麦わらの副船長   作:深山 雅

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第104話 五日病

 現在、ゴーイング・メリー号において多少の医学知識を持つのはナミと俺のみ。

 ならばその片方であるナミが倒れれば、例え船医代理という肩書を持ってなかったとしても俺に診察の役目が回ってくるのは当然だろう。

 

 けど、ナミを診るにあたって問題点が1つ浮上した。

 誰が指針を見ているか、ということが。

 

 ゾロは病気レベルの方向音痴。いつぞやみたいに、『あの雲に向かって進んでいる』とか言い出しそう。

 ルフィは何をしでかすか解らないど天然。アラバスタが砂漠の国だってんで、『暖かい方に向かってる』とか言い出しそう。

 カルーと大福は論外。

 ナミは倒れ、俺は診察。ビビには、女同士ということでナミの服の下の視診を頼みたい。よってこれも却下。

 となると残りはサンジかウソップなんだけど……。

 

 「ナミさんは俺が運ぶ!」

 

 はい、サンジが喚いてます。

 誰がナミを船内に運ぶか? ビビには無理で、後は全員男。そんな状況でコイツが黙っているわけがない。

 じゃあウソップは、というと。

 

 「お、おれが1人で見てて、敵が襲撃して来たらどうすんだ!?」

 

 助けを呼べばいいだろ、と言ったけど、呼ぶ間も無くやられたらどうすんだ、と返された。何このネガッ鼻。

 こいつら、そんなこと言ってる状況かよ……いや、五日病のことを知らないんだ。無理も無いか。

 でもこれじゃあ堂々巡り……あ、なんだそっか。

 俺はある考えが閃き、内心でポンと手を打った。

 

 「サンジ」

 

 言い包められるのは、ウソップではなくサンジである。

 

 「お前は、ナミを男に運ばせたくないんだろ?」

 

 「当たり前だ!」

 

 サンジはヒートアップしている。よしよし、いい具合に冷静さを見失っている。

 

 「でもそれなら、ナミを運ぶのが女なら問題無いんだよな? そしたら指針を見ててくれるか?」

 

 軽い調子で尋ねると、サンジは虚を突かれたような顔をした。

 

 「あァ? まぁ、それならいいが」

 

 よし、言質は取ったぞ。

 サンジはまだ言葉の途中だったけど、俺はヤツにアラバスタへの永久指針を渡した。

 

 「じゃあ、よろしく。1/10」

 

 言いながら、ナミを小さくしてビビに目配せる。ビビも悟ったようで、ナミをそっと抱き上げた。

 

 「ビビが運べばいいよな? というわけで、ソレよろしく」

 

 いい加減もう面倒になってきたこともあって、俺たちは反論されない内に呆気に取られているサンジを1人甲板に残して船室へと入ったのだった……これで、サイクロンに遭わずに済むかな?

 

 

 

 

 病人に対してまず行うことといえば、熱を計ることだろう。そしてその結果。

 

 「40度……一気に上がったなぁ」

 

 はい、今のナミの体温は40度に上ってます。めちゃくちゃ苦しそうです。顔は真っ赤で息は上がり眉を顰めて……って、俺にとっては他人事じゃないんだけどな!

 いやそれよりも、取りあえずは問診だ。

 

 「ナミ。リトルガーデンで虫に刺されなかったか?」

 

 「むし?」

 

 ナミはどこかぼんやりした様子で問い返してきた。思い返しているようだけど、中々頭が上手く働かないらしい。

 

 「そういえば……蝋が溶けた少し後に……何か、チクッて……」

 

 やっぱりか。五日病以外の何かに罹った可能性も0ではないとも思ったけど、どうやら間違い無かったみたい。これでアレがあれば確定していいだろう。

 

 「どの辺?」

 

 重ねて聞くと、ナミは緩慢な動作で腹の辺りを擦った。

 

 「この辺り……。」

 

 う~ん、位置までドンピシャとは。

 

 「ビビ、ちょっと見てくれないか? 俺の考えてる通りの病気なら、そこに斑点が出てるはずだ」

 

 頼んだらビビは1つ頷いてくれたので、俺たち男陣は一時的に部屋の外に出る。

 

 「おい、どんな病気を考えてるんだ?」

 

 部屋を出てすぐ、ゾロが聞いてきた。

 

 「五日病ってヤツだよ」

 

 「五日病? 聞いたこと無ェな」

 

