麦わらの副船長   作:深山 雅

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今回は冒頭が三人称です。


第109話 強欲な男

 時は少し遡る。

 つい先ほどDr.くれはの襲来を受けたココアウィードの店では、ちょっとした騒ぎが起こっていた。

 

 「ほら、やっぱりそうだ! さっきの海賊だろう!?」

 

 1人の男が取り出しているのは、ルフィの手配書である。それを見て、他の町民たちも目を丸くする。

 

 「6000万ベリー!? 結構な大物じゃないか!」

 

 その手配額は、手配書に添付された能天気な笑顔に似つかわしくない高値である。店内は俄かにざわつくが、最初にその手配書を持ち出した男はまた別の手配書を広げる。

 

 「それにこっちも! 似顔絵だから断定は出来ないが、あの病気だという海賊じゃないか?」

 

 それは、似てない似顔絵が添付されたユアンの手配書だった。

 

 「実は、彼らに対する伝言を預かっているんだ」

 

 

 

 

 男は本来、ロベールの町に住んでいる。今日はたまたまこのココアウィードまで来ていたのだ。彼がルフィとユアンの手配書を持っていたのは、ほんの数日前に1人の男がその手配書を置いて行ったからである。

 その際、ちょっとばかり印象に残る事柄もあったために記憶に強く残っており、今のこの言動に至っているわけだ。

 

 

 

 

 店の主人が、周囲を代表するように口を開いた。

 

 「彼らなら、治療のためにDr.くれはとドラム城に向かったはずだ」

 

 そしてそれに対して、また別の男が口を開く。

 

 「城に行くなら、ギャスタの外れの大木にロープウェイが張り直されているらしいぞ。行ってみるか?」

 

 そうだな、と初めの男が頷いたその時、店の扉(←Dr.くれはにぶっ壊されたが修理した)が思い切り開け放たれ、酷く慌てた様子の男が1人飛び込んできた。

 

 「ドルトンさん! ドルトンさんはいるか!?」

 

 この男は今日の見張り番の1人だ。初めはドルトンの住むビッグホーンへと向かったが、そこでDr.くれはを訪ねてこのココアウィードに向かったと聞き、急いでやって来たのである。

 

 「ドルトンさんならDr.くれはや海賊たちと一緒に、ドラム城に向かったぞ?」

 

 そう、実はドルトンもルフィたちと共に城へと登っていた。

 何しろ麦わらの一味は一応、海賊なのだ。『黒ひげ』と名乗る海賊に国を滅ぼされた記憶も新しい国民たちは、どうしてもその恐怖が拭いきれない。なのでドルトンが、監視の意味合いも兼ねて付き添っている。

 しかし今回に限ってそれは、あまりにもタイミングが悪かったとしか言えない。国民たちにとっては海賊よりもさらに恐ろしい……いや、忌まわしい存在が舞い戻ってきてしまったのだから。

 

 「ワポルのやつが! 帰ってきやがった!!」

 

 その叫びに、店内は一気に驚愕に包まれた。

 

==========

 

 ドラム島へと帰還したワポル一行……だが、その全員が行動を共にしているわけでは無かった。

 ワポルは側近のチェスとクロマーリモだけを自分の毛カバ、ロブソンに乗せてさっさとドラム城へと向かってしまい、一般兵とイッシー20は自分たちの足で地道に登山することになってしまったのだった。

 

 

 

 

 これは、そんな一般兵とイッシー20が出会ったとある『雪男』の話である。

 

 

 

 

 厳しい雪山道を、彼らは固まってゆっくりと登っていた、その最中。

 雪の向こうから半裸の男が歩いてきたのである。極寒の雪山で半裸の男。怪しすぎる。

 そして男……ゾロは獰猛な笑みを浮かべた。

 

 「どうやらおれは、運がいいらしい……」

 

 その笑みに、一同は戦慄を感じた。そう、それはまるで蛇に睨まれた蛙。

 

 「さ、さては貴様が、一時期騒がれていた『雪男』だな!」

 

 兵の1人が叫んだが、それは間違っている。噂の『雪男』は青っ鼻トナカイのチョッパーであってゾロじゃない。しかし彼らには、その正誤を判別する術は無かった。

 

 「かかれェ!!」

 

 本能的な恐怖は感じたものの多勢に無勢。全員でかかれば何とかなる。彼らはそう考え、一斉に襲いかかった……すぐにその考え違いに気付かされる羽目になるが。

 

 

 

 

 「うっはっはっは! あったけェ!」

 

