麦わらの副船長   作:深山 雅

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 執筆当時、我ながら妙なテンションでした。
 反省はしてる、でも後悔はしていない。


第117話 魔王(?)降臨

 「めでてェぞ! エースが我々の仲間になったァ!!」

 

 ウソップのやつ、また適当なことを……ま、乾杯の口実にしてるだけだろうけど。実際、ルフィ・チョッパー・ウソップでカップを突き合わせて乾杯している。中身は酒じゃなくてジュースにしてあるけど。

 

 「誰が仲間になると言った?」

 

 エースのツッコミだって何のその。乾杯乾杯と盛り上がってる。

 

 「エース! 本当におれたちの仲間になんねェか?」

 

 ルフィが飲みながらエースを勧誘する。そういえば、エースの方から『白ひげ海賊団に来ないか?』とは聞かれたけど、その逆は言ってなかったな。

 ルフィの誘いにエースは首を横に振り、『黒ひげ』を追ってるという説明をした。

 

 「……本当にならないのか? 仲間に」

 

 頷きはしないだろうと思うけど、俺も誘ってみた。万が一にでもエースが入ってくれたらそれはそれで万々歳だし。

 けどそれにも、エースは頷かなかった……ふむ。

 

 「俺たちと一緒に来れば、昔みたいに、ミニ化してメシを腹一杯食べられるよ?」

 

 「………………」

 

 え、ちょ、試しに言ってみたけど、何その苦悩の表情は!? 揺れてるのか!? 

 

 「………………いや、おれたちはそれぞれの道を歩いてんだ。おれは白ひげ海賊団だ」

 

 エースの中で『白ひげ』への思いが食欲に勝った! あのエースが、食欲に……『白ひげ』スゲェ!

 食への誘惑を振り切ったエースは、気を取り直して続けた。

 

 「おれがこの国に来たのは、『黒ひげ』をユバで見かけたって情報が入ったからだ」

 

 その言葉に真っ先に反応したのはナミとビビだった。

 ユバ、それは俺たちの目的地と同じだ……ま、本当は『黒ひげ』いないけど。

 そういうわけで、俺たちは一時的にではあるけれど行動を共にすることとなった。

 

 「楽しく行こうぜ、エース!」

 

 ルフィが会話をシメ、俺たちは今度は全員で乾杯したのだった。

 酒も出ていないけれど、軽い宴のようなものが始まった。

 

 

 

 

 

 「しっかし、ルフィも変わって無かったが……お前ェも変わんねェな」

 

 宴(?)が始まってすぐ、エースは俺の頭をポンポンと叩きながらしみじみとそう言った。

 

 「成長期のくせによ……チビのままじゃねェか」

 

 そうなんだよね……3年前、エースが出航した時よりも身長差が開いてる。今じゃあ頭1つ分以上も……。

 ん?

 

 「どうした? 何でみんなそんなに震えてるんだ?」

 

 見ると、この場にいる全員が後ずさってドン引いていた。ちなみに、ルフィがサンジに何か食べたいと強請ったために今この場には2人がいない。作り手のサンジはともかくルフィまでいないのは、きっと摘み食いでもするつもりだからだろう。

 

 「どうしたって……怒らないの?」

 

 恐る恐るといった感じでナミが聞いてきたけど……。

 

 「怒るって……何に?」

 

 何で怒らなきゃならないんだ、と疑問に思って問い返したら、ウソップが顔を青くしながら答えた。

 

 「何でってお前ェ! さっきエースが言ったじゃねェか! 『チビ』ってよ!」

 

 …………………………うん、ウソップ。

 

 「誰が何だって?」

 

 「いや、おれじゃねェよ! 何でおれが締め上げられてんだよ!?」

 

 締め上げるなんて大袈裟な……ただちょっと襟首を締めてるだけじゃんか。

 

 「オイ待て、笑顔で人の首絞めんなァ!!」

 

 いやー、だってさ……ウソップ、これで2度目じゃん? 痛い目見なきゃ解らないだろ?

 別に殺す気なんてない、当然ながら。ただ、ちょ~~~っと落ちてもらおうかとは思ってる……でも。

 

 「おい、やめろ。仲間なんだろうが」

 

 「…………………………解った」

 

 エースが止めるから、やめたげよう。未練はたっぷりだけど。

 腕を離して解放すると、ウソップがゲホゲホと咳き込む。

 

 けどそういうことか、こいつらのドン引きは。

 失敬な、まるで俺がいつでもどこでも誰にでも怒ってるみたいに。何もエースだけじゃないぞ。

 巨人族のドリー&ブロギーは例外としても、クロッカスさんやドクトリーヌにだってそれに近いこと言われても腹立たなかったし。

 改めて考えると、あれだな……多分、尊敬してる人に言われても腹は立たないんだろう。

 俺が1人納得していると、何故かみんなはエースを尊敬の眼差しで見ていた……何で?

