麦わらの副船長   作:深山 雅

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第116話 兄弟たちの現状

 俺たちは他愛もない雑談に花を咲かせながら食事を進める。

 そして、互いに食べ終わった皿をうず高く積み重ね、やがてエースがピラフらしきものを食べている時にアレは起こった。

 

 「………………」

 

 パタンと。

 そりゃあもう糸の切れた人形の如く、何の前触れも無くエースは食事に顔を突っ込んだ。

 要するに、寝た。

 

 けどまぁ、俺は慣れてる。久々ではあるけれど前はこんなことは日常茶飯事だったから、気にせずに自分の食事を続けてたんだ。でも周囲……この場合はメシ屋の客たちや店員だけれど、彼らにとってはただならない出来事だったらしい。突然の出来事にざわめいている。

 

 「おい君! その男から離れた方がいい!」

 

 結構美味い食事を作ってくれる店主が、焦った様子で俺に忠告してきた。

 

 「砂漠のイチゴを口にしたのかもしれない……危険だ」

 

 砂漠のイチゴ? 確かそれって。

 

 「砂漠に住む毒グモですか?」

 

 ぼんやりと覚えていたから確認してみると、神妙な顔で頷かれた。

 

 「見ろ、食い物を持ち上げたままの姿勢で死んでいる」

 

 いや、勝手に殺さないでよ。確かに変な体勢だけど。

 

 「砂漠のイチゴを口にしたら、数日後に突然死しちまう……しかもその死体には数時間、感染型の毒が巡るんだ。離れた方がいい」

 

 いやだから、勝手に殺さないでって……ま、いっか。説明するの面倒くさいし。それに、どうせすぐにエースも起きるだろ。今はこの食欲を満たす方が先だ。

 

 「それより、おかわり貰える?」

 

 《人の話聞いてんのかァ!?》

 

 本当に美味いから頼んだのに、返ってきたのは手厳しいツッコミだった。しかも話してた店主だけじゃなくて、周囲の全員から。けど結果的に、そのツッコミが功を奏した。

 

 「ぶほ!?」

 

 どうやら煩かったらしくて、エースが起きたのだ。

 

 「ん」

 

 「おぅ」

 

 キョロキョロと顔を拭くものを探していたようだったから、持ってたハンカチを渡しておく。

 

 「ふぅ。いやー、まいった……寝てた」

 

 《寝てたァ!?》

 

 うぉ、再びツッコミが!?

 

 「あり得ねェ、食事と会話の真っ最中に!?」

 

 「しかも続きを噛み始めた!」

 

 そりゃそうだろ、食べてる途中だったんだから。

 

 「何だ、この騒ぎは?」

 

 もぐもぐと食事を続けるエースに聞かれたから、答えておく。

 

 「この店はコントの練習場なんだって。ツッコミの強化特訓してるんだよ」

 

 その答えが真実とは限らないが。

 

 《んなワケあるかァ!!》

 

 えー、でもそれぐらいツッコミのキレが半端ないよ?

 けど俺としても、いきなり隣で寝られると突っ込んだ皿の中身が飛んでくるからあまり嬉しくはない。なので再び寝ようとした時には止めました。

 そんな騒動も経て、エースが俺より先に食事を終わらせた頃のことだ。

 

 「……よくもぬけぬけと公衆の面前でメシが食えるもんだな」

 

 げ、この声は。

 

 「白ひげ海賊団2番隊隊長、ポートガス・D・エース」

 

 出たなストーカー! ……じゃない、スモーカー! でも俺には気付いてないみたいだね。まぁ髪染めてるし、顔も見られてないし。よし、このままスルーしよう。

 あれ? でもスモーカーが来たってことはそろそろ……。

 

 「し、白ひげ海賊団!?」

 

 「そういやあの背中のマーク、見たことあるぞ!?」

 

 あーうん、そうなんだよね……この刺繍さえなければ、スモーカーもエースに気付かなかったと思うんだけどな……エース、どんだけ『白ひげ』好きなの? 実の親父を憎んでる反動で、心の親父をより慕いまくってるのかな?