 襲いかかってきた一般兵全員をあっさりと返り討ち、そいつらが着ていた温かいコートや手袋、靴などを手に入れたゾロは上機嫌だった。

 今でこそ上機嫌に笑っているゾロだが、戦っている時の彼は凄まじかった。例えるならばそう、それはもう悪鬼・羅刹・修羅。流石は麦わらの一味でも随一ともいえる戦闘狂だ。

 彼は他のみんなを待つ間、鍛練の一貫として寒中水泳を行っていたのだが、魚を見付けて追いかけている内に船を見失い、歩いてる間に迷ってしまったのである。

 

 そして寒さに震えながら彷徨っている中であの一団と遭遇し、防寒具を奪った。

 襲いかかってきたのは向こうが先とはいえ、立派な追剥である。

 しかも服だけではなく、兵士たちの懐から財布も強奪していったあたり、彼もとある略奪家な副船長の影響を大きく受けている。

 

 「にしても、町はこっちでいいんだよな?」

 

 兵士たちを遍く返り討った時、イッシー20は共にいたものの攻撃には参加しなかったために難を逃れた。ゾロはその彼らに道を聞き、震えあがりながらも教えてくれた近場の町へと向かっている……つもりだった。

 実際には、ゾロは彼らが教えてくれたのとは全くの逆方向に進んでいる。

 彼は現在、自覚はしていないものの、正真正銘紛れもない迷子になっていた。

 

 

 

 

 そしてそれを見ていた者は、兵士たちとイッシー20だけではなかった。

 

 「あれが……『雪男』……!!」

 

 たまたま遠目でその光景を見ていた数人の国民たちは、震えが止まらなかったという。

 もしももっと近くで見ていたのならば、それが『雪男』などではなくただの人間だと解ったのだろうが、微妙に距離があったことが災いし、『雪男』にしか見えなかったのだ。

 

 

 

 

 これが後のドラム島サクラ王国にて長らく語り継がれることとなる、『緑の雪男伝説』の真相なのだが……残念ながら兵士たちもイッシー20も恐怖から口を噤んでしまったために、永遠に解き明かされることはなかった。

 

==========

 

 俺とドクトリーヌがしんみりとしていると、部屋にドルトンさんがやって来た。様子を見に来てくれたらしい。

 話を聞くとチョッパーはナミとビビに庇われていて、何とか食料にはされずに済んでいるとか。

 そんな他愛無い話をしている、正にその時のことだ。

 

 「ドルトンさん!」

 

 明らかに町民らしい男が何人か、部屋に飛び込んできたのである。

 

 「大変だ! ワポルが帰ってきやがった!!」

 

 その話に、ドルトンさんは目に見えて顔色を変えた。

 ってか、来たのかワポル。早いな。

 

 「おれたちは、1つだけ残ってたロープウェイで先回りして伝えに来たんだ! きっとワポルも、もうすぐ山を登ってこの城まで来る!」

 

 わざわざぶっ飛ばされに? ご苦労なこった。

 

 ワポルは多分、掲げられたヒルルクの旗を攻撃するだろう。けどルフィがそれを許すはずがない。

 海での邂逅が無かったから一味とワポルたちの間に因縁は無いけど、敵対する要素は満点だ。焚き付ける必要も無いね、こりゃ。

 

 俺が内心で呆れていると、ドルトンさんはもう変身しかけながら飛び出して行ってしまっていた……早ッ!?

 でも、ということはもうじきバトル勃発か。俺は関わる気無いから気楽なもんだけど。

 けどそうしていると、飛び込んできた男たちの内の1人が俺の方に歩いてきた。他の人はドルトンさんの後に続いて出て行ったけど。え、何か用?

 

 「この手配書、あんただろう?」

 

 言っておっさんが取り出したのは、確かに俺の手配書だった。

 

 「そうだけど……何? 海軍にでも連絡する?」

 

 それは嫌だな、口封じした方がいいのかな?

 

 「いや、そうじゃなくて」

 

 おっさんはブンブンと手を振って否定の意を示した。

 

 「1週間ぐらい前だったかな。ある男から伝言を預かってるんだ」

 

 ……うん、よく考えよう。

 

<ドラム島+1週間前+伝言=エース>

 

 よし、方程式完成!

