麦わらの副船長   作:深山 雅

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第103話 『島喰い』

 落ち着け、思い出そう?

 

 俺はケスチアを採集した小瓶を確かにズボンのポケットに入れた。うん、間違いない。

 その後は取り出すことも激しく動き回ることも無かった。勿論、ポケットに穴が開いている、なんてことも無い。

 

 じゃあ何で無いんだよ! 失くす要素が無いのに!

 

 ……まだ、時間はあるか? 島を出るまでに船に乗り込めればいいんだもんな? 

 探そう! 船が島から出てしまいそうかどうかは気配で解るし、乗り込むには剃と月歩を使えば何とかなる! 時間ギリギリまで頑張ってみよう!

 そうと決めれば話が早い。

 

 「ゴメン、ちょっと忘れ物してきたから探して来る!」

 

 「へ? あ、おい! 忘れ物って何だ!?」

 

 聞かれて当然の疑問だと解っているけど、今はそれに答えている時間も惜しい。

 多分全員が思っているであろう疑問を口にしたウソップも、他の呆気に取られている面々も全無視で、俺は1人メリー号から飛び出した……あぁもう、後でフォローするのが大変そうだ。

 

 

 

 

 走る。とにかく走る。入り組んだジャングルを駆け抜けるのは面倒だから、木々の上を剃刀で急ぐ。メロスも真っ青な走りっぷりなんじゃないかな、今の俺。

 怪しいのは……Mr.3の逆さ吊り現場、もしくは煎餅パーティー会場となった広場。ってか、そうでなければ歩いた道のどこかだよ。

 

 「……っとォ!」

 

 あまりにも勢いを付けてたものだから、うっかりとMr.3の逆さ吊り現場を通過してしまいそうになって、慌てて止まる。そして降りる。

 

 Mr.3はまだ気絶していた……うん、はっきり言ってあいつどうでもいいから放っとこう。ティラノサウルスはちゃんと見張っててくれてるみたいだし。

 そして辺りを見渡す。時間が無いからつぶさに見て回ることは出来ないけど、取りあえずは見当たらない。

 小さく舌打ちをかまして俺は再び駆ける。

 

 次に辿り着いたのは例の広場。俺たちがここを去った時にはまだいたはずのドリー&ブロギーの姿は既に見えない。そのことにちょっと焦ったけれど、逆に意外な姿を見付けることになった。

 

 「大福?」

 

 そう、大福である。豆大福に似てるから大福と名付けた、あのホワイトタイガーが本来の大きさででんと鎮座していたのだ。

 

 手懐けた動物たちの中で、1番付いて来たがってたのはこの大福である。『連れて行かない』って言ってもへばり付こうとした。最終的には、可哀そうに思いながらも置き去りにしたのだが。

 他の皆と違って見送りに来なかったと思ったら、何故かこんな所にいる。

 どうしたんだろうと思いつつ観察してみると、ふと気付く。

 

 「………………大福、それを寄越せ」

 

 そう、俺が探しているケスチア入りの小瓶。それが何故か大福の口の中にあった。

 言うなれば、軽く噛んで銜えている状態である。

 取り出そうと手を伸ばせば口を閉ざしてしまう。これはつまり。

 

 「………………連れてけってのか?」

 

 尋ねると大福は頷いた……その目が雄弁に語っている。『断ったらこの小瓶を噛み砕く』と。

 強引に取り出そうにも、隠し場所が口の中じゃあ如何ともし難い。下手に手を出せばそのまま壊れてしまう。小瓶が壊れれば折角集めたケスチアは逃げてしまうだろう。

 

 大福は深い意味は解っていまい。多分、俺がこれを一生懸命集めていた→これは大事なものなんだろう→これが壊れたら困るはずだ→よし使える! ……ってなもんだろう。

 

 ひょっとして、ポケットから小瓶が無くなってたのは大福がスッたからか!?

 え、大福本当に賢すぎじゃね? って、そんなことは今はどうでもいいよ!

 

 正直言って、戦慄している。

 俺が……脅されている。脅迫されている。こんなことは初めてなんじゃないだろうか。

 こうして絶句している間にも大福は『噛むぞ~、噛むぞ~』と言わんばかりの視線で俺を見てくる。

 というか、何だってそんなにも付いて来たがるんだ!? きっと碌な事無いぞ!? むしろ下手したら死ぬぞ!? Mか!? Mなのか!?