 

 「いたのね、ルフィの他にも……怒ったユアンを止められる人が……!」

 

 「勇者だわ……」

 

 「猛獣使いか!?」

 

 おいこら、ゾロ……それは俺が猛獣だってことか? しかも、今回はビビもフォローしてくれないのかよ。

 って、チョッパーがまだガクブルしながら樽の陰に隠れてる。しかも。

 

 「!? お、おれは何も言ってねェぞ!?」

 

 目が合ったら怯えられてしまった……そんなに震えあがられちゃ、良心が痛む。

 

 「怖がるなって。ほら、飴やるから」

 

 苦笑と共に飴を差し出したら、チョッパーはものすご~~~くビクつきながら出て来た。

 

 「そういやユアン、エースも兄貴ってこたァお前ェ、結局ブラコンなんじゃねェか」

 

 咳が治まったらしいウソップが、今度はそう切り出した。

 何だ、締められた仕返しにからかおうってのか? でも、それなら残念だったな。

 

 「違うと言った覚えは無いよ?」

 

 別に隠すような事でもないし、効果は無いぞ。

 

 「何の話だ?」

 

 それに食い付いてたのはエースだった。

 

 「ユアンが言ったんだ。エースは世界で2番目に尊敬してる海賊だってな!」

 

 本当のことだから、言われたって困ることは無い……って、あれ?

 

 「何だ、2位かよ……」

 

 エース……2位じゃ不満なのか? 何だか機嫌が悪くなってる。

 困ったな、エースが拗ねると面倒なんだよね。

 その不機嫌を察したのか、言いだしっぺのウソップが慌てていた。

 

 「あー、でも、しょうがねェよな! だって『海賊王』や『冥王』も尊敬する海賊に入ってるみてェだしな!」

 

 ………………って、おい! フォローしてるつもりなんだろうけど、それは地雷だ!

 

 「へェ……『海賊王』をなァ……」

 

 ほら、余計不機嫌になった! ってかむしろ、ネガティブなオーラが見えてるよ!?

 

 「それは違うぞ、エース!」

 

 これはさっさと詳らかにしないと! 

 

 「違うんだ、確かに俺は『海賊王』を……『海賊王』や『冥王』を尊敬はしてるけど!」

 

 やばいやばい、人目があるんだった。『海賊王』に関することだけ弁解するのはちょっと怪しい。

 

 「でも、それが1位じゃないんだ! 俺、そいつらよりもエースの方がずっとずっと尊敬してるぞ!」

 

 嘘じゃない。実際、ロジャーやレイリーよりもエースの方が尊敬してる。

 

 「俺が1番尊敬してるのは、母さんなんだ!」

 

 そして正直にぶっちゃけよう、うん。

 よく『産みの親より育ての親』って言うけど、俺の場合は産みの親になってしまってる。だって……ね? 実際に命掛けられちゃあさ……。

 とにかく、これで納得してくれるかな?

 

 「まァ……そりゃしょうがねェな」

 

 良かった、解ってくれた! 俺は心の底から安堵した。

 

 「2位が兄貴で1位が母親って……ブラコンの上にマザコンか」

 

 ウソップが何か呟いてるけど、そんなこと気にならないぐらいに俺は今ホッとしている。ウソップなんて無視だ、無視。さっきもチビとか言ったしな! ええ、根に持ってますが何か?

 

 「それはおれも、尊敬する海賊に入ってるしなァ……1番じゃねェが」

 

 エースもウソップの発言スルーしてるし……って、え?

 

 「初耳だよ」

 

 知らなかった、エースって母さんのこと尊敬してたんだ。

 

 「あー」

 

 エースは照れたように、ガリガリと頭を掻いた。

 

 「昔な、聞いたことがあんだよ。自分が海賊やってた頃の冒険譚をな。思えば、おれが海賊になりてェって初めて思ったのは、あの時だったなァ……憧れたぜ、楽しそうでよ」

 

 そうか、エースはそんな話を実際に聞いてたのか……羨ましい。

 

 「……けど、エースの1番尊敬してる海賊は『白ひげ』なんだろ?」

 

 話を逸らそうそうしよう。話題自体は余り変わって無いからそんなに可笑しくないはずだ。

 俺の発言に、エースはそりゃもう嬉しそうに頷いて力説する。

 

 「あァ、そうだ! 何度も言うがな、『白ひげ』はおれが知る中で最高の海賊なんだ!」

 

 うん、解った。エースがファザコンだってことがよく解った。

 

 そして俺、エースと尊敬してる海賊を言い出したからか、みんなが自分の尊敬する海賊を言い出した。

 

 「おれ、尊敬してる海賊なら『治癒姫』だ」

 

 チョッパー……お前ってヤツは……!

 

 「チョコ食べるか?」

 

 「いいのか!?」

 

 勿論だとも。あぁもう、何て嬉しいことを言ってくれるんだろうこのトナカイは! エースが何となく生暖かい視線で見てきてるけど、そんなの気にしない!