 ウソップが首を傾げたので、俺は肩を竦めてみる。

 

 「ケスチアっていう高温多湿の森林に生息する有毒のダニに刺されることによって引き起こされる病だ。みんなが知らなくても当然だよ、本来ならケスチアは100年ぐらい前に絶滅したはずの種なんだから……ただ、リトルガーデンは太古の島だろ? 残ってても可笑しくない」

 

 そこまで話したところで、中からビビが呼ぶ声が聞こえてきたので中断する。

 俺たちが中に入ると、既にナミは再びベッドに入り込んでいた。その傍らで、ビビは渋い顔をしている。

 

 「あったわ、斑点」

 

 OK、これで確定だ。

 

 「よし。んじゃあ、治療するぞ」

 

 取り出したのは対ケスチア抗生剤。クロッカスさんありがとう!

 

 「その薬で治るの?」

 

 ナミに注射で薬を射っていると、隣に立つビビが心配そうに聞いてくる。

 

 「大丈夫だと思うよ。何しろ、海賊王の船医印の薬だから」

 

 「何だ、その薬って花のおっさんに貰ったのか?」

 

 「うん」

 

 俺は小さく頷いてルフィに振り返った。

 

 「Mr.9とビビ……あの時点では、ミス・ウェンズデーって言うべきかな? 2人に『ウィスキーピークまで送ってくれ』って言われて了承してただろ? その航路で行くとウィスキーピークの次はリトルガーデンだっていうのは知ってたから。太古の島だろ、万一のこともあるかなって、いくつか特殊な薬を貰っておいた。これもその1つ」

 

 嘘は言ってない。ちょっとばかしぼかした言い方をしてるだけで、大方は間違ってない。

 まぁぶっちゃけて言えば、俺が欲しいって言ったのはケスチアの薬だけだったわけで、色んな薬が貰えたのは嬉しい誤算だったんだけど。

 

 「その、五日病? ってのは、どんな病気なんだ?」

 

 恐らくは好奇心からだろう、ウソップが質問してきた。

 

 「症状としては、40度以上の高熱・重感染・心筋炎・動脈炎・脳炎。けどまぁ、その名の通り五日ほど苦しむ病でね。五日経てばある意味楽になるんだよ」

 

 俺の答えにすっごい微妙な顔をするウソップ。

 

 「…………『ある意味』ってどういう意味だ? 何か、嫌な予感がするぞ」

 

 流石ネガッ鼻、勘がいい。

 

 「死んだら、少なくとももう苦しみはしないだろ?」

 

 「いや怖ェエよ! 真顔で何言ってんだ!?」

 

 だからこその真顔なんだろうが。こんな話、おちゃらけて出来るか? 

 

 「なるほど、つまりは大変な病気なんだな!」

 

 ルフィも思ったより理解してくれたらしい。

 ん?

 

 「どうした、ビビ?」

 

 ビビは震えながら真っ青な顔で口元を抑えていた。

 

 「じゃ、じゃあ……ナミさんはもう少しで死ぬところだったってこと!?」

 

 いやまぁ、そうなんだけど……本人が目の前にいるのに、ここでそんな直球玉に頷いていいのだろうか。

 

 「そうでもないよ。クロッカスさんに薬を貰ってなかったとしても、急いで医者を探すって手があるんだし。アラバスタへと急ぐビビには悪いけどね」

 

 結局、ちょっとばかしオブラートに包んだ言い方をすることにした。

 

 「悪いだなんて……病気の治療の方が大事じゃない」

 

 言い淀むビビ。これは、上手い事に話の流れがそっちに行ったな。

 

 「アラバスタの情勢が悪化してても?」

 

 俺が畳み掛けるように言うと、ビビは目を見開いた。そのまま、机の引き出しに入っている新聞を取り出して見せる。

 それはそう、アラバスタの内乱について書かれた記事が載っている新聞だ。

 初めはきょとんとした顔をしていたビビだけど、目を通すなり顔色が変わって食い入るように読み始めた。

 

 「そんな……国王軍の兵士30万が、反乱軍に寝返った!? 元々は国王軍60万、反乱軍40万の鎮圧戦だったのに……これじゃあ一気に形勢が!」

 

 無意識なんだろう、その手に力が籠り、新聞がクシャッという音を立てた。

 

 「3日前の新聞だよ。けど焦っても帆船であるメリー号の速度は変わらないからね……ナミと相談して、不安にさせるよりはって隠したんだ」

 

