麦わらの副船長   作:深山 雅

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第110話 欲張りな女

 俺はエースの所業のせいで気持ちは逸っていたけど、とりあえず大人しくしておくことにした。ドクトリーヌと争っても良いこと無いしな。

 そのドクトリーヌも、もう部屋を出て行ってしまっているけど。多分、ワポル戦を観戦にでも行ったんだろう。

 

 で、俺は俺で暇だから、ダイアルの中にあった薬入りの小瓶とか確認してた。

 そして思うこと……母さん、あなたは何がしたかったんだ?

 

 病気の薬はいい。普通のことだ……まぁ、その中に五日病の薬が混ざっていたのを見付けた時の脱力感は、暫く忘れられなさそうだけど。うん、色んな薬があったよ。

 でも、母さんが独自開発したらしい薬たち。それと、大量のレポート。

 これってアレだよね、母さんの長年の趣味と研究の成果なんだよね?

 でもさ……『無味無臭で遅行性だけどくまも昏倒させられる睡眠薬』とか、そういうのはいつ使う機会があるんだ? 他にも、用途に困るような効能を持つオリジナル薬が多数。

 桜を咲かせようとしていたヒルルク。ランブルボールを作り出したチョッパー。それらと違い、母さんの薬品開発にはまるっきり方向性が見えない。本当に、完全に趣味の範囲での製薬だったのかな?

 

 だが、その疑問はあっさりと解決した。

 ベッドで寝転びながら、溜息を吐いてペラペラとレポートを捲っていくと……最後の1枚にデカデカとこう書かれていたのだ。

 

 『最終目標 +50cm!!』

 

 

 「………………。」

 

 えーと、つまり……身長を伸ばしたかったんだね? けど方法が解らなくて、その過程で様々な薬が生まれた、と………………うん、涙ぐましい。気持ちが痛いほどよく解る。

 けど、50㎝は無謀じゃないのかな……2m超えるんじゃね? いや、3mを超えてるヤツもいるし、ハンコックだって190超えてたはずだしなぁ……そんな夢を持っても可笑しくはないか。

 うわ、何だかこの研究を引き継ぎたい気分だ。でも俺、専門家じゃないしな……チョッパーに協力してもらおうか?

 

 

 

 

 薬について一通り見終わったので、俺は改めて2枚のビブルカードを見てみた。

 

 片方は問題無い。例え誰のものであっても、母さんが『世話になった』相手であり『顔を見せてやってほしい』と言うなら、そうする。尤も、航路を決めるのは船長のルフィだから、いつ達成できるかは解らないけど。

 

 問題はもう片方だよ。

 こっちは、誰のかは解る。固有名詞は無かったけど、多分間違いない。

 けどなぁ……『好きにしろ』って言われても……。

 

 「上着、上着!」

 

 「!?」

 

 頭を抱えて悩んでたら、ルフィが飛び込んできた。

 あ、ルフィにでもやるか! 喜びそうだ! ……って、ダメだ。どうやって手に入れたんだって話になる。流石に『気のせいだ』で誤魔化せることじゃない。

 

 「外が騒がしいな」

 

 特に心配とかはしてないから、大きな物音がしても気にしなかった。でもここに来たなら、一応は聞いておこうと思う。

 

 「あァ、ケンカだよ。トナカイとドングリのおっさんが頑張ってんだ」

 

 お、チョッパー! 『肉』から『トナカイ』に格上げされてるぞ! ドングリのおっさんってのは、ドルトンさんのことだろう。

 ルフィはごそごそと部屋の隅の荷物を漁っている……ってか、この部屋にあったのか、荷物。気付いてなかった。

 

 「ケンカ、ね……問題は無いんだろ?」

 

 「無ェよ。寝てろ」

 

 即答か。まぁ、確かに無さそうだけど。

 だって……さ。

 いくら実力的にチェスやクロマーリモと同等でも、この場にはドルトンさんへの人質になる民衆がいないし。

 サンジも別に怪我をしていないから、参戦することになってもドクターストップは掛からないだろうし。

 ワポルの勝ち目って無くね? それで全然構わないんだけど。

 

 「俺が寝てる間に、何か収獲はあったか?」

 

 何気なく聞いてみると、ルフィは目を輝かせた。

 

 「バケモノだ! バケモノがいたんだ!」

 