 いやー、和むなァ。

 

 「私はいないわね、尊敬する海賊なんて」

 

 ナミはこともなげに言い放った。

 

 「むしろ、大抵の海賊は嫌いだもの」

 

 まぁ、そうだろうね。碌な海賊に出会ってこなかったみたいだし。

 少し離れた所にいて会話に加わらない元海賊狩りも、特別尊敬する海賊はいないんだろう。

 

 「私は……みんなには、感謝してるわ。これが尊敬と言えるのかは解らないけれど……」

 

 ビビの意見には納得。さてウソップは、という所になって。

 

 「ふぁんほふぁなひは?」

 

 いつの間にかルフィが戻ってきていた。その顔は食料を口に詰め込んだことでパンパンに膨れている。さながら、リスの頬袋のようだ。

 さっきの言葉を通訳するなら、『何の話だ?』だろう。

 

 「世界一尊敬している海賊は誰だって話だよ」

 

 始まりは俺の尊敬してる海賊だったけど、今となってはそうなってる。ルフィは口の中に入れていた食料を飲み下しながらなるほどと頷く。

 

 「尊敬してる海賊かァ……おれならシャンクスだな!」

 

 やっぱりか。そりゃルフィにしてみりゃ命の恩人だもんな……そういえば、オレンジの町でもバギー相手に『偉大な男だ!』とか言ってたっけ。

 まぁ……海賊としては、否定はしない。しないが……微妙な気分。

 

 「そんで、その次がエースだ!」

 

 ニカッと屈託なく笑ってるけど……お前もエース、2番目なんだな。

 

 「サンジは?」

 

 大皿に乗っけた軽食を運んできたサンジに話を振ると、ぐるぐる眉が顰められた。

 

 「あァ? んなもんいねェよ」

 

 ………………ふーん。

 

 「『赫足』のゼフは?」

 

 「………………あんなジジイ、尊敬なんてしてねェ」

 

 うわー、嘘下手っ!

 

 「何だ、そのニヤけた面は!」

 

 「別にー?」

 

 面白っ! これはきっとツンデレに違いない! 暫くからかえるな!

 

 「おれの話を聞けェ!」

 

 うぉ、ウソップにツッコまれた!? 何故だ!? ……あ、そういえばさっきはウソップが言おうとしてたんだっけ、尊敬する海賊。でもさ……。

 

 「聞かなくたって予想出来るし。お前の尊敬する海賊ってどうせ父親だろ?」

 

 「何故解った!?」

 

 そんな、心底『驚いた!』な顔するなよ。

 

 「いや、普通に『誇りだ!』とか言ってたじゃん」

 

 そしてやっぱりか。やっぱりヤソップだったか。

 そのままウソップをスルーしようかと思ったけど、ここでエースが会話に入ってきた。

 

 「なァ、1つ聞きてェんだが」

 

 エースの視線はウソップに向けられている。

 

 「ひょっとしてお前の親父ってェのは、『赤髪』のおっさんの所にいるヤツか?」

 

 船中の視線がエースに集まった。

 

 「知ってんのか!? 親父のこと!」

 

 当然と言えば当然だけど、真っ先に食い付いたのはウソップだ。

 

 「やっぱりそうか! そっくりだな、鼻以外は!」

 

 あ、そういえばヤソップの鼻は長くないんだっけ。

 そしてこの話題となればもう1人、食い付かないはずが無いヤツがいる。

 

 「エース、シャンクスに会ったのか!?」

 

 さっきの発言からしてエースはヤソップに会ったことがある=赤髪海賊団と遭遇した、という方程式を導き出したらしく、ルフィがエースに詰め寄っていた。

 

 「あ、あァ。会ったぜ。もう2~3年前になるけどな」

 

 エースはルフィの勢いに少し押されたようだったけど、すぐに気を取り直してルフィの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

 

 「お前の命の恩人だ、挨拶と礼はしとかなきゃなんねェだろ?」

 

 エース……大人だ。

 でも、あれ? ってことは俺も挨拶しといた方がいいのか? 『ルフィの命を助けて下さってありがとうございました!』とか……でも、そうするには顔を合わせないといけないんだよな……嫌だな。ごめんルフィ、不義理な弟で。

 ん?

 

 「ねぇ、絶対可笑しいわよ! あんな礼儀正しい人がルフィのお兄さんだなんて! あり得ないわ!」

 

 「実は血ィ繋がって無ェんじゃねェか?」

 

 「いや、これがきっと噂の突然変異ってヤツかもしれねェぞ」

 

 聞こえてるぞお前ら。

 ヒソヒソヒソヒソと、みんなはこっそり言い合っていた。例によって、ビビだけはフォローに回ってる……でも鋭いなウソップ。その通りだ。

 指摘はしないけど。2人には聞こえてないみたいだし、下手な事言えば面倒くさそうだし。ここは必殺、聞こえないフリだ。

 

 「なァ、シャンクス元気にしてたか?」

 

 ルフィはそりゃもうキラキラした笑顔でエースに質問を浴びせていた。けど答えるエースは何となく複雑そうだ。

 

 「あァ、無駄に元気だったな」

 

 「チッ」

 

 何だ、元気なのか。しかも無駄に。

 

 「どうした、舌打ちなんかしやがって」

 

 思わず漏れた舌打ちの音が意外に周囲に響いたらしくて、ゾロに胡乱げな顔で聞かれた。

 

 「いや……もしもの場合のためには、元気は無ければ無いほどいいな、と思ってたんだけど」

 

 本当のことを言うわけにもいかないし、当たり障りのないこと言って誤魔化しとこう。まんざら嘘でもないしね。

 

 「もしもの場合? どんな場合だ、そりゃ?」

 

 「戦うことになった時」

 

 そう言った瞬間、全員の視線が俺に向けられた。

 え? 俺、そこまで変な事言った?