 

 「……よし、解った。連れてくからまずは返してくれ」

 

 「………………」

 

 大福は返してくれない。明らかに懐疑の眼差しだ。

 バレたか……取り返したらそのまま置き去ろうとしてることが。

 

 「………………」

 

 「………………」

 

 「………………解った」

 

 睨み合ってても仕方がない。こっちは時間が無いんだ。

 俺は敗北を認めた。

 

 

 

 

 大福を再びミニ化させ、俺は剃刀でメリー号にまで戻った。船はまだ川を行く途中で、間に合ったと少しホッとする。

 

 「何だ? 忘れものってソイツか?」

 

 何故か未だに干し肉を齧っているルフィが、俺が抱える大福に目を向けて聞いてきた。

 

 「あー……まぁな。いいだろ?」

 

 まさか、『病原体を持ったダニを探しに行っていた』なんて真実を告げることが出来るはずもない。俺は抱えていた大福を降ろしながら船長の確認を取る。ちなみに、肝心の小瓶はまだ返してもらえてない。島を出るまでは渡さない気なんだろう。

 

 「コイツ賢いから、面倒見るのは楽だよ。多分。食事は……ルフィの分を削ろう」

 

 「OK」

 

 「何!?」

 

 コックのサンジが俺の提案に間髪を入れずに了承した。ルフィはショックを受けてガーン状態になる。

 心配しなくても、ちょっと苛めてるだけだ。俺が拾ってきたんだから、ちゃんと俺の分から分け与えるさ。

 

 けど、何の躊躇も無く『ルフィの食事カット』に賛同を示すサンジにしろ、話を聞いてるだろうに全くフォローを入れない他の皆にしろ……如何にルフィの食欲に辟易しているかが如実に現れてるような……。

 

 

 

 

 俺が船に戻ってからいくらも経たない内に、島の出口が見えてきた。その河口の両岸で、海に向かって聳え立つ2人の巨人。

 

 「この島に来たチビ人間たちが……」

 

 「次の島に辿り着けぬ最大の理由がこの先にある」

 

 ドリーもブロギーもこの上なく真面目な顔で、シリアスな空気を醸し出している……のに。

 

 「……何で俺をガン見してくるんだ?」

 

 そう、ビビが巨人たちの見据える海の先じゃなくて、すぐ傍に立っている俺に目を向けてきてる。その上に何だか身構えている。

 

 「だって、あの人たち『チビ』って言ったわよ?」

 

 「お前は俺を何だと思ってるんだ」

 

 巨人が人間に『チビ』って言ったからってそれに一々目くじらを立ててられるか!

 

 「友の『海賊旗』は決して折らせぬ!」

 

 「我らを信じてまっすぐ進め!」

 

 俺がビビとしょーもない会話をしてる間にも、2人は忠告を続けてくれていたらしい。

 

 「わかった! まっすぐ進む!」

 

 2人の言葉にルフィが頷く。それとメリー号が島から出たのはほぼ同時だった。

 

 「「別れだ。いつかまた会おう」」

 

 変化はすぐに現れる。

 

 「見て! 前!」

 

 ナミに言われるまでもなく、船のすぐ真ん前で勢いよく海が盛り上がるのが確認できた。そして海中から姿を見せたのは見上げるような超巨大金魚。

 

 「あれが『島喰い』か……」

 

 特に何か思惑があったわけじゃない。ただただその巨大さに感心してポロッと言葉が零れ出た。

 

 単純なサイズの話なら、ラブーンの方がデカい。でもラブーンはクジラだった。こいつは金魚。恐らくは海王類でもない、金魚。それがまぁ、何を食ったらここまでデカくなれるんだ? もしも時間と機会があったなら、1度調べてみたいもんだよ。そしたら俺ももう少し大きくなれるかも……コホン。今はどうでもいいことだな。

 

 「『島喰い』って何!?」

 

 俺の呟きは、しっかりとナミの耳に届いていたらしい。ってか、そんなパニック状態になってるのによく聞けたな。

 あぁ、質問には答えとかないと。

 

