麦わらの副船長   作:深山 雅

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ユアンが前後不覚につき、今回は彼がその場にいるのに地の文が三人称です。




第106話 世代を超えた法螺話

 ユアンが完全に意識を失ったために、ルフィはプチパニックを起こしていた。

 

 「ユアンー! 寝るなー! 死ぬぞー!!」

 

 はしとユアンの服の襟元を握り、ブンブンと振りまくるルフィ。

 はっきり言おう。追い打ち以外の何物でもない。

 

 「いや、寝たからって死なねェよ。家の中だしよ」

 

 ウソップがツッコむものの、ルフィは聞いちゃいなかった。

 

 「起きろ! 起きろってば!」

 

 揺すっても起きないものだから、ならばとばかりに今度は両頬を叩きだす。

 はっきり言おう。バカである。

 

 「……それで、ドルトンさん。ココアウィードって町にはどれぐらいで着くの?」

 

 ルフィを宥めることは早々に諦めたらしい。ナミはドルトンに尋ねた。

 

 「いや……いいのか? 確証は無いだろう?」

 

 見聞色のことを知らないドルトンにしてみれば、当然の疑問だった。しかし、ナミは肩を竦める。

 

 「アイツは気配に敏感なのよ。今までに外れたことって、あんまり無いから……可能性はあるわ」

 

 誰だってあんなバカ高い雪山の登山なんてしたくないし、させたくない。せずに済むかもしれない可能性があるなら試してもいい。それが今のナミの……いや、彼ら全員の心境だった。

 

 「ユアンー!! 起きろーーー!!!」

 

 ……未だにビンタを続けている約1名を除いて。

 

==========

 

 

 ビッグホーンの隣町、ココアウィード。そこで経営されているある店で、1人の子どもが大泣きしていた。

 客たちはその泣き声に顔を顰め、親である主人に泣き止ませて欲しいと頼むが、上手くいかない。いや、主人は主人なりに何とか泣き止ませようとしているのだが、子どもはますます激しく泣くばかりだ。

 しかし主人もいい加減苛立ってきて、泣いている理由を言わない子どもについついキツイ言葉を吐いてします。

 

 「泣き止まないと外に締め出すぞ!」

 

 その言葉が出た、すぐ後のことだ。

 

 「邪魔するよ!!」

 

 店の扉を拳でぶっ飛ばし、1人の人間が入ってきたのである……というか、扉をぶっ飛ばす必要はあったのだろうか。

 

 「ハッピー? ガキ共! ヒーッヒッヒッヒッヒ!!」

 

 この島では知らぬ者はいないだろうほどの有名人、マスターオブ医者のDr.くれはである。彼女は今日もお供に愛トナカイのトニートニー・チョッパーを引き連れ、患者を探して町を歩いていたのだ。

 そして子どもの泣き声を聞きつけてこの店へとやってきたのである。

 

 「ど! ど! ド、ドドドド!! Dr.くれは!!!」

 

 店中の人間には災害であるかのごとく恐れられているみたいだが。

 しかしDr.くれはは至ってマイペースだった。

 

 「若さの秘訣かい!?」

 

 「いや! 聞いてねェし!!」

 

 こんな一見しては医者に見えないDr.くれはであるが、その腕は確かなのである。

 

 この店の子ども……タマチビは骨にバイ菌が入ったことにより炎症を起こしていたのだが、それもあっさりと治療してしまった。

 

 その際、麻酔を打たずに切開をしようとしたり、トナカイの角で注射をしたりとかなり無茶な所業もあったが、まぁともかく。

 

 さて、そんなDr.くれは。治療を施した後には色んなものを要求する。

 今回彼女が所望したのはゴミ袋とトイレットペーパー、ラム酒に食料。そして、この店の財産の50%。初めは黙って聞いていた店の主人も流石に財産50%には憤慨し、抗議する。一部始終を見ていた店の客などのギャラリーも、ぼったくりだと彼を支持したのだが……1人だけ、そうではない者がいた。

 

