麦わらの副船長   作:深山 雅

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第111話 ヒルルクの桜

 うわー、会っちゃったよワポル……すっごいウザいから嫌だったのに。

 

 「あれは敵の顔ね」

 

 ナミが呟いてるけど、俺はツッコミたい。

 

 「お前、顔で敵味方の判別がつくのか?」

 

 もしそうだとしたら、W7では何もせずともCP9が敵だって解っちまうって。

 まぁ、確かにワポルの場合はあからさまに『悪そうな顔』してるけどさ。

 そんなやりとりをしていると、不意にワポルが頭上を見上げた。

 

 「ん?」

 

 げ、目が合った!

 

 「まっはっは! 貴様らァ! さてはあの麦わらの仲間だなァ!?」

 

 うげぇ、変な笑い方。面倒くさい。

 誤魔化しちまおうかな、体力も満足に戦えるほどに回復してないし……俺が内心で計画(?)を立てていると、背後からとても元気のいい返事が聞こえてきた。

 

 「そ、そそそそれがどうした!」

 

 「来るなら来なさいよ!」

 

 ………………え~と、ウソップ? ナミ?

 お前ら、人の背後に隠れながらそんな威勢のいいセリフを吐くのはどうかと思うよ? ウソップに至ってはめっちゃどもってるし。足も震えてるし。

 って、盾!? 俺は盾なのか!? 病み上がりなのに!

 うぅ、1人だけそのノリに付いていけず困惑しているビビにちょっとだけ癒される。

 

 「やっぱりそうかァ!! そこを動くな!!」

 

 ワポルはそりゃあもう忌々しい表情で叫ぶとこっちに向かってきた。もっと言うと、柱をよじ登ってきた。

 

 「……動くな、って言われて本当に動かないヤツっているのかな?」

 

 ワポルが登っている最中、もの凄くどうでもいいツッコミが思い浮かんだので口に出してみる。

 そして勿論、そんなヤツがいるはずない。俺は今まさに、それを思い知った。

 ポロっと出たツッコミに何も反応が返ってこないもんだから嫌な予感がして振り向いてみると、ナミもウソップもビビもいなくなっていた。

 あいつらときたらいつの間に逃げだしたのやら、既にその姿は廊下の向こうだった……って、逃げ足早ッ!?

 

 「じゃあね、ユアン!」

 

 ナミはまだ戸惑っているビビの腕を左手で引きながら、遠くからスチャッと空いてる右手を上げた。

 

 「後は任せた!」

 

 ウソップまで一緒になって走り、こっちはグーサインで健闘を祈っていた。

 

 「………………」

 

 何だろう、スケープゴートにされた気がする。

 俺……病み上がりなのに……むしろまだ治りきってないのに……しかもこんな、毛布でもこもこ状態なのに。

 

 「まっはっはっは! 覚悟するんだなァ!」

 

 うげ、そうこうしてる間にワポルは登りきっていた!

 あぁ、もう! 鬱陶しい! 笑い声が耳障り!

 それにあの被ってる毛カバの毛皮! ワポルが着てるってだけであの顔まで憎たらしく思えてく………………毛皮? 毛皮!?

 よし、決定!!

 

 「剃!」

 

 俺は毛布を脱ぎ捨てて狙いを定めると、剃で一気に間合いを詰め。

 

 「な!?」

 

 バカ笑いを続けていたワポルからお目当てのブツをブン盗った。

 

 「うわ。結構あったかいじゃん、コレ」

 

 毛皮、ゲットだぜ! あぁ、ここにチョッパーがいれば! ……ゴメン、ちょっと悪乗りした。

 毛皮の方も、無造作に引っ張ったせいかちょっと破れてしまった。でもこれくらいならいいや。

 いやー、毛布よりもこっちの方がいいね! ワポルとセットじゃなくなったからか、毛カバの顔も愛嬌があるように思えてきた!