 

 「何でシャンクスと戦わなきゃなんねェんだ?」

 

 ルフィは不思議そうな顔で首を捻ってるけど……当然だろう?

 

 「ルフィ、お前は海賊王になりたい……いや、なるんだろ?」

 

 「当たり前だ!」

 

 それなら話が早い。

 

 「じゃあ、海軍本部だろうと七武海だろうと四皇だろうと、いずれは戦わなきゃならない相手じゃないか」

 

 「あ、そっか」

 

 「……って、あっさり言い包められんなァ!」

 

 煩いよ、ウソップ。

 ツッコんできたウソップに次いで、ナミまで突っかかってきた。

 

 「それは間違ってはいないかもしれないけど、何もグランドラインに入ってすぐに四皇を相手取ることなんて考えなくたっていいじゃない!」

 

 ナミ……確か、ウィスキーピークでも似たような事言ってなかったか?

 

 「どう転ぶかなんて解らないだろ? グランドラインに入ってすぐに、こうして七武海の一角に喧嘩売ろうとしてるんだ。それこそ、新世界に入ってすぐに四皇に喧嘩を売ることになるかもしれないぞ?」

 

 というか、間違いなく売るだろ。ルフィは絶対にそういう星の元に生まれてると俺は確信してる。相手がどの四皇かはともかく。

 現状を鑑みれば決して否定は出来ないんだろう、2人も押し黙ってしまった。なので俺が続ける。

 

 「でも、実際実力は全然足りないだろうし? それで倒そうと思ったら、相手が絶不調なのを祈るしかないかな~、なんて思ってたんだ」

 

 或いは、何かしら罠に嵌めるか……でも、どんな罠なら有効なんだろうね?

 俺が結構本気で思案していると、横からエースの声が聞こえてきた。

 

 「で? 本音は?」

 

 え、それ言わなきゃいけない? 確かに、個人的な理由もあるけど。

 

 「ルフィ、それにサンジもいたよな。覚えてるか? 俺がローグタウンでストーカー……じゃない、スモーカーに何を言われたか」

 

 あれは、絶対に忘れられない……屈辱の記憶だ。

 

 「『小さい方の紅髪(あかがみ)』だぞ! しかもその後、短縮のためか何か知らないけど、『小さい方』と呼びかけやがったんだ!」

 

 「そーいや言ってたな、そんなこと」

 

 思い出してきたのか、ルフィが呑気な声で肯定する。

 

 「勿論、その場で懇切丁寧に訂正はしたけどな……でも、またいつどこでそんなこと言われるか解らないだろ? だからもういっそのこと、元凶をどうにかしちまえば『小さい方』とか言われなくなるかな~って」

 

 大きい方がいなくなれば、必然的に小さい方とか言われなくなるんだよ、うん。

 ………………あれ?

 

 「お前はそんな理由で四皇に喧嘩を売んのかァ!?」

 

 「何考えてんの、私たちまで巻き込まないでよ!」

 

 「おでやだ……!」

 

 何でだろう、ウソップとナミとチョッパーに泣き付かれた。

 

 「………………冗談だよ、冗談」

 

 「いや、絶対ェ本気だったろ」

 

 チョッパーにこんな顔をさせるのは本意じゃないから、俺は安心させようとヘラリと笑ったのに、空気を読まないゾロにツッコまれた。いや、確かにちょっと本気だったけど……9割ぐらい。でもさ。

 

 「そもそも、俺のようなチキンに四皇と直接対峙するような度胸は無いって」

 

 これはこれで俺の本心でもあるんだけど……それに対する反応は微妙だった。

 

 「誰がチキンだって?」

 

 え、俺だけど?

 実際、もしも度胸があれば……俺は今、ここにいなかったかもしれない。会う勇気があったなら、エースと一緒に出航してた可能性だって高い。

 9割方本気でぶっ飛ばせないかと思っても、残った1割の理性と臆病風が、それをするには会う必要があるんだよな~と告げてくる。結果、思ったり考えたりするだけで行動には移せない。まぁ、それでいいんだけど。現状で喧嘩売りに行っても、実力足りないから返り討ちになる可能性が高いし。

 

 「……ま、もしもの話だよ。あり得なくはないだろ?」

 

 ところで、さっきから気になってるんだけど。

 

 「エース、何でさっきから視線が泳いでるんだ?」

 

 そう、エースってばさっきからずっとそわそわと落ち着かない様子だ。しかも、可笑しいと思って問いかければあからさまにギクッと挙動不審な動きを……怪しい。

 