 

 「名の知れた大物がこの国に一体何の用だ?」

 

 スモーカーは忌々しげだ。そりゃそうか、確かに大物だもんな。

 

 「……探してたんだ。弟たちをな」

 

 1番探してるのは『黒ひげ』だろうけど、その辺の詳しい事情をわざわざ海軍に伝える気は無いんだろう。椅子ごとクルッと振り向いたエースは不敵な笑みを浮かべている。俺は自分の存在がバレると色々面倒なことになりそうな気がするから、食事を続けることで振り向かないことを誤魔化す。でもその様子を横目で眺めてはいた。

 睨み合うエースとスモーカー、その緊迫した空気に飲まれて静まり返る店内。そんな中1人堂々と食事を続ける俺は相当浮いてる気もするけど、今度は誰もツッコまない。それどころじゃないからだろう。ピリピリとした空気が流れている。

 

 「で? おれはどうしたらいい?」

 

 「大人しく捕まるんだな」

 

 「却下。そりゃゴメンだ」

 

 そりゃそうだろう。海賊が捕まれと言われてあっさり捕まるのなら、そもそも大海賊時代になんてなってないだろう。

 スモーカーの方もそれは解っているから、エースににべもなく断られても気落ちなんてしていない。

 

 「ま、そりゃそうだろうな……おれは今、別の海賊どもを探している。正直お前の首なんかには興味は無ェ」

 

 うわー、熱烈。嬉しくないけど。

 

 「んじゃあ見逃してくれ」

 

 「そうはいかねェ」

 

 俺が見える範囲はエースまで。スモーカーは視界に入ってないから様子は解らないけど、それでも戦闘態勢に入りつつあるんだろうなというのは気配で解る。

 やめてくれよな、室内で。しかも、俺まだ食べてるのに。

 

 「おれが海兵で、お前が海賊であるかぎりな」

 

 海兵だって言うなら周囲の迷惑考えてくれ。こんな所で能力を使おうとするな。

 

 「つまんねェ理由だ……楽しくいこうぜ」

 

 エース、お前、挑発してるだろ………………ん?

 

 「ゴムゴムの~~~~~~~」

 

 あー、遠くの方から微かに声が聞こえるなー。でもエースとスモーカーは互いに見詰めあってるから気付いてない……うん。

 

 「エース」

 

 俺は少し食べるのを止めて隣に声を掛けた。エースはスモーカーから意識は逸らさず、でも顔はこっちに向けた。

 

 「? 何だ?」

 

 「ご愁傷様」

 

 一瞬、『どういう意味だ?』というような表情を浮かべるエース。でもそれは本当に一瞬だった。何故なら。

 

 「ロケットォ!!!」

 

 「ぐはぁ!?」

 

 「うおぉ!?」

 

 次の瞬間には、弾丸の如く飛び込んできたルフィにスモーカー諸共吹っ飛ばされたからですね、はい。

 見事に纏めて吹っ飛ばされた2人のせいで、店の壁には大穴があく。

 けど、2人とも自然系なのにあっさりと吹っ飛ばされて……やっぱり自然系も万能じゃないってことだね。

 やっとメシ屋を見付けたと大喜びするルフィと、唖然として声も出ない周囲。

 俺? 俺は食事を再開してる。エースがあれぐらいでどうこうなるわけないし。

 

 「おっさん、メシメシメシ!」

 

 ルフィときたら、ナイフとフォークを両手に持ってガンガン叩きながら催促している。いくら海賊とはいえ、なんて行儀の悪い……他人のフリをしておこう。恥ずかしいから。幸いあっちは俺に気付いてないみたいだし。

 

 「あぁ……でも君、逃げた方が……」

 

 顔を引き攣らせてそう忠告しながらもちゃんと注文された料理は出しているこの店主は、尊敬に値するプロの料理人なんじゃなかろうか。

 美味い美味いと言いながら食事をかき込むルフィ。そんな中でも店主は控え目に逃げろと言い続けている。

 

 1度は吹っ飛ばされたエースがぶち抜いた壁の穴をくぐって戻って来る。それを見た店主や他の客たちは慌てて逃げる……怖がられてんな、おい。

 見るからに苛立っていたエースだけれど、自分を吹っ飛ばしたのが誰だか解ると途端に笑顔になった。

 

 「おい、ル」

 

 「『麦わら』ァ!!」

 

 次いでその後ろから現れたスモーカーに邪魔されたけど。ガンッと地面に叩きつけられている。

 

 「やっぱり来たか、アラバスタに!」

 

 うわ~、ストーカー。

 俺は自分がここにいることをストーカーに知られたくないから、そっぽを向いて知らないフリを貫くことにした。 

 ルフィはかなり長いこと考えてから相手が誰なのか気付き、それが海兵だと解ると口の中に詰め込めるだけの食料を詰め込み、まるでリスのような顔をして金も払わずに走り去っていた。そしてそれを一目散に追いかけるスモーカー。

 ……世間的に見れば、ルーキーのルフィよりも白ひげ海賊団2番隊隊長のエースを捕まえようとするのが正しい姿勢なんじゃないかなとも思ったけど、それは置いといて。

 

 「おい待て、ルフィ! おれだァ!」

 

 そのエースも復活すると店の外へと走り去る……またもや金も払わずに。

 

 「ユアン、後任せた!」

 

 ………………はい? 何を?