 さて。

 

 「じゃ、そういうことで!」

 

 ついでに後1つスッといたし、もうあいつに用は無いや。逃げよう。

 余裕ぶっこいてるように見せてるけど、ぶっちゃけまだ体力が戻ってない。さっきの剃ですら結構ギリギリだったんだ。しかも、やりにくいことこの上無かった。床が凍ってて滑るし、雪に足を取られそうになるし。無理はしないに越したことないな。

 俺はナミたちが逃げたのとは逆方向に向けて走った。

 

 「待て! コケにしやがって、このガキ!」

 

 あ、ワポル追いかけてきた。

 チッ、いつもなら剃で引き離して撒くのに。いや、病み上がりでなければ逃げる理由なんて無いから、むしろ蹴っ飛ばしてるか。

 そのまま真っ直ぐ走って行ったら階段があり、俺はそれを使って階下に降りる。当然ワポルもバカ正直に追いかけてきたけど。

 

 「ウゲッ! ウ……最近、ちょっと太りすぎたか!?」

 

 メタボなワポルには階段に入る穴が小さかったらしく、ものの見事に挟まってしまっていた。そりゃもうガッツリと。

 ほんの数ヶ月前までは自分が暮らしていた城のハズなのに、そんなアホらしい不都合が生じるなんて……太ったのは『ちょっと』どころじゃないと思うぞ? 海を流離ってたはずなのに、どんな暴飲暴食をしたんだか。

 けどワポルの食習慣なんてどうでもいいし、俺はそのまま最下層まで下って行った……ら、そこにあの3人を見付けた。何だ、あいつらも下に降りてたのか。

 取りあえず腹いせに、ウソップを殴っておいた。何故相手がウソップか? 1番近くにいたからです。

 勿論、手加減はしたよ。そもそも本気なら、『殴る』じゃなくて『蹴る』だし。それで更に手を抜いたんだから、二重の手加減。当然、そんな一撃じゃあウソップも痛がる程度である。

 

 「な、何すんだ!」

 

 涙目で訴えるウソップだけど、それはこっちのセリフだ。思わずため息が出る。

 

 「お前らがあいつを挑発したんだろうが。人に押し付けるな……こっちは病み上がりなんだぞ?」

 

 病み上がり、という部分でハッとしたのか、ナミもウソップも少しバツの悪そうな顔をした……まさか忘れてたのか、お前ら!?

 

 「ま、それはそれで別にいいけど。もう発散したし……ところで、そんなにのんびりしてていいのか?」

 

 尋ねてみると、3人は首を捻った。あのなぁ。

 

 「あいつ、俺のこと追いかけて来てるんだぞ? 巻き添えになりたいんならいいけど」

 

 いや、巻き添えを食らってるのはむしろ俺なんだけどね。毛皮は盗んだけど。

 ビビの表情が強張り……ビビは本当の本当に巻き添え食らってるだけだよな。可哀そうに……ウソップが『叫び』状態になり、ナミが頭を抱えた正にその時、ドンドンという音を立ててバケツ(?)が階段を転がり落ちてきた。

 バケツは落ちてきたかと思うと、『げほっ!』だの『ぐへっ!』だの『バキバキバキ!』だなどという聞いてて楽しくない音を発していたが、それもほんの数秒だった。

 

 「完了……奇跡の骨格整形術!」

 

 ……あれ、骨格整形? 

 

 「スリムアップワポール!!」

 

 再登場したワポルは、もの凄くスリムになっていた。いや、スリムなんてもんじゃない。体型そのものが変わっている。

 あれが……骨格整形の力……!

 

 「何アレ! 逃げましょ……って、ユアン?」

 

 ナミが慌ててるけど、今の俺はそれどころじゃない。

 

 「骨格整形……あいつ、背も伸びてる………………その手があったか!!」

 

 「心惹かれてる場合かァ!?」

 

 今日もウソップのツッコミのキレは鋭い。

 確かにウソップの言う通りではあるんだけど、何だか光明が見えたような気がして、つい……いかんいかん、自重しなければ。

 

 「逃がさんぞォ!」

 

 しまった、思考がズレてる間にワポルが体勢を整えてた。今にも飛びかかろうとしてる……あ、でも心配無さそうだな。

 

 「見っけ」

 

 ワポルを挟んでその向こう、ルフィが構えてるのを見付けた次の瞬間には、ワポルはゴムの足で思いっきり蹴り飛ばされていた。

 

 「ヌベェ!!」

 

 ……蹴っ飛ばされる顔まで腹が立つな、コイツは。

 

 

 

 

 ルフィに思い切り蹴り飛ばされたワポルは、そのまま城の壁に激突した。

 

 「あり? あいつあんなに細かったっけ?」

 

 まぁ、ルフィの疑問は当然だろう。でも答えるのが面倒だからスルーしよう。

 

 「ナミすわぁん! ビビちゅわぁん! 無事か~い!!」

 

 サンジも来たよ。目が♡のメロリン状態で。思いっきりスルーされてるけど。そりゃあまぁ、サンジのあの状態よりも目の前の敵の動向の方が気になるよな。

 