 ……お前、自分もバケモノだって、ちゃんと自覚してないだろ。

 

 「バケモノって、あのトナカイのことか?」

 

 「そうだ!」

 

 うわー、すっごい嬉しそう……何てキラキラした笑顔なんだ。

 

 「そんで、おれはあいつを仲間にすることに決めた!」

 

 やっぱりか。そして決めた以上、譲らないんだろうな。

 

 「それには異論は無いけど……出来るだけ早く出航しようよ。伝言を聞いたんだ」

 

 「伝言?」

 

 不思議そうに首を捻るルフィ。フッフッフ、聞いて驚け。

 

 「1週間ぐらい前にこの島に来たある男が、お前とおれの手配書を出して、こう伝言を残したんだって。『もしもこの手配書のやつらがこの島に来たら、おれは10日間だけアラバスタでお前らを待つと伝えてくれ』、だってさ」

 

 折角の伝言なので、一言一句違わずに伝えてみた。俺の手配書の件は絶対に言わないけど。

 

 「おれたちを? 誰が?」

 

 きょとんとした表情からして、ルフィは本当に解っていないらしい。思わずため息が漏れた。

 

 「お前、マジで鈍いな。このグランドラインに、俺らの共通の知り合いなんて何人いる?」

 

 グランドラインに入る前からの、っていう条件が付けば、それこそエースと……後は精々、祖父ちゃんとドラゴンぐらいか? いや、ドラゴンはルフィからしてみれば知り合いと言えるほどじゃないかな? サボはどこにいるのか解んないから保留しとく。

 

 「伝言を聞いたおっさんは、こうも言ってたって言ったぞ。『おれはエース。そのルフィとユアンってのが来たら、そう言ってくれりゃ解る』ってな」

 

 その言葉に目を丸くするルフィ。

 

 「エースがアラバスタにいんのか!?」

 

 何となく興奮状態だ。久しぶりだもんな。

 

 「らしいよ」

 

 だから急ぎたいんだ。余計な情報を撒き散らされる前に!

 

 「うし! じゃああのケンカさっさと終わらせて、バケモノを仲間にして、出航すんぞ!」

 

 これ以上はないぐらいに……ってのは言い過ぎかな? でもとにかく、ルフィはもの凄くやる気を漲らせている。

 あ、そういえば。火とマグマのこと、調べようと思ってたんだ。う~ん、城内の本でも漁るか? でもそんなことが書かれた本なんて、そんなに都合よく転がってるか?

 

 「そうだ! ユアン、おれの服知らねェか? 城までは着てきたはずなのに」

 

 ルフィが荷物を漁ってた手を止めた。

 

 「俺も知らないぞ? 見てないし……何なら、俺の服持ってくか?」

 

 お馴染み(?)、フード付きコート。オレンジの町やグランドラインの航海1本目、ウィスキーピークでも着てた。よく覚えてないけど今回もこれを着てここまで連れて来られてたらしくて、すぐそこの椅子の背に掛かっている。

 

 「いいのか?」

 

 言うや、ルフィはすぐさまそれに袖を通した……何だろう、この空しさは。

 俺にはぶっかぶかのコートが、ルフィにはピッタリだ。それを目の当たりにしたこの空しさは何だ?

 見なかったことにしよう。俺はぶんぶんと頭を振った。

 

 「意外にあったけーな、これ」

 

 ルフィは感心してるけど、当然だ。元々、顔を隠すためだけに買ったんじゃない。薄手ではあるけど、ちゃんと防寒にも使えるようなのを選んだんだから。

 

 「よし! んじゃ、行ってくる!」

 

 ルフィは防寒対策が終わると、さっさと外へと駆けて行った。

 多分、あのコートは無事に戻って来ないだろうけど……でもまぁ、別にそれでルフィに対して損害賠償を求める気は無いから、ナミに借りるよりはいいだろ。

 

 

 

 

 ルフィが出て行ってからすぐの頃に、別の来訪者があった。

 

 「ユアン、起きてる?」

 

 ナミ・ウソップ・ビビの非戦闘員(?)トリオだ。

 

 「起きてるけど……どうした?」

 

 返事を返すと、扉の端からこっそりと顔だけを覗かせてたのが全身で中まで入りこんできた。

 

 「言われたでしょ? しばらく安静にしてろって」

 

 3人を代表してか、ナミが口を開く。頷く俺に、ナミは急いだように

 

 「でも、3日も拘束されちゃたまんないわよ! 先を急ぐのに! だから、ドクトリーヌがいない今のうちに逃げちゃいましょ!」

 

 エスケープだ!