 

 「あの、君」

 

 ポンポンと店主に肩を叩かれる俺。振り返ると、彼は何だか乾いた笑みを浮かべていた。

 

 「連れの分も含めて……払ってくれるかい?」

 

 あ、そういうこと? またか? またなのか? ……って、何で俺が!? 

 …………あの、俺も食い逃げしていいですか? ドラムの時とは違って今の俺の体調はすこぶる良好なんだ、逃げようと思えば簡単に逃げられるだろう。けど……。

 

 「せめて……食事代ぐらいは欲しいのだがね……」

 

 そう言う店主の視線の先にあるのは、壁に開いた大きな穴……修理費、大分かかりそうですね……。何だろう、店主の背中に哀愁が漂っている。

 流石に気が咎めたから、エースだけじゃなくてルフィの分の食費もキッチリ払わせて頂きました。俺も含めて大食い3人分の食費は、凄まじい額に上ったけどな! 

 俺の懐は再び冬を迎えていた。

 

 

 

 

 ルフィ・エースには出遅れたけれど、俺も走る。折角バレてないのに月歩や剃を使うと目立って海軍に見付かるかもしれないから、地道に地面を蹴る。その途中で火と煙の柱が立ち上ったのが見えて、エースとスモーカーがぶつかりあったんだなと解った。

 今はもうその柱も消えているから、それも終わってしまったんだろう。3人分の食費を集計してたもんだから、結構時間を食ってしまったよ。

 でもそうなると……メリー号にでも行けばいいのか?

 

 「………………いや」

 

 ふと気付いた。良く知った気配が二手に別れているのに。

 

 「あっちがみんなで……あっちが2人か」

 

 正確には二手に別れたんじゃなくて、逸れたルフィにエースが合流したんだろうけど。折角だから、2人の方に行こう。

 俺は方向性を定め、再び走り出した。

 

 

 

 

 見付けた2人は、路地裏で腕相撲をしていた。

 けど勝負は着かない。何故なら、腕の下に置かれて台にされた水樽の方が負荷に耐えきれずに壊れてしまったから。

 けど、うん。

 

 「結構いい勝負だったな」

 

 「誰だお前?」

 

 終わったところで声を掛けてみると、ルフィがきょとん顔で聞いてきた………………俺、こいつ殴っていいか?

 

 「俺だよ、ローグタウンでも見ただろこの姿!」

 

 ここアラバスタに着いた時、ルフィは俺が髪を染め終える前に飛び出して行った。けどだからって、これは無いだろ?

 

 「あ、なんだユアンか。何で髪黒いんだ?」

 

 「染めてるからだよ!」

 

 もうヤダこいつ!

 

 「ついでにさっき、メシ屋でお前の隣に座ってたぞ?」

 

 明かしてみるとルフィは随分と驚いてた。自分で他人のフリをしておきながらこんなこと思うのもアレだけどさ……うん、食料しか目に入ってなかったんだろうね。

 

 「……お前ェも苦労してんだな」

 

 エースの労わりの視線が何故か悲しかった。

 けどまぁ何にせよ、3人揃うのも3年ぶりだ。俺たちは歩きながら話をする。手始めは互いの近況報告だ。俺はもうしたけど、ルフィはまだだからね。

 白ひげ海賊団への勧誘を受けたルフィだけど、当然断る。けどエースはそれに気分を悪くした様子は無い。

 

 「はは、そうだろうなァ……言ってみただけだ」

 

 まぁ、ダメ元って言葉もあるしね。

 

 「『白ひげ』はおれが知る中で最高の海賊さ。おれはあの男を王にしてやりてェ……ルフィ、お前じゃなくな」

 

 それはメシ屋で俺に言ってたのと殆ど同じ発言だった。そしてそれに対するルフィの返答はあっさりしたもので。

 

 「いいさ! だっだら戦えばいいんだ!」

 

 聞きようによっては宣戦布告とも取れるその発言にエースは怒ることはなく、何故かホッとした顔をしていた……え、何で安堵してんの?