 「『島喰い』は……でっかい金魚だ」

 

 「「見たまんまァーーーー!!!」」

 

 俺の発言を聞いていたのはナミだけじゃなかったらしい。ウソップも被せてツッコんできた。

 

 「どうしてウソップまで。お前は知ってたんじゃないのか?」

 

 いやマジで、ちょっとは知ってるかと思ってたのに。

 

 「こんなモン知るかァ! どこをどうしたらそんな話になるんだ!?」

 

 「だって、シロップ村でカヤお嬢さんに巨大金魚の話を聞かせてたらしいじゃん。だから俺はてっきり、出くわしたってのはそりゃホラだろうけど実在するってことは父親にでも聞いたことがあるのかと」

 

 ヤソップなら知ってても可笑しくなさそうだと思ってた。母さんに日記にも『島喰い』のことは書かれてたし。会ったことは無いみたいだったけど、話題ぐらいは赤髪海賊団で出てても可笑しくないなって……ひょっとしてヤソップが入る前だったのか? その前にヤソップに関する記述があったと思ったのに。 

 あぁいや、そもそもそれ以前に、海賊入りした後でそのことを知ったなら故郷の家族に伝える術なんて無いか。うん、完全に俺の勘違いだったみたいだ。

 

 「あぁもう! 話にならないわ! 舵きって! 急いで!!」

 

 俺が些かズレたことを考えてる間に出されたナミの指示は、至極真っ当なものだった。常識的に考えれば、という但し書きが付くけれど。

 そして今回、そのナミの指示に従う者はいなかった。サンジでさえも動かない。

 

 「だ、ダメだ! まっすぐ進む! そうだろ、ルフィ!?」

 

 いつもなら真っ先に『逃げ』に賛同するウソップが、今回は『島喰い』を見詰めている。

 

 「うん、勿論だ」

 

 パニックになってるのはナミとビビ、カルー。震えているのがウソップ。サンジでさえ少し慌てている中で、ルフィとゾロは至って冷静だ。俺? 俺も冷静だよ、一応。ちなみに大福は毛繕い中である。

 

 「落ち着けって、最後の煎餅やるから」

 

 半狂乱になるナミをルフィは宥めようとしていた……って、ルフィが人に食べ物を分けた!? 嵐が来そうだな……それに。

 

 「ルフィ……お前は間違っている。煎餅を渡してどうするんだ」

 

 「そうよ! 煎餅なんて言ってる場合じゃ」

 

 「人を落ち着かせたい時は茶を渡すんだ」

 

 「あんたバカ!?」

 

 失敬な。煎餅よりも茶の方がいいに決まってるだろ?

 バカと言われたけど、俺は本気でそう思ってる。ただ今は淹れている時間が無いから、取りあえず水入りのコップをナミに渡しておいた。

 目を潤ませながら煎餅を齧りつつ水を口に含むナミの姿は、もうヤケクソな感じだった。

 

 「ナミ。諦めろ」

 

 終始冷静な男、ゾロは悠然と構えている。けどその視線は遠くを見ている。何か悟りでも開いたんだろうか。

 けれど、そんなプチパニック状態は長くは続かなかった。

 バクリと。

 そりゃもう綺麗にパックリとメリー号は『島喰い』に丸呑みされたからだ。

 

 「まっすぐ!! まっすぐ!!」

 

 泣きながら呪文のように叫び続けるウソップが、何だか必死な様子だ。

 

 「まっすぐ!! まっすぐ!!」

 

 ウソップと同じように叫ぶのはルフィ。こっちは泣いちゃいないけど。

 そしてそれが起きたのは、俺たちが丸呑みにされてからすぐのことだった。時間にすれば、恐らく数秒のことだったんだろう。

 まず初めに感じたのは、震えるような空気の振動だ。それからそうかからずに、大きな衝撃が。そしてそれが過ぎ去った頃には、もう俺たちは暗い腹の中ではなく青い空の下にいた。

 

 「「覇国ッ!!!」」

 

 巨大な『島喰い』に一撃で風穴を開けたであろう攻撃の名を2人が叫んだのがよく聞こえた。

 

 いや、マジですごいな、コレ。俺たちがこの境地に行き着けるのはいつだろうね?