 「……おばあちゃん。とっても楽になった……どうもありがとう」

 

 そう言ってニッコリ笑ったのは、あのタマチビである。そんな我が子の様子を見て、主人も報酬を支払う決心をしたようだ。そしてその一方で。

 

 「いいチップもらっちまったね。49%にまけてやろう」

 

 Dr.くれはの方も気をよくしたらしい。何とも粋なババ……いや、Dr.である。

 そして、治療・報酬交渉が成立しDrくれはが外に出ようとしたまさにその時、異変が起こった。

 

 「いたァ!! ばあさん!!」

 

 1人の男が突っ込んできたのである。

 

 

 

 

 麦わらの一味は、ドルトンの操縦する馬車もどき……実際には馬車ではなく雪国らしい毛深い動物だ……に乗って、ビッグホーンからココアウィードまでやって来た。

 何しろDr.くれはといえば有名人だから、町にまで来てしまえば今どこにいるのかという情報を掴むのは難しいことではなく、あっさりと彼女にまで辿り着く。

 そして、今まさに1軒の店から出てこようとしている女性がDr.くれはである、とドルトンが保証した直後に真っ先に飛び出したのがルフィだ。

 メリー号からビッグホーンまで移動した時と同じようにユアンを背負い、突進に等しい勢いでDr.くれはに詰め寄ったのである。

 

 

 

 

 

 「よかったー、ちゃんといた!」

 

 突然の出来事にさしものDr.くれはも怯んだ。目の前にいるのは、麦わら帽子を被りこの雪の中何故か足元は素足という、季節感を全く無視した男だ。しかも、何という勢いか。

 けれどそこは年の功、Dr.くれははすぐに気を取り直した。

 

 「何だい、アンタは。あたしに用かい?」

 

 その当然の疑問に男……ルフィは大きく頷く。

 

 「あァ! 弟が病気なんだ! しかも寝ちまうし!」

 

 言われようやく、彼女はルフィは人を1人背負ってるのに気が付いた。

 それにしても先ほどのセリフ、前半はともかく後半はどういう意味なのか図りかねた。大抵の場合、病気ならば眠って安静にすべきだろう。

 ルフィは余程慌てているのか、Dr.くれはがその疑問を口にする前に自ら話し出した。

 

 「ここ、雪国なのに! 雪国で寝たら死んじまう!」

 

 何の疑いも無くそう信じ、心底案じているのだろう。ルフィは必死の形相だった。その本気が察せられるだけに、Dr.くれはは少し眩暈を感じる。

 確かに寒いところで寝るのは危険だが、何も雪国で寝たら死ぬというわけではない。

 しかしそこで、彼女はふとデジャビュを感じた……いや、既視感ではなく、かつて実際にあったことをふと思い出したと言うべきか。

 

 

==========

 

 

 あれはもう20年かそこらは前になるだろうか。少なくとも、海賊王の処刑の後だったのは間違いない。

 

 その頃はこの島はまだドラム王国という国であり、しかも先王の治世でもあった。先王はワポルのように『イッシー20』などとバカげたことを言い出す王ではなく、ドラムは名実ともに国外にも知られた医療大国だったものだ。

 

 当時のDr.くれは自身の医者としてのスタイルは現在と大差無いもので、患者を見付けては治療を施し報酬を頂く……そんな中、ある日突然1人の少女がDr.くれはの元を訪ねて来た。

 

 彼女は医者だった。現在……いや、当時は海賊船の船医をしていると言っていた。けれどまだまだ若輩の身であるから、腕がいいという噂のDr.くれはに教えを請えないかと願い出たのだ。

 特に病気の治療については出来る限りのことをしたいのだ、と。あの子は悪魔の実の能力者であり、怪我ならその能力を以て治療することが出来たが病気はそうはいかず、自分で学んで習得するしかなかったからだ。

 

 初めは、教えてやる義理は無いが積極的に断る理由も無かったため、指導したりはしないけれど邪魔をしないのならば見て盗む分には構わないから勝手にしろ、と好きにさせた。

 どうせ海賊娘、すぐに海に出る。精々数日のことだろうと思っていた。

 