 この船で新聞を読む習慣があるのは、ナミと俺だけ。そのおかげでこの記事のことを知ってたのもこの2人だけだ。だからこそ、その新聞がこの部屋に隠してあったんだ。

 

 「バカ……」

 

 ビビが戦慄いている中、これまで黙っていたナミが口を開いた。薬を射ったとはいえまだ効いてはいないんだろう、その声音はとてもだるそうだった。

 

 「何で言うのよ……病気だって治りそうなのに……それこそ、わざわざ不安がらせることないじゃない……」

 

 通常ならば、ナミの言う通りなんだろう。

 薬が無く、医者を探すかアラバスタへ急ぐか……その2択を迫るならともかく、治療の目途が立った上でこんな話をするのは徒に不安を煽るだけ。

 けれど、今回は通常の場合じゃない。主に俺のせいで。

 

 「選んで貰いたいんだよ。真っ直ぐアラバスタへ進むか、医者を探すか」

 

 俺の言い出したことの意味が解らないんだろう、全員が不思議そうな顔をした。

 

 「ナミの病気は何とかなるんだろ? 何で医者を探すんだ?」

 

 ルフィの疑問は尤もである。でもな。

 

 「薬がもう無いんだよ。1人分しかなかったから」

 

 これは勿論、嘘である。クロッカスさんは人数分をくれたから……マジでありがとう、クロッカスさん!

 

 「だから、ナミはもういいんだろ? 無くて問題があるのか?」

 

 その問いには、大有りだと言わんばかりに真剣な顔で頷いてみせる。

 

 「ナミはもういいよ。多分ね。でも」

 

 言いながら、俺は斑点が見えるように服の腕を捲った。

 

 「残念ながら、俺も罹患したみたいなんだよ」

 

 その時のこの場の空気をどう言い表したらいいのか。何かこう……時が止まったような。『島喰い』を眼前にしても動揺していなかったゾロですら瞠目している。

 まぁ俺としては、色んな意味でなけなしの良心が痛んでちょっとばかし罪悪感を覚えたね。

 そもそも病気に罹ったこと自体わざとなわけで。しかも、実は薬はまだまだ豊富にあるわけで。

 

 「イヤイヤイヤ! お前、何サラッとトンでもねェこと言ってんだ!?」

 

 真っ先に我に返ったらしいのは、もうお前ツッコミに生きてるんじゃね? ってぐらいにキレのいいツッコミを入れてきたウソップだ。

 

 「だって事実だし」

 

 だからこそ、話をさっさと進めたいんだよ。

 

 「病気に罹ってるって自分で気付いてたなら、何で言わなかったんだ!」

 

 うわ、ルフィに怒られるのって久しぶり……いや、初めてかも。

 

 「薬をどっちが使うかって話になって時間を無駄にしたくなかったんだよ。実際に目の当たりにしたら、どっちが使うべきだ、なんて中々はっきり言えないと思う……でも客観的に考えれば、ナミと俺ならナミの方が使うべきだろ?」

 

 ナミより俺の方が丈夫そうだしね、という含みを持たせた言い方をしたけど、どうやらそれもルフィは気に食わなかったらしい。

 

 「でも……お前、身体が弱ェじゃねェか」

 

 ………………って、アレ?

 え、何? 俺ってルフィの中で病弱キャラになってんの? 何で?

 

 「前にも、体調崩してただろ?」

 

 え~~~っと……いや、第2の人生が始まってから体調を崩したことなんて1度も………………って、ひょっとしてアレか!?

 

 「火事があった頃のことか?」

 

 聞くとルフィは頷いた。

 

 アレか……『可燃ゴミの日』に俺は自然な形でサボと行動を共にするため、数日間体調不良を装った。アレのことか。

 いや、アレは演技だったんですけど……って、言えるわけがないな。

 

 うわ、あの日の罪悪感を思い出してしまった。今現在の罪悪感とも合わせてかなり心が痛む。

 しっかし、あの1回だけで俺を病弱だと思うなんて……まぁ無理も無いか。ルフィもエースもサボも、少なくとも一緒にいる間は1度も体調不良に陥ったことなんて無かった。その上、他の人間と深く関わる機会も多くなかった。

 下手したらルフィは、病気ってのがどんなもんかすら正確に把握してない可能性があるかもしれない。思い返せばナミが倒れた後、『肉を食えば治る』とか呑気な顔でのたまってたっけ。完璧にスルーさせてもらったが。