 いや、忘れてたわけじゃないんだよ? ただ、俺たちに伝わると思ってなかっただけで。

 

 

 

 

 1週間前にロベールの町に現れた1人の男が現れ、そしてこんな会話があったらしい。

 

 『じゃあもう1つ聞くけど、麦わらを被った海賊と赤い髪の海賊がここに来たか?』

 

 『いや、来てねェが……』

 

 『じゃあ、この手配書のヤツらがこの島に来たら、おれは10日間だけアラバスタでお前らを待つと伝えてくれ』

 

 『いや、伝えてくれって……この手配書じゃあ、よく解らねェぞ』

 

 言っておっさんは、俺の手配書を指し示したらしい。まぁ、当然だろう。こんな似てない似顔絵の手配書で個人を特定するのは難しい。すると。

 

 『ん? あァ、確かにな。んじゃ、これも』

 

 そう言って、もう1枚手配書を取り出したんだとか。

 

 『コイツの顔は、この手配書の男と同じようなもんだ。じゃ、頼んだよ……』

 

 ………………………………え~っと、それはどういう意味でショウカ?

 

 『おい、ちょっと待ってくれ。あんたの名前は?』

 

 『おお! そりゃそうだ! うっかりしてた! おれはエース。そのルフィとユアンってのが来たら、そう言ってくれりゃ解る』

 

 うん、解る。すぐに解る。

 

 『オイ、そいつを捕まえてくれ! 食い逃げ野郎だ!』

 

 『やべっ! じゃ、頼んだぜ!』

 

 怒り狂う店主から、エースはすたこらと逃げ去ったんだとか。

 

 

 

 

 これが、1週間前の出来事の全容らしいけど。

 

 「………………………………」

 

 何だろう、今の話の中にトンでもない内容があったような気がする。

 

 「で、これがその時に渡されたもう1枚の手配書だ。いや、流石にこんなもんを出されちゃ、忘れようにも忘れられねェ」

 

 件の『もう1枚の手配書』も見せられたけど……あはは、そりゃそうだよね。

 四皇の1人の手配書だもん、印象に残るよね~………………………………って。

 

 エェェェェェェェスーーーーーーーーーーーッ!!? ちょ、おま、何やってくれちゃってんの!? 何を引き合いに出してんの!? いや、悪気は全く無いんだろうなってことは解るけど!

 え、でもいいの!? 例えば俺もそんなことしていいの!?

 お前を探すときにロジャーの手配書を持ち出して、『この男に似た男を探してるんだけど~』とか言っていいの!? ダメだろ!? お前がしたのはそういうことだぞ!?

 

 「本当に似てるよね、他人の空似って怖いな」

 

 俺は内心の動揺は表にはおくびも出さず、苦笑と共に『他人の空似』を強調した。演技! そう、ここはナミも騙せる俺の演技力の出番! 動揺してたら余計に怪しいからな!

 メッセンジャーのおっさんはうんうんと頷いている。よかった、何も疑ってないみたいだ。ドクトリーヌは微妙な顔をしてるけど。

 

 「で、あの男は何者なんだ?」

 

 おっさん、それがそんなに気になるか? でも、その説明は一言で終わる。

 

 「俺たちの兄です」

 

 わざわざ白ひげ海賊団二番隊隊長だ、なんてことは言う必要が無いだろう。おっさんは目を丸くしてるけど、正直そんなのどうでもいい。

 それよりも問題はエースだ。早急に手を打たないと。

 

 「ドクトリーヌ、退院の許可をください」

 

 「頷けないねェ。あたしの前から患者がいなくなる時は、治るか死ぬかだよ」

 

 事情が変わったんだよ!

 エースに悪気が無いのは解ってる。でもだからこそ、無自覚にあちこちに吹聴して広めかねない! 早めに捕まえて釘を刺さないと!

 ……落ち着け、焦ってもどうにもならない。ドクトリーヌと争っても良い事なんて無い。チャンスはすぐに来るだろうから、その時まで待つんだ。

 

 「じゃあ、安静にしてますよ……って、何だ?」

 

 ひとまずベッドに潜り込み直そうと思ったら、おっさんが右手を差し出してきていた。

 

 「何って……お前の兄貴が食い逃げした分の代金を払ってくれ。後であの店主に渡しておく」

 

 「…………………………」

 

 安静にしなければならないから、ゴア王国でそうしていたようにさっさと逃亡するわけにはいかず。

 一味の者じゃないエースの飲食代を、一味の活動資金から出すわけにもいかず。

 俺は結局、山分けによって得たポケットマネーからその代金を支払わねばならなかった。

 しかもその額。流石はエースと言うべきか、店の食料を食い尽くす勢いで食べていたらしい……おかげで俺の懐はすっからかんになった。

 あれ? 俺、貧乏くじ引いてないか?