 というか、これで懸賞金が1人1億って可笑しくないか? ひょっとして、昔は金の価値が違ったとか? 

 日本でも第二次世界大戦頃の3円は後の世で3000円相当の価値があったとか……あ、ちなみにこれはとある漫画から得た知識だったりする。本当の所はどうだか知らないけど。

 2人が賞金を懸けられたのは100年も前。かつての1億ベリーが今ではもっと高い価値があっても可笑しくは無いような気も……ま、いっか。どうせ今こんなこと考えてもどうにもならないし。

 

 「飛び出たーーーーー!! 行くぞ、まっすぐーーー!!」

 

 まっすぐ、というのは何も『島喰い』を恐れるなというだけの意味じゃ無かったんだろう。そのまた先もまっすぐ、振り返らずに進めということ。

 

 「これが……エルバフの……うぅ……戦士の力……!!」

 

 ウソップは感涙していた。その涙は『島喰い』の恐怖の名残ではなく、真に感動したからこそのものだ。

 

 「「さァ、行けェ!!」」

 

 ドリーとブロギーの豪快な見送りを背に、俺たちは真実リトルガーデンから出発したのだった。

 

 

 

 

 いつかエルバフの村に行こう、と甲板でルフィとウソップが盛り上がっている中、俺は船内でこっそりと小瓶を取り出していた。そう、あのケスチア入り小瓶だ。やっと大福も返してくれたんだよ。

 

 5日病に罹患するにはケスチアに刺される必要があるけど、取り扱いは慎重にしないといけない。うっかり船内に放出してしまったらえらいことだ。いくら薬があるからって、流石にソレはマズイ。

 まずは小瓶からピンセットで1匹、慎重に取り出す。

 腕に乗せてしばらく待つと、チクッと微かな痛みが走った。噛まれたんだな。そうなればもうこのケスチアに用は無い。しばらく様子を見ても感染してないようだったら、また別の個体を使えばいい。例えどんなに丈夫な人間だって、20匹もいればいつかは絶対に罹患するはずだ。使ったケスチアは他のメンバーを噛まないようにこの場で速攻潰しておこう。

 

 確か、五日病に感染すると噛まれた所に斑点が出たよな? それが目安だ。そうだな……10分毎に確認して、斑点が出なければ次のに噛ませるか。斑点が出れば残りのケスチアは瓶ごと海に投げ捨てよう。

 

 

 

 

 念のために大量のケスチアを入手したけど、そんなにサイクルを繰り返さなくてもいいだろう……そんな風に考えてた時期が俺にもありました。

 

 「いつになったら罹患するんだよ」

 

 いい加減苛立ってきて、ついつい毒づいてしまう。本来ならいいことのはずなのにな!

 はい、もうケスチアに噛ませるのも5回目です。既に4匹のケスチアに噛まれたのにピンピンしてます。俺ってすっごい丈夫だったんだな! ってか、自分で自分が怖いよ! どんな免疫力を持ってんだよ俺は!

 けどそんなイライラも、5匹目のケスチアも潰して暫く経った頃までだった。

 

 「よっしゃ! 出た!」

 

 そう、あの斑点が出たんだよ! まだ体調に変化は無いけど、取りあえず罹患した! ……何で俺は、こんな難しい病気に罹ったことを喜んでるんだろう…………ダメだ、考えるな! 考えてたら色々空しくなりそうだ!

 

 そうとなれば次は後始末だ。

 甲板に出てコッソリと小瓶を海に投げ捨てていたまさにその時、逆方向からビビの悲鳴に似た声が響いてきた。

 

 「ナミさんが、酷い熱なの!」

 

 うわ……結局ナミも感染してたのか。下着になってなかったから大丈夫かなとも思ったのに。

 まぁいい。ナミの五日病は治してしまって構わないしね。

 そんでもって、その後は俺の病気をエサにドラム島へ誘導して……永久指針もあるから、何とかなるだろう。

 本格的に俺の具合が悪くなってくる前に、色々とナミの治療や説明その他もしないといけない。忙しくなりそうだ。

 

 




 大福を連れて行くことになりました。ユアンの癒し担当。

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