 俺の視線に気付いたのだろう、エースは少しバツが悪そうに頭を掻いた。

 

 「いや……ルフィが妙な事を言い出さなくて安心した」

 

 ………………気にしてたのか、ファザコン発言。

 けど確かに凄いよな、『白ひげ』。エースが。あの『父親』ってヤツに拒否反応持ってんじゃないの? って勢いだったエースが、ここまで親父と慕ってるんだ。相当なんだろうなぁ。

 

 「とにかく、お前らの仲間を探そう。また海軍に見付かると厄介だからな」

 

 気を取り直したのか、エースは極めて堅実な発言をした。

 

 「アイツら、船に戻ったのかもしれねェな……ユアン、船どこ泊めたっけ?」

 

 ……何でそうあっさりと俺に聞くかな? まぁいいけど。

 

 「どこに泊めたか、なんて意味無いと思うぞ? 海軍に見付かったんだ、海賊旗を掲げた船をいつまでも停泊なんてさせてないさ。海岸に出て探した方がいい」

 

 多分、気配で解るだろうし……ってか、初めからそれで探せばよくね? とぼんやり考えていると。

 

 「……お前ェも苦労してんだな」

 

 エースが再び俺に労わりの視線を向けてきていた。

 

 「ユアン……お前だけでも、白ひげ海賊団に来ねェか? まず間違いなく今より苦労は減るぞ?」

 

 うん、俺もそう思う。でもさ。

 

 「俺はここでやってくって、決めたからね。尤も、ルフィが邪魔だから出てけってんなら考えるけど」

 

 肩を竦めてそう言った。

 始まりは何だかズレた理由からだったけど(エース・ルフィにしてみればじゃんけんの結果、俺にしてみればどこぞの誰かに会いたくなかったから)、今となってはもうそう決めたことだ。エースもそれは解ってるのか、苦笑と共にすぐ引き下がった。

 

 「邪魔なわけあるか!」

 

 ルフィもこう言ってくれてるし。

 

 「お前がいなくなったら、メシが腹一杯食えなくなる!」

 

 …………………………俺、こいつ殴っていいか?

 そんな理由なのか!? 俺の感動を返せ!!

 

 「チッ!」

 

 エース!? 何でそこで舌打ち!? 俺の価値はそこなのか!? ちょっと悲しいよ!?

 その次にはエースが仲間のことを聞いてきたから、ルフィが個性的な説明をする。ルフィの説明は下手だけど実際個性の強い面々だし、会えば解ってもらえるだろう。

 それにしても、ルフィの中でウソップって『狙撃手』じゃなくて『嘘つき』なんだな……と妙な感心をしてしまう。しかもチョッパーは『トナカイ』って、『船医』じゃないのかよ。

 仲間たちの紹介も一通り終えると、エースから意外な話が出た。

 

 「そういやお前ら、知ってるか? サボのこと」

 

 ………………え、いきなりピンポイントで来た!? ってかエースは知ってるの!? 

 俺は心底驚いた。

 

 「知らないよ。新聞でも出ないし、手配もされないし……」

 

 気にはなってたんだよ。ただ知る術が無いもんだから、無事を祈るだけだったけど。

 

 「おれも知らねェ。エースは知ってんのか?」

 

 ルフィも話題に食い付いている。

 

 「あァ」

 

 やけに真剣な顔つきで頷くエース。勿体ぶらずに教えろよ!

 

 「あいつ今、革命軍にいるらしいぞ」

 

 あーそう、革命軍ね。革命軍…………………………ハァ!!?

 

 「革命軍? 何だそれ?」

 

 俺は目を丸くしているのに、ルフィときたらキョトンと狐に抓まれたような顔になっている……うん。

 

 「お前、新聞読めよ」

 

 何日か読めば絶対に目にするだろうし、お前にとっては強ち他人事じゃないんだぞ? いや、後者の方はルフィは知らないんだから仕方が無いかもしれないけど。

 ドラゴンがルフィの父であることなんて当然知っているエースも、ちょっと微妙な顔でルフィを見てる。

 けど教えない。ルフィが知ったら、ポロッと口を滑らせかねないし。

 だから結局、その辺のことには触れずに革命軍についてちょっと説明する。かなり簡単な説明だったけど、聞き終えたルフィは大きく頷いた。

 

 「つまり、サボは今海賊やってねェってことだな!」

 

 「………………うんまぁ……そういうことだね」

 

 案外ちゃんと理解してくれたらしい。

 けどそうなのか……まぁサボの場合は、ゴア王国での件もあるしね。そこまで可笑しくも無いか。どういう経緯があって革命軍と接触したのかは解らないけど。残念とは思うけど、応援するべきなんだろう。

 でもサボも入ってたのにな~、俺にとって尊敬する海賊の中に。海賊やってないなら外すべきかな?