 

 

 

 

 エース、俺はお前に会いたいと思ってるよ。だって久しぶりだもんな。ずっとアラバスタを楽しみにしてきた。祖父ちゃんが来るだろうW7は嫌だけど。

 

 でも、何だろう。

 

 半裸の変態男に成り下がるわ。

 食い逃げした代金を払わされるわ。

 妙な引き合いを出すわ。

 

 ……ヤバい。俺、ちょっと腹が立ってきたんだけど。もう一押しでもあれば切れそうな気がする。

 頼むから、もう他に何かをやらかしてたりしないでくれよ? 出来れば感動の再会をしたいんだ、俺は。

 

 

 

 

 エースは『黒ひげ』を探してグランドラインを逆走している。

 俺が『黒ひげ』……マーシャル・D・ティーチに関して知っていることは少ない。

 元・白ひげ海賊団二番隊所属、22年以上の古株、現在はヤミヤミの実の能力者で、黒ひげ海賊団船長。これらは全部、原作知識だ。

 弱いはずが無い、というのは解っている。弱いヤツが白ひげ海賊団四番隊隊長を殺したり、後の話ではあるけどエースを手土産に七武海入り、なんて出来るはずが無いんだから。

 

 ……実を言うと以前その辺、ちょっと考えたりしたんだよね。ヤツは元々ルフィを手土産にするつもりだった。いや、もっと正確に言うなら、『懸賞金1億以上の首』だ。今後、俺の懸賞額が上がったとして、もしもアラバスタ後に1億を超えてたら手土産になるんじゃないかな……とか。

 頂上戦争はエースが処刑されることになったから起こった戦争で、それ以外の人間なら、いや、白ひげ海賊団と関わりの無い人間だったら、そもそも戦争なんて起きようがない。というより、俺って別に海賊王の息子じゃないから、捕まっても即処刑はされないんじゃないかなーって思うんだよね。せいぜいインぺルダウン収監ぐらいじゃないかなーって……楽天的かな?

 まぁ、やらないけど。俺も流石にそこまで自分の人生諦めてない。

 閑話休題。

 

 『黒ひげ』は今のところ手配もされてないし、恐らくは新聞に載ったことも無い。だから俺も転生してからこっち、ヤツの新情報は殆ど手に入れていない。

 ただ、1つだけ気になることがある。

 

 『白ひげのトコのでっぷりとして脂ぎった変な笑い方する最低最悪なヒゲ野郎』。

 

 これは母さんの日記にあった一文だ。これを読んだ時、俺の頭の中には真っ先に『黒ひげ』が思い浮かんだ。何だか表現がドンピシャだったから。

 当時の白ひげ海賊団に、他にもそんな特徴を持っていたヤツがいた可能性は否定しきれない。でも俺は、あの記述は多分『黒ひげ』のことなんだろうな、と思ってる。

 母さんが『黒ひげ』を知ってること自体は可笑しくなんて無い。ヤツは白ひげ海賊団の古株だし、母さんはロジャー海賊団にいたんだから。

 

 けど実はこれって、かなり珍しい。

 母さんだって別に聖人君子だったわけじゃないし、日記内には他人への悪口もそれなりにあった。でもそれは海軍だとか、世界政府だとか、どこぞの王侯貴族だとか、天竜人だとかの集団に対してだ。

 一個人に対してここまではっきりとした罵詈雑言を吐いていたのは、これ以外では祖父ちゃんに対してぐらいなもの。

 それだけ嫌ってたってことなんだろう。俺もあいつは嫌いだし、それはどうでもいいけど……ちなみに、当時の詳しい記述はこうなっている。

 

 『白ひげのトコのでっぷりとして脂ぎった変な笑い方する最低最悪なヒゲ野郎。あいつ最低! 父さんより嫌い!

 それにすっごい強欲な野心家! 野心は結構だけど、それに人を巻き込まないでほしい!

 あたしには関係ないけど、あのまま大人しく白ひげの一味にいるとは思えない。きっといつか何か騒動を起こす。そんな気がする』

 

 うん、1つだけツッコませて欲しい。

 祖父ちゃん、どんだけ母さんに嫌われてたのさ。引き合いに出されてるよ。まぁ……海賊と海兵だし、父親が年頃の娘に嫌われるのは宿命みたいなもんだし、そうでなくともあの祖父ちゃんだし……仕方が無いか。

 そして母さん、鋭いな。鈍感だったわりに、そういった勘は良かったんだね。野生の勘か。

 現状を見れば、母さんのこの予見は大当たりだろう。しかも、これで終わりでもない。

 

 本当に、あの男は何とかならないものかねぇ……。

 

 




 エースのもう一押しは既に意発動済み。バラしちゃったんですよね……アラバスタではスーパーお説教タイムと魔王降臨ががが。

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