 「まっはっはっはっは!! そこまでだ貴様らァ!!」

 

 目の前の敵……ワポルがまたもやバカ笑いを始めた。ルフィに蹴っ飛ばされたってのに丈夫だな。

 ワポルは他よりも数段大きな扉の前で仁王立ちしている。

 

 「ここは武器庫だ! 鍵はおれだけが持っている!!」

 

 ワポルの作戦。それは、武器庫の武器を食べて世にも恐ろしい人間兵器となること! ……って、言われてもね。

 

 「その鍵って、これか?」

 

 俺はさっき、毛皮を強奪した陰でスッた鍵を掲げて見せた。

 ゴメンナサイ、ナミの活躍を奪いました。けど言い訳をさせてもらうなら、あの流れではもうナミとワポルは接触しないと思ったもんだからさ。

 

 「「「「「「………………」」」」」」

 

 え、何この沈黙。

 

 「か、重ね重ね…………この、コソ泥がァ!!」

 

 ブルブルと震えながら怒鳴るワポル。しかしその発言には頷けない。

 

 「コソ泥とは何だ! 堂々と盗んだぞ! 俺は海賊だからな!」

 

 オレンジの町でのゾロの発言と少し被ってる気がしないでもないけど……まぁ、些細なことだ。どん、と胸を張って宣言してみた。

 どっちにしろ犯罪者には変わり無いがな!

 

 「く……まだだ! まだ奥の手はある!!」

 

 「あ! 待て!!」

 

 逃げるワポルと追うルフィ。ルフィも剃を使わないところを見ると、多分外で戦ってる時に滑るなり何なりしたんだろう。2人は、上へ上へと登って行った。

 

 「それ、武器庫の鍵ですって?」

 

 ワポルに関してはルフィに任せることとして納得でもしたのか、立ち直ったナミが俺の手元を覗き込んできた。

 

 「つまんない。宝物庫の鍵だったら良かったのに」

 

 相変わらずのバイタリティに、俺としては苦笑するしかない。

 

 「これが目に付いたもんでさ。武器だってバカにならないぞ、売ればいい収入になる」

 

 「って、盗む気か!?」

 

 ウソップも復活した。天性のツッコミなんだろうな。ボケを発見すればツッコまずにはいられないっていう。いや、俺としては別にボケたわけじゃないんだけど。

 あ! そうだ、それよりも! 

 

 「俺、ちょっとドクトリーヌと相談してくるよ」

 

 ケンカも終盤みたいだし、問題無いだろう。

 

 「入院期間の短縮を要求してみる。それと、ドクトリーヌなら骨格整形が出来るかもしれないし」

 

 言うと、ナミが頷いた。

 

 「そうね。こっちは宝物庫を探しとくわ」

 

 やっぱり探すのか、宝物庫。

 

 「いや、骨格整形はどうでもいいだろ」

 

 ウソップのツッコミなんて聞こえない。聞こえないったら聞こえない! 俺の発言なんて、ナミやビビみたいにスルーすればいいのに。サンジは……そもそも聞いてないね。

 待てよ? サンジ?

 そうだよ。整形するなら、この顔も何とか出来るんじゃないか!? ワンゼやデュバルみたいに! ……いや、やめよう。痛いの嫌だから。

 

 

 

 

 結論だけ簡潔に述べよう。

 城内に戻ってきたドクトリーヌに聞いた結論。骨格整形は無理。しかもその昔、母さんにも同じことを聞かれて同じ答えを返したらしい。

 絶望した! 整形の限界に絶望した! ……ゴメン、ちょっと悪乗りした。しかも本日2度目の悪乗り。

 落ち着け、よく考えろ。俺は10代まだ10代現役の成長期! これから伸びるきっと伸びる絶対伸びる! 目標はルフィ(172㎝)を超えて、出来ればエース(185㎝)も超えること!