 

 そんなことを考えながら海へと歩いてたら、道中でビリオンズらしき賞金稼ぎたちに囲まれた。でも面倒くさいのでスルー。それでも襲いかかってきたヤツらは返り討ったけどね。それ自体は簡単だったよ、数はあっても質は低かったから。あ、でも俺は特に楽だったんじゃないかな。賞金首だってバレなかったから、そんなに狙われなかったんだよ。

 そしてその集団の親玉らしい男をルフィがぶっ飛ばした頃、俺たちは漸く海に出た。

 

 「あ、海だ!」

 

 真っ先に駆け出して、水面を眺めるルフィ。そしてその間にも、賞金稼ぎたちが追いかけてくる。

 でもそんなヤツらはどうでもいい。それよりもすぐそこの海にいるメリー号の方が重要だ。

 

 「おいお前ら、先に」

 

 「お~い! みんな~!!」

 

 先に行け、とエースは言いたかったんだろう。でもルフィは話を聞いてなかった。1人さっさとゴムの腕を伸ばして飛んで行ってしまった。

 

 「……聞いて無ェな」

 

 「ルフィだからね」

 

 別にいいけど。俺は剃刀で行けばいいんだし。エースにはストライカーがあるだろうし。

 

 「ユアン、お前も先に行け」

 

 うん、じゃあその言葉に甘えようかな。

 

 「解った。エースも来るんだろ? 待ってるよ」

 

 「おゥ、すぐに済む」

 

 賞金稼ぎたちを見るエースは、どことなく好戦的な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 メリー号に着いてみると、ルフィがサンジに揺さぶられていた。多分ぶつかったんだろう。俺が降り立つとルフィはキョロキョロと辺りを見回した。

 

 「ユアン! エースは?」

 

 ……1人でさっさと行っちまったくせに、と思わないでもないけどそれは流そう。

 

 「すぐに来るそうだよ。あの賞金稼ぎたちの相手をしてから」

 

 「へ~……ま、エースは強ェからな」

 

 「強いのか、あいつ」

 

 聞いてきたのはチョッパーだったけど、表情を見るにそれはみんなが聞きたかったことなんだろう。そしてその質問に、ルフィも俺も即座に頷く。

 

 「強いぞ。自然系の悪魔の実まで食べたようだし、もっと強くなってるんだろうな」

 

 「でもその前から、おれたちはエースと勝負して1回も勝ったこと無かったもんな! とにかく強ェんだ、エースは!」

 

 ……ルフィがエースに1度も勝ったことが無かったのは強い弱いの問題以前に、コントロール出来ないゴム能力を無理に使おうとしてたせいだと思うんだけどな。お前、ソレが出来るようになるまでは俺に勝ったことだって1度しか無かっただろ? しかもその1回もまぐれ。

 けど口には出さない。こんな話をしたら、ただでさえ日常生活においては底辺を彷徨ってそうなルフィの威厳がさらに落ちるような気がするから。

 

 「あんたたちが1度も? 生身の人間に?」

 

 ナミは信じられないと言わんばかりの口調だけど……俺らはエースだけじゃなくて、祖父ちゃんにも勝ったこと無い。強い生身の人間なんて、いくらでもいるよ。

 

 「おう! 負け負けだった、おれたちなんか! でも今やったらおれが勝つね!」

 

 「それも根拠の無ェ話だろ」

 

 ゾロの仰る通り。むしろ、勝てない根拠があるぐらいだ。

 

 まず第1に、俺たちには自然系に対して有効な攻撃手段が少ない。後々覇気を習得出来たらと思うけど、少なくとも現状では使えない。そうなると俺たちに出来るのは、海楼石を使うか固有の弱点を突くかだ。でもそれも厳しいだろう。

 

 第2に、基礎戦闘力の差。3年前の時点でアレだったんだ、今でもそれは健在だろう。

 うん……頑張ろう。もっと鍛練しないとな。

 