 その予想は半分正解で、半分外れた。

 

 彼女がここドラム島に滞在していた期間は、決して長くはなかった。けれど海賊の逗留にしては長めで……要するに、数日程度ではなかった。

 その間に、何だかんだでいつの間にか直接教えるようになっていった。どうしてそうなったのか細かいことはもう忘れてしまったが、何だか警戒心を抱かせない娘だったから気付いたときにはそうなっていたのだ。

 

 あの娘に教えること自体は難しくなく、面白いぐらいにするするとこちらの言いたいことを理解して吸収していった。

 例えばチョッパーは、長年かけて1から教えた。しかしあの子は既に基礎は出来ていたから、要所要所でアドバイスをするというスタイルだった。

 気は強いが明るく素直ないい子で、実はDr.くれはも内心ではかなり気に入っていた。しかし、その素直さに危うさを覚える出来事もあったのだ。

 

 

 

 そしてあれは、そんなある日のことだ。

 

 

 

 その日は朝から、あの子は何故かやたらとフラフラしていた。単純なミスも続き、どうしたのかと話を聞くと、3日ほど寝ていないのだと言った。つまるところ、単なる寝不足である。

 そんなに勉学に夢中になる必要は無いと思い忠告したが、どうやら彼女が寝ないのには別の理由があったからだったらしい。

 何故睡眠を取らないのか。理由を聞いたとき、彼女はこの上なく真剣な顔でこう言ったのだ。

 

 『だって、雪国で寝たら死んじゃうんでしょ?』

 

 Dr.くれはは思った。この娘は医者のくせに何を言っているんだ、と。

 

 というか、これまで海賊として航海してきて、他の冬島に立ち寄ったことは無かったのか。

 そう聞いてみたが、これまた真面目な顔でズレた返答が返ってきたものだ。

 

 『船で寝てたの。『島』に上陸しなければ大丈夫だって聞いたし』

 

 明らかに騙されていた。というか、医者が何故そんな法螺話を信じる。

 

 そして当時、Dr.くれはは思った。人を疑うということをしろ、と。

 

 端で聞いている方が眩暈を起こしそうなぐらいに素直な娘だった。そしておバカだった。

 しかも。

 

 『ほら、見て! 今日は面白い薬が調合できたの!』

 

 寝不足のせいか、何だかやたらとハイになっていた。

 

 新薬開発を趣味とする娘だったので、Dr.くれはの持つ薬学の知識についても色々と伝授した。

 しかしその時彼女が調合したのは、ただの薬では無かった。薬は薬でも、睡眠薬である。それも処方箋を見る限り、恐らくは熊でも数滴で昏倒させられるであろうほど強力な代物が。よくもまぁそんな薬が閃くものである。

 

 いや、別にそれ自体は構わない。開発したのが睡眠薬であろうとしびれ薬であろうと、何なら毒薬であろうと、その知識と経験は決して無駄にはならないはずだから。

 しかしこの時あの子が睡眠薬を調合したのは、『眠い』という内なる願望が思わず発露した結果だったのだろう。本人は自覚していないようだったが。

 何となく危機感を感じ、また哀れにも思えて、その時はちゃんと真実を伝えた。

 

 『そんな事実は無いよ』

 

 『………………へ?』

 

 『誰に聞いたか知らないけど、騙されたみたいだねぇ! ヒーッヒッヒッヒ!』

 

 『…………………………あはは、そうなんだ』

 

 この時彼女が何を思ったのかは、Dr.くれはにも解らない。

 解ったのはただ1つ、その時彼女がとても穏やか~な笑顔を浮かべていた、ということだけだ。

 

 

 

 

 そしてその翌日、彼女の所属する海賊団の船長が、明らかにグーパンチを受けたとしか思えないデカい痣を顔面に拵えていた。

 

 

==========

 

 

 懐かしい過去が思い起こされ、Dr.くれはは内心で少しばかり感傷に浸っていた。表には出さなかったが。

 まさかこんな法螺話にあっさり騙される素直なバカが、あの娘の他にもいたとは。

 