 

 「よし、復活!」

 

 俺は立ち直った。けど、そんな俺にドクトリーヌは冷ややかだった。

 

 「お前、解ってるのかい?」

 

 何だか呆れきっているようなドクトリーヌの声音に、俺は虚を突かれた。

 

 「? 何がですか?」

 

 聞き返すと、やれやれ……と言わんばかりに肩を竦められた。

 

 「ルミナもそうだったが、お前も背を伸ばしたいんだね?」

 

 俺は無言で頷いた。まぁ、今までの俺の言動からしてその願望は丸わかりだっただろうから、知られていても不思議じゃない。

 

 「あの子はそれで良かっただろうけどねェ……お前さんは背が伸びれば、ますます父親に似ることになるよ」

 

 「…………………………」

 

 え、何その究極の2択。

 でも……うん。言われてみればそうかもしれない。

 俺は愕然とした。八方塞がりに陥った気分だ。まるで、さっきのとは比じゃないほどの絶望を見たような。

 あ…………立ち上がる気力も湧かない………………。

 

 「……せめて治療代は帳消しにしてやるから、シャキッとしな!」

 

 俺の屍化は傍目から見ても相当酷かったらしい。ドクトリーヌが、ドクトリーヌらしからぬ提案を以て喝を入れてくれた。

 わーい、交渉もせずに治療代が帳消しになったよー……あんまり嬉しくないけどな!

 って、どっちにしろ項垂れてる場合じゃないんだ。入院期間の方の交渉もしなければ。大丈夫、気持ちを強く持てばこの世に立ち上がれない出来事なんて無いんだ!

 

 「ついでに、俺たちの入院期間も短くして下さい。というより、今すぐ退院させて下さい」

 

 むくりと身を起こして訴えるけど、ドクトリーヌはそれには応えてくれなかった。

 

 「バカ言うんじゃないよ。さっきも言ったはずだ。あたしの前から患者がいなくなる時は、治るか死ぬかだってね」

 

 そこは医者として譲れない部分なんだろう。取りつく島も無いとはこのことだ。

 でも、ここはあの鍵の出番! ……何度もナミの活躍を奪ってゴメン。けど、こんなの誰がやったって同じだろうし。

 直にケンカが完全終結すれば、ルフィはチョッパーを勧誘するだろう。ルフィがその気になれば、仲間にするまで諦めたりしない。チョッパーが海に出るとなれば、ドクトリーヌはヒルルクの桜を咲かせるために武器庫の鍵を求めるはず。

 そしてそれは予想通り。

 暫くの後。ドクトリーヌは武器庫の鍵をご所望になったのだった。

 

 

 

 

 ドクトリーヌとの交渉も終わり、俺は目ぼしい書物を出来るだけ集めた。航海中に船で読もう。

 あ、でも、ウィスキーピークでの戦利品の目録作りも終わってないんだよね。それに、出来れば鍛練もしたいし……やりたいことが多いなぁ。

 溜息を吐きながら城の外に出てみると、もう夜になっていた。満月が綺麗だ。

 雪も降ってるな。通りで寒いはずだよ。

 

 「おーい、トナカイー! 一緒に海賊やろうーっ!」

 

 追いかけている内にチョッパーを見失ったのか、ルフィがキョロキョロとしながら叫んでいた。

 その向こうでは、ナミとウソップとサンジが風呂敷包みを背負っていた……うん。

 

 「宝物庫、見付けたのか?」

 

 ビビにまで盗品を持たせなかったのは、最後の(?)良心ってヤツか?

 俺は4人に近寄って尋ねてみた。

 

 「見付からなかったわよ。だから、武器を少しくすねてきたわ」

 

 「本当にやったのか」

 

 堂々と宣言するナミに、思わずツッコんだ。そりゃあまぁ、言い出したのは俺なんだけど。

 けど……何だ? ナミがどんどんたくましくなっていってないか?

 

 「トナカイーッ!」

 

 そんな傍ら、ルフィの呼びかけは必死だ。

 

 「諦めろよ、ルフィ。これだけ呼んでも探しても出て来ねェんだぞ」

 

 ウソップが眉を顰めながら言うけど、ルフィと『諦める』ってのは対極に位置する事柄だと思う。

 

 「無理強いすることねェだろうが」

 

 サンジもウソップと同意見らしい。それらに対して、ルフィはムッとしたように言い返した。

 

 「おれはあいつを連れて行きてェんだ!」

 

 ……ふむ。

 

 「じゃあ、拉致ろうか」

 

 「「黙ってろブラコン!」」

 

 冗談で言っただけだったのに、ナミとウソップに鉄拳でツッコまれた。ツッコミが『ブラコン』ってどんなだよ。

 

 「トナカイーッ!」

 

 ルフィ……せめて、何かリアクションが欲しかったぞ。

 そんな、周囲を意に介さないほどの呼びかけが功を奏したのか、やがてチョッパーが出て来た。

 けれどチョッパーは、無理だと言う。

 

 「だっておれは、トナカイだ! 角だって蹄だってあるし……青っ鼻だし!」

 