 「あー、何だ、その…………………………すまん」

 

 「? 何が?」

 

 主語が無いので意味が解らずに聞き返すと、エースは俺の腕を掴んで輪から外れた。聞かれたくない話でもあるんだろうか。

 

 「2人とも、どうしたんだ?」

 

 ルフィが尋ねるけれど、エースはそれを手で制して留めた。無論、ルフィでダメなら他の誰かが首を突っ込む隙なんて無い。

 俺たちは、みんなから少し離れて向かい合った。姿は見えてるからチラチラと視線を向けられてるけど、会話は聞こえないだろうという絶妙な距離である。

 

 「で? どうしたんだ?」

 

 何の意味も無く引っ張り出したりなんてしないだろう。

 

 「……お前、さっき言ったよな? 『四皇と直接対峙する度胸なんて無い』ってよ」

 

 エースは、非常に言い難そうに口を開いた。だから何なんだ?

 

 「あのよ……言い難いんだが……どうせ黙っててもすぐ解るだろうから言っちまうけどな……多分、そう遠くない未来で相対することになると思うぞ?」

 

 ? え~と、それはつまり……?

 

 「『白ひげ』と何らかの因縁が出来るってことか?」

 

 「いや、そうじゃねェ」

 

 じゃあ何なんだよ、はっきり言ってくれ。

 

 「その……な。『赤髪』のおっさんに挨拶に行った時によ……つい、口が滑っちまって………………」

 

 ……………………………………………………うん?

 

 「口が滑って………………何だ?」

 

 あはは、やだなぁ。ちゃんと5Wをハッキリさせてくれよ。

 

 「誰が、いつ、どこで、何故、何をしたんだ?」

 

 なぁエース、ちゃんと俺の目を見よう? 何でそんなに顔色悪いんだ?

 エースはちょっとの間葛藤してたけど、やがて徐に口を開いた。そう、まるで意を決したかのように。

 

 「おれが、2~3年前に、新世界のとある冬島で、ついうっかり、あの人とお前のことを言っちまったんだ。」

 

 え~~~~~~~~~~と………………何だ? エースといいミホークといい、『つい』が流行ってんのか? ………………ごめんなさい、現実逃避しました。

 エースが『あの人』って言うのはアレだよね、母さんのことだよね?

 話したって、誰に? いや、聞かなくたって解りきってる。

 会話の流れからして四皇の誰かだろう。それで、2~3年前に新世界のとある冬島で会った? ……そんなの、1人しかいないじゃん。

 

 え、それで何を話したって?

 

 …………………………正直に言えばさ、俺だって永遠に隠しておけることじゃないって解ってるんだよ? 会わないよう出くわさないように立ち回るのも、その場しのぎでしかないって。

 もっと言えば、頂上戦争の時には大々的にバレる可能性だってある。何しろ、介入する気満々だから。

 けど……エース? だからって、話していいことじゃないだろ? それとこれとは話が別だろ? お前、知ってるよな? 俺が向こうと関わり合いたがってないって。

 

 ブツリ、と。

 耳の奥で、何かが切れたような音がした気がした。

 

==========

 

 

 「おーい、大福ー! ちょっと来てくれ!」

 

 エースとユアン、2人が何やら他人を寄せ付けずに言葉を交わしているのを他の面々が遠巻きに観察していると、何の前触れも無くユアンが自身の飼い虎を呼びつけた。ネコ科の動物のくせにまるで忠犬かのごとく主人に尽くす大福は、その声にすぐさま反応して駆け寄る。

 駆け寄った大福にユアンが一言二言言い付けたかと思うと、大福はまっすぐ船内へと入って行く。

 何事だ、と疑問に思った全員が2人に近寄った……が、すぐにその行動を後悔した。

 

 「ん? どうした、みんな?」

 

 問いかけるユアンは笑顔だった。

 しかしそれは、誰かをからかった時などの楽しそうな笑顔ではなく、身長をからかわれて怒った時の凄みのある笑顔ではなく、かといって苦笑の類でもなかった。

 思いっきり慈しみに溢れた、悟りを開いた聖人のような慈愛の微笑みだ。

 

 なのに、何故だろう。

 何故その笑顔の後ろに業火と般若が幻視出来るんだろう。心なしか、周辺の気温まで下がってるように感じられた。

 

 その不思議現象に、全員がドン引いた。そりゃもう、さっきの『チビ』発言の比じゃないぐらいに。

 なまじ表情からはその内心が推し量れないだけに、余計怖かった。いつもの怒りの笑みも確かに怖いが、あれはまだ凄みがある分怒りが推し量れた。

 けれどどうやったら、こんなに爽やかな笑みで怒りを表現出来るのだろう。

 

 「ユアン……何怒ってんだ……?」

 

 恐る恐るといった感じで声を絞り出すルフィ。彼は今、ともすれば蘇ってしまいそうな己のトラウマと戦っていた。

 今この場にいる者たちの中で、ルフィだけがこの笑顔に見覚えがあった。これはアレだ。昔マジ切れされた時に見せられた笑顔と同じだ。

 そしてそれに答える声は、極めて軽やかかつ朗らかだった。

 