 「お前が」

 

 大口開けて笑ってるルフィの傍らで決意を新たにしていると、船の下から聞き慣れた声がした。そしてそのすぐ後には。

 

 「誰に勝てるって?」

 

 一気に跳躍したらしいエースが、ルフィが寄りかかっていた船縁に飛び乗った。その反動でルフィは前につんのめる。

 

 「や、どうも皆さん。うちの弟が世話になって」

 

 《いえ、全く》

 

 開口一番、エースの口上に全員が口を揃えた………………これって、ルフィのことだよね? 俺はそこまで迷惑はかけてないよね? 時々遊ばせてはもらうけど。

 

 「何分こいつらときたら、片や躾がなってねェわ、片や人をおちょくるのが趣味みてェになってるわで」

 

 え、それって俺のこと? 失礼だな、別に人をおちょくることを趣味になんてして……るな、うん。だって楽しいし。

 

 「苦労かけてるとは思うが」

 

 《いえ、全く》

 

 また全員口を揃えた!? ちょっと傷つくよ!?

 

 「よろしく頼むよ」

 

 エース……何て礼儀正しい挨拶を……流石だ。

 

 「茶でも出そうか?」

 

 完璧と言ってもよさそうな挨拶に、みんなの態度も柔らかい。やっぱり人間、挨拶って大事なんだな。

 あのサンジが、男に茶を勧めるぐらいなんだから。

 

 「いや、いいんだ。お気遣いなく」

 

 それをやんわりと断りながら、エースはサンジが手に持っていた煙草に火を点ける。便利な指パッチンだ。

 

 「何か、意外だな……」

 

 驚きすら通り越して、最早呆然としたようにウソップが呟いた。

 

 「兄貴がいるのは知ってたが……おれァてっきり、ルフィに輪をかけた身勝手野郎か、そうでなければユアン以上の外道かと」

 

 「ウソよ、ウソ……こんな常識あるまともそうな人が、こいつらのお兄さんなわけ無いわ……!」

 

 「弟想いのイイやつだ……!」

 

 「兄弟って素晴らしいんだな!」

 

 「解らねェもんだ……海って不思議だな」

 

 ………………お前らが俺たちをどう思ってるのか、よ~~~~~く解ったよ。

 特にウソップ。お前、後で覚えとけよ? 誰が外道だ、誰が! 俺はただちょっと性格悪いだけだ!

 それにチョッパー、泣くほどのことか?

 そしてもう1つ言わせてもらうと、ナミ。俺、常識はあるつもりなんだけど……それってつまり、ルフィが常識無くて俺がまともじゃないってことか?

 

 俺、結構頑張って修行してそれなりに強くなったつもりだし、身体は丈夫だし、悪魔の実の能力者だし、ややっこしい人間関係の真っただ中にいるけど……でも中身は、ちょっと性格悪い以外は普通だと思ってたんだ……みんなきっと誤解してるんだな、うん。俺は平凡な凡人だ。

 

 仲間内でただ1人、ビビだけはフォローしてくれていた……何て優しいんだろう。俺はちょっと感動して、戦争起こらないように頑張ろうと決意を新たにする。

 そうこうしている間にも船は海を進み、進路の先にバロックワークスの船団が待ち構えているのが見えた。

 遠いけど、微かに聞こえる叫びからすると狙いは主にエースらしい。エースを捕まえれば昇格間違い無しって……さっきのヤツらもそんなこと言ってたけど、そりゃそうだろうよ。けどな、お前ら程度に捕まるような人間にこんな賞金がつくわけないだろ?

 内心で呆れながら数だけは多い賞金稼ぎたちを見ていると、エースがストライカーに乗ってそっちに向かった。

 

 「見せてもらおうじゃねェか。白ひげ海賊団2番隊隊長の実力を」

 

 その意見には全力で同意するよ、ゾロ。俺も知りたい。今のエースはどうなのか……メラメラの能力についても全然知らないし。

 ストライカーで船団に向かったエースはそのすぐ手前で跳躍し、そのまま船を飛び越えた……すげェジャンプ力だな。そして連なった船の横を取ると。

 

 「火拳!!」

 

 一撃にしてそれらは燃やされた。メリー号よりもデカい船が5隻、一瞬でだ。凄い……正直、言葉も無い。

 やっぱエースはスゲェなぁ……。

 

 




 この話の執筆当時、まだ原作でサボが再登場していませんでした。

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