 青っ鼻が何だ。人間ではあるけど、20年以上も海賊やってる赤っ鼻だっているぞ? って、今はその話はどうでもいいか。 

 とにかく、チョッパーが何を言いたいのか。要は『自分は他と違う』ってことだろう。多分その感覚を覚えた者は、大きく分けて2種類に分かれると思う。優越感に浸るか、孤独に苛まれるか。チョッパーの場合は後者だ。

 色々と考えてしまえば難しい問題だろう。けれど、単純に考えればすぐに解決する問題でもある。

 

 「うるせェ! 行こう!!」

 

 そんな一言で、解決してしまうのだから。

 

 

 

 

 ドクトリーヌに最後の挨拶をしてくるというチョッパーを見送り、俺たちは城の外で待っていた。チョッパーが来ればそのまま下山してすぐにアラバスタへと向かうんだ……あれ? 何かを忘れてる気がするよーな……。

 

 「ヤボなんだから。別れの夜に、どうして静かにしてられないのかしら」

 

 ナミが溜息を吐いているのに気付いて耳を傾けていると、確かに場内から阿鼻叫喚地獄のような絶叫が響いていた……これ、ヤボとかそんなレベルの話じゃないんじゃなかろうか。

 それでも俺たちにはそんな叫び、今のところは関係ない。なのでわりとのんびりした空気を保ちながら待ってたんだけど。

 

 「あー、来たなチョッパー」

 

 チョッパーは雪煙を上げながら獣形態でそりを引きながら出て来た。

 

 「追われてる!?」

 

 その驚きの声は誰のものだったのか、正確には解らなかった。

 だが、確かにチョッパーは追われていた。その背後からドクトリーヌが髪を振り乱し、包丁を乱打しながら追いかけていた。

 

 「待ちなァ!!」

 

 ………………あれが山姥というヤツか? 正直、解ってても怖い。何も知らないみんなには尚更だったらしい。

 

 《何ィ~~~~~!!!》

 

 全員そろって『叫び』状態になった。

 結局俺たちは、チョッパーが引くそりに飛び乗って一気に下山することとなった。

 

 

 

 

 慌ただしい別れだったけれど、ドクトリーヌ。

 色々と、どうもありがとうございました。

 

 

 

 

 ロープウェイのロープを伝い、そりは一気に駆け下りる。満月に照らされながらのそれは、傍から見ればまさしく『魔女』の光景なんだろう。俺から言わせてもらえば、サンタクロースだけど。

 それはまるで、安全バーの無いジェットコースターだったよ。機会があればもう1度やってみたいもんだね。

 山は降りきり、そりは森の中を走っていた。だがその時だった。

 今さっき降りてきたドラムロッキー、そこから何発もの砲撃音が響いてきたんだ。

 

 「何だ!?」

 

 突然のことに驚き、そりも止まる……そりゃ、チョッパーが立ち止まればそりも止まるって。

 驚き振り返った、その時には背後には何も変化は無いように見えた。何しろ月夜とはいえ時刻は夜、辺りは暗くてよく見えない。

 けれどそれも、山頂がライトアップされるまでのことだ。

 

 「ウオオオオオオオ!」

 

 チョッパーの叫びは何も知らないヤツが見れば、幻想的な光景の前にはそぐわない、無粋なものとも言えたかもしれない。けれど少なくとも今この場には、そんなことを考える者はいないだろう。

 

 「ウオオオオオオオ!」

 

 ボロボロと零れる涙が、何よりも正直にチョッパーの心情を表していた。

 それにしても……。

 

 「すげェ……」

 

 ルフィの呟きは思わず漏れたものだろうけど、俺も同意見だ。むしろ、元日本人としてはより強く惹きつけられるような気すらする。

 ヒルルクはよくもまぁこんなことを考えたもんだよ。

 雪で桜を表現しよう、だなんて。

 考えてみれば似てはいる。雪が舞い落ちる様は桜吹雪に通じるものがあるし、色さえ着けば遠目には桜にしか見えない。ドラムロッキーのように直線的な山ならば、幹にも見立てられるし。

 

 「ウオオオオオオオ!!」

 

 冬の雪山に桜を咲かせる。勿論、本物の桜じゃないけど、重要なのはそんなことじゃない。それぐらいに息を飲むほど美しい情景を表現できればいいわけで、今俺たちの目の前に広がるそれは、条件を十分に満たしている。

 

 

 

 

 ヒルルクの桜は、俺がこれまでに見てきた中でも特に心に残る、美しい『桜』だった。

 

 


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