 「何言ってんだよ。やだな、俺が怒ってるように見えるか?」

 

 全然見えない。なのに怒ってることが解る。だから怖い。

 何と言っていいか解らず、いや、何か言ってこの怒りの矛先が自分に向かって欲しくなくて、ルフィ以外は揃って口を閉ざした。

 

 「あぁ、そうだ」

 

 そんな中、当のユアンがふと思い付いたようにエースに振り返る。そのエースも、顔色が悪い。

 それはそうだろう。さっきの状況からして、この怒りを向けられているのはエースなのだろうから。

 

 「……何だ?」

 

 それでも逃げることなくその視線を受け止めたエースに、みなは尊敬の念を抱いた。

 

 「俺、エースの食事代を払っといたんだ。ドラムでも、さっきのメシ屋でも。過ぎたことだからまぁいいやって思ってたけど、何だか段々腹が立ってきたから、後々『白ひげ』に請求するね」

 

 あまりにもサラッと、明日の天気の話でもするかのような軽い調子で話すもんだから周囲の反応は一瞬遅れた……が。

 

 《ハァ!!??》

 

 その内容のぶっ飛びっぷりを理解していないらしいルフィ以外は、揃って眼を剥いた。

 

 「ちょっと待てェ!?」

 

 思わずツッコんだのはウソップだったが、今回ばかりはもしもウソップがツッコんでなくとも他の誰かがツッコんでいただろう。言わばこのツッコミは、一味の総意だった。

 

 「………………」

 

 一方この時、エースも苦悩していた。

 もしもそんな請求をされれば、それこそ自分が『弟の懐を当てにするたァどういうことだ』とお叱りを受けるかもしれない。かといって今、払ってもらった分を返せるだけの持ち合わせも無い。

 

 「おまっ……! 『白ひげ』に喧嘩を売る気かァ!?」

 

 それに対し、心底心外だ、と言わんばかりにユアンは目を丸くする。

 

 「まさか。何でそうなるんだ?」

 

 「何でって」

 

 「『白ひげ』から金をせびろうとしてる? 変な言い方しないでよ……俺はただ、父親に息子の不始末の責任を取ってもらおうかなって言ってるだけだよ? そんなに可笑しいことか?」

 

 「まだ言って無ェよ! お前は人の心でも読めるのかァ!?」

 

 可笑しくない。ユアンの言ってることは確かにそれほど可笑しくない、可笑しくはないのだが……。

 

 「問題があるとしたら……相手が『白ひげ』だってことだな」

 

 流石のゾロも、世界最強の海賊と言われる『白ひげ』を甘く見てはいないらしい。声が幾分か固い。

 だが、何やら『ぷっつん』しているらしいユアンは仲間たちの意見の斜め上を行っていた。相も変らぬ穏やか~な微笑のまま、更にぶっ飛んだことを言い出したのだ。

 

 「やだなァ、そんなに難しく考えて。だって『白ひげ』はエースの『親父』なんだろ? で、エースと俺は兄弟だ。兄弟の親は俺の親、よって要求を突き付けるのに躊躇する必要は無い」

 

 「何だその強引な三段論法はァ!?」

 

 「じゃあ、『白ひげ』っておれの父ちゃんでもあるのか!?」

 

 「アンタは黙ってなさい!」

 

 堂々と胸を張って無茶苦茶なことを言い出すユアンに、それにツッコむウソップ。

 ユアンの発言を真に受けて衝撃を受けるルフィと、それを鉄拳を以て鎮めるナミ。

 何ともカオスな空間が発生していた。

 

 「あー……ぶっ壊れてやがるな」

 

 ユアンの状態をそう表現したのはサンジだった。そしてその、ポツリと呟かれた評価は極めて正しい。

 

 そう、今ユアンは壊れていた。脳内のキャパシティを超えた出来事が発生して、ものの見事にぶっ壊れていた。しかも厄介なことに、ぶっ壊れつつも怒りは解消されていない。その怒りの原因は周囲にしてみれば不明だが……。

 

 「ユアン君、四皇と直接対峙するような度胸は無いんじゃなかったの?」

 

 そう、さっきと言ってることがまるで違うではないか。

 ビビがそう言って控え目に宥めようとするが、ぶっ壊れたユアンはある意味無敵だった。

 

 「四皇?」

 

 きょとんと眼を見開いて、まるで初めて聞いた単語であるかのように口の中で反芻する。そして。

 

 「四皇って、何だっけ?」

 

 と、のたまった。

 この時、ユアンの脳は『四皇』という単語を受け付けることを拒否していた。

 

 「ユアン? 何言ってんだ、おれにそれ教えてくれたのユアンじゃねェか!」

 

 以前、(自分にとっては)長く苦しい勉強を強いられた記憶も新しいだけに、ルフィは驚く。

 

 「そうだっけ?」

 

 本気で考え込むユアンは、やっぱり壊れていた。

 