 新発見だ。10年間、ほぼ毎日共に過ごしてきて初めて知ったよ。

 

 ダメだ、頭が痛くなってきた……って、この頭痛は何のせいだ? ルフィのせいか病気のせいか……微妙な所だね。

 

 「心配してくれてるのは嬉しいけど、もう使っちゃったし。後の祭りだよ」

 

 事後報告ほど楽なものはないね。俺は苦笑して続ける。

 

 「でも俺だって、死ぬのは嫌だし。少なくとも、ルフィが海賊王になるのを見届けて、その後ある男をあらゆる意味で徹底的に破滅させるまでは死にたくない」

 

 他にも『頂上戦争に介入したいから』ってのもあるけど、それは口には出さないでおく。

 ……って、あれ?

 

 「『ある男』って誰のことだ?」

 

 あれ? 何でルフィ以外は全員ドン引きしてんだ? でも悪いけど、その質問には答えられない。

 

 「ルフィ……それは聞かないでくれ」

 

 正直、口に出すのも嫌なんだよ。

 

 「知らなかったなー、お前にそこまで恨んでるヤツがいたなんて」

 

 「うん、まぁ……最近、な。」

 

 思わず遠い目になってしまう俺……ふ、ふふ……何だか怒りのあまり、笑みすら零れてくる。

 

 絶対に許せるもんか、あの野郎!

 

 そんな決意を新たにしていたら、いつの間にか周囲のドン引きが加速していた。特にウソップとビビ。

 何だろう、まるで『社会的・肉体的・精神的に徹底的に殺りそうな危険人物』を見るかのような目で俺を見ている。否、実際に殺る気なんだけど。

 うん殺るよ。俺はやるといったらやる。モットーは有言実行。いずれ絶対に探し出して殺る。でも肉体的にはやらない。だって、死んだら苦しまないじゃん。俺、ヤツに生まれてきたことを後悔させてやるんだ……いや待て、今はそれより五日病について、か。

 

 「とにかく。ビビに聞く」

 

 俺はポケットに入れていたドラムへの永久指針を取り出す。

 

 「ここにドラムってとこへの永久指針がある。医療大国って言われてるらしいから、五日病の薬がある可能性が極めて高い。その上、ここからだと数日……海が大荒れでもしなければ、5日以内に辿り着けるだろう距離だ。でもここに向かえば、その分アラバスタに着くのが遅れる。……どうする?」

 

 意地の悪い聞き方をしているという自覚はある。なので、ちょっとはフォローもしようと思う。

 

 「さっきも言ったけど、俺は死にたくない。だから、ドラムへ行く方が可能性は高いだろうけど、そうでないならさっさとアラバスタへ行って医者を探したい。アラバスタには5日じゃ着かないだろうけど、ド根性で生き延びる努力をするから」

 

 「……そんな病気。根性で抑えられるようなものじゃないでしょ?」

 

 いや、そのはずなんだけどね。でも何とな~く、何とかなりそうな気もしないでもなかったり……五日病にも、1回刺されたぐらいじゃ罹患しなかったぐらいだし。

 きっと俺の身体って、すっごい丈夫なんだと思うんだよ。ルフィの思い込みとは真逆に。勿論、常識的に考えればそんなことは無理だろうって解るんだけど。

 ま、本当ににっちもさっちもいかなくなったらこっそり薬を使うし。

 

 「ドラムへ向かいましょう。ナミさんが本当に治る保証も無いし、ユアン君がいなきゃルフィさんを制御しきれないわ。多分、その方がこの船は最高速度を出せるはずよ」

 

 「「「それは確かに」」」

 

 みんなして……まるでルフィが猛獣みたいな言い草だ。ナミまでベッドの中で頷いてるよ。

 

 「失敬だなお前ら!」

 

 ルフィは憤慨していたけど、誰かがフォローをすることは無かった。

 

 

 

 

 こうして、俺たちはドラムへと向かうことになったのだった……ぶっちゃけ、俺ももうそろそろ体調悪くなってきてたからありがたい事この上ない決定だった。

 

 

 

 

 ちなみに余談だけど、雲で進路を見ようとするゾロと違い、サンジはちゃんと記録指針を見て進路を取っていたらしい。ナミが様子を見に行っていないのに、サイクロンには遭遇せずに済んだ。

 まぁサイクロンはともかく、本来ならそうして記録指針を見て進路を取るってのが当然なんだけどね。


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