 でもなぁ。

 

 「無駄だと思うよ? ルフィがさ、あのトナカイを仲間にするんだって言ってるから。俺たちが逃げた所で、船長無しじゃあ出航出来ないだろ?」

 

 「じゃあ、チョッパーを拉致ってさっさと行けばいいじゃない」

 

 ナミが悪人だ! 拉致って! さらっと拉致って……いい案かもしれない。ケンカが終わったら、チョッパーを浚ってさっさとメリー号に戻るか。

 許せチョッパー、これも早くエースを止めるためで………………いやいや、俺は何を考えてるんだ! 違うだろ、ビビのためだろ! 

 それに、出来ることならドクトリーヌへの不義理も控えたい。あの人だって、母さんが世話になった人だし。

 よし。誤魔化して時間を稼ごう。

 

 「まぁ待ちなよ。そんなに慌ててもどうにもならないって。ここは城なんだぞ?」

 

 ニヤリ、と。いかにも悪そーな笑みを浮かべてみた……そしたら、ウソップにドン引かれた。何もそこまで過剰反応しなくてもいいじゃないか。

 

 「城には、宝物庫が付き物だろ?」

 

 「宝物庫を探すわよ!」

 

 ナミの目がベリーになった! 何という変わり身の早さ!

 呆れたような顔をしたウソップとビビも含め、俺たちは4人で宝物庫を探すことになった。俺はその傍ら、色々と本も物色するつもりだけどね。

 

 

 

 

 一歩部屋から出ると、そこには白銀の世界が広がっていた。

 

 「病人にはありがたくない城だなァ」

 

 流石に寒いよ、これは。

 腕をこすりながら白い息を吐いていると、ウソップが呆れたように俺を見た。

 

 「じゃあ、上に何か着ろよ」

 

 その忠告は尤もだ。俺ってば今、シャツ1枚。けどこれには理由がある。

 

 「しょうがないだろ? 俺の上着、ルフィに貸しちまったんだから」

 

 あれ1枚しか持ってなかったんだよな、コート。ウソップが『ブラコンめ』とか何とかブツブツ言ってるけど、気にしない。

 

 「そんなことより探索だ、探索」

 

 気持ちを切り替えて、俺はみんなを促した。

 その時だ。

 ドン! という砲撃音が響いたかと思った次の瞬間、城が揺れた。

 

 「何!? 何なの!?」

 

 城が大きいからか揺れはそう強いものじゃなかったけど、人の動揺を誘うには十分だったらしい。ナミが慌てたような声を上げた。

 

 「ケンカの余波だろうね。……何だ、知らなかったのか?」

 

 ケンカの一言に、3人とも目を丸くした。あぁ、ルフィが俺のトコに来たからかな?

 

 「ケンカって……誰と?」

 

 ビビから当然の疑問が出た。

 

 「ワポルってヤツがここに向かってるらしいから、それじゃないかな?」

 

 「ワポルって、この国の元国王の?」

 

 その返しに、今度は俺が驚いた。

 

 「知ってんの?」

 

 聞き返すと頷く3人。あれ? 俺だけハブ?

 

 「この城までの道中、ドルトンさんに事情を聞いたのよ。ちょうどあんたが意識不明だった頃ね」

 

 なるほど納得。

 頷いていると2度目の砲撃音が響き、また城が揺れた。

 

 「おいおい、大丈夫なのかァ!? 城が崩れたりしねェよな!?」

 

 ウソップは今日も絶好調にネガッ鼻だった。俺は肩を竦める。

 

 「大丈夫だろ。城が崩れるほどの衝撃なら、もっと壁とかも壊れるはずだ……けど、随分と上の方だったな」

 

 まず間違いなく、旗が攻撃を受けたんだろう。

 

 「心配なら、様子を見てみるか? 窓を開けて身を乗り出せば、多少は見られると思うけ」

 

 思うけど、と言いたかったんだけど、言い終わる前にウソップは部屋に引き返していった……ネガッ鼻め。勇敢なる海の戦士って、もっとどっしり構えてるもんじゃないのか? 