 そして当時を思い返してみて、もう1つ気付いたことがある。

 今目の前にいる男が被っている麦わら帽子は、あの時の船長のものと随分と似てはいないか、と。

 

 しかしそんなことよりも、今は患者が第一だ。医者なのだから。

 その考えは、ルフィが続けて口にした病名を聞いて更に高まることとなる。

 

 「五日病ってヤツらしいんだ! 早く治してやってくれ!」

 

 「何だって!?」

 

 流石に驚いた。100年前に絶滅したと言われている、しかも高温多湿なジャングルに生息していたはずのダニが原因となる病気に罹った患者が来るなんて、想像もしていなかったのだ。

 ルフィに背負われているユアンは、温かくするために分厚いフード付きコートを着ていた。Dr.くれはは1度様子を見ようとその中を覗き込み……一瞬呆けた。五日病のことも思わず頭の中から吹っ飛んでしまうくらいに。

 

 そこにあったのが、何だか見覚えのある顔だったからだ。それも、つい今しがた思い出したばかりの顔だ。

 

 「…………………………付いておいで、城に行くよ! 本当に五日病なら、薬はそこにしか無いんだ!」

 

 だがそれでも、色々と気になることも聞きたいことも言いたいことも山ほどあったが、それよりも医者としても使命感を優先することにしたらしい。傍目にはDr.くれはの様子は、普段とさして変わっていなかった。

 治療してもらえると解り、ルフィは目に見えて安堵していた。

 

 「そうか! あと、もう1人いるんだ! そいつはもう大分いいんだけど、一緒に見てやってくれ!」

 

 その嬉しそうな無邪気な笑顔はどことなく、かつて短い期間ではあったが己が弟子と呼び、己を師と呼んだあの娘を彷彿とさせるようなものだった。

 

 「纏めて付いてきな。遅れたら置いてくからね!」

 

 Dr.くれはの号令に、一同はドラムロッキー頂上の城へとむかうことになった。

 

 

 

 

 海賊『治癒姫』ルミナ。

 始まりは海賊王ゴール・D・ロジャー率いるロジャー海賊団の見習い。その後には同じくロジャー海賊団の頃からの仲間であり、現在では四皇の一角となった『赤髪』のシャンクスが率いる赤髪海賊団の船医を務めていた。

 そしてもう15年以上前に行方知れずとなり現在では他のチユチユの能力者が出たということで『死亡』と推定されている女海賊。

 それがDr.くれはのかつての弟子だった娘である。

 

 




 この後、ロープウェイを使ってドラムロッキーを登りました。



 【オマケ】

 これはかつてロジャー海賊団において、ルミナがオーロ・ジャクソン号に乗ってから初めて到着した冬島で交わされていた会話である。

 クルー1(以下、ク1)「おい知ってるか? またシャンクスのヤツがルミナに妙な話を吹き込んだらしいぞ」

 クルー2(以下、ク2)「またか。本当にあいつはルミナで遊ぶのが好きだな」

 ク1「まァ、反応が面白いからなァ」

 ク2「そうだな……で? どんな話をしたんだ?」

 ク1「何でも、『船の上なら大丈夫だけど雪国で寝たら死んじまうから、雪国のヤツは寝ねェ』って言ったんだと」
 
 ク2「は? そんな話を信じたのか、ルミナは」

 ク1「それが信じたんだよ」

 ク2「マジか!? 素直なもんだな!」

 ク1「あァ。でも、いいんじゃねェか? おかげでルミナ、絶対に暗くなる前に船に戻って来るし」

 ク2「……そうだな。夜に町に出るのは危険だからな」


 海賊船に乗っている方がよっぽど危険じゃないのか? とツッコむ人間はいなかった。
 こうしてシャンクスの悪意無き嘘によってルミナに植え付けられた誤解は、『娘』を心配するオッサン連中の過保護によって、訂正されることなくその後数年に渡って生き続けたのだった。


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