 「がう」

 

 そんな中、大福が戻ってくる。彼女(=大福)は、まっすぐユアンの元に向かった。

 

 「あ、大福。持って来てくれたな」

 

 何を? と周囲がツッコむ暇は無かった。

 ガシャン、と。

 何の前触れも無く、未だ苦悩していたエースの手を取り、ソレを嵌めた。

 

 「ユアン……こりゃあ、海楼石か?」

 

 「うん、手錠」

 

 にっこり。

 それはそれは穏やか~な笑みを浮かべながら、『世界で2番目に尊敬してる海賊』と明言した兄に対して何の躊躇も容赦も無く海楼石の手錠を嵌めるユアン。全く以て、表情と言動が一致していない。

 

 「逃げて欲しくないからね」

 

 困ったようにそう言う弟に、エースはむきになった。

 

 「1度向かい合ったら、おれは逃げねェ!」

 

 《いや、逃げろよ》

 

 いつもならツッコミは、ナミかウソップの仕事(?)だ。しかし今回は、全員が同じことを心の中でツッコんだ。と同時に、アレから逃げずに立ち向かうというエースに畏怖を覚えた。

 

 「エース、スゲェ!」

 

 実際、1度アレを食らってその威力を知っているルフィはこの上ない尊敬の眼差しで兄を見ている。

 

 「それは良かった」

 

 ホッとしたように微笑むユアン……何故だろう。

 何故その背後に、獲物を糸に絡め取ったジョロウグモが幻視出来るのだろう。

 

 彼らは与り知らぬことだが、それは間違っていない。ユアンは、エースが『逃げ』を嫌っているのを承知の上であえてその単語を使ったのだから。ただでさえ無いも同然のエースの退路を完全に無にするために。

 何所からか、『知らなかったのか? 大魔王からは逃げられない。』などという名言(?)が聞こえてきそうである。

 

 「さァ、じゃあちょっと話をしようか。2人っきりで」

 

 『2人っきり』の部分を強調することで言外に『誰も付いて来るな』というニュアンスを含ませながら、ユアンはエースの手を取って船室に連れて行こうとする。

 

 「は……話ならここでも出来るだろ?」

 

 逃げはしなくても、流石に今のユアンと2人っきりになるのは嫌だったらしい。エースの足は動かない。しかしそれに、ユアンは小首を傾げた。

 

 「俺だけじゃなくてエースの為にも、2人っきりになった方がいいと思うよ? お互い、誰にも聞かれたくない、知られたくない話題が出ると思うから。何の話題か……解るよね?」

 

 エースはグッと言葉に詰まる。心当たりがありすぎるのだ。

 確かにそれは、誰にも聞かれたくない。いや、百歩譲ってルフィだけならいい。ルフィの場合は、ユアンはともかくエースの事情は既に知っているのだし。だが、他の面々の前では絶対にご免被る。例えそれがその弟たちの仲間であっても。

 

 「なァ、それってエースのと」

 

 「ルフィ!!」

 

 ルフィもそれが何かに思い至ったらしく、ポロッと口を滑らせそうになった。だがそれを、エースは慌てて牽制する。ルフィも自分が失言をするところだったのに気付き、ハッと口を押える。

 

 「あ! これ言っちゃいけねェんだった!」

 

 「そうだよ、ルフィ」

 

 ユアンはルフィを諭すように、やんわりとした笑顔を向けた。

 

 「ついうっかり口を滑らせて、人が隠しておきたかった秘密を勝手に暴露するなんて……万死に値する行為だよ。ねぇ、エースもそう思うよね?」

 

 「…………………………」

 

 向けられる穏やかな笑顔が怖い。そして、言葉の槍がエースの心にぐさぐさと突き刺さる。反論出来ないのが痛いところだ。事実、もしもあのままルフィが口を滑らせていたらと想像すると、それだけでゾッとする。

 

 そして彼らがそのまま船内に向かおうとした時、勇者が現れた。

 

 「なァ……何の話なんだ?」

 

 それは誰もが知りたいことだっただろう。誰にも知られたくない話題とは何なのか、ルフィは何を言い掛けたのか……しかしそれを直接口に出して聞くような好奇心の持ち主は、ウソップしかいなかったらしい。

 その質問に、ユアンがくるっと振り向いてウソップを……正確には、ウソップを代表とする仲間たち全員を見やる。

 

 「そんなに知りたいのか? 俺たちの秘密」

 

 尋ねながら、その眉間には皺が寄っていた。困っているらしい。

 しかし、微笑みながら眉根を寄せるとはどんな高等技術(?)だ。しかも、それで顔のバランスが崩れていないのが凄い。

 

 「あァ、そりゃあな。そんな思わせぶりな会話されちまっ」

 

 「知りたいのか?」

 

 ウソップの発言を遮って、ユアンは再び確認を取った。

 

 コテンと小首を傾げて上目使いにこちらを見るその所作は、いっそ幼いと形容してもいいようなものだった。元より小柄で童顔で、2~3歳年をサバ読んで申告しても疑われないだろうと思わせる容姿をした少年であるから、それらの仕草は意外にもよく似合っている。