 でも実際の所、ウソップの思い描く『勇敢なる海の戦士』ってどういう風なんだろう? ヤソップ? それともドリー&ブロギー? 

 

 話が逸れた。

 ウソップほど慌ててはいないけど、ナミとビビも確認したいのか部屋に戻った。まだ探索に出ないなら、俺も戻ろう。寒い。

 って、戻ったけどんまり意味は無かったな。窓が大開になってるし。

 俺もひょっこりと窓から顔を出して城の上の方を覗いてみる。そしたら1番上の屋根が少し崩れ、そこでルフィが少し焦げながら旗を掲げているのが見えた。

 コート……やっぱり、無事じゃ済まなかったな。袖も破れてるし。

 

 「これがどこの誰の海賊旗か知らねェけどな」

 

 ルフィがいつになくマジな顔つきになっている。距離はそこそこあるはずなのに、その声がしっかりと聞こえてきた。

 

 「これは命を誓う旗だから、冗談で立ってるわけじゃねェんだぞ!」

 

 それはそうだけど、攻撃されたのが自分ではなく他人の旗なのにそこまで本気になれるってのが、ルフィの凄いとこだと思う。

 

 「お前なんかが、へらへら笑ってへし折っていい旗じゃないんだ!!」

 

 視線を下に移してみると、ワポルとチェスマーリもだろう2人がその怒気に完全に気圧されていた。無理も無いか、まるで空気が震えてるようにも感じられるし。

 まさか、これも覇王色だったり……んなわけないか、流石に。

 

 「どうやら、心配無さそうだな」

 

 あの程度で城が崩れるなんてあり得ないし、ケンカの方も問題無いだろう。というわけで。

 

 「窓、閉めるぞ。寒い」

 

 正直、本気で凍えてきた。俺のその様子に気付いたのか、3人も慌てて身を引く。

 窓を閉めると風も雪も入ってこなくなった。あぁ、あったかい。暖炉の火も点いてるしね。

 

 「じゃあ、宝物庫を探すわよ」

 

 しかし平穏はあっさりと崩された。

 

 「………………」

 

 結局、俺は凍える運命なのか。

 

 

 

 

 けれど、肝心の宝物庫がどこなのか解らない。だから探すんだけど……あ、そうだ。

 

 「ビビ、宝物庫ってのは城のどの辺にあるもんなんだ?」

 

 ここには現役王女がいるじゃないか。雪の積もった廊下を歩きながら聞くと、ビビは少し考えてから口を開いた。

 

 「城の奥の方じゃないかしら? 入口付近には無いと思うけど……」

 

 なるほどねー……って、範囲広ッ!

 そんな広範囲の探索、やっぱり耐えられん!

 

 「悪いけどさ。宝物庫探す前に、何か上着が欲しいんだけど」

 

 俺はちょっと震えている声でそう発言した。

 

 「じゃあ、私が使ってた部屋がそこだから、何か探してみる?」

 

 ナミがすぐそこの扉を指差した。俺の使ってた部屋とは少し離れてたんだな。

 その提案に乗っかって部屋を漁ってみたんだけど、結局上着は見付からなかった。毛布ならあるけど、あの積雪がある廊下を毛布引き摺りながら歩くのはなぁ……いや、この際そんな贅沢を言ってる場合じゃないか。

 俺はベッドの上の毛布を1枚失敬して、それを羽織るとみんなで部屋の外に出た……けど、そのすぐ後のことだ。

 

 「おれ様の城に、何をしやがったァ!!」

 

 階下から耳障りな叫びが聞こえてきて、俺たちは下を覗き込んだ。

 

 「あれってさっきいた外にヤツよね?」

 

 「な、何で中に入って来てんだ!?」

 

 「見覚えがあるわね……そうよ。確かに昔、王たちの会議で見たことがあるわ。」

 

 「レヴェリーか?」

 

 そういえばその時の会議で、ルフィの父であり我が伯父、ドラゴンの話題が出てたんだっけ。確かそのレヴェリーは6年前……頑張ったよなぁ、ドラゴン。10年前には『力が足りない』って嘆いてたのに。

 俺も世界政府は嫌いだから、つい、いいぞもっとやれと思ってしまう。

 1人しみじみと感慨に耽っていると、いつの間にか他3名が身を固くしていた。

 何しろ俺たちの視線の先のは、元ドラム王国国王ワポルがいるのだから。

 

 


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