジだ。そのサンジはこっちの様子を見てハッと固まる。

 巨人2人に驚いてるのかな、と思っていたら、突然険しい顔つきになって怒り狂った。

 

 「テメェ、この野郎!! よくもナミさんの膝の上にィ!!」

 

 そう啖呵を切ってサンジが喧嘩を売ったのは。

 

 「がう?」

 

 猫サイズの大福だった……オイ。

 

 「野郎じゃないぞ、大福は雌だ」

 

 そう、今まで特に言わなかったけど、大福は雌である。ついでに言っとくとわさびは雄だけど、今はビビに孔雀スラッシャーで遊んでもらってる。

 

 「ツッコむトコそこじゃねェだろ!?」

 

 そしてウソップのツッコミは冴えてるな。

 

 

 

 

 これまで出番が全く無かったと言っても過言じゃないほど影が薄かったサンジだけど、原作通り電伝虫でクロコダイルと話してたらしい。アラバスタへの永久指針も手に入れていた。地味に活躍してたんだなぁ、コイツ……。

 

 頑張れサンジ! そうやって真面目にやってけばいつかはスポットライトが当たる! 例え手配書の写真が似てない似顔絵でも(←それは俺も同じだし)! くまに吹っ飛ばされた先が地獄でも! いつか報われる日が来る! ……多分。

 

 まぁとにかく、そうとなれば話は早い。

 俺たちはアラバスタへと急ぐことになった。ちなみに、その前に煎餅で乾杯とかもしたりした。

 

 

 

 

 折角懐いてくれてたのに名残惜しいけど、大福たちを連れて行くわけにはいかない。特に大福とわさびと饂飩。

 何せ次の目的地は冬島・ドラム島(←それを考えてるのは俺だけだけど)。ネコ科の大福とわさびは寒さに弱いだろうし、蛇である饂飩は冬眠状態になってしまうだろう。連れて行かない方がいい。

 

 動物達の見送りは盛大だった。Mr.3の拷も……コホン。説教後に別れたコたちも来てくれた。俺はどこのムツゴロウさんだいやそれは何か違うか、と内心で1人ツッコミをしつつメリー号に乗り込む。

 

 「ユアン君……あそこで蓑虫みたいになってるのって、Mr.5とミス・バレンタインのような……」

 

 ビビが船のすぐ近くの木の枝にぶら下がっている2つの物体を見付けたらしい。指で示しながら聞いてきた。

 

 「気のせいだよ、ビビ」

 

 「……そうね。きっと気のせいなのね」

 

 ビビはスルースキルを身に付けた!

 

 ちなみにあそこに吊るしてあるのは、本当にMr.5とミス・バレンタインだ。あの2人も、その内筵の海水が乾けば自力で脱出するだろう。その後どうするつもりかは知らん。

 あ、女であるミス・バレンタインの吊るし上げがサンジに見付かると面倒くさいことになりそうだから、一応船からは見えない位置に吊るしてあるんだよ? 気付いたビビの観察力が優れてるだけ……多分、ナミとウソップも気付いてたと思うんだけどね。あからさまに視線を逸らしてたから。

 

 船に乗り込もうって時に、ゾロとサンジがどっちが狩った獲物がデカいかって不毛な争いを繰り広げようとしてた。俺たちもどっちがデカいかって意見を求められたんだが。

 ウソップは『興味ねェ』、ビビは『引き分けでいいんじゃない?』、ナミは『船出すわよ』、ルフィに至っては『どっちも美味そう』だ。俺としても、あの2匹はほぼ同サイズに見える。これじゃあ埒が明かない……と、思ってたら。

 

 「あれ? さっきユアンが仕留めてて3のヤツの監視させたトカゲのがデカかったんじゃねェか?」

 

 ルフィが何気なく言った一言に、場の空気が凍った。

 そういえば……あのティラノサウルスの方が1回りはデカかったような……。

 それを実際に見てサイズを知っているゾロと、ルフィに具体的な大きさを聞いたサンジが揃ってorz状態になる。

 

 「あー、でも、ほら……俺は狩り勝負の参加者じゃないし」

 

 「「下手な慰めはいらねェ!!」」

 

 何とか取り成そうとしたら、2人に揃ってツッコまれた。

 うん、何で俺が怒られにゃならんのだ?

 結局、狩り勝負の勝者は何故か俺ということになって、ゾロとサンジはこの上なく項垂れてしまったのだった。2人とも……なんかゴメン。

 

 

 

 

 そして碇も上げて出航。今は川を上って東側の海に出ようとしているところだ。島喰いを見るのが楽しみだね。

 振り返ってみると……このリトルガーデンでも色々あった。人生初の生巨人と出会ったりもした。

 けど俺にとって今重要なのは、このポケットの中の……ポケットの……中……の………………。

 

 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 不測の事態に思わず叫んでしまった。その叫びにみんなが驚いて俺の方を見る。

 

 「どうした、何かあったか?」

 

 ぎくり。俺の態度を一言で現すならそれだ。

 

 「ななな、何でもおませんわ!?」

 

 「言葉遣いが可笑しいぞ!?」

 

 そのツッコミはスルーの方向でお願いします!

 けどヤバい、何でだ!? どうして!? 島喰いなんて言ってる場合じゃない!

 

 「………………」

 

 恐る恐るポケットの中を覗き込んでも結果は変わらない。

 

 あの時、Mr.3の逆さ吊りを終わらせてから確かにポケットに入れたはずのアレが。

 折角集めたケスチア入りの小瓶が。

 いつの間にか無くなってしまっていた。

 

 

 




 Mr3へのトドメは大福の猫パンチ……頑張れMr3、負けるなMr3! 強く生きるんだ! 栄光は永遠に来ないがな!

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