 だが、見た目だけなら庇護欲すらそそられそうな可愛いものなのに、醸し出される雰囲気というか、オーラは全く違った。そして彼らは、ユアンのその一見無邪気な様子の裏に隠された副音声を本能で聞き取った。

 

 《深入りしたら殺す気だ……!》

 

 いや、正確に言えば彼らが感じ取ったのは決して殺気ではない。『殺してやる』という明確な意思じゃない。

 けれど、おどろおどろしい鬼気が放たれていた。

 もしも秘密を知ろうものなら例え殺されなくとも、記憶を失うまで拷問にぐらい掛けられそうである。

 

 どんだけ聞かれたくない話なんだ、と疑問はさらに膨らむが、とてもじゃないがそれ以上何も言えなかった。ユアンの本気を感じ取ったからだ。実際、その勘は正しい。

 普段ならともかく、『ぷっつん』している今の彼の思考回路は極めて即物的に出来ていた。もう、敵味方の区別がついているのかも怪しいぐらいに物騒な思考が彼の頭に流れていた。『口封じはしないとね。容赦? 何それ美味しいの?』ってなもんである。

 

 「……じゃあ、俺たちはちょっと話があるから……誰も近寄ったりしないよね?」

 

 その忠告に頷く以外、彼らに何が出来ただろう。

 聞き耳を立てるという手もあるが、気配に敏感なユアンには気付かれる可能性が高い。そうなれば、命の保証は無い。

 沈黙が降りる中、ユアンはエースの腕を取り、今度こそ船内に入って行こうとする。今度はエースも自分で足を動かしていた。腹を括ったのだ。

 だが、何故だろう。

 何故、船の中と外を区切る扉が、地獄の釜の蓋に見えるのだろう。

 そしてその状況を、黙って見遅れない人間が1人だけいた。

 

 「エース!」

 

 ルフィである。

 ルフィには、この後エースを待ち受けるであろう運命が予測できた。きっと、かつての自分と同じように怒られるんだろう。理由は解らないが。

 エースなら大丈夫だろうとは思う。ダメージは免れないだろうが、エースは強い。きっと負けない……ルフィはエースを心の底から信じている。

 同時に、前後の見境を失っているからとはいえ、いくらなんでもユアンがエースに対して、本当に言ってはいけないことは言わないだろうと信じている……いや、信じたい。

 だが、信じているのと心配していないのとは、全くの別問題である。

 

 2人を引き留めたルフィに、視線が集中する。もしや、助ける気なのだろうか。

 ルフィは思い出す。かつて、自分が怒られた後に何があったか……。

 

 「エース………………後で肉を分けてやるからな!」

 

 ルフィが人に肉を分け与える。それは最早天変地異の前触れかのような大事なのだが、この時のルフィの心は決まっていた。

 前に自分が怒られた時は、エースが肉を分けて励ましてくれた。今度は自分が、エースに肉を分けて励まそう、と。

 …………ただ、助ける気は無い。何故なら、エースの精神力を信じているからだ。決して弟が怖いわけでも、兄を見捨てたわけではない。そう、断じてない!

 ルフィの声援(?)を背に、エースとユアンは連れだって船室へと消えて行ったのだった。

 

 

 

 

 エースが解放されたのは、それから2時間ほど経ってからだった。ちなみに、ユアンは船の中から出て来る気配が無い。

 この間、エースとユアンを除く面々はことさら賑やかに宴を開いていた……船内の2人を意識の外に締め出すためにも。何かもう、色々と忘れたかったのだ。

 エースは外見上、それほど参ってるようには見えなかった。少しよろけてはいたが、話を聞くとそれは単に正座をしていたため足が痺れたせいだという。他には多少顔色が悪いぐらいで、問題は無さそうだった。

 その様子に、『あれ? 思ったほど大したことなかったのか?』と一同は胸を撫で下ろした……ルフィを除いて。

 

 「エース! 大丈夫か!? 肉食え、肉!」

 

 エースに駆け寄り、骨付き肉を進呈するルフィ。そんな心配そうなルフィに、エースはふと皮肉げに口角を吊り上げた。

 

 「ルフィ、お前……おれが挫けるとでも思ったのか?」

 

 いや、ルフィはエースを信じていた。だが、何度も言うが信頼と心配は別物なのだ。

 

 「お前がおれを心配しようなんて、生意気なんだよ……なァ、ルフィ」

 

 変わらぬように見えたエースに少し安心したルフィだったが、何となく不穏な雰囲気を感じ取って真面目な顔つきになる。

 

 「お前はおれに……生きてて欲しいか?」

 

 訂正。大したことないどころか、大有りだったらしい。エースの笑顔が何となく儚い。

 

 「当たり前だ!」

 

 ルフィは心の底から頷く。まぁ、これもルフィの本心には違いないし。

 エースとルフィ。2人は仲良く肉を分けあって互いを労わり合うのだった。

 




 反省はしてる、でも後悔はしていない。大事なことなので